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新型コロナ、日本の対策は適切なのか? 「公共心」はお上に従うことではなく、自分の自由を守るための関与

新型コロナウイルスの流行拡大を防ぐために、試行錯誤で打たれている対策。海外と比べて批判されることも多いですが、実際のところどうなのか。東京大学の公衆衛生学を専門とする教授に評価してもらいました。

新型コロナウイルス感染拡大を防ぐために、緊急事態宣言が出て3週間が経った。

海外の政策と比べ、批判されることも多い日本の対策だが、ここまでのところどのように評価されるのか?

東京大学大学院医学系研究科で公共健康医学専攻行動社会医学講座の教授を務める橋本英樹さんにお話を聞いた。

Naoko Iwanaga / BuzxzFeed

橋本英樹さん

※インタビューは4月25日にZoomで行われ、その時の情報に基づいている。

不完全なロックダウンの割に効果は出ている

ーー緊急事態宣言が出て、各都道府県知事から様々な行動制限の要請や指示が出ています。ここまでのところ、どのように評価していますか?

今の数字をどう読むかにかかってくるかと思います。

まず、3月末の段階では、東京都では1日20〜30人から50〜60人に新規感染者が増えていきました。その時私が「あと1週間でロックダウン(都市機能の封鎖)でしょうね」と言った理由は、増加のスピードを見てのことです。

あのままの指数関数的な(数が大きくなるにつれ加速度的に増大のペースが増す)スピードで増えていけば、感染爆発となってしまいますので、今頃、1日千人単位で増えていたと思います。ニューヨークと同じ状況です。

だから、専門家会議も今までのようにクラスター(小規模な感染集団)対策だけではできない封じ込めを4月の1週目に打たないとまずいだろうと思い、ロックダウンすべきだと主張しました。

実際には、日本は完全なロックダウンはしないで、緊急事態宣言の下で自主閉鎖をお願いする、という形をとりました。日本の特徴で、政治的決定だと思います。

ーー法的にも日本は要請や指示までしかできないですね。

法的な問題はもちろんありますが、それしか選択肢がないかと言えば、法改正などやりようはあります。ただ強制的にやった場合は補償問題も必要になる。高度に政治的に判断した上で、完全なロックダウンにはしなかった。

遅すぎるという批判があるだろうとは思いますし、純粋に公衆衛生学的に考えれば、もう1週間ぐらい早くても良かったのではというのは、その通りです。しかし、政治判断をやるためのスピードとしてはよく頑張りましたねというところです。

公衆衛生の理屈での判断ではなく、政治判断ですから、日本の政治構造を考えれば早く判断を下したと私は捉えています。

その上での効果ですが、ここ1週間東京でも新規感染者は100人超えが続きました。メディアも「緊急事態宣言をしたのに感染拡大が収まらない」と、批判的に報じています。

しかし、私はかなり効いていると思います。

もし3月末のようなスピードで指数関数的に増えていたら、今頃はオーバーシュートになっています。指数関数から線形関数に変わった。相当下に引っ張っている。

海外と比べて不完全なロックダウンにしている割に、完全なロックダウン並みかそれ以上の効果が出ていると思います。

検査数との兼ね合いは?

ーー検査数のキャパシティもあって、検査が頭打ちになっているから新規感染者の数も抑えられているのだ、という声もあります。

よくそう言われますね。もちろんPCR検査そのものに上限があるので、本当の感染者数に比べたら過小評価になっているでしょう。積極的に検査しているニューヨークでも、症状がない人まで検査したらいっぱいいたと報告していますね。

今回、日本でも慶應大学で無症状の入院患者67人にPCR検査を行ったら、4人(5.97%)の陽性者が見つかったと出していました

PCR検査だけで把握している数は過少ですが、症状そのものは出るので、検査対象を絞っている分、日本では検査の陽性率が高くなっています。少なくとも有症状者の感染者数そのものについては、それほど過小評価ではないと見ています。

ーー死者数も海外と比べて増えていないですね。

他の死因に紛れ込んでいるのではないかという批判もあります。確かに、人口動態の死亡数は2ヶ月遅れで公表されるので、3月4月で何が起こったかは5月にならないとわかりません。

確かにそこの部分に関しては反論する数字はありません。しかし、私がそんなにめちゃくちゃ増えていないのではないかと考える理由は、もし未診断の肺炎で死ぬ人がすごい勢いで増えているとしたら、どうやっても隠せないのは火葬場です。

今のところ、火葬場がいっぱいになって、焼けないという話はどこでも聞きません。死亡数は増えているかもしれませんし、全数を把握できていないかもしれませんが、だからと言って、日本が死亡者を隠しているのではないかという批判は当たらないと思います。

その状況から考えると、本当に抑え込めているのだと思います。

なぜ日本で感染爆発が起きていないのか?

ーーなぜ日本では完全なロックダウンでもないのに、ここまで抑え込めているのでしょう?

要因は一つではないです。いろんなものが混ざっています。

まず、保健所が末端まで一人一人感染の連鎖を抑え込んでいますね。

各国で対応している中で、地方保健所が末端まで動いたのは、日本と韓国ぐらいです。韓国はそれを医療モデルでやっています。地方の医師が検査をすることで抑え込みました。

保健師が電話して、こうしてくださいと指示し、不安や不満が募っている陽性者を頑張ってうちにいてもらうように努力することは、日本ぐらいしかやっていません。保健所の力がまず大きかったと思います。

次に、死者があまり増えていない理由です。これは完全に仮説ですが、コロナの特徴として、炎症反応の悪循環を起こして、最後、呼吸器不全か循環器不全で死ぬということがあります。

そして、炎症を悪化させるリスクの一つとして肥満があります。

アメリカでは、人種や民族によって死亡率が違うことや医療にアクセスできない社会格差問題が指摘されています。

そういう人たちは極端な肥満の人が多いです。脂肪細胞というのは、実は炎症細胞です。そういう人たちが肺炎にならなくても、炎症の連鎖反応を起こして、腎不全や心不全で亡くなっているのではないかと推測しています。

NYの異常な死亡率は超肥満社会だから起きていることで、日本の場合は、幸いにしてそれは起こっていないのではないか。

これまでのところハイリスクな人たちを守ることができていたこともあります。

総合すると、これといった対策を打っているわけではないのに、たまたま保健所が頑張って動いてくれて、たまたま肥満の割合が低く、たまたま人々が国に言われると、なんとなく同調圧力に負けやすい文化を持っていた。

このあたりの偶然が重なった結果、海外から見ると、「日本は感染者を隠しているのではないか」と疑うぐらい、あり得ないことが起きているのではないかと推測しています。

ーー日本人の同調圧力への弱さが、感染症ではプラスに働いているかもしれないとは!

安倍政権下で、みんなそういう癖がついてしまいましたね。これだけ自由な要請なのに、新宿や渋谷、大阪などでも、8割方人出が減っています。

人々が、ある意味、政府を信じているのかなと思います。これだけボロクソ言われている割には、支持率も下がっていない。

学校の一斉休校とか、先に中韓の入国規制をするなど色々失敗をしているのです。でも批判に割と敏感に反応しているのは、そこを気にしてのことだと思います。

偶然や幸運は続かない 次の波で戦えるか?

ーークラスター対策で小さな感染の芽を積んでいた時から、全国的な流行期になって、これまでのやり方ではうまくいかないということになりました。緊急事態宣言を出して、行動制限の要請を出して、それは効果があったと評価されていますね。

これをやったことが効いたかはわかりません。ただ、少なくとも結果として、下方に押し下げる何かが起きているのは事実です。もっと他にメカニズムがあるのかもしれません。

一つだけ言えることは、積極的に手を打ったからうまくいったというよりは、不思議な”神風”が吹いているおかげでなんとなくうまくいっているような雰囲気が漂い始めているということです。

ーーそれは危険なことですか?

ものすごく危険だと思います。今の状態ではなく、この後が危険だと思います。100人前半ぐらいでもう少し抑え続ければ、下降局面に入ってくるでしょう。

そういう意味で、何がうまくいったかわからなくても、クラスター班が頑張ってくれたからとか、とにかく誰かが褒められて、うまくやってくれたありがとうという空気ができる。

本当は違うかもしれないのに、対策がうまくいったことになってしまいます。

ところが問題は、うまくいったのは偶然が重なっただけで、何が要因だったかわかっていないことです。

その状態で次に問題となるのは、必ず次の波がくるということです。ここで1回収まったとしても、早ければ今年の冬、来年の春にもう1回大きい流行が来ます。

スペイン風邪もそうでした。2回来ています。

ーーそれはデータから言っているわけではなく、過去の経験からですか?

過去にそういうことがあったことと、コロナの抗体形成(感染した時に体内にできる免疫機能)が難しいらしいという情報からも考えます。このウイルスは集団免疫(免疫のある人が一定数増えた集団で流行しづらくなること)が形成されにくい。

韓国の研究者と議論していたのですが、韓国ではものすごい数のPCR検査をして抑え込みました。その結果、国民のほとんどが全く免疫を持っていません。次がきた時にどうするかは、既に韓国でも大きな問題となっています。

また同じことをやるのか。次は違う作戦でやるのか。もちろんそれまでにワクチンができてくれれば話は別かもしれませんが、コロナはワクチンを作りにくいです。

ーーなんとなくうまくいっているけど、何が効いたかわからないとなると、次の流行が来た時の対処法が見極めにくいということですね。

そうです。かつ、次回はこんなラッキーが続くことはないでしょう。偶然は偶然ですから。一度吹いた神風が二度目も吹くと信じて動くよりは、二度目は疑って動く方が安全だと思います。

健康格差問題は日本で起きているのか?

ーー今回、営業の自粛などを強く呼びかけているわけですが、休業補償などの経済対策が不十分ではという声があります。営業しないと生活できないからやむなく開けている人もいます。どう考えますか?

専門外なので知ったかぶりはできません。

ただ、一つだけ言うと、今回の自粛で、これまでも問題があった所得の低い人、ボーダーラインの人たちの中で様々な問題が起きているのは事実でしょう。そこまで大変でなかった人が、職を失って、貧困化していることがあります。

緊急にお金が必要な人をサポートするのはもちろん重要です。少なくとも国民一人ずつに10万円まくのは完全なバラマキ政策で、個人的に批判しています。

例えばドイツなどで行われたように、雇用を守るための経済対策の方が長期的に見れば良いと思います。解雇しない企業に助成をする。雇用者に対して、被雇用者の首を切らなければサポートする。雇用を確保する方に重点をおいたほうが健全だと思います。

ーー社会疫学の立場からだと、感染症だけではない健康被害が出てきそうな感じでしょうか?

健康問題は既に出ています。職を失ったかそういう不安のある方のメンタルヘルスの問題はもちろんですが、都内でも3月半ばから虐待が増えています。

そういう意味では、格差や社会で不利な条件に置かれている人、いわゆる社会的排除を受けている人、そのリスクの高い方が、もっともこのような危機の影響を受けやすい。その人たちに対して、何をどう守るのか考えなければいけません。

ただ、予防はできない。できる限り、問題にならないように、雇用の確保や安全や見通しの確保に手をつける方がいいのだと思います。10万円もらうことはその場しのぎにはなりますが、見通しの確保にはつながりません。

これについては動いている役所もありますし、内閣府ではドメスティックバイオレンスの相談窓口を設けています。起こっている問題の範囲が大きすぎるので、政府だけでなく、民間も含めてどう対応するのかが重要です。

ーーこの感染症に関しては今のところ健康格差は見られていませんね。

少なくとも医療アクセスの問題は日本は恵まれていますし、肥満がリスクだとすると日本はアメリカほど社会経済的格差はないですね。極端な肥満もないので見えにくいのだろうと思います。むしろ間接的な影響の方が大きいです。

医療崩壊は大丈夫?

ーー今回、感染者の爆発的拡大よりも先に医療崩壊が来てしまうのではないかと心配されています。医療面での対策はどうでしょうか?

最初に言いたいのは、「医療崩壊」という言葉が解決を邪魔しているということです。「医療崩壊」という現象ではないのです。

問題は3つに分かれます。

まず、一般的に言われている人工呼吸器やベッドが足りないという問題、需要と供給のミスマッチが起きるという問題は、結局あまり大きな問題にならないと思います。

ある程度、感染のスピードが抑えられていますし、仮に呼吸器やベッドが増えても、それを使う人が追いつかないと意味がない。(そうである限り)ベッドや呼吸器、ECMO(人工心肺)が足りないということがポイントにはならないはずです。

もう一つは、せっかくある病床がうまく使えないという効率性の問題があります。軽症者をホテルでみてベッドを開けるなどの対策をしているので、だいぶん改善していますが、ここは改善の余地が相当あります。

病床がいくつ空いていて、ホテルがどれぐらい空いているかという情報は都が持っている。一方で、患者が何人出ているかは特別区の区が持っている。東京都と区で情報をシェアするプラットフォームがない。ここが抜けているので広域での調整がスムーズではないことがあります。

一番大きい問題の一つは、情報を共有して、医療資源をちゃんと使えるようなコミュニケーションを、中央政府、都道府県、市区町村の間でシステムも含めて持つことです。韓国と中国はうまくやっています。

SARSとMERSで苦い経験を持っているからです。非常事態の時に情報を中央で集めて、地域に戻すシステムを作っています。日本は対応していませんでした。

3つめの問題は、院内感染でせっかくある医療資源が使えなくなることです。そしてPCRで陰性を確認しないと受診させないという受診拒否が起きています。

例えばこれまで糖尿病の診療をしていた病院が、患者に熱があると、「保健所に行ってください。うちでは診られません」と切ってしまう。大学病院でもそういう受診拒否が起きています。

けしからんことですが、院内感染を起こされたくない気持ちもわかる。今回、都立墨東病院は受けざるを得ないけれども受け続けているうちに、院内感染を起こして救急を閉じざるを得なくなりました。

発熱している人をPCRでスクリーニングする。仕分けするシステムが必要です(※無症状でも入院時に医師が必要と判断したらPCR検査が保険適用になった)。もちろん陰性であっても感染していないという証明にはならないのですが。

区の医師会で一元的に発熱の患者を診るセンターを開設するなどの試みが始まっています。いよいよにっちもさっちもいかなくなってきて、増えてきていますね。

今後、コロナ陽性の人の扱いを区分けして、医療機関を守り、コロナ陽性の患者は適切に治療を受けられ、陽性じゃない人も必要なタイミングで医療が受けられるようにならないといけない。

病院同士の役割連携と`PCRの仕分けが合体することが必要です。ここが一番、重要な部分で、挑戦しなければいけないところです。

データをオープンにして、試行錯誤を理解してもらう

ーー緊急事態宣言の期限が5月6日に迫ってきました。ここまでを評価して、今後、どういう対策を打っていくべきだと思いますか?

なぜかわからないけど、幸いにして均衡状態に入っているので、その認識をシェアした方がいいですね。今までやってきたことには、何かわからないけど効果がある。まだ怪しい部分を残しているので、注意しながらここから先も進んでいくということです。

ただ、いつまで続くのか見通しがないと、経済的な問題もこれから待った無しになってきます。

それから僕が一番心配しているのは学校教育が妨げられていることです。

オンライン講義ではちゃんとやれる子とやれない子がいます。それをどうやって再開するか、再開基準を作ることが必要です。

再開はしても、おそらく北海道で経験しているように、開けてみたけれどまた流行しそうだから蓋をして、また恐る恐る蓋を開けてということをまだ少なくとも数ヶ月は続けないといけない。

全員が一斉に下向いてシュンとしている形ではなく、都市封鎖のようなものをどういうタイミングと基準で行っていくかをルールを作って運用していかなければいけません。

「宣言=みんな出てはいけません」ではなくなるでしょう。賢く情報の交換と観察を続けながら、試行錯誤を繰り返して横ばいの状態を保ちながら様子を見ていく。夏過ぎる頃にはやっと一息ついたねというところまで持っていく。

その際に、経済的な影響が大きい人をどう守るかを併せてやっていくしかないです。

ーーどうしても開ける決断がしづらいのは、一般の人も「何かあったらどうするんだ」とゼロリスクを求める気持ちが強いことも影響していそうです。

政策上の敵は、政府の「無謬性」つまり、政府が間違わないことを求めることです。この感染症は、トライアンドエラーで対応するしかない。「一人でも感染したらどうするのか?」と詰め寄る話ではないのです。

「開けて閉めてを繰り返すことしかないのだ」と理解してもらうことが必要です。政府は必要な時に、必要な宣言と判断はやる。データもみんながわかるように包み隠さずフィードバックする。

それでももし感染者が出たら、「仕方ない1週間我慢しよう」と思ってもらえるように、市民と中央政府との間のコミュニケーションをちゃんと確立できるか。そこに、5月いっぱいは焦点が絞られると思います。

見通しと耐え方の判断を、政府や専門家だけでなくみんながやれるようになることが必要です。

リスクコミュニケーションは適切か?

ーー市民と政府の間のコミュニケーションはとても重要だと思いますが、日本ではこのリスクコミュニケーションはうまくいっていますか?

下手くそですね。専門家会議も、リスコミの専門家が入っていると思いますが、あまり発言できていない感じですね。

「3つの密」もあの3つの円が重なっているベン図、最初は重なっているところの色が濃くなかった。集合の概念をよく理解する人は、3つの条件が全て重なったど真ん中がいけないということはわかるのです。

和田耕治さん提供

三つの密の概念を示したベン図

でも一般の人にそれは伝わっていない。3つ全てダメだと思っていた人が多いです。ある程度のわかりやすさが必要なんです。

これのそれぞれの要素が全部ダメとなったら、社会生活が成り立たないです。メッセージをどうわかりやすくするかということがまず大事ですが、メッセージは単に情報を渡すだけではありません。

人々に見通しや安心感を与えるメッセージも必要です。今は危険のメッセージばかりです。でもこうすると、未来が見えてきますよというメッセージが必要です。

個人の自由と公共心、どう両立させる?

ーー今、感染を拡大させないという医学の論理が最優先されて、対策が決められています。そうは言っても人は医学の論理だけで生きているわけではないですね。個人の自由や生き方を制限される苦しさがあり、自由に生きる権利と公共心との間に立たされています。公衆衛生とリベラルな価値観は相性が悪いと私は思っているのですが、先生はどのように考えますか?

私は「パブリックマインド」という言葉をよく使います。なぜかと言えば、日本で「公共心」と言うと、「公」という字が入っています。どうしてもお上や政府に、集団に対して、自己を犠牲にするという意味で使われがちです。

それに対し、パブリックは、個人の自由を達成するために、個人ではカバーできない、間の空間である「パブリック」にどう個人が関わって、作り上げるのかという意味です。

Naoko Iwanaga / BuzzFeed

「公共心」は自分の自由の実現のために発揮すべきものと話す橋本さん

日本では「公」はお上のために私を犠牲にするという「公と私」という関係で見ていますが、パブリックという概念は、自分の自由の実現のために必要な公共にどう関与していくかという意味なんです。今求められているのは、こちらの意味での「公共心」です。

自分だけが生き残って周りが死んだら意味がないですね。自分が自由に生活して、自由に発言するための社会を守るために今、何をすべきなのか。そんな考え方をしていただくのがいいと思います。

公衆衛生がリベラルな価値観と折り合いが悪いという指摘は、確かに一部当たっていると思います。

特に、感染症の管理については、ダイヤモンドプリンセスの話が出た時に、カミュの『ペスト』の話が出たり、1990年代のキューバのHIVの感染対策などの話が取り上げられました。

キューバでは感染者を全員囲って閉じ込めたのです。ただし、リゾート地に監禁しました。ご飯もあるし、良い家もある。でもその地域から一歩も外に出てはいけないという条件で監禁したのです。それを巡る倫理の問題がまた議論されました。

公衆衛生の強制力と人権の問題のせめぎ合いは?

もっと古い話で言えば、人々にうつさないために無症状の感染者を一生涯隔離したという話もあります。アメリカで1900年代初頭にあった、「チフスのメアリー」という話です。

チフスの無症候感染者の報告1例目なんです。自分は発症しないけれどもチフス菌を持っていて周りにうつしてしまう。

彼女はアイルランド出身の移民の女性で、アメリカの金持ちの家で食事を作る賄い婦として雇われていました。彼女の周辺でチフスで死んだ人が出て、疫学者が入って調べたところ、彼女が保菌者だと突き止めた。

一度監禁されたのですが、アイルランド人に対する偏見だと裁判を起こしました。その結果、感染源であることは事実だけど、個人の自由を制限することは許されないとして、賄い婦として働かないこと、居場所を当局を伝えることを条件として釈放されたのです。

ところがその後、姿をくらまし、数年後に金持ちの家にチフスの大量発生が起きて、調べたところ彼女が名前を変えて働いていたのです。逮捕されて、ロングアイランドの川の中にある島の中の結核感染者用の隔離病院に入れられました。残る25年、そこから一歩も出ることを許されず生涯を終えました。

公衆衛生の世界では、チフスのメアリーとキューバのHIVの問題を考えることで、公衆衛生が持っている強制力と人権とのせめぎ合いがどういう時にどう問題になるのかを議論します。

今回の感染症では、公衆衛生がいったい何をすべきかを考える時に、我々は答えを持っていません。

政府の強制力で人を囲い社会管理で逃げ切った中国、検査という医学を使うことで人を囲った韓国、自粛という少し忖度や同調圧力を利用したかっこ付きの民主的コントロールをやっている日本。

どれが成功するかは誰もわかりません。まさにこれだけ対照的なことをやった3か国で、今後何が起こるのかを見ることから我々は学ぶしかない。

ーー日本の今のやり方は日本でうまくいきそうでしょうか?

ある意味、日本人にとっては馴染みのあるやり方だと思います。効果があるかどうかは別として、政治的には一番やりやすいものを選んでいると思います。

ーー忖度もするし、同調圧力もある。

我々に任されている部分もあるし、お上を信じているから、「だからお上が最後は面倒見てくれ」という要求も強い。ここがすごく矛盾する心持ちです。お上に対する信頼と、お上に対する猜疑心が両方同時に存在するのが日本の文化だと思います。

お上が言う通り大人しくします、ただし補償はしてくださいねということです。日本のやり方は、補償とセットで議論しなくてはいけないというのは確かにその通りです。

私たちはこれでやっていくしかないのだろうなと思います。

【橋本英樹(はしもと・ひでき)】東京大学大学院行動社会医学講座教授

1988年3月、東京大学医学部卒。同大学内科勤務、帝京大学医学部講師、東京大学医学部附属病院特任教授など経て、2012年から現職。

専門は公衆衛生学、健康科学、社会格差による健康影響。編著書に『医療経済学講義』(東大出版)と『社会と健康』(同)。

訂正

肥満細胞を脂肪細胞と訂正しました。

Naoko Iwanaga naoko.iwanaga@buzzfeed.com に連絡する.

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