カメラの砲列に囲まれ、満面の笑顔を見せる水谷隼/伊藤美誠ペアと田勢邦史コーチを観客席で撮影しながら、足早にコートを去る許シン/劉詩ウェンの背中が視界に入ってきた。
この10年、世界のトップクラスに位置しながら、ついに五輪のシングルスには縁がなかったふたりが迎えた大舞台。五輪で初開催となる混合ダブルスの金メダルは、何よりの餞(はなむけ)となるはずだった。しかし、混合ダブルス決勝の3ゲーム目以降は、明らかにプレーに精細を欠いた。
許シンの強烈に変化する後陣ドライブが、女子選手にこれほど狙い打たれることなど、誰が想像しただろう?
会場の観客席で、大声で「加油!中国隊!」の大合唱をやらかして顰蹙(ひんしゅく)を買った中国の関係者応援団から距離を取り、ひとりの男が戦況を見守っていた。中国卓球協会の劉国梁会長だ。最初は腕を組んで静かに試合を見ていたが、次第に声が大きくなり、「堅定(迷うな)!」という激が何度も会場に響き、そして6ゲーム目に入った頃か、いつしかその姿は見えなくなった。
許シン/劉詩ウェンのベンチに入った馬琳コーチも、5ゲーム目以降は次第に声が小さくなっていった。智略を武器にオリンピックの頂点に立った彼らは、遠からぬ敗戦の瞬間を予感していたのだろうか。
表彰式で許シン/劉詩ウェンの胸に光った銀メダル。試合中は時に笑顔も見せていたが、表彰台では一度も笑顔を見せなかった。「胸を張れ」というのも無責任な言葉でしかない。彼らにとっては、金メダル以外は失敗なのだから。
今、オリンピックたけなわの東京には台風8号が近づいている。屋内競技の卓球は予定どおり試合を進められるが、中国チームは水谷/伊藤が起こした「中国にも勝てる」という大波、大風に立ち向かわねばならない。波乱は、続くのか?