悪役令嬢だけどパーティ追放と同時に婚約破棄され人生詰んだwwwポスケテwww

2021年 07月18日 (日) 10:21

※1万字ありますので注意。

【Aパート】
『イラ=ミヤ・アクノ! 貴様との婚約を解消する! 公爵家は取り潰しになるであろう。お前自身の沙汰はそののちに決定する』

 アクノ公爵家令嬢ミヤは皇妃となるべく教育を受けてきたがその必要は本日からなくなったようだ。

 このような不当な宣言を受ける道理はない。
 ましてお家取り潰しというならばこの国は内乱、いやここぞと攻めてくるであろう隣国たちに挟撃を受けて滅ぶのは必定。

 まして愛する家族、愛すべき領民たちが破滅していく様を見せつけられた後に沙汰を下そうなど言語道断の残虐な所業であり、彼女がそれを受諾する理由は……ある。


「貴様は役に立たない。よってパーティから追放する」

 まず、現在のミヤには手足における基本的機能が存在しない。
 彼女はダンジョン攻略の道中にて婚約者である帝をかばう形で四肢の機能を失ったのだ。

 帝族や貴族がその力を得る為のダンジョン攻略。
 その道中にてミヤは完全な足手まといと化した。
 それでも彼女がパーティにとどまり続けることができたのは帝の婚約者だったからである。

 ミヤらが在籍していた帝立学園の卒業生からなるパーティとその護衛騎士達からなるクランは迷宮攻略を見事達成したが、その道中でポーター兼捨て石として利用した他国の捕虜や奴隷、帝国民貧困層たちの中にいた『彼女』は独特の魔力、価値観、論理などを迷宮にある『書物』から得ることで急速に力をつけていった。それが今、ホゾ帝家を継ぐアカヒ帝の手元で震え戸惑う女性、『アスカ』である。


 アスカに姓はない。
 帝家に雇われる前は貧民窟で育ち、母は夜鷹で父は誰ともわからぬと聞く。
 無駄に多い弟たちの糊口をしのぐため身売り同然に今回の探索に同行する羽目になった。

 アスカはその他者に愛される天性の才覚により、彼女を慕う他のポーターたちが率先して死んでいく中で結果的に迷宮による恩恵を受け続け、倒れていく彼らのスキルをも吸収して一人でクランの荷物をもって歩くほどの力量を示し、やがてその身は皇妃に最も近い位置に達した。これも迷宮のもたらす恩恵と言えよう。

 迷宮は己を変え階層を変え全てを改変する小宇宙。
 それは迷宮に挑むもののありよう、社会的階層をも改変する。


 ポーターを亡くし輿もないミヤには、靴の泥を舐めさせようとする帝になす術ない。
 武家に生まれ手足が動いたころの彼女ならば剣に劣る己の婚約者を素手でたしなめることができただろうに。

 婚約破棄の理由は、ミヤがアスカをしつこく虐めたというがそもそもこの探索に至った時点での皆の階層は奴隷や捕虜に貧民に護衛騎士と貴族帝族と明らかな格差がある。なにもしなくても虐めているのと変わらないではないか。

 その中では身体の動いたころのミヤは遠慮というものを知らないアスカに対してかなり苦労を掛けられつつも世話をしたほうである。罠とわかっているものにも興味を示して触ろうとするアスカに対し危険があれば引っ張って止め、人間関係でも遠慮というものを知らないアスカに身分の違いを教えたりもした。それが帝には気に食わなかったらしい。

 それで靴の泥を舐めさせられ、女として最大の恥辱を味わって動かぬ手足で家族や領民の破滅を見届けてから死ねといわれては世話がない。今までの行動になにかの不備があったというならば愛する家族や愛すべき領民の為に謝罪も恥辱も受け入れるだろうが彼女にはとんと覚えがない。


「観念すべきですね」

 宰相の息子である『レッド・ファルコン』がいつもの冷淡な口調で告げる。

 初代帝の兄が祖となる公爵家がこれまでに積み重ねた不正の数々の動かぬ証拠を持っているとは彼の弁だが、その程度はどの家でもある程度は積もっているものである。むしろアクノ公爵家は彼女と弟を含めたこの三代でそれら膿の排除に専念してきた経緯がある。


「異種族に対する暴虐弾圧の限りも証拠が挙がっている」

 騎士団長の息子である『マッハ・ライダー』が告げる。
 彼は少々短絡的ではないだろうか。ちゃんとその情報を精査したのか怪しいものだ。

 アクノ公爵領は他領よりずっと異種族が多いのでこちらも心当たりがない。一部の悪逆な商人が犯す不正にはアクノ家は常に厳しい姿勢を取っているし、彼らには自主的に領民として行動してもらえるように手を尽くしている。


「あなたのお家の事でありあなた個人は存じていないかもしれないので恐縮ですが異端中の異端である『機械教』を保護しているという噂、聞き捨てなりませんね」

 正義神殿司教の|『甥』《むすこ》である『キュアリク・プリースト』もそのような妄言を説く。
 機械教は全ての事象や人間の思考、未来、夢や希望そして心の内すら機械によって予測が可能とする邪教である。確かにアクノ公爵家は領民の信心を広く認め、代々各神殿を手厚く保護しているが機械教を『表立って認めたことはない』。


「とにかく弱い者いじめは許せん!」

 有力商人の息子である『マルス・ウルスンクラフト』は妄言を放つが、ウルスンクラフト家の生業は『奴隷商』であり、初代から奴隷を是としない公爵家とはむしろ対立関係にある。もっともウルスンクラフト家は奴隷の待遇や買い取り条件の適正さに気を付けているほうではあるため、ミヤたち公爵家としてもお家のことを彼個人に問うことはない。彼が今後生業を継ぐにあたって少々不安がないとは言えないが。


「俺は姫さんに個人的恨みはないし、帝子さまがたがおっしゃるパーティの不和についてあれこれいう資格はない。しかしまぁ俺から見てもやっぱり足手まといの姫さんを背負って死んだ者が多くいたことは慚愧に堪えない事実だよな。すまんな姫さまよ」

 ポーター隊を率いていた『ライス・テトロ』は嘆いたそぶりを見せるが、彼がその瞳に唾を付けるのをミヤは確実にその目に焼き付けていた。


「というわけだ。だが私は慈悲深い」

 帝はあえて嘆息してみせ、にやりと笑う。

「お前もリーチ行為とはいえ迷宮で力を得た身。ここで私たちは君と一度お別れになる。曲がりなりにも元婚約者を下郎の手に任せるのも腹立たしいしな」

 それはミヤにとってモンスターどもに任せされるか、今まで仲間だった者たちの慰み者になるかであり、あまり変わらない気がする。


「ではミヤ、君の無事を祈っているぞ」
「帝さま。まってください。ミヤはわるいことなんて」

「キミは優しいな。アスカくん。だがその女を庇いだてするのはキミにとって良くない」
「そうそう」

 帝のパーティー解消宣言と共にそれは起こった。


「帝……?」

 ミヤは何が起きたのかよくわからなかった。
 帝の首から上が完全に消滅したからだ。まるで婚約者の意味も知らぬとき二人でつついて遊んだ亀のように。


「おうさま! おうさま!」

 取り乱すアスカに冷笑を浮かべるレッドたち。
 間髪入れずどこからか飛来した礫はアスカの身体を射抜いていく。

 アスカの華奢な身体が折れ、曲がり、そして肉塊へと変わっていく。
 彼女の愛らしい笑みも、貧民窟出身とは思えないほど細くきれいな指もしぶきに変わっていく。


 ミヤは必死で動かぬ指を伸ばし、彼女の指に触れんとした。
 もちろん少女の指は動かない。


 彼女の視線の先で、アスカは微笑んだ。
 目元の涙が、ミヤに見えた。


『アスカ――!!』

 ミヤは叫んだ。

 アスカの事が好きだったのは帝やレッドたちだけではない。
 身分を気にせず親しげに話しかける問題児であるアスカをミヤ自身もまた愛した。

 ミヤにとってこの厳しい迷宮行の序盤は足手まといのアスカをかばい続ける時間であり、中層にて手足の機能を失って荒れる彼女に献身的に尽くしてくれたアスカとの友情を確かめた時間でもあった。

 短い間ながらミヤにとってアスカははじめての『ともだち』であった。迷宮攻略後半において帝とアスカが心を通じ合わせる様を見て傷ついていたことなど些細なことと彼女は今思い知った。


 手足の動かぬ彼女にレッドたちは冷笑を浮かべ、痛覚すら失われた彼女の手足をわざわざ踏んでから去っていく。まるで彼女にはもはや穢す価値すらないと暗に告げるように。


「さようなら皇妃様」
「モンスターに好きにされるのは少々胸が痛みますが」
「あとのことは私たちがやっておきますから」
「帝を弑逆した公爵家は取り潰しですね」
「おまえはこのまま朽ちていけ」

 慰み者にする価値もないと彼らは云う。
 実際そうなのだろう。彼らにとって帝家と公爵家さえなくばこの国を思うままにし、どのような女性も妻や愛人にできるのだから。


「アスカ……帝……許せない……ゆるせっ……ないっ!」

 皇妃としての未来を、婚約者を、今となりにいた友人すら失ったミヤ。
 彼女は神を呪った。なぜ今奴らに鉄槌を落とさない。
 彼女は邪神を憎んだ。今この世を滅ぼしてくれるならばすべてを差しだそう。



「神も悪魔も信じられないなら」

 そのときふしぎな声が響いた!


「え? ミナミ……」

 執事のミナミ・ホリータロック・ダイモがいつのまにか隣にいたのだ。

 鉄の感触が背にある。黒錆加工を施された鋼を蔦のごとく編み込んだデザインの美しい椅子に彼女は腰掛け、その両手を添え両足を乗せていた。椅子には鋼の車輪が左右にある。車椅子と呼ばれる工芸品であることは明らかだ。

 戸惑うミヤは恐る恐る執事を下から見上げることになってしまった。

「ミナミ。あなた、いつから」
「もう三年になりますね」

 跪き答えるミナミ曰く、ミヤたちが迷宮に入ってから三年が経ったという。迷宮はこの世界と時間が異なるがこれほどの差異を生み出すことは珍しい。


「何があったの!? お父様は? 弟のクロスは? お母さまや領民は……」
「滅ぼされました。公爵家が帝を弑逆したという理由で」


 その間、ミヤは眠っていたらしい。

 ミナミとクロスが異常を察し、迷宮に潜って彼女を救い出してから公爵家をめぐる状況は日々悪化したらしく。

「家臣団も今は私を残すのみとなりました。クロスさまは意識のない貴女を守るために」

 信じられない。信じられないが。

 ミナミは彼女の背に回り、『触れますがお許しください』肩を持ち上げる。
 車椅子に座ったミヤは抵抗することもできず、崖上からその光景を見た。

 森深く、水あふれ、人々の笑顔が輝いていた領地の荒れ果てたさまを。

「皆、あなた様を守って死にました」

 言葉も出ないミヤの背を押し続けるミナミ。

「お嬢様。お命じになってください。このまま崖下に進み二人で皆の後を追う道と」
「もう一つは?」


 ミナミはにやりと不敵な笑みを浮かべる。

「前に進まず、後悔と地獄の世に舞い戻る道……復讐の道です」
「素敵じゃない」

 ミヤは皮肉げに笑う。

「やりましょう」

 細い鋼の車輪を手ずから押し、かつての故郷を眺めるミヤ。
 焼けた空気、悲鳴轟く荒野、嘆きもかれはてた井戸。尊厳を捨てて生きのびるこの鼻水の味。

 これを奴らに味合わさずにいられるか。


 |憤怒《イラ》はこの国の言葉では身を焦がし破滅へと導く邪悪とされる。
 同時にこのようにも解釈されている。

 弱きものが強大なものに立ち向かうための勇気であると。


 両手両足の機能を完全に失ったはずのミヤだが、彼女の手足は鈍く重いながらもある程度回復を果たしていた。痛覚はあまりないが触覚のようなものは少しある。

「なじむまでに三年の時と多大な血を必要としました。これからはお嬢様の血と汗と怒りがその両手と車椅子に命を注ぎます」

 ミナミの皮肉気な言葉づかいが気に入らないミヤは説明を求める。

「お嬢様たちは迷宮の奥でとんでもないものを手に入れたのです。それがダンジョンコアの基となるデーモニュームと呼ばれる宝玉。大変恐縮ではございますがお嬢様の両手両足はもはや無駄ですので取り除き、子宮部分にコアを埋め込みました」

 それは怒りを増殖させ物理現象にし物質化させる破滅の宝玉であるとミナミは説明する。

「……」

 国母になるものと思っていた。

 幸せかどうかわからぬが、彼の子を成すならそれでもいいと思った時期もあった。
 たまらなく辛いが、友人と思った少女と共に好きな人の子を育てる道もあったかもしれない。
 彼が帝で彼女が妾妃で。でも自分は……。公務のできないであろう自分は妃にはなれなかっただろう。

 その道すらもうないと。判断する前になくなったと知らされた。
 彼女は鈍い感触の手のひらを己の胎に乗せる。義手は異様に重い。だがその苦しさより哀しさが上回った。動かぬほど重い両の足。車いすの軸は虚しく重く。

「行きましょうかお嬢様」
「ええ」

 その重さをものともせず執事は彼女の車椅子を押す。

「地獄へ」

 執事の介助を固辞し動かぬ脚である車椅子を手ずから進めようとするミヤ。
 荒れたかつての領地を自ら歩むことで復讐の覚悟を固めるために。
 血の香り焼く夕日の光だけが今、復讐者二人を優しく包むのだ。
(つづく)

 夕陽に 一人くちびるよせ
 増える星を ただ見つめる

 むねさく思ひに夢をかけて
 むね切る痛みになにおもふ

 愛も眞も信じずに
 戦いの日々只進む

 希望も涙も捨てたのに
 母に抱かれた夢を見る


 春の枯れ葉秋の花
 夏の雪に冬の陽よ

 陸の帆に海の馬
 冬の花求め逝く

 光に穂を任せて
 実りの日々望む

 枯れた心を奮わせて
 動かぬ脚で歩むのみ
(詠みひと知らず)

【次回予告】
 ついに始まったお嬢様の。当家の復讐物語。
 邪教中の邪教である機械教の至宝デーモニュームを身に宿し我らがミヤ様は茨の道を進む。
 ですがお嬢様。お気を付けください。

 あの『ライス・テトロ』は他と比べると雑魚ですが歴戦の冒険者。
 お優しいお嬢様があのものをちゃんと殺せるのか、不詳ミナミは今から案じております。
 次回。『会合』


【Bパート】

 それから三か月。新しい手足の使い方を習熟するための地獄が始まった。

「その程度で復讐が成せるとお考えですか」

 デーモニューム製の手足は鉛より重い。手足の機能が消失した彼女の意思の力だけではいかんともしがたい。

「怒りの力を注ぐのです。もっと! もっとです!」


 鉛のように重い手足を振り絞り、ただ車椅子をのろのろと押す。
 終われば苦痛に耐えて身体を転がし、全身に馴染ませる。

「貴女の魂、身体はこの世界の一部、宇宙の一端です。怒りを燃やすのです! 新しい宇宙を漲らせなさい! 奇跡を起こすのです! さすればあなたさまは光すら置き去りにできるでしょう!」


 デーモニュームの手足は馴染めば軽く、そして強くなる。誰よりも素早くなるという。
 だが、それは人間に過ぎない彼女には酷な試練であった。

 執事、ミナミは邪教中の邪教徒とされる機械教の者だった。
 彼らはその異界の魔法によってアクノ家の敵を人知れず消し去ってきたという。
 機械教の『えんじにあ』なるミナミはミヤが迷宮から手に入れたデーモニュームを用い、この世にない武器を作った。人の血、人の恨み、人の憎しみを糧に動く義手と義脚、そして車椅子と足のない鉄の馬である。物言わぬ機械であり、こころなどない彼らは飢えていた。
 ミヤの怒りを、憎しみを、血をもっと寄越せと訴えてる。

 よきかな。ならばあなたたちの望みを叶えましょう。
 だからわたくしめの絶望を、死せる者たちの怒りを。そしてその行く末をこの世に。


 元冒険者『ライス・テトロ』は今や複数の冒険者が集う宿を経営していた。
 警察に当たる巡察機関にコネを持ち、軍部の天下り先として利権を貪り、保険制度や信託制度を一括して引き受ける。ごろつぎどもを操って『名誉の決闘』名目で闇に葬ったものは数知れず。

 そのような男の儚い人生は今夜終わりを迎える。


「ねえちゃんを、ねえちゃんを、離せ!」

 幼い弟の叫びが苦痛に満ちたものに変わり、弟を想う姉の悲鳴が重なる。
 保険を受け取る筈だった姉弟は覚えのない借金のカタに売られようとしている。

「ふん。悪く思うな」

 ライスは笑う。この姉弟の両親はかつての公爵家の陪臣だ。
 まさか証拠が残っているわけでもないだろうが、全滅したはずの家臣団の生き残りは女子供でもすべて絶望の淵に叩き込んでやらねば気がすまない。

 ライスの母は夜鷹。父は炭鉱労働者だ。飲んだくれの父はもういない。母に疎まれて育った彼は富める者に恨みをもって冒険者を志した。そして今彼は皮肉にも彼が呪った富める者になった。他者を虐げて。


 その修羅場にどこからか派手なシンバルと太鼓。リュートの音が響く。
 どこの詩人どもがどんちゃん騒ぎをやっているのか。彼は舌打ちをするも。

「まぁ、景気が良いから良しとしよう。ほらガキ。もっと騒ぎな。そして俺の手にかかって、俺の楽しみになって死ね」
「そこまでです」


 ジャン! ジャジャジャジャ! ダダッ! ドドド!

 轟音と共に音楽が鳴り響き、地平線の果てから天に届くほどの土煙と共に馬車より早く車椅子を押す男。その車椅子に乗るのは紫のドレスを身にまとった美しい少女。


 ライスは驚く。あの顔。あの顔は……誰だったっけ?
 ライスはあまり頭がよろしくなかった。仕官できなかった理由である。


「ライス・テトロ! 保険金や信託制度を悪用し人々を虐げた悪事全てお見通し……申し開きはありますか」
「ねえよ」

 ライスは頭は悪いがそういう意味では正直だった。
 ただ、彼の場合言葉より先に槍が出るが。

 その槍が車椅子に座る女性の腹を穿とうとするとき。

『ウィーン ガチャン』

 奇妙な音と共に火花が散り、彼の槍がはじかれる。

「なんだぁ?」
「その程度の槍で私を殺せるとお思いですか」

 朗らかといっていい凄惨な笑みを浮かべる華やかな美少女に彼は戦慄する。
 歳の頃は10代後半か。年齢の割には圧倒的に豊かな胸元と肉感的な腰つきがドレスの上からでもわかるし、その腹周りは彼の腕より細いのではないかというほど華奢さだが、吊り上がった美しい瞳と眉に強い意思を秘めている。これほど美しい娘なら連日娼館を騒がせる彼が知らない筈はないのだが。


 だが、見る者が見ればその細くくびれた腰回り、確かに鍛えぬいたものとわかる。
 相手の力を計りかねているライスに艶然と微笑む少女は大人以上に艶かしい。

「チャンスを差し上げてもよろしくてよ。あなた、恥ずかしげもなくこの国一番の槍使いを自称しているそうですね」
「はぁ? ガキンチョの冗談にしちゃキツイぜ。『迷宮』産の魔槍は分厚い鉄板も触れるだけで羊皮紙の如くズンパラリだ……」

 彼はどこからか林檎のような果実をいくつも取り出してジャグリングを始める。一つ、二つ、三つを超えて五つ。時々足でその回転に彩りをつける。彼がスラムを脱するために少年時代に身につけた技。そして。

「はっ」

 一閃の槍は綺麗に真っ直ぐ五つの林檎を貫いた。
 思わず拍手する姉弟をはじめとするギャラリー。ちょっと照れるライス。

 ぱちぱち。

 謎の女は感心したように震える腕でまばらな拍手。

 そして「でも、国一番は言い過ぎですね」と扇で口元を隠して嘲る。

「その手足で槍が操れるのか」
「あら。国一番の槍使い様。あなたの足元を見てくださいな。

 分断されバラバラになった林檎のカケラが全て一本の串に貫かれ、ライスの足元の石畳に刺さっている。女は「この手脚ですのでごめんあそばせ」とつぶやくと従者と思しき男が捧げる串を扇で隠しつつ咥えて見せる。車椅子から少し首を傾げる艶かしい仕草にライスは時を忘れた。

「ぷっ」

 吹き出された串はやすやすと細い串に命中し、石畳を離れてクルクル回る串。

 カツン!

 跳ね返ったまま二本の串が正確に林檎の塊を貫き、そのまま女の口元に。

 串を口元に咥え難儀そうにしつつ、扇を用い優雅に振る舞う少女に。

「おおおおおお!」
「ねーちゃんすっげー!」

 さらに湧き上がるギャラリーに「ざっけんな! そんなの槍の技じゃねえ!」とブチキレたライスは街中であることを忘れてその魔槍を少女に向けて放つ。大車輪の如く片手で振り回して正確に連続突き。これに伴い周囲の建物にも被害が出た。逃げ惑う人々をよそに少女は扇を従者に手渡してつぶやく。

「私の顔を忘れましたか」

 静謐さすらある彫像めいた白い肌。薔薇色の頬と豊かな胸元。大きく巻きの入った長い長い髪。
 そして意思の強そうな吊り目に細くくっきりした長い柳眉。小さくも艶かしい赤い唇。


「……まさか。おまえは死んだ筈」

 槍を手に戸惑いを隠さないライスに少女はもう答えなかった。


「フォームチェンジ!」

 彼女の瞳が赤く燃える。比喩ではなく炎を上げた。

「バトルゴリラ!」


 ガシャンガシャンウィーン!

 車椅子のスポークを止める五つのボルトが浮きあがり螺旋の姿となって伸びていく。それはツタのように絡まりつつ指の形状を取り、手首を成し、太ましく筋肉質な腕を模した何かに変わっていく。

 質量保存の法則は彼女の車椅子には存在しないらしい。腕の生えた車輪は大きく回転し蒸気を放ち電撃を周囲に撒き散らす。
 後部補助輪は肥大化し、その両腕に対して短くも力強い脚となって彼女と圧倒的な自重を支えて見せる。
 地面にめり込む足を肥大化した胴が支え、今ミヤが乗る車椅子は頭のない不格好な人型へと変化していく。

「なんだこのバケモノは」

 長い冒険者生活がライスの本能を刺激し、変形前に倒せと告げる。そして彼の槍はそれを忠実に実行した。

 しかし。

「私も忘れてもらっては困りますな」

 彼の身体ははるか遠くに吹き飛ばされた。
 両足のない車軸のついた馬のようなものに乗った執事がその馬で彼を弾き倒したのだ。

「チェーンジ! シュート! ゴー!」

 鉄騎は奇妙な音と共にその姿を再構成し人型になっていく。
 異形の頭部は人を模したものに、車輪は二つ背中に回って防具に。両腕が生え両脚が伸びる。

 囲まれたと判断した彼は早くも命乞いを始めた。

「たすけてくれ!」

 執事に蹴られた。死なない程度だが歯が折れた。

「返答次第です。レッドは息災ですか」
「は? レッド? 宰相の息子だったあいつか」

「逆質問は認めません」

 巨大な腕が伸び、軽く彼をはじいた。
 それだけで彼の内臓は爆発したかのような激痛を彼に訴え始める。

「き、き、貴様ら! やっぱり機械教の!」
「おや? 私の事をご存じのようですよお嬢様」


 逡巡するそぶりも束の間、少女は凄惨な笑みと共に彼を頭上から見下ろす。

「不思議ですね。三年前はあなたが私をこのように見下ろしていました」
「へ、つまんねえ」

「でも感謝していますよ。あなたには最低限のプライドがあるようですから。自分では女性を汚さない程度の……不能者です」
「な、何故知っていやがる!」

 色めく彼に冷淡に告げる彼女。
 皮肉な、自虐めいた笑み。

「私も同じですからね。娼婦相手に暴力を奮って憂さ晴らしの『槍使えぬ』さん」


 邪教である機械教。その末裔は生きている。
 このことを奴らに伝えねば彼はどのみち命はない。

「お嬢様は耐えられました。婚約者を失いご友人を失い、旦那様奥様をクロス様をはじめ一族郎党の犠牲の果てに領民をも失い、良心や神への信仰すら棄てて手に入れたのは」
「純粋な復讐の道よ」

 巨大な指がライスに迫ってくる。
 抵抗する彼の肩を太い指がねじあげていく。

「奴らの事なんて知らない! 俺は雇われただけだ!」
「うそをつかないでね」

 ミヤはやさしげに笑ったが、彼女の操る巨大な機械は彼の腹をしたたかに撃った。

「知っている事は全部教えなさい」
「いう! いう! だから殺すな!」


 すうっと二人の目線が細くなる。
 物言わぬ機械たちもまたライスに殺気だった気がした。

「私に命令しないでください」
「私に命令できるのはお嬢さまだけです」


 今度はミナミが「お嬢様、差し出がましいですが」と告げてから鉄騎に命ずる。

「撃て」
「死のダンスを踊りなさい」


 さして興味がないかのように二人は背を向ける。
 ヒト型の鉄騎の口元が変形し、それはライスの側に向いた。


「ま、まって! なんでもいうから!」


 彼はそのまま鉛球をいくつもくらい、ミンチ状になって四散した。

「汚い花火ですわね。見る価値もないのですが今の私の耳はヒトより正常に働くようです」
「……お嬢様。よろしかったのですか」

 ミヤはそっけなく告げる。

「何も知らなさそうだからもういいわ……それよりあんたたち」

 虐殺を目の前にして思考停止に陥っていた幼い姉弟は大きく身をのけぞらせる。
 その二人の手に、男女は大金貨を握らせた。

「これで『エイドは息災か』と八番街頭門の番役に声をかければ他国に逃げることが出来ましょう。仮にこの汚い肉片になった男のほかに借金があったとしても充分返却できる筈です。ではさようなら」


 一切微笑まずに呟く貴族と思しき女性の静謐な顔立ち。二人にはなぜかそれが優しい微笑みに見えた。

「お嬢様……大丈夫ですか」

 少女は泣きも笑いもしなかった。
 なのに、子供達にはそれがどうしようもなく悲しく、苦しみに満ちたものに見えた。
 彼女らを置いて立ち去っていく、自分よりはるかに強い力を持っているはずの少女が、頼りなく不安げでそして哀れだった。


 雲間から光が差す。
 土煙と共に去っていく二人を姉弟は茫然と見守る。

「おねえちゃん」
「うん」

 二人は鉄騎と車椅子を追って駆けだした。
 夕日だけが遠くに去っていく四人とそれに付き従う二体の物言わぬ鉄の魔物たちを見守っていた。

(つづく)


 夕陽に 一人くちびるよせ
 増える星を ただ見つめる

 むねさく思ひに夢をかけて
 むね切る痛みになにおもふ

 愛も眞も信じずに
 戦いの日々只進む

 希望も涙も捨てたのに
 母に抱かれた夢を見る


 春の枯れ葉秋の花
 夏の雪に冬の陽よ

 陸の帆に海の馬
 冬の花求め逝く

 光に穂を任せて
 実りの日々望む

 枯れた心を奮わせて
 動かぬ脚で歩むのみ
(詠みひと知らず)


【次回予告】

 復讐というものは磨き抜かれた宝石のようなもの。
 純度が高まれば高まるほど透き通り、憎悪で磨けば磨くほど近づきがたい輝きを放つ。

 僭越ながらお嬢様。その足手まといの子供たちを抱え、復讐を続けるおつもりですか。
 車椅子がほとんど動かせない古代遺跡(ダンジョン)で己の身もろくに守れない中、あの残忍な奴隷商の息子『マルス・ウルスンクラフト』を討てるとお考えなのでしょうか。

 よろしゅうございます。このミナミ、お嬢様に地獄まで付き添うと決めた身。
 お嬢様の御覚悟のほど、とくと拝見しましょうぞ。

 次回。『恩讐の古代遺跡』


【以下コメント返信】
>漉緒さん
 多分エタるからネタだけ抽出。あと、基本的アンハッピーエンドもみんな実は大好きだろ系の話になるので。

>石河さん
 パロディネタが古すぎるとオリジナルっぽいという。そして安定の作者がまじめにタイトル付けない問題。

>赤井さん
 採用! ……とりあえず膝をガシャンガシャンするとナイフを膝から連射できる(※ミヤさんのネーミング元ネタは悪の宮博士から)のはガチ。他にも脚にはパイルバンカーやロケットエンジンが付いています。

> Yetiさん
 御大の作品なのに読んだことなかった。読んでみよう。

コメント

不敬やぞ、小僧
タマナシ文ちゃん  [ 2021/07/27 09:27 ]
鉄の旋律っつーかダイモンズのTS&ファンタジー世界版、みたいな感じですかね?
Yeti  [ 2021/07/19 08:13 ]
右手が脱着可能なアタッチメントになり、ロープアームでぶら下がりながら飛龍三段蹴りとか食らわそうものなら、感動のあまりむせび泣くと思います。
赤井"CRUX"錠之介  [ 2021/07/19 01:10 ]
めちゃくちゃ面白いです。
普通に連載として投稿してほしい!
石河 翠  [ 2021/07/18 11:42 ]
おもろいのですが、何故割烹投稿なので?
漉緒  [ 2021/07/18 11:03 ]
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