ツイッターでの醜いコメントについて

一羽のコンゴウインコがフリーフライト中にロストしたことに端を発して、ツイッターでのフリーフライトやこのオンラインコースに対する醜いコメントが多くみられます。

インコをロストされたフリーフライヤーへの誹謗中傷は論外として、インコのフリーフライトという文化をつぶそうとする者たちが盛り上がっています。

なお、現在私のツイッターは不正操作をされて、ログイン不能となっています。

フリーフライトの賛成・反対というような意見の発信は個人の自由です。

これに対して私は触れるつもりはありません。

論点は、

  1. 主に、フリーフライトに関してまったく知識を持たない者たちがフリーフライトは不可能だと吹聴していること
  2. 他人が感情論でフリーフライトを「止めろ」ということが許されるか
  3. インコのフリーフライト・オンラインコースへの誹謗中傷と妨害行為

ということです。

は、欧米ではすでに十数年前に起こったことで、多くのフリーフライトの成功例によってとっくに論破されており、今だに表立ってそれを主張する者は少数派となっています。

ツイッターでフリーフライトを批難しているコメントで、フリーフライトのことを詳しく分かっての発言と思えるものは一つもありませんでした。

です。

彼らは「鳥の命をリスクにさらすのは許さない」と主張します。

そこでまず一つの事例を上げました。

毎年、家で飼われているインコが逃げて、3000羽ロストしています。

これはある一つのサイトのデータをもとに私が一番少なく見積もった数字で、実際はその数倍と思われます。

つまりここ10年だけで3万羽のロストがあったということです。

そして今、1羽のフリーフライトをしていたインコがロストしました。

3万羽のロストが野放しにされている現状で、1羽のロストでフリーフライトを禁止にできるのでしょうか?

しかも言っているのは自らそのリスクを冒して家飼いをしている者たちが主になっています。

これを言うと必ず母数が違うという者が現れると思っておりましたが、案の定でした。

しかしこのケースに母数は関係ありません。

「鳥の命の尊重」を訴えるならあくまで 3000の命が路頭に迷っているという現状の数が重要で、分母を合わせて計算したら・・というのは言い逃れでしかありません。

「鳥の命の尊重」を理由にフリーフライトの禁止を訴えるなら、今まで家飼いの数十万羽のロストが許されてきて、今起きたフリーフライトの1羽を持って禁止できるのかという単純な検証であり、反論ですらありません。これはすでに起こっている事実です。

さらに未来ではこのまま家飼いを放っておけば十年間で3万羽がロストし、フリーフライトを放っておけば十年で10羽がロストするということです。

年々フリーフライヤーの母数が増えたとしても桁がいくつも違います。

そもそも自分がそのリスクを冒してインコを飼っている者たちが「鳥の命の尊重」を理由にフリーフライトを止めろという根拠はどこにあるのでしょうか?

それとも家飼いの3000羽の命はフリーフライトの1羽に劣ると本気で思っているのでしょうか?

鳥の命が大事なら、今すぐ止めるべきはそもそもインコを家で飼うこと自体です。

私はこれをツイッターに書きましたが、これに対するまともな反論は一つもありませんでした。

自分が抱えているリスクには触れずに、他人に説教するのはそもそも「鳥の命云々」などという信念はなく、芸能人の不倫に対し「俺にも一言言わせろ」程度の、単に他人のやることが気にくわないだけという印象を受けます。

「話をすり替えるな」などという反論がありましたがが、これはすり替えではありせません。

一つのものをリスクがあるから禁止しろと主張するからには、そのリスクを現在の常識とされている基準に照らし合わせる必要があります。

ロストを理由にフリーフライトの禁止を訴えるなら、そもそも普段起こっているロストの数をもとに検証するのは当然です。

毎年3000羽のロストという自分に不都合な事実は避けて、理由にもならない1羽のロストをもってフリーフライトを止めろと訴えるのは、幼稚な感情論でしかありません。

もう一つ、検証のための事例を上げます。

猛禽類によるフリーフライトでのロストも頻発しています。

レース鳩のロストは言わずもがなです。

鷹や鳩のロストは許せるが、インコだけは許さないというのも、子供じみた感情論でしかありません。

これにもまともな反論は一つもありませんでした。

「鷹や鳩は野生で生きるために生まれてくるけど、インコは家の中で育つための鳥だ」というような、珍説を訴える人がいくらかいただけです。

さて、この事象に因み思い出すことがあります。

それは欧米が日本のクジラを食べるという文化に対して圧力をかけてきた時のことです。

この時は大半の日本人が、「牛や豚を食べる者が、どうして他人にクジラを食べるなと押し付ける権利があるんだ?」と反論しました。

そのルールを強制するに足る「根拠を示せ」ということです。

欧米人は「頭がいいから」とか、「絶滅危惧種だから」と正当化しようとしましたが、頭の良しあしはとるに足らないものとして、絶滅危惧の問題もデータ上根拠のないものでした。

要は「俺たちが大好きなクジラを日本人が食べるのが気に食わない」という感情論の押し付けでしかなかったということです。

鷹は許せる、鳩も許せる、インコだけは許さないというのは、牛はいい、豚はいい、クジラだけは許さないという言い分と何ら変わりはありません。

家から逃げたロストは許せるけど、フリーフライトのロストは許せない、というのもまったく同じです、

結局は単なる好き嫌い、「俺が気に食わないから止めろ」という感情論です。

日本はいつから、自分の考えを他人に押し付けてよし、とするような国になったのでしょうか?

世の中のあらゆるものはリスクの上に成り立っています。

毎年海水浴で溺れてなくなる子供がいますが、このために全員に海水浴を禁止することもありません。

「海水浴は怖いから止めませんか」と啓蒙するのは自由ですが、海水浴に行くという隣の家族に「俺は許さないぞ」と立ちはだかることは許されません。

隣の子供が死ぬかもしれないリスクを冒しても何も言わない者が、隣でインコのフリーフライトに行くというときに「止めろ」と口出しするのは滑稽です。

私の方から他人にフリーフライトをしなさいと人に言ったことはありません。

する・しないは自由です。

ただ、それを「止めろ」騒ぐものたちの言い分がいかなるものか見極めて、フリーフライトに対して偏見を持たれないようにお願い致します。

因みに、子育てに例えるなら、「危険だからうちの子には一生海水浴をさせない」か、「海に行っても大丈夫なようにこどものうちに泳ぎを教えておこう」というのは各家庭に選択の自由があり、フリーフライトは後者にあたります。

まして、

フリーフライトをマスターしたインコは、室内放鳥の時に窓を閉め忘れたとか、家族が帰ってきて玄関を開けたという理由でロストすることはまずありません。

インコ自身に冷静に状況を判断するスキルがあるからです。

これだけでも、フリーフライトには十分価値があると思いませんか?

の、インコのフリーフライトオンラインコースへの誹謗中傷についてですが、ツイッターではこのコースの内容が嘘であり、私が詐欺師であるように言われています。

例えばアマゾンのレビューは褒めようとけなそうと、その情報や商品を購入して試した者の意見であるということが前提ですよね。

このオンラインコースは近日開講予定としてあり、未だスタートしていません。

つまり、この者たちが私のオンラインコースの内容を知るよしもありません。

また私は他人のお金をだまし取ったことはありません。

これらの発言は、私の名誉を傷つけ、また活動の妨害行為にあたると思いますが、いかがでしょうか?