ライアナ・サイーフ氏と著書
『ピカトリクス』ーーそれは中世アラビアで成立した奇怪な魔術の書物の名前です。神々への壮大な祈り、面妖な護符、複雑な手続きの儀式・・・・・・本書からは禁断の魔術が放つ危険な魅力がたちのぼります。この書物への関心は、日本でもますます深まっています。
来たる2020年7月28日、占星術研究家の鏡リュウジ氏を聞き手に、アラビアの神秘思想研究の第一人者ライアナ・サイーフ(ライアナ・セイフ)博士を講師に迎え、この伝説の書物の魅力をさぐるオンライン講座(ZOOMウェビナーを使用)が行われます。
『ピカトリクス』とはどんな書物なのか?
ライアナ・サイーフ博士へのインタビューがThinker's Gardenというサイトにありました。その中から、ピカトリクスに関する部分を、ライアナ博士のご許可を得て掲載します。http://www.thethinkersgarden.com/tag/liana-saif/
*講座申込みはこちらから
http://yakan-hiko.com/meeting/picatrix/top.html
●ライアナ・サイーフ
アラビア神秘思想研究者。オックスフォード大学(セントクロスカレッジ)特別研究員を経て、現在、ロンドン大学ウォーバーグ研究所特別研究員。西洋とイスラムの秘教、オカルト思想の影響関係を研究テーマとし、ピカトリクスの写本を調査、研究。著書に、『The Arabic Influence Early on Modern Occult Philosophy』 など。
翻訳:鏡リュウジ
――今、英語で初の学術校訂版『ピカトリクス』をご準備中だそうですね。この書物が中世において、そして初期近代においてどのように読まれていたのか、少しお話いただけますか? また、このテクストについてよくある誤解があるとすればどんなことでしょう?
ライアナ:ええ、今、アラビア語のオリジナルから英語に訳しているところで、これはウォーバーグ研究所から出版されることになっています。これは、この研究所から出ている一連の出版計画の一部で、ヘルムート・リッターのアラビア語版、同氏とマーティン・プレスナーのドイツ語版、そしてデイビッド・ピングリーによるラテン語版に連なるものになります。
私は、この版を楽しみにしてくださっている方がたくさんおられるのを嬉しく思っています。それは、この書が13世紀半ばにカスティーリャのアルフォンソ10世の庇護の下でラテン語に翻訳されて以来、西洋のオカルト的想像力に幅広い影響力をもってきたことを示しているからです。ただ、驚くべきことなのですが、『ピカトリクス』はルネサンスの時期まで広く認知されることも影響力を振るうこともなかったのです。
パリ、フィレンツェ、オックスフォード、ロンドン、クラコウ、ハンブルク、プラハ、ダルムシュタットの図書館には、15世紀から17世紀の間に制作された写本が多数残っています。これはケンブリッジ大学の医学博士であり、後に神学博士となったジョン・アルジェンティーヌ(b. c. 1442)の蔵書にも含まれています。
この人物は1483年に暗殺されるまで、エドワード5世と弟のリチャード・ヨーク公付きの医師でもありました。また彼は、その書庫にDe Imaginibusも所蔵していました。
ロドヴィコ・ラザレッリ(Lodovico Lazzarelli, 1447-1500)や医師シンフォリアン・シャンピエ(Symphorien Champier, 1471-1538)も『ピカトリクス』のことを知っていました。
また、この書はマルシリオ・フィチーノ、ジョン・ディー、ハインリッヒ・コルネリウス・アグリッパなどなど、初期近代の著名なオカルト哲学者に影響を与えています。この書物はその大部分が魔術のやり方を指南する実践書であるわけですが、実はその中には哲学的・理論的な部分、つまり(魔術)実践の正当性を示そうとする部分が含まれていて、それが初期近代の読者に強いインパクトを与えることになったわけです。
ライアナ・サイーフ氏の著書
『The Arabic Influences onEarly Modern Occult Philosophy』
拙著『初期近代オカルト哲学におけるアラビアの影響』で論じたように、彼らは『ピカトリクス』の中に、あらゆるものは星辰的(アストラル)な原因と神の意志によって結びついていること、そしてそれは、上なる世界と下なる世界を結ぶネットワークによって表現されるという世界観を見出したのです。
霊的(スピリチュアル)、星辰的(アストラル)的、そして物質的(フィジカル)な現実の複数化、増殖は、神的な領域から発します。ピカトリクスの著者によれば、魔術とは、自然と天体の働きをよく知り、宇宙の運動の中に現れる神の意志に自らの魂を接続させることによって、因果の連鎖を操る賢者の能力である、ということになります。
このようにして、この本は、キリスト教徒の目には悪霊的なもの介入のように受け取られかねないものを避けているように見えます。私には、この書をめぐる誤解のほとんどは、まさにこの点にかかっているように思えるのです。
二項対立的(な見方や判断)は、ある特定の時代の、ある特定の文化に付随して、認識論上そして観念論上で生み出されるものです。
ガーヤート(『ピカトリクス』)のような中世のアラビア語のテクストやその翻訳に、悪魔的なものと自然的なもの、黒と白、高と低といった二項対立を適用することは、誤解を招くことになるでしょう。
それにもかかわらず、このような解釈が今まで続けられてきたのです。『ピカトリクス』が語る霊(スピリット)とは、悪魔や説明不能な超自然的な存在ではなく、宇宙に顕現する「神の意志」を意味しているのです。
惑星の言葉を、偶像崇拝、あるいは星辰崇拝的なものと表現することには、警戒するべきです。それは神と、神の法をつなぐ契約を破壊してしまうものであるとほのめかすことになるかもしれません。読者が避けるべきもう一つの罠は、今日のイスラム教の「正統性」の認識に基づいて、この書の思想的・神学的含意を断じてしまうことです。
『ピカトリクス』は決して孤立した文献ではありません。幸いにも同時代の人々の信仰、習慣、悩みについて書かれた、同じようなテクストが数多く現存しているのです。
【オンライン講座開催のお知らせ】
中世アラビアの魔術書『ピカトリクス』
2020.7.28(火) 19:00〜21:30
受講料:11,000円(税込)
※申込受付締切日:7月20日(月)
※お申込み方法などの詳細はこちらのサイトにてご確認ください
http://yakan-hiko.com/meeting/picatrix/top.html
鏡リュウジ氏からのメッセージ動画はこちら!
●講師 ライアナ・サイーフ
アラビア神秘思想研究者。オックスフォード大学(セントクロスカレッジ)特別研究員を経て、現在、ロンドン大学ウォーバーグ研究所特別研究員。西洋とイスラムの秘教、オカルト思想の影響関係を研究テーマとし、ピカトリクスの写本を調査、研究。著書に、The Arabic Influence Early on Modern Occult Philosophy Palgrave Macmillan 2015
●聞き手・翻訳 鏡リュウジ
占星術研究家・翻訳家。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。占星術の心理学的アプローチを日本に紹介し、従来の「占い」のイメージを一新。占星術の歴史にも造形が深い。英国占星術協会会員。日本トランスパーソナル学会理事。平安女学院大学客員教授。京都文教大学客員教授。主な著書に『鏡リュウジの占星術の教科書Ⅰ』『占星術の文化誌』、訳書に『ユングと占星術』『魂のコード』『世界史と西洋占星術』『占星術百科』『占星医術とハーブ学の世界』等多数。
鏡リュウジ公式サイトはこちら
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