東京オリンピック・パラリンピック開会式の作曲担当として7月14日に発表された小山田圭吾さんが、過去に雑誌で障害者へのいじめを自慢していたとして炎上。16日に謝罪文を発表しましたが、炎上は収まっていません。
東京五輪を盛り上げるために発表された制作メンバー
小山田圭吾さんは、ソロプロジェクト『Cornelius(コーネリアス)』として活動するミュージシャンです。NHKのEテレ『デザインあ』の音楽も担当されていることで有名です。
きたる7月23日の開会式の盛り上げを期待してか、7月14日に制作メンバーのひとりだと発表され注目されましたが、その結果、過去の"行為”が騒がれることになりました。
雑誌で学生時代に「障害者をいじめていた」と自慢
問題となっているのは、1994年に発行された『ロッキング・オン・ジャパン(1994年1月号)』と、翌年の『クイック・ジャパン(95年vol.3)』に掲載されたインタビュー記事です。
記事では小学生から高校生にかけての学生時代に「障害者をいじめていた」と告白。後述しますが、批判しているブログや報道によると、いじめの内容を簡潔に書くと
- 段ボール箱に入れてガムテームでぐるぐる巻きにした
- ジャージを脱がして裸にした
- (山形マット死事件の例を出しながら)マットレス巻きにした
- うんこを食べさせた
- バックドロップをかけた
- 洗濯紐で縛って自慰行為をさせた
などなどです。
いじめではなく明らかに犯罪であり、文章の書き方も後悔しているのではなく自慢気に読めたことから「障害者をいじめていた人間がパラリンピックに関わるのか」、「五輪憲章に違反している」と炎上しました。
Twitterで謝罪するも作曲担当は辞任せず
今回の炎上を受けて、小山田圭吾さんはコーネリアスの公式Twitterで16日に謝罪文を発表しました(後ほど公式サイトでも掲載)。
小山田圭吾さん謝罪文全文
画像で読みづらいため、以下に謝罪文全文を掲載します。 東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への参加につきまして この度は、東京2020オリンピック・パラリンピック大会における楽曲制作への私の参加につきまして、多くの方々を大変不快なお気持ちにさせることとなり、誠に申し訳ございません。 心よりお詫び申し上げます。 ご指摘頂いております通り、過去の雑誌インタビューにおきまして、学生時代のクラスメイトおよび近隣学校の障がいを持つ方々に対する心ない発言や行為を、当時、反省することなく語っていたことは事実であり、非難されることは当然であると真摯に受け止めております。 私の発言や行為によって傷付けてしまったクラスメイトやその親御さんには心から申し訳なく、本来は楽しい思い出を作るはずである学校生活において、良い友人にならず、それどころか傷付ける立場になってしまったことに、深い後悔と責任を感じております。 学生時代、そしてインタビュー当時の私は、被害者である方々の気持ちを想像することができない、 非常に未熟な人間であったと思います。 記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが、学生当時、私の発言や行為によってクラスメイトを傷付けたことは間違いなく、その自覚もあったため、自己責任であると感じ、誤った内容や誇張への指摘をせず、当時はそのまま静観するという判断に至っておりました。 また、そういった過去の言動に対して、自分自身でも長らく罪悪感を抱えていたにも関わらず、これまで自らの言葉で経緯の説明や謝罪をしてこなかったことにつきましても、とても愚かな自己保身であったと思います。 それにより、当時のクラスメイトだけでなく、学生時代に辛い体験をされた方々やそのご家族、応援してくださるファンの方々に対しても、不誠実な態度を取り続けることになってしまいました。 本当に申し訳ありません。 学生当時、私が傷付けてしまったご本人に対しましては、大変今更ではありますが、連絡を取れる手段を探し、受け入れてもらえるのであれば、直接謝罪をしたいと思っております。 今回、私が東京2020オリンピック・パラリンピック大会に携わることにつきまして、否定的なご意見を頂くのは尤もであると思います。 また、このコロナ禍において、国民の皆様が不安を抱えるなかでの大会開催に関与することへの疑問のご意見も頂戴しております。 本来であれば、様々な理由から、私の参加にご不快になられる方がいらっしゃることを考慮し、依頼を辞退すべきだったのかもしれません。 しかし、課題も多く困難な状況のなか、開会式を少しでも良いものにしようと奮闘されていらっしゃるクリエイターの方々の覚悟と不安の両方をお伺いし、熟考した結果、自分の音楽が何か少しでもお力になれるのであればという思いから、ご依頼を受けるに至りました。 そのうえで、今回の音楽制作にあたりましては、自分なりに精一杯取り組んで参りました。 それは、私だけではなく、他のクリエイターの方々も同様であると思います。 故に、私の関与により、開会式へ不快な印象を与えてしまうことを心から申し訳なく思います。 この度、様々なご指摘を頂いたことで、あらためて、自分自身の在り方について振り返り、反省と再考をさせて頂く機会を得ました。 それにつきましては、ご意見をくださった皆様に、感謝すべきことだと感じております。 私が傷付けてしまったクラスメイトご本人へはもちろんのこと、長年の私の不誠実な態度により、不信感や不快感を与えてきてしまったファンの皆様や友人たち、関係者の皆様に、心からお詫び申し上げます。 一人の人間として、また、音楽家としてどう在るべきか、自分は世の中や周囲の人々に対して、どういったかたちで貢献していくことができるのか、常に自問自答し、より最善の判断をしていけるよう、一層の努力をして参りたいと思います。 小山田圭吾 2021年7月16日
まとめると
- 非難されることは当然であると真摯に受け止めている
- 記事の内容には事実と異なるものもある(間違っている箇所の説明はなし)
- 発言や行為によってクラスメイトを傷つけたことは間違いない
- 連絡先を探して直接謝罪したい
- 東京五輪の作曲依頼は辞退すべきだったかもしれない
- ただ、音楽制作には精一杯取り組んできた
といった内容です。
あくまでも依頼を受けた時点で辞任すべきだったかもしれない、ということであり、この報道を受けていまから辞任するかどうかについては触れられていません。
このほか当時のインタビュアーであり、現在もロッキング・オン・ジャパンの編集長である山崎洋一郎氏も公式サイトに7月18日に謝罪文を掲載しました。
25年間、謝罪から逃げ続けてきた結果の炎上
一連の報道を受けて、一部の芸能人が「じゃあ清廉潔白な人っていますか」や「その時代の価値観を知りながら評価しないと」といった擁護コメントを出していましたが、彼らは間違っていると思います。
なぜなら、1994年と95年当時の雑誌に載った原稿がいま初めて取り上げられて炎上したわけではなく、いままでに何度も批判され、炎上を繰り返しているからです。
たとえば2005年、問題のインタビュー記事がネットで取り上げられたことからコーネリアスのファン向け掲示板が炎上。ファン同士の交流が果たせなくなったとして閉鎖を発表しています。
このほか2006年に個人のブログで取り上げられて批判が広がったり(Facebookで2,000シェア)、2012年にNAVERまとめにまとめ記事が作成されてこれも批判が集まったり(現在はNAVERまとめが閉鎖してしまっているため、コメントを閲覧するサイトCERONで記事への反応を見られます)、2017年には子育てコミュニティサイト『ママスタ』の掲示板で炎上したりと、検索すれば過去の批判や炎上が続々と出てきます。
こうした批判を当時受け止めて謝罪していたなら、東京五輪で辞任を求める声はいまよりも少なかったのではないでしょうか。
もちろん当時の小規模な炎上には気づけなかった可能性も考えられますが、謝罪文に「様々な理由から、私の参加にご不快になられる方がいらっしゃることを考慮し、依頼を辞退すべきだったのかもしれません」とあることから、全く身に覚えがなかったわけでもないと思われます。
いまから計算すれば約40年も前のこと、表に出てきたときから計算しても25年以上経っていますが、気づいた時点できちんと対応していればそのときに禊(みそぎ)はすんでいたはずです。
しかし、気づけなかったのか、あるいは気づいてスルーしていたのか。どちらかはわかりませんが、25年間何もしなかったがゆえの今回の五輪大炎上です。まさに身から出た錆と言えます。
パラリンピック開会式の楽曲は別の人に依頼して欲しい
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会はこの「障害者いじめ」の報道を受けても小山田圭吾さんの起用を支持していますが、筆者としてはやめて欲しいと思います。
発表されたコメントに「このタイミングでありますので」とあるため開会式まで残り少ないことも理由にあるようですが、「パラリンピック開会式の楽曲を障害者いじめを自慢していた人物に作ってもらいました」はハッキリ言ってないです。
スケジュールが理由に含まれるのであれば、せめて「8月24日開催予定のパラリンピック開会式の楽曲は別の人物に依頼する」くらいは言って欲しいものです。
それにしてもコロナ禍での強行開催、障害者いじめ自慢の人物の起用と、東京五輪って嫌われるために開催するものなんでしょうか?