呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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高評価をして下さった、スクイッド うひょおおおおおお 柊 奏 夜の荒鷲 


さんの皆さん、ありがとうございます!




第二十一話  疲労困憊

 

 

 

12月。気温がかなり低く、今年の冬は例年にも比べて寒いとニュース番組が言う程の気温となる月だ。そんなある日、龍已は海外への出張が決められた。どうやら海外で呪霊が発生しているのだが、階級が高い上に、祓える者が居ないというのだ。流石は人手不足の呪術界。海外である筈の日本にまで要請するとは。

 

夜蛾から出張の話を聞かされた龍已は、一週間程度であるということを考慮して、慧汰と妃伽の2人でも作れる、簡単な料理を作り置きしておいた。味噌玉を冷凍してお湯をかければ出来上がり……みたいな感じのものをいくつも作っておき、変に体調を崩させないように配慮した。

 

手を握って感謝を伝えてくる妃伽と慧汰に、独り立ちして立派な呪術師としてやっていく事になったら如何するんだと思う。その事を伝えれば同棲しようと即答する。バカを言っていないで早く教室に行けと叱る。何時もの光景。眩しい朝のやり取りだ。

 

 

 

「帰ったら3人で買い物行こうね龍已!」

 

「それよりも肉料理だろ!絶対作れよ!!」

 

「分かった分かった。では、行って来る」

 

 

 

いってらっしゃい。その言葉を聞いてから出張用の荷物を持って、補助監督が乗る車に乗り込んで空港を目指した。帰ってくるときには何かお土産を買ってきてやろう。そう思いながら、車内から流れる外の景色を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『龍已、お前に緊急要請だ。出張から帰ってきて早々すまんが直ちに現場へ向かえッ!任務へ行ったっきり、妃伽と慧汰から一切連絡が無いまま5時間が経過しているッ!!』

 

「場所は」

 

『〇〇にある██廃病院だッ!!』

 

「鶴川さん。██廃病院へ向かって下さい。急いで」

 

「は、はい!ここからだと3時間は掛かりますが……2時間で着いてみせますっ」

 

「お願いします」

 

 

 

海外での仕事が終わり、数時間飛行機の中で過ごし、迎えに来た補助監督の運転する車で更に1時間程経った時、龍已の携帯に夜蛾からの連絡が入った。また何かの任務なのか、妃伽が何かやらかしたのか、まあ取り敢えず出ようと思って通話ボタンを押した瞬間、夜蛾から切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

内容は……絶望的なものだった。運転している、龍已の送り迎えや帳を降ろす仕事の大体を受け持ってくれている補助監督の鶴川に聞けば、妃伽と慧汰は今日2級呪霊を祓う依頼が入っていたと聞いた。妃伽は2級呪術師となっているが、実力は1級でも通じる。慧汰もかなり実力を付けているので2級に上げても十分だろうという話さえ出ていた。

 

今は1人だけ1級呪術師として活動しているが、3人で1級呪術師として活動出来る日も近いとさえ思っていた。そんな2人が、たかだか2級呪霊程度に遅れを取るわけが無い。慧汰が手こずったとしても、妃伽の拳一つで祓える筈なのだ。

 

だからこそ、そんな2人が5時間も音沙汰が無いというのは信じられない。何らかの異常で準1級以上の呪霊が出現して術式を使い、連絡をする手段を無くしているのか、術式の付与されていない領域である生得領域に引き摺り込まれて現実との時間がズレているか。それか最悪は……。

 

龍已は静かに首を振る。そんなわけが無い。あの2人がやられる筈が無いのだ。必ずや生きている。助けに行けば、何食わぬ顔で居るに違いない。それでやって来た自身に、おかえりと言って、買ってきたお土産を強請るに違いない。そう考えれば、いくらか肩が軽くなったように感じる。だが人はそれを、現実逃避と言うのだ。

 

 

 

「……っ!お待ちしておりました、黒圓1級呪術師!」

 

「すぐに入ります。帳を」

 

「わ、分かりました!」

 

「クロ、『黑ノ神』を出せ」

 

「……けぷッ」

 

 

 

目的の廃病院に到着すると、妃伽と慧汰を連れて来た補助監督が青い顔で立っていた。事情は聞いているので会話を直ぐに終わらせ、降ろされた帳の中を歩きながら首に巻き付いているクロに、『黑ノ神』を吐き出させて起動した。存在を存在させない術式が発動し、龍已以外の存在からは何も無いようにしか思えない、黒い6つのユニットが背後に控える。

 

脚に巻いたレッグホルスターから『黒龍』も抜いて戦闘準備を整える。廃病院の玄関までやって来て、両開きのドアを開けて中に入ると、中は異空間になっていた。生肉を捏ねて作ったような床や壁、天井。そして所々からは手や足が生えて揺れている。醜悪な趣味の悪い術式の付与されていない生得領域。つまりは特級呪霊相当が居るという事になる。

 

それに入って直ぐ感じ取れた濃密な呪力の気配。特級相当の呪霊は一体では無い、少なくとも二体、若しかしたら三体居る。鉢合わせたら勝てるかどうかは分からない。だがもう入ってしまった以上出ることは出来ない。ならばもう進むしか無いだろう。

 

きっと生きている。そう思いながら醜悪な道を進んでいくと、呪力の気配が強くなっていく。この先に呪霊が居る。気配で察知しながらその方向へと進み、部屋のような空間に辿り着く、気配を消しながら中を覗き込むと……見たくは無い光景が広がる。

 

広い空間に居たのは三体の呪霊。一体は人の形をした呪霊。もう一方はダニを無理矢理人型にしたような姿をした呪霊が、瓜二つで二体。そして、その呪霊の奥に、肉のような壁に背中を預けて居る妃伽と慧汰。その遺体。

 

慧汰は左肩から右腰までを斜めに両断されていて、妃伽は右腕と左脚がそれぞれ根元から無く、腹に大穴が開けられていた。2人の瞳に光りは無く、血塗れになって倒れている。見間違うはずの無い、2人の容姿。だからこそ、体の内側が爆発したように荒々しく、液体窒素のように冷たく、風の無い海のように凪いでいた。

 

ゲラゲラと嗤って強大な呪力を掌に溜めて撃ち放とうとしている人型の特級呪霊は、背後から感じた恐ろしい程の呪力の塊に驚き、急遽振り返った。それは双子型特級呪霊も同じだ。そして視線の先に、ゆっくりと歩いて此方へ向かってくる龍已を見た。無表情で向かってくる龍已は、手にしていた『黒龍』をレッグホルスターに納め、手ぶらでやって来る。

 

特級呪霊三体は得体の知れない気配と、尋常では無い……底が見えないし感じられない莫大な呪力を放出する龍已に一歩後退り、しかし呪力を漲らせて龍已に差し向ける。

 

 

 

しかし、龍已はもう特級呪霊達の後ろを歩いていた。

 

 

 

かたり……と、靴底が肉の床を踏み締める音が聞こえた。前に居た筈の人間が、忽然と姿を消して背後に居た事に、呪霊は静かに己の動きを停止させた。計り知れない、化け物と評せるナニカにしか思えない存在が後ろに居る。それだけで動きを止めるには十分だった。

 

背後へと抜けている龍已は、隣り合って背中を預け、息を引き取った慧汰と妃伽の瞼に掌を被せ、光を宿さぬ瞳を閉じさせる。もう自力で開けることは決して無い瞳を。

 

 

 

()()、お前は他人を守りながら戦ったんだな。腕が千切れようと脚をもがれようと。()()、お前は妃伽の為に自分に出来る精一杯をやったんだな、濃い残穢が残っているぞ。お前達は良くやった、俺はお前達を誇りに思う。だから、な──────あとは任せろ」

 

 

 

妃伽と慧汰の頬を優しく撫でてから立ち上がった。底知れない呪力が全身から立ち上っている。ここまでの怒りや憎しみや恨みが心を占領するのは、実の父母を殺された時以来だ。しかし頭はこれ以上無いほど冷静で、凪いでいるのだ。

 

龍已は静かに振り返る。最強クラスの特級呪霊は、その場から大きく距離を取った。今近くに居たら殺される。祓われる。そう直感させた。そんな呪霊をただ、いつもの無表情で見つめる龍已は、右腕を持ち上げ、莫大な呪力を拳一点に集束して肉のような壁を殴った。その瞬間、黒い雷が迸った。

 

拳を叩き付けた壁は轟音を立てて粉々に消し飛ぶ。生得領域内全体が大きく揺れたと錯覚するほどの一撃だ。青黒い呪力が黒い雷となって弾けて迸り、粉砕した壁の一部が降り注ぐ。しかしその時も、龍已は決して呪霊から目を離さなかった。何を考えているのか分からない、琥珀の瞳が呪霊を貫く。

 

黒閃。そう呼ばれる現象が存在する。黒閃とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みのことを指す。 衝突の際はその名の通り、黒く光った呪力が稲妻の如く迸り、平均で通常時の2.5乗の威力という、実に驚異的な一撃を叩き込む。 黒閃を経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地ほどの差があるともされる。龍已はそれを今、打ち放った。

 

 

 

「──────死ね。お前達にくれてやる言葉はそれだけだ」

 

 

 

最も人型に近い呪霊は、特級呪物『両面宿儺』の指を取り込んでいる。もう2つは双子型の呪霊で、同時に同じ場所から生まれた瓜二つの呪霊。片方が捕食の術式を持っており、食べた分だけ強さに還元するという脅威的な術式を持ち、もう片方が共有という術式を持ち、相方が成長すれば成長するだけ同じ分だけ強くなる術式を持つ。

 

一方の龍已は、特級呪霊との戦闘経験が無く、特級を相手にするには数も不利だった。だから黒閃を打ち。今呪力への核心を掴み、次のステージへと一気に駆け上がった。そして今の龍已はゾーンに入ったのと同義。それ故に……“出来る”と確信した。

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

補助監督は、心の底から黒圓龍已に恐怖した。廃病院に入ってから30分も経っていないのに帳が晴れ、中から血塗れの妃伽と慧汰の遺体を担いでやって来る龍已を見て、体が硬直した。

 

気配があまりにも違いすぎた。違う人物なんじゃないのかと思うほどの気配。そして周囲に撒き散らされる強大なプレッシャー。何もしていない筈なのに、息をしているだけで殺されそうな気分だった。だが声を発せば龍已はいつも通りだった。そう、そのいつも通りが背筋を凍らせた。

 

明らかに気配と口調が合っていない。なのに遺体となった妃伽と慧汰を連れて行くように指示を出され、慌てて電話を掛けて遺体の回収の手配をする。そうしている間、龍已はクロから『黒曜』を吐き出させ、莫大な呪力を一発の弾丸に形を変える。

 

補助監督は龍已が何をしようとしているのか分からなかったが、何かをしでかそうとしているのは解った。だから急いで止めるために声を掛けようとしたが、龍已の呪力濃度に恐れを抱いてしまい、そうこうしている間に呪力の弾丸は上に向かって放たれた。

 

『黒曜』の持つ術式効果で爆発のような発砲音は無く、青黒い弾丸が目には見えない速度で龍已の術式範囲限界まで空へと上り、莫大な呪力を籠められた弾丸が弾け、籠められた呪力が全て解放されて落ちてきた。天より落ちて一条の光の柱を聳え立たせ、廃病院を易々と包み込んだ。

 

 

 

「──────『(あま)(ひかり)』……再び呪霊が発生するくらいならば跡形も無く消えろ」

 

 

 

次の日、廃病院が在った筈の場所には、底が見えない程の大穴が開けられており、地下にあるガスが爆発しただとか、宇宙外生命体の仕業だと噂され、暫くの間ニュース番組が引っ切り無しに取り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍已はその日、スーツを着ていた。仕立てられた上等なスーツに身を包み、何処か疲れた表情をしていた。妃伽達が死んだ依頼から3日が過ぎた。そしてこの3日間、龍已は一睡もしていない。いや、出来ていないのだ。

 

夜蛾が気を利かせて休みを設けてくれたが、何も身に入らず、やった事といえば1日も欠かせた事の無い稽古だけ。休憩しても落ち着かなく、眠ろうとしても夢の世界へ行けない。食事は喉を通ってくれない。

 

3日で衰弱するほど柔な肉体を持っていない。だが心まではそうはいかない。高専内を歩く度に聞こえてくるのだ、妃伽と慧汰の話し声が、自身を呼ぶ声が。幻聴のように聞こえてくるのだ。今すぐにでも笑いながら肩を叩いてきそうなのに、そうしてくれればどれだけ良いか。しかし何も無い。

 

何かをやっていないと心が潰れそうだから、龍已は妃伽と慧汰の寮の部屋を片付けた。捨てなくてはならないものや、取っておいて2人の実家に持っていくものとで分けていく。そうして準備が出来ると、2人の両親へ報告と荷物の受け渡しをしに行くのだ。本来は担任の教師である夜蛾と学長が行くのだが、どうしても行かせて欲しいと龍已が行ったのだ。

 

それ故のスーツ。態々着ていくために購入した。皺一つ無いスーツを着て最初に向かったのは妃伽の実家だった。高専に登録されている妃伽の情報に記載されていた実家の住所を元に向かい、補助監督が運転する車から降りると、渡すための荷物を詰めた段ボールを抱えて巌斎の札が掛かったアパートの呼び出しボタンを押した。

 

少し後に鍵が解かれる音が聞こえ、ドアノブが回ってドアが開いた。中から現れたのは、金髪の髪をボロボロにし、寝癖が酷い女性だった。30代後半から40代前半の歳の女性は、容姿が整っていた妃伽の母親と言える位整っている顔立ちだが、頬が少し窶れていた。気怠そうな表情のまま、スーツを着て無表情で立っている龍已を訝しんだ目で見た。

 

 

 

「……初めまして。巌斎妃伽さんの同級生をしていた黒圓龍已と申します。突然お伺いして申し訳ありません」

 

「あー、あの子のね。はいはい、で?何の用?」

 

「この度、妃伽さんが事故で亡くなられた事を報告するのと、妃伽さんが持っていた物をお渡しする為に……」

 

「ふーん。あの子死んだの。そこら辺の男ボコボコにしてたから事故程度じゃ死なないと思ってたけど、まあいいわ。あと荷物だっけ?要らないから適当に捨てちゃって。色々工面してくれるって話だったわよね?なら火葬とかもやっておいて、私お金持ってないから。あ、あの子が持ってたお金ってどうなるの?私の所に来るわけ?」

 

「……火葬や埋葬はお任せいただけるのであれば、こちらで行います。妃伽さんの口座にあった所持金につきましては、母親である貴方様に相続が……」

 

「あらそう。幾らかしら?なんか学校行きながら稼げるって話だし、結構な額よね?ならこの口座に振り込んでおいて。後は全部好きにして良いわよ。じゃあね」

 

「………………………。」

 

 

 

腹を痛めて生んだ筈の一人娘が亡くなったというのに、顔色一つ変えないどころか、声のトーンすらも変えなかった。心底どうでもいいという反応をされ、聞かれたのが妃伽が所持していた全財産がどうなるのかということ。父親とは離婚していて、権利は母親が持っている。だから金は母親に入るのだと言うと、母親は目を輝かせた。娘より金か。それ程金なんかが大事か。優先順位が高いか。

 

歳と窶れ具合の割に小綺麗な顔を、原形が無くなるまで殴ってやりたい気持ちを抱くが、抱えている段ボールをぐしゃりと握る事で気を紛らわす。これなら責められた方が億倍も良かった。こんな後味の悪い報告が有るだろうか。

 

優れた聴力が、母が電話越しに男だと思われる相手に金が出来たから遊びに行こうと話しているのが、立て付けの悪い錆びたドアの向こうから聞こえ、金はホストや男に貢いで消しているのだろうなと思った。そんな女に妃伽の力で稼いだ金が使われるのは心底不愉快なので、龍已のポケットマネーから同じ額を振り込み、妃伽の金は火葬や墓石の購入に使ってあげようと決意した。

 

次に向かったのは慧汰の実家だ。戸建て住宅だという情報があったので音無という札が掛かった家を探してみると、普通の一軒家に辿り着いた。一度深呼吸をして呼び出しボタンを押し、チャイムが鳴る。中からドタドタ音がすると思えば、出て来たのは小さな女の子だった。

 

龍已は心が締め付けられる。無垢な瞳で不思議そうに見上げる少女は善人の雰囲気を放ち、慌てて出て来た母親も優しそうな印象を与えてくる。察するに本当に普通の家から呪術界に入った慧汰。死亡報告をするのが、心に鈍痛を響かせる。出来ればご両親と話したいと言えば、雰囲気から察してくれた母親が少女を家の中に入れた。

 

言わなければいけない事なので、意を決して慧汰の母親に、慧汰が事故で亡くなられたのだと伝える。すると、やはりというべきか、息子が死んでしまったことに少しずつ涙を流し、最後はしゃがみ込んでしまった。

 

 

 

「お兄ちゃん……帰ってこないの?」

 

「……っ!!結衣!なんで……っ!」

 

「もう……お家に帰ってこない?」

 

「…っ……お兄ちゃんね。いっぱい行きたいっ……ところがあるから、帰ってこれ……これないんだって……っ」

 

「……やだ。わたしお兄ちゃんに会いたい!!お兄ちゃん帰ってきたら遊んでくれるっていったもん!うわぁあああああああああああああああん!!!!」

 

「ごめんね……ごめんねっ……」

 

「……これは、慧汰さんの所持していた物です。……誠に、申し訳ありませんでした」

 

 

 

泣き叫ぶ慧汰の妹の結衣を、母親は強く抱き締めながら嗚咽を漏らした。大切な家族が突然亡くなられたと言われれば、こうなるのは仕方ない。今話そうにも話せる精神状態に無いと判断し、呪術高専の電話番号が載った紙を段ボールの中に入れておき、最後に深々と頭を下げて謝罪した。

 

帰り道は体が重かった。どうしていいのか分からず、一端高専へ戻ることにする。力無く座っていたのでスーツに皺が出来てしまい、後でクリーニングに出しておこうとぼんやりと考えていた。大した動きもしていないのに、何故か感じる肉体的疲労感を抱えながら寮の部屋を目指すと、途中で夜蛾に会った。

 

片手を上げたので何か用だろうかと問えば、夜蛾は静かに小さな箱と紙を2枚差し出した。何だろうかと思いながら受け取ると、明日も休みでいいと言って去って行った。何だったのだろうかと思いながら、取り敢えず目的の部屋まで行き、スーツを脱いでラフな格好へ着替える。

 

何もする気が起きなくてベッドに倒れ込む。5分位はそうしていただろうか。そこでふと、着替える前に机の上に置いた、夜蛾から渡された物が目に入った。結局何だったのだろうと思って椅子を引き、座って一番存在感がある小さな箱を開ける。そこには……見るからに高そうな指環が入っていた。

 

何故指環が?そう思って箱とセットになっている手紙を手に取って開き、中身を読んでいく。そして、龍已は少し目を見開いた。この手紙を書いたのは、他でも無い妃伽だった。

 

 

 

『龍已へ。お前が1週間ぐらいの出張へ出ると聞いた時から買いに行くことを決めてた結婚指輪だ。言うの照れ臭いから手紙にするわ。

 

勿論、渡すのは今日で今……つまり12月25日のクリスマスだ!プレゼントに私の嫁になる権利をくれてやるぜ!泣くほど嬉しいだろ?だけどまだだ!前を見るな?多分私の顔は今見せられない事になってっから!後少し読んでから見て、OKの印に愛情込めてキスしろ!腰が抜けるやつかましてやっからよ♡

 

……真面目な話、私は料理が出来る奴と結婚するって決めてた。あと強かったら完璧。そこに現れたお前!はい私勝ち組って寸法よ。だから嫁になれ。なんなかったらぶっ殺す。キスしてくれたら、一生幸せにして殺してやるよ。

 

いつもふざけて嫁になれって言ってたと思うか?私は最後の方ガチだぞ。お前冗談だと思って流しやがって!だが許す!これからは私に愛を囁いて私に愛されるお前が居るからな!

 

 

 

私と結婚して幸せになって、幸せにして下さい。  妃伽』

 

 

 

龍已は読み終えると固まり、急いでもう一つの紙を開けた。すると中から編み込まれた黒と琥珀色の糸で結ばれたミサンガが出て来た。手に取りながら手紙の内容を読んでいく。

 

 

 

『龍已へ。妃伽ちゃんがすっごいソワソワしながら買い物に出掛けて、気持ち悪いくらいニヤニヤして、手紙を書くから紙をくれって俺に言ってきたので大体を察し、俺もプレゼントと手紙を書くことにしたよ!

 

多分妃伽ちゃんはクリスマスに、なんだろ……婚約指輪か何かを渡すと思うから、俺はミサンガを作って龍已にあげる!自然に使って切れたら願いが叶うらしいよ!呪わないように気をつけながら作ったから付けてよね!

 

……龍已、気付いてないと思うけど、料理してたり、俺と訓練したり、色々な見てないところで妃伽ちゃんは龍已の事を肉食獣のような目で見てロックオンしてたからね?気付いてないの龍已だけだよ?近接格闘をやろうとしてる目だと思ってたでしょ。変なところで鈍いなぁ。

 

前はね、妃伽ちゃんが好きだったんだ。けど龍已がどう見ても好きだって解ったから諦めて応援する事にしたんだよ。京都姉妹校交流会の時にメールしてたのは、いい感じの子といい感じだったわけ!まあ直ぐに別れちゃったけど。まあつまり何が言いたいかって言うと、妃伽ちゃんをお願いね、親友!  慧汰』

 

 

 

「…………………………。」

 

 

 

龍已はもう何と口にすれば良いのか分からなかった。何という日本語を口に出せば、今胸の中で暴れ回るナニカを吐き出すことが出来るのは、全く分からなかった。

 

かさりと音を立てて手紙が机の上に落ちる。手紙を持つ気力さえ持っていられなかった。上を向いて何かに耐える。これ以上はもう勘弁して欲しかった。ここ数日でどれだけ人様の心に罅を入れれば気が済むのか。本当にやめて欲しかった。

 

 

 

「妃伽……結婚はな……男は18にならないと……っ出来ないんだぞ……。それに、あれだけ毎日言えば……冗談だと思うに決まっているだろう……。指輪のサイズも……驚くほどぴったりじゃないか……何処で俺の指のサイズを知ったんだ……?…っ…く……それに……結婚指輪なら……お前も付けなくてならないだろう……OKの返事に……キスをせねばならんのだろう……っ……指も唇も無いお前に……どう返事をしろというのだ……ばかもの」

 

 

 

試しに妃伽からのプレゼントである結婚指輪を左手の薬指に付けてみると、サイズが完璧だった。どうやって知ったと問いたくもなるが、それはもう永遠に知ることは出来ない。

 

 

 

「慧汰……不器用だというのに……これ程素晴らしいミサンガを……一体どれだけ時間を掛けて作った……。況してや呪いを籠めないようになど……大変だったろうに……せめて、お前が直接渡せ……。折角綺麗に出来たというのに……勿体ないではないか。それに……妃伽が俺を好きだと知っていて……諦めるとは……一途なのでは無かったのか……俺の為に……諦めたとでも言うつもりか……全く……ばかものめ」

 

 

 

龍已はもう耐えきれなかった。無表情ながら止め処なく涙を流し、指輪とミサンガ、それぞれの書いた手紙を抱き締め、背中を丸めながらずっと涙を流した。

 

涙が止まらない。止めてくれる人が居ない。止める方法を知らない。だから泣く。枯れるまでずっと。そうして泣き続けてどれくらい経ったのだろう。もう分からないくらい泣き続け、部屋に置いてある鏡を見る。そこには涙を流して眼を赤くしながらも、変わらずの無表情があった。

 

この顔が心底憎いと思った。大切な親友が死んでしまって泣いているのに、苦しげになることも、悲しげになることもなく、只管表すのは無。何も感じていないように見える、仮面のような顔だ。心はこれだけ罅が入っているのに、砕けそうなのに、それでも変わらない無表情。一度も笑ったことが無く、歪めた事も無い、無感情な仮面。

 

何故こんなにも表情が変わらないのだろうと考えて、妃伽達にお前はそのままでいいと言われたのを思い出す。こんな無表情なのに?と返すと、何を考えているのか解るようになれば、私達だけの特権になって特別って感じがするだろ。そう言われた。思い出してくれば、この無表情の顔でも良いかと思えてくる。流石だ、死して尚、元気づけてくれるとは。本当に素晴らしい親友だ。

 

 

 

「妃伽、生きていたら婚約指輪として受け取っていた。慧汰、お前のミサンガは大切に使わせてもらう」

 

 

 

龍已は妃伽からのプレゼントである指輪に、チェーンを通して首に掛けた。首元で光るダイヤがあしらわれた高価だろう指輪は、自己主張するように輝いている。まるで龍已を私の物だと主張する有様は、妃伽が指輪に乗り移ったみたいで安心する。

 

形は綺麗なのに長さが異常に長いミサンガを、左手首に四重で巻き付ける。どうしてこの長さになったと言いたいが、切れても結び直して付けられそうなので良しとする。寧ろ良くやったと言いたい。

 

書いてくれた手紙は丁寧に折り畳んでクロに呑み込ませた。何が起ころうと、劣化しない異空間に仕舞い込み、大切に取っておく。身に付けた指輪とミサンガが、もう死んで居なくなった2人を感じられるような気がして、幾分か胸が温かくなるのだった。

 

こうして一年生はたったの1人になってしまったし、その事で歌姫が泣きながら抱き締めてきたりと色々な事があったが、龍已はしっかりと2人の死を受け止めて前を向けた。それも全て2人のお陰だ。

 

それから月日が流れて2005年4月。龍已は一つ学年が上がり、二年生になった。そうなれば当然やって来る新一年生だが、呪術界で持ちきりの話がある。今年の東京校新一年生は傑物揃いだと。

 

数百年ぶりとなる、五条家の六眼と無下限術式の抱き合わせの天才。取り込んだ呪霊を幾らでも使役することが出来る呪霊操術の術式持ち。唯でさえ使える者が殆ど居ない反転術式を他人に施す事が出来る少女。まさしくこれからの呪術界を変えられる黄金の世代。そんな3人が入学した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?二年3人じゃなかったっけ?今はオマエ1人なの?つまり他の奴等ザコくて死んだんだ。うっわツマンネ。オマエも術式ザコ中のザコだし高専辞めれば?居ても死ぬだけでしょ」

 

「こら悟。言い方ってものがあるだろう?先輩もそれを自覚しながら日々を過ごしているんだから、ちゃんと敬わないとダメだ」

 

「……お前らホントにクズだな。先輩、私をこのクズ共と一緒にしないで下さいね。これからよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

五条家の奇跡の抱き合わせ五条悟。一般家庭から入学した珍しい術式である呪霊操術を持つ夏油傑。反転術式の使い手の家入硝子。その3人が、黒圓無躰流最後の生き残りにして黒い死神の黒圓龍已と邂逅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






(あま)(ひかり)

弾丸の形に生成した呪力を遙か上空で解放し、大質量そのままに落とす、落下する光線。威力は籠められた呪力に比例する。




巌斎妃伽

龍已を好きになっていて、クリスマスの日に告白&プロポーズをするんだと息巻いて100万越えのクソ高指輪を買って手紙もしたためていた人。

サイズは近接格闘で手を合わせて力比べをするときに計っていた。

実はロマンチストで乙女思考。お嫁さんになるのが夢だった。




音無慧汰

上手い感じにミサンガを作ることが出来たけど、止め時が分からなくて4周するくらいのクソ長ミサンガ作った人。色は龍已のイメージの黒と瞳の色の琥珀色。

妃伽が好きだったけど、妃伽のガチ恋の強さに諦めて応援していたとっても良い子。生きていれば将来モテモテだった。




歌姫

一年生二人が死んでしまったことを聞いた時、真っ先に龍已の元まで駆け付けて抱き締めてくれた人。

本当に良い先輩だと認識し、尊敬する先輩は居る?と聞かれたら真っ先に庵歌姫と言うくらい尊敬しているし信頼している。

冥冥?知らない人ですね。




黒圓龍已

同期が死んでしまい、唯一の二年生になってしまった。

壁をぶん殴って黒閃決めて呪力の核心をついて、流れるように領域展開を修得した。特級呪霊は跡形も無く消した。当然だね。

慧汰の墓はご家族が建てたので、妃伽の墓は龍已が近くに建てた。毎年必ず墓参りに行くし、綺麗に掃除する。偶に綺麗になって花があげられていて線香があるのに、慧汰の家族は首を捻っている。




五条悟

五条家の奇跡の申し子。最強になるのが約束されている。

は?二年2人死んでんの?ザッコ笑




夏油傑

取り込んだ呪霊を意のままに操ることが出来る呪霊操術の術式を持ったチート。

ザコなの分かってて今もこうして学校に居るんだから、先輩の顔を立てないとダメだよ?




家入硝子

やっと会えると思って密かに心臓バクバクだった。めっちゃ楽しみにしてた。一年待ったからな一年!

同級生クズだし、あの人悪く言うから道端の犬の糞を見る目で見てた。

は?あの人ザコとか正気か?……あぁ、正体知らねーからか。お前らの方がザコだわ。

悪い印象は絶対に抱かせない所存。




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