インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録   作:魔法科学は浪漫極振り

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第十九話

 紆余曲折を経て、時は進む。

 

 IS学園の学年別タッグトーナメントは六月の末に開催された。この学校行事には各国の政府やIS企業から多くの人員が派遣される。三年生の部は卒業後の進路に関わる実質的な就職活動の最終局面とも言える。ここで成果を出せない生徒はISに関わる事を諦め、通常の生活に戻る方向に切り替える事も視野にいれなければならない、文字通り人生の分かれ目だ。生徒と教員の真剣さと意気込みは飛び抜けている。

 

 勿論、他学年の部が重要でない訳ではない。二年生の部はIS学園の一年間における成果を披露するべく、そして一年生の部は今後の期待株を発掘する場として見られている。特に一年生の部は世界唯一の男性操縦者である織斑一夏を含め、四人の専用機持ちが揃っている。彼等は各国の威信や思惑、期待を背負って戦い競う事となる。

 

 一年生タッグで注目されているのは専用機持ちが含まれる三つのペアだろう。次点として未だ専用機を持たないが日本代表候補生である更識簪の名も観客席では僅かに名前が上がっている。そんな中でランダム抽選による対戦表が発表され、俄かに騒がしくなる。それも当然で注目すべき組み合わせである凰鈴音と篠ノ之箒、セシリア・オルコットとシャルロット・オークスのペアが一戦目から激突する事が決まったからだ。そして抽選の結果は勝者が残る織斑一夏と布仏本音のペアとぶつかる為には決勝まで勝ち上がる必要がある事も示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナで欧州の専用機二機と中国の専用機、訓練機である打鉄が対峙する。試合開始前に各々が武器を量子展開していく。

 

 鈴の甲龍は青龍刀の双天牙月を。

 

 箒の打鉄は実剣型ブレードの葵を。

 

 シャルロットのラファール・リヴァイヴカスタムⅡはラピッド・スイッチの特性を活かす為、あえて無手を選択。

 

 そしてセシリアが量子化を解いて取り出したのは──インターセプター、セシリアがこれまでの試合で滅多に使わなかったショートソードだ。

 

 会場がざわめくのも無理は無い。セシリアのISは中遠距離に特化したブルー・ティアーズである。メイン武装であるレーザーライフルのスターライトmkⅢを持たず、試合開始から接近された場合の最終手段でしかない直剣を抜き放ったのだから当然だ。そして対峙する二人もセシリアの意図が理解できないでいた。通信越しに訝し気な声で問う。

 

 

「なんのつもりだ、オルコット」

 

「わたくしもたまには接近戦を嗜もうかと」

 

「アタシ達を馬鹿にしてんの?」

 

 

 片や接近戦主体の第三世代型IS甲龍、片や剣道において生身とはいえ全国大会優勝を果たした接近戦の練達だ。それに対してわざわざ射撃戦の有利を捨てて剣を用いるというのだから、セシリアが二人に対して手抜きをしていると思うのは当然であった。

 

 

「まさか。ただ本番前に試したい事が色々とございまして」

 

「……やっぱり馬鹿にしてるでしょ、アンタ」

 

「確かにお二人を織斑さんとの再戦前の前座だと認識している自覚はございます。ですが、謝りませんわ。だって……」

 

 

 試合開始のカウントダウンが始まる。

 

 

「わたくしにはお二人の考えが手に取るように分かるんですもの!」

 

 

 ブザーと共にブルー・ティアーズはイグニッション・ブーストで突撃する。狙いは箒の打鉄。正面から直剣による突きを狙う。

 

 

「くっ!嘗めるな!」

 

 

 イグニッション・ブーストの速度に一瞬の虚を突かれるが、箒の反射神経は非常に優れている。打鉄の肩部シールドをもってしてインターセプターを弾いてみせた。体幹が揺らぐセシリアに追撃をかけるべく、箒は葵を下段から切り上げる。

 

 

「もっとも」

 

 

 接近した事で姿勢を崩したセシリアの声が直に聞こえる。

 

 

「剣を使うとは言いましたが、ビットを使わないとは言っておりませんわ」

 

「ッ!?」

 

 

 崩れたセシリアの背後に隠れていたビットが放つレーザー光が箒の視界を潰す。絶対防御があるとはいえ、反射的に目を庇ってしまった事で追撃の剣筋は甘くなり、セシリアのインターセプターで防がれてしまう。セシリアはイグニッション・ブーストで突撃する際にビットを軌道上に分離、後隙を消すと同時に鈴への牽制に利用していたのだ。

 

 既に同様に展開を終えた四機のビットが鈴の動きを封じるように弾幕を展開していた。残りの二機が箒の打鉄へ常に位置を変えながらレーザー照射を行ってくる。

 

 

「四月の動きと全然違う!?」

 

 

 箒はクラス代表決定戦における一夏とセシリアの試合をずっと見ていたが故に今の彼女が行うビット操作がかつてのモノとは全く異なると即座に理解した。彼女の性格に則して規則的、言ってしまえばワンパターンだ。しかし今は一夏の白式に一度も当てられなかった頃とは数も、精度も違う。なによりビットの操作中は動けないという彼女が有していたデメリットが消えている。

 

 驚いているのは箒だけではない。観客席のクラス代表決定戦を見に来た者達や管制室から見ている担任の千冬や真耶もまた同様なのだ。彼女達が知るセシリア・オルコットの情報は当時から何も変わっていないのだから当然だ。

 

 セシリアはこれまでシロッコから指導を受けてきたビットコントロールの訓練をひたすら隠し続けていた。通常のアリーナ使用時間は理解無き者からすれば遊んでいるようにも見える無重力訓練を通したビットへの思考伝達技術の瞑想トレーニング、授業では基礎動作以上の事はやっていない。

 

 全てはあの日、代表候補生としてあるまじき失態を犯した自分を知る者達の認識を改めさせる為に。ブルー・ティアーズはオルコットと共にこの地にあると。

 

 

「ええい、ビットが邪魔! ……箒!」

 

「ああ、焔備!」

 

 

 打鉄の持つアサルトライフルの焔備を呼び出してフルオート射撃でビットの予測移動経路へとばらまく。精密射撃が苦手な箒からすれば下手な鉄砲も数撃てば当たるでいくしかない。残弾数を無視した後先を考えないやり方だが、抱え落ちよりはマシだと思いっ切りぶちまけてみせた。甲龍もビットの数を減らす為に衝撃砲を低出力速射モードで散らす。

 

 しかし、ビットは撃たれる位置を見極めているのか弾幕の隙間を縫うように前進を続けている。その際の細やかなジグザグ機動はまるでビットが生きているかのような動きであった。

 

 

「だったら高出力の衝撃砲でビットのいる空間ごとまとめて吹っ飛ば──!」

 

「二人ともセシリアにお熱で、僕の存在を忘れてるよね?」

 

 

 甲龍の傍でシャルロットのラファールの持つ連装グレネードランチャーから放たれた中型グレネードが爆裂する。この爆風によってチャージングを行っていた龍砲の威力が大きく削がれた。

 

 

「射角がどれだけ広かろうが衝撃砲の圧縮砲身の発生点は甲龍の非固定装備の近く。だったらその周辺の空間ごとグレネードの爆風で散らしてやればいいのさ」

 

 

 シャルロットの言う通り、形成した無色透明の砲身が爆風で歪み、龍砲は想定していた火力が出せないでいる。シャルロットは中距離を維持して近付こうとすらしない。

 

 

「この、戦い方がいやらしいわね!」

 

「武装を相手によって変えられる第二世代型は対戦相手をメタってこそだよ。つまりそれは誉め言葉さ」

 

 

 第二世代型は第三世代型と比べれば個性的な機能や武装を持たない分、やや力不足な印象を受けるが主な特徴として用いる武装を用途に合わせて変化させることが出来る器用さを持つ。

 

 しかし逆に第三世代型は特化し過ぎて有利不利が付きやすくなる。例えるならばエネルギー兵器メインのティアーズ系列ならば物理攻撃への慣性停止機能に特化したドイツのAIC搭載レーゲン型には有利に立ち回れる。しかし、白式の零落白夜のようなエネルギー無効化装備を持つ相手には途端に不利となる。

 

 そして中国のIS甲龍は燃費と安定性を重視されており、やや第二世代型に近い設計思想だが、それでも龍砲の有効射距離や格納された武装は全て接近戦を主眼とした構成になっている。つまり、距離を一定以上離された状態で近付けない相手には途端に決定打を欠いてしまうのだ。

 

 じわじわと削られるシールドエネルギーに焦りを感じる鈴の近くに箒の打鉄が逃げてくる。どうやらビットとセシリアに追い立てられてきたようだ。高い実弾防御力が特徴である打鉄もエネルギー兵器主体のブルー・ティアーズのレーザー攻撃に対しては避けられる程の素早さも無く、一方的な的であった。

 

 

「仕方ない……鈴、私が盾になる!」

 

「箒!?」

 

「悔しいが私と打鉄ではオルコットのビットの網から逃れる術が無い。これはタッグ戦だ、お前に賭けるぞ!」

 

 

 返事も待たずにスラスターを最大出力で噴かせ、残っている肩部シールドを正面に構えて突っ込む。相手は鈴の龍砲を抑えているシャルロットのラファールだ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」

 

「カミカゼかい!? 無茶するね!」

 

 

 箒の無茶な攻めにサムライスピリットを想起したシャルロットは安全を考慮して迎撃の為にグレネードランチャーから武器を変更、軽量な火器で弾丸を放ちながら後退する、いわゆる引き撃ちだ。しかしシャルロットのラファールが搭載する武装は実弾武装のデパートのようなラインナップだ。中々打鉄の持つ硬い防御を貫けず、猪突する箒とその背後に付く鈴が徐々に迫る。セシリアの六機のビットが打鉄のスラスターを様々な角度から狙い撃つがそれを甲龍の龍砲の砲撃で打ち消し、防御する。

 

 

「貴様だけは貰うぞ、オークス!」

 

「……そろそろかな。セシリア!」

 

 

 ラファールの量子格納から新たな武器が展開される。出てきたのは──セシリアの予備ビットが二機。

 

 

「ラファールにビットを格納していたのか!?」

 

 

 シャルロットのラファールは装甲を削るなどのカスタマイズによってちょっとした弾薬庫並みに拡張領域がカスタマイズされている。試合で使わないだろう武装の代わりにセシリアのビットを伏せ札として預けておいたのだ。

 

 解放されたセシリアのビットが即座にブルー・ティアーズと同期され、計八機のレーザービットがアリーナを舞う。追加されたビットはシャルロットのラファールの直掩として打鉄を滅多撃ちにする。

 

 

「くっ……ここまでだ、すまん!」

 

 

 壁役を担っていた打鉄が遂にシールドエネルギーを削り切られて機能を停止、地へと落ちていく。

 

 

「任せなさい!」

 

「うわっ!?」

 

 

 打鉄の影から躍り出た甲龍が青龍刀を格納し、ラファールに勢いを殺さずに飛びつく形で取り押さえる。まさか斬りかかられるどころか、いきなり抱き着かれるとは思っていなかったシャルロットは慌ててしまう。

 

 

「な、何するのさ!」

 

「こうするに決まってるでしょうが!」

 

 

 鈴はニヤリと笑うとラファールをしっかりと抱えて加速を始めた。密着され過ぎて武器の展開も、姿勢の制御もできないシャルロットは抜け出そうともがくが、第三世代型の甲龍にはパワー負けして動きが取れない。そして加速の付いたまま、天地逆さまのまま地面に向かって急降下を始めた。

 

 

「え、嘘!? 嘘だよねぇ!?」

 

「そうよ、そのまさかよ!」

 

 

 鈴のやろうとしている事を察したシャルロットは顔を青くして先程以上に激しく暴れるが、逃げられない。冷静になれば実習の際に真耶がラウラにやったような自爆覚悟のグレネードで鈴を引き剝がす事もできただろうが、地面への垂直落下という原始的な恐怖がシャルロットの思考を鈍らせた。

 

 

イ、ズ、ナ……落とおおおおおおおし!!

 

「わ、わ、わあああああああああああああ!?!?」

 

 

 鈴の咆哮とシャルロットの悲鳴が重なり合って地表へと激突する。絶対防御が無ければ即死間違い無しな非常識な体術を受けてシャルロットは昏睡、ラファールもシールドエネルギーの残量表示がゼロとなる。

 

 

「ふぅ、(漫画の)見様見真似だけど、なんとかうまくいったわ」

 

 

 その隣でシャルロットに衝撃のほぼ全てを押し付けて難を逃れた鈴と甲龍が立ち上がる。それでも無茶な動作を行った事でシールドエネルギーに少なくないダメージが入っていたが気にする暇は無い。セシリアのブルー・ティアーズが続けて地上へと降りてきたからだ。計八機のレーザービットが龍砲の射程圏外で包囲を敷く。

 

 

「で、アンタはなんで相方を助けなかった訳?」

 

 

フリーハンドだったセシリアはレーザーライフルの狙撃でシャルロットを助ける事もできたはずだが、干渉をしなかった。

 

 

「公式戦のISバトルは興行みたいなものです。1対2の状態で人の目から見てアンフェアな戦いはできませんわ。……まぁ、シャルロットさんにはあとで謝らないといけませんが」

 

 

 汚名返上をこの大会の目的としているセシリアにとって、戦っている相手の背後から撃つなどという、卑怯な振る舞いと捉われる行為はできない。

 

 ビットはどうなのかという意見もあるだろうが、あれは元々そういう武装なのであり、この件には含まれないだろう。でなければ織斑千冬の零落白夜による一撃必殺やイタリア代表アリーシャ・ジョセスターフの疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)による分身攻撃といったワンオフアビリティーの大会使用が認められる筈がないのだから。

 

 

「それでは続きと参りましょう」

 

 

 半身で立ち、インターセプターの剣を右手に構える。セシリアはあくまでビットと剣だけで最後まで戦うつもりであった。

 

 

「アタシには負けられない理由がある!」

 

「それはこちらも同じ事ですわ!」

 

 

 鈴は再び双天牙月を構え、真っ向から叩き付けに行く。重量による一撃の威力は鈴に分がある。取り回しはセシリアだが、甲龍の強靭なパワーアシストのおかげで青龍刀はショートソードの切り返しにも間に合う。西洋と東洋の刀剣は圧倒的に東の優勢だ。それを補う為にビットが有機的な射撃による牽制を行うが先程までの追走劇の如く衝撃砲を壁として用いて割り込ませない。しかし、それでも攻め切れない。力で押してはいるが、一発の有効打すらまだ発生していないのだから、セシリアの立ち回りが巧みとしか言えない。

 

 

(やりにくい……まるで──)

 

「フフ……対抗戦時の織斑さんですか?」

 

「なッ!?」

 

 

 鈴は思考を的確に読まれた事に動きが鈍る。

 

 

「隙あり、ですわ」

 

 

 懐に飛び込んだセシリアのショートソードが鈴の身体を突く。絶対防御が発動して大きく削られる。

 

 

「グッ……やってくれるじゃない!」

 

 

 有利なはずの接近戦で先手を取られた事に鈴は憤るが、当のセシリアは大した感慨も無く、鈴を見つめている。

 

 

「感受性の高さから貴女も力の見込みはあるようですが、使い方を知らないのではまるで意味がありませんね」

 

「力……?」

 

「ええ。もっとも、貴女が織斑一夏に拘る限りは一生手に入らないでしょうが」

 

「だったら力なんていらないわ」

 

 

 セシリアは即座に言い捨てた鈴に眉を顰める。

 

 

(なるほど、拘りが過ぎる。オールドタイプとはこういう者なのですね、パプティマス様)

 

 

 彼女とは生涯意見が合わなさそうだ。それを理解したセシリアは前座であるこの試合を終わらせる事にした。既にセシリアの接近戦での戦いぶりは観客に知れ渡っただろう。

 

 

踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!

 

 

 剣を正眼に構え、レーザービットが撃つべき敵を差し示す。直後、鈴は不思議なモノを見た。

 

 

(蒼い、光……?)

 

 

 セシリアから発した蒼光がビットに飛んでいく。続けて順次レーザーが鈴を狙って放たれる。それに対して、鈴はこれまで通りに衝撃砲での迎撃を試みた。しかし。

 

 

「レーザーが、曲がる!?」

 

 

 鈴の驚きが表す通りに衝撃砲の防御壁をレーザーが屈折しながら回避、続々と襲い掛かる。BT適性の最大稼働レベルでしか成し得ないフレキシブルを初めて目の当たりにした鈴には対応する術は無く、次々とレーザーが甲龍に着弾していく。光弾はこれまで使っていた時よりも威力も一回りは高くなっており、スラスターや龍砲を撃ち貫いた。それによって生じた爆発が鈴の身体を無理やり動かしていく。その姿は、まるで鈴が円舞曲を踊っているかのようであった。

 

 

「フィナーレ!」

 

 

 最後にセシリアがインターセプターでふらつく鈴を一閃。甲龍のシールドエネルギーも尽き、試合はセシリアとシャルロットのペアの勝利で終了する。

 

 前評判を覆す実力と試合内容にIS学園生徒だけに留まらず、各国家や企業のVIP達も観客に対して一礼するセシリアへ盛大な拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の試合もレーザーライフルのみ、サーベルとビットの両用などを駆使してセシリアとシャルロットのペアは次々とトーナメントを勝ち上がった生徒達を撃破していった。その中には日本代表候補生の更識簪も含まれていたが、訓練機の打鉄ではセシリアのビット兵器を相手に立ち回るにはいささか厳しく、他の一般生徒達よりも少しばかり試合時間が伸びた程度で終わってしまう。

 

 そして、決勝戦は彼女の望むマッチングとなった。

 

 

「この時を待っておりましたわ。織斑さん」

 

「……ああ」

 

 

 セシリアと一夏、共通の人物(シロッコ)に導かれた者と操られる者、二人は舞台を変えて再び相争う。


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