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この作品「ファブリーズの半分は優しさでできている」は「魔法少女まどか☆マギカ」「マギアレコード」等のタグがつけられた作品です。
ファブリーズの半分は優しさでできている/GammaRayの小説

ファブリーズの半分は優しさでできている

8,768 文字(読了目安: 18分)

さやかとヨヅルは求婚する日々(ウソじゃない)(ヨヅさやは親しい)

表紙はBoothで購入済み+小説挿絵禁止の文字無し。常識
https://booth.pm/ja/items/2615727

2021年7月15日 10:11
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 さやかは嘔吐した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。しかしさやかには方法がわからぬ。日々ゲーセンやカラオケに行き、わりと最近あの白いちくしょうと契約して魔女と戦い始めた。けれども上達の手段については、人一倍に敏感であった。
 その嘔吐することの数時間前、さやかは縁ある調整屋を訪ねて、電車で片道小一時間かかる中央区までやって来た。そこで世界無形遺産レベルに馬鹿な彼女は、人生で最も迂闊な選択として、世間話でこう聞いたのだ。
 よりにもよって篠目ヨヅルに。
「ヨヅルさんって強いんですか?」
「普通ですよ」
 さやかは安心した。調整屋は戦力にならないというのが通説らしいが、本人が言うには「私はそういうことができるらしいです」とのことらしく、たいていの魔法少女相手でも、互角程度には渡り合えるとのことだった。ならば訓練相手としては申し分ない。「それじゃあ稽古してくんないですか?」と聞くに及んで、「お力になれるのであればなんなりと」と、にこやかな笑顔で応対してくれ、じゃあお茶が済んだら行きますか! と、マミ先輩にも決して劣らぬお菓子の山に舌鼓を打ってたところに、奥で昼寝をしていた年齢不詳のリヴィアさんが、大あくびをしながらのそのそ出てきた。
「なんや、さやかちゃんやん。ヨヅルとは仲良ぅしてるん?」
「ぼちぼちですよ」
 なぜかヨヅルが真顔で答えた。そこは普通「はい、とても親切にしてもらってます」とか言うところだというリヴィアの指摘が、ヨヅルのノートに刻み込まれた。『もうかりまっか』と書かれたダサTの中に手を突っ込んで、ぼりぼりと背中を掻くリヴィアは冷蔵庫から出したビールをあおった。彼女のバストはとても豊満だ。そしてサイコ野郎(とさやかは内心呼んでいる)のヨヅルと違って、実際マジでほんとに優しい。契約の対価で生活力をなくしてなければ、理想のお姉さんと言えるだろう。
「ほんま、さやかちゃんには感謝してるで。この子、最初は気に入られてもあっという間にボロが出るんで友達全然おらんから」
「勉強不足で申し訳ないです……」
「いいっすよー。もうかなり慣れちゃいましたし」
「さやかちゃんは優しい子やなあ!」
「今のは『そうでもないですよ』などとフォローするのが優しさなのでは?」
 だってあんた優しくないじゃん、と言うさやかに、リヴィア先生はからから笑った。そして少しの不機嫌さをあらわにするヨヅルににほほえみかけて、「足りへんとこ許してくれるのは、優しいからやで」と言い、ヨヅルは「大変勉強になります」と真顔でうなずき、ノートにメモを書き足した。さやかは紅茶味のシフォンケーキをむしゃむしゃ食べて、「今日は稽古つけてくれるんですよ」とリヴィアに言うと、「じゃあ食べるのは運動のあとにしたほうがええかもな」と彼女は笑った。ハハハ、いやいやご冗談でしょう。まさかたかだか稽古ごときでしこたまゲロを吐かされるとか、そんなこと普通はありえませんよ。
「それじゃあ早速行きますか!」
 がぶりと紅茶を飲み干して、さやかは勢いよく席を立つ。
「はい。では先に出てていただけますか」
「おっす! お手柔らかにお願いしゃっす!」
 とさやかがキャンピングカーのドアを開いた瞬間、
「それじゃ稽古にならないですよ」の声と同時にさやかの全身にジェットコースターのようなGがかかって、彼女はボールのようにすっ飛んでいった。
 ボールといってもドラゴンボールだ。ほとんど水平に近い勢いで離陸したさやかの体は廃ビル四棟分の壁をぶち抜きながら、たまに地面に当たってバウンドし、五棟目のブティックの壁に叩きつけられてようやく止まり、降り注ぐ瓦礫に半ば埋まって、でんぐり返しに失敗した子供のように頭を下にして、目玉をぱちくりさせていた。
 さやかが天地が逆転してるのに気づくまでには五秒かかった。そして洪水のように押し寄せる感覚と疑問と混乱が、限りなくからっぽに近い彼女の脳を、かしこさの代わりに埋め尽くす。

(なにこれ? なにが起こったの? なんで世界が逆向いてるの? 視界が半分赤いんだけど。ていうか腕とか頭がめちゃくちゃ痛い! 痛すぎる!! ほんと、なにが起こるとこうなるの!? しかも足が動かない! 足だけじゃない! 腰から下の感覚がまったくない! ちぎれちゃったの!? いや、足は付いてる! 感覚がないんだ! とにかく体の状態を確かめないと!)

 さやかは首がほぼ動かないのを確認しながら、視線だけを動かして傷を見た。頸椎は潰れてるらしい。制服はボロ布同然で、あちこちが血でぐっしょりと濡れている。ガラスや瓦礫にでも引っかけたのか、へその下あたりの皮がごっそり裂けて、破れたモツがだらりとはみ出し、どくどくとヤバイ量の血が吹き出している。内臓破裂、捻挫、打撲、裂傷、頭蓋骨陥没、脱臼、筋断裂、肉離れ、肋骨は無事なもののほうが少ないぐらいだ。関節のあっちこっちや、本来絶対曲がっちゃいけないようなところも思いっきりねじったスパゲティみたいにへし折れていて、針金の飛び出たテディベアよろしく、折れて髄液の染みだした骨がそこら中から飛び出していた。どうりで顔がべたつくわけだ。さやかの平凡な顔面は、つむじから毛先にいたるまで、七割ぐらいが血塗れだった。というか頭が割れてミソが出ている。期末試験も近いってのに、これ以上減ったら大変だ。
 そして大事な大事なさやかの背骨は――なんてこった! 靴の形にへこんでる!!

(蹴られたんだ! 後ろから! 『先に出てください』って言ったあとから!? そんなことある!? あの人、脳みそが頭に詰まってないの!? 『お手柔らかに』ってあたし言ったの全然聞こえてなかったの? マジで!? なんで!? 馬鹿なの!? 死ぬの!? ――あいつ絶対ぶっ飛ばす!!)

 知能と引き替えに回復に特化したさやかの体は、単細胞生物*アメーバ*並の速度で再生していく。
 モツは押し込むだけで元に戻るが、腹圧があるから大変だ。切り落としてからまた増えるのを待つ手もあったが、おちょこ一杯分の魔力がややもったいない。ごきごきと音を立てて伸びていく骨の感触にもすっかり慣れた。裂けた皮膚の中に指を突っ込み、肉の中で固定する。
 人間には骨が二百十五本もあるそうだが、背骨が折れてたら話にならない(彼女は背骨が複数の骨で構成されていることを理解してない)。割れて粉々になった骨がミシミシと軋む音を立ててくっついてき、引きちぎられた神経がビデオの逆再生のように結びつく。八百ミリ分の血が再生成され、足以外が回復するまでにジャスト三秒。これでなんとか反撃できる。体を横倒しにして頭を上にし、足を治そうとした次の瞬間――

『敵は優しくありません。たがいの全力を出し切るような、フェアな一騎打ちは稀なんですよ』
 さやかは本能的に変身し、完治した右腕で剣をかかげた。
 すさまじい衝撃が剣を打ちつけ、それでも防ぎきれなかった一撃が片刃剣の峰を伝って、直したばかりの頭蓋を砕く。脳震盪を起こしたさやかは、ゼロコンマ五秒、気を失った。
 視界が揺れる。脳が麻痺する。鼓膜が破れて右耳が聞こえない(耳たぶ自体が千切れてるのに、彼女は気づいていなかった)。三半規管もやられたらしい。床に尻餅をついてるのに体幹がぶれ、体の向きを見失う。押し潰された右目が飛び出し、目の神経をぶらつかせながらピンポン球みたいに吹っ飛んでいく。
 もうもうと立ちこめる粉塵の中、爛々と光る青い瞳と、剣にヒビを入れる一振りの杖。
「このアホ!」と抗議しようとしたさやかの麻痺した右腕がむんずと掴まれ、ゴリラみたいな腕力で持ち上げられると、さやかの体は分度器みたいな軌跡を描いて、背中から地面に叩きつけられた。
「がっ――!!」
『喋ると舌を噛みますよ。あなたの治癒力は怪物並ですが、それに頼ってては命がいくらあっても足りません。ほとんどの相手はあなたよりも狡猾で、罠も策も使ってきます。今のあなたに必要なのは、その『正々堂々』などという浅はかな考えを捨てることです。――私が優しく教えてあげますよ』
 顔を上げようとするさやかの顔面を、ヨヅルの足の甲が見事に捉える。サッカーの神様もかくやというシュートを決められ、さやかは前歯をポップコーンのように飛び散らせながらビルの壁をぶち破り、遙か彼方まで吹っ飛んでいく。
『実戦なら今ので死んでましたね』
 ヨヅルにとっては残念なことに、その親切な一言は、コンクリの壁を突き破りながら飛んでいたさやかに聞こえることは決してなかった。そもそも首が半回転以上してるときに人の声を気にできるのは、聖徳太子かフランス王女だ。灰色の煙を巻き上げて破壊されていくビル群のすさまじい騒音も、アマゾンプライムの吉本新喜劇と、数えて二本目のビールでハイになったリヴィアの注意を引くにはいたらなかった。中央区にたむろすプロミストブラッドのモブ達が、なんだなんだとざわめきながら、どっかの誰かさん達のド派手な喧嘩を見物しようとそこらのビルによじ登り、スマホ片手にのんきに野次馬気分を行楽する中、さやかは文字通り“必死”の体だ。
 瓦礫の中から這い出ながら、痛覚を遮断した首をねじって元の向きに無理矢理ひっつけ、首に突き刺さったコンクリ片を引き抜いて、頸動脈を止血する。今度は左目が潰れてしまった。少なめの脳みそはフル回転して、矢継ぎ早に思考を繰り出す。

(痛い! 痛い!! めちゃくちゃ痛い!! 痛すぎてどこが痛いかもわかんないから痛覚遮断が追いついてない! おまけに容赦がなさすぎる! くそっ! どうしてこんな初歩的なこと見落としてたわけ!? この人はとにかく圧倒的に優しくないんだ! きっとあのノートには『厳しくするのも優しさのうち』とか書いてあるんだ! でなきゃこんな扱い、説明つかない!)

 くそったれ! と、さやかは折れた歯と血をすべて吐き出した。右手を一振りするだけで、壊れたバネのようにくしゃくしゃになっていた指がぴしりと伸びる。その手にきらめく白銀の剣。
 こっちだってド素人じゃない。二度も不意打ちを食らえば頭も落ち着く。
 思い出すんだ。戦い方を。自分にできる最善策を。あたしはしょうもない馬鹿だけど、先輩達の教えを無駄にするほど救いようもない馬鹿じゃない。たぶん。

 ――もし相手の不意を打てれば、ほとんどの戦いは勝てるものなの。だから罠や囮を使うのよ。だけど見破られたら意味がなくなる。それどころか、『相手は罠にかかるはず』と決めてかかると、逆にそれが命取りになるわ。
 ――戦いに図体や力は重要じゃない。ようは頭の使いようさ。

 そうだ。あたしは一人の力で戦うんじゃない。あたしを今日まで鍛えてくれた、みんなの力で戦うんだ! 骨が折れたぐらいであたしは折れない! あんなセコくて優しくなくて、顔と料理と勉強だけが取り柄のやつにあたしは負けない! つーか絶対に負けたく、ないッ!! 自分を鼓舞しろ! 絶対絶対挫けるな! CV花江夏樹の気持ちで挑め! 集中――集中! 全集中、水の呼吸だ! あんたに目にもの見せてやる!

「――だぁッ!」
さやかは魔力を集中し、大量の剣をばらまいた。
 みなぎる青い魔力が周囲に飛散し、雨粒ほどの水飛沫みずしぶきから、濃い霧に変わって部屋を包み込む。複製ふくせいした剣の切っ先は全方向に、手にした剣は正面に。
 最初の一蹴り、杖での追撃。そしてそこからの蹴り飛ばし――おそらくあの腐れサイコパスには、まともに打ち合う気なんてないに違いない。
 なにせこれは、ヨヅル式の稽古なのだ。さやかが痛くて苦しくてしんどがるほど、勉強になるとかマジで思ってる。もしヨヅルが本気で殺しにかかってきてれば、さやかが車から蹴り出された直後にヨヅルは追いつき、杖で頭をボコボコにして即さやかの意識を断ってるだろうし、蹴りで頭はトマトになってる。優しさと痛みで涙が出そうだが、優しさには優しさを返すのがさやかの礼儀だ。
「もうあんたのセコい手は通じないわよ!!」
 さやかは剣を両手で構え、土煙の向こうにいる敵に叫んだ。
 たとえどんな位置から飛び込んできても、これなら相手が串刺しになる。警告はした! 来るなら来てみろ! それでも性懲りもなく奇襲をかけてうっかりハリネズミになるっていうなら、「あっれー? ごめんね、まさかこんな手に引っかかると思わなくってさぁ~」とにっこり笑って、手厚く看病してやればいい。ちょっと顔がいいぐらいでいい気になんなよ!
『力比べがお望みなら、受けて立ちます』
「上等よ、アホ!」
 さやかが啖呵を切った次の瞬間、前方の土煙を巻き込んで、人型の影が飛び込んできた。
 さやかは四番バッターのように剣を構えた。その背後には魔法陣。片足をあげてタイミングを取る。刃よりなお研ぎ澄まされた集中力が、巻き起こる土煙の一粒までをスローモーションで視界に捉える。
 体幹がすべてだ。この頑丈な体はそのためにある。両肩の幅まで足を開いてフルスイングすれば、あのスカした外面のいいイケメンを、バックスタンドにぶち込める。
 人影が迫り――剣を振り抜く。
 それがのっぺりとしたマネキンだとさやかが気づくのには、ゼロコンマ一秒もかからなかった。
(……あれっ?)
 そして突如、崩落した天井から降り注いだ瓦礫と杖が、さやかの頭と頸をストライクした。
『判断が遅い』
 頸椎損傷、頭部挫傷と脳震盪。裂けた首の後ろから、ぶしゅっ、と真っ赤な血潮が散って、天井の穴から舞い降りる、ヨヅルの頬をわずかに濡らした。
 人間なら間違いなく即死している。それでもなお立つさやかのみぞおちに、ねじりを加えられたヨヅルの杖が、穴が空くほどに深く食い込む。
 こうしてさやかは嘔吐した。
 さっきまでおいしいおいしいとバカスカ食べていたクッキー、ケーキに、駅のホームで食べたカップ麺が半液体となって逆流し、破裂した胃から出てきた赤味と混じったすっぱくてくっせぇもんじゃとなって、地面にひっでぇ模様を作る。ふんわりと紅茶の残り香がするのが、また最低だ。しかも頭はぐわんぐわんする。よろめき、ゲロに膝を突きそうになるのを剣を杖にして必死で留まり、「このクソ野郎!」と罵声を吐いてやりたがったが、とめどなく吐き出されるゲロで言葉が出ない。なんとか消化できたのは、この薄くて妙に分厚い、特殊な本のお題ぐらいだ。
「ウ、グッ――」
 さやかはゲロを垂れ流しながら、反撃の姿勢を取ろうとした。したが――できない。
 全身がくまなく痺れきっている。腕を上げることすら不可能だ。
(なによこれ!? なにされたっての!? 体が全く動かない! なにか魔法をかけられた!? この人にそんな力があるなんて聞いてない! ソウルジェムにも触られなかった! ああ、もう! これじゃホントにCV花江夏樹じゃん!!)
『これは主に、回復能力者に向けた対応策です。痛覚や傷を管制できても、神経へのショックはそのままですから』
 肉体とジェムの切りわけが得意な人なら、首を切られても動けるそうです、と付け加え、ヨヅルは嫌そうな顔で鼻を鳴らしてさやかのゲロから距離を取り、血の付いた杖を振り上げる。律儀にさやかの次の手を待っているのだ。はっきり言って、めちゃくちゃ腹立つ。
 無事おゲロを吐き終えてから数えて二秒、さやかはぎりぎり回復しつつある。胃はバリバリに裂けたままだが、体の痺れは五割程度だ。
 しかしヨヅルは速く、一撃は重い。杖に頭を割られるまでには一秒未満。脳みそをいくら働かせても、知恵比べでは――クソッ! 言うまでもない。認めにゃなるまい。さやかが逆立ちしながらゲロ吐いたって、ヨヅルに一太刀なんてのは無理だったのだ。
 ――だがさやかにヒントを与えたのは大きなミスだ。
 たとえ体が動かなくても、魔法で体を動かせばいい。
 呼吸は全然整わない。首の骨は割れたままで、剣を振るような握力もない。よだれは酸っぱいゲロ味で、胸甲やスカートももんじゃまみれだ。ゲロで敵が倒せたら苦労しないが(そもそもゲロなんて吐きたかぁない!)――別に倒せなくていい。次の一撃を受けた瞬間、全力の体当たりをぶちかまし、ゲロと血の臭いを染みつかせてやる。
『次の一撃で意識を断ちます。お力になれたなら幸いですよ』
 優しげな声と裏腹に、その目には一切の感情が浮かんでいない。本当にいけ好かないイケメンだ。人に嫌がらせをしないと死ぬような、あの赤毛猿の気持ちが今日こそわかった。
「どうぞ安らかにおやすみください」
 ヨヅルが初めて肉声を発し、文字通り、目にもとまらない速度で杖を振るった。
 さやかは次の瞬間には意識を失う。だがそれとまったく同時に、背後にセットした魔法陣がさやかの体を蹴り出して、ヨヅルの体にぶち当たる。運がよければ腹に当たって、ゲロの一つも吐かせてやれる。
 ヨヅルの杖が軌道を変えてさやかのみぞおちにヒットしなけりゃ、まあそうなってたに違いない。
「ゴボボーッ!?」
『あなた罠の話聞いてましたか?』
 全力で前のめりになっていた姿勢で腹を打たれて、杖はさやかの腹をついに破った。そして胃袋の正面を貫通し、すっかり空っぽになった臓器の上から背骨を打って、中枢神経をずたずたにした。まったく神経に及ばないまま。
 だってヨヅルは真剣なのだ。だからこそ致命を得て得て得続けて回避した最悪の一発目から、さやかは完全に静止させられた。なんてこった、ざまあみろ。もう胃液と血しか吐くものがなかったのは、不幸中の幸いだったと言えるのだろうか。
 頭部の痛覚は遮断してたが、突撃時の体幹を維持するために、胴体の感覚器官はそのままだった。
 ようするに痛い。ものすごく痛い。なんせ普通の人間どころか、魔法少女ですらくたばるような一撃を一日に四発も五発も食らっているのだ。痛すぎて正直殺して欲しい。しかしどうせならこのアホに、ゲロの海でくたばって欲しい。そのささやかな願いも叶うことなく、さやかはコップ一杯の血と胃液の混じったよだれを吐きだした。もう本のお題すら消化済みなのに、これ以上なにを吐こうというのか。あとゲロれるのはウソつきイケメンサイコへの文句ぐらいだが、悶絶するさやかのこめかみに杖が叩き込まれてしまっては、もはや言葉のゲロも飲み込むしかない。こうしてさやかは二度ゲロを吐き、ヨヅルの最高に嫌そうな視線をお供に、ゲロの上に寝そべった。

 ●

 なんだか頭の裏側がふわふわするなと思ったさやかが瞳を開けると、そこには見目麗しいイケメンの顔が、視界いっぱいに広がっていた。
 ふらつく視界をぐるりとさせると、キャンピングカーに戻って来たらしい。魔法で直してくれたのか、制服はおろしたてのようにぴかぴかだった。ベッドルームからは、酔った美女の大いびき。カースピーカーからはディズニーの名曲、『ホール・ニュー・ワールド』のピアノアレンジが流れている。テーブルにはアッサムの香りが漂うティーセットと、象印の魔法瓶(きっと中身は紅茶だろう)、色とりどりのクッキーや一口サイズのカステラなどが几帳面に盛りつけられた、おしゃれなお皿が整列している。すべての夢見る乙女がうっとりしそうなシチュエーションとロケーションだが、生憎さやかを膝枕中のイケメン女子は、人にゲロを吐かせて喜ぶサディストで、優しさのかけらもないサイコ野郎だ。街のみんなが取り合ってるとかいう妙な欠片に、『優しさの欠片』はないのだろうか。
「お体にさわりはないですか?」とヨヅルはたずねた。だが本性を知る前ならいざ知らず、ノート通りの言葉を言ってるだけだと知ってる今では、その言葉になんの意味も価値も見いだせやしない。
 それで「あんたサイアク……」と、ついぞ言えなかった罵倒をゲロった。
 そうして、ほんの、少しだけ自己嫌悪する。彼女に優しさの心が欠けているのは、少しも彼女の責任じゃない。
 彼女は優しく在ろうとしている。失敗を繰り返すたびに後悔し、不甲斐ないと自分を責めて、傷つけた相手に謝って、昨日とは違う自分になろうとするのは、彼女がとても、優しいからだ。
 案の定、しどろもどろに取り乱し、ノートを手にしてヨヅルは言った。
「え、ふ、不手際があったのなら、申し訳ありません。人に教える経験はなかったもので……よければ改善のためにいくつか助言を」
 彼女は哀れみを望まないだろう。
 それでもさやかは彼女を哀れみ、せめてこの優しさが伝わればと、メモを取ろうとするその手を握った。
「いいよ。いっぱい勉強できちゃった」
「……私は間違えませんでしたか?」
「あんたは間違いだらけだよ。だけど、いつかリヴィアさんが治してくれる」
 ヨヅルは一瞬、はっとした表情を浮かべて、固まった。
 そして、さやかにほほえみ返した。きっと心からの笑みなんだろうとさやかは思った。
「はい。きっと、あなたと先生が治してくれます」
「買いかぶりすぎ」
「知能と優しさは関係ありません。それに、私もあなたの力になれます」
 さやかがこのクソ野郎と言おうとしたとき、「どうか私からの優しさを受け取ってください」とヨヅルはほほえみ、足下から拾い上げたファブリーズを、さやかの顔面にぶっかけた。
「もうゲロ臭くないですよ」
 にこやかに笑うヨヅルのみぞおちに、さやかは拳をぶち込んだ。



<了>

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コメント

  • ゴルシ派

    自分の小説に需要ない自覚があるから画像無断使用をやめないんでしょう? パロディと暴力ネタしか引き出しが無いし 典型的な現実で友達居ない人の創作ですもんね

    01:06
  • ももみたペア実装

    Among Us 最大人数でやるのくっそ楽しいぞwwwwww 一緒にやれるの楽しみにしてまーす^^

    00:06
  • 公式はももみたwww

    挿絵絵描き全滅の苦境を乗り越えていけー? 読者減ってても挫けるなー? 妹さんの作品共々応援してまーす^^

    04:12
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