宇宙エレベーターQ&A集
宇宙エレベーターに関する基本的な疑問から、法律的な問題、実現後にはどんな生活が待っているかまで、専門家が丁寧に答えてくれます。
回答者......佐藤実、甲斐素直、軌道エレベーター派、パトリック・コリンズ(登場順)
Q01 ロケットと比べると、宇宙エレベーターにはどんな利点があるのでしょうか?
A01 大勢の人や大量の物資を、安全に、しかも安く宇宙に持ち上げることができるようになります。
打ち上げロケットの役割は、積荷【つみに】を宇宙に持ち上げることです。そのためには、地球の重力に逆らって上昇しながら、軌道に乗るために必要な速さを、積荷に与えなければなりません。
しかし、打ち上げロケットには、機体の大きさに対してとても小さい積荷しか、積むことができません。というのも、ロケットは、地面や空気のような機体を支えてくれるもののない真空中でも働かなければなりません。そこで、機体に積んでおいた推進剤【すいしんざい】を後ろに噴射することで、その反動で前に進むわけです。推進剤とは、燃料や酸化剤など、ロケットを推進するために使うもののことです。打ち上げロケットでは、燃料として液体水素やケロシンが、酸化剤として液体酸素が多く使われています。
ロケットを力持ちで速くするには、できるだけたくさんの推進剤を、できるだけ速く噴射しなければなりません。そのためには、大量の推進剤を機体に積み込んでおく必要があります。そうすると、推進剤がまだたくさん残っているうちは、積荷よりも推進剤を推すために推進剤を噴射する、という状況になります。
このため、ロケットには大量の推進剤が積み込まなければならず、機体の大きさに対して小さな積荷しか積むことができなくなってしまうわけです。
また、打ち上げロケットに積まれている推進剤は、危険性の高い物質です。現在の打ち上げロケットでは、推進剤として燃料と酸化剤を積み、これらを化学反応させて発生させた気体を高速に噴射することで、推力を得ています。ロケットエンジンは、空気のない真空中でも働かなければならないので、燃料だけでなく、燃料を燃やすために必要な酸化剤も一緒に積み込まなければなりません。
つまり、打ち上げロケットには、燃えやすい燃料と、燃料を燃やすために必要な酸化剤が、気体の中で隣り合わせに、しかも大量に積んであるわけです。もし漏れ出したりすると、爆発する危険があります。
また、ロケットの推進剤には、毒性のある物質が使われている場合もあります。実際に、打ち上げに失敗した機体が地表に激突して、毒性のある物質が大量に飛び散り、除染をしなければならなくなった事故も発生しています。
さらに、ロケットの打ち上げは、途中でやり直しのできない、一発勝負です。地球周回軌道に乗るには、数分間のうちに秒速8キロメートルほどにまで加速し、一気に高度数百キロメートルまで上昇します。その間、不具合が生じたからといって、途中で立ち止まって対処することはできません。もし、必要な速さと高度が得られなければ、地表に落ちてしまいます。
しかも、打ち上げロケットは、使い捨てです。現在の技術力では、何度も使うことができる再使用型の打ち上げロケットを、経済的に見合う金額では、つくることができません。2011年に退役したスペースシャトルは、一部再使用型の打ち上げロケットでしたが、再打ち上げのための整備にかかる費用がかさんだことが、退役した理由の1つです。高価なロケットを、打ち上げの度に捨てているので、打ち上げ費用は、なかなか安くなりません。
ロケットによる打ち上げの欠点がすべて解消される
その点、宇宙エレベーターが実現すると、これらのロケットによる打ち上げの欠点が解消されます。宇宙エレベーターのクライマーには、機体に危険な推進剤を積まず、機体の外から供給される電力によって、ケーブルを上昇します。推進剤を積まないので、大量の積荷を積むことができるのです。
また、爆発したり、毒性があったりする物質を大量に使うこともないので、安全です。電力を宇宙太陽光発電衛星などから確保することで、安くすることもできます。さらに、宇宙エレベーターのクライマーは、ケーブルにつかまりながら昇降するので、なにか不具合が起きたとしても、途中で立ち止まることができます。落ち着いて対処することができるので、安全です。
それに、宇宙エレベーターのクライマーは、何度も繰り返し使うことができます。機体を使い捨てにしないので、費用を安くすることができます。宇宙エレベーターが実現することで、大勢の人や大量の物資を、安全に、しかも安く宇宙に持ち上げることができるようになるのです。
Q02 ロケットと比べるとコスト面はどうでしょう?
A02 宇宙に人や物資を持ち上げる費用が、100分の1程度になるといわれています。
ロケットによる打ち上げ費用は、一回あたり、数十億円から100億円といわれています。「ロケットと比べるとどんな利点があるのでしょうか?」でも紹介したように、現在の打ち上げロケットは、機体を使い捨てにしています。数十億円の機体を使い捨てにするので、一度の打ち上げで、機体の費用をすべてまかなわなければなりません。
また、有人ロケットの場合、一度に乗ることのできる人数は数人ほどです。機体の費用負担は、一人あたり数億円以上になります。さらに、費用が高いために、打ち上げの回数が増えません。機体を大量生産することができないので、なかなか安くなりません。打ち上げに必要な大量の推進剤にも、費用がかさみます。
実は、最新のジェット旅客機も、一機あたり100億円ほどです。機体の価格は、打ち上げロケットもジェット旅客機もだいたい同じです。しかし、飛行機での旅行にかかる費用は、数千円から数十万円で済みます。この違いは、機体を使うことのできる期間と、運ぶ量によります。
ジェット旅客機の機体が使われる期間は、10年以上です。30年以上という長い期間にわたって、現役で使われている機体もあります。機体を使い捨てにする打ち上げロケットとは対照的に、ジェット旅客機では機体を使うことのできる期間が長いので、その分、運賃を安くすることができるわけです。
ジェット旅客機では、整備などの期間を除いて、旅客を運び続けています。航空会社は、できるだけ機体が地上にいる時間を短くして、たくさんの旅客を運ぼうとします。例えば、最近増えてきた、格安料金のローコストキャリア(LCC)が可能なのは、様々なコスト削減の効果もありますが、機体を休ませずに飛ばし続けることによっています。
また、ジェット旅客機が一度に運ぶことのできる旅客数は、数百人です。小型のリージョナルジェットと呼ばれる機体には、旅客数が数十人というものもありますが、国際線も飛ぶような機体では、200人から500人ほどです。一度に200人運べる飛行機で、一日4回、10年間にわたって毎日運行すると、機体の点検期間などを除いても、機体の費用負担は、旅客一人あたり千円以下になります。
使用期間を長くできるので、一回あたりの費用は安くなる
宇宙エレベーターは、打ち上げロケットではなく、ジェット旅客機に近いシステムです。宇宙エレベーターでは、ケーブルもクライマーも、長い期間にわたって繰り返し使われます。建造にかかる費用は高くても、使うことのできる期間が長くできるので、一回あたりの費用は安くできるのです。また、将来的に大型のクライマーが実現すれば、一度に数百人の旅客を運ぶことができるようになります。
大勢の旅客を運ぶことで、一人あたりの費用を安くすることができます。エネルギー源も、宇宙太陽光発電などで安価な電力を使うことで、費用を抑えることができます。
宇宙エレベーターが実現すると、人や物資を宇宙に持ち上げる費用が、打ち上げロケットの100分の1ほどになるといわれています。現在の打ち上げロケットでは、一キログラムのものを宇宙に持ち上げるために、だいたい100万円かかります、それに対して宇宙エレベーターでは、一キログラムのものを宇宙に持ち上げるために、一万円から数千円ほどで済むようになるといわれています。
旅客一人あたりの重さを、荷物も含めて100キログラムとすると、宇宙に行くための費用は100万円ほどということになります。格安とは言えないかもしれませんが、打ち上げロケットでかかる数億円と比べれば、十分安いと言えるのではないでしょうか。
Q03 宇宙デブリ問題も解決するのでしょうか?
A03 宇宙エレベーターの建造がスペースデブリ問題の解決を急がせるかもしれません。
「スペースデブリ」とは、地球を周回する軌道上にある役に立たない人工物体で、「宇宙ゴミ」ともいいます。寿命が尽きた人工衛星や、打ち上げに使われた上段ロケット、人工衛星とロケットの切り離しの際に分離した部品などが、スペースデブリとなって地球を周回しています。中には、人工衛星の破壊実験によって発生した破片という、迷惑なものもあります。
スペースデブリは、それぞれが人工衛星と同じで、秒速数キロメートルの速さで地球を周回しています。たとえ小さな破片でも、大きな運動エネルギーを持っているので、衝突すると危険です。実際に、2009年には、衛星電話用の通信衛星と、すでに運用を停止していた通信衛星が、軌道上で衝突しました。その結果、1000個以上の破片が軌道の周辺に飛散したといわれています。
また、スペースデブリは、小さなものほど数が多いという特徴があります。軌道上には、大きさが10センチメートル以上のもので1万5000個、1~10センチメートルのもので数十万個、1センチメートル以下のものなら数百万個ものスペースデブリがあるといわれています。
10センチメートル以上のスペースデブリについては軌道がわかっていますが、それより小さいものはわかっていません。さらに、スペースデブリ同士の衝突によって、小さな破片の数がどんどん増えてしまうのではないか、と心配されています。
ところで、スペースデブリには寿命があります。高度100キロメートルより上を宇宙空間といいますが、高度100キロメートルで大気がなくなるわけではありません。地球の周辺には、高度が高くなると薄くなっていくとはいえ、大気があります。
スペースデブリは、大気との摩擦によって次第に高度が下がっていきます。まれに大きなものは地上に落下するものもありますが、大部分はやがて大気中で燃え尽き、消滅します。落下するまでの時間は、高度によります。高度200キロメートル以下では数日、200~600キロメートルでは数年で落下し、消滅するといわれています。
しかし、高度600~800キロメートルでは数十年、800キロメートル以上にあるものは数百年、地球のまわりを回り続けます。さらに厄介なのは、3万6000キロメートルの静止軌道よりも高い高度にあるスペースデブリです。静止軌道よりも高い軌道にあるスペースデブリは、地球に落下することはありません。
スペースデブリのために、地球周辺の宇宙環境が急激に悪化して、宇宙開発にとって脅威になりつつあります。スペースデブリを大量に出してしまったことを反省し、現在ではスペースデブリを出さないようにするためのガイドラインが、国連で合意され、打ち上げ時の部品の放出禁止などといった対策がとられています。また、大きなスペースデブリについては、捕獲【ほかく】して、大気に落としてしまおうという計画も、いくつか提案されています。しかし、所有権の問題などもあり、効果的にスペースデブリを除去する方法は、未だに見つかっていません。
静止軌道よりも高い所のスペースデブリには、捕獲や排除といった対策を講じる必要も
宇宙エレベーターのケーブルは、地球を周回するすべてのスペースデブリと衝突する可能性があります。スペースデブリに限らず、地球を周回する物体は、原理的に周回軌道を含む平面が地球の中心を通るので、必ず赤道を通過します。10万キロメートルの長さで赤道上に伸びる宇宙エレベーターのケーブルには、高度10万キロメートル以下で地球を周回する物体は、遅かれ早かれ衝突することになります。そのため、宇宙エレベーターでは、人工衛星などの軌道がわかっているものについては、ケーブルを制御して衝突を避ける操作をします。10センチメートル以上の軌道がわかっているスペースデブリについても、同様です。
宇宙エレベーターで脅威になるのは、10センチメートルより小さい、軌道がわかっていないスペースデブリです。軌道がわかっていないスペースデブリは避けることができないので、宇宙エレベーターのケーブルと衝突する可能性があります。しかも、スペースデブリは、小さくなるほど数が増えます。
将来的に、10センチメートルより小さなスペースデブリまで追跡できるようになったとしても、そのすべてを回避し続けるのは困難でしょう。衝突すれば、大きさが10センチメートル以下と小さくても、ケーブルが損傷するかもしれません。ケーブルの保守や点検の方法、損傷などの問題が起きたときに補修する技術が必要です。
また、宇宙エレベーターのケーブルは、静止軌道よりもずっと高いところまで伸びているので、高度が静止軌道よりも高いところにあるスペースデブリについては、捕獲や排除といった、積極的な対策を講じる必要がありそうです。今後、スペースデブリが放出されないよう十分な対策がなされ、少なくとも高度600キロメートル以下にあるスペースデブリについては、宇宙エレベーターの建造が始まるときには一掃されていて、気にしなくてもよくなっていることを期待したいものです。
Q04 宇宙エレベーターはなぜ低コストで、低エネルギーなのでしょうか?
A04 宇宙エレベーターではクライマーが時間をかけてケーブルをゆっくり昇降することができるからです。
はじめに、エネルギーについて、おさらいをしておきましょう。エネルギーとは、力学的な仕事をすることのできる能力のことで、力学的な仕事とは、物体に力を働かせて動かしたときに、その力に移動距離を掛けた量のことです。つまり、物体に力を働かせて動かすには仕事が必要で、仕事をされた物体はその分のエネルギーを持つことになります。
例えば、止まっている物体を動かして、ある速さにするには、その物体に仕事をしなければなりません。仕事をされた結果、ある速さになった物体には、その分だけのエネルギーがあることになります。これを、「運動エネルキー」といいます。運動エネルギーは、物体の質量と速さで決まります。
また、低い位置にある物体を、重力に逆らって高い位置に持ち上げるには、その物体に仕事をしなければなりません。仕事をされた結果、高い位置にある物体には、その分だけエネルギーがあることになります。これを、「位置エネルギー」といいます。位置エネルギーは、物体の質量と高さ、重力の大きさで決まります。
地球を周回する軌道への打ち上げとは、軌道に乗せたい物体に、必要な運動エネルギーと位置エネルギーを与えることに他なりません。地球周回軌道に物体を打ち上げるときには、その物体に仕事をして、目標とする速度と高度を与えます。その仕事をしているのが、ロケットです。ある軌道に物体を乗せるために必要なエネルギーの量は、決まっています。エネルギー損失がなければ、どのような方法で軌道に乗せるかにはよりません。その意味では、エネルギー損失がなければ、ロケットでも宇宙エレベーターでも同じ、ということになります。
仕事率が小さいので扱いやすく、安全
ロケットと宇宙エレベーターで異なるのは、エネルギーではなく、仕事率です。仕事率とは、一定の時間間隔にした仕事のことです。エネルギーの単位はジュール(J)で、仕事率の単位はワット(W)です。ワットという単位は、電気製品などでおなじみの、電力の単位でもあります。ジュールは、電力量の単位でもあります。
1ワットの電力を1秒間使うと、1ジュールのエネルギーを使ったことになります。ちなみに、電気料金の請求書にあるキロワットアワー(kWh)も電力量、つまり、エネルギーの単位なので、私たちが電力会社には支払っているのは、使ったエネルギーに対する対価ということになります。
ある軌道に物体を乗せるために必要なエネルギーの量はロケットでも宇宙エレベーターでも同じですが、仕事率は、短い時間で打ち上げるロケットの方が大きく、長い時間をかける宇宙エレベーターの方が小さくなります。打ち上げロケットで宇宙に昇るために必要な時間は数分間ほどですが、宇宙エレベーターでは、クライマーの速さによりますが、数時間から数日間かかります。
打ち上げロケットは、重力に引かれて地表に戻ってしまう前に、軌道に乗るために必要なエネルギーを与えてしまわなければならないのに対して、宇宙エレベーターでは、ケーブルをつかんでいるクライマーは、地表に落ちる心配をせずに、ゆっくりとエネルギーを与えていけばいいからです。エネルギーの総量が同じても、仕事率が小さい方が制御しやすく、損失を小さくすることができます。
100ワットの電球と1ワットの豆電球では、どちらが扱いやすいかを思い浮かべていただければ、想像できるのではないでしょうか。同じように、仕事率が大きいロケットよりも、仕事率が小さい宇宙エレベーターの方が扱いやすく、結果的に安全で安くすることができるのです。
Q05 宇宙エレベーターは天候の影響を受けないのでしょうか。嵐や雷でも大丈夫ですか。
A05 気象現象はあまり大きな問題にはなりません。
宇宙エレベーターのケーブルの長さは、10万キロメートルほどになると想定されていますが、大気圏の厚さは100キロメートル。そのうち、激しい気象現象が起きる対流圏は、地表付近の高さ10キロメートルの範囲にすぎません。宇宙エレベーターのケーブルが大気圏を貫いている長さは、全体からみるとほんのわずかなので、気象現象から受ける影響はあまり問題にはなりません。
もちろん、宇宙エレベーターのケーブルは風で流されますが、宇宙側の動きに比べて大きいわけではありません。宇宙エレベーターのケーブルのほぼすべての部分は、宇宙空間にあります。私たちは、大気の動きが複雑な地表で生活しているので、風や雷が心配になりますが、宇宙エレベーターのケーブルは、大気圏内で起きる気象現象よりも、宇宙空間で起きる現象から大きな影響を受けるのです。
また、宇宙エレベーターの地表部が設置される予定の赤道上は、台風のような激しい気象現象が起きにくいところです。宇宙エレベーターのケーブルに対する風の影響は、あまり考慮しなくてもよさそうです。
周辺には雷は落ちにくい
ケーブルが電位差を解消してしまうので、宇宙エレベーターの周辺には雷は落ちにくくなります。電位差について説明しましょう。落雷は、雲と地面の間の放電現象です。放電するには、雲と地面の間に電位差が必要です。しかし、宇宙エレベーターのケーブルが地面から大気中を貫いていると、ケーブルが導線のような役割をするので、避雷針【ひらいしん】のように、雲と地面に放電するほどの電荷がたまりにくくなるわけです。
電荷がたまらなければ、電位差が大きくならないので放電することもなく、雷が落ちることもありません。ですから、宇宙エレベーターのケーブルに対する雷の影響も、あまり考慮しなくてもよさそうです。
Q06 どれぐらいの重さのものまで運べるものになりそうですか。
A06 ケーブルの太さによります。
宇宙エレベーターで運ぶことのできるものの重さは、ケーブルが支えることのできる重さによって決まります。積荷【つみに】の重さとクライマーの重さの合計が、ケーブルが支えることのできる重さを超えると、ケーブルが切れてしまいます。加速や減速、ケーブルの振動などによってもケーブルにかかる重さは変化しますが、いま想定されているような宇宙エレベーターでは、それほど問題にはなりません。
つまり、宇宙エレベーターで運ぶことのできる積荷の重さは、ケーブルが支えることのできる重さからクライマーの重さを引いた分、ということになります。ケーブルが支えることのできる重さが大きいほど、また、クライマーが軽いほど、重い積荷を運ぶことができるわけです。
宇宙エレベーターのケーブルでは、支えることのできる重さは、ケーブルの太さによります。一般的には、ケーブルで支えることのできる重さは、ケーブルが強いほど、また、ケーブルが太いほど、大きくなります。ケーブルの強さは、ケーブルをつくっている素材によります。強い材料を使うほど、ケーブルも強くすることができるのです。
しかし、宇宙エレベーターのケーブルは、最も強い材料といわれるカーボンナノチューブを使うことが想定されています。これより強い材料がなければ、ケーブルを強くすることで、ケーブルが支えることのできる重さを大きくすることはできません。
つまり、宇宙エレベーターのケーブルで支えることのできる重さを大きくするためには、ケーブルを太くするしかないわけです。
補強はすでに設置されているケーブルに補強用クライマーを昇らせながら行う
いまの宇宙エレベーター構想では、長い時間をかけてケーブルを補強しながら完成させる計画です。完成品のケーブルを一度に宇宙空間に持ち上げることのできる打ち上げロケットは、残念ながら存在しません。そこで、はじめに、ロケットで打ち上げることができる重さのケーブルを宇宙に持ち上げ、展開して設置します。ロケットで打ち上げることができるケーブルは軽くなければならないのですが、宇宙エレベーターのケーブルは、全長が10万キロメートルもあるので、とても細いものしか宇宙に持ち上げることができません。そのままでは重たいものを持ち上げることはできないので、補強を繰り返すことで、次第にケーブルを太くしていきます。
補強は、すでに設置されているケーブルに補強用のクライマーを昇らせながら進めます。しかし、ケーブルが細いうちは、ケーブルに重たいものを掛けることができないので、クライマーと補強用のケーブルも軽くなくてはなりません。補強の初期では、わずかずつしか補強できないので、十分な重さを支えることができるようになるまでに、時間がかかってしまいます。
つまり、どんどん補強し、太くしていけば、どんどん重たいものを持ち上げることができるようになるわけです。ただ、ケーブルの方が重たいものを支えることができても、クライマーを持ち上げることができなければなりません。まずは、打ち上げロケットに対抗できる重さ(低軌道に20トンから100トン、静止軌道に10トン)から運用されるのでしょう。(佐藤 実)
Q07 宇宙エレベーターは荷物を運ぶためにつくられるのですか。それとも人を運ぶのでしょうか。
A07 人と荷物の両方です。
宇宙輸送機関である宇宙エレベーターは、空港や港、道路と同じような社会基盤の1つです。様々な社会基盤の中でも、鉄道に似ています。鉄道は水平方向への移動手段なのに対し、宇宙エレベーターは垂直方向への移動手段というところは異なりますが、ケーブルが線路に、クライマーが車両に対応しています。このため、宇宙エレベーターは「宇宙列車」と呼ばれることもあります。
鉄道では、1つの線路に旅客と貨物の列車を走らせますよね。それと同じように、宇宙エレベーターも、1つのケーブルに旅客と貨物のクライマーを昇降させます。ただ、旅客と貨物では目的や用途が異なるので、同じ編成に混載【こんさい】するのは、あまり効率的ではありません。鉄道に、旅客と貨物を混載する列車があまりみられないように、宇宙エレベーターでも、旅客と貨物はそれぞれ異なるクライマーで運ぶことになるでしょう。
目的は宇宙での活動が広がるにしたがって変化していく
宇宙エレベーターを使う目的は、旅客も貨物も、宇宙エレベーターが完成したことで宇宙へのアクセスが充実し、人類の宇宙での活動範囲が広がるにしたがって、次第に変化していくでしょう。
完成直後は、旅客では、日帰りや短期間の手頃な観光旅行が主要な目的になるでしょう。貨物では、資材や補給物資などを地球から宇宙に、特に無重力状態になっているので大きな施設が建造される静止軌道ステーションに持ち上げることが主要な用途になるでしょう。この場合、旅客の目的地は、高度数百キロメートルほどの低軌道高度、貨物の目的地はその100倍ほど高い、高度3万6000キロメートルの静止軌道高度になります。
旅客を運ぶ時間に比べて貨物を運ぶ時間の方がずっと長くなるので、ケーブルの強度に余裕があれば、物資を貨物用クライマーが静止軌道高度まで送り届けている間に、地表と低軌道高度の間を旅客用クライマーが何往復もする、という運用が可能になるでしょう。
また、将来的には、旅客はより遠くにある静止軌道ステーションや、さらにその先にある、宇宙エレベーターの回転を利用して火星や小惑星に向かって物体を打ち出すことのできる「軌道カタパルト」に行くことが多くなり、貨物は小惑星や月など、他の天体からの資源を大量に地球に降ろす作業が本格化するでしょう。その頃には、宇宙エレベーターのケーブルが複数張られ、旅客専用高速線や高速貨物専用線ができているかもしれません。(佐藤 実)
Q08 なぜ、すぐに実現しないのでしょうか。
A08 ケーブルに使うことのできる強さと軽さを兼ね備えた材料がまだ存在しないからです。
宇宙エレベーターの実現にとって最も重要なのは、ケーブルです。宇宙エレベーターのケーブルは、潮汐力【ちょうせきりょく】によって、静止軌道高度より地球側では地球の方に、宇宙側では地球と反対の方に、引っ張られます。潮汐力とは、重力の大きさの差によって働く物体を引き延ばすような力のことで、満潮と干潮が一日に二回ずつあるのも、月による潮汐力の効果です。
宇宙エレベーターのケーブルは、この潮汐力によって支えのない宇宙空間に直立します。しかも、宇宙エレベーターのケーブルは全長10万キロメートルと長いので、潮汐力がケーブルを引っ張る力も大きくなります。ケーブルを引っ張る力は、静止軌道高度のところで最大になります。この力に耐えることのできる材料が、まだ存在しないのです。
宇宙エレベーターのケーブルに求められる要素は、強さと軽さです。強さが求められるのは、ケーブルを引っ張る潮汐力に耐えなければならないからです。軽さが求められるのは、潮汐力の原因がケーブルに働く重力なので、重ければ重いほど、大きな力で引かれるからです。強さだけでも、軽さだけでも、不十分です。宇宙エレベーターのケーブルをつくるのが難しいのは、強さと軽さの両方を求められるからです。
宇宙エレベーターのケーブルに求められるのは強さと軽さ
宇宙エレベーターのケーブルをつくるための強さと軽さを兼ね備えているかもしれないのが、カーボンナノチューブです。カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形の網目構造で円筒形状になった物質です。ダイヤモンドと同じように、炭素原子同士の結合だけでできているカーボンナノチューブは、原子が最も強く結びついている物質の1つです。しかも、円筒形状なので内部に空間があり、軽いという性質も合わせ持ちます。
理論的には、カーボンナノチューブの強さと軽さならば、宇宙エレベーターのケーブルとして使うことができるかもしれないということがわかり、宇宙エレベーターの構想は一気に現実味を帯びてきました。
しかし、まだ宇宙エレベーターのケーブルとして使うことができるほどの長さにする方法がありません。いまのところ、実際につくることができているカーボンナノチューブの長さは、最長でも数センチメートルほどです。宇宙エレベーターに使うには、炭素原子同士の強い結合だけで長さ10万キロメートルのケーブルをつくらなければなりません。しかし、長いカーボンナノチューブをつくるにしても、短いカーボンナノチューブを炭素原子同士の強い結合だけでつなげるにしても、簡単ではありません。いまのところ、その技術はありません。
炭素原子同士の強い結合だけで宇宙エレベーターのケーブルをつくるには、「ブレイクスルー」が必要です。技術の進歩には、連続的な段階と不連続な段階があります。例えば、コンピューターの処理速度が速くなっていくのは連続的な向上の段階、コンピューターそのものが発明されたのが不連続な段階です。このような、不連続な向上のことを、ブレイクスルーというのです。
長いカーボンナノチューブをつくるにしても、短いカーボンナノチューブをつなぐにしても、ブレイクスルーが必要です。そして、不連続な向上であるブレイクスルーは、連続的な向上とは異なり、いつ起きるかの予測が困難です。つまり、宇宙エレベーターのケーブルは、明日実現するかもしれないし、10年経っても実現していないかもしれない、というわけです。
さらに、もしも、いまケーブルの材料が手に入ったとしても、宇宙エレベーターが完成するまでには建造に時間がかかります。「どれぐらいの重さのものまで運べるものになるか」の項目でも説明しましたが、宇宙エレベーターの建造では、ケーブルの補強に時間がかかります。補強にかかると見込まれている期間は、構想によって様々ですが、だいたい数年から数十年の間です。
また、ケーブルの材料が宇宙空間できちんと機能するかを調べたり、実際にケーブルを制作したりする時間も必要です。いますぐケーブルが手に入ったとしても、宇宙エレベーターが完成するにはしばらく待たなければならないかもしれません。(佐藤 実)
Q09 宇宙エレベーターの競技会を見に行けますか?
A09 残念ながら、見に行くことができる競技会はありません。
宇宙エレベーターのケーブルはまだ手に入りませんが、クライマーについては世界各地で競技会が開かれています。クライマーといっても、いまのところは、まだ人は載ることのできないモデルクライマーですが、高度1000メートルを超える高さまでケーブルを昇って降りてくるクライマーも登場しています。
世界初のクライマーの競技会は、2005年にアメリカで始まりました。その後、日本とヨーロッパでも開催されるようになりましたが、いまも毎年開催しているのは、日本だけです。
アメリカでは、2005年から2009年まで、2008年を除く4回、NASAの支援を得て、競技会が実施されました。アメリカでの競技会は、エネルギーを外部から供給する方法を採用し、賞金が出ていました。クライマーにバッテリーを積むのではなく、エネルギーを外部から供給するという点で、実際のクライマーに近い形で実施されていました。
ヨーロッパでは、2011年と2012年に、ミュンヘン工科大学において実施されました。ヨーロッパでの競技会は、高さは50メートルと短いのですが、バッテリーを積んだクライマーで、規格が定められた荷物を積み、エネルギー効率を競う、というものでした。
クライマーの競技会を開催しているのは日本だけ
日本では、2009年から、「日本宇宙エレベーター協会」が、毎年夏に競技会を開催しています。日本の競技会は、ヘリウム風船から垂らしたケーブルを、バッテリーを積んだクライマーで昇降するというものです。毎年、高度を上げていくことを目標にしていて、2013年にはついに高度1000メートルを超えました。いまのところ、世界中でクライマーの競技会を開催しているのは、日本だけです。
もちろん、競技会に参加すれば見ることはできますが、安全性の観点から、いまのところ、関係者以外には非公開で開催されています。日本宇宙エレベーター協会では、Webサイトなどで情報を公開しているので、そちらをご覧ください。また、本書の別稿でも「宇宙エレベーター競技会(宇宙エレベーターチャレンジ)」について紹介しています。(佐藤 実)
Q10 どこの国が最初に実現しそうでしょうか。
A10 宇宙エレベーターは国よりも大きな枠組みで建造するのがふさわしいでしょう。
宇宙エレベーターの建造は、はじめから国際協力のもとに建造するのが望ましいでしょう。宇宙エレベーターが完成すると、既存の打ち上げロケットによる宇宙への輸送は衰退しかねません。現在、宇宙エレベーター開発の研究を熱心に進めているのは、アメリカ、ヨーロッパ、そして、日本です。これらの国や地域は、いずれも宇宙機関や宇宙産業を持っています。
宇宙エレベーターが実現すると、それによって宇宙に対する既得権益を失いかねないので、国家プロジェクトとして積極的に建造を進めるのは難しいでしょう。
軍事利用や国威発揚【こくいはつよう】を目的として宇宙エレベーターを建造するのは、無理があります。初期の宇宙開発は、軍事利用や国威発揚と密接な関係にありました。第2次世界大戦後の宇宙開発競争は、冷戦状態のアメリカとソ連によって、弾道ミサイルや偵察衛星といった軍事利用が可能な技術の開発が、宇宙を舞台に競われました。また、独自路線での宇宙開発を進めている中国は、国威発揚が大きな目的ではないかといわれています。
もし、ある1つの国が宇宙エレベーターを完成すると、その国は宇宙への圧倒的な主導権を手に入れることになります。そのようなことが容易に実現するとは思えません。1つの国が軍事利用や国威発揚を目的として宇宙エレベーターを建造しようとするなら、他の国は黙って見てはいないでしょう。
地球上の覇権を宇宙に持ち出すのは賢明ではない
一方、民間企業が宇宙エレベーターを建造するのも難しそうです。このところ、民間企業による宇宙開発が盛んになってきました。NASAは、国際宇宙ステーションへの物資の輸送を民間企業に委託していて、将来的には宇宙飛行士も民間企業によって運ぼうとしています。
弾道飛行による宇宙観光旅行も、始まろうとしています。地球をぐるっと回る周回飛行に対して、地表から打ち上げられた後、弧を描いて再び地表に戻ってくる飛行を弾道飛行といいます。弾道飛行にかかる費用は、周回飛行にかかる費用よりも各段に安いので、いくつかの企業が宇宙観光旅行を計画し、すでに予約を受け付けている企業もあります。
しかし、建造期間の長い宇宙エレベーターでは、どのように資金を確保するかが問題です。建造期間は数十年にもわたると思いますが、その間は宇宙エレベーターはほとんど利益を生みません。ですから民間企業だけによる建造は、将来的にはともかく、当面は難しいでしょう。
地球上の覇権や紛争を宇宙に持ち出すのは、賢明とは思えません。宇宙エレベーターは、人類が本格的に宇宙に進出するためのゲートウェイです。宇宙に広がる人類の活動の象徴としても、宇宙エレベーターは地球上のしがらみを絶ち、人類全体として建造するのがふさわしいのではないでしょうか。(佐藤 実)
Q11 日本に造ることはできないのでしょうか。
A11 将来的には可能かもしれませんが、初期の宇宙エレベーターでは難しいでしょう。
宇宙エレベーターのケーブルは、赤道上に設置するのが基本です。宇宙エレベーターは、とても長いとはいえ、人工衛星のようなものなので、人工衛星に不可能なことは、宇宙エレベーターにも不可能です。
例えば、日本の上空に静止衛星を設置することができれば便利ですが、静止軌道は赤道上にしかないので、不可能です。日本の上空に静止衛星を設置しようとしても、衛星は日本の上空に留まることができません。無理やり留めようとするなら、ロケットで噴射を続けなければならず、現在の技術では無理です。宇宙エレベーターも同様で、静止軌道のある赤道上にしか、設置することができません。
ケーブルの地表側を曲げることは可能だという考えもある
ただし、ケーブルの地表側を曲げることは可能だという考えもあります。宇宙エレベーターの大部分は赤道上に置いたまま、地表側の端だけを赤道から北や南にずらず、という考えです。また、ケーブルを途中で二股に分けて、それぞれを北と南に設置する、という考え方もあります。このような方法が実現すれば、日本の南の海上に、宇宙エレベーターの海上ターミナルを設置することができるかもしれません。
しかし、初期の宇宙エレベーターではケーブルに余裕がないので、赤道直下に設置することになるでしょう。ケーブルを大きく曲げて設置するには、ケーブルの強度に余裕が必要です。初期の宇宙エレベーターのケーブルには、おそらく、あまり余裕はないはずです。まずは高望みをせず、赤道上に設置して、確実に宇宙と地球を行き来できるようにすることが先決でしょう。(佐藤 実)
Q12 宇宙エレベーターは、法的に見た場合、どんな場所に作るのが適切でしょうか?
A12 この問いに答えるためには、宇宙エレベーターがどのようなものか、考える必要があります。
第一に、宇宙エレベーターの設置場所は赤道上に限られ、しかも、様々な物理学的理由から、海洋上に建設することが好ましいのです。さらにいえば、地球重力場の安定性や、雷雨の発生頻度(カーボンナノチューブは、剪断【せんだん】にはきわめて強いのですが、高圧電流で焼き切れます)が低いなどの条件が加わりますから、赤道上でも建設可能な場所はかなり限られます。多分、地球全体で3ヶ所くらいしかないといわれています(きちんとした調査が行われたわけではないのですが、現在ある資料に照らすと、インド洋上、アフリカ西方洋上及びガラパゴス諸島の南方洋上が考えられています)。
第二に、赤道上に領土を持つ国は、1ダースしかなく、いずれも開発途上国で政治情勢が安定していません。スエズ運河やパナマ運河の例を見ればわかるとおり、いくらしっかりした約束を地元の国としても、政治情勢が不安定な国では、遅かれ早かれ約束は破られ、そうした施設は、その場所に主権を持つ国が占有する可能性が大きいと考えざるを得ません。しかし、第一の点に書いたような希少性のある場所(地球人類の共有財産)を、特定国に支配させることは好ましくありません。宇宙エレベーターを支配する国は、事実上、地球及び宇宙の支配が可能になるからです。
いかなる国の主権も及ばない公海上に建設する必要がある
この2つのことから、宇宙エレベーターは、いかなる国の主権も及ばない公海の上に建設する必要があります。
今、世界の海を支配している法を、「国連海洋法条約」といいます。海は、世界の国々の生々しい利害関係が激突する舞台ですから、この条約は、世界中の国が交渉し、妥協に妥協を重ねて、数十年がかりで制定したものです。その結果、宇宙エレベーターのために、それを修正するというようなことはとても考えられません。したがって、宇宙エレベーターの建設は、それに抵触しないように行う必要があります。
昔、この国連海洋法条約ができる前は、各国の領海の外は公海でした。しかし、この条約は領海の外に、さらに200海里【かいり】(360km)に及ぶ排他的経済水域というものを定めており、宇宙エレベーター基部のような人工施設の建設に関しては、沿岸国の主権はその範囲にまで及びます。したがって、宇宙エレベーターをいかなる国の主権の外に置こうとする場合には、その基部は、海岸から200海里以上離れた外洋上に建設しなければならないのです。(甲斐 素直)
Q13 地球のまわりに静止軌道に沿ってリング上にケーブルを張り、そこから地表にケーブルを下ろすようにすると、わずか3ヶ所というような場所の制約はなくなると思えるのですが?
A13 そこで問題になるのが、「国際航空法」(民間航空協定=シカゴ条約)です。それは、特定国の領土・領海の上を領空と呼び、そこには、その国の主権が及ぶとしています。それに対し、「国連宇宙条約」は、宇宙には、地球の主権は及ばないとしています。
問題は、宇宙と領空の境目がどこにあるかについては、どの条約でも全く定められていないことです。これは不都合なので、長年にわたり、世界の国々の間で交渉が続けられていますが、近い将来に結論が出る見込みはありません。
そして、赤道上に領土・領海を有する1ダースの国々は、普通の人工衛星軌道は宇宙に属するが、静止軌道は、宇宙ではなく、領空に属すると宣言しています(ボゴタ宣言)。なにしろ、どこが宇宙だという法的規定はどこにもないので、この宣言を誤りとは言えません。その場合には、リングのうち、それらの国の上を通る部分は、必然的にそれらの国の領空を侵害しているとクレームを付けられることになります。この法的問題が解決するまでは、リング方式の宇宙エレベーターを作るのは無理です。(甲斐 素直)
Q14 宇宙エレベーターは、法的には、誰が建設できるのですか?
A14 これは、国連宇宙条約の規定をどのように解釈するか、という問題と関わっています。
誰もが考えるのが、どこかの国(日本とか、米国とか)が作るというものです。しかし、国連宇宙条約2条は、宇宙空間領有禁止原則を規定しています。すなわち、天体を含む「宇宙空間」は、国家による領有権の対象とはならないというのです。
この原則は、宇宙エレベーターを、特定国が建設することを禁止していると読めます。なぜなら、宇宙エレベーターは、まさに特定の「宇宙空間」を半恒久的に「占拠」するものだからです。宇宙空間にあっても、各国が建設した施設内部はその国の主権が及びます。
例えば、国際宇宙ステーションの「きぼう」は、わが国が設置したものなので、その内部空間はわが国の主権の版図【はんと】に属します。その結果、例えば、「きぼう」の中で殺人事件が起これば、犯人や被害者の国籍を問わず、わが国刑法に従って処断されることになります。
それと同様に、特定国が宇宙エレベーターを建設すれば、その内部空間には建設国の主権が存在することになります。しかし、これは、一定の宇宙空間を特定国が恒久的に占拠することを意味しますから、真っ向から宇宙空間領有禁止原則に衝突することになるわけです。したがって、どこかの国が宇宙エレベーターを建設することは、法的に不可能と考えます。
次に考えられるのが、民間企業が建設することで、実際、そういう設定のSF小説もあります。しかし、やはり国連宇宙条約違反になると考えられます。その企業が特定国の法によって設置されている場合は、国連宇宙条約6条が規定する国家への責任集中原則に抵触することになります。すなわち、同条は、宇宙開発活動を行うのが政府機関か非政府団体かを問わず、当該活動に伴う国際的責任を国家(宇宙物体の打ち上げ国)に集中させるとしているのです。これを一言で説明すれば、国家にできないことは、その国の民間企業が行うことも禁じているということです。したがって、国家が宇宙エレベーターを建設できない以上、その国の民間企業も建設できないのです。
また、どこの国の企業でもない団体が建設することは、認められるべきではありません。すなわち、民間企業が、自由に営業活動ができる法的根拠は、「営業の自由」という権利を彼らが持っているからです。営業の自由は、私人の自由競争に委【ゆだ】ねれば市場原理に基づいて一般国民に最善の結果を期待しうる場合に認められます。ところが、これまでに述べたように、地球上における宇宙エレベーター建設のための立地条件には、きわめて高度の独占性があります。このように、市場原理が妥当せず、自由競争になじまない事業には、営業の自由を認めるべき前提が存在しないといわざるを得ないのです。国際法的にいえば、そうした企業活動は海賊行為と言えます。
建設できるのは、国際組織以外にあり得ない
この結果、宇宙エレベーターを建設できるのは、国際組織以外にあり得ないと考えています。先に説明した宇宙空間領有禁止原則は、国家のみを名宛人【なあてにん】としており、国際機関は対象とはなっていないからです。そして、国家への責任集中原則は、その例外として、国際機関が宇宙施設を建設する場合を明確に予定しています。
もちろんこれは、宇宙エレベーターの出現を予定して作られた規定ではありません。宇宙利用の実用化が最も早かったのは衛星通信の分野です。そこでは「国際電気通信衛星機構(INTELSAT)」が1962年に国際機構設立条約により設置され、当該活動を実施していたので、これらの規定はそれを想定してのものです。私は、国際宇宙ステーションと同様に、宇宙に到達する能力を有する国々が協定を結び、共同で建設するのが現実的だと考えています。(甲斐 素直)
Q15 宇宙エレベーターに乗る資格や条件はあるのでしょうか。
A15 国際線のジェット旅客機や国際航路の豪華客船に乗るのとあまり変わらないでしょう。
宇宙エレベーターで観光旅行ができる頃には、特に資格や条件などなしに、誰でも乗ることができるようになっているはずです。宇宙エレベーターは、はじめは無人で貨物だけを運び、有人になるのは、信頼性が確立されてからでしょう。それも、はじめのうちは、宇宙飛行士のような、危険を承知の上で搭乗するプロに限定されるはずです。しかしそれは、特別な資質が必要だからというわけではなく、十分な安全性が確保されていないからです。
宇宙エレベーターのクライマーには、打ち上げロケットとは異なり、昇降時に大きな加速度はかかりません。クライマーの加速度は、地上の建物で使われているエレベーターと同程度の加速度になるよう制御されるはずです。地上の建物でエレベーターに乗るのに資格や条件がいらないのならば、クライマーに乗るのにもいりません。静止軌道ステーションまで行くには、無重力状態への対処法について説明を受けなければならないかもしれませんが、低軌道高度に行くだけならば、それも必要ないでしょう。
体調が悪くなってもすぐには病院に行けない
また、宇宙空間ではクライマーの外は真空状態ですが、機外に出ることのない乗客には、特に訓練は必要ありません。ジェット旅客機は空気の薄い成層圏を飛行するので、そのまま機外に出れば酸欠で死に至る危険がありますが、搭乗するために訓練を受けることはありません。ジェット旅客機に乗るのに訓練がいらないのならば、クライマーに乗るのにもいりません。
問題になりそうなのは、搭乗している時間が長いため、体調が悪くなってもすぐには病院に行くことができないことです。国際航路の客船と同じように、クライマーには医師が同乗するようになるのかもしれませんし、初期の旅客機の客室乗務員のように、看護師が同乗するのかもしれません。いずれにしても、国際線のジェット旅客機や国際航路の豪華客船に乗るのとあまり変わらないでしょう。(佐藤 実)
Q16 アースポートはどんな施設になりそうでしょうか。
A16 海上に浮かぶ国際空港のような施設になるでしょう。
宇宙エレベーターの地表側の施設は、赤道上に設置されます。宇宙エレベーターの設置にふさわしい場所には、適当な陸地がないことや、宇宙エレベーターの地表側の施設は移動できることが望ましいことから、その施設は海上に浮かぶ施設になるでしょう。ちなみに、宇宙エレベーターの地表側の施設は、「アースポート」や「海上ターミナル」などと呼ばれていますが、まだ決まった名称がありません。アースポートという呼び方は空港(エアポート)からの連想、海上ターミナルという呼び方は鉄道の終着駅(ターミナル駅)からの連想でしょう。
宇宙エレベーターの地表側の施設に必要な設備は、国際空港に必要な設備とほぼ同じです。国際空港には、航空機の離着陸のための設備、旅客や貨物のための設備、航空機の整備や補給のための設備などがあります。
航空機の離着陸のための設備としては、滑走路や誘導路、管制塔や各種の無線設備などがあります。旅客や貨物のための設備としては、搭乗手続、手荷物の受け渡し、保安検査、税関、出入国や輸出入の管理、検疫のための施設の他に、待合室やラウンジ、レストラン、免税店などがあります。航空機の整備や補給のための設備としては、整備場や格納、燃料タンクなどがあります。これらの設備や施設には、滑走路や燃料タンクといった、クライマーには必要のないものもありますが、宇宙エレベーターの地表側の施設は、ほぼ国際空港と共通したものになるでしょう。
宇宙エレベーターに特有の設備
宇宙エレベーターに特有の設備としては、クライマーの発着場はもちろんのこと、クライマーへの無線電力伝送のための設備、海上を移動するための設備や、ケーブルを保持し、制御するための施設などがあります。クライマーの発着場は、クライマーをケーブルに取り付け、旅客や貨物を積み降ろしします。機能としては鉄道のプラットホームと同じですが、クライマーがケーブルに沿って立っているので、施設に工夫が必要です。クライマーへの無線電力伝送のための設備は、マイクロ波やレーザーといった電磁波でクライマーに電力を送ります。精度よくクライマーに狙いを合わせなければ損失が大きくなってしまうので、天体望遠鏡やアンテナの技術が使われるかもしれません。
海上を移動するための設備は、宇宙エレベーターの地表側の施設全体を、精度よく移動させたり、海流に逆らって同じ所に留まったりできなければなりません。地球深部探査船「ちきゅう」のように、自在に動くスラスター(推進システム)を多数設置することになるでしょう。ケーブルを保持し、制御するための施設は、ケーブルのガイドとケーブルの張力を制御する設備が必要です。
また、陸から隔たった海上に設置されるため、病院が必要かもしれません。将来的には、無重力状態で長く過ごした人たちのための浴場も、人気が出るでしょう。検疫では、宇宙からなにかの病気がやってくるというよりは、地球から病気を持ち出さないことが重要になるかもしれません。
宇宙エレベーターがどこの国にも属さない場合は、少し様子が異なるかもしれません。例えば、税関は不要でしょう。大規模なカジノができたり、タックスヘイブンになったりするかもしれません。そうすると、治安維持のために、民間企業による警察や軍の需要が高まるでしょう。宇宙エレベーターの地表側の施設は、宇宙に出かける人のためだけの施設では終わらないかもしれません。(佐藤 実)
Q17 宇宙エレベーターに乗っているときは気分は悪くならないのですか。
A17 気にするほどのことはありませんが、人によっては乗り物酔いの症状が出るかもしれません。
乗り物酔いは、内耳【ないじ】の中にある身体の平衡【へいこう】機能をつかさどる器官が、乗り物の動きによる慣れない刺激を繰り返し受けることで、脳から自律神経に異常な信号が送られて起きるといわれています。頭痛、生あくび、冷や汗、嘔吐【おうと】などの症状が起きます。
乗り物の種類によって、車酔い、船酔い、宇宙酔いなどともいわれ、ジェットコースターなどの遊具でも起きるようです。車酔いや船酔いでは、前後左右の動きに比べ、上下の動きの方が、症状がひどくなるといわれています。
宇宙エレベーターのクライマーも、動く乗り物である以上、人によっては乗り物酔いの症状が出てしまうのは、避けられないでしょう。しかし、クライマーの上下の動きは精密に制御されるので、低軌道高度までしか行かない場合は、あまりひどい乗り物酔いにはならないはずです。地上のエレベーターで酔わない人は、宇宙エレベーターでも酔うことはないでしょう。ただし、静止軌道高度まで行く場合には、無重力状態になるので、宇宙酔いは覚悟しておいた方がよさそうです。
宇宙エレベーター酔いがあるかも
もしかすると、宇宙エレベーターに特有な酔いがあるかもしれません。宇宙エレベーターのケーブルは、地球の自転と同期して回っているので、ケーブル上を移動するクライマーに乗っている人は、進行方向、つまり、ケーブルに沿った方向に対して横向きに、コリオリ力を感じます。回転しているものの上で運動する物体が、進行方向に垂直に働いていると感じる力を、コリオリ力といいます。
重力の他にコリオリ力も感じると、クライマーに乗っている人には、床が斜めになったように感じます。視覚的な水平と身体感覚的な水平が一致しないので、乗り物酔いの症状が出る可能性があります。宇宙エレベーター酔い、と呼ばれるようになるかもしれませんね。(佐藤 実)
Q18 宇宙エレベーターから見る景色ってどんな感じなのでしょう?
A18 地球が一望でき、瞬かない星が一面に広がっています。
宇宙エレベーターのケーブルは地球と一緒に回転しているので、クライマーから見る地球は、常に同じところが見えていることになります。国際宇宙ステーションからの眺めのように、眼下の地球が回転していて、様々な場所を見ることができる、というわけにはいきません。しかし、高度が400キロメートルほどでしかない国際宇宙ステーションからは日本列島を一望することも難しいのですが、高度3万6000キロメートルの静止軌道ステーションからは地球を一望することができます。
クライマーの高度が高いほど、水平線までの距離が伸びるので、高度が高くなるにしたがって、地球上の見える範囲が広がっていきます。海上ターミナルを出発した直後の、クライマーからの地球の眺めは、見逃せません。出発直後は海上ターミナルと海面しか見えないのが、高度が上がるにしたがって、周囲の島々が見え始め、やがて大陸も見えるようになっていきます。そして、静止軌道高度では、おなじみの気象衛星からの眺めと同じような眺めになります。昼には青い地球と太陽を反射する海面が、夜には漆黒【しっこく】の闇の中に灯る都市の灯りや雷などが、じっくり楽しめるでしょう。
もう1つの楽しみは、宇宙の眺めです。海上ターミナルを出発したクライマーから見える空は、高度が高くなるにしたがって次第に闇が濃くなり、やがて真っ暗な宇宙空間に出ます。宇宙空間には空気がないので、地上からは見ることのできないほどたくさんの、瞬【またた】くことのない星が一面に広がっています。肉眼でも、天の川をつくる星々が見分けられるかもしれません。クライマーに乗る機会があれば、ぜひ、機内の灯りを消して、宇宙の眺めを堪能してください。(佐藤 実)
Q19 大気圏を抜けるときはどんな感じなのでしょう?
A19 大気圏を抜けるときも大気圏に戻るときも、そのことには気づかないでしょう。
大気は、高度が高くなるにしたがって徐々に薄くなっていくので、いつ大気圏を抜けたのかは、はっきりとはわからないでしょう。宇宙空間は、便宜上、高度100キロメートルから始まることになっていますが、高度100キロメートルで突然、大気がなくなる、というわけではありません。「宇宙エレベーターから見る景色ってどんな感じなのでしょう?」でも説明したように、クライマーが海上ターミナルを出発して上昇していくと、空の色は次第に濃くなっていきます。やがて宇宙が暗くなり、星が一面に広がるので、大気圏を抜けたことはわかります。しかし、その変化が穏やかなので、いつ大気圏を抜けたのかは、わからないでしょう。
しかも、クライマーの速さは音速を超えないように制御されるので、劇的な現象は何も起きません。衝撃波を発することもありませんし、雲を引くこともありません。また、再突入カプセルや小惑星探査機「はやぶさ」のように、空力加熱によって高温に曝【さら】されるようなことはありません。宇宙エレベーターのクライマーに乗っている人は、気づかないうちに大気圏を抜け、気づかないうちに大気圏に戻ることになるでしょう。(佐藤 実)
Q20 宇宙エレベーターに乗っている間どうやって過ごすことになりますか?
A20 のんびり宇宙の旅をお楽しみください。
宇宙エレベーターでの旅は、客船でのクルーズと同じように、ゆったりと流れる時間を楽しむことができます。客船のクルーズには、一夜だけの短いコースから、世界一周のような長いコースまで、いろいろ用意されています。宇宙エレベーターでも、数百キロメートルの低軌道高度、3万6000キロメートルの静止軌道高度、さらにその先の地球脱出臨界高度や火星到達高度など、目的の高度によって所要時間は異なります。いずれにしても、「なぜ低コストで低エネルギーなのでしょうか?」でも説明したように、数分間ほどで宇宙空間に出てしまう打ち上げロケットとは違い、クライマーでは、低軌道高度まででも数時間、静止軌道高度までだと数日間かかります。
宇宙エレベーターでの旅の所要時間は、クライマーの駆動【くどう】方式によります。初期の宇宙エレベーターでは、ケーブルを挟んだ車輪を回転させることで、摩擦力によってケーブルを昇降する方式がとられるでしょう。この摩擦力による方式は、駆動軸の潤滑や、ケーブルと車輪の摩耗など、解決しなければならない課題はありますが、現在の技術の延長線上にあります。
ただし、ケーブルと車輪が接触しているので、あまり高速にはできません。レールと車輪が接触して走行する高速鉄道では、試験走行でフランスのTGVが時速500キロメートルを超える速さを記録してはいますが、営業運転ではだいたい時速300キロメートルほどです。ケーブルと車輪が接触して昇降するクライマーも、時速500キロメートルを超えるのは難しいでしょう。クライマーの速さの想定としては、時速200キロメートルほどが多いようです。
レールと車輪が接触して走行する鉄道よりも、軌道上を浮上して走行するリニアモーターカーの方が速くできるように、宇宙エレベーターでも、ケーブルとクライマーが接触しないリニアモーター方式をとると、もっと速くできるかもしれません。しかし、リニアモーター方式のクライマーは、技術的には未知数です。
低軌道高度までなら数時間、静止軌道高度までだと1週間以上
クライマーの速さが時速200キロメートルだとすると、低軌道高度まで数時間、静止軌道高度までだと1週間以上かかります。客船のクルーズにたとえると、低軌道高度が湾内を巡るワンデイクルーズやワンナイトクルーズに、静止軌道高度が国内や海外を巡る1、2週間の周遊クルーズに相当します。低軌道高度までならば、外の景色を眺めているうちに着いてしまうくらいの時間なので、軽い食事や飲み物が出る程度でも十分でしょう。食事をメインにした、ディナークルーズのような企画も現れるかもしれません。しかし、静止軌道高度まで行く場合は、乗客を退屈させない工夫がいろいろとされるでしょう。
静止軌道ステーションに向かうクライマーには、豪華客船並みの設備とエンターテインメントが用意されるでしょう。レストランやバーはもちろん、スポーツジムや映画館などが、充実した機内の時間を演出します。低重力を利用したクライマー内限定のショーなども上演され、乗客を楽しませてくれるはずです。もちろん、ラウンジで静かに地球の姿や星空を眺めるのもいいでしょう。観光での利用なら楽しみが尽きないでしょうが、出張での利用には向かないかもしれませんね。(佐藤 実)
Q21 宇宙エレベーターに乗っているときはどんな食事が出るのでしょう? お酒は飲めるんでしょうか。
A21 低軌道高度では地上と変わりません。静止軌道高度では無重力状態に対応した特別メニューです。
いわゆる「宇宙食」というのは、地上での普通の食品と異なり、軽く、長く持ち、飛び散らないようにつくられています。1つ目の「軽く」というのは、「ロケットと比べるとどんな利点があるのでしょうか?」でも説明したように、打ち上げロケットには余分なものを積み込む余裕がないからです。捨てる部分がないようにするのはもちろんですが、水分もできるだけ抜きます。現在の国際宇宙ステーションには、水は比較的豊富にあるので、地上でフリーズドライにして水分を抜き、軽くして運んでいます。
2つ目の「長く持つ」というのは、ロケットの打ち上げ頻度が少ないので、補給までの期間が長くなるからです。打ち上げの失敗なども考慮して、長期保存が可能なことが必要とされています。三つ目の「飛び散らないように」というのは、無重力状態への対応です。無重力状態では重力がないので、空中にあるものは床に落ちることはありません。クッキーや煎餅【せんべい】の破片や水滴などは、空調の気流に運ばれて、様々な機材や人体に悪影響を及ぼす可能性があります。特に水は危険です。水は、比較的粘り気のある液体なので、口や鼻に付着すると、重力がないので流れ落ちることがなく、少量の水でも窒息することがあり得ます。現在の「宇宙食」では、このようなことに配慮した食品を使っています。
これらの「宇宙食」の要素のうち、軽くすることと長く持つことは、宇宙エレベーターではあまり気にすることはなさそうです。宇宙エレベーターが実現すると、ロケットでの打ち上げよりも、たくさんのものを高い頻度で宇宙に持ち上げることができるようになります。食品も、宇宙に持っていくからといって、特別に軽量化したり保存性を高めたりする必要はないでしょう。ただし、飛び散らないようにすることについては、配慮しなければならない場合があります。
宇宙エレベーターでは、高度が数百キロメートルの低軌道高度での重力は、地上にいるのとあまり変わりませんが、高度3万6000キロメートルの静止軌道高度では、無重力状態です。つまり、低軌道高度では、地上と同じ食品を使うことができますが、静止軌道高度では、無重力状態に対応した食品にしなければなりません。
低軌道高度では、椅子に腰掛け、テーブルに置いた食器から、食事をすることができます。重力は地上とあまり変わらないので、食べ物が皿から浮き上がることも、飲み物がグラスから飛び出すこともありません。アルコールについても、特に問題は起きません。ビールでもワインでも、地上と同じように飲むことができます。宇宙空間に出た記念として、フリーズドライや缶詰などの「宇宙食」を楽しむという企画はあるかもしれませんが、海上ターミナルからの所要時間も数時間なので、新鮮な食材を使った料理を楽しむことができます。
静止軌道高度では無重力状態への対応が必要
一方、静止軌道高度では、無重力状態への対応が求められます。とろみを付けたり、一口サイズにしたりするなど、飛び散らないように配慮した食品が使われます。食器も、皿やグラスに代わるものが必要ですが、現在の「宇宙食」のようなレトルトバックからそのまま食べたり飲んだりするのでは味気ないので、工夫が必要です。アルコールについては、無重力状態では酔いやすいという説もあるようですが、飲めないということはありません。
ただし、注意しなければならないことがあります。アルコールに限らないのですが、炭酸の入った飲み物を飲むには、専用の容器が必要です。炭酸の泡は、重力があれば、浮力で上昇して、あまり大きくならないうちに表面から抜けてしまいます。ところが、無重力状態では、浮力がないため、泡はどんどん大きくなってしまいます。そのため体積が一気に増え、液体が激しく吹き出してしまいます。無重力状態で使える炭酸飲料用の容器はすでに開発されていますが、ビールやシャンパンはあまり美味しく飲むことができないかもしれません。
たくさんの人が無重力状態を経験するようになると、思いもよらない解決法が出てくるとは思いますが、いくつか無重力食品を提案してみましょう。まずは、食器が不要な食品にすることです。
例えば、ピンチョス。一口サイズ程度に切った肉や魚などを、パンと一緒に楊枝【ようじ】や串で刺した、スペインのおつまみです。これなら食器はいりませんし、一口で食べてしまえるので、飛び散る心配もありません。串カツも、衣が飛び散らないようにできれば、無重力向きだと思います。次は、エル・ブジ風ワンスプーン料理。これもまたスペインですが、カタルーニャにあったエル・ブジというレストランで出されたことで有名になった、スプーンに食材を乗せた料理です。ピンチョスと同様、一口で食べることができます。スプーンの代わりに、チリレンゲを使うこともできますね。
最後にスープですが、これもエル・ブジ風にエスプーマでいかがでしょう。ガスを使って食材を泡状にする調理法で、どのような食材でもムースのようにすることができるといわれています。スープをエスプーマにすれば、食器についた泡をすくって食べることができます。なんだか無重力状態には、スペイン料理が向いていそうですね。(佐藤 実)
Q22 宇宙エレベーターに乗っている間は電子機器は禁止でしょうか。
A22 禁止されることはないでしょう。
宇宙エレベーターのクライマーの機内では、電子機器の使用が禁止されることはないでしょう。そもそも、航空機内での電子機器使用禁止という規則は、あまり根拠のあることではありませんでした。アメリカ連邦航空局(FAA)は、2013年の秋に、航空機内での電子機器の使用を認めると発表しました。携帯電話などの電子機器から出る電磁波が、航空機にどのような影響を与えるのかよくわからなかったので、安全側に振った措置がとられたのでしょう。結果的に、携帯電話などは航空機に影響を与えないことがわかり、使用が認められることになりました。
空中に浮かんでいる航空機は、機材に問題が起きると墜落の危険性があるので、使用禁止は当面の措置として妥当だったと思います。宇宙エレベーターのクライマーは、ケーブルにつかまって昇降するので、機材に何か問題が起きたとしても、その場に留まって対処することができます。その意味でも、クライマーの機内で電子機器を使用禁止にする必要はないでしょう。クライマーに乗ったら、地球や星の写真をどんどん撮ってください。(佐藤 実)
Q23 宇宙エレベーターのトイレはどんなものになりそうでしょうか。
A23 低軌道高度では地上と変わりません。静止軌道高度では無重力状態に対応したトイレを使います。
宇宙エレベーターのトイレで問題になりそうなのは、無重力状態です。宇宙エレベーターで感じる重力は、高度が数百キロメートルの低軌道高度では、地上にいるのとあまり変わらないので、旅客機や鉄道で使われている既存のトイレを流用することができます。しかし、高度3万6000キロメートルの静止軌道高度では無重力状態なので、排泄物【はいせつぶつ】が重力によって落ちることを利用している地上のトイレは使うことができません。静止軌道高度では、無重力状態に対応したトイレが必要です。
無重力状態に対応したトイレは、すでに国際宇宙ステーションで使われています。掃除機のように、気流を使って排泄物を吸い込む仕組みになっています。ただし、国際宇宙ステーションで使われているトイレを使うには、訓練を受けなければなりません。例えば、排泄物を間違いなく吸引させるために肛門を所定の位置に正確に合わせるなど、使い方を習得する必要があるからです。しかし、訓練を受けなければならないようなトイレを使うことができるのは、限られた人数の宇宙飛行士だけが使うトイレだからです。不特定の乗客が使うトイレには向いていません。
無重力状態でも誰もが訓練なしに使えるトイレの問題は、日本の技術が解決するでしょう。日本には、世界的に見ても類を見ないほどハイテクなトイレがあります。人を感知すると便器の蓋を自動的に開け、用が済めばお尻を洗浄し、立ち上がれば自動的に流してくれるなど、もはやロボットといってもいいほどです。さらには、健康状態のチェックができるトイレまであります。肛門の位置をセンサーで把握して、排泄物を適切に吸引することくらい、わけはないでしょう。人が位置を合わせるのではなく、トイレが位置を合わせてくれれば、誰でも訓練なしに使うことができるはずです。宇宙では、日本のハイテクトイレが標準装備になるかもしれませんね。(佐藤 実)
Q24 宇宙エレベーターに、人工衛星が衝突しそうになったら、打ち落とせますか?
A24 宇宙エレベーターは赤道上にあって、10万kmの高さにまでそびえています。
そして、地球を回るすべての人工衛星は、少しずつ軌道を変えながら、周回の都度、必ず赤道を通ります。その結果、あらゆる人工衛星は遅かれ早かれ、必ず宇宙エレベーターに衝突します。したがって、それを打ち落とせなかったら、宇宙エレベーターの建設は大変危険で、事実上不可能と言えます。そして、私は、宇宙条約上、衝突しかかっている人工衛星を打ち落とす事は許される(つまり、打ち落としても所有者から損害賠償請求を受けたりはしない)と考えています。
宇宙空間で人工衛星が、他のものに衝突して被害を与えた場合、どの範囲で損害賠償の請求を行いうるかを、「国連宇宙損害賠償条約」が定めています。同条約によれば、人工衛星の打ち上げ国は、地表に被害を与えた場合には無過失責任を負うのに対し、他の宇宙物体(space object)に被害を与えた場合には、過失責任を負うと定めています。
例えば、2009年2月に、米国の携帯電話会社の通信衛星と、ロシアの軍事衛星が衝突するという事件がありましたが、どちらも宇宙物体であり、どちらかに故意、過失があって衝突したわけではないので、損害賠償という問題は起こりませんでした。これに対して、例えば、衛星が落下してきて東京スカイツリーに衝突したら、無過失責任ですから、スカイツリーとしては、衛星の打ち上げ国に無条件で損害賠償請求をすることができます。
同条約は、宇宙物体とは、地上から打ち上げた物だと定めています。宇宙エレベーターは、スカイツリーに比べて少々背が高いですが、スカイツリーと同様に地表の定着物であって、打ち上げ物ではありません。したがって、宇宙エレベーターに衛星が衝突して、損害が発生したら、スカイツリーの場合同様、当然に損害賠償請求をすることができます。
ぶつかってきた人工衛星を打ち落としても問題にはならない
国連宇宙損害賠償条約は、ぶつかった後での損害賠償のことしか定めていないのですが、常識的に考えて、損害賠償請求権を有している以上、ぶつかるのを排除する権利は認められます。例えば、あなたが自転車をぶつけられて怪我をしたら、自転車の持ち主に損害賠償を請求できます。その場合、被害は賠償するから、ぶつけられることは我慢しろ、なんて言うことはあり得ません。怪我をしないように自転車をはじき飛ばしても、非難されないはずです。それと同じように、宇宙エレベーターも、ぶつかってきた人工衛星を打ち落としても問題にはならないはずです。
もっとも、実際問題として、その前に宇宙エレベーターが出現すると、人工衛星がそばに来たチャンスにそれを捕まえ、修理し、あるいはバッテリーを交換してやることにより、人工衛星の寿命を飛躍的に延ばすことが可能になるはずです。宇宙エレベーターというアイデアをきちんと理論立てた形で最初に研究した米国のピアソン(Jerome Pearson)は、テザー衛星(Tether satellite)という技術を使って、人工衛星どころか、スペースデブリまでも捕まえて回収するということを提唱しています。(甲斐 素直)
Q25 宇宙エレベーターには、航空警告灯を付けなくともよいのでしょうか?
A25 国際航空法は、一定以上の高さの塔状の構造物は、必ず航空機から視認できるように、昼間も目立つようにし、夜間には灯りを設置することを義務づけています。しかし、宇宙エレベーターのケーブルそれ自体は、きわめて薄く、遠距離からでは到底見えないほどだと考えられています。だから、それに航空警告灯を設置しなければならないのは当然のことです。そうでないと、航空機にとってはもちろん、宇宙エレベーターにとっても大変危険です。
これについては、航空警告灯を宇宙エレベーターに付けることは技術的に無理だが、宇宙エレベーターのまわり数百kmは、航空機の進入禁止ゾーンにしておけば問題はない、という主張もあります。しかし、そんなことをすると、宇宙エレベーターに搭乗するのに、海の上を数百kmも延々と船で接近しなければなりません。それでは、宇宙エレベーターの実用性を大幅に阻害していまいます。
考えられる答えは2つあります。1つは、宇宙エレベーターのまわりに高さ10km以上のシールドタワーを建てることです。これは、同時に宇宙エレベーター本体を嵐や稲妻から防御するのに役立つと考えられます。今ひとつは、宇宙エレベーター基部を、同様の高さの塔の上に設置することです。
米国では、宇宙エレベーターのクライマーの動力としてレーザー光線を照射することを検討しています。その場合、大気圏の中では、大気による揺らぎを防ぐことが困難で、正確に照射できません。そこで、そのような頂点が大気圏の外に出ている高い塔の上に基部を置くということを真剣に考えているわけです。
どちらの方法を採るにせよ、宇宙エレベーターを作るには、高さ10km以上の塔を作る必要があることになります。すでに、エアチューブを利用して、高さ20kmほどの塔を建てるという研究も行われています。(甲斐 素直)
Q26 宇宙エレベーターが途中で故障したらどうなるのでしょうか。
A26 その場に留まって救援を待ちます。
宇宙エレベーターのクライマーは、ケーブルに沿って昇降するので、故障したとしても、その場に留まり、救援を待つことができます。クライマーが動けなくなっても、ケーブルにしっかりつかまってさえいれば、当面の危険はありません。その場に留まっていれば、海上ターミナルや静止軌道ステーションから救援機が迎えに来てくれます。ケーブルを捕まえる機構が文字通りの命綱になるので、ケーブルから外れることのないように、冗長化されるはずです。立ち往生は楽しいことではありませんが、慌てずに助けを待ちましょう。(佐藤 実)
Q27 デブリは宇宙エレベーターにとってどれぐらい脅威なのでしょうか。
A27 かなりの脅威ではありますが、対処可能です。
「宇宙デブリ問題も解決するのでしょうか?」でも説明したように、赤道上に10万キロメートルもの長さで伸びる宇宙エレベーターのケーブルには、地球を周回しているほぼすべての物体が衝突する可能性があります。そのため、人工衛星や大きさが10センチメートル以上のスペースデブリなどの軌道がわかっている物体については、衝突を避ける操作をします。
しかし、大きさが10センチメートルより小さいスペースデブリについては、軌道がわかっていないので、避けようがありません。小さなスペースデブリは、宇宙エレベーターのケーブルやクライマーに衝突する可能性があります。大きさは10センチメートル以下と小さくても、大きな運動エネルギーがあるので、衝突すればケーブルやクライマーが損傷するかもしれません。しかも、スペースデブリは、小さいほど数が多くなる傾向があります。ケーブルやクライマーには、スペースデブリと衝突することを前提にして、対策をしておかなければなりません。
クライマーは国際宇宙ステーションと同様の防護で十分
ケーブルについては、たとえスペースデブリが衝突しても、ケーブルが破断しないよう、慎重に設計されます。スペースデブリが衝突すると、ケーブルに小さな穴があくかもしれません。穴があいたとしても、穴が大きくなったり、穴がきっかけとなって裂けたりしなければ、ケーブルの破断にはつながりません。
一部が損傷しても全体の安全性は確保される「フェイルセーフ」の設計が求められます。さらに、ケーブルを定期的に点検し、保守する方法も確立しておかなければなりません。宇宙エレベーターのケーブルは、スペースデブリだけではなく、原子状酸素や宇宙線などでも劣化していくので、補修が必要です。新幹線のドクターイエローのような、ケーブル点検用のクライマーが、定期的に昇降するようになるかもしれません。
クライマーについては、現在の国際宇宙ステーションと同様の防護で十分でしょう。国際宇宙ステーションも、軌道がわかっている大きいスペースデブリは軌道を変えて避けますが、小さいスペースデブリは避けることができません。そのため、衝突しても空気漏れなどの重大な事態にならないように設計されています。
特に、国際宇宙ステーションの進行方向にあり、衝突の危険性が高い日本の実験棟「きぼう」には、バンパーが設置されていて、多少の衝突では問題が起きないように工夫されています。宇宙エレベーターのクライマーは、国際宇宙ステーションと比べるとずっと短時間しか宇宙空間にいないので、同じような対策をしておけば十分でしょう。(佐藤 実)
Q28 スペース基地ではどんなことができるのでしょうか。
A28 人類の本格的な宇宙空間への進出を支える活動がされるでしょう。
宇宙エレベーターは、地表と宇宙とを結ぶ宇宙輸送機関としての機能だけでなく、宇宙空間での人類の活動拠点としての機能も担います。宇宙エレベーターにおける活動拠点としては、静止軌道ステーションとケーブルに吊り下げる施設の2つを考えることができます。
静止軌道ステーションは、宇宙エレベーターの中核となる施設です。静止軌道高度では無重力状態になるので、ケーブルに荷重をかけることなく大きな施設を設置することができます。静止軌道高度以外のところでは、地球側でも宇宙側でも、静止軌道高度から離れるにしたがって大きな重力を感じるようになります。このような高度に施設を設置するには、ケーブルに吊り下げることになります。
初期の宇宙エレベーターでは、ケーブルに大きな荷重をかけることはできないので、ケーブルに吊り下げる施設を常設するのは難しいでしょう。将来的には、ケーブルの補強が十分進み、大きな荷重をかけることができるようになれば、様々な施設が吊り下げられるようになるかもしれません。
宇宙エレベーターに吊り下げられる恒常的な施設としては、火星や月の重力を模倣した施設や、軌道カタパルトでの宇宙機の発着施設などが考えられます。宇宙エレベーターでは、高度によって感じる重力の大きさが異なるので、火星の重力と同じになる高度では火星の環境を、また、月の重力と同じになる高度では月の環境を、それぞれ模倣することができます。このような高度に設置した施設では、火星や月に向かう人のための訓練や、火星や月で使う機材の試験などをすることができます。テーマパークができて、手軽に火星や月の重力を楽しむことができようになるかもしれません。
また、静止軌道高度のさらに先には、地球の重力から脱出することのできる地球脱出臨界高度や、火星や小惑星に向かうことのできる各天体への到達高度があります。これらの高度まで宇宙機を運び、ケーブルから切り離すだけで、地球を脱出したり、火星や小惑星に到達したりできるエネルギーを宇宙機に与えることができるので、宇宙エレベーターを軌道カタパルトとして使うことができます。これらの高度に施設を設置すれば、太陽系内を飛び回る宇宙機の発着施設として使うことができます。
吊り下げられる施設は火星や月の重力模倣施設や軌道カタパルトの発着施設など
しかし、ケーブルに吊り下げられる施設をたくさん常設するのは、あまり得策とは言えません。吊り下げられた施設はケーブルに荷重をかけるからというだけでなく、クライマーの昇降に支障をきたすからです。たくさんの施設がケーブルに吊り下がっていると、そこをクライマーが通過する度に、吊り下げるための支持機構を切り替えてクライマーを通さなければなりません。これでは、パナマ運河で使われている、水位の差がある水路に船を通すための閘門【こうもん】と同じように、通過に時間と手間がかかります。
ケーブルの途中に設置する施設は、吊り下げて常設するよりも、クライマーのように、必要に応じてケーブル上を移動させて設置し、用が済んだら静止軌道ステーションや海上ターミナルに戻すようにしておいた方がいいかもしれません。
宇宙エレベーターに設置される施設で重要なのは、なんといっても静止軌道ステーションです。静止軌道高度では無重力状態になるので、どんなに重たいものでもケーブルに荷重をかけることがありません。宇宙エレベーターを使って資材を運び上げれば、大規模で恒常的な施設を設置することができます。
ホテルや娯楽施設、病院といったすでに地表にある施設でも、宇宙空間に設置することで、より付加価値が高められる施設が、たくさん造られるはずです。そのような施設では、宇宙空間や無重力状態ならではの楽しみや、経験をさせてくれるとこでしょう。しかし、人類にとっての宇宙エレベーターの意義は、そのような既存の価値を多少高めることよりも、まったく新しい価値をつくることにあります。
宇宙エレベーターは、人類の本格的な宇宙進出のためのゲートウェイ(入り口)として機能します。静止軌道ステーションは、その拠点になります。無重力状態なので、地上に比べると、大きな宇宙船を組み立てるのも容易です。組み立てた大型の宇宙船を、重力の大きな地上から打ち上げる必要もありません。静止軌道ステーションから地球脱出臨界高度まで持ち上げるだけで、地球の重力の影響から逃れることができます。
軌道カタパルトだけでは、残念ながら太陽系を脱出することはできませんが、宇宙船のロケットを使えば太陽系を脱出し、恒星間空間に向かうことも可能です。ロケットで使う推進剤は、地上や小惑星などから運ぶことで、潤沢【じゅんたく】に用意することができます。人類の活動の場は、太陽系から、やがて銀河を超えて広がっていくでしょう。静止軌道ステーションは、その転換点となる宇宙への足掛かりの第一歩なのです。(佐藤 実)
Q29 軌道エレベーターが登場した小説を教えてください。
ネタバレにご注意ください(文中敬称略)。
A29 天に向かってどこまでも伸びていく塔、あるいは柱や幹、紐などなど、軌道エレベーター(筆者のこだわりから、筆者の原稿ではこう表記する)に重なるイメージは、神話や古代史の時代にまでさかのぼることができます。北欧神話のユグドラシルや南米のアウタナは「世界樹」「宇宙樹」などと呼ばれます。旧約聖書の「ヤコブの階段(または梯子)」は、ヤコブの夢に出てくる、天国につながる階段。完成はしませんが、
『バベルの塔』も天を目指す建築物です。
天空に至り、神のお膝元へ辿り着きたい、天を統べる者の視点を得たいといった願望、あるいは世界を膝下に見下ろしたいといった支配欲、上へ上へと昇っていけば何があるのか知りたいという純粋な好奇心など、高みを目指さずにいられないというのは、多くの民族に共通する感性なのでしょう。
童話の
『ジャックと豆の木』は、豆を植えたら雲の上まで育ち、主人公が昇っていく(待っているのは神ではなく巨人だけれども)。これも軌道エレベーターの原初的発想の一種でしょう。ちなみに英語でこの豆の木は「ビーンストーク(Beanstalk)」と呼ばれますが、これは後述するいくつかのSF作品において、軌道エレベーターの名称にもなっています。カンダタが地獄から脱出しようとする芥川龍之介の
『蜘蛛の糸』も、軌道エレベーターの発想を歴史的にひもとくとき、言及されることの多い一作です。
まずは過去を概観しましたが、このように、軌道エレベーターのイメージは古くから存在しました。同じ高みへ昇りたいという憧れでも、自ら空を飛びたいという欲求を実現したものが飛行機やロケット、塔や柱を昇っていきたいという発想を科学的に具現化したものが、軌道エレベーターと分けられるかもしれません。
軌道エレベーター誕生の総合シミュレーション『楽園の泉』
ロケットに依存せずに、地上と宇宙を行き来する機能を備えたシステムとしての軌道エレベーターが登場するフィクションと言えば、真っ先に挙げなければいけないのは、アーサー・C・クラークの『楽園の泉』をおいてほかにありません。これを読まずに軌道エレベーターについて語るなかれ、と断言できる必読の名著です。
ジブラルタル海峡横断橋をはじめとする巨大建築物を実現させてきた主人公ヴァニヴァー・モーガンは、その実績と残りの人生を懸けて、軌道エレベーター(作中では「宇宙エレベーター」)の実現に挑みます。本作は軌道エレベーターの科学技術的な基礎知識や意義、発展性をわかりやすく解説しているにとどまらず、政治経済的、社会学的な課題にも考察が行き届いており、軌道エレベーターが実現しようとするとき、人類社会がどう反応するのかを物語の形で巧みにシミュレートしています。軌道エレベーターの実現をテーマとし、なおかつ織り込むべき要素の必要十分条件を満たした作品で、いまだにこれを超えるものは出ていません。
そして何よりも人間ドラマが実に真摯で秀逸です。晩年を軌道エレベーターの実現に捧げるモーガンの情熱と野心、努力を軸に、古代の神話的エピソードを交錯させながら、人類がかつてみたことのない建造物を実現させていく様を描きます。とりわけ、エレベーターの地上基部の建設予定地が宗教団体の聖地になっており、モーガンは立ち退き訴訟で敗訴するのですが、意外で美しい展開によって解決に向かう展開には、誰もが膝を打つことでしょう。
『楽園の泉』は、それまで学術分野の世界に限定されていた軌道エレベーターのアイデアを、一般の人々の間に広めることに多大な貢献を果たしました。軌道エレベーター文化の開祖のような一作であると同時に、あらゆるSF作品の中でもオールタイムベストと言える不朽の名作です。
機を同じくして"軌道エレベーターもの"を書いたシェフィールド
映画『紳士同盟』(1960年)と『オーシャンと11人の仲間』(同)は、同じ年、離れた場所で、類似した設定の作品が制作された例として有名です。こうした現象には時代背景が影響しているのでしょうが、軌道エレベーター研究においても、ユーリ・アルツターノフやジョン・アイザックスらが1960年代に、これもやはり深い相互影響は考えにくい離れた場所で(特に当時は東西冷戦のまっただ中だし)、それぞれ軌道エレベーターの発想を独自に打ち出しました。
そしてSF小説は、現実の研究・発展を映す鏡でもある以上、同じ発想の作品が時期を同じくして登場することがあっても不思議はないのかもしれません。『楽園の泉』と同時期に、チャールズ・シェフィールドの
『星ぼしに架ける橋』が発表されたのもその一つの例でしょう。
『星ぼしに架ける橋』では軌道エレベーター「ビーンストーク」を宇宙空間で建造し、地上に落下させて突き刺すように固定するという、『楽園の泉』とはまったく異なるプロセスで実現させます。『楽園の泉』著者のクラークは本作に掲載されている「公開状」で、この方法を「身の毛がよだつものであり、わたしには成功するとは信じられない」と述べています。ストーリーはサスペンス色が強く、クライマックスの展開はビーンストークに直接関係しません。本書は現在では絶版状態で入手困難ですが、軌道エレベーターがSFに取り込まれた草分け期に、複数の作家が時を同じくしてこのアイデアに着目したことは銘記しておくべきでしょう。
クラークより前に軌道エレベーターを小説で書いた日本人
しかし、『楽園の泉』『星ぼしに架ける橋』からさかのぼること10年以上、1965年に日本の作家が、科学的に正しく考察された軌道エレベーターを小説に登場させていたことは、ご存じでしょうか。
小松左京は
『果しなき流れの果に』の作中で、わずかなページ数ではありますが、軌道エレベーターを描述しています。本作では昇降機の上昇をロケットブースターで補助するものが登場しますが、セリフでは完全な電動上昇式のエレベーターにも言及しています。カウンターマス(カウンター質量とも。全体のバランスをとるためのおもり)への言及は欠けているものの、赤道付近に地上基部が設けられていることや、静止衛星につながっていることなど、おそらくこれが世界で初めて、おおむね適切に考察された軌道エレベーターの姿を描いた小説だと思われます。小松左京はこのほかにも、同じ年に新聞掲載された
『通天閣発掘』という短編で「宇宙橋(スペース・ブリッジ)」の説明を書いています。
その後の主な作品群
SFにおける軌道エレベーターは、空想上の世界で多様な発展を見せていきました。ここから先は、特徴のある扱い方をした作品を紹介していきましょう。
キム・スタンリー・ロビンソン作
『レッド・マーズ』は、火星移住をテーマにした長編3部作の1作目ですが、『楽園の泉』と同じように、火星に「宇宙エレヴェーター」が建造されます。小惑星を捕獲してカウンターマスに用いたエレベーターシステムであり、最後には倒壊するシーンが描かれます。この場面では、軌道上に重心が存在する巨大構造物が破壊されたらどうなるかということを適切に考慮した、リアルな描写がなされています。
21世紀になってから登場したフランツ・シェッツィングの
『LIMIT』は、月面のヘリウム3(ヘリウムの同位体。次世代エネルギー源である核融合の燃料として有望視されている)に着目し、近年の科学的知見を取り入れた1作です。
このほか、軌道エレベーターは大きく発展する余地を持っているのは言うまでもありません。クラークは『楽園の泉』で軌道エレベーターの誕生を描きましたが、大規模に発展した、遠い未来の姿も描いています。映画が有名な『2001年宇宙の旅』に始まる「スペース・オデッセイ」シリーズの続編(厳密には同じ設定を用いた異なるストーリーラインの世界)
『3001年 終局への旅』では、4基のエレベーターをオービタルリング(軌道上を取り巻くリング状の構造物。軌道エレベーター同士をつないで安定させるのにも使われる)で結び、このリングが巨大なコロニーになっています。ここに住む人々が低重力に慣れてしまうため、地上には戻れないという未来世界の考察も加えられています。
クラークはこのほか、スペース・オデッセイの次世代シリーズ
『タイム・オデッセイ』シリーズなど、数多くの作品で軌道エレベーターを登場させており、氏の未来予測に欠かせない存在であるのがうかがえます。軌道エレベーターは必ずできるという、執念のようなものさえ感じます。
創意に富む日本人作家
小松左京以降の日本人作家に目を向けると、軌道エレベーターというSFガジェット(小道具)は受け入れられやすいのか、実に多彩な「応用編」的作品が書かれています。
田中芳樹の
『銀環計画(プロジェクト・シルバーリング)』では、「衛星軌道エレベーター」で海水を宇宙に放出して氷の環をつくり、温暖化による海面上昇を防ぐという異色作。ただし科学的にはありえないでしょう。
小林泰三の
『天体の回転について』では、表題作で軌道エレベーターの存在も原理もまったく知らない者の視点で"乗り心地"が詳細に記されています。興味深いのは、エレベーターが上昇すると、「下に降りていくような感触」を覚えるという描写。なぜそう書かれているのかは、本作を読んで理解してください。さらに、地上から宇宙へ行くのにとどまらず、様々な目的のエレベーターが登場し、順番に使うことで、いかにエネルギーを消費せずに、地球を離れて遠くへ移動していけるのかがわかる作品です。
異色というか異端とも言えるのが
『十五年の孤独』。静止軌道まで人力で登攀するという大胆なアイデアのストーリーですが、描かれ方に科学的・致命的破綻はなく、短編ながら密度の濃い一作です。
小川一水の
『妙なる技の乙女たち』は、軌道エレベーターが日常化した社会で活躍する女性たちを描いたオムニバス作品。軌道エレベーターにまったく関係ないエピソードもありますが、女性のアイデアで宇宙時代が拓けていく様子は興味深いです。
さらに、びっくりする奇想天外な経緯で軌道エレベーターが実現してしまうのが野尻抱介作
『南極点のピアピア動画』。誰も造るつもりなどないのに、宇宙で実験をしていたら、結果的に軌道エレベーターができてしまったという展開です。しかも造ったのは人間ではなく新種のクモ。
このように、日本人は軌道エレベーターという道具への親和性も応用力も高く、多くの作家が様々なアイデアで活用して、多彩な描き方をしています。創意に富むという点では、海外よりも日本人作家の方が優れているのではないかと思えます。
近年、軌道エレベーターのSF小説への登場はより身近になってきたというか、むしろ、人類が宇宙へ進出する世界を描くなら、軌道エレベーターを導入するのは当たり前にもなってきた、とさえ言っていいでしょう。
重力を制御したり、時空をねじ曲げたりといった超越的な方法をでっち上げるならともかく、既存の物理学で説明可能な設定で、移民レベルの人数を宇宙へ運ぶという世界観を構築できるツールは、軌道エレベーターをおいてほかにはない。それは多くの作家がすでに理解していることなのかもしれません。
今後、さらにユニークな発想で描いた多彩な作品が登場することに期待したいところです。(軌道エレベーター派[ペンネーム])
Q30 宇宙エレベーターが登場したマンガ作品を教えてください。
ネタバレにご注意ください(文中敬称略)。
A30 小説に関する返答で紹介した『楽園の泉』や『星ぼしに架ける橋』のような、いわば"軌道エレベーター1号塔"の建造をメインテーマとした作品を、仮に「建造もの」などと呼ぶとすれば、コミックにおける「建造もの」の筆頭は、
『まっすぐ天(そら)へ』でしょう。『軌道エレベーター ―宇宙へ架ける橋―』の著者で宇宙エレベーター協会名誉会員でもあった、故・金子隆一が監修を務めており、極めてリアルで科学的好奇心を満たしてくれる力作です。
本作で何よりも興味をそそるのは、軌道エレベーター(作中では「軌道エレベータ」)を、デブリ問題の解決に活かそうというアイデアです。軌道エレベーターは、赤道上で地球の自転と同期して周回する、巨大な静止衛星です。一方デブリは、由来となる宇宙活動による制御を離れ、バラバラな高度・軌道を周回しています。衛星軌道上のすべての天体は赤道上を通るため、わずかな例外を除くあらゆるデブリが、遅かれ早かれ赤道上に建っている軌道エレベーターに衝突します。
本作ではその状況を逆手にとり、飽和状態にあるデブリを軌道エレベーターによって除去してしまおうという発案がなされます。ただ待っていれば、デブリ(同期軌道とエレベーターの全長を超える高度を周回するものは除く)の方から接触してくるため、受動的にデブリの掃除ができるという、この発想は本当に素晴らしい。
現在、アームやネット、テザーなど備えた衛星でデブリを回収または除去する研究も進んではいますが、この方法は対象の優先順位を決めて能動的に除去しなければならず、またその回収行為自体もデブリを生み出す可能性もあります。本作を読めば、デブリ問題を真に解決しうるツールは軌道エレベーターをおいてほかにないということを、読者は理解することでしょう。
ただし、これは運用中の「生きている人工衛星」にも当てはまることであり、軌道エレベーターの存在は、衛星の運用に大幅な見直しを迫ることになる。このことが、実現を遠のかせる圧力となって働きます。物語はここで中断していますが、監修の金子氏が亡くなった今となっては、続編を望むことは難しいかもしれません。
著者は金子氏に生前、インタビューをしたのですが、金子氏は本作の展開に不満を感じており、続編構想が活かされることがなかったとのことでした。ストーリー自体は読み応えのある熱いドラマであるだけに惜しまれます。
本作は基礎知識とオリジナリティがバランスよく同居しており、「建造もの」としてのクオリティは『楽園の泉』以来かもしれません。また、この四半世紀の間の新たな科学的知見を反映させている点も必見。このような作品が生まれたことは、日本のコミック界のポテンシャルの大きさを示していると思います。
その他「建造もの」
このほかに、建造をストーリーに取り込んだ作品としては、
『超人ロック 冬の虹』などが有名どころでしょうか。長い時代を生き続ける超能力者が主人公の、30年以上にもわたる長寿シリーズの一篇です。物語の見せ場そのものは、建造をめぐる攻防ですが。
このシリーズの大半の作品は、恒星間に人類が進出した社会が舞台ですが、本作は描かれたのは近年ながら、時系列的には最初期に当たるもので、人類の宇宙進出の要として、軌道エレベーターが造られていく様子が描かれています。軌道上から吊りおろしてきたケーブルを、成層圏プラットフォームらしきものが磁力でキャッチする場面では、
「先端は超音速で振動している。そんなものがここ(筆者注・地上)まで降りてきたらどうなるか、想像してごらん」(句読点筆者)
などといったやりとりが興味深いです。ただし衛星から垂らしたこのケーブル、全長が8000㎞しかないそうで、地上と同期しないのでは、と疑問点も散見されます。
とはいえ作中には、シリーズの後の時代で重要になるキーワードや人物などが出てきて、シリーズの愛読者の心理をくすぐる一作でもあります。しかし、ロックがSAS(英国陸軍特殊空挺部隊)出身というのは、ちょっとイメージが崩れました。
昭和期スーパーロボットの正当なる後継者・エグザクソン
主人公が巨大ロボットに搭乗して異星人と闘う
『砲神エグザクソン』には、地球に植民した異星人の技術により、ハワイ沖に軌道エレベーターが建造されます。エレベーターが描かれるシーンは非常に多く、終盤まで重要な舞台となりますが、異星人が重力も慣性も制御できる技術を有しており、この環境で軌道エレベーターがどれほどの効率を発揮するのかは、はなはだ疑問ではあります。
しかし、この際エレベーターは放っとこう。ストーリーがとにかく熱い! ついでにエロい! 全長約150mのエグザクソンが直径4mの砲弾を発射し、巨大な衝撃波で周囲の街を破壊しながら、日本から「エレベーター・ベース」(地上基部)の敵を超長射程で砲撃したり、敵ロボットとガチンコの格闘を繰り広げたりと、スケールの巨大な戦闘シーンが満載です。
大艦巨砲主義を人型にしたと言わんばかりのエグザクソンは、武骨かつ重量感たっぷりで、昭和40年代生まれの私のような世代には昔の『ジャイアント・ロボ』(TV版。1967年)などを思い浮かべてしまうのです。胸部の主砲は『宇宙戦艦ヤマト』(1974年)の波動砲を意識しているとのことで、昭和世代の魂をくすぐる要素が多い。人気を呼んだ映画『パシフィック・リム』(2013年)は、『鉄人28号』(アニメ初作は1963年)など日本アニメがルーツだと話題になりましたが、あの巨大感や、金属感タップリの兵器と怪獣のぶつかり合いと同じ系譜の上にあるのは、まさしく本作ではなかろうかと思います。
軌道エレベーターのある日常
大石まさるの
『空からこぼれた物語(ストーリー)』や続編の
「水惑星年代記」のシリーズは、軌道エレベーターを描いたコミックの中でも異色作。スクリーントーンをほとんど使わない独特のタッチで、登場人物の関わり合いや喜怒哀楽を描いたドラマです。
ロケットの定期便なども多用され、一般市民の移動圏が宇宙に広がっている時代のようですが、下町・田舎町を多く描いており、人々の生活は現在とほとんど変わりません。科学的整合性は不明ですが、軌道エレベーター「スカイラーク」の勤務員が木造住宅の実家に里帰りしたり、少女が絵を描くためにステーションの展望台に行ったりと、軌道エレベーターはあまり特別扱いされていない様子。少年が天体望遠鏡でスカイラークのステーションを見るシーンなどは、なるほど、こういう日常にもなろうと思わせるものがあります。
SFとファンタジーの間で針が振れつつ、最後はゆっくり時間が流れる日常に戻ってくるような雰囲気の作品です。なぜか『じゃりン子チエ』(1978年)の雰囲気を思い出しました。
『ほしのうえでめぐる』は、「明星」という名の軌道エレベーター(作中では「宇宙エレベーター」)が建造途上にあり、上述の「建造もの」とも言えなくもないのですが、ストーリー構成は「水惑星年代記」に近く、明星に直接・間接に関わる人たちの、恋や絆を描いたオムニバスストーリーです(作者は「萌えマンガじゃない」と言っているけど、思いっきり萌え系ではなかろうか)。明星そのものの科学的な整合性はほとんどなく、象徴にすぎませんが、隠された機能があり、一風変わった意味を持っているのは興味深い特色かもしれません。地球外生命なども関係してきます。
『銃夢』の空中都市
異世界色が強いのが、四半世紀を超える長寿シリーズ
『銃夢』。『北斗の拳』(1983年)と映画『ブレードランナー』(1982年)を合わせたような、サイボーグやアンドロイドがたくさんいる、不衛生で無秩序な無法地帯「クズ鉄町」が舞台。上空には空中都市「ザレム」が浮かんでおり、実はこれが軌道エレベーターの下端に相当します。
ザレムは地上と「チューブ」でつながれていますが、チューブは資源輸送用のパイプであり、係留用の綱の役割を果たしているのか疑問です。ちなみに下界の者がチューブを昇ろうとすると、「ネズミ返しの防御リング」(カミソリの付いた巨大な指輪のようなものを想像していただきたい)が滑りおりてきて、八つ裂きにされてしまう。なんと非情な!
ザレムがつながっている軌道エレベーターは全長が1200㎞しかなく、通常の静止軌道エレベーターの力学的要件を満たしていません。高度600㎞で「軌道リング」につながっており、続編の
『銃夢 Last Order』によると、リングが流体循環で高度を維持していて、それによってザレムの構造が支えられているそうです。
ストーリーはアクションあり、人間ドラマあり、凝ったSF設定あり、哲学的要素もありと、読み応えは十分。主人公ガリィの苦闘には心震わせるものがあります。続編では、ガリィがザレムを昇って宇宙へ行く様子や、軌道エレベーターが建造される過去の歴史も明かされていきますが、まだ終了しておらず、長い付き合いになりそうです。完結編が連載中で、ぜひ終わりまで見届けたいものです。
ハリウッドで映画化が決まりましたが、原作の要素がほとんど残っておらず、軌道エレベーターも出てくるのか不明です。
人類でも異星人でもない存在が軌道エレベーターっぽいものを造る『緑の王』
傑作コミック『スプリガン』(1987年)と同じ原作者による
『緑の王 VERDANT LORD』では、突然植物が爆発的に増殖して文明を呑み込んでいき、さらに意思を持って動く植物が人類を蹂躙します。やがてその植物群がケーブル垂下用衛星に相当するものを打ち上げ、宇宙に到達する柱を造り上げてしまいます。
「机上の空論と言われ続けてきたものが目の前にあるのか...
植物に先を越されてしまうとは......正直 感動的だ......」(8巻)
作中ではこれを「軌道エレベーター」と呼んでいますが、厳密に言えば昇降機がないのでただの柱にすぎません。構造原理の説明にも間違いが見受けられます。しかしながら、十分に成長した"軌道エレベーター"に動く植物群が集まって昇り、最後にはどういう力学的仕組みかわからないが、根元からちぎれて惑星間の播種(種をまく)行為に至るという、スケールの大きい展開を迎えます。
最近の作品
このほか、少年マガジン(講談社)で連載中(2014年4月現在)の
『UQ HOLDER!』には、未来の日本に「日本軌道エレベーター・アマノミハシラ」が建造されており、上の方で「太陽系オリンピック」が開かれているとのこと。4年ごとに会場が移らんのか。ちなみにアマノミハシラの1回の利用料は420万円也。現在よりインフレが進んでいないとしたら、「一度くらい無理して払ってみようか」と思わせるくらいの、庶民の足元を見た値段設定ですね。
コミックの諸作品を見たとき、映像作品と違って軌道エレベーターの巨大感を表現するのが、なかなか難しいようです。その制約の中でどれだけ見せ、新しいアイデアや使い方を盛り込んで楽しませてくれるか、さらなる意欲作を待望しています。(軌道エレベーター派)
Q31 宇宙エレベーターが登場する映像作品を教えてください。
ネタバレにご注意ください(文中敬称略)。
A31 1979年、つまり『楽園の泉』と同時期にTV放映された
『宇宙空母ブルーノア』。地球に侵攻してきた異星人が、洋上に軌道エレベーターを建造します。これが、一般に公開された映像作品の中で、初めて軌道エレベーターを描いたものだと思われます。本作はこの分野の必読書『軌道エレベーター ―宇宙へ架ける橋―』(早川書房)の著者の一人で、宇宙エレベーター協会名誉会員の故・金子隆一が監修を努めています。生前ご本人に聞いたところ、この軌道エレベーターは海水から重水を取り出し、宇宙へくみ上げるための施設なのだとか。
ちなみにこの軌道エレベーターは物語中盤、完成した形で突然現れた後、あっさり破壊されてしまうのですが、このとき、倒壊による地上への被害を考慮し、ブルーノアに搭載されている反陽子砲で消滅させます。対消滅で消し去ったのであれば、解放されるエネルギーによる被害の方がよっぽど心配なのですが、これは反陽子砲の見せ場をつくるためのこじつけでしょう。ともかくも、小説のみならず映像作品においても、日本は世界に先駆けて軌道エレベーターを登場させてきたのであります。
昭和世代は『オーガス』で軌道エレベーターを知った人が多いのでは?
聞いたことがあるという程度で、うっすらと覚えていただけの「軌道エレベーター」の名称を、はっきり意識して記憶に刻んだのは
『超時空世紀オーガス』によってだったと思います。おそらく同世代(筆者は昭和40年代生まれ)には同じ人が多いのではないでしょうか。本作の軌道エレベーターは巨大で存在感があり、オープニングアニメにも描かれていたので、観る人に強い印象を与えました。
軌道エレベーターの争奪戦において使用された「時空震動弾」によって、別々に存在していた平行宇宙が入り乱れてしまった世界が舞台。終盤では主人公たちがエレベーター頂部にある「大特異点」を目指すのですが、本作では宇宙が舞台になることはないので、宇宙へのアクセス手段としては使われません。とはいえ、人類が造った軌道エレベーターが常在する世界を描いた映像作品として、ランドマーク的な作品です。
『宇宙の騎士テッカマンブレード』では、オービタルリングを描いた点が斬新でした。軌道エレベーターを取り入れることが、一種の挑戦的な「試み」であった時代のTVアニメとしては、『宇宙空母ブルーノア』『超時空世紀オーガス』『宇宙の騎士テッカマンブレード』の3作は銘記されるべきでしょう。
初の実写映画の座はあのヒーローがかっさらった
さて、時を下って21世紀......ついに、軌道エレベーターを描いた実写映画が、わが国で出現してしまいます。
『劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE』。あの仮面ライダーですよ。本作ではライダーが身に着けている装甲を、見栄切りでパージするアクションを「キャストオフ」と呼ぶのですが、常識も物理法則もキャストオフしとります。期待にたがわず、ヘンテコ・トンデモ描写のオンパレード。
劇場版はTVシリーズとは異なる世界設定で、隕石の落下で海が蒸発(!?)して水資源が欠乏。さらに隕石の中から地球外生命「ワーム」が出てきて人を襲い、人類社会は存亡の危機に立たされているのですが、こんな状況なのに、
「地上と宇宙とを結ぶ軌道エレベーターはすでに完成している」
完成してるのか、すでに!? しかも日本近海らしい場所(干上がった海底?)に地上基部があります。彗星を捕獲して軌道エレベーターの先端にくっつけ、地球に水をおろすという、小説の節で紹介した『銀環計画』とは逆のことをやろうとします。
これだけでもモノスゴイのですが、ライダーが取っ組み合いの末にステーションから転落死したり、そのステーションに地上から走って昇ったりとやりたい放題な展開。ハッタリもここまでやってくれたらかえって痛快です、最初の実写作品の座に輝いたカブト! 天晴也。
完成度と美しさにおいて頭一つ抜きんでていた『ガンダム00』
軌道エレベーターは『機動戦士ガンダム』のシリーズにも登場します。
『ターンエーガンダム』では静止軌道エレベーターとみられるものの遺構や、極超音速スカイフック(またはロータベータ)の大型版「ザックトレーガー」が登場し、主人公たちがザックトレーガーを使って月へ向かいます。その描写には疑問符も付くものの、ガンダムで描かれたのは記念すべきことです。
その8年後の
『機動戦士ガンダム00』において、SF作品中の軌道エレベーターのデザインは、一つの完成を見たと言ってよいでしょう。赤道付近に建造された3基の軌道エレベーターと2重のオービタルリング。高度約1万㎞にある低軌道リングは、内部に磁性流体を流して張力により高度を維持しますが、これは現実の論文に基づくアイデアです。さらに静止軌道に位置する高軌道リングは、直径約1㎞の太陽光発電衛星を伴い、リングとエレベーター、マイクロウェーブを通じて地上に送電。300年後の人類社会のエネルギー需要を支えるとともに、格差や紛争の原因も生み出しています。
ちなみに軌道エレベーターからエネルギー供給を受けるモビルスーツも登場します。エレベーターの末端には、非常時にパージして全体の質量バランスをとる「バラスト衛星」。現代の私たちが、軌道エレベーターに期待する機能の多くを備えており、地球から3方向へ伸びるエレベーター(ピラー)と、周囲を取り巻く2重のリングの図はとても美しいものでした。
ただし、TV版セカンドシーズンにおけるアフリカタワー「ラ・トゥール」の倒壊シーンはかなりトンデモない。低軌道リング上に造られた兵器「メメントモリ」(ちなみにメメントモリのレーザー発振機構には、リングに据え付けられている粒子加速器が応用されているという)の砲撃が、低軌道ステーション直下のピラーをかすめ、そこから下のピラーの外装が自動的にパージされ、人を載せたリニアトレインが動いているにもかかわらずピラーが中心軸を残して分解してしまい、パネルもリニアトレインも落下、6万人が死傷する大惨事を引き起こします。「リニアトレイン公社」は、きっと製造物責任や業務上過失致死を問われ、莫大な額の賠償を請求されるにちがいない。
落ちてくる外装パネルをモビルスーツが撃って街を守るあたり、ジェイデッカー[リスト参照]といい勝負です。一体どういう設計思想と安全基準で造ったんだよう! と思ったものですが、ひいき目に見れば、宇宙世紀のガンダムにおける「コロニー落とし」に相当するパニックを演出するために、あえて強引な展開を用意したのでしょう。詳しくは
軌道エレベーター派ブログの特集記事で検証していますので、興味のある方はご覧ください。
これを除けば、本作の軌道エレベーター及びオービタルリングシステムは、極めて完成度の高い、学術的にも一見の価値を持つモデルであり、そして何よりも美しさで群を抜いていました。劇場版も製作され、背景に巨大な地上基部が描かれたり、「ガンダム」を冠する作品で初めて登場した地球外生命"ELS"が、ラストで軌道エレベーターとの共生関係を築いたりと、軌道エレベーターが存在する未来世界をふんだんに見せてくれました。
ガンダムの富野由悠季監督の作品としては、劇場版制作が決まったという
『Gのレコンギスタ』にも、TV版では軌道エレベーター「キャピタル・タワー」が登場しました。
緊急時の機能を描写した『Z.O.E.』
『ガンダム00』の軌道エレベーターの倒壊シーンがおかしいと書きましたが、倒壊の仕方について諸作品の中でも考察が行き届いているのが
『Z.O.E. Dolores, i』。終盤で軌道エレベーターのカウンター質量の部分が攻撃され、倒壊の危機に陥ります。このような場合、実際には「カウンター質量:その他のエレベーターの質量」の比次第では、構造体が地上に落下する可能性もあります。本作の軌道エレベーターはこのような事態を想定してか、「アジャスターホイール」という装置を常備。可動式のおもりであり、エレベーターシャフトを移動して全体のバランスを守ろうとするシーンが出てきます。
結局はこの機能を超えた事態となり倒壊を防ぎ切れず、ますますピンチになるのですが、コリオリを考慮に入れた、東向きに倒壊するという予想が出てくるなど、正しく考察されているのがうかがえます。
軌道エレベーターという兵器
近年の作品では、
『翠星のガルガンティア』で「天のはしご」というシステムが戦闘に使われます。本作の世界は、海面上昇で陸地の大半が没し、文明レベルが後退した遠い未来。人々は「ガルガンティア」と呼ばれる船団をはじめ、船の寄り合い所帯で洋上生活を営んでいますが、作中で映し出される旧文明の記録映像で、静止軌道エレベーターが破壊されるところが映っています。これが天のはしごの原型、もしくは一種らしく、その遺構がガルガンティアに残されています。
「はしごは天を貫く高さを失ったが、
それでも空の高さに矢を飛ばす無敵の石弓として(略)委ねられた。
失われた時代の兵器を、今再び目覚めさせる」
と述べられており、エレベーターの機能は喪失したものの、質量を宇宙、もしくはかなりの高度に打ち上げる機能は残っていました。いわゆるマスドライバー(レールの上で物体を加速させ、宇宙などに打ち上げるシステム)です。電磁気的な力などで物体を加速して打ち出す、大型のレールガンのようなもので、ロバート・A・ハインラインの小説『月は無慈悲な夜の女王』にも登場します。軌道エレベーターの親戚のようなものであり、未来の宇宙輸送システムとして一緒に語られることが少なくありません。
本作では天のはしごを弾道兵器として利用し、敵対する船団を攻撃します。軍事利用といえば上述の『ガンダム00』に登場するメメントモリも当てはまりますが、メメントモリはオービタルリングに兵器を付け足したものであるのに対し、本作はエレベーター(マスドライバー)本来の機能を兵器に応用したものです。
以上、実写ドラマやアニメ作品を紹介してきましたが、やはり軌道エレベーターは、映像、とりわけアニメとの親和性の高いガジェットだと言えるでしょう。日本はSFマインドがアニメ製作に結びつきやすい土壌が育まれており、これからも続々と登場してくることと思われます。またそこには、我々宇宙エレベーター協会(JSEA)の活動も、一役買っていると自負したいところでもあります。(軌道エレベーター派)
軌道エレベーターを扱った主な作品・お薦め作品
外すことのできない有名・著名作品のほかは、近年でも比較的入手しやすいものを優先し、その中からお薦め作品、特徴のある作品をピックアップした。◇は筆者の一言コメントである。発表年は、小説やコミックなど紙媒体の作品は、雑誌等への初掲載の発行元と掲載年。書き下ろし書籍の場合は書籍の発行年。シリーズ作品は1作目の発表年。海外作品はコピーライト表示の年。初出の年が確認できない作品については、書籍または翻訳本の発行年。映像作品は放映、公開の年を記した。アニメ化や映画化など、重複するものは元の作品のみとした。(作成・軌道エレベーター派)
※ネタバレにご注意。また敬称は略した。
※アニメ映画の場合は監督名ではなく原作者名を表記した。
※書籍の出版元は「ハヤカワ文庫」「ハルキ文庫」などではなく法人名を表記した。
※ジャンルごとで、年代順に並べた。
小説(海外作家)
『月は無慈悲な夜の女王』(ロバート・A・ハインライン/矢野徹訳 早川書房 1966年)
◇軌道エレベーターは出ないが、月にマスドライバーがある。
『地球の長い午後』(ブライアン・W・オールディス/伊藤典夫訳 早川書房 1962年)
◇エレベーターではなく月に向かって蜘蛛の巣が伸びている。
『楽園の泉』(アーサー・C・クラーク/山高昭訳 早川書房 1979年)
◇「宇宙エレベーター」を扱ったSFの代表作であり必読書。
『星ぼしに架ける橋』(チャールズ・シェフィールド/山高昭訳 早川書房 1979年)
◇『楽園の泉』と同時期発表の草分け的作品。
『レッド・マーズ』(キム・スタンリー・ロビンスン/大島豊訳 東京創元社 1993年)
◇火星開拓3部作の1作目。「宇宙エレヴェーター」が倒壊する。
『3001年 終局への旅』(アーサー・C・クラーク/伊藤典夫訳 早川書房 1997年)
◇『2001年宇宙の旅』の完結編。『2061年宇宙の旅』にも描写。
『カズムシティ』(アレステア・レナルズ/中原尚哉訳 早川書房 2001年)
◇冒頭で"ハイパーダイヤモンド"製のエレベーターが破壊される。
『太陽の盾』など『タイム・オデッセイ』シリーズ(アーサー・C・クラーク&スティーヴン・バクスター/中村融訳 早川書房 2005年)
◇2作目から。
『老人と宇宙』シリーズ(ジョン・スコルジー/内田昌之訳 早川書房 2005年)
◇ナイロビに地上基部がある「ビーンストーク」が登場。
『最終定理』(アーサー・C・クラーク&フレデリック・ポール/小野田和子訳 早川書房 2008年)
◇エレベーターを使ったソーラーヨットレースも。
『LIMIT』(フランク・シェッツィング/北川和代訳 早川書房 2009年)
◇月との行き来に「宇宙エレベーター」が使われる。
小説(日本人作家)
『果しなき流れの果に』(小松左京 早川書房 1965年/最新の文庫は角川春樹事務所刊)
◇おそらく軌道エレベーターを記述した世界初の小説。
『通天閣発掘』(小松左京 集英社『まぼろしの二十一世紀』収録 1965年)
◇「定点衛星」につながる「宇宙橋」についての言及がある。
『銀環計画』(田中芳樹 東京書籍『田中芳樹初期短編集 緑の草原に......』収録 1983年)
◇温暖化による海面上昇を軌道エレベーターで解決。
『星界の紋章』シリーズ(森岡浩之 早川書房 1996年)
◇異星の言葉で「アルネージュ」と呼ばれる軌道塔がある。続編シリーズもあり。
『ウロボロスの波動』(林譲治 早川書房2002年 同名文庫収録)
◇火星の「通天閣」やブラックホールを周回する「アムピスハイナ」など。
『宇宙エレベータ500階、太陽下り出港します!!』(徳丸敏隆 新風舎 2003年)
◇動物が主人公の、いろんな意味でものすごい異色作。
『妙なる技の乙女たち』(小川一水 ポプラ社 2007年)
◇軌道エレベーター周辺で働く女性たちのオムニバスストーリー。文庫は加筆。
『轍の先にあるもの』(野尻抱介 早川書房『沈黙のフライバイ』収録 2007年)
◇夢見ていた小惑星探査が軌道カタパルトで実現。
『天体の回転について』(小林泰三 早川書房 同名文庫収録 2008年)
◇軌道エレベーターの乗り心地や複数を組み合わせた活用がおもしろい。
『マザーズ・タワー』(吉田親司 早川書房 2008年)
◇子供たちを救済している教団代表のため、男たちが軌道エレベーターの建造を目指す。
『天冥の標』シリーズ(小川一水 早川書房 2009年)
◇作中の歴史上で、軌道エレベーターが建造されている。
『南極点のピアピア動画』(野尻抱介 早川書房 2012年)
◇人類以外の、しかも知的生命ではない生き物が軌道エレベーターっぽいものを形成。
『歌うクジラ』(村上龍 講談社 2010年)
◇電子書籍版が出たことで話題になった。「宇宙エレベーター」の描写には間違いが多い。
『ザ・ジャグル 汝と共に平和のあらんことを』シリーズ(榊一郎 早川書房 2010年)
◇「グレート・ピラー(Ⅲ)」がつながる都市が舞台。
『十五年の孤独』(七佳弁京 河出書房新社『書き下ろし日本SFコレクションNOVA6』収録 2011年)
◇静止軌道まで人力登攀する大胆作。
『アクセル・ワールド』シリーズ(川原礫 アスキー・メディアワークス 2009年)
◇「低軌道型宇宙エレベータ《ヘルメス・コード》」が登場。
コミック
『マップス』(長谷川裕一 学習研究社 愛蔵版はメディアファクトリー 1985年)
◇「要塞軌道エレベーター」が登場する。
『銃夢』シリーズ(木城ゆきと 集英社 1991年)
◇空中都市「ザレム」が軌道エレベーターになっている。続編ではこれを使い宇宙へ。
『獣王星』(樹なつみ 白泉社 1993年)
◇軌道エレベータ「刀塔(ダガー・パゴダ)」が登場。
『セラフィック・フェザー』(原作:森本洋 作画:うたたねひろゆき/講談社 1993年)
◇月面から軌道エレベーターが伸びている。
『砲神エグザクソン』(園田健一 講談社 1997年)
◇異星人の技術でハワイ沖に軌道エレベーターが建造される。
『空からこぼれた物語』及び『水惑星年代記』シリーズ(大石まさる 少年画報社 1999年)
◇軌道エレベーター時代の庶民的オムニバス。
『まっすぐ天へ』(的場健 講談社 2003年)
◇軌道エレベーター実現を目指す日本人兄弟の物語。金子隆一氏監修の力作だが未完。
『超人ロック 冬の虹』(聖悠紀 少年画報社 2004年)
◇人気長寿シリーズの1篇。軌道エレベーター建造をめぐる抗争を描いている。
『緑の王 VERDANT LORD』(原作:たかしげ宙 作画:曽我篤士 講談社 2004年)
◇植物が軌道エレベーターを造る。
『ほしのうえでめぐる』(倉橋ユウス マックガーデン 2013年)
◇宇宙エレベーター「明星」周辺の人々の恋や絆を描いたオムニバスストーリー。
『UQ HOLDER!』(赤松健 講談社 2013年より連載中)
◇日本軌道エレベーター「アマノミハシラ」が存在。『魔法先生ネギま!』と同じ世界。
TV番組
『宇宙空母ブルーノア』(企画・原案・製作:西崎義展 よみうりテレビアカデミー 1979年)
◇おそらく軌道エレベーターを描いた初の映像作品。
『超時空世紀オーガス』(原作:スタジオぬえ 東京ムービー新社ほか 1983年)
◇人類が建造した軌道エレベーターが初登場。02もあり。
『宇宙の騎士テッカマンブレード』(原案:竜の子プロ企画室 タツノコプロ、創通エージェンシーほか 1992年)
◇オービタルリングが登場。Ⅱあり。
『勇者警察ジェイデッカー』(原作・矢立肇 サンライズほか 1994年)
◇倒壊のエピソードあり。
『ターンエーガンダム』(原作・矢立肇、富野由悠季 サンライズほか 1999年)
◇大型のロータベータ「ザックトレーガー」などが登場。
『Z.O.E. Doress, i』(原作・KCEJ バップ、サンライズ 2001年)
◇軌道エレベーターがある世界観を、ゲームなどのシリーズと共有している。
『機動戦士ガンダム00』(原作・矢立肇・富野由悠季 サンライズほか 2007年)
◇完成度の高いオービタルリングステムが登場。映画化もされた。
『10年先も君に恋して』(作:大森美香 NHK 2010年)
◇主人公の恋人が「宇宙エレベーター」を研究。独自の軌道エレベーターは登場しない。JSEAが撮影協力。
『翠星のガルガンティア』(原作:オケアノス 「翠星のガルガンティア」制作委員会 2013年)
◇旧文明の遺構を砲台として利用。
『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』(原作:創通、フィールズ MJP製作委員会 2013年)
◇「スターローズ」というエレベーターっぽいものが登場。実は宇宙船。
OVA
『銀河英雄伝説』(原作:田中芳樹 徳間書店ほか 1988年)
◇惑星「フェザーン」に軌道エレベーターが建造されている。
『トップをねらえ!』(原作・脚本:岡田斗司夫 ガイナックス/バンダイほか 1988年)
◇「軌道ロープウェイ」というパロディが登場。2あり。
映画
『サイレントメビウス THE MOTION PICTURE』(原作・麻宮騎亜 角川書店ほか1991年)
◇エレベーターが魔法陣と関係してくる話。
『劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE』(監督・石田秀範 劇場版「カブト・ボウケンジャー」製作委員会 2006年)
◇実写初登場。
『宇宙エレベータ ~科学者の夢みる未来~』(企画監修・日本科学未来館 ウオーク2007年)
◇解説的アニメ。現在はお蔵入り。
『ミスター・ノーバディ』(ジャコ・ヴァン・ドルマル監督 仏・独・加・ベルギー共同制作 2009年)
◇火星に軌道エレベーターが登場する。数少ない実写作品。
『劇場版 とある魔術の禁書目録 エンデュミオンの奇蹟』(原作・鎌池和馬 PROJECT-INDEX MOVIE 2013年)
◇そげぶ。
Q32 「宇宙ホテル」が実現したら、どのようなホテルになるのでしょうか。
A32 宇宙エレベーター製造のために、先端技術が宇宙で使われるので、宇宙エレベーター実現後には、大型構造物も軌道上に造られるでしょう。現在開発中の最初の宇宙ホテルは、地球上で造るプレハブのモジュールで組み立てられます。次の段階では、軌道上で部品から組み立てて、大きい部屋を作ることになるでしょうね。
宇宙エレベーターが実現したら、現在の駅の周辺の経済発展と同じように、静止軌道上の駅のそばに都市が造られるでしょう。宇宙エレベーターがあれば、地球上から貨物を安く運ぶことができるので、建設はどんどん進むはずです。マンションやホールやスタジアムなどのような広い会場で無重力活動ができるようになることも魅力的でしょう。
まず、地上とは日常生活ががらりと変わるので、観光客は朝から晩まで驚きながら楽しめるでしょう。歯ブラシや服やコップなどは下まで落ちず、浮かんだままとなるので、その扱い方は地上とは異なります。物をテーブルなどに置くのに、クリップや輪ゴムやエアボードなどを使う必要が出てきます。またコップのふたを閉め、ストローを使わないと飲み物はだんだん自動的に出てきてしまいます。無重力用専用ヘアスタイルやファッションなどの店も現れるはずです。
ただし、無重力環境では、新しい問題も出てきます。例えば、他の人の顔を逆さまに見た場合、皆さんは感情を読みとれるでしょうか。
無重力スポーツ、無重力の料理と園芸等が実施されるのではないか
ビジネス面を考えると、最初の宇宙ホテルは地球上のホテルよりクルーズ船に似るでしょう。社員は客と一緒にホテルに泊まることになりますから。しかし、静止軌道上の駅が成長すれば都市のようになるはずなので、社員も客もホテルから外に出て、近所のレストランや店やマンションなどに行くことができるようになるでしょう。また、クルーズ船のように、たくさんの活動が客さんに用意されるでしょう。例えば無重力のスポーツ、無重力の料理と園芸、無重力の物理学的な現象と機械の展示、天文学の講座、宇宙エレベーターのツアー及び月面旅行の準備などが行われるはずです。
以上述べたことが実現すれば、楽しいビジネスになるでしょう。その準備として、次の会社に勤めれば、宇宙旅行産業に転職できるかもしれません。まず、航空宇宙産業のメーカー及び関連部品のメーカーがたくさんできるでしょう。そのほか、航空会社、空港、ホテル、クルーズ船、旅行会社、ツアー会社、ビルディング経営管理(現在のインテリジェントビルは宇宙ステーションに近い)、イベント経営(宇宙旅行産業でメディアも大きな役割を果たすはず)、スポーツ産業(コーチ、経営、イベントなど)が有望でしょう。宇宙旅行産業に働くために、たくさんの選択肢があるので、若い世代は頑張れば、宇宙旅行業界に就職することができるでしょう。(パトリック・コリンズ)
Q33 「宇宙病院」が実現したら、どんな病院になるでしょうか。
A33 昔から、SFの作家は無重力下の病院を提案してきた。患者がぷかりと浮かぶので、体のいろいろな痛みが消えると考えられている。現在、いろいろなセラピー及びリハビリの活動が専用プールで行われている。数十年後、静止軌道上のマンションや団地に住む人が増えれば、無重力病院の数も増えるでしょう。無重力で浮かぶセラピー以外に、地球上ではできない専用手術も可能になるので、医学において新しい専門分野が生まれるでしょう。
宇宙に長期に住む人数が増えるにつれて、宇宙で病気にならないように、健康についての新しい知識が開発されるであろう。(パトリック・コリンズ)
Q34 「宇宙工場」が実現したら、どんな工場になるでしょうか。
A34 宇宙エレベーターとその関連施設は大規模なものになるので、静止軌道上の産業化は速く進むでしょう。2010年にあった「はやぶさ革命」のおかげで、月面や小惑星や彗星などの宇宙資源の利用はもうSFの話ではなくなりました。はやぶさの世界初の大成功のすぐ後、アメリカの2つのベンチャー企業が小惑星の資源探査衛星を造ると発表しました。そのため、宇宙エレベーターの軌道上の近くで必要になるインフラを整えるため、アルミやチタンや鉄や水素、酸素、炭素など必要となるものは月面や小惑星、彗星などの資源が利用されるでしょう。したがって工場だけでなく、地球と宇宙の貿易港も「エレベーター・タウン」の大事な施設になるでしょう。
太陽発電パネルを造る工場も現れるはずです。近年、地球上の工場で造られる太陽電池の総面積は約百平方キロになっています。太陽が出ているときの産出量は20GWに近いのですが、残念ながら、地球上では夜があり、雲が出るために、普通の太陽電池の利用率は10%以下となります。しかし、静止軌道上では太陽エネルギーをほとんど年中無休で利用することができるので、太陽電池の毎年の発電量は地球上の10倍を超えるでしょう。したがって、宇宙用の太陽電池は大規模なビジネスチャンスになるはずです。また工場のほとんどは太陽発電で動くでしょう。
ところで、太陽電池の主な材料はシリコン、アルミ、鉄などなので、そのほとんどは宇宙資源で造られることになります。現在設計中の「はやぶさ2」は、地球に帰りながら、世界で初めて宇宙資源から太陽電池を造る試みをすればおもしろいでしょう。
エレベーター・タウンの太陽電池工場の産出量が毎年百平方キロに達するのはまだ何十年も先でしょう。しかし、半世紀前に研究所で最初に太陽電池が発明されたときのように、最初に宇宙資源で造る太陽電池は一平方センチだけであっても人類の歴史に残るはずです。
宇宙工場では、太陽エネルギーのほか、真空や無重力を活用できますので、地球上で使えない機械を利用して、地球上で造れないものを造ることができます。それは製造業のエンジニアたちにとっては魅力的なことでしょうからで、「新しい産業革命」まで起こすことになると予測されています。近年、人間が使える地球資源が枯渇すると予想されるので、「資源戦争」の危険性は増しているといわれています。しかし、エレベーター・タウンの工場で宇宙資源の利用ができるようになれば、人間の使える資源は無限だとわかるでしょう。宇宙資源が利用できれば、22世紀には大幅な経済成長が期待できるので、まるで自転車のスポークのように地球から宇宙へと多数の宇宙エレベーターが伸びるようになり、宇宙に住む人口が地球の人口よりも多くなる時代が到来するかもしれません。(パトリック・コリンズ)