①BiSH-星が瞬く夜に-
「もう一度BiSを始める」と株式会社WACKの代表取締役・渡辺淳之介氏が発表して、BiSHのプロジェクトが動き始めたのが2015年1月14日。メンバーが発表されたのが3月10日。そこから約2ヶ月半しか経っていない5月27日にリリースされた1stアルバム『Brand-new idol SHiT』に収録されている“BiSH-星が瞬く夜に-”は、彼女たちの本格始動の狼煙であり、永遠のテーマソングと言っていいだろう。パンキッシュなサウンドが、とにかく文句なしにかっこいい。「真似したくなる振付」という、現在のBiSHに通ずるスタイルが、既に確立されている点にも注目させられる。ライブ会場で踊りたくなるのはもちろんだが、クルクル回る椅子などに座って映像を鑑賞する際、画面の中の彼女たちと一緒に《星が瞬く夜に》と歌いながらクルクル回ってしまう清掃員(BiSHファンの呼称)も少なくない。そして、YouTubeで公開されているMVが、非常にどうかしている点にも触れないわけにはいかないだろう。メンバーたちが妙な液体をかけられているが、何を隠そう、あれは本物のウンコだ。「Brand-new idol SHiT(新生クソアイドル)」の略称であるBiSHは、黎明期から身体を張りながら全力で道を切り拓いていた。
②beautifulさ
2015年8月に、ハシヤスメ・アツコと一緒に新メンバーとして加入したリンリンが、初めて作詞した曲 “beautifulさ”。インディーズ時代の2ndアルバム『FAKE METAL JACKET』の収録曲のひとつであり、MVが制作されたわけでもないのだが、ライブで披露される毎に存在感を増して、清掃員に深く愛されるようになっていった。リンリン自身は、これを「諦めの曲」と言っているのだが、前向きな曲として受け止められるようになったのが、とても興味深い。表面上はポジティブなものとして捉えられる歌詞、00年代初頭辺りの日本語パンクに通ずる抒情性を帯びたサウンドなども、このような解釈が広がった理由として挙げられるだろう。しかし、何よりも大きかったのは、ライブで生み出された風景なのだと思う。サビで《どんなとげとげの道も》と歌いながら飛び跳ねて、両手の人差し指を頭上で突き上げる、通称「とげとげダンス」を清掃員が一斉に踊る風景は、本当に美しい。会場に集まったたくさんの人々が抱えている悩み、痛み、やるせなさを解決してくれるわけではもちろんないが、「このモヤモヤと付き合いながら進むしかないよな……」という前向きな「諦め」を感じさせてくれる曲となっていったのが、この“beautifulさ”なのだと思う。
③ALL YOU NEED IS LOVE
インディーズ時代のBiSHを代表する曲のひとつであり、メジャーデビュー以降も、ワンマンライブのクライマックスで披露されることが多い。寂し気なメロディが広がる序盤を経て、突然エモーショナルに高鳴っていく様が鮮烈だ。《溢れる想いが 満たせぬようなものなら/ここで一回 ぶっ壊してやる》というフレーズは、リスナーの胸を強く打つものがある。何もかもが自分を否定しているように感じられた時、目の前に見えるのは無機質な冷たい壁だけだ。そんな閉塞感の真っ只中で全てをぶっ壊し、その先に広がる景色に希望を繋ごうとしているこの歌は、「BiSHにとってパンクとは何なのか?」を示しているように感じられる。何もかもが最初から順調だったわけではなく、明日がどうなるのかわからないまま活動を積み重ねていたメンバー、スタッフも含めたチームの心の叫びが、ここには刻まれているのではないだろうか。そして、ライブで披露される彼女たちのパフォーマンスにも、いつもワクワクさせられる。何かと戦うかのように全力で歌って踊っているメンバーたちの中でも、特に目を引くのはハシヤスメだ。終盤に差し掛かると、バックコーラスに徹して「ウォーウォー」と息が途切れる限界まで声を絞り上げて飛び跳ね続ける彼女は、言葉を超えた何かを訴えかけてくる。彼女が存在するからこそ一層の輝きを放つことができている曲として“ALL YOU NEED IS LOVE”を紹介しても、異論を唱える清掃員は、おそらくいないと思う。
④オーケストラ
2016年10月5日にリリースされたメジャー1stアルバム『KiLLER BiSH』のリード曲 “オーケストラ”。彼女たちのメジャーデビュー作となったシングルの表題曲“DEADMAN”は、怒涛の勢いで駆け抜ける99秒のハードコアパンクチューンだったので、その後に届けられた“オーケストラ”の正統派の名曲ぶりは、鮮烈な印象をリスナーに与えた。瑞々しい声の向こう側で力強い意志を脈動させているセントチヒロ・チッチの歌い出しの時点で、胸を揺さぶられずにはいられない。前作とのギャップがあまりにも大きかったため、「実は過激な意味が歌詞に隠されているのでは?」という議論を清掃員たちがSNS上で交わし合っていたことが懐かしく思い出される。「オーケストラ新規」という言葉が生まれるくらい、ファン層を一気に拡大するきっかけにもなったのがこの曲だ。別の道を進むことになった誰かへの想いが描かれている歌詞は、リスナー各々の境遇や体験に応じて、友人、恋人、家族などの姿を重ねられるものに仕上がっている。そして、BiSHをずっと応援してきた清掃員は、やむを得ない事情による仲間との別れを経験しているメンバーたちの想いも投影せずにはいられない。頭上に掌を立てながら「Brand-new idol SHiT(新生クソアイドル)」としてのマキグソ感を表現するお馴染みの挨拶のポーズで、この曲は締め括られる。自分たちが選んだ道への覚悟と、大切な人へのエールが、あのエンディングには滲んでいるのではないだろうか? 彼女たちの軌跡を調べてから聴くと、“オーケストラ”は、一層温かくて切ない何かをあなたに語りかけてくるはずだ。
⑤本当本気
2016年8月24日にZepp Tokyoで行われた「TOKYO BiSH SHiNE repetition」で、新メンバーとして初舞台を踏んだアユニ・D。そこから2ヶ月も経たない内にメジャー1stアルバム『KiLLER BiSH』がリリースされた。収録されている“本当本気”は、彼女が初めて作詞を手掛けた曲。《みんなが僕をバカにすんだ ナメんな》という歌い出しのインパクトが、とても大きい。自分を押し殺して生きているように見える人の胸の奥にも、実は激しく燃え盛っている魂が描写された歌詞は、生々しい情念を鋭利な刃物のようにリスナーに突きつける。新メンバーとして加入したアユニが、ただの美少女ではないことをはっきりと示したのがこの曲だ。BiSHのメンバーは、全員が歌詞を書く。彼女たちは本職の作詞家のような凝った表現を用いることはあまりないが、シンプルな言葉だからこその切実さ、必然性をいつも滲ませている。そういう様をまさしく示している“本当本気”に感情移入しているリスナーは非常に多い。腹を括って上京して、新しい世界へと飛び込んだ当時のアユニの姿と重なるこの曲は、歯を食いしばりながら戦っている人々の心を、これからも鼓舞し続けるだろう。
⑥プロミスザスター
2017年3月22日にリリースされたメジャー2ndシングルの表題曲“プロミスザスター”。ここに至るまでのBiSHは、「かっこいいor美しい曲」、「どうかしている曲」という対照的な作風を、ほぼ交互に行き来しながら歩んできたので、「そろそろ変な曲が来るのでは?」と、予想していた清掃員が少なからずいた。しかし、“オーケストラ”に続くような形で、このような圧倒的な名曲が届けられたので、皆は歓喜しつつも仰天したのであった。空に向かって掲げられたチッチの腕に5人が手を添えて星のシルエットを描く振付から始まり、眩しく高鳴っていく様は、本当に美しいドラマの結晶だ。そして、《あの空を染めてけ》という部分での全員のパフォーマンスも印象的なのだ。歯で親指を噛み切り、流れ出た鮮血で星を描く様を想起させるあの動きは、さらに成長していこうとしているBiSHの決死の誓いのように、当時の清掃員に受け止められていた。
“プロミスザスター”は、2017年12月1日にテレビ朝日『ミュージックステーション』に初出演した際に披露された曲でもある。画面の向こう側でパフォーマンスを繰り広げた6人が見事な星を描いた瞬間、「俺たちのBiSHがついにやったよ!」と、全国の清掃員は胸を熱くしたはずだ。それに、この番組のオープニングで、澄ました表情でコマネチをしながら現れた彼女たちを観て、「変な子たち……」と呆れていた人々の心も、少なからず捉えたのだと思う。BiSHのターニングポイントと言える曲は他にもいくつかあるが、快進撃を後押ししたという点で挙げるべきなのは、やはり“プロミスザスター”だろう。
⑦GiANT KiLLERS
2017年は、飛躍の足掛かりとなる出来事が重なった。7月22日に幕張メッセベントホールで行われた「BiSH NEVERMiND TOUR RELOADED THE FiNAL "REVOLUTiONS"」もそのひとつ。公演を間近に控えた6月28日 にリリースされたミニアルバム『GiANT KiLLERS』は、大舞台に向かうための武器となり得る曲がいろいろ収録されていた。その中でも異彩を放っていたのが“GiANT KiLLERS”だ。6人の歌声のスリリングな連携が繰り広げられる様を聴くと、ドキドキせずにはいられない。「ウォーウォー」という大合唱ポイントも盛り込まれているこの曲は、アリーナクラスの会場でのライブや大型音楽フェスへの出演を想定して制作されたことも窺われる。そういえば……この年の4月29日、彼女たちは「モンバス(『MONSTER baSH』)に出たくてしょうがないから」という理由で、実にふざけたタイトルのイベント「MONSTER biSH 2017 ~絶対出たいぞモンバス!!~ supported by MONSTER baSH」を高松festhalleで行い、8月19日に見事に「MONSTER baSH 2017」への出演を果たした。これは翌年に一気に全国各地の音楽フェスに出演するようになる状況への弾みとなったが、「BiSHのライブは凄い!」という認識を広める上で大きな役割を果たしたのが“GiANT KiLLERS”だ。
彼女たちが武器を手にして繰り広げる殺戮シーンが痛快なMVも秀逸なので、まだ観ていない人はすぐにチェックした方がいい。そして、ライブでのパフォーマンスにもぜひ注目していただきたい。特にエンディングは、観る度に強烈なインパクトを与えてくれる。一列に並んだメンバー同士のカンチョーの連鎖の果てにハシヤスメが浮かべる表情が味わい深いので、絶対に見逃さないで欲しい。
⑧My landscape
独特なハスキーボイスと豊かな表現力が、高く評価されているアイナ・ジ・エンド。彼女の魅力が存分に発揮されている曲を挙げ始めるとキリがないが、おそらく誰もが一瞬で「凄い!」と納得するはずなのが、“My landscape”だ。厳かにスタートして、各メンバーが愁いを含んだ歌声を交わし合う中で高まる緊張感。そして、サビに雪崩れ込む瞬間、アイナが発する《My landscape》という声は、圧倒的な迫力だ。「夜空に浮かぶ満月を撃ち落としそう」というような、些か感情過多な表現を思わず使いたくなるくらいのものが、あの瞬間の彼女の歌声には宿っている。この衝撃が効果的に活かされていた場面として思い出されるのは、2018年12月22日に幕張メッセ9・10・11ホールで行われた「BRiNG iCiNG SHiT HORSE TOUR FiNAL “THE NUDE”」だ。アイナが《My landscape》という声を響かせた直後、円形ステージの360°を覆っている紗幕上の映像と共に描かれた風景を、何と表現するべきか? 華々しく打ち上がり続ける無数の花火の映像の向こう側で6人が踊ったり、紗幕が落下して露わになったステージが神々しい光で包まれるといったあの様は、ゾクゾクするほど美しかった。会場に集まった1万7千人が息を呑んでいたあの幻想的なひと時は、YouTubeに公式映像がアップロードされているので、ぜひ観ていただきたい。ダイナミックな演出とBiSHのメンバーたちの生身の表現によって奇跡のような空間が生まれた様が、この映像には記録されている。
⑨NON TiE-UP
2018年5月22日に行われた横浜アリーナでのワンマンライブ「BiSH “TO THE END”」のチケットがソールドアウトして大成功。同年6月27日にリリースされた両A面シングル『Life is beautiful / HiDE the BLUE』も大型タイアップが決定して、ブレイクの時を迎えたBiSH。その状況を心から祝福しつつも、彼女たちのブッ飛んだ作風も愛して止まない清掃員の間では、「このまま丸くなっていっちゃうんだろうね」というムードが漂っていたのだが……そんな寂しさを痛快に打ち砕いてくれたのが、『Life is beautiful / HiDE the BLUE』と同日に、店頭に突然並んだゲリラシングルの表題曲“NON TiE-UP”であった。スペクタクル映画のサウンドトラックのような華々しいサウンドが響き渡る中、6人が挑発的に放つ《おっぱい舐めてろ チンコシコってろ》のインパクトがもの凄い。メジャーデビューしてからのヒット曲しか知らなった人にとっては、「あのかわいい女の子たちが!」とショックだったのかもしれないが、BiSHは始動時から「こいつら、何をしでかすのかわからないぞ」という危険な香りを身に纏っていた。それが改めて露わになったのが、この曲だ。彼女たちは丸くなったどころか、相変わらずどうかしていた。“NON TiE-UP”のブッ飛びっぷりに痺れてしまったという人には、インディーズ時代の名曲“OTNK”も聴いてもらいたい。英語っぽくも聴こえるイイ感じの響きの歌詞なのだが、時折、妙な言葉としか思えない何かが耳に飛び込んでくる。どういうことなのかは、聴けばすぐにわかるだろう。とんでもない言葉を大声で叫んでいる気がするのだが……。
⑩リズム
2019年11月6日にリリースされた両A面シングル『KiND PEOPLE / リズム』。2曲目の“リズム”は、「作詞:モモコグミカンパニー/作曲:アイナ・ジ・エンド」というコラボレーションだ。曲が生まれた経緯は、2016年まで遡る。メジャーデビューしたこの年は、アルバム『KiLLER BiSH』がリリースされた直後の10月8日にワンマンライブ「BiSH Less than SEX TOUR FINAL'帝王切開'」が日比谷野外大音楽堂で行われ、良い波に乗りつつあったのだが……アイナが喉の治療に専念するため、年内いっぱい活動を休止する旨が11月に発表された。不調の原因となっていた声帯結節の手術を間近に控えていた時期に、抱えた気持ちを吐き出すように彼女が作った曲が、“リズム”の原型だ。もともとは世に出すつもりではなく、2018年にアイナがモモコに作詞を依頼した際も、リリースを想定していたわけではないらしい。しかし、BiSHの曲として届けられて、本当に良かった。メンバー全員の歌声で表現されたことによって、瑞々しい生命が授けられているのを感じる。そして、モモコの書いた歌詞がとても良いのだ。不安を抱えながら震えている魂に、さり気なく寄り添い、そっと柔らかな光を投げかけるかのような優しさが、言葉の一つひとつから伝わってくる。アイナが人知れず抱えていた想いに美しい実像を与えたのが、ここで綴られている言葉なのだと思う。共に歩んでいるメンバー同士の心の共鳴の産物とも言うべき“リズム”は、BiSHの新たな創作の形を示した曲としても、とても注目させられる。