呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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さんの皆さん、ありがとうございます!




第二十七話  尾行

 

 

 

 

「──────よし、ここまでにしよう」

 

「だあぁあああああああああああっ!!マジで!マッジでセンパイから1本も取れないんだけど!!なんなん!?」

 

「終始転がされていただけだね、私と悟は」

 

「硝子もやれよ!俺達みたいに泥だらけでボコボコにされろよ!」

 

「私は非戦闘員だし」

 

「才能もあって伸び代もあるんだ。今すぐに俺を倒せるようにならなくても良いんだぞ。ゆっくり着実にだ」

 

「1本も取れてないってか、触れることすら出来てないっていうことへの心の問題!!」

 

 

 

ギャンッ!と吠えている五条は地面に仰向けで寝転んでいる。着ているジャージは穴が空いていたり破れていたり擦れていたりでボロボロ。そして五条自身もボロボロである。息も絶え絶えである。それは夏油も同じ事で、2人で仲良く地面に倒れ込んでいた。

 

先までは体術の時間だった。今度こそぶちのめしてやると息巻いていた2人だったが、そんな大きな口は直ぐに黙らせられた。同時に襲い掛かっているのに完璧に対処され、受け流されたり逸らされたり、それで隙が出来たら加減の入った殴打や蹴りが入れられる。

 

しかしこの攻撃、力をセーブして手加減している筈なのに、ものすごく痛いのだ。無茶苦茶痛い。だから受けたくない。故に全力で避け始めて、何時しか攻守交代している。二対一の図で。勿論攻め手は一の方である。奇妙な図なものだ。

 

2人して捌けなくなった攻撃の手にボコボコにされる様を、何時も通りで進歩しねーなと思いながら我関せずと見守って……笑っていた家入は、どこか痛むならば家入に治してもらうように、と言ってその場を去って校舎へ向かった龍已の背中を見る。何時もならばどこが悪いやら、ここは直しておいた方が良いというアドバイスがあるのだが、今回は無かった。それどころか少し急いでいた。

 

 

 

「てか、センパイマジで強くね?遠距離効かねーし呪力俺より余裕で有るし、領域展開出来るし、近接戦やべーし」

 

「強いね。私は勝てるビジョンが見えないよ。俺達は最強とは良く言ったものだと自分でも思うよ」

 

「センパイを除くって付けるか?」

 

「ダサいね。もうその時点で最強ではないし」

 

「なぁ、クズ共。先輩なんか急いでなかった?」

 

「んー?まぁ、確かに。うんこでも出そうだったんじゃね?」

 

「それは一大事だね。私も急ぐと思うよ」

 

「お前らに聞いた私がバカだった」

 

 

 

所詮クズ共はクズ共かと吐き捨てて、騒いでいる五条を無視して校舎へと向かって行った。龍已が何に急いでいるのか気になったのだ。基本時間前行動をしている龍已は、遅れそうだからという理由が焦っていたり急いでいる場面は無い。だからこそ、後を追い掛けた。

 

それに、根拠は無いが行った方が良い気がする。本当に根拠は無い。唯何となく、そうした方が良いんじゃないか?と思い浮かんだのだ。これが他の人間だったならば、まあいっかと思って終わりだが、こと龍已の場合に於いては気になって仕方ない。

 

慣れ親しんだ校舎へ入って適当に歩く。既に龍已を見失っているのだ。流石に非戦闘員に気配を読む技術は無いので虱潰しにやっていくしか無い。木製の廊下を歩いて龍已を探していると、2年の教室から話し声が聞こえた。声の主は龍已。自身の教室に居たのかと思って向かい、扉を開ける前に壁に張り付いて聞き耳を立てた。

 

 

 

「……そうか……あれから1年か」

 

「えぇ。なので明日は……任務を入れないで欲しいんです。俺にとっては大切な日ですから」

 

「……解った。出来るだけやってみよう」

 

「……ありがとうございます」

 

「出発は何時だ?」

 

「明日の朝9時には出ようかと」

 

「明後日は休みを入れなくて良いのか」

 

「大丈夫です。……1日もあれば、十分ですから」

 

「……そうか」

 

 

 

出発……?何処かへ行くのか。しかし泊まり掛けのものではない。一日で行って帰ってこれる距離か。なら目的はなんだ?先輩にとって大切な日。……ダメだ、私には解らない。

 

聞き耳を立てて話を聞いていた家入は、音を立てずに静かにその場を後にした。恐らく夜蛾に報告するのが目的だったのだろう。夜蛾は明日に出張で出掛けると朝に言っていた。電話では無く、直接言っておきたい事だったのだろう。今日はもうこれでお終いだから。

 

あの2人なら大丈夫だろと決め付けて、反転術式を使うかどうかも聞かず女子寮へと帰る家入。ドアを開けて中に入り、飾り気のない、花の女子高生としては味気ない部屋のベッドにダイブした。もふりと着地し、ぼんやりと先程の会話を思い出す。先輩にとって大切な日。任務を入れないでくれと頼むほど。どんな日なのだろう。

 

一度気になり出すと止まらない。龍已のことになるとすぐこれだ。仕方ない奴だと自身のことに呆れながら、家入は決意する。丁度任務も無い休みの日だし、こっそりついて行こう……と。朝の9時には出るのは聞いたので、念の為に7時にアラームを設定しておく。これが正しい判断なのかは、この時は解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……電車に乗った。東京から出るのか?」

 

 

 

家入硝子は今、人生初の尾行をしていた。昨日龍已が夜蛾と話していた通り、高専を出たのは8時56分。格好は何時もの黒をメインとした服であったりマフラーを巻いて、寒いこの時期に備えている。かく言う家入も防寒対策にマフラーや手袋を付け、帽子も被っている。良く見ないと解らないだろう。

 

手ぶらで現れて高専を出た龍已は、まっすぐに駅を目指していた。どうやら長距離を移動するらしい。朝早めに起きて適当に朝飯を食べておいて良かったと思った。食べてなかったら買っている間に見失う何てこともあったかも知れない。

 

身長が高く、脚が長い龍已と家入とでは、歩幅が違う。隣を歩くならば合わせてくれるので気にしなくても良いが、尾行となると早歩きをするしかない。移動が早くて脚が痛くなっても、反転術式があるので問題は無いが、問題らしい問題は駅の中と電車の中だ。駅に入って人混みで見失わないか。同じ車両に乗って気付かれないかが問題だ。

 

 

 

「……よし、人あんま居ないな。後は同じ車両に乗るだけ」

 

 

 

運が良いことに、土曜日で人があまり駅に居なかった。なので人混みで龍已を見失うということは無いが、少し緊張する同じ車両。乗る電車。少し待って、ホームに着くと電車の扉が開く。中から降りる人が出て来て、降りきると並んでいた人達が列をそのままに乗り込んでいく。

 

龍已は車両の先の方に居た。家入は後ろの方に椅子に座っている。対角上に龍已の姿が見える位置に座れたのは良かった。今は9時36分。どの位掛かるのだろうと思いながら、立って吊革を掴んでいる龍已を盗み見る。相変わらず綺麗な立ち姿だなと思っていると、視線に気が付いたのか振り向こうとした。

 

急いで視線を切って少し俯き気味にしてマフラーに鼻まで付ける。帽子も被っているから、今の状態で外からでは見えないはず。30秒くらいそうしてジッとして、少しだけ顔を上げてチラリと見る。龍已はもう家入の方を向いておらず、窓から見える外の景色を眺めていた。

 

人知れずホッと一息着いている。車掌の次の駅に着くというアナウンスが流れ、降りる人が椅子から立ち上がる。龍已は立っている所から動いていない。流石に一駅隣ではないかと思いながら、自身もぼんやりと窓の外の流れゆく景色を眺めていた。

 

 

 

「────────────ハッ……!」

 

 

 

家入はガバリと頭を上げた。やってしまったと思った。どうやら眠ってしまっていたらしい。外は寒いが、電車の中は暖房がついていて暖かく、防寒対策で着ている服の暖かさと相まってぬくぬくで、眠気を誘われて飛び込んでいたらしい。タイミング良く次に停車する駅名をアナウンスされているが、聞いたこと無い駅名で、相当眠っていた事が解った。

 

流石にもう降りてるか、と思って支線を動かすと、龍已はまだ降りてはいなかった。しかし降りる準備をしていた。掴んでいた吊革から手を離し、扉の前に立っている。危ないところだったと、一人冷や汗を流しながら自身も降りる準備を始めた。特に何も持ってきていないので、立ち上がれば準備は完了だ。

 

眠っていたので頭が働かず、少しボーッとするが、尾行を忘れるほどボケてはいない。なので駅に着いて龍已が降りた事を確認して急いで電車を降りた。改札を出ると、龍已は歩いている。どうやら乗り換え等はしないらしい。それ程遠くは無かったなと思っているが、既に2時間は経過している。

 

今は11時半。これからどの位歩くのだろうと思いつつ、ついて行けば止まる様子が無い。バス停が有っても無視をして、脚を動かすだけ。もしかしてバスで行けるところを歩いていこうとしている?超人の身体能力がある龍已なら有り得る。前に興味本位でフルマラソンを呪力無しで本気で走ったらどの位で完走するかと聞いたことがある。

 

20分。それだけあれば十分と言っていた。全力疾走を延々と続けて止まらずいけば、その位で行けるはずだと。いやレーシングカーかと言わせて欲しい。そんな超人の身体能力を持つ龍已が歩き続けるとなると、どれだけの距離になるのだろうか。考えるとゾッとする。しかし大丈夫とも思う。今日中には帰る手筈なのだから、2時間の電車を合わせれば、そこまでの距離では無いはずだ。

 

 

 

「──────とか思ってたのに、もう1時間半は歩いてるんだけど。ウケる」

 

 

 

駅から歩いて1時間半。止まらずに歩き続ける龍已と、その後ろから早歩きで追い掛ける家入。普通ならば脚が限界だが、反転術式を使いながら歩いているので脚は問題ない。だが体力が保たない。削れる体力までは治せない。あくまで反転術式は肉体の回復なので、今はかなりキツい。

 

ここまでの長距離を滅多に歩かないので油断した。龍已は当然余裕だろう。このままでは体力が尽きて置いて行かれてしまう。それはかなり拙い。ここまで来て見失いましたでは話にならない。家入は心の中で己自身を鼓舞する。頑張れ、先輩が何をする気なのか気になるのだろう。止まるなよ。そう鼓舞して自身を励ましていると、女神が微笑んでくれたのか、その少し後に目的地へ着いた。

 

だが、その場所というのは……墓地だった。ここまで来て察せられない程バカではない。まさか墓参りだとは思っていなかった。服装が何時ものもので、喪服でもなかった。だから油断した。とんでもない事に尾行していたと気付かされた。しかし、漸く辿り着いたのに、ここで帰るのも嫌だと感じ、隠れて誰の墓参りなのかを覗いていくことにした。

 

龍已はまだ新しい2つの墓の前に立って、クロに吐き出させた線香に火を付け、2つの墓に供える。手を合わせて黙祷をし、終えると静かに語り出した。その声は寂しそうで、泣きそうで、慈愛に満ちていた。助けてくれと叫んでいるような、それでも慈しんでいるのだと解る、愛が籠もった声色だった

 

 

 

「……早いものだな。もう()()()だ。お前達が死んで1年が経過した。あれから、俺には後輩ができたぞ。呪術界御三家の一つである五条家から六眼と無下限呪術の抱き合わせの天才。一般家庭からの出なのに、もう1級の打診が来ている珍しい呪霊操術の使い手。使用者が少ない反転術式を他人にも施せる紅一点。俺達の術式では見劣りするな?……それぞれが素晴らしい才能を持ち、自信に溢れている。まるでお前達みたいだ」

 

 

 

「……1年。先輩の同級生の人達。私達が入学する前に殉職して、先輩が領域展開を会得する切っ掛けになったっていう……」

 

 

 

五条がどうやって領域展開を会得したのかと聞いたとき、寂しそうな雰囲気をして、失ったから得ることが出来た代物だ。これを失って取り戻せるなら喜んで差し出す。そう言っていた。

 

あれは同級生達のことだった。大切な者達が音信不通になってしまい、現場に急行するも、大切な人達は既に死んでいて、黒閃を打って呪力の核心を掴み、領域展開を行った。それでその場に居た特級呪霊3体を祓う。そう報告書に書いてあった。

 

秘密だと言われて、龍已にボコボコにされた五条と夏油を連れて、夜蛾に見せられたのはそれだった。壮絶だろう。出張から帰ってきたと思えば、同級生が揃って死んでいるのだから。しかも相手は特級を3体。当時2級と3級だったらしい人達にはまだ無理だろう。

 

 

 

「最初、五条と夏油は俺とお前達のことを侮辱した。それに憤りつつも聞き流した。しかし結局、俺はあの2人を痛め付けた。今では人の話も聞き、授業も真面目に取り組むようになった。3人は仲が良くてな、系統は違えど、嘗ての俺達を見ているようだ。慧汰、お前が羨むような美人の後輩が居るぞ。妃伽、お前が考えるよりも先に手が出るだろう強さを持つ後輩が居るぞ。……お前達が生きていれば、今以上に騒がしくて、喧しくて、賑やかで……楽しい日々を送れただろう──────」

 

 

 

──────何故、俺を置いて死んだ。

 

 

 

「──────っ」

 

 

 

「お前達が死んだ時、俺は領域展開を会得した。呪術の最高難度、窮極の呪術。だが、もしこれを捨ててお前達が帰ってくるなら……喜んで捨ててやる。それ程……お前達は大切な親友だった。……知っているか、俺はこの間死にかけた。本当に死ぬ手前までいった。そこで思った。ここで死んだらお前達にも会えると。しかし残してしまう親友達も居る。その事に死の間際で気が付いた俺に、お前達は背中を押したり、蹴っ飛ばしたりしたな。夢や幻、幻覚であろうと、こっちに来たら赦さないと叱責したな。あの時、お前達が居なければ死んでいた。……ありがとう。俺を生かしてくれて。ありがとう。俺の親友になってくれて。ありがとう。俺と……出逢ってくれて。お前達は……いつまでも俺の大切な親友だ。……また、来年来るから、化けて出るなよ妃伽。騒がしくするなよ、慧汰」

 

 

 

龍已の心の底からの言葉だった。聞いている内に、本当に大切だったのだろう。親友だったのだろうと察せられるほどの、魂の叫びだった。死んで欲しくないと思うのは当然だろう。帰ってきて欲しいと願うのは当たり前だろう。哀しくて寂しいと感じるのは仕方ないのだろう。それを誰にも言わず、ここで……墓地の親友達が埋められた墓の前で吐き出す龍已は、小さな存在に見えた。

 

無表情でも、両目から涙を流している。静かに、1人で。親友達に思いを馳せながら。見てはいけないものを見てしまった家入は、罪悪感に駆られながらその場を後にしようと踵を返した。このことは誰にも言わないようにしよう。何も見なかった事にしよう。でも、本当に大切な人達だったのだと覚えておこう。

 

来てはいけなかったけれど、来れて良かった。まだまだ知らない先輩の事を知れた。誰にも言わなかった事を盗み見て、盗み聞きするのは人としてどうかと思われるがそれでも、家入は付いてきて良かったのだと思った。

 

 

 

「──────先に帰るのか?」

 

「──────っ!?」

 

「居るのは知っているぞ、家入。お前も折角来たのなら、慧汰と妃伽に線香をあげてくれないか。特に妃伽は、俺以外に線香をあげる人が居ないから寂しいだろう」

 

「……すみません、先輩。ついてきてしまって」

 

「大丈夫だ。俺は解っていて見逃していたんだからな。それよりもほら、おいで」

 

「……はい」

 

 

 

手招きをして呼ぶ龍已に従って、物陰から出て傍による。まさか気付いていたとは……と思ったが、龍已ならば……先輩ならば気がついていても不思議ではないと納得した。日頃呪詛師を相手にする人が、気配を読むことなど造作もないだろうから。

 

近付いてくる家入に頷き、クロから4本の線香を受け取って火を付ける。2本ずつでいいからあげてくれと言われて、言う通りに2本ずつ供えてから手を合わせて黙祷を捧げる。終わって手を解くと龍已の隣に立って、一緒に2つの墓石を眺めた。まだ新しい。造られて1年のもの。名前も音無慧汰。巌斎妃伽。と、彫られている。

 

やはり申し訳ないなという気持ちになって、無意識に顔を俯かせていると、帽子越しにふんわりと頭を撫でられた。その優しい、気を遣うような触れ方に鼻の奥がツンとする。泣きたいのは先輩だろうに。もう流していた涙は無く。何時もの無表情で、家入を見ている。

 

頭を撫でられながら顔を上げると、撫でていた手は止まり、両手を顔に向けて伸ばされた。なんだろうと思えば、この寒さに反して温かい龍已の両手が、家入の両方の頬に触れて親指で擦られる。優しくて気持ちの良い触れ方にうっとりとしてしまう。そして頬を擦っていた親指は、家入の目尻を少し拭った。

 

 

 

「泣くと綺麗に出来ている化粧が落ちてしまうぞ。勿体ないから、今だけは我慢してくれるか」

 

「……先輩がめっちゃ優しく触るからですよ。でも、泣いて欲しくないなら、もっと触って下さい。いっぱい触ってくれたら、泣かないでいてあげます」

 

「まったく……仕方の無い後輩だ」

 

「でも、親友の人が羨むくらい美人で良い後輩でもあるでしょう?」

 

「解った解った。だからそれを掘り返すな。まったく……」

 

「ふふ……はーい」

 

 

 

ニッコリ笑っている家入に肩を竦めて仕方ないなと、お馴染みの溜め息を吐いた龍已は、お望み通りに家入に触れた。頬に触れて撫でたり、鼻の筋にそって擽るように擦っていったり、寒さで赤くなってしまったと思われる耳に触れて覆い、温めてやったり、吹き出物も何も無いまっさらな額に触れたりした。

 

お願いした通り沢山触ってくれる龍已にキュンとしながら、今頬を撫でている手をそれぞれの手で取った。長く硬い指に触れて、指と指の間に自身の指を滑り込ませて恋人繋ぎをしてニギニギとする。合わさった掌が温かい。じんわりと龍已の体温を貰った家入は手を解いて、龍已の手の甲に触れて頬に導く。

 

固い掌が頬に触れられて、その上から自身の手で覆う。大きさ的に覆いきれないし、力は断然相手の方が上だけれど、こんな簡単に導かれてくれることに胸が温かい。

 

ふと、家入はイタズラを考えた。ピコーンと豆電球が発生し、クスリと笑う。何が可笑しいんだと不思議そうにしている龍已に意識させる為に、大きな手を移動させて口元を覆い隠した。そして乾燥しないようにリップを塗っているぷるりとした唇で、龍已の掌の真ん中にチュッとキスをした。

 

 

 

「──────ッ!?な……にをしている」

 

「先輩が無防備だからですよ。どうですか、私の唇の感触。柔らかいですか?」

 

「……はぁ。そろそろ行くぞ。墓地に長居は無用だろう」

 

「答えてくれても良いじゃないですか……わっぷ」

 

「人で遊ぶ悪い後輩には仕置きだ」

 

「……これじゃ前が見えませんよ。なので、はい。手を繋ぎましょう。今度は何もしませんよ」

 

「……仕方ないな」

 

「ふふ。そうそう、仕方ないんですよ。私、先輩の事が大好きな良い後輩なんで」

 

 

 

お仕置きとして首に巻いていたマフラーを顔に巻かれてしまった家入は、それでも中でクスリと笑って手を差し出す。前が見えなくても手を繋いで引いてくれれば歩くからと。もうマフラーを戻しても良いのに、その代わりに手を繋ぐことを求めてくる家入に、また仕方ないなと溜め息を溢すと、優しげな雰囲気のまま手を繋いだ。

 

龍已と家入は駅までの1時間半の道のりをずっと手を繋いで歩いていた。墓参りの帰りなので、普通は暗い雰囲気になってしまうと思われるが、2人は会話に花を咲かせた。家入が話せば返し、龍已が話せば返すの繰り返し。当然の言葉のキャッチボール。それが今の龍已にはありがたかった。

 

 

 

「家入、腹は空いているか?昼だし何か食べていこう」

 

「良いですね。お腹へってたんで丁度良いですし。どこにします?」

 

「どこが良いとかはあるか?」

 

「私は特に無いですね。先輩の今日の気分は何ですか?」

 

「今日は麺の気分だ」

 

「ならラーメンでも食べましょう。看板も見えますし」

 

「了解した」

 

 

 

お洒落な所に行くのではなく、普通にラーメン屋でもいいと言ってくれる家入は流石としか言えない。龍已としては今日の気分である麺が食べられるので良いが、もっと違うものが食べたいと言うのかと思っていた。本当にラーメン屋で良いのかと思いつつ、家入を見てみると、同じように見ていたので視線が合い、微笑みを浮かべられた。

 

まるで良いんですよとでも言っているような家入に、大丈夫そうだと思った。あまり考えすぎるのもダメかと思い直して、龍已は話に出たラーメン屋へ向かって歩きを進めるのだった。まったく、良い後輩を持ったものだと、誇らしい気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────先輩、起きてますか?」

 

「……?家入か……?」

 

 

 

親友達の墓参りから数日が経過して23日。世間が明日に控えるクリスマスイブに心を躍らせている頃、龍已は高専の寮の自室で1人本を読んでいた。任務が入っていたが今朝に出掛けて昼前には帰ってきた。教室の机の上に、作っておいた弁当を置いて少し待つと家入がやって来て一緒に昼を食べた。

 

午後からは普通に授業を受け、その日の授業を全て終わらせると放課後になり、外で黒圓無躰流の稽古をして、自室に帰ったら風呂に入って晩飯を食べ、今の状況に入った。時刻は夜の8時。まだ寝るには早いので時間を潰していると、部屋のドアがノックされて声を掛けられる。

 

声の主は家入だった。まさか男子寮に家入がやって来るとは思わず固まった。気配を感じられないくらい本に集中していたのだ。女子寮には男子が行ってはいけないという暗黙の了解があるように、女子も男子寮には来るべきではない。高校生の男子は性に多大な興味を持っている時期なので、何が起こるか解らないからだ。

 

えぇ……と思う気持ちがありながら腰掛けていたベッドから立ち上がり、ドアの方へ向かって掛かっている鍵を開けてドアを開ける。そこには黒いパジャマ姿の家入が居て、いや普通にアウトだろと即座に判断した。

 

 

 

「……家入、何か用か」

 

「中に入れて下さい。お話ししましょう」

 

「いや……流石にこんな時間に部屋に入れるのは……」

 

「あの時は入れてくれたじゃないですか」

 

「待て、俺が死にかけた時の話だろう。家入が俺の部屋に入った時に、俺は全力で走って帰って来ていたんだぞ。入れたではなく入った……だ」

 

「まあ兎に角入れてもらいますね。飲み物も持ってきたのでどうぞ。お邪魔しまーす」

 

「……おいおい……」

 

 

 

ドアを無理矢理開いて龍已の横を通り過ぎて中へ入ってしまった。再びのえぇ……が頭の中に浮かんだが、頭を振って正気を取り戻して流石に拙いから違うところで話そうと提案しようとしたが、もう完全に居座るつもりでいる家入は、龍已のベッドに腰掛けてペットボトルの飲み物を開けている。

 

はぁ……と大きめな溜め息を溢す龍已に、家入が隣を手で叩いて座るように促し、もう1本持っているペットボトルをゆらゆらと揺らしている。まあ、自身が誤って手を出すなんてことは有り得ないので、満足したら帰ってもらおうと考えてドアを閉めた。

 

家入の隣に腰掛けてペットボトルを受け取り、蓋を開ける。ばきりと音が鳴って中身は何かと匂いを嗅ぐと、オレンジジュースのようだ。口を付けて飲むと、どうやら100%果汁のオレンジジュースのようで、程よい濃さのオレンジが口の中に広がった。

 

 

 

「それで、どんな話をするんだ」

 

「そうですね……先輩って昔からアレやってるじゃないですか。それ以前にちょっとした事で助けたりした人の事とか覚えてます?」

 

「ちょっとした事……?」

 

「例えば、低級の呪霊が取り憑いていて、バレないように祓った……とか」

 

「あぁ、そういうことか。確かに憑いていた呪霊を祓ったことはあるが、祓ってやった人までは覚えていないな。擦れ違い様というのが殆どだった」

 

「1人も……覚えてませんか?」

 

「そうだな……気にしたことが無かった」

 

 

 

実際、呪霊に取り憑かれているという人はそう多くない。そもそも呪霊は非術師達の抱えた負の感情が凝り固まって形を為した存在なので、負の感情が溜まりやすい学校や病院や墓地近くの廃屋等に主に発生する。しかし発生して時には害を与えることはあっても、取り憑いているということは少し珍しい。基本発生した場から移動しないからだ。

 

非術師は呪霊が見えないし、触れたとしても認識出来ないので取り憑かれても解らない。ただ、体が怠くなったりだとか、目眩がするとか、悪夢に魘されるという声を上げることもある。結局何が言いたいかと言うと、過去に数度だけならば取り憑かれている人に会った。

 

その時は取り憑いているので適当に祓った。背後から呪霊のみを撃ったり、非術師には見えない速度で殴って祓ったりと。しかし祓った後、その人に声を掛けることはしなかった。言ったところで理解出来ないし、変な人だと思われて警察を呼ばれたら面倒だからだ。

 

 

 

「実は私、小さな頃に呪霊に襲われてるのを助けてもらった事があるんですよ」

 

「……んん……そうなのか」

 

「小さな公園で砂遊びをしていたら呪霊に飛び付かれて、食べられそうになったところを()()()()()()()使()()()撃って祓ってくれた男の子が居たんです」

 

「……それ……は……良かっ……た……な……?」

 

「思えばあれが初恋でした。颯爽と助けてくれて、名前も何も言わず、危ないからこの公園は使わない方がいいとだけ言って帰っちゃった男の子。同じくらいだったと思って()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな男の子が居たんですよ。それも──────かなり近くに」

 

「……んん……家入……」

 

 

何だろう。家入の声にエコーが掛かったように聞こえる。耳が可笑しくなったのだろうか。心なしか瞼も重くなってきた気がする。体に力が入らなくもなってきたし、半分以上飲んでいたペットボトルのオレンジジュースが手から滑り落ちて床に転がった。

 

中身が落ちた衝撃で出て来てカーペットを汚した。しかしそんなことを今気にしている余裕が無い。思考も儘ならなくなってしまった。一体どうしてしまったのだろう。ふわふわした気分になってきた。

 

何時の間にか正面に立っていた家入に肩を押され、抵抗も出来ずに後ろへ倒れた。ぼふりと倒れ込み、ボーッとしている自身の腰辺りに家入が膝達で座り、体を前に倒す。顔の横に手を付いて自身のことを上から覗き込む。サラサラな黒髪が垂れていて少し動けば揺れる。それを目で追いながら、家入の話を聞いていた。

 

 

 

「その人はですね、夜に特別な仕事をしているんです。呪詛師殺しという、特別で大変なお仕事です。私の同級生は呪術界でトップレベルの力を持っているんですけどね、その人はそんな2人を同時にボコす位強いんです。強くて強くて……隙が無い。そして中々、私の好意に気がついてくれない。尊敬してくれている後輩としか見ていないんですよ。あれだけ手を繋いだり、触ったりしてるのに。無理矢理は良くないと、確かに思いますよ。けどそれは()()()()()()()()()()()?」

 

「んん……家入……?」

 

「気付いてくれたなら、好きです付き合いましょう、はい。で、終わったんです。でも気付いてくれないままここまでくると……流石にムカつきますよ。私でも。ねぇ、公園で呪霊から助けてくれて、夏の祭りの時は絡んできた2人組を連れて消えて、呪詛師に攫われた私を救い出してくれて、瞬間移動して襲い掛かってきた呪詛師を撃ち殺して未然に防いでくれて、何度も助けてくれた黒い死神のおにーさん。私はあなたの事が好きなんですよ。大好きなんですよ……離したくないくらい。出来るなら私の傍に四六時中ずっと居て欲しい。でも出来ない。あなたを縛りたくないから。だから妥協して──────あなたは私のモノにします」

 

「家……入………のみ……もの……に………」

 

「睡眠薬を少し混ぜておきました。知ってますか?反転術式って肉体を治せるけど、体に回った毒素は抽出出来ないんですよ。だって体内にあるんですもの。治しても原因は中にある。イタチごっこもいいところ。あと、私のことは硝子ですよ、しょ・う・こ。これからは名前で呼んで下さいね」

 

「しょ………う……こ…………」

 

「ふふ……はははッ……はい、良く出来ました。じゃあご褒美に要らないモノは私が取ってあげますね」

 

 

 

うっとりと、艶やかな笑みを浮かべた家入が……いや、硝子が龍已の着ている服に手を掛ける。前で留まっているボタンに指を掛けてぷつり……ぷつりと外していく。抵抗も出来ず、身動きも出来ない龍已は、襲い掛かる睡眠薬による眠気と格闘していた。

 

上から下までの全てのボタンひとつ外され、前を広げられて体が露わになる。小さな頃からの稽古の所為で所狭しと刻まれた夥しい量の傷。切り傷刺し傷。それらを見ても眉を顰めることもせず、愛おしそうに指でなぞる。頭を下げて胸の中央から鎖骨まで舌を出して舐め上げる。ベロリと生温かい感触を感じ、鎖骨から首筋に移動する。

 

瞬間、ずきりとした痛みが首筋に奔った。くぐもった声が出て、硝子はそれに気を良くしたように笑っている。そして、噛み付いている口に更に力を入れて、皮膚を歯が突き破った。赤い血が首筋を伝って流れ、硝子の唇は龍已の血で赤く染まる。それを指でなぞり、口紅のように塗り込んだ。赤い唇が弧を描き、狩り人のような目が琥珀の瞳を覗き込む。

 

 

 

「ん、おいし……すみません、いきなり噛み付いちゃって。でももう食べませんよ。今からは別の意味で食べちゃいますから」

 

「や……め…………」

 

「大丈夫。寝ている間に終わりますよ。私も初めてですけど、上手くやりますから。()()()()()()()()すみません。その時は一緒に育てましょうね?」

 

「ぁ………………ぁ…………」

 

 

 

たった一枚しか着ていなかったパジャマをすぐに脱ぎ捨て、一切隠されていない、綺麗な裸体が映し出される。そして硝子の顔が一気に近付いてきて、自身の口に噛み付くようなキスをしてきたのを最後に、龍已は意識を手放した。

 

男子寮には今日、龍已しか居ない。五条と夏油は、硝子に金を渡されて外のホテルに泊まらせられている。内容は聞くなとだけ言われて気になったが、硝子に逆らうと何されるか解らないので大人しく従っていた。助けは来ない。助けられる者も居ない。この日は元々、龍已にとっての運命の日でもあった。

 

 

 

「ふ……っ……んん………はぁ……っはぁぁ……ふふ……ははははははッ……んぁ……ぁあ…っ……気持ちいいですよ……先輩。これからはしっかり愛してあげますから──────私を愛して下さいね?」

 

 

 

男子寮のとある一角からは、少女の熱を孕む艶やかな声が聞こえてきて、ベッドの軋む音が響いていたという。しかしそれを聞いた者は居ない。

 

 

 

 

 

 

龍已は身を以て、女の怖さというものを知り、硝子は大きくなりすぎた愛を龍已1人に注ぎ込み、その代わりに生命の素を注ぎ込ませた。夜はまだまだ……終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






家入硝子

尾行していたら最初からバレていたらしい。どこからバレてたのか分かんない。

墓の前で触ってと言ったのは、墓で眠る先輩の親友達に見守ってて下さいねと、貰いますからということを見せ付けるため。

いっぱい触ってくれたことを思い出して、部屋でニヨニヨしていた。



「──────いただきます」




黒圓龍已

教室で夜蛾と話していた時から、家入が聞いていることを気配で察知していた人。

家入なら話してもいいか……と思った。正体が黒い死神であることを知っている数少ない人物であるし、誰にも言わないと解っているから。信頼されてるねぇ……。

女子の肌がすべっすべでビックリした。肌って男女でここまで違うのか……?

いっぱい触って、と上目遣いで言われて少し動揺した人。




「──────うそだろ……」






????

「あのガキ見せ付けてきやがった!!私の嫁なのに!!良いぜその喧嘩買ってやるよぶっ殺すッ!!」

「うん、やめようね██ちゃん。なんか起きて呪霊になったら祓われるのは██ちゃんだからね?」

「私だって……私だっていっぱい触って欲しかったよぉ……結婚したかったよぉ……あの特級ゆるさない……」

「祓われてるから居ないよ。ほら、鼻かんで」

「ヂーーンっ!」

「まあ、気長に待とうよ。必ずまた会えるからさ」

「ぐすっ……そうだな」



──────アイツは親友なんだから。







「んで、あのクソガキの前で寝取って孕む」

「うん。本当に最低だね」




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