「──────おい、呪術高専から連絡は」
「まだだ。チッ……タラタラしやがって」
「何を渋ってやがる。タイセツな生徒予定者だろ」
「しかもあの反転術式を他人に施せるっつーんだ。呪術界にとっても稀少だろ」
「じゃあなんで渋っていやがるっ!!」
「すぐに金を振り込んだら、ごめんなさい負けましたぁ、降参だから返してくださぁいって言って負けを認めた事になんだろ。それが沽券に関わって嫌なんだよ。だから時間が掛かってる」
「ま、時間の問題だがな!ははははははっ!!」
「……………………。」
何処かの廃墟で、男達は笑っていた。顔がバレるのを防ぐ為のマスクを着用して顔を隠している。人数は6人。若しかしたらもっと居るかも知れない。部屋には蝋燭やランタンを置いて光を確保している。そんな状況を、縄で捕縛されている少女は見ていた。
最後の記憶は、通っている中学校の帰り道だった。楽しくもつまらなくも無い学校で、無感情に授業を受けて、片手で足りる程度の友人と話して帰る。それだけだった。しかしその道すがら、映画の誘拐のワンシーンのように、歩いている自身の横に黒い車が止まり、スタンガンを押し付けられ、意識は暗闇の中へと飛ばされた。
起きた時には体の後ろに両手を縛られ、両足も足首のところでキツく縛られ、自力では解けそうにない。口には喋れないようにするための布を噛ませて縛られている。その状態で床に転がされていた。目元は何もされていないので見ることが出来た。
目を覚まして自身の状況を確認して……あぁ、攫われたんだなと、他人事のように思った。自身の性格は良く解っている。こんな事で一々がなり立てるようなカワイイ性格をしていない。思うのは、精々無事に帰れるのかな……程度のかわいくない思い。
──────めんどー。縄キツく縛りすぎ。痛い。
少女は肝が据わっていた。というのも、少女は小さな頃、それこそ物心が着く前から見えていたナニカ……呪霊。名前は最近になって知った。小さい頃、転んで出来た傷にひゅーとやってひょいっとやると、傷を治す事が出来た。そしてそれは、他人にも使うことが出来た。小さい子供の頃は、漫画の世界の人間のようでテンションが上がったが、次第にそのテンションは下がっていった。
呪霊は他人にも見えると思い込んでいた。だから同じクラスの人に話した。そしたら、他の人には見えないということを知って、変なことをいう気味の悪い子だっていって孤立した。別に何か相手に不快になるようなことを言った訳じゃ無い。変な気持ち悪いの居るよねーって同感を得ようとしただけだ。それが孤立の第一歩とは知らずに。
それからは避けられるようになった。イジメ等は無かったが、自分から話し掛けてこようとする殊勝な子達は少なかった。それでも友人になってくれた良い子は居たので、今ではその子達とだけ話している。まあ、中学を卒業したら殆ど会わなくなるのだろうが。
中学を卒業したら、どこの高校に入るのか。まだ一年生である少年少女には早い話だが、事自身に関しては決まっていた。東京都立呪術高等専門学校。それが中学を卒業した自身が通うようになる学校の名前だ。表向きは宗教系の学校だが、本来は違う。
少女が日頃見ている呪霊。それを祓う為の呪術師を育成するための学校だ。他にももう一つ、京都にあるらしいのだが、自身が通うようになるのは東京の方だった。自身には戦う術は無いのだが、その代わりに他人を治癒する超稀少な力を使える事で通い、呪術を学ぶことになっている。
呪術界には殆ど居ない貴重なヒーラー。つまり呪術界にとって価値が高い。どこから情報が漏れたのか、早速目をつけた呪詛師に、こうしていとも容易く攫われたということだ。助けが来るのは何時だろう。静かに固い床の上に放置されている少女は、早くしてくんないかなーと思いながら、起きたことを知って気絶させるために近付いてくる呪詛師から視線を切った。
今の時刻21時37分。月の光すら雲に隠れて見えなくなった、真っ暗闇の時間であり、最近噂となっている存在が動く時間であり、タイミングだ。
曰く、呪詛師しか狙わない。曰く、どんな凶悪な呪詛師も金次第では受ける傭兵。曰く、死んだ時に姿を現す。曰く、その姿を目にした者は誰も居ない。曰く、全身が黒に包まれている。曰く、だから仕事は暗闇となる夜にしかしない。曰く…曰く…曰く……。
依頼達成率100%の呪詛師殺し……またの名も、黒い死神と呼ばれている。
「──────人手不足だから殺し屋に応援要請とは。世も末だ」
『まあそう言うなって。ちゃんと相手は呪詛師だろ?そこら辺ちゃんと聞いてお前に話したんだ。拗ねんなよ。人助けだと思って』
「調子が良いな。依頼を紹介して達成させたと評判を得るからか?俺をダシに使うとは良い度胸をしている」
『わーるかったって!俺とお前の仲だろう。今度なんか奢ってやっから頼んだぜ、黒い死神サマ』
「誰が言い始めたんだ一体。つまらん名だ。……始める。早く来い」
『あいよ』
電話の通話終了ボタンを押して携帯を畳み、首元に巻き付いている蛇のような黒い呪霊の口元に持っていく。呪霊は口を開けて携帯を丸呑みにした。腹が膨れた様子は無い。口の中は異空間となっているのだ。
携帯を呑み込んだ黒蛇型呪霊の名は『クロ』であり、クロは携帯を呑み込むと、代わりに大きな狙撃銃を吐き出した。黒く重厚なそれはアンチマテリアルライフルを元に、虎徹によって造られた最高傑作が一つ。重すぎ、硬すぎ、威力高すぎと、とても最高な三拍子がある、龍已が最近よく使用している相棒である。
龍已が居るのは仲介人に行くよう指示された、呪詛師と廃墟近くの塔の上である。眼下には廃墟の中でも形を保っている方である映画館。その入り口に二人の人間が居る。暗闇で視界を確保するために松明を持っているので居る場所が分かりやすい。狙ってくれと言っているようなものだ。
クロが吐き出した狙撃銃『黒曜』を構えて、下で入り口を警備している松明を持った呪詛師を狙う。先ずは左側の呪詛師から。距離は600。風向きは横風になるが、呪力の弾にそんなものは関係無い。しかし薬莢は使う。呪力を吸収して弾にする特殊な弾で、使うと1から全て創った呪力弾よりも速く飛ばすことが出来る。
『黒曜』に呪力を籠めれば弾が呪力を吸収して呪力による弾が完成する。後はスコープを覗き込んで照準を合わせるだけ。左側に居る呪詛師の眉間に照準を合わせ、引き金を引いて撃った。
一発目がまだ向かっている途中という刹那に装填を終え、左から移って右の呪詛師の眉間に照準を合わせる。同じく引き金を引いて発砲。二発の呪力弾は正確に見張りの呪詛師の眉間に撃ち込まれ、遠隔操作し、頭部の内部で小規模に爆発させて脳を粉々にした。絶対に即死させる、龍已の常套手段である。
ドサリと倒れる呪詛師を確認し、『黒曜』をクロの中へと収納させた。トレードマークの黒いフード付きローブのフードを深く被って飛び降りる。30メートルというビル十階相当から落ちても着地で音は無く、全速力で600メートルを走り抜ける。すると、中から見張りのために飯を持ってきたのか、別の呪詛師が出て来た。
「……──────ッ!?敵──────」
「──────騒ぐな。……あと5人」
もの言わぬ死体と成り果てた仲間を見た瞬間、出て来た呪詛師は声を上げようとしたが、もう到着した龍已が背後から近付いて口を押さえ、クロが吐き出したナイフを受け取って首を裂いた。声を上げられず、大量の血が気道に入ってごぼごぼと溺れたような音を出し、白目を剥いて死んだ。
倒れた呪詛師を入り口から見えないような位置に投げ捨て、念の為に『黒龍』を抜いて頭に一発。
見張りの呪詛師の為に飯を持ってきた呪詛師が長時間帰ってこないとなると訝しんでしまう。ここからは時間との戦いとなる。龍已はもう一丁の『黒龍』を抜いた状態で入り口から堂々と中へ侵入する。足音は癖で消してしまうが、このローブの特級呪具を身に纏っている時点でそんな配慮は要らない。
中を走り抜けて気配のする方へと向かう。呪力の気配もする。その数はやはり6つ。その内1つは人質のもの。報告通りのようだ。龍已は映画館の動かないエスカレーターを上がって上の階から気配のする方へと向かう。扉が壊れているところから大部屋へ入ると、下に蝋燭やランタン等の光が見えた。どうやら居たようだ。
普通の映画スタジオよりも大きい作りになっているそこには、光に当てられて映る5人の呪詛師と、縄で縛られて床に転がされている少女の姿があった。集まっているのは一番前の客席とスクリーンとの間の空間。そこにそこら辺から持ち込んだのだろう簡易的な机と椅子を置き、思い思いに使っていた。
集まっている呪詛師達は念の為にか、外に居た呪詛師のように顔にマスクを付けている。これから殺されるのに呑気な奴等だと思いながら、『黒龍』で光の源である蝋燭とランタンを呪力弾で撃ち抜き、暗闇のステージへと変えた。
「──────ッ!?なん──────」
「敵か!?ク──────」
「ふざけ──────」
「術式展──────」
「──────『解除』ッ!!オラァッ!!」
光が消えたことで真っ暗な暗闇となり、室内なことも相まって何も見えない。完全に視界が黒一色になった途端に騒ぎ出す呪詛師に、呪詛師達目掛けて飛び降りた龍已が襲い掛かる。頭を下にして落ちながら、頭が同じく高さになった二人の呪詛師の頭を二丁の『黒龍』で正確に撃ち抜き、頭の中を爆発させる。
空中でくるりと体勢を変えて音も無く着地し、敵が来たと察知して術式を使おうとした二人の頭を同じように撃ち抜き頭の内部を爆破。最後の一人に銃口を向けて撃とうとすれば、既に術式を使ったようで天井が爆発して瓦礫が落ちてくる。
呪詛師が使うのは縮小呪法といって、既存したものを小さくしてしまうことが出来る。それを使ってポケットの中にあった小さくした爆弾を上に放り投げ、ボタンを押して起爆させたのだ。小賢しいと思いながら追い掛けようとして、足下に人質が居ることを思い出して追うのをやめた。巻き付いていたクロは何時の間にか離れ、殺した呪詛師を呑み込んで戻ってきた。
廃墟となって脆くなった建物である映画館。天井を爆弾で爆破すれば、尋常じゃない程瓦礫を降らせながら崩壊してくる。それらの瓦礫が落ちきる前に、人質の少女を抱き抱えて映画スタジオから脱出した。その数瞬後、瓦礫が落ちて轟音を出しながら砂埃を巻き上げる。何があるか分からないので息を止め、少女にはハンカチを口と鼻に付けて駆け出した。
「一先ずここに置いておくか。……この音はヘリか」
映画館のホールにやって来た龍已は、抱えている気絶して眠ったままの少女を床にそっと降ろし、傷が無いことを確認する。息もしているか確認していると、外からヘリコプターがプロペラを回している音が聞こえた。どうやら逃げ出すようだ。逃がすつもりが無い龍已は、少女をその場に置いて外へと急いで出る。
「クソッ!!やってられるかチキショーッ!!何なんだよ、何が起きたッ!?……ハッ!まさか……黒い死神かっ!?クソッタレがっ!!」
生き残った呪詛師は、唾を飛ばしながら悪態をつき、元の大きさに戻したヘリコプターを飛ばした。一気に高度を上げて廃墟から離脱する。あっという間に4人やられた。しかも入り口で警備をしていた仲間の2人もやられていたし、栄養補給として飯を持っていった仲間も殺されていた。気配が感じられない。呪力も感じられない。音も何も無かった。
光が消されてすぐに仲間が殺された。咄嗟に小さくした爆弾を放り投げて元の大きさに戻し、起爆させて逃げ出した。仲間達が下敷きになってしまっただろうが、自身が生き残るためならば仲間の死体なんぞいくらでも潰す。
急いで高度を上げたので機体が大きく揺れる。しかし逃げることが出来た。いけると思った今回の誘拐だが、まさか噂になっている黒い死神が来るとは思わなかった。恐ろしい奴だった。そして噂は本当だった。夜にしか仕事を受けず、暗闇の中で動き……そこでハッとする。噂はそれだけでは無い。黒い死神というのは、あまりの強さに依頼達成率が──────
「──────100%だ。お前も逃がさない」
「──────ッ!!」
依頼達成率100%。つまりターゲットとなった呪詛師は必ず殺されているということだ。例え逃走を開始したとしても、何処までも追い掛けて必ず殺す。それが黒い死神と謳われ、噂になった全呪詛師の敵である。
声がした。コックピットに乗っている自分の隣から。冷や汗で全身を濡らしながらゆっくりと声がした方を見ると、真っ黒な銃の銃口が眉間に向けられ、黒いローブを着たソイツが椅子に座ってこちらを見ていた。フードの所為で顔が一切見えず、黒い闇が広がる。それが恐ろしくて仕方が無い。
これが、これが噂になっている黒い死神。何も分からなかった。察知できなかった。末恐ろしい。握っているコントローラーがガタガタと震える。いや、震えているのは自身の手だ。恐怖で震えているのだ。
「どう……やって……ここは、ここは地上から300メートルは離れているんだぞっ!?」
「死ぬお前に教える必要は無い」
「待っ──────」
最後の一人、ヘリコプターを使って逃げ出した呪詛師を殺した龍已は、人質の居る映画館へと戻った。
「ん、んん…………」
固い床の感触を感じながら少女は目が覚めた。最後の記憶は呪詛師に気絶させられたところだ。まだ救出されていないならば、また気絶させられる。寝過ぎて痛む頭を押さえたところで、手足が自由になっている事に気が付いた。
ゆっくりと上半身を起こして寝起きの頭でボーッとする。そして辺りを見渡すと窓ガラスが全て割れ、壁紙も剥がれて見るも無惨な姿へと変わっている、廃墟となった映画館。そういえばこんな所に連れて来られたなと思っていると、背後に光を感じる。
振り返って見てみると、薄汚れたテーブルにランタンが乗っている。その前には椅子があり、その上に黒いものがあった。その全てを視界に収めて人であると完全に認識すると、人間らしい気配を感じた。全く気が付かなかった。そしてそんな黒い……フード付きローブを着ている人物の足下には、自身を誘拐した呪詛師が8人転がっていた。
「──────起きたか」
「……っ!」
「此処に転がっているのは単なる死体だ。もう動くことは無い」
「……ふーん。あんたが助けてくれたの?」
「結果的にそうなっただけであって、お前を助けに来た訳では無い。俺の目的は此処に転がっている塵芥だ」
「……そう。8人も居るのに一人で倒したんだ。強いじゃん」
「呪詛師殺しを生業としている。この程度に深手を負う程度ならばこの業界では生きていくことは出来ない」
「そうなんだ。意外と喋ってくれるんだね」
「…………………。」
助けてくれたと思われる黒ローブの人物は、変声機を使用しているのか男性なのか女性なのか分からない機械声をしていた。しかし性別をそこまで隠したいという訳では無いのか、脚で男性だと分かった。長くしなやかで、筋肉質な脚が、椅子に座りながら組んでいる事でローブから見えている。それに俺とも言っているし。
黒ローブの下も黒い服を着ていて黒づくしだ。だがそんなことより、目に付いたのは太腿のところに取り付けられた黒いレッグホルスターと、そこに納められた黒い銃だった。ローブと男性であることの他に、この助けてくれた人の特徴なので目に焼き付けた。
声を変えているのは性別を偽らせるのが目的では無く、どんな声なのかを知られないためだ。今は声だけでも人を特定することが出来たりするのだから、その為だろう。
そうして外見的特徴を粗方掴んだ少女だが、嬉しい誤算は見た目の怪しさに反して話し掛ければ返してくれることだった。こんな廃墟の中で怪しい格好の黒ローブの人と、自身を攫って今は死体となった者達の中でジッとしても良い気分では無い。まあ、件の黒ローブの人は、少女が死体を見て驚く様子が無いことに訝しんでいるのだが。
それからは両者とも喋る事は無く、時間だけが過ぎていった。少女は我関せずという感じで、救ってもらったからといって、救ってくれた人を知りたがるような性分ではないようだ。まあ、黒ローブである龍已も少女に興味がある訳でも無いので話すことも無いのだが。しかしやることが無いのはつまらないので、クロからルービックキューブを吐き出させてやり始めた。
「……死体がある中でルービックキューブやるとか。ウケる」
「お前を受け取り、俺に依頼した呪術師へ届ける奴がもう少しすれば此処へやって来る。それまでの暇潰しだ」
「ふはッ。揃えるのめっちゃ早いじゃん。初めて見た」
「慣れただけだ」
自分で色をごちゃ混ぜにして、揃える。混ぜて揃えるを繰り返している。しかも揃えるのに3秒以内を平均としているのだから手の動きも早い。少女の頭の中では世界記録は3秒だか4秒じゃなかったっけと疑問に思えど、口には出さなかった。ルービックキューブをやっている本人はそういうのに興味が無さそうだったから。
少しの間黒ローブと少女の間には会話が無く、ルービックキューブを揃えるカチャカチャとした音だけが響いていたが、あまりにやることが無いので少女は立ち上がって黒ローブの方へと歩き出した。するとルービックキューブを動かしていた手が止まった。警戒しているのだろうか。何もしていないというのに。
こんな中学生になって少しの小娘に警戒しているのが面白くて、少しだけ口の端を持ち上げる。自身を誘拐した呪詛師の死体を渡って、黒ローブと腕一本分の距離まで近付くと、掌を差し出した。
「やること無いから、ソレやらせて」
「……出来るのか」
「やったこと無いけど、何もやらないよりはマシでしょ」
「……まあ良いだろう」
黒ローブの人が少女に弄っていたルービックキューブを渡した。少女はその場に座ってやり始めた。黒ローブも予備のルービックキューブを取り出して弄り始める。少女は頭が良いのか、一面は揃えられるようだ。しかし二面となるとそうはいかないようで、なかなか揃える事が出来ない。
初心者もいいところなのでこの程度かなと思っていると、上から手が伸びてきた。黒ローブの人が手を伸ばしてきたのだ。
「ここにある赤をここに持ってくるならば、この列とこの列を回せば良い」
「……こう?」
「そうだ。そしてこの赤はこの列を回してからこの列を動かせば──────」
「こうなるんだ……ふーん。意外と面白いね。初めてやるけど」
「初めてやるのにこの短時間で一面揃えられるならば、良い柔軟性を持っている。後は慣れだ」
「家で練習してみようかな。……ここはどうやんの?」
「それは──────」
少女は黒ローブの助言を聞きながらルービックキューブを動かしていく。両者は互いに名前を知らない。少女は黒い死神の事だけは聞いている。こんな者が最近頭角を現していて、何が起こるか分からないから夜の外出は控えておけと。しかし黒い死神は呼び名であり、情報は少ない。臆測ばかりだ。そして黒ローブも、人質を攫ったのは呪詛師集団だということしから知らない。
知っていても呪詛師達の術式や特徴などといった情報だけだ。人質には何の興味も無い。故に互いのことは何も知らない。黒ローブは少女のことを、死体にも何の反応を示さない、若しくは反応が薄く、泣き叫びもしない精神力のある奴だと思っている。少女は黒ローブを複数人相手でも単独で勝てる程強い、意外と話してくれる恩人という印象だ。
今の二人を繋いでいるのは、ルービックキューブだけだ。少女が揃えようとして出来なければ黒ローブが教える。教えて揃えてを繰り返していると、六面を揃えることが出来た。少女は妙な達成感に浸る。一面揃えられただけでも中々良かったが、全部揃えると気持ちが良い。折角教えてくれたし、お礼の1つぐらい言おうかなと思っていると、黒ローブが立ち上がった。
「うーい。人質のおじょーちゃん、どっかの誰かに乱暴されてねぇかい?」
「だいじょーぶですよ。遊んでもらってましたから」
「まったく。下らん減らず口をたたく暇があったら連れて行け。俺は帰る。呪詛師はそこらに転がっているから確認しておけ」
「へーへー。報酬はいつもの口座だな。……んじゃお嬢ちゃん。家に帰してやるから一緒に行こうぜ。車は外に停まってる」
「りょーかいです」
黒ローブが立ち上がると車の音が聞こえ、外からスーツを着た男性が現れた。黒ローブと唯一情報のやり取りを許された仲介人である。仲介人は黒ローブと冗談を言い合いながら、少女の回収に来たことを告げ、先導する。黒ローブも一緒に外へ出て、車の前まで来てくれた。見送りはしてくれるようだ。
ドアを仲介人が開けてくれたので乗り込もうとすると、ふと思い出したように黒ローブと向き合った。
「これ、ありがと」
「それはお前にやる。暇な時にでも使うといい」
「へぇ。じゃあ貰っとく。あ、あと
「……ほう。『縛り』か、気が利くな」
「命の恩人だしね。これでも一応感謝してるから、私に出来るのこれくらいだし。じゃーね、黒い死神のおにーさん」
「……もう会わないことを祈るとしよう」
「ふはッ。そーだね」
最後に小さく黒ローブに手を振って、今度こそ車の中に乗り込んだ。返そうと思ったが、暇な時にでも使えと言ってプレゼントしてくれたルービックキューブを手の中で弄んで、密かに口の端を持ち上げて笑う。結構いい人だ。見た目不審者で黒大好きだけど。と、思いながら。
依頼にあった人質の少女が車に乗り込んだ事を確認した仲介人は、自身も車の運転席のドアを開けて乗り込もうとする前に、車の傍に立っている黒ローブに手を上げて会釈をした。
「死体の回収班がもう少しで来るからお前も帰れよ。あぁ、あと……夜道は暗くて危ないから気を付けろヨ」
「誰に言っている。さっさと行け」
「ぶははっ!んじゃ、良い依頼があったら連絡すっから、仕事用の携帯手放すなよー」
じゃあな。そう言って仲介人が車の中に乗り込み、エンジンを掛けて車を走らせた。それを見送り、黒ローブ……龍已はクロにルービックキューブを呑み込ませ、踵を返して忽然と姿を消した。黒い死神は暗闇に紛れ、人の目に付くこと無く帰っていった。
人質となった少女と黒い死神、二人はもう会うことは無いだろう。会うことがあっても、それは『仕事』をしているとき……つまりはもう一度人質になって依頼されるか、少女が呪詛師となって黒い死神が狩るかのどちらかだ。
だがもしそれ以外で出会うことがあったのなら、それはきっと偶然なんて言葉では計れない。そして人はそれを……運命と称すのだ。
「──────今回は人質の女の子が居たんだろー?どう、可愛かった?綺麗だった?」
「あぁ。顔は大して見ていない。だから知らん。仕事の内容的に顔を把握するのはメリットにならんと思ったからな。俺の事を他人に言わないように
「え?」
「え?」
虎徹作、特級呪具『黒曜』
対物ライフル……アンチマテリアルライフルをモデルとして造り出された、龍已の専用狙撃銃。重量250㎏。『黒龍』同様超特殊金属を使用されており、黒い。狙撃を用いる時には基本使う。撃つときに音が出ない術式が付与されている。
構造は普通のものと同じなので実弾も撃てるが、虎徹によって魔改造されており威力は更に段違い。その代わりに撃った時の衝撃はとんでもない事になっている。常人なら一発で支えている腕が千切れる。
呪具の専用スコープが付いていて、呪力を流せば倍率を何処までも弄れる。
値段は50億。超特殊金属に金が掛かってる。
大容量の武器庫呪霊『クロ』
見た目は真っ黒な蛇型呪霊で、龍已と契約している調伏された呪霊。
階級は4級。
龍已が必ず連れて回るようになった相棒で、激しい動きをしても、首に巻き付いているので大丈夫。
仕事先で呪詛師を殺した時、偶々偶然見つけた呪霊で、マジで使えると悟って全力追いかけっこをし、全力で調伏して契約した。
額に縦に割れたような第三の目がある以外は至って普通の蛇に見える。
8人の呪詛師集団
貴重な人材を攫って身代金を払わせようとしたが、まさか呪詛師絶対殺すマンがくるとは思わなかった。
ヘリ取られちった。
攫われた少女
中学一年生。使える者があまり居ない反転術式を、他人に施せるという超稀少な存在。なので狙われた。
ルービックキューブにハマった。貰ったルービックキューブは大切に持っている。