インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第二十話

 決勝戦開始前。

 

 会場整備が終わるまでの間、織斑・布仏ペアは選手用控室となっているアリーナ併設の更衣室の一角で待ち時間を潰していた。一夏はベンチに横たわって目薬を差し、目元を中心に冷却している。見た目以上に高速で動く白式の連続運用は彼に眼精疲労を生じさせていた。

 

 

「おりむー、調子悪い?」

 

「そう、だな……。ここまで結果は残せているが、迷惑だったかな」

 

 

 一夏は先日までの圧倒的な技量を振る舞えずにいた。鈴からの一喝以降、一夏はどうにか白式に身を委ねず機体を操ろうと四苦八苦しているのだ。自分が白式に頼り切っていたと実感するには十分であり、監視名目でペアとなったとはいえ本音に迷惑をかけている自覚が一夏は持っている。

 

 

「良いよ良いよ~。むしろどんどん迷惑をかけてほしいな~」

 

「それ、どういう意味だ?」

 

 

 千冬や楯無に楯突いた事が嘘のように殊勝になっている一夏を本音は好ましく思っている。彼女が組む事を嫌がった一夏は自分一人で完結しているような傲岸不遜な雰囲気を纏っていた織斑一夏なのだ。それに比べれば、雰囲気が和らいだ彼から頼られる状況は本音としても嬉しい誤算であった。

 

 

「自分を捨ててまで一人で強くなる必要は無いと私は思うんだ~。人は他人に頼り、頼られて生きている実感をするものだからね~」

 

「……そっか。そうだな。ありがとう、のほほんさん」

 

「うんうん、今のおりむーなら私はまた好きになれそう。あ、ラブじゃなくてライクね~」

 

「はは、分かってるよ」

 

 

 緊張で張り詰める事も無く、穏やかに時間が経過していく。しかし、その状況は来訪者によって終わりを迎えた。決勝の相手であるセシリアとシャルロットが二人の控室を訪れたのだ。

 

 

「織斑さん。わたくしは貴方に一対一の決闘を所望いたします」

 

「……それはクラス代表決定戦の続きがしたいって事か?」

 

 

 一夏からの質問にセシリアは笑顔で是と答える。一夏としても、不本意な形で終わってしまった一戦だ。初めて白式を手にした試合の再現は今後の白式との付き合い方を再考するには最適ではないかと一夏には思えた。しかし、試合はあくまでタッグマッチだ。相方である本音の意見も聞かねばならない。

 

 

「そういう事らしいが、どうする?」

 

「ごめんね~。その希望には答えられないかな~」

 

 

 朗らかに笑いながらも明確な拒絶の意思を示す本音に三者は異なる反応を見せる。役割を考えれば当然かと溜息と共に流す一夏と、渾名通りにのほほんとした顔を知るだけにちょっと予想外だったシャルロット、笑顔を張り付けたまま本音を見つめるセシリアだ。

 

 

「なぜでしょう?」

 

「だってセッシー。──目が、全然笑ってないよ?」

 

「お友達になりに来た訳ではありませんもの。試合前に多少気が立っているのはお許しいただきたいですわ」

 

「一対一で、おりむーに何する気?」

 

 

 露骨に疑われたセシリアは肩を竦めて首を軽く振るい、言葉を紡ぐ。

 

 

「わたくしはクラス代表決定戦での不始末を帳消しにする為に今の全力で織斑さんのお相手をしたいだけです。しかし、どうやら布仏さんには嫌われてしまったようですので、引き下がらせていただきますわ」

 

 

 礼儀正しい姿勢を崩さずにセシリアはその場を後にする。その背には本音と一夏の視線が突き刺さっているが、意に介してはいない。代わりに同伴したシャルロットが居心地の悪さから口を開く。

 

 

「意外だったね。布仏さんはそこまで好戦的なイメージが無かっただけに。……それでも予定通りに進めるの?」

 

「当然です。一対多はブルー・ティアーズの本領。抵抗するなら彼女ごと蹂躙してみせましょう」

 

 

 一対二でも負けは無いと断言する。タッグのペアとしては心強い台詞だが、本音とのやり取りを思うと不穏さは拭えない。

 

 

(それにしても。凰さんといい、布仏さんといい。あんな男に献身して持てる才を腐らせる道をひた走るのか。理解に苦しみますわ)

 

 

 シロッコの力に惹かれて女尊男卑思想から一種の能力主義思想に目覚めたセシリアからしてみれば、彼女達の選択は心の底から不思議であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警戒レベルを上げる?」

 

 

 IS学園の警備主任でもある織斑千冬の要請に国際的行事の側面もある会場の警備に駆り出された自衛隊からの派遣員が疑問の声をあげる。

 

 

「織斑とオルコットの試合は何かが起こる可能性があるのです。備えるべきかと」

 

 

 神妙な様子の千冬の様子から派遣員は冗談では無いと察した。

 

 

「……イレギュラーが発生する根拠は?」

 

「ただの勘です。なにもなければそれが良い」

 

 

 これまでの経験則とは言えなかった。無人機、VTシステムと一夏が絡むとトラブルに見舞われた。三度目が無いとは限らない。

 

 

「ブリュンヒルデの直感、ですか……。分かりました、各所に避難経路の再確認と、医療班も即応できるように準備させておきます」

 

「頼みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。ドレスの調整に手間取ってしまいましたわ」

 

 

 三人より少し出遅れてピットから出撃してきたセシリアの背面にはいつも通りに引き連れたBT兵器が並ぶ。ただし、数が異なる。

 

 レーザービットが十機。これまでの試合で八機を同時運用していたとはいえ、決勝戦で更に増やしてきた。

 

 

「シャルロットさんのラファールの拡張領域にも予備のビットを詰めれるだけ詰めてきてもらいました。破損したとしても補充可能です。その分、この試合においてシャルロットさんは戦力外と考えてもらってよろしくてよ」

 

 

 試合前の言葉通り、本気で一人で戦うつもりのようだ。一夏にはセシリアの並々ならぬ覇気が白式を通して感じ取れた。

 

 

「わたくし、実はIS学園でやりたい事が出来ましたの」

 

「やりたい事?」

 

「生徒会長を目指してみようかと」

 

「それってお嬢さ……生徒会長を倒すって事~?」

 

「ええ。ただ今のブルー・ティアーズでは彼女のISに対する相性がよろしくありません。今回の試合の成果を元に改良プランを本国に提案して、それが完成してからとなるでしょう。来年の夏には第三回モンド・グロッソがありますし、更識会長もそちらに専念せざるを得ない。せめてその前、年度末までには優劣を付けたいところですわね」

 

 

 本来であればBT兵器の試験運用機であるブルー・ティアーズの改良など許されないだろう。しかしセシリアは既にBT兵器の頂き、フレキシブルのデータをイギリスに提出している。彼女がモンド・グロッソ前にロシア代表の楯無へ挑む事は、大会に挑む現イギリス代表にも十分なメリットとなる。本国も真剣に考えてくれるだろう。

 

 

「ですから、ここでの勝利は譲れませんわ」

 

 

 宣言と同時にセシリアはスターライトmkⅢを呼び出す。

 

 一夏の白式はビームライフルを両手持ち。

 

 本音の打鉄はビームコーティングが表面に施された面積は広いが薄くて軽量なシールドに算段をばら撒く連装ショットガンと、完全にブルー・ティアーズへのメタ装備だ。

 

 シャルロットのラファールは宣言通りに大人しく下がる予定だが、もしもの自衛に備えて空き容量に突っ込んだ近接ブレードのブレッド・スライサーを保持する。

 

 会場が緊迫に包まれる中、開始の合図が鳴り響く。

 

 

「踊り狂え! ブルー・ティアーズ!」

 

 

 試合開始と同時にセシリアはバックダッシュ。白式の推力を活かした速攻を警戒しながら、レーザーライフルの照準を本音に合わせつつ、ビットを一斉に四方へ散らせた。数は一夏へ七機、本音へ三機の割り当てだ。

 

 

「わ、わ、わ!?」

 

 

 本音はビット対策を万全にしていたが、直接相対するビットは想像以上に困惑を誘う。セシリアの研ぎ澄まされた思考制御に操られたビットはISのセンサーの機械的な軌道予測を超えて動くのだ。ショットガンによる偏差射撃で発生する小粒弾の網を避けるように位置を変えていく。一度も当てられずにビット三機とセシリアに包囲された本音は窮地を悟った。

 

 

「助演には早々にお引き取り願いますわ!」

 

「そんな簡単にはいかないよ~!」

 

 

 声は暢気さを感じる間延び具合だが、手は休めていない。シールドで致命打と成り得るセシリアのレーザーライフルを防ぎながら手早くショットガンをリロードしてビットに盲撃ちする。

 

 狙って当たらないのであれば狙わずに運任せ。セオリーを無視した無茶な対処法だが、これこそが正解であった。ビットはセシリアの思考読みを反映して動いている。最低限度の攻撃対象しか考えていない本音の撃ち出した散弾の予測範囲は絞り切れず、一機のビットが被弾と墜落の結果をもたらした。

 

 

「やった!」

 

 

 しかし、幸運は長く続かない。まぐれ当たりで気が緩んだ瞬間に別のビットがショットガンを撃ち抜いて破損させる。弾丸は既に撃ち尽くした後だった為に暴発こそしなかったが、メインの射撃武装を潰された事は痛い。本音は近接武装として先端に比重を置いた鉈を新たに取り出したが、撃墜したばかりのビットはシャルロットからの補充を受けて回復。形勢は火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

 

 

 その頃、一夏は七機のビットに苦戦を強いられていた。スラスターや武装への直撃こそ避けているが、装甲のあちこちに被弾が見受けられる。白式が未だに健在でいられる理由はセシリアが一対一での決着に拘っているからに他ならない。本音の処理が終わるまで邪魔立てさせないように直撃を避けた牽制攻撃を行っているのだ。

 

 

 初戦であれほど一方的に封じ込めていた一夏がここまで良いように振り回されている。彼の二ヶ月間の実績を知る者から疑念であろう。だが、一夏は全力で試合に臨んでいるのだ。彼は今、自分が本来持つ技量だけでこの全身スラスターのじゃじゃ馬を操っていた。

 

 

(相変わらず反応が敏感過ぎる……!)

 

 

 現在の白式は一夏が機体の力を引き出した(シロッコの力に依存した)状態に合わせた機体調整が施されている。素の一夏に馴染むはずがないし、早々御せる代物では無いのだ。

 

 それでも決勝までの試合は機体性能頼りでなんとかなっていた。並みのISから見て二回り近く巨大な白き怪物がモノアイを光らせて突撃してくるのだ。まだ経験不足な生徒達では冷静に対処できるはずも無かった。しかし、セシリアは違う。幾度となく秘密特訓の相手をしてきた為、白式の外観の圧には慣れている。怯える事も、速度で翻弄される事も無い。努めて冷静にビットへ思惟を巡らせ役割を果たさせていた。

 

 

「あの時とは比べるまでもなく、強い……!」

 

 

 一夏の呟きを拾ったセシリアは彼の勘違いを吐き捨てた。

 

 

「わたくしが強くなった以上に貴方が弱くなったのです! 織斑一夏!」

 

「俺が……!?」

 

 

 あの時と何が違う。白式だ。一夏は白式を得た初戦から機体に身を委ねて戦ってきた。

 

 セシリアは白式という下駄が無ければ素人の一夏では勝ちを拾う事すらできなかったと暗に言っているのだ。

 

 

「馬鹿にして!」

 

 

 状況を変えるべく、大型ビームライフルをメガランチャーモードで薙ぎ払う。直撃は無いが散らばるメガ粒子の余波でビットが二機、機能不全に陥った。

 

 

「なんと強引な。しかし決断が遅かったですわね」

 

 

 直後、打鉄のシールドエネルギーがゼロになった事を示すアナウンスが会場に流れる。相方を探せば、スラスターから煙を噴きながらふらふらと落下していく本音の姿が見えた。

 

 

「ご、ごめん。やられちゃったよ、おりむー」

 

「それは俺の台詞だよ。援護が間に合わなかった」

 

 

 機体制御と自己防衛が精一杯で、本音を守れなかったと歯嚙みする。そして悔やむ一夏を余所に時間は進んでいる。失った二機の補充と本音に使われていたビットが合流し、エネルギーこそ消耗したが試合開始前に近い状態へとブルー・ティアーズは戻った。白式も被弾こそあれど、行動に支障はない。

 

 

「この時を待っておりましたわ。織斑さん」

 

「……ああ」

 

 

 望む状況に持ち込んだセシリアと持ち込まれた一夏。

 

 セシリアは導き手(シロッコ)からの依頼と汚名返上の完遂を目指して意気軒昂だ。

 

 それに対して一夏は白式の力を思うように発揮できないでいる。

 

 戦いにおけるモチベーションとコンディションの差は明確であった。

 

 

「反応が遅い! 切り返しが遅い! 判断が遅い! その機体が泣いてますわよ!」

 

 

 シロッコが十全に動かす白式を相手に模擬戦を続けてきたセシリアだ。見た目だけ同じで動きの悪い紛い物に呆れて罵倒してしまう。十機のビットが白式に光の雨を降らせていく。

 

 

「くそっ!」

 

 

 多少の被弾はあれど、推力頼りにビットの網を突破する。装甲に助けられ、シールドエネルギーのロスは僅かだ。ビームライフルは掠ってもビットを落とせると先程知った一夏は数を減らす為にビームの集束率をわざと落としてスプレーガンの要領でメガ粒子を撃ち出す。

 

 

「落ちろよ!」

 

「小細工を!」

 

 

 あからさまな小手先の技に反応してビットを大きく動かして逃がす。それこそが一夏の考えた狙いだった。

 

 

「懐がガラ空きだ!」

 

 

 ビットの網が緩んだタイミングでのイグニッションブーストによる奇襲。慌ててビットが迎撃しようと白式の重装甲は容易くは貫けない。その前に零落白夜モードのビームソードで本体を仕留める。これが彼なりに考えたブルー・ティアーズ攻略法だった。

 

 

「その程度ですか」

 

 

 もっとも一夏の攻撃意思はセシリアに筒抜けであった。飛び込んできた白式が右手にビームライフルを持ち、左手へビームソードを呼び出して振り抜く前にブルー・ティアーズはPICを弄り、天地逆さまになる形で位置を変えて白式にレーザーライフルの照準を合わせた。イグニッションブーストは速度こそ奇襲に最適だが、直進しか出来ない。急な機動変更はパイロットに多大な負荷がかかるからだ。そして真っ直ぐにしか進まない大きな的など射撃の名手たるセシリア・オルコットにとってはカモでしかない。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 レーザーライフルの一射は獲物に突き刺さり、シールドエネルギーを大きく減衰させた。ビットの攻撃も再び始まり、勝負を決めに走った一夏は一転して窮地へと陥った。解決策を模索する中、セシリアからのプライベート通信が開く。これは、一夏が操作したものでは無い。

 

 

「織斑一夏、貴方は与えられた力をどうして否定するのです。わたくしとの最初の試合から使い続けてきたモノに今更怖気づくなどと、これでは貴方の踏み台になったドイツの人形も報われませんわ」

 

「うるさい!」

 

 

 セシリアからの攻撃はビットだけになっているが、一夏の操縦は精彩を欠く。急所であるスラスターへの被弾を避けるだけで精一杯だ。

 

 

「今日までの生き方を否定して、自分の力だけでは満足に戦えもしない貴方に何が守れると?」

 

「俺は白式に頼らなくてもやれるんだ! 鈴の隣に並ぶんだ!」

 

 

 悲鳴のような震えた声でセシリアの言葉に反論する。ビームライフルにレーザーが被弾、爆発前に捨てた。

 

 

「なら断言して差し上げましょう。……貴方では不可能です。わたくしにも勝てない軟弱な男が篠ノ之束に勝てるとでも?」

 

「お、俺はまだやれる──!」

 

 

 動揺する一夏はセシリアが知っているはずがない情報を口にした事にすら気付けない。

 

 

「諦めが悪い男。まともにダンスも踊れぬ者はそのまま消えろと言っています!」

 

 

 沈黙させていたレーザーライフルを再び構えて発射。一夏の操縦が荒くなっていたからこその直撃コース。

 

 

「俺は……」

 

 

 敗北が迫る。

 

 

「俺はッ!」

 

 

 それはISを持って初めての敗北だ。

 

 

負けるかあああ!!

 

 

 こんな場所での敗北など絶対に認めない!認められない!

 

 心の内と外で吼えた一夏は咄嗟にビームソードを二刀持ち、レーザーライフルの光弾を零落白夜モードで十字に切り裂いた。

 

 

「レーザー弾を斬り払った!?」

 

 

 あらゆるエネルギーを無効化する武装だからこその防御手段だ。この一瞬の隙を逃さずに一夏は再びセシリアに迫る。イグニッションブーストは使わない。白式の持つスラスターをフルで稼働させて速力を加速度的に増していく。

 

 

「負けない! こんなところで、俺が終わってたまるかああ!」

 

「野蛮なッ!」

 

 

 レーザービットによって次々と撃たれているが、一夏の眼にはセシリアを倒す事しか見えていない。後退が間に合わず、ビームソードによってレーザーライフルが斬られたセシリアは即座にインターセプターを呼び出して追撃の一手に合わせる。

 

 

落ちろよオルコットォォ!!

 

 

 スカートアーマーからサブマニュピレーターとビームソードが伸びる。そして。

 

 

切り札は最後までとっておくものですわ!

 

 

 ブルー・ティアーズの腰部可動ユニットに内蔵されたミサイルビットが超至近距離で放たれる。間近に迫った白式とブルー・ティアーズを起爆したミサイルの爆炎が包み込む。

 

 試合終了のブザーが響き渡った。


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