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9月。遂にやって来た京都姉妹校交流会。本来3年と2年がメインで行う呪術高専きっての名イベント。しかし今年度は2年生が居なくなってしまったというハプニングに見舞われたということで、急遽入学したばかりの一年生である龍已達が出張る事となった。
そして当日、京都に行った事が無い慧汰はワクワクし、龍已は黒い死神の依頼で一度行ったことあるのでいつも通りの無表情。今から強い奴と殺り合えると、メリケンをピッカピカに磨き上げてニヤけている妃伽。一人だけバーサーカーが混じっているものの、終われば京都観光も出来るので一年生は楽しそうだった。
しかし、前回出場した歌姫は、交流会がウキウキしながら楽しめるようなものでは無いことを知っているので微妙な顔をしているし、自身の所為で交流会が負けてしまい、態々去年勝った京都の学校に行くはめになっていることに負い目を感じている。まあ、交流会にウキウキしているのではなく、その後の観光にウキウキしているのだが。妃伽?あれは交流会目当て。
新幹線に乗って移動していたのだが、電車の中は大変だった。学長と夜蛾は先に行っているので、一度行った事のある冥冥と歌姫が引率して一年生達を連れて来る事になった。しかし問題児である妃伽が段々と我慢が出来なくなって、新幹線の中で模擬戦しようぜと言い始めた時の歌姫は、まさしく彼の有名なムンクの叫びだった。
「……メリケン磨き飽きた。おーい龍已、暇だから模擬戦しようぜ」
「出来るか。それにお前が下手に殴れば新幹線が短くなる」
「ちょっと妃伽!あんたはホントに大人しくしてて!呪力なんて使われたら龍已が言う通り、新幹線が前半と後半で別れちゃうでしょ!」
「じゃあ前半の方に移動しとけよ。だーい丈夫だって。横転はさせねーから」
「そういう問題じゃ無いっ!!」
いや普通にアウトオブアウトのことをしてようとしている妃伽。何なのだろうか、新幹線の前半と後半とは。まず拳一つで新幹線が千切れる前提で話を進めている時点で可笑しいし、新幹線の中で模擬戦をしようとするのもイカレている。しかも顔が本気である。立ち上がった妃伽を見て、歌姫が必死に説得した。流石に新幹線壊されては溜まったもんじゃ無い。
妃伽が頓珍漢な事を言って歌姫が止めるのを冥冥が我関せずという感じで珈琲を飲みながら微笑んでいる。慧汰は任務先で知り合った女の子とメールに夢中で、龍已は歌姫が妃伽を止めてくれているのでゆっくりと外の眺めを見ていた。
そうして騒がしい行きの道のりだったが、東京校の姉妹校である京都校にやって来た。流石は広大な敷地を持つ東京校の姉妹校なだけあって広い。ここで呪術師が呪術ありでやり合ったとしても十分フィールドたり得る場所だ。流石に妃伽が全力全開でいったらどうなるかは解らないが。
ほぉ……と、京都校の外観などを眺めて見ていると、冥冥が集団から外れて校舎の方へと向かっていった。何処へ行くのだろう、自分達のスタート位置はそっちではないのに。そう思って歌姫が何処へ行くのか尋ねると、予想外の言葉が返ってきた。
「あぁ、そうそう──────私は不参加なんだ」
「…………………………………………………へ?」
「私の黒鳥術式を使って場面の様子を見せて欲しいという要請があってね。この要請を受けて、全うしてくれたら1級に推薦してくれるという破格の話でね。二つ返事で受けてしまったよ」
「な、ななななななァっ!?なんで今になって言うんですか!?」
「ふふふ……すまないね。すっかり言い忘れていたよ」
「じゃ、じゃあ……私含めて4人だけで戦えと……?え、4人なんて……相手は──────」
「──────あぁら。歌姫じゃないの」
「ゲッ……
なんと今回……それも最後の交流会だというのに不参加であることを今明かす冥冥に、開いた口が塞がらない様子の歌姫。唯でさえ人数が少ないというのに、一人抜ける……それも現状最も階級が高く、広範囲の索敵を行える冥冥が抜けるとなると厳しいものがある。3年は二人しか居ないので、歌姫と、一年生のみの交流会となる。
どうしようと焦る気持ちが燻る歌姫に、聞きたくない声が聞こえてきた。振り向くと8人の男女が居て、1人の女子生徒がニヤニヤした笑みを浮かべながら先頭に立ち、歌姫を見ていた。
さっさと準備をしなくてはならない冥冥は既にこの場には居らず、歌姫は龍已達を守るように前に出てきて、ニヤついた笑みを浮かべている女子生徒と対峙した。顔立ちがそれなりに整っていて、髪は両サイドでお団子で、チャイナ服に似た特徴的な制服を着た女子生徒……奏は、対峙する歌姫を見て鼻で笑って侮辱したような笑みに変える。
「微弱な呪力を感じると思ったら、弱々呪術師の歌姫じゃないの。着いたなら私の所に来なさいよ。お出迎えしてあげたのに。去年の交流会で足を引っ張ってチームを敗北に導いた庵歌姫が来たわよーって。ふふふっ」
「……あんたも相変わらず、実力の伴っていない傲慢な態度ね。口でしか相手を陥れることが出来ないからってここぞと狙う。まるで死体に群がってばかりのハイエナね。見ていて憐れみを抱くわ」
「は?九重家の生まれである私が憐れ?実力が伴っていない?ハンッ。だったらそんな私にコテンパンにされて負けの要因作ったあなたの事は何て言えば良いのかしら?足枷?貧乏神?弱いあなたに似合う言葉が多くって困っちゃうわ♡」
「……っ……っ!」
「歌姫ちゃん……」
「なんだアイツ」
「……見た限り因縁が有るらしいな。九重家というと、五条家の分家か」
九重家の奏という女子生徒は、これでもかと歌姫に心無い言葉をぶつける。去年の交流会で歌姫と戦ったらしい奏は、見事歌姫を下し、それによってバランスを崩した東京校の生徒達を罠に嵌めて見事勝利を収めたと。それが事実なので黙ってしまうと、嬉々として言葉をぶつけてくる。
後ろに大事な後輩が居るというのに、恥ずかしい所を見られてしまい、不甲斐ない気持ちが湧いてくる。これ以上は居ても奏の口撃に見舞われるだけ。ならばもう一刻も早くスタート位置に移動してしまった方が良い。そう思って後ろの妃伽達に声を掛けて移動することを促そうとすると、奏は歌姫の背後に居る龍已を見つけた。
ニンマリとした厭らしい笑みを浮かべる。碌でもない事を考えているのは明らか。だから何か言われる前に移動しよう……とする前に、奏が口を開いた。
「噂で聞いてるわよ、黒圓龍已君。1000年以上の歴史がある由緒正しい歴史のある黒圓家。その最後の
「な……っ!!奏ッ!!」
「うるさいわね。雑魚な歌姫は黙ってなさい。……ねぇ黒圓君。あなたの修めた黒圓無躰流のその全て、私の九重家に提供してくれないかしら。お礼は十分するわよ?それなりのお金は弾むし、何と言っても
「──────ッ!!黙りなさい奏ッ!!言って良いことの区別が──────」
「──────構いません、歌姫先輩」
「え、ちょっと龍已っ」
奏が言っているのは根も葉もない噂だ。あれだけの黒圓家が生き残りを出している。つまりは呪詛師に狙われた。何故か。力ある家に盾突いたからだと。よくもまあ残念な頭で考えた筋書きだ。まあ確かに呪詛師に愛する両親は殺され、呪詛師は呪術師の家系から依頼されて襲ったと言っていたので、その噂が間違っているとは言わない。
だが、両親を侮辱することは許さない。しかし龍已は有象無象が何を言おうが興味が無い。これはそう、真面目で人当たりも良く、面倒見の良い歌姫を、先輩を侮辱したことに対する報復だ。五条家の分家である九重家だろうが何だろうが関係無い。やられたならばそれ相応の報いを受けさせる。
人の過去を掘り返して侮辱する奏に掴み掛かろうとする歌姫の肩に優しく手を置いて引き留める。振り返ると、見えるのは何時もの無表情。何を考えているのか読めないその表情は、相手からしてみれば尚更だろう。歌姫の背後から出て来て前へ出る。それに続いて妃伽と慧汰も出て来て、歌姫を守る壁のように立った。
「九重家だろうが何だろうが、俺達の先輩を侮辱した発言は到底聞き捨てならん。俺の家は確かに呪詛師によって両親を殺された」
「っ……!龍已……」
「だから俺は誓った。黒圓家が生み出した黒圓無躰流は俺の代で終わらせる。誰にも継がせない。教えない」
「……はっ!?あなた、それがどういう意味か分かって言っているの!?1000年以上ある歴史を途絶えさせるつもり!?信じられない!!」
「だからなんだ。父様が亡くなられた以上、黒圓家当主はこの俺だ。つまり俺の言葉は黒圓家の言葉に他ならない。故に、お前のような有象無象に渡す技術は無い。そして宣言しよう。俺達は4人の内誰一人欠けること無く、お前達8人を殲滅する」
「……はぁ?あなた達が私達を、それも全員を相手に戦って一人も欠けずに勝つ?……生意気言ってんじゃないわよガキ」
「生意気なのはテメェ等だろうがクソザコ。目の前に居んのに実力差が解らねぇなんて、本格的なクソザコだろーが。こっちは楽しみにしてたっつーのによォ。クソザコ相手じゃ盛り上がらねぇンだよ」
「俺は基本女の子が好きだけど、あんたみたいなのは願い下げだね。況してや龍已を、歌姫ちゃんを侮辱したのは許せない」
「ちょ、ちょっとあんた達……っ!」
焦ったように声を掛けて龍已達の前へ行こうとしても、妃伽の尋常じゃない力が歌姫の腕を捉え、背後から出そうとしない。このままでは何か良からぬ事をしそうな気がする。チラリと上を見れば、丁度妃伽と偶然目が合った。
止めて……と、視線で訴える歌姫に、少し首を捻った妃伽だったのが、心得たと言わんばかりに神妙な表情で小さく頷いた。パァッと心に花が咲いたような気持ちになる歌姫。何かと暴力的で粗暴で野蛮で戦闘民族みたいな彼女だが、ちゃんと心は綺麗なのだ。今まで凶暴な一年生だと思っていた歌姫は、妃伽の事を心から見直し、妃伽は歌姫の事を絶望のどん底へ叩き落とした。
腕を上げてサムズアップする妃伽。しかしその目はこれ以上無いほど血走っていて、殺気を孕んでギラギラとしていた。口は弧を描いて三日月のような曲線を描き、ケタケタと恐怖を煽る笑みを浮かべて嗤う。歌姫はその目を見て思った。終わった……と。
「縛りを結んでやるよ。
「──────ッ!?妃伽さんっぷ!?」
「……はぁ?あなた頭が可笑しくなったわけ?」
「んで、お前達が負けたら、全員雁首揃えて歌姫の前で土下座しろ」
「……ッ!!そんなこと──────」
「えー?あれだけ大口叩いてこんな簡単な縛りも結べねぇのォ?況してや勝てば黒圓無躰流が手に入って3つの奴隷まで手に入るのに~?えー。もしかしてぇ、五条家の分家であらせられる九重家の奏サマともあろう御方がぁ……私達が怖いのぉ?じゃあしょうがないでちゅねぇ~。縛りもやめまちょうねぇ~?」
「……歌姫ちゃんを弱いって言って、人数は倍も居るのに勝てないんだ……九重家ってそんなに弱い血筋なのかな……」
「仕方ないだろう。九重家の人間があれなんだ、察してやれ」
「……………………~~~~~~~~ッ!!!!良いわよ!!
真っ赤になりながら怒りに顔を歪め、縛りを設けて去って行った。連れていたのだろう後ろの7人の男女は少し微妙な顔をしていたが。だがそれもその筈。リーダーである奏が勝手に、負けたら歌姫に土下座すると言ってしまったのだから。よく知りもしない相手に頭を下げるどころか、土下座は嫌だろう。
奏はどうやら一分の隙も無く勝利を収めると確信しているようだった。その果てに、奴隷の身分となった龍已達をどうしてくれようかと考えているに違いない。
去って行った京都校の者達が視界から消えると、黙っていた……というよりも妃伽に口を押さえられていた歌姫が拘束を逃れ、焦っているような怒っているような表情をして、今回のとんでもない狂ったレートの縛りを結んだ龍已達に詰め寄った。
「あんた達は一体何をしているの!?縛りまで結んで!!負けたら終わりなのよ!?」
「
「大丈夫だよ歌姫ちゃん!俺達は負けないから!」
「負けないから、あの縛りを結ばせるために対価を大きくしたんですよ。少し待っていて下さい。京都校を全員歌姫先輩の前に引き摺り出して土下座させますから」
「龍已って実は結構怒っているの?」
本当は今すぐ京都校の奏達の所へ行き、利害による縛りの破棄をして欲しいのだが、3人で計画を練り始めているのを見ていると、とっくの昔に手遅れとなってしまっている事を理解した。もうここまで来てしまった以上、後輩達の為に誰一人欠けること無く勝つしかない。その為には、経験のある自身が引っ張って行かなくてはならない。年上だし。先輩だし。
東京校のスタート地点に移動し、腕を回したり屈伸したり、武器の確認をしている各々を見ていると、歌姫は何故だか心強く感じてしまう。まだ一年生で、2つも先輩で年上の自身が中心となっていかないとダメなのに、この子達ならやってくれるだろうという、根拠の無い信頼を抱く。
京都校に設置されているスピーカーから、学長の声が聞こえてきた。一応これは団体戦であり、ルールがある。舞台は京都校の内部だけで、放たれている4級から3級までの呪霊を見つけ出して祓う。数は13体。最終的に多く祓えた方の勝ちだが、相手校が全滅した場合も勝利となる。なので、呪霊は最早おまけルールに過ぎない。何せ、先程の縛りで人間を9割方狙うからだ。
負けてしまったらどうしようと、一抹の不安を抱く歌姫の手首を大きい手が取る。振り返ると龍已が居て、その後ろに慧汰と妃伽が控えていて歌姫を見ている。如何したのだろうと思えば腕を引かれて手を出され、その上に龍已の手が、次に妃伽、最後に慧汰が手を重ねた。心を一つにする円陣である。
「歌姫先輩、掛け声をお願いします」
「え……わ、私がするの!?」
「ったりめーだろォが。さっさとしろよ」
「やっぱりここは歌姫ちゃんが言うべきだと思って!」
「あんた達……」
「スタートが掛かってしまうので、早めにお願いします」
「わ、分かってるわよ……」
急かされて何を言おうかアタフタする歌姫だが、そんな長いセリフを話す必要は無いだろうと思う。きっと自信に満ち溢れている龍已達には、背中を押す必要なんかは要らぬ世話となるだろう。特に妃伽に関してはそんなものは要らねーとか言うだろう。容易に想像が出来てしまってクスリと笑みが溢れる。
大丈夫。不安になることなんか無い。私はこの子達を信じて一緒に戦えば良い。それだけで十分なのだ。歌姫は自身の掛け声を待っている龍已、妃伽、慧汰の目をそれぞれしっかり見つめてから頷き、手を少し下に下げて上へと持ち上げ、腕を突き上げた。
「──────勝つわよッ!!」
「「「───────おうッ!!!!」」」
全員で腕を突き上げて気合いを入れる。なんかこういうの……スポーツ大会の選手達みたいでイイな。なんて考えながらニヤニヤしていると、スピーカーから聞こえてくるルールの再確認と、悔いの残らない戦いをして欲しいという声が聞こえてきて、もう始まることが分かった。
もう一度軽く準備運動をした龍已達は戦闘態勢に入った。ガラリと変わる雰囲気と空間に、自身を真っ向から打ち負かした妃伽然り、龍已も静かに呪力を全身に漲らせて包み込み、覆う。慧汰はまだまだ二人に比べて荒削りの部分があるが、それでも最初に会った時と比べれば格段にレベルが上がっている。
東京校のスタート地点である所には小さな門が設けられている。妃伽はその前に立って指紋一つ無いくらいに磨き上げられたメリケンを両手に嵌め込み、しゃがみ込んでクラウチングスタートの構えを取った。その背後に居るのは龍已。湧き上がり、唸りを上げる膨大な呪力を両手に持つ黒い銃の『黒龍』に集中させていく。歌姫が冷や汗を掻く程の膨大な呪力。それを放てばどの位の破壊力が有るのだろうか。
歌姫は走り出す構えを取り、その斜め後ろに慧汰が控える。団体戦が始まったら歌姫のする事は一つ。慧汰を連れてフィールド内に居る解き放たれた呪霊を祓っていくこと。戦闘面に於いては、龍已達に任せる。二人と二人に別れたパーティー編成。本当は一年生に任せるべきでは無いだろう。だがもう心配とは言わない。
『姉妹校交流会団体戦の部──────スタートッ!!』
「──────行け、遊撃手」
「──────任せなァッ!!!!」
『黒龍』に集められた膨大な呪力が銃口に集まった。引き金が引かれて解放されたのは、立ち上がって走り始めた妃伽の背中と同じ範囲の波状呪力。撃ち貫く光線のような攻撃では無く、弾き飛ばすことに特化した一手。それが全身を呪力で覆って肉体を強化し、術式を使って身体能力を底上げさせた妃伽に直撃し、押し出す。
超常的な爆音と間違える程の轟音が響き渡り、ミサイルが落ちたような砂煙が上がる。そこから弾丸では目では無い速度で妃伽が一直線に突き抜けていく。目の前にある木々を体当たりで粉々に粉砕していきながら、駆けて駆けてか……一条の破壊の弾丸と成り果てた。そしてものの数秒で目的の場所へ到達する。
妃伽が真っ直ぐ直線状に進んで行った先にあるのは、いいや……居るのは、移動すらも開始する前の京都校の対戦相手達。爆発音に驚いたのか、各々が吃驚した表情のまま、破壊を撒き散らしながらやって来た妃伽に、また驚きの表情を作った。
「あーそーぼっ──────私とよォオラァッ!!!!」
「──────ッ!!全員散開ッ!!コイツは俺ぶぁッ!?」
「判断も行動も術式展開もおっせぇンだよクソザコッ!!さァ次ィッ!!次次次次次ィッ!!暇暇の暇子ちゃんになっちまうだろうがッ!!」
「チッ……全員散けて一度態勢を立て直しなさい!!」
京都校の対戦相手達が潜る筈だった門を木っ端微塵に吹き飛ばし、現れた妃伽の相手をしようと、皆の前に躍り出た長身で筋肉の鎧を身に纏った男子生徒が居たが、妃伽が目にも止まらぬ速度で目前までやって来て現れ、硬い腹筋に包まれた腹の鳩尾にメリケンを嵌めた拳が深々と突き刺さり、錐揉み回転させながら視界の遙か向こうまで殴り飛ばした。
こうなることを想定してそれぞれのスタート位置は直前に知らされるようになっている。ならば、どうやってここまで一直線にやって来れたというのか。何故こんな異常な速度を出せるのか。自分達の目の前で、血に塗れて赤黒く光るメリケンを嵌めた拳を構えながらケタケタと嗤う悍ましい女が、一体どういう手を使ったのか解らなかった。
京都校3年で、この交流会団体戦メンバーのリーダーである奏は、一人欠けて6人となった自身以外の仲間達が、突然の妃伽の強襲に混乱して陣形を保てて居ないことを悟り、一端この場から離れて態勢を立て直す計画に出る。
7人がバラバラにその場から離れると、妃伽が獰猛な笑みを浮かべながら追い掛けてきた。その内、計画を伝えていた2人は目的の方向へと向かっていく。去年と同じならば、歌姫は左側から攻めてくるはず。読みが外れたとしても、妃伽から離れられるなら御の字だ。
「オイ。何逃げてンだ遊べや私様とよォッ!!」
「ひっ……術式展か──────」
「だから遅ェってンだよクソザコがァッ!!!!」
「ごぶぇっ!?」
京都校2年が脱落した。京都校の中でも一番足が遅いのが仇となり、肩の骨が砕けるんじゃないかと思う力で捕まえた妃伽が、術式を使われる前に顔面を殴った。術式も呪力も使い、そこに加えてメリケンを装着している妃伽の殴打は破壊力が凄まじく、殴られた2年は呪力で防御したにも拘わらず白目を剥いて気を失い、飛んでいった先にある木を5本へし折って漸く止まった。
まるで線路を必要としない暴走機関車。止まること無く、止まるつもりが無い傍迷惑な存在は、交流会団体戦を開始してから3分も掛からず2人もやられてしまった。残りの6人の内2人は歌姫を狙って行動しているので実質4人だ。4人でこの女をどうにかしなければならない。
だが大丈夫だ。自身の術式があればこんな女にも勝つことが出来る。黒圓無躰流の、あの生意気なガキにも勝てるし、弱い歌姫にもヘッドホンを付けた奴にも負けない。一人も欠けさせない?だったら全員八つ裂きにして泣かせてやる。喧嘩を売ったことを後悔させてやる。そう考えながら術式を発動させようとして、隣にいた3年が吹き飛ばされ、その後に爆発音のような銃声が……鳴り響いた。
「なッ……何なの!?」
「へへッ。さっすが龍已。正確無比な
「そ、狙撃!?一体何処から……っ!!」
奏は同級生が吹き飛ばされた方向とは反対の方向を見やる。しかしそれらしき姿は見えない。何処にも、本当に何処にも見えない。見えるのは妃伽が一直線に向かってきて破壊した木々の薙ぎ倒された道だけ。そこで気が付く。妃伽はきっと自分達の陣地からここまでやって来たのだ。そして倒壊されたことで見晴らしが良くなった直線の道。
龍已はクロが吐き出した『黒曜』を地面に置いてうつ伏せに寝転びながらスコープを覗き込んでいる。大口径アンチマテリアルライフル。撃ち出すのは虎徹に特注で作ってもらったゴム弾。しかし戦車の装甲にいとも容易く風穴を開けるこの『黒曜』が撃ち出したゴム弾だ。真面に当たれば死にはしなくとも粉砕骨折は免れない。
スコープ越しに妃伽達のことを見ていて、術式を行使しようとした3年を狙撃した。数百メートルも離れているスタート地点から。狙ったら最後、絶対に逃がさないし外さない。妃伽が最前線に立って人数を減らしながら撹乱させ、ふと意識が余所に向いたり余計な動きをしようとしたものを優先的に狙う。
妃伽が頼もしいと感じ、他に気を割かずに動くことが出来る事に感謝した。全幅の信頼を抱き、背中を安心して任せられる援護射撃をしている龍已は、スコープを覗き込みながら深く息を吐き出し、指を掛けた引き金を引いた。また一発分の爆発音のような銃声が鳴り響いた。
「──────くッ……っ!」
「邪魔だなさっきから!」
「すごい……戦いやすい……っ!」
「歌姫ちゃん!右の奴が武器投げようとしてるよ!」
「了解!ありがとね!」
歌姫は2人の京都校を相手にしながら優勢を取っていた。自分で言うと悲しくなってくるが、近接が並外れて出来る訳じゃ無い。術式にだって発動まで時間が掛かってしまう。だからその間に戦える手段を……と考えて近接に力を入れているのだが、そんなに早く上達はしない。
少しずつ、少しずつ地道に強くなっていく。天才ならば余裕で追い抜けるであろう速度の強化。それが歌姫の限界だった。なので同レベルの近接の強さを持つ者が2人居たら、やられずとも攻撃に転ずる事が出来ない。しかし、今は余力を残して攻撃側に立っている。
そう言うのも、この2人と近接戦をしていて攻撃されそうになる度に飛んで援護してくる呪力の光線だ。これが歌姫の事をずっと助けてくれている。しかし何も無いところから突然放たれる。それらしい姿も形も無く、気配も呪力の気配も無い。本当に虚空から現れる、そう錯覚してしまう攻撃だった。
そしてそれを初めて見て、歌姫はこの団体戦が始まる寸前、傍に来た龍已に言われたことをぼんやりと思い出した。
『歌姫先輩』
『ん?どうしたの?』
『京都校の相手は俺と巌斎がしますが、散開して歌姫先輩の方へ何人か行ってしまった場合、
『ちょ、ちょっと待って!?防御も回避も考えなくていいってどういう事なの!?』
『その時になれば分かりますよ』
これがそれか、と直感的に理解した。目まぐるしくありとあらゆる方向から呪力の光線が放たれるので、確証は持って言えないが、恐らく5つか6つのナニカが撃っていると思う。同時に撃ったりしているので、1つのものが複数回撃っているというのは違うだろう。
やって来た京都校の2人のことは、術式を使って聴いていた慧汰が教えてくれたので、奇襲される形になることは無かった。広い術式範囲を慧汰が持っているので、索敵をやってもらえてかなり助かっている。心的負担が少ないのだ。そしてこの援護。本当に防御も回避も考えなくて良いから戦闘が楽で仕方ない。
京都校が固まっている所に一人で突っ込んで行く遊撃手として、破壊を撒き散らしながら駆けていった妃伽はきっと嬉々として戦い、戦力を分散させながら削っていることだろう。そして先から聞こえる爆音の銃声は龍已が援護射撃していて、妃伽のサポートをしている筈だ。
自身に着いてきた慧汰は広い範囲を索敵するのと同時に、放たれている呪霊をいとも容易く見つけ出して場所を教えてくれる。見えないナニカは只管援護に徹して自身の動きやすいように導いてくれる。それぞれが己の役を全うしていてとても気軽だ。呪術合戦とまで言われている交流会団体戦が、こんなに楽しくて良いのだろうかとすら思えてくる。
肩の荷が下りて、自然体になりながら京都校二人を相手にする歌姫は、それはそれは楽しそうに笑っていた。
九重奏
京都校3年の女子生徒
去年の交流会で歌姫を撃破して罠に嵌め、東京校の連携を崩して敗北させた張本人。性根が腐ってる。
付き従っている人達はそこまで奏ことが好きでは無い。五条家の分家である九重家の生まれなので逆らえないだけ。逆らったら何されるか分からないし。
妃伽
スタートダッシュかまして獣道作った人。
木に当たって痛くなかったの?呪力で守ってたから痛くねーよ。彼奴らの驚いた顔は傑作だったぜ。
慧汰
敵の足音を聴いて索敵をする他、フィールド内に放たれた呪霊を見つけることも出来るレーダー君。とっても活躍してますよ!
スタートダッシュ妃伽を見て、速いなぁ……と思っただけの慣れた人。因みにスタートダッシュ案を考えたのはこの子。
歌姫
なんか防御も回避も気にしなくていいって言われたら、本当に気にする必要がなくて戦闘が楽々!超気持ちいいし交流会が楽しい!
有用な後輩が居てニコニコしながら近接してる人。
冥冥
当日に抜けることを言ってくる戦犯。
元々一級の実力あるけど、この際だから交流会を細かく見たいということで依頼され、今戦況をモニターしている。
おやおや、巌斎君スゴいね。烏が置いて行かれたよ。うん?歌姫……あれは何だろうね?
開始早々やられた3人
え……これで出番終わり??