呪術廻戦───黒い死神───   作:キャラメル太郎

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第八話  危機一髪

 

 

日曜日。それは部活に入っている中学生が確実に休める日。土曜日は週毎に部活の練習を入れられることが多く、サッカー部や野球部といった、盛んな部活は土曜日は殆どの確率で部活だと思っても良い。力を入れている学校は日曜日すらも練習の日にしていることだろう。まあ、龍已達が通っている中学校は日曜日を完全休日にしているのだが。

 

取り敢えず何が言いたいのかというと、日曜日は親友達で何の気兼ねも無く遊びに行ける日だということだ。家族と出掛ける日であったりで、中々遊びに行ける日が無かった5人は、今日こそどこかに遊びに行こうという話になっていた。

 

だが遊びに行くという割には、何処へ行こうという話にはなっていない。適当にぶらついて、目に入ったところに行って遊ぶ。中学生にはそれで十分だ。況してや小学生の時とは違い、長距離移動出来る自転車が有るのだから余計だろう。

 

ということで、何時もの5人衆は最初の遊び場であるボウリング場へやって来ていた。

 

 

 

「名前どうする?」

 

「何時ものでいんじゃね?」

 

「オッケー。『ケチ』『カン』『キョウ』『ママ』『アニキ』で」

 

「おっと聞き捨てなんねーよ??」

 

「チッ。気づきやがった……ッ!!」

 

「俺と目合わせながら何言ってんだオメェ」

 

「ほーらっ。早くやらないと時間もったいないよっ」

 

「優しい虎徹ママンに感謝するんだなァ……」

 

「何で仕掛けてきたお前が喧嘩腰なん??」

 

「……ボウリングは初めてだな」

 

 

 

結局何時もの名前で登録して靴を借り、自分に合ったポンドの球を持ってきた各々は、始める前から賭けを始めた。一番点数が悪かった奴は全員にジュースを奢るというものだ。賭けの内容がショボいと思われるかもしれないが、親友とはいえ他人に負けたというのが非常に嫌なのだ。何せ負けず嫌いが多いので。

 

賭けの内容が決まり、各々の胸に闘志を漲らせた時、レーンの準備が整った。第一投目はケンである。プレッシャーが掛かりやすい一番始めというにも拘わらず、その風格は歴戦の戦士が如く。1人だけ世界戦が違う、世紀末のようなビジュアルに早変わり。

 

選んで持ってきた自身のボールを、備え付けられているタオルで摩擦熱で燃えるんじゃないかというほど執拗に磨き、穴に右手の指を突き入れて左手を下に添える。重さを確認して……一歩踏み出した。

 

 

 

「すぅ………………フンッ──────ぬえぁ!?」

 

 

 

そして期待を一切裏切らないケンは、第一投目の緊張によって生まれたばかりの子鹿が如く震わせた脚を縺れさせ、体勢を崩す。ボウリングの球の穴に入れた指が何故か抜けなくなり、球の重みで体が回転し、それはそれは美しいダブルアクセルを決めた。

 

場違いなダブルアクセルは距離感をバグらせ、球を投げていれば絶対に越える事の無い線の向こう側まで進み、そこで漸く穴から指が抜けた。油まみれのヌルッヌルの床に顔から転倒するケン。すっぽ抜けたボウリングの球。そしてここで軌跡を起こした。

 

 

 

ケンのすっぽ抜けて空を飛んだ球は……ガーターに吸い込まれて表舞台から姿を消した。

 

 

 

「もぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!いっったぁい……っ!心がすっごく……いたぁいっ」

 

 

 

「ファ───────────wwwwwwwwwwww」

 

「んぶふぁっ!?」

 

「ちょっ……ぶふッ……け、ケン君だいじょぶふッ!?」

 

「………………ッ」

 

 

 

有り得ない程の軌跡をばら撒いたケンは、途轍もなく顔を真っ赤にして帰ってきた。あれだけのことをしておきながら、倒れたピンの数は驚異の0。何しに行って来たんだお前は状態。流石にあれだけのハプニングを誰も見ていない……何てことは無く、他のお客さんは失礼だからと善意でそっぽを向いたが、生憎一部始終をばっちり見ていたので思いだしてしまい、結果大体の人間が吹いた。

 

笑わせて戦意を削ごうとしたのか、態となのかと思いたくなる出来事は、偶々偶然起きてしまったハプニングだ。だから笑わないであげて欲しい。だってケンは、本気で真剣に投げようとしたのだから。

 

 

 

「か、顔から行った……っ!しかもガーターだしぃ……」

 

「ブフォッ!?ねぇやめてッ……そのテラテラさせた顔でしょぼくれた顔しないでっ!!あっはははははははははっ!!」

 

「ひーッ!ひーッ!た、大変ッ…ふッ、美しいっダブルアクセルかとっ…だーっはははははははははははっ!!!!」

 

「そ、そんなにッ…わらっ……笑ったら……んふっ……ダメだよ……っ!ふふッ……!!」

 

「…っ……タオルだ。顔を拭いておけ」

 

「……死にてぇ……っ!!」

 

 

 

賭けるものを決めて闘志を漲らせたはいいが、結局はこうなるのかと笑い合い、気を取り直してボウリングを楽しんだ。初めてボウリングをやる龍已には少し不利かと思われたが、流石の多才。一投目は3本残したが、二投目にはスペアを取り、ストライクは稀にしか出せなかったが、スペアならば高確率で出せるようになった。

 

順番が回っては投げて、順番が回っては投げてを繰り返してゲームが終わり、最終的な得点は、龍已が一位、キョウが二位、虎徹が三位、ケンが四位、カンが五位だった。ケンが最下位になるかと思われたが、カンが何度もケンが見せたダブルアクセルを思い出してガーターを決め、点数差が開いてしまい、それで最下位になってしまった。

 

賭けの通り、カンが全員分のジュースを奢り、釈然としない表情をしているのを皆で笑った。

 

 

 

「はーあ。まさか負けるとはなー」

 

「あんだけ笑ってれば手元狂うでしょ」

 

「俺は勝ったのに全く嬉しくねぇ……本気で恥ずかしすぎる」

 

「まあまあ。良い思い出になったでしょう?」

 

「俺はケンらしいと思ったがな」

 

「だから嬉しくねぇって!」

 

 

 

ボウリングを楽しんだ一行は、次は何して遊ぼうかと相談しながら自転車を漕いでいた。最も、龍已は走っているのだが。自転車の出す速度で走っているのに息一つ乱さないのは流石としか言いようが無い。

 

暫く自転車を走らせていた皆は、小さな商店街までやって来た。そんなに盛んなわけでは無い商店街だが、買い物をする家族などで人はそれなりに居るようだ。日曜日で休日ということもあるのだろう。龍已達は何かめぼしい物が売っていないか見ていくために、近くの駐輪場に自転車を停めて歩いた。

 

 

 

「龍已、今日は冷たいものの気分だろ?そこにアイスクリーム屋があるから買ってこうぜ!」

 

「そうだな」

 

「あー、ボウリングからの自転車であちーから、俺も買おー」

 

「俺もサッパリしたもん食いてー」

 

「じゃあ僕も買おうかな」

 

 

 

糖分を求めているようで、アイスクリーム屋に寄ってアイスを購入し、適当に寛ぎながら食べていた。バニラや白桃、抹茶などといった違う味を購入し、仲良くシェアしながら食べた。1人で一つの味を食べるのではなく、皆で食べた方が美味い。

 

暫くそうやってアイスを楽しんでいると、龍已が嬉しそうな雰囲気を突如消し、顔を上げて商店街の向こう側を見つめた。何かあったのだろうかと思い、ケン達は龍已に如何したのか問い掛けた。

 

 

 

「何かあったか?」

 

「いきなりバッて顔を上げるからビックリしたわ」

 

「龍已、どうしたの……?」

 

「……いや、気のせいだろう。少しトイレに行って来る」

 

「ん?おう」

 

 

 

さっさとアイスを食べ終えた龍已はトイレに行ってケン達から離れた。まだアイスが食べ終わってないケン達は、龍已に首を傾げたが、気のせいと言って特に気にした様子も無かったし、気のせいだったのだろうと思い、アイスを食べることを続行した。

 

上のアイスの部分を食べ、手に持つコーンのところまできて、バリバリと食べている時に、ふとケンは商店街の奥の方、外から大型ダンプカーが此方に向かって走っているのが見えた。一番外側の店が壊されているので、それの残骸の回収だろうと当たりを付ける。

 

壊されている店の正面には古着屋があり、外に置いてある椅子に小さな女の子が腰かけ、ペットボトルの飲み物を飲んでいる。どうやら母親か誰かの買い物に付き合わされ、飽きたから外で待っているらしい。俺もそんなことしょっちゅうやらされてんだよなぁ、と遠い目をしたケン。

 

だがケンは頭に嫌な光景が思い浮かぶ。トイレに行った龍已が、何かを察知したように、今こっちに向かってくるダンプカーの方を見ていた光景だ。冷たい何かが背筋を凍らせた。アイスに戻した視線をバッとダンプカーに向ける。何気に視力が良い目が捉えたのは……船を漕いでいる運転手の姿だった。

 

 

 

「や……っべェだろ流石にそれは……ッ!!」

 

「んっ!?ケンちゃんどしたん?」

 

「おおうっ……!?龍已といいケンちゃんといい何だ?アイス落とすとこだった」

 

「何かあったの?ケン君」

 

 

 

「お前ら俺の後に付いてこいっ!!──────車が突っ込んで来るぞォ──────ッ!!逃げろォ──────ッ!!」

 

 

 

「「「──────はッ!?」」」

 

 

 

ケンが持っていたアイスを放り投げて、向かいの商店街の中道を走っていった。逃げろと叫んだ事で他の客達が何事かと振り向き、100キロを超える速度を出したダンプカーが見え、一向に速度を落とさない様子に悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

分かっていない者も、大人数が逃げれば自然と逃げなくてはと思って行動する。ダンプカーが突っ込むだろう場所にはまだ少し人が居るが、大人なので走ればその場を後に出来るだろう。問題は嫌な予感があった、椅子に座る小さな女の子だ。

 

女の子は状況が理解出来ていないようで不思議そうな顔をし、次いで自身に向かってくる大きなダンプカーに気が付いた。まだ小さな子供である女の子は、理解してしまった恐怖で脚が竦み、動けなくなってしまった。親が居れば連れ出して貰えるのに、若しかして何か買ってくるからここで待っていてと言われて待っていた口か、と想像して走りながら舌打ちをした。

 

 

 

「間に合え……ッ!!そして唸れ、部活で鍛え途中の俺の神速ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」

 

「叫んでないで走ることに専念しろよバカケンちゃん!!」

 

「クッソ間に合うかこれ!?ケンちゃんがギリ間に合うか間に合わないかくらい!?ケンちゃんはどうでもいいから女の子!!」

 

「どうでもいいってなんだよ!!」

 

「あぁあ……っ!!龍已が何か察知してたのこれ!?もっと警戒しとくんだったっ!!」

 

 

 

ケンの後に続いて走ってきてくれるカン達は流石だとしか言えない。普通は恐怖で、突っ込んでくる車の方へは行けないだろうに。まあ何かとイカレている集団なので、こんな事も平気で出来るのだろう。途中ちょっとふざけていたが、ケンは自身が出せる最高速度で走っている。

 

後少し、後少しで女の子の元に辿り着くと言うところで、ダンプカーとの距離を頭が自然と計算した。仮に女の子の元に辿り着いたとして、恐らくその時にはダンプカーは目の前かも知れない。大丈夫だろうか。あんな速度で走っている大型ダンプカーにぶつかったら、人って生きていられるだろうか。

 

懸命に走る。後先を勝手に考え始めた脳を無視して、手を伸ばし、女の子に触れた。間に合った!そう安堵した時、視界の中が遅緩した。物事がゆっくりと動き、目だけ動かせば、もう目の前にダンプカーが。女の子を咄嗟に抱き締めながら直感した。コレ死んだわ。

 

まだちょっとえっちな年上のお姉さんと夕陽をバックにした初チューもしていないのに、こんな所で死ぬのか。あーあ。終わったー。と、諦めの境地に到達した瞬間、襟首を尋常じゃない力で引っ張られ、抱き締めている女の子共々空中に投げ飛ばされた。

 

放物線を描いて、少し離れた位置に居たカン達の元まで一直線に飛ぶ。とんでもない力だ。自分はまだ中学生とはいえ、人をこうも簡単に投げ飛ばせるものなのか。そう思った時に、身近に出来る奴が一人居た。ゾッとしながら空中で頭を動かし、先程自身が居たところを見ると、こちらに腕を伸ばし、投げ飛ばした時の格好をしている龍已の姿があった。

 

背を向けている。ダンプカーとの距離なんてもう殆ど無いだろう。武術を修める龍已は虎徹が言うに『超人』の域だというが、本来の龍已ならば確実に避けられた。だが今回は無理だ。ケンと女の子が目の前に居て、それを避難させるのに、その場に留まってしまったからだ。ケンは抱き締めた女の子と共にカン達の胸元に飛び込むことになった。そして耳に、ドガンという恐ろしい音が聞こえた。

 

 

 

「ごばぁっ!?」

 

「ごっっぶぇっ!?」

 

「んぐふっ!?」

 

「痛って……っ!?」

 

「あぅ……っ!」

 

「やっべ……ケンちゃんのエルボーが鳩尾に入った……っ!?」

 

「ケンちゃんの踵が鼻にっ…!?クソ痛ぇ……っ!!あ、鼻血出た」

 

「いっててて……僕は後ろに跳ね飛ばされたよ……」

 

「わ、悪い悪い……てか龍已だ!!龍已は!?」

 

 

 

どうにか飛んできたケンと女の子をキャッチした。幸い怪我人は……カンが鼻血を出しているが許容範囲だろう。それよりも位置を入れ替えた龍已だ。龍已はどうなった。キャッチしてもらった龍已は、カン達を下敷きにしながらダンプカーの方を見やる。そこには、女の子が居た店と、その隣にまで頭を突っ込んだダンプカー。そして近くには龍已の姿が無かった。

 

若しかして避けたのか?と思った矢先、ダンプカーが突っ込んで大破している2つの店とは別に、売り物だろう物が飛び散って不自然な乱れ方をしている店が3つあった。ダンプカーが突っ込んだ、2つ目の店の、その先の3つの店である。ケンは理解した。ダンプカーが接触していない3つの店の物が散乱している理由を。

 

ケンと女の子を放り投げた龍已は、やはりダンプカーと接触した。100キロを超える大型ダンプカーとの衝突威力は凄まじく、跳ね飛ばされた龍已は2つの店の壁を問答無用で貫通し、3つ目の店に飛び込んで壁に激突した。物が道に放り出されて散乱しているのは、店の中に龍已が飛び込んできたからだ。

 

 

 

「──────龍已っ!!」

 

「おいおい……マジか!?」

 

「うそ……だろ………?」

 

「龍已……龍已……っ!!」

 

 

 

呆然としたが直ぐに切り替えて、龍已が居るだろう店の元へ駆け付けた。カン達もケンの後に続いて、足の踏み場も無い程物が散乱している店の中を覗き込んで、龍已を見つけた。

 

龍已は砕けた棚の上で大の字になって仰向けで倒れていた。服は杜撰な程破けている。つい先程まで一緒に喋ってボウリングをして、アイスを食べていた龍已は何も言わない。日本人特有の琥珀の瞳は今、瞼によって固く閉ざされている。身動ぎ1つしない。信じたくない未来が濃厚になる。

 

龍已が居る壁とは反対側を見る。そこには吹き飛ばされてきたのだろう龍已によって大穴が開けられた壁がある。それが3枚。普通は一枚目で人体が砕けても良いのだが、いや、ダンプカーとぶつかった衝撃で見るも無惨な事になっても仕方なかった。

 

ケン達はフラフラとしながら龍已の元にやって来て、その手を掴む。武術をやっているから異様に硬い手だ。もう無くならないタコだらけで、傷だらけの、同じ男でも顔を顰めるだろう程の手だった。しかしケン達は、その手がとても綺麗に見えていた。女優やアイドルなどの女の子の手よりも、何倍も綺麗で美しい手だと思っている。

 

この傷は全て龍已の並外れた努力の証。幼児の頃より施されていた常人には耐えられない濃密な稽古。そんなものをしていると軽く言われた時は、そうかなんて言ったが、その所為でゲームもしたことが無いと言われた時には大層驚いたものだ。

 

傷は手だけでは無い。本人曰く、修めている武術は徒手空拳だけでなく、ありとあらゆる近接武器を扱うという。そのため、体中に切り傷だらけで、一体どこの傭兵だと言いたくなるような体をしている。だからか、龍已は学校でプール等といった服を脱ぐ必要がある授業は必ず見学していた。

 

自分達以外の奴等は、龍已が恥ずかしがって休んでいるんだと陰で言っていたが、ケン達は休んでいる理由を知っていた。怖がらせない為だ。子供なのに全身傷だらけだと怖いだろうからと、気を利かせて休んでいたのだ。皆がプールの授業ではしゃいでいる時に、暑さで大汗を流しながら、ジッと体育座りをしてその様子を見ていただけの龍已。

 

一人だけ参加しなかった龍已に、次の授業からは水着をワザと全部忘れて一緒に見学した。一緒に何時ものバカな会話をして、龍已がそれを静かに見守って、雰囲気が楽しそうなことを皆で笑った。

 

 

 

「龍已……ごめん……俺の代わりに……っ!!」

 

「死なないでくれよ…なぁ……っ!!」

 

「俺、まだ遊び足りねぇよぉ……っ!まだ中学一年なんだぞ……もっとバカやろうよ……!祭り、一緒に行くんだろ……!!」

 

「嫌だ……嫌だよ龍已……っ!!」

 

 

 

龍已は本当に良い奴だ。宿題を忘れてしまった時は静かに見せてくれるし、分からない問題があったら分かりやすいように教えてくれる。困っていたらさり気なく手伝ってくれる。危ないときは危ないと止めたり、注意してくれる。

 

プールの時のことだったり、学校で呪霊の事を話して気味悪がられても無意味に怒らなかった。別のクラスの奴等が龍已のことを陰で悪口を言っていて、怒って殴りに行こうとしたら、余計な面倒になって捲き込んでしまうからと言って宥めてくれた。そしてお礼を言ってくるのだ。ありがとう……と。だから親友になった。掛け替えのない友達になった。

 

 

 

「俺は嫌だからな、こんな所でお別れなんて……っ!!」

 

「何でこんな事に……っ!!」

 

「死んだらダメだよ……龍已っ!!」

 

「ぉ……起きてくれよ……龍已っ!!」

 

 

 

「──────……何を騒いでいる」

 

 

 

「…………………え?」

 

「龍已……?」

 

「龍已お前……っ!!」

 

「生きてたんだねっ!!」

 

「当たり前だ。俺を勝手に殺すんじゃない」

 

 

 

龍已の元に縋り付いて泣いていたケン達とは別に、死んだと思った……若しくはかなりヤバい重傷だと思っていた龍已がムクリと起き上がった。上半身を起こし、服に付いた大量の瓦礫や砂を叩いて落としている。パンパンと叩いて埃を落としている、何時もの様子の龍已に目を丸くした。

 

え?あの大型ダンプカーに跳ね飛ばされて、しかも店の壁何枚もぶち抜いたというのに、こんなにケロッとしていていいものだっけ。別に苦しんで欲しいという訳じゃないけれど、痛がったり悶えたりするもんじゃなかろうか。

 

 

 

「大丈夫……なのか?」

 

「見た感じ……店の壁ぶち破ってたみたいだけど……」

 

「服が派手に破れてそう見えるだけで、傷は無い。骨に異常も無い。接触する瞬間に呪力で防御し、『金剛』も使いながら衝撃を殺すのに後ろへ飛んだ。壁に激突する寸前には拳を叩き込んで破りやすくした」

 

「対処完璧かっ!?」

 

「じゃあなんで目瞑ってたの?」

 

「そうだ!それのせいで意識不明の重体とか思ったわ!」

 

「あぁ、それか。それは……俺が2つ目に突き破った店があっただろう。甘栗の店の。目を瞑っていたのはやってしまったと思ったからだ。甘栗買おうと思っていたのに……」

 

「やっちまったぁ……っ!!ってやってただけかよ!!」

 

「それだけなのに、お前達が死なないでと泣き縋ってくるから驚いたぞ。俺が時速100キロ以上の大型ダンプカーに正面から轢かれた程度で死ぬわけが無いというのに」

 

「普通死ぬからね??」

 

「傷一つ無いのは普通におかしいっ!!『超人』は万能の言葉じゃないからっ!!」

 

 

 

無傷な龍已に不平不満をぶつけながら、ケン達は心底安堵していた。親友が目の前で死にそうになるのは、いくらイカレている彼等とはいえ心臓に悪すぎる。何だったら庇われたケンは特に心臓に悪かった。自分の所為で親友が死んだら、その後のことは目も当てられない。

 

ズボンも適当に叩いて満足したらしい龍已は、破壊された棚のベッドから立ち上がり、念の為に体を動かして動作確認をした。問題はやはり無かったようで、何時もの無表情を向けてくる。

 

 

 

「龍已、言いそびれたけど、助けてくれてありがとな!マジで助かった」

 

「ぁの……」

 

「うん?あ、さっき助けた女の子だ」

 

「た、助けてくれて……ありがとう!お兄ちゃん!」

 

「……へへっ。どういたしまして!」

 

「投げた俺が言うのもなんだが、無事で何よりだ」

 

「今度何かあったときは、ちゃんと逃げるんだぞぅ?」

 

「うん!ほんとにありがとう!お兄ちゃん!ばいばいっ」

 

「「「バイバーイ!」」」

 

 

 

助けた小さな女の子はお礼を言ってから、手を振って走っていった。視線の先には女の子の母親と思われる女性が泣きながらしゃがんで抱き締めている。無事に助けてあげる事が出来て良かったと、ホッとした気持ちになっていると、女の子を抱き締めている女性が顔を上げて此方を見た。女の子も興奮したように話し、母親が目を見開いている。

 

どうやら車に轢かれそうになったところを助けてもらったんだと話したようだ。ケン達の後ろには店に突っ込んだダンプカーが。そして自分の娘が話した内容を合わせれば、ケン達が娘の命を助けてくれた恩人であることが分かる。

 

ケン達は別に、誰かに褒められたくてやった訳では無い。そして女の子を助けることが出来て達成感はあれど、命の恩人だからと必要以上に感謝されるのも、お偉いさんから命を救ったとして賞状とか貰うのも、普通に面倒くさかった。確実に対応すれば、このことは学校に行ってしまう。つまり逃げることにした。

 

 

 

「逃げんぞっ!!」

 

「あれ!?龍已がもう居ねぇ!?」

 

「あっ……もうあんなところに!?」

 

「アイツこうなること察してあの子が背中向けたらもう走ってたな!?もうアイツの背中米粒みたいじゃん!!」

 

「チャリどこ置いたっけ!?」

 

「人が逃げた方向だよっ!!」

 

「うっわ、これ回り込まないとチャリんとこ行けねーじゃん!!クソだるッ!!」

 

「龍已走りだからって置いて行きやがって!!」

 

「ぜってー後でジュース奢らせてやるァッ!!」

 

 

 

バタバタと忙しそうにケン達は駆け出した。女の子の母親が待ってと叫んでいたが、その奥に騒ぎを聞き付けた警察が見えたので待つわけが無い。

 

 

 

 

 

 

別に何かをやらかした訳でも無いし、寧ろ良いことをしたのに警察に追われている。龍已やケン達は滅多に無い変な日常に、笑いながら必死に自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉ。突然で悪いが緊急依頼だ。内容は攫われた人質の奪還。人質に一切の傷は許されない』

 

「俺が呪詛師抹殺の依頼以外受けないのを知っているだろう。他の優秀な呪術師に頼むんだな」

 

『そのご優秀な呪術師サマが出払っていて俺達の方にまで要請されたんだよ。それに、人質攫ったのは呪咀師集団だぜ。しかも生死は問わず……だ。報酬もかなり用意されてる。それだけの奴等が相手らしいぜ』

 

「──────分かった。話を聞こう」

 

『そうこなくっちゃな──────』

 

 

 

 

 

 

──────黒い死神サマ。

 

 

 

 

 

 

 

 






商店街に突っ込んだ運転手

眠くてうたた寝していたら商店街に突っ込み、危うく子供を轢き殺すところだった。まあ中学生轢き飛ばしたけどね!このあと解雇された。




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