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読めないニックネーム(再開版)

世の中の不正に憤る私が、善良かもしれない皆様に、有益な情報をお届けします。単に自分が備忘録代わりに使う場合も御座いますが、何卒、ご容赦下さいませ。閲覧多謝。https://twitter.com/kitsuchitsuchi

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『千の顔をもつ英雄』 。エンダーのゲームの作者オーソン『How to Write Science Fiction & Fantasy』。アニメ版『蟲師』を三幕構成で分析 

『ザ・ストーリー』 『詩学』『千の顔をもつ英雄』
『How to Write Science Fiction & Fantasy』『俳優の仕事』。
クリエイター育成動画。『スペースオペラの書き方』。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-197.html
から
『千の顔をもつ英雄』
『How to Write Science Fiction & Fantasy』の個所を切り取って移動して加筆した記事。

目次:
『How to Write Science Fiction & Fantasy』
『千の顔をもつ英雄』〔新訳版〕
アニメ版『蟲師』を三幕構成で分析
参考資料




Orson Scott Card 『How to Write Science Fiction & Fantasy』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/158297103X?ie=UTF8
”Learn to write science fiction and fantasy from a master

You've always dreamed of writing science fiction and fantasy tales that pull readers into extraordinary new worlds and fantastic conflicts. Best-selling author Orson Scott Card shows you how it's done, distilling years of writing experience and publishing success into concise, no-nonsense advice. You'll learn how to:

utilize story elements that define the science fiction and fantasy genres
build, populate, and dramatize a credible, inviting world your readers will want to explore
develop the "rules" of time, space and magic that affect your world and its inhabitants
construct a compelling story by developing ideas, characters, and events that keep readers turning pages
find the markets for speculative fiction, reach them, and get published
submit queries, write cover letters, find an agent, and live the life of a writer

The boundaries of your imagination are infinite. Explore them with Orson Scott Card and create fiction that casts a spell over agents, publishers, and readers from every world.

著者について

Orson Scott Card is one of the biggest names in science fiction and fantasy. He won both the Hugo and Nebula science fiction awards for best novel for two consecutive years - something no other writer has done. In addition, he was the first writer to ever win a Nebula and a Hugo for both a book and its sequel. ”


著者について
エンダーのゲームの作者、つまり超大物。
カードは創作についての本を2冊書いていて
1988年Characters and Viewpoint、
1990年 How to Write Science Fiction and Fantasy(本記事で扱う)。

多少経歴などを記すが、彼の作品の価値を下げるものではないので注意。
彼の作品を深く理解するためには必須の知識といえる。
オーソンはブリガム・ヤング(※)の子孫であり、
熱心なモルモン教徒で宣教活動歴あり。
特別な血筋。
National Organization for Marriage(同性婚を法的に認めさせることに反対している団体)の役員。
SFおよびファンタジーのアマチュア作家のコンテスト Writers of the Future (WOTF)の審査員も務めている。
WOTFはL・ロン・ハバードが創始したもので、サイエントロジーが主催。

※ブリガム・ヤング
(Brigham Young 1801年6月1日 - 1877年8月29日)
ジョセフ・スミス(モルモン教の創設者)の後継者。
1847年から末日聖徒イエス・キリスト教会の大管長。
ソルトレイクシティを設立。
1850年から1858年までユタ準州初代知事

ここから本文 索引含め全部で140ページぐらいの本。
英文なので私が日本語に翻訳しているが、翻訳文をそのまま書いているのではない。
当然、誤訳も誤解もありうるので注意。

p.18
短く言うなら、
サイエンスフィクションとファンタジー物語は
今まで決して存在したことがない世界か、知られていなかった世界で
展開する物語である。

p.31から
著者が最初のセッション(授業時間)で生徒に考えてもらったのが
マジックの代償。
マジックが無制限ならキャラクターが万能の神々になり、
何でも起こることが可能、つまりストーリーが無い。
マジックには厳しい制限が必要。
このセッションで多くのアイデアが出たが、
著者が本当に心打たれたのが血をコストにするマジックだった。
自分の指一本を針の先などでちくりと刺して力を得るような簡単すぎるものではない。
十分量の生物の血液が必要で、
その血液にはその生物の生命全体が詰まっている。
生物が出血多量で死んだときのみ力を得られる。
力の量は使用される生物の血液に依存する。
ハエ(fly)一匹を殺して得られるパワー(魔力)は、
スープが煮えこぼれるのを防ぐていどである。
1羽の兎なら敵を病気にしたり、一人の子供を癒すことができる。
一頭の鹿、雄鹿(hart)なら何時間か何日か不可視になれる。
人間一人ならreal(真の)魔力を得られる。
(この記述の後にオーソンの作品Hart's Hopeについて書いている。
上記の設定を取り入れた作品。

Hart's Hope
https://en.wikipedia.org/wiki/Hart%27s_Hope
”all magic, whatever its purpose, must be paid for in blood. The larger or stronger the animal, the more powerful its blood; a dead animal's blood is also weaker than that of one still living, meaning that a spellcaster has only limited time to work their magic before the stricken animal dies.”

グーグルのサイト翻訳機能より
”すべての魔法は、その目的が何であれ、血で支払わなければなりません。動物が大きくなったり強くなったりするほど、その血はより強力になります。死んだ動物の血はまだ生きている動物の血よりも弱いので、魔法使いは攻撃された動物が死ぬ前に魔法を使う時間が限られていることを意味します。”

生贄を即死させないからえげつないな。
即死させないということは死者蘇生魔法でなく治癒魔法で即死を防げるな。
死者蘇生より治癒魔法の方がコストは低いだろう。)

このHart's Hope(雄鹿の希望)の英雄は魔法の力を吸収できる。
(前述のウィキより
”But the gods still have some power, and they arrange for Palicrovol to father a bastard son with specific magical properties who will destroy Queen Beauty—a son named Orem, whose great power is that he is a "Sink", a person in whose presence magic has no power. He is also innocent and good, and is able to win over his mother's husband (though his mother prefers that he play outside, since she can't execute any of her household spells when he's nearby). Of course, since none of the strengthening spells make him any more muscular, he cannot join the military, and is instead passed on to the clergy. From there he travels to Inwit, where he spends a short time on the street before coming under the tutelage of the wizard Gallowglass, who teaches him to control his power. ”

グーグルのサイト翻訳機能
”しかし、神々はまだある程度の力を持っており、彼らはパリクロボルがろくでなしの父親になるように手配します女王の美を破壊する特定の魔法の特性を持つ息子—オレムという名前の息子。その大きな力は彼が「シンク」であり、その存在下で魔法に力がない人であるということです。彼はまた無実で善良であり、母親の夫に勝つことができます(ただし、母親は近くにいると家事の呪文を実行できないため、外で遊ぶことを好みます)。もちろん、強化呪文のどれも彼をこれ以上筋肉質にしないので、彼は軍隊に加わることができず、代わりに聖職者に渡されます。そこから彼はインウィットに移動し、そこで彼は彼の力を制御するように彼に教える魔法使いのガロウグラスの指導の下に来る前に通りで短い時間を過ごします。”

グーグルのサイト翻訳機能がダメすぎるな。
DeepL翻訳では
”しかし、神々にはまだ力があり、パリクロボルに、美女王を滅ぼすような特殊な魔法の特性を持つ私生児を産ませるよう手配した。彼は無邪気で善良な性格で、母親の夫を虜にすることができます(ただし、母親は彼が近くにいると家事の呪文を実行できないので、外で遊ぶことを好みます)。もちろん、どの強化呪文も彼をより筋肉質にするものではないので、彼は軍隊に入ることはできず、代わりに聖職者にまわされる。そこからインウィットに行き、しばらく路上生活を送った後、魔法使いのギャロウグラスの指導を受け、自分の力をコントロールすることを学びます。”

つまり、この話のヒーローの能力がアンチ魔法。
強化魔法で筋力強化ができないので軍人になれなかった。
主人公の能力が反魔法なのは本作(1983年)より前からあるだろうなあ)


・p.47から
必ず魔法のルールは非常に明白にすること。
①魔法でなんでもできると読者に思わせてはいけない
②注意深くルールを考案するほど、
魔法の制約を知ることができ、
より話の可能性が広がる。

(魔法は何でもありにしてはいけない。
制約のかけ方で作者の実力がわかる。
『新世界より』の設定が上手い。)

いろいろな魔法システムの紹介


使用者は手指やつま先から自身の肉体を失う


自分自身の肉体を切らないといけない。
骨を切り込みを入れている(incise)あいだ、呪文を唱える。
苦痛が長い程、そして切り取る肉体部位が大きいほど、得られる力は強くなる。


2と逆で自分ではなく他人の肉体でよい。
マジシャン(魔法使い、魔術師)は社会的に排除された人々や、
精神に欠陥がある者(精神障害者)をストックしている。


他者が自ら望んで肉体の一部を差し出さないといけない。


誰かが肉体の一部を失うが、使用者は誰が失うかはあらかじめわからない。
ウィザードはこのことを知っているが黙っているので、
一般には病気だと思われている。
代償としての病気は20年前は出血性潰瘍(bleeding ulcer)であり、
今は結腸がん(colon cancer)である。


使用者が最も愛する者の肉体の一部を失う。
この最も愛する対象について偽ることはできない。
最も愛する者が自分自身なら自分自身の肉体の一部を失う。

p.73から
ストーリーをどこから始めて終わるか?

初めに緊張感を作り出して、終わりに解消。

作者によるMICEという四種類の話の分類の記述。

M
=milieu
(ミー「リア」ー。フランス語。(社会的な)環境、境遇

(大帝の方がはるかにわかりやすく解説しているので後に引用)

Characterストーリーでは
Characterではメインcharacterが役割を変わって終わらせること。
謎を解き終わってからではない!
謎解き話(Ideaストーリー)ではcharacterが人生で新たな役割を見つけることで終わってはいけない。

Eventストーリーは世界の無秩序を回復する話。
ベオウルフ、ハムレット、マクベス、
ロードオブザリングなど。

Eventストーリーでプロローグを書いてはいけない。
ホメロスはイリヤッドをアキレスの個人的な怒りから始めている。

メモは以上。




これは名著!オースン・スコット・カードのハウツー本
shometuzumiblognanodeURLhanaiyo
”オースン・スコット・カード、いわずと知れたSF界の巨匠。
知らない人はいないと思うけど、知らない人のために説明すると
”エンダーのゲーム”の著者。

この人の本に影響を受けたクリエイターは数多い。
マブラヴの作者の吉宗氏もそうだし、

「”SF界の宮部みゆき”とかいう失礼な形容詞まで存在する」

宮部みゆきなんか足下ににも及ばないくらいの大物だよ。全く。
それでも分からないという人のために分かり易く例えると

「鎌池和馬なんか跡形もなく消し飛ぶぐらいの大物」

さて、日本ではカードの小説の方は和訳されているが
残念ながら小説ハウツー本の方は和訳がない。

"How to write Science Fiction & Fantasy"、
この本、実は100ページちょっとしかない
小冊子。

「至高の名著」

アメリカのハウツー本ばかり紹介してきているが、
実はフェイド大帝、日本のハウツー本も大体は読んできた。

なので、大体皆似た様なことを書くのでこれ以上新しい発見は
ないかなと思っていたのだが......
カードの本の内容には本当にビックリ。

「SF界の巨匠はハウツー本を書かせても巨匠だった」

ただ、基本的にコレ、カード自身の経験則を元に書かれているため
学術的な理論ではない。
だから、ハリウッドの脚本ハウツー本やロバート・マッキーみたいな
固い本を想像されていると肩すかしを食らうかもしれない。
だけど、その分非常に分かり易く書かれているし、英語も
難しくない。流石、小説家なだけあってきちんと伝わる事を
ちゃんと念頭において書いている。

和訳がないので、要点だけ書いてみたいと思います。

 SFとファンタジー全般の説明:

 業界史だとかをザックリ説明。
 一番役に立つのが、SFでよく出て来る宇宙航行技術だとか
 ファンタジー小説の魔法の仕組みの一覧表。

 「SFではワープ技術を使ってはいけない!」

 え!?なんで?って思われる方もいるかもしれないが、実は
 ワープ技術って”スタートレック”の商標登録技術らしい。
 宇宙航行技術の設定の作り込みってのはSF作家がかなり力を
 割く部分らしくて、”ワープ”というのは”私には科学技術の知識が一切ありません”
 と同義らしい。

 また、過去の作品を一通り読通す事も薦めている。
 過去の作品に精通すれば、大体どんな科学技術が
 既に使われているか見通しがつくかららしい。
 (そこから新しい技術を新たに発想していく)

 世界観/設定の構築:

  実例で示している。街のマップを作ってから
  設定を作り込んでいく方法を紹介。
  作例ではファンタジー物を扱っている。
  この段階ではストーリーまでは考えない。
  あくまで設定厨がやるような方法で
  舞台を作り込んでいく。

 ストーリー: 

 ここでカードは独自のMICE理論なる物を提唱。
 MICEというのは、

 Milieu, Idea, Character, Eventの頭文字を取って
 作られた造語だ。
 これは小説におけるストーリーのタイプの大まかな
 分類方法。

 Milieu: フランス語で”場所”という意味だが
     どっか行って帰って来る冒険もの全般を
     指している。
     ”ガリバー旅行記”や”オズの魔法使い”。
     日本で言うと大長編ドラえもんとかが
     このタイプ。

 Idea: この場合のアイデアというのは
    ”情報”のこと。
    いわゆる”謎解き”というやつ。
    探偵物だとかミステリーを指す。

 Character:キャラの成長物語みたいなやつ。
       萌えキャラが騒ぐだけの小説は
       違う。
       古典でいうとディケンズの伝記小説
       とかがそうか?

 Event:世界の不秩序に秩序をもたらす物語。
    ”ロード・オブ・ザ・リング”、
    ”インディー・ジョーンズ”等。

カードの理論だと大体の小説がこの4つのうちの
どれかに当てはまるという。
なぜ、こういった分類をするのかというと、
ストーリーを作る際に重視しないといけないのが

「どこで始めて、どこで終わらせるか」

らしい。

で、分類が分かるとこの「始まりと終わり」が一目瞭然になる。
例えば探偵物だと、真犯人の正体が分かった時に物語が終わるなど。
冒険ものだと異世界から家に帰ってきた時など。

後、語りの人称については限定3人称をカードは薦めている。
日本のラノベ教則本等で薦めまくっている1人称はやめた方がいいと
言っている。理由は”素人くさい”というのと上記の”アイデア型”との
相性が悪いかららしい。例えば探偵ものだと、探偵の1人称で
語ってしまうと、物語の結末に至る前に犯人が分かってしまうなど
の矛盾がおきる。


後の章は英語の文法と出版するための売り込みだとか
投稿の話。アメリカ市場限定の話なので割愛します。
一つ面白かったのが日本のハヤカワのSFマガジンが
高評価されていたこと。アメリカ人でも翻訳して
どしどし応募すべしと薦めている。


大まかな内容は以上の通り。
薄い本だし、英語も難しくないのでできれば
原著を買って辞書引きながらでも読んで貰えると
嬉しい本かな。

実は、カードのハウツー本はもう一冊ある。
そっちはキャラ作りと人称語りに特化した一冊。

その前にカントとニーチェの道徳本を読みたいので
カードの続編の紹介はもう少し先になりそうです。
(時たま哲学書が読みたくなるのだ)”



アメリカで最も人気のある小説ノウハウ本達
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-480.html
”お待たせしました。というか待たされたのはフェイド大帝ですが。

Amazonからアメリカの小説ノウハウ本が届いたのでリストアップします。
ここに挙げるのはフェイド大帝がアメリカのレビューや掲示板の
一般人のコメント等から解析したアメリカで最も売れている&
人気のあるノウハウ本達です。

小説創作関係:

 ・Characters & Viewpoint (Elements of Fiction Writing)
  Orson Scott Card

 ・How to Write Science Fiction & Fantasy
  Orson Scott Card

  ええ、ご存知だと思いますがSF「エンダーのゲーム」の
  オーソン・カード先生のノウハウ本です。
  ”この人、ノウハウ本なんて書いてるの!?”と思われた
  方、書いちゃうんですよ~ しかも2冊も。
  ちなみにカードの小説は日本のクリエイターも影響受けている
  人が多くて、マブラヴの作者もカード・ファンらしいです。

 ・On Writing: 10th Anniversary Edition: A Memoir of the Craft
  Stephen King

  皆さんご存知、ホラーの大御所のキングの本です。
  一応、和訳があって日本では「小説作法」と呼ばれている
  本です。

 ・Bird by Bird: Some Instructions on Writing and Life
  Anne Lamott

  アメリカノウハウ本の大統領。この本やたらと色々な場所
  で出てきます。ノウハウ本なのに泣ける内容らしくて
  正に”全米が泣いた”級の本らしいです。

 ・Writing the Breakout Novel
  Anne Perry, Donald Maass

  これも意外と色々な所で挙げられていた本。
  実用的らしいです。

 ・The Art of Fiction: Notes on Craft for Young Writers (Vintage)
  John Gardner

  故人ですが、ファンタジー小説家のガードナーさんの本。
  ”On becoming a novelist”という別の著作があって
  そちらの方はロバート・マッキーの参考文献にも
  挙げられています。

しかし、日本で有名なディーン・クーンツの”ベストセラー小説の書き方”
は全然出てこないですね......
以上が小説系のアメリカの鉄板本達です。

映画脚本創作系:


 ・500 Ways to Beat the Hollywood Script Reader: Writing the Screenplay the
  Reader Will Recommend
  Jennifer Lerch

  ハリウッドの”下読み”を攻略するためのノウハウ集です。

 ・Writing Screenplays That Sell, New Twentieth Anniversary Edition:
   The Complete Guide to Turning Story Concepts into Movie and
  Television Deals
  Michael Hauge

  反ロバート・マッキー派おススメの中級者用の本です。

 ・Screenwriting: The Sequence Approach
  Paul Joseph Gulino

  反ロバート・マッキー派の上級者用の本。
  UCSで教える8シーケンス・メソッドという
  脚本法の説明本でもあります。
  このメソッド、日本では全く紹介されてません。

一応、反ロバート・マッキー派の入門者用のおススメ本は
和訳のある”Save the cat!の法則”です。
同じ著者からは続編が更に2冊出てますがこちらは
和訳がないです。

演技関係:

 ・The Power of the Actor
  Ivana Chubbuck
  
  ハル・ベリーとかの指導をした人だったかな?

 ・The Intent to Live: Achieving Your True Potential as an Actor
  Larry Moss

  ミリオンダラー・ベイビーでアカデミー賞取った女の子の
  コーチの本です。
 
実は演技部門の№1は和訳のあるスタニスラフスキーの
著作です。(俳優修行、俳優の仕事、等)
2位と3位が上記の2冊です。
4位以降は和訳のあるウタ・ハーゲンやステラ・アドラー
の本でした。
なぜ、創作文芸で演劇の本を?と思われるかもしれませんが
キャラ作りのために使えると思ったからです。

以上、読み終わったらまた感想書きます。 “





千の顔をもつ英雄〔新訳版〕
『千の顔をもつ英雄』(The Hero with a Thousand Faces)は1949年に刊行。


いつか読もうと思っていたが、実行しようと思ったのはこの動画を見たから。




フェイド大帝(消滅済み記事より)
”スターウォーズのルーカスに多大な影響を与えた
というジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」も
読んでみたのですが、こちらは訳が酷過ぎて日本語に
なっていないのと、元のキャンベル自身がちょっとヤバイ
薬が完全に決まったニューエイジヒッピーみたいな
思想の持ち主のため、言っていることも支離滅裂で
意味不明のため、断念しました。
う~ん、この本、原本はまともなのかなぁ?”

なので、新訳を読むことにした。
読了したら、キャンベルは大帝の指摘通り、
万教帰一系の新ヤソ思想。
宗教を問わない普遍的な神話構造の用語にキリスト教の贖罪を使っているからね。
インド神話を重視しているらしいので典型的な神智学系。
ユングも重視しているので神智学のミード派の偽グノーシス系の思想。
つまり、キャンベルの神話構造は西洋思想が強いので人類普遍の神話構造ではないことに注意。
スター・ウォーズ(新ヤソ系)への影響が強い本だと納得できる。

人類普遍(笑)の神話に沿っているから大ヒットするのではなく
支配層が好む神話に沿っているから大ヒットする!


ここからメモ

※下巻の一部を最初に載せているので注意。

下巻 p.88の図
「英雄の旅」

冒険への誘い
→助力者
→(境界の越境
兄弟の戦い
龍との戦い
四肢解体
磔刑
誘拐
夜の航海
不思議な旅
クジラの腹)
→試練
(助力者と試練の間に冒険の境界がある)
→助力者(2回目)
→(神話的な円環の底
1.聖婚
2.父との和解
3.神格化
4.霊薬泥棒。
これら4つは、
神話的な円環の底にたどり着いた英雄が
究極の試練を経験して手に入れる見返り)
→逃走
→(帰還
復活
救出
境界での争い)
→霊薬
(逃走と霊薬の間にも冒険の境界がある)
→最初に戻る
(元の図は円が基本なので文字にするとこれが限界。
私が著者による補足などを足した個所あり)

この図の次のページから
第4章 鍵 が開始され、著者自身による要約がある。

pp.89-90
” 冒険は、前頁の図に要約できる。
 神話の英雄は、
日常生活を送る小屋や城から旅立ち、
誘惑されたり、さらわれたり、
あるいは自発的に進んだりして、
冒険の境界へと向かう。
そしてそこで、境界を守っている影の存在と出会う。
英雄はその力を打ち負かすかなだめるかし、
それから生きたまま闇の王国に入るか
(兄弟の戦い、龍との戦い、供物、呪文)、
敵に殺され死の世界へと降りていくか(四肢解体や磔刑)する。
境界を越えると、英雄はなじみがないのに不思議と親しみを覚える力の支配する世界を旅することになる。
力の中には、厳しく彼を脅かす力もあれば(試練)、
魔力で助けてくれる力もある(助力者)。
神話的な円環の底にたどり着いた英雄は、
究極の試練を経験し、見返りを手に入れる。
その勝利は、英雄と世界の母なる女神との性的結合(聖婚)や、
父なる創造主からの承認(父との和解)、
あるいは英雄自身が聖なる存在になる(神格化)という形で描かれる。
その力が依然として英雄に好意的でない場合、
褒美を盗み出すことによって手に入れる(花嫁の略奪、火の盗取)こともある。
本質的に、それは意識の、と同時に、存在の拡張である(啓示、変容、自由)。
最後は帰還に取り組むことになる。
力に祝福されているなら、
英雄はそれに守られて帰途につく(使者)。
そうでない場合、英雄は逃げ、追跡を受ける
(変身による逃走、障害物による逃走)。
帰還途上の境界で、超自然的な力は英雄の背後にとどまるしかない。
英雄は、恐怖の王国から再び姿を現す(帰還、復活)。
英雄が持ち帰る恩恵は世界を復活させる(霊薬)。

 単純な構造を持つモノミスの円環上で起こるさまざまな変化は、言葉では説明しがたい。
物語の多くは、完全な円環の典型的要素(試練のモチーフ、逃走のモチーフ、花嫁の誘拐)を
一つ二つ取り出し、脚色している。
いくつもの独立した円環を一つの物語につなげているものもある(『オデュッセイア』のように)。
いろいろな人物やエピソードが入り交じることや、一つの要素が繰り返され、
さまざまな変化を経て再現されることもある。



(言っておくが、これに沿っていない名作は大量にある。



解説 風野春樹 精神科医

 長い目で見てみれば、二〇世紀で最も影響力のあった書物のひとつは、
ジョーゼフ・キャンベルの『千の顔を持つ英雄』になるのかもしれない。
       ――クリストファー・ボグラー
       (『物語の法則』より KADOKAWA刊 府川由美恵訳)

「彼(キャンベル)の本に出会っていなければ私はいまだに
スター・ウォーズ・シリーズの脚本執筆に追われていただろう」と、
ジョージ・ルーカスは八四年のインタビューで語っている。

本書は、1949年に初版が刊行された比較神話学の古典であり、
今なお世界中で広く読み継がれている名著である。

繰り返し現れる共通の構造
  英雄はごく日常の世界から、
 自然を超越した不思議の領域へ冒険に出る(出立)。
 そこでは途方もない力に出会い、
 決定的な勝利を手にする(イニシエーション)。
 そして仲間に恵みをもたらす力を手に、
 この不可思議な冒険から戻ってくる(帰還)。

これが英雄の旅の基本構造。
行きて帰りし物語。
世界各地の民族の通過儀礼(イニシエーション)にも共通。

キャンベルの理論は、ユングからの影響が大きいが、
キャンベル自身は決してユング一辺倒というわけではない。

世界中のすべての英雄神話は、たったひとつの原型となるプロットのバリエーションなのである。
これをキャンベルは単一神話(モノミス)と名づけた
(この単語自体はキャンベルの造語ではなく、
ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』から借りたもの)。

(一神教的発想。万教帰一思想じゃねーか!
またユングかよ!
ミード派グノーシスもどきかよ!


詳細に検討はしていないがマイナー神話ならキャンベル理論が当てはまらないのがあるでしょ↓

『アフリカの創世神話』『アステカ・マヤの神話』ジョ(空気)の奇妙な冒険
【メソアメリカ、アステカ、マヤ神話、ジョジョ、FGO】http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-400.html
”マイナーなアフリカ神話などを元にしたら盗○だと言われないのに。
異常に売れている尻社系の作品が神智学など似た思想ばかりでつまらん。
タイ呪術なら高確率でネタは被らない!



本書に影響された作品などの列挙。
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』
グレイトフル・デッド
『ダ・ヴィンチ・コード』のラングドン教授のキャラクター造形
スター・ウォーズ。

スター・ウォーズの最初の三部作と本書を比較してみれば、
冒険への召命や守護者との出会い、
胎内めぐり、
さらには父親との一体化といった、
本書の「英雄の旅」のプロットをなぞっていることがわかるはずだ。

解説冒頭で引用したボグラー。
ボグラーはハリウッドでストーリー開発コンサルタント
(そういう職種があるらしいのだ)をしている人だが、
ディズニーで働いていたときに本書を読み、
内容を短くまとめて七ページの「『千の顔を持つ英雄』実践ガイド」を書き上げた。
そのマニュアルはディズニーのストーリー開発部門に広まり、
「アラジン」「ライオンキング」などに使われたという。
そのメモをもとに『神話の法則』などの物語創作指南書を出版し、
それがさらにハリウッドの映画製作者に影響を与えている。
ヒット作を生みだすためのストーリー開発ツールになった。
これはハリウッド映画のストーリーの画一化の元凶になっているような気もしてしまうのだが、
もちろんそれはキャンベルには何の責任もないことである。
(7ページに要約できるらしい)

キャンベルはインドの聖典ヴェーダを引用してこう書いている。
「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る」
人間の本質は、神話が生まれた古代も今も変わることはない。
すべての宗教の本質は同じである。
キャンベルのこの信念は、初期作の本書でも
晩年の『神話の力』でも、一貫して変わっていない。

(キャンベルの万教帰一思想の元ネタはヴェーダ?
仏教、ジャイナ教、儒教などはヴェーダの定義する真実を否定。
すべての宗教の本質は同じではない。
帰一は異教をすべて滅ぼさないと達成不可能。
これに賛同している宗教家は99%無知か意図的工○員)

初期仏教とジャイナ教との比較
http://echo-lab.ddo.jp/Libraries/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80/%E7%B4%80%E8%A6%8129(2000)/%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%AD%A6%E8%A1%93%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80%E7%B4%80%E8%A6%81%E3%80%80%E7%AC%AC29%E5%8F%B7%20L016K.R.Norman%E3%83%BB%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E5%AE%88%E4%B8%80%E8%A8%B3%E3%80%8C%E5%88%9D%E6%9C%9F%E4%BB%8F%E6%95%99%E3%81%A8%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E6%95%99%E3%81%A8%E3%81%AE%E6%AF%94%E8%BC%83%E3%80%8D.pdf
”ジャイナ教徒と仏教徒は両方とも沙門の宗教的伝統に属していた。彼らはバラモン的宗教の基盤を否定することで一致した。すなわちヴェーダ(Veda)の聖典的権威等、ヴェーダの犠牲祭の効能、そしてヴェーダの神々の宗教的な地位である。両宗教の指導者はまた再生の循環から逃れる方法を見出すという彼らの教えの主な目的でも一致していた。彼らは結果的に輪廻(saṃsāra)が永遠であることを基盤とするウパニシャッド的アートマン(ātman)を否定することで一致した”



上巻

キャンベルによる
1949年序文
p.15
『ヴェーダ』にはこうある。
「真実はひとつ。賢人はそれにたくさんの名前をつけて語る(2)」

原注2
リグヴェーダ:1.164.46.

p.54から
英雄の神話的冒険がたどる標準的な道は、
通過儀礼が示す定型――分離、イニシエーション、帰還――を拡大したものであり、
モノミス(神話の原型 monomyth)の核をなす単位と言ってもいいだろう。

(左回りの矢印による円。
円を赤道の様に横断する直線があり、
円との交点の、見る側視点で左側にX、
右側にZ。
円の最下部はY)
英雄はごく日常の世界から、
自然を超越した不思議の領域(X)へ冒険に出る。
そこでは途方もない力に出会い、決定的な勝利を手にする(Y)。
そして仲間に恵みをもたらす力を手に、
この不可思議な冒険から戻ってくる(Z)。

最初の大きな舞台は
「分離」または「出立」。

一、冒険への召命
(英雄に下される合図)

二、召命拒否
(神から逃避する愚挙)

三、自然を超越した力の助け
(下された使命にとりかかった者に訪れる思いもよらない援助の手)

四、最初の境界を越える

五、クジラの腹の中
(闇の王国への道)


次の舞台
イニシエーションの試練と勝利

一、試練の道
(神々の危険な側面)

二、女神(マグナ・マーテル)との遭遇
(取り戻された幼児期の至福)

三、誘惑する女
(オイディプスの自覚と苦悩)

四、父親との一体化

五、神格化

六、究極の恵み


「社会への帰還と再統合」

一、帰還の拒絶
(拒絶された現世)

二、魔術による逃走
(プロメテウスの逃走)

三、外からの救出

四、帰還の境界越え
(日常の世界への帰還)

五、二つの世界の導師

六、生きる自由
(究極の恵みの本質と役割)


p.136から
クジラの腹の中
神秘の境界を越えることは再生の領域に入ることであるという概念は、
クジラの腹の中という世界中で知られる子宮のイメージで表される。
英雄は境界の力に打ち勝ったり折り合いをつけたりする代わりに未知のものに呑み込まれ、
死んだように見えることもあるだろう。

英雄を呑み込む存在の列挙。
魚の王、サトゥルヌス、クロノス、ゾウ、

形のはっきりしない怪物
(呑み込まれたのは
フィン・マックール(別名ピースト))、

狼(赤ずきん)、
曾祖母の母、

ポセイドンがトロイアに送り込んだ怪物
(ヘラクレスが喉に飛び込み腹を切り裂いて出た)、

石棺(中にセトがオシリス投げこんだ。石棺=クジラの腹の中)、
旅人を呑み込む煮えたぎる砂、
龍の腹、
パピルスで作った籠(モーセが入れられた)。

神殿の中、クジラの腹の中、世界の境界の向こうや上や下にある天の国は一つで、
どれも同じものだ。
だから神殿に通じる道や入り口は側面にあり、
龍や獅子、剣を抜いた悪魔退治(デビルスレイヤー)、
怒った小人(ドワーフ)、翼のある牡牛など、
巨大なガーゴイルが守っている。
これが境界の守護者で、
内なる高度な沈黙と向き合うことができないものは寄せ付けない。
ガーゴイルは存在するものの危険な面を仮の姿に表した像で、
慣習に縛られた世界の境界にいる神話の人食い鬼や、
二列に並んだクジラの歯に相当する。
礼拝する者は神殿に入る瞬間に変容を経験する、ということを表すのである。


ワンピースで
大きなクジラのラブーンに飲み込まれてから吐き出されるのは死と再生のイニシエーション。
冥界下り。
旧約のヨナ書で、ヨナが巨大な魚に呑み込まれ、三日目に吐き出される話がある。
疑似的に死んで、三日後に復活するので、新約のイエスと繋げて考える解釈がある。
ピノキオの原作版で巨大なサメに飲み込まれてから脱出するピノキオ。
有名なディズニー映画だとクジラ。

https://twitter.com/roshinante/status/995971976253521920
”ろしなんて
@roshinante
ディズニー版ピノキオに出てくる子供がロバになる遊びの国、これはアプレイウスの「黄金のろば」の影響だろうか。そして筒井先生によると黄金のろばとグノーシス主義の神話は同じストーリーが見てとれると。
午後7:19 · 2018年5月14日·Janetter Pro for iPhone”

(
原作ピノキオもロバになる。仙女のおかげで元に戻る。
仙女は黄金のろばにおけるイシス)

https://twitter.com/galygaly/status/875409667437895680
”げりれを。
@galygaly
青い髪の仙女が登場して、ピノキオを「教育」し、最後に人形(不完全)のピノキオは、本物の人間(大人・完全)になる
鼻が伸びるようにしたのは仙女なので、元々の話ではロバにはなっても鼻は伸びない

あと、余談だが、人間は嘘をついていると鼻がかゆくなるらしいぞ
午前2:48 · 2017年6月16日·Twitter Web Client”




p.192から
父親との一体化

一体化は原語ではAtonement with the Father。
atonementをat-one-mentと解釈して「一体化」と訳したと思われる。
こじつけかと思ったらそうでもないらしい。
atoneの語源がreconcileなのだから
「父との和解」の方がよさそう。
しかし、Atonementはキリスト教用語なので、
宗教を問わない普遍的な神話構造の用語に使ってはダメだ。

キャンベル思想が
新ヤソ
=ヤソ+インド(中途半端)
 +ユング的なグノーシスもどき(ミード派神智学の偽グノーシス)
だとよく分る。

”atonement

〔悪事や損害に対する〕罪滅ぼし、償い、補償
《キリスト教》〔キリストがもたらした神と人間の〕和解◆通例Atonement
《キリスト教》〔十字架で死んだ〕キリストの贖罪◆通例Atonement
・Sins can be removed only by the Atonement of Jesus Christ. :
罪はキリストの贖罪によってのみ取り除かれる。”
https://eow.alc.co.jp/search?q=atonement

atone for #3 - 常時英心:言葉の森から 1.0 - はてなブログ
https://a30.hatenablog.com/entry/20170918/1505682746
”『リーダーズ英和中辞典』(研究社)で確認したところ, 「罪滅ぼしをする」とありました。形容詞形は “atonable”, 名詞形は “atonement” となり,
特に “the Atonement” ではキリストの「贖罪」を指します。
 The Free Dictionary.comには
 “to make amends, as for a sin or fault” と定義されており,
 “These crimes must be atoned for.” という例文が記されていました。語源は “to be reconciled” とされ,
 “at on in harmony” と同義を示す “at + on one” の語感に由来しています”

※amends=償い
amend=改正する、改める


父親の中にある人食い鬼の一面が、
犠牲者自身の自我を映している。
人食い鬼の一面は、過去に置いてきたのに
未来に投影される子どもの頃の感覚的な場面に由来する。
そのような教育的に無意味な固着した偶像崇拝は、
それ自体が人を罪の意識に浸らせる欠点であり、
父親の、そして世の中のバランスよく現実的な考え方から、
潜在的には成熟している精神を封印してしまう。
父親と一体化するというのは、
自己から発生した一対の怪物――神(超自我)(または「内なる自我」)と考えられる龍と、
罪(抑圧された本能的衝動であるイド)と考えられる龍――を放棄することに他ならない。
しかしこれには、自我そのものへの執着をやめる必要がある。
これが難しいところである。
父親は慈悲深いという信念を持ち、
その慈悲を頼らなければならない。
そうすれば、信念の中心は悩ましい神のうろこ状の窮屈な輪の外に移り、
恐ろしい人食い鬼は溶けていくのである。

このあたりを読むと
父親と一体化(和解)は「我執〔自分中心の考えへの執着〕の克服による精神的成長」ともいえる。
が、我執を無くしたり弱めたりしない英雄もいるだろう)

p.202から
パエトンとヘリオスの神話を、
甘い親(ヘリオス)が、きちんとイニシエーションを息子に受けさせずに
人生の役割を与えた結果、思いがけず混沌を引き起こしたという、
古くからの考えを表す神話として紹介。

図29 パエトンの墜落

(この人生の役割とは
父(太陽神ヘリオス)の馬車に乗って
太陽の役割を果たすというものであり、
息子パエトンは未熟なせいで運転に失敗し、
災害を振りまいた末に、
パエトンも死亡。

息子が父親と一体となる(和解)のためにはイニシエーションが必要。


大人に限定された行為の世界と向き合うようになると、
子どもは精神的に父親の領域に入っていく。
父親は、息子にとっては将来の務めの印になり、
娘にとっては未来の夫の印になる。
父親は、意識していてもいなくても、
社会でどのような立場にあっても、
若い者たちがより大きな世界に入っていくときにイニシエーションを授ける指導者なのである。

伝統的なイニシエーションの考え方は、
若者に仕事の技術や職務、特権を教えること、
親のイメージに対する感情的な関係を合理的に見直すことを結びつけている。
秘義を伝授する者(父親または父親の代理)は、
不適当で幼稚な充当(カセクシス)をすっかり取り払った息子にだけ、
仕事の象徴を託すことになる。
そういう息子なら、
自己強化や個人の好み、または憤りという無意識な
(意識的で合理的な場合もあるが)動機のせいで、
正しく客観的に力を行使することが不可能になる、ということはない。
理念的には、託された者は単なる人間性を取り払われ、
人格のない宇宙的な力を表すことになる。
つまり、「二度生まれた」。
自分で父親になったのである。
その結果、今度はイニシエーションを授ける人間や、
案内人や太陽の扉といった役割を負う立場を持つようになる。


下巻
(最重要個所は上巻メモより先に載せたのでここから下にはない)


p.63
二つの世界の導師
導師(マスター)の天分とは、
時間の出現という視点から、
その原因となる深淵と背後の視点へと、
世界の境界を行き来する自由である。
つまり、一方の世界の原理をもう一方の原理で堕落させるのではなく、
もう一方の世界の力を借りて一方の世界を知ることである。

p.106から
普遍の円環
宇宙創世の円環は、通常、果てしなく繰り返される世界として表現される。
生涯に眠りと目覚めの周期を繰り返すように、大いなる円環のたびに、
通常、小規模な死が含まれる。
アステカ神話のひとつによると、
四つの元素――水・土・大気・火――が、
この世界の時代を区切っている。
水の時代は洪水、
土の時代は地震、
大気の時代は風とともに終わり、
今の時代は火によって崩壊するという。

周期的に大火が起こるというストア学派の説によると、
すべての魂は、世界の魂、もしくは原初の火に還元される。
この宇宙の消滅が終わると、
新たな宇宙の形成が始まり(キケロの「革新」)、
すべての物事が繰り返され、
ありとあらゆる人が、
前世の役割を再び演じる。
セネカは著書『マルキアに寄せる慰めの書』の中でこの崩壊について触れ、
やがて来る周期に生き直すことに期待をかけていたようである。

ジャイナ教神話の紹介
(昔の人は巨人であり、だんだん人は小さくなっていくなど)

p.206から
アイルランドの中世の伝説群

神話伝説群
先史時代のアイルランド島への移住と戦い、
特にトゥアハ・デ・ダナーン(「偉大な母ダナーンの子どもたち」の意)として
知られる神々の行為を描いている。

アイルランド聖人伝説
キリスト教の伝来以降にアイルランドで広まった妖精物語に登場する「小人族」は
古代の異教の神々トゥアハ・デ・ダナーンが形を変えたものである。

クー・フーリンの闘争心はのちに
発作や異常と呼ばれるようになった。
クー・フーリンは本当に美しい少年だった。
足の指は七本、
手の指も七本あった。
輝く両目にはそれぞれ七つの瞳孔があり、
その一つひとつが七条の美しい火花を放っていた。
両頬には青、赤、緑、黄色のほくろがあった。
両耳の間には、黄色い蜜蝋、
あるいは太陽に照らされた白金のブローチの様に輝く七房の長い髪が見える。
胸のあたりを銀の留め金で留めた緑色のコートを身につけ、
金糸のシャツを着ていた。

しかし発作や異常が現われると、
見たこともないような恐ろしげな生き物に次々に姿を変えた。
頭のてっぺんから足の先まで、
すべての関節がけいれんを起こした。
足や膝は後ろ向きになった。
額の皮膚が首の後ろに引っ張られ、
生後一か月の赤ん坊の頭より大きなこぶがいくつもできた。
野生のサギでさえその眼球をついばめるかどうかわからないほど、
片方の眼は眼窩の奥に落ち込んだ。
一方、もう片方の目は飛び出して頬の前に垂れさがった。
口はねじれて耳まで裂け……火を噴いた。
激しく脈打つ心臓は、番犬や、獲物を追うライオンのうなり声に似た音を発した。
頭上を覆う雲の間からは、
煮えたぎる怒りで生じた真っ赤な火花が降り注いだ。
頭上で実をつけるリンゴの木を揺すったとしても、
もつれた髪の一本一本に突き刺さり、
一つも地に落ちることはなかっただろう。
クー・フーリンの前頭部から発せられる「英雄の激情」は、
どんな立派な砥石にも勝って見えた。
(そして最後に)黒ずんだ血が巨大な船の帆柱よりも高く、太く、固く、長く、
頭頂から一直線に噴き上がって四方に散った。
そのせいで不思議な霧がたちこめた。
それはまるで、冬の夕暮れ時に王を迎え入れる宮廷を包む、
夜のとばりにも似ていた。

(人じゃねえ!
一つ目になって戦うクー・フーリン。
足や膝が後ろ向きって獣化だね。
7大好きなアイルランド神話だが
クリスチャンが勝手に7を入れただけの可能性がある。
一つ目で7が沢山で新ヤソが優遇するからFate Speechでも優遇されているのだろう。
Hate/Staynightシリーズは実在しません!

クーフーリンについて割と詳しく取り上げているキャンベル。
やはり新ヤソはケルト推しだね。
ケルトという単語よりもアイルランドと言う方が適切だけど、
便宜的に用いる。
神話の共通要素も万教帰一に悪用されているが
DNA分布も悪用されている。
部族Aと部族BのDNAが同じでも
思想も習慣も全く違うことはよくあるので詭弁に注意ね。
私がケルト神話がバラモン教派生だと考えているのは
DNA分布だけでなく神話・思想の共通性や
新ヤソ系の支配層がやたらとインドとその派生思想を持ち上げる(新ヤソはケルト推し)ことからの結論。




ケルト神話のトゥアハ デ ダナーン自体が女神ダヌの息子達って意味ですし、ヴェーダにも女神ダヌいますよ。仙人の娘。”


と伝えられているからだ。

逆にユダヤ系列のセム系はアフリカ、中東の
外に出ていないことが分かる。

つまりセム人的影響よりもアーリア人的影響力の
方が西ヨーロッパでは強かったのではないかと
思われる。”
”古神道の世界観で有名な日ユ同祖論だが、
個人的には…あり得ないと思っている。”

以上

”今の支配層の本体である思想・システムの核は
バラモン・ゾロアスター教思想を
その子孫である耶蘇と新ヤソ神学で悪化させたもの。
悪化と書いたのは
本体に憑依されている運営役の人間は戒律を一切守っていないから。
奴隷は人じゃないから非殺生戒は破られないって?
でもあいつら肉食も性交もする等
禁欲しないし我欲とご都合主義が行動原理。
我執を滅するのは無理でも弱める修行すらしない。
ハロウィン等のたびに支配層の生贄思想と儀式殺人の話題が盛り上がるが生贄思想と儀式殺人の最大の原因が
教祖が生贄になったことに感謝するキリスト教正統多数派の教義と
バラモン教(ドルイド教の元ネタ)





イエスを犠牲にする事で人類が救済されたとする基督教の教義は生贄の論理そのものだと思います。新井白石が一笑に付した教義です。個々の宗教から論理を抽出してみるとその異同が明確になりますね。キリスト教はドルイド教と同様生贄の論理を持っています。バラモン教も。というか源流かもしれません。




p.321 参考文献
キャンベルはサンスクリットを十分に翻訳できるわけではなかったが、
サンスクリットに堪能な3人の研究者と共同で作業を行った。
『千の顔を持つ英雄』の執筆中、
キャンベルは、亡くなって間もないサンスクリット学者ハインリッヒ・ツィマー(1943年没)の
未刊行の著作や講義ノートを整理していた。
同時に、ボストン美術館アジア部門で研究していたアナンダ・ケンティッシュ・クーマラスワミーとも
交流があった。
また、ニューヨークにあるラーマクリシュナ・ヴィヴェーカーナンダ・センターの
スワミ・ニキラナンダが進めていた『ウパニシャッド』(紀元800年頃に活躍したヴェーダ学者
シャンカラ・アーチャールヤの注釈も含む)の翻訳作業も手伝っていた。
(やはりインド神話を重視していたか)

以上。





アニメ版『蟲師』を三幕構成で分析

三幕構成についての動画を2つ紹介する。


良い物語の原則の具体例が
コメントで大量についていて良い)




【ゆっくり解説】三幕構成を通して観るけものフレンズ一期
https://www.nicovideo.jp/watch/sm34764041
より:
第一幕(状況設定。物語の1/4)の終わりではセントラルクエスチョンが提示される。
セントラルクエスチョンとはその物語におけるゴールを説明するものである。
その問題は必ず映画なら序盤20分、アニメなら最初2話までに提示されたはず。

セントラルクエスチョン=中心問題。問題なのでアンサーが与えられる)

コメント抜粋
”ゴブスレとかゴブリンに恨みを持つ描写なければただのキチだもんな”
”なるほど「海賊王に俺はなる」とかか”
”なるほどなぁ、セントラクエスチョンないとルールのわからんスポーツ見せられても楽しくないのと同じ状態になるのか”

第二幕(葛藤。物語の1/2)は前半と後半がある。その間がミッドポイント。
ミッドポイントでは何か大きなイベントが起こる。
これをきっかけに登場人物たちの動機や内面が変化する。
この前後でセントラルクエスチョンへのアプローチが異なるものになり、物語の結末が回避不能なものになる。
第二幕は全体の1/2なので展開がだらけやすい。
ミッドポイントで引き締める。
セントラルクエスチョンに全く無関係な要素があってはならない。

第三幕(解決。物語の1/4)でセントラルクエスチョンの回収。
変化の証明であり、主人公が本当に成長したのかをテストする最後の試練が与えられる。
その結果に基づいたエンディングが置かれ、物語は終了。
観客は満足している必要がある。
満足
=ストーリーが完全に終わっていて、結末が不完全ではなく、
 映画なら2時間、アニメ1クールなら12話の中で
 世界が本当に意味をなしていると感じられること。



「タイタニック」徹底解説・最終回~なぜ衝突し、なぜ沈没し、なぜヒロインは裏切ったのか? /OTAKING explains "TITANIC"
https://www.youtube.com/watch?v=-yIeFdscKwg

29:56からシドフィールドの三幕構成の解説。

全体で2時間の場合:
第一幕(30分):状況設定
状況説明、つまり登場人物の紹介とラストへ向けての動機付け。
最初の30分のちょっと前にプロットポイントⅠ
(主人公が何かこうしなければいけないという劇的な欲求を持つ事件が起こる)

第二幕(60分):葛藤(クライマックスへの盛り上がり)
〔第二幕は、前半30分と後半30分に分かれる。
前半と後半の中間がMP=ミッドポイント(全体の、大きい転換点。事件が立て続けに起こる)。
第二幕のラストのところでプロットポイントⅡ
第三幕(30分):解決


アニメ版蟲師もこれに沿っている。つまり原作も沿っている。
〔続章第4話「夜を撫でる手」で確認したところ〕全体が23分50秒。
OPが1分38秒。OP直後の「およそ遠し~」
(最低限の設定解説。おそらくどの話から見ても良いようにしている)が29秒(1:39~2:07)。
2:08~22:11〔20分3秒〕が本編。
22:12からEDと次回予告〔1分38秒〕。

23分50秒のちょうど半分の時点が11分55秒。MP。
〔24分引く10秒が全体だと考えると計算が楽。12分引く5秒がちょうど半分。つまり11分55秒)
本編は20分3秒なので、本編だけだと10分1.5秒が半分。
わかりやすくするために、本編を20分とする。
三幕で分けるなら5分、10分、5分。

(話が始まってから状況説明、つまり登場人物の紹介とラストへ向けての動機付けについての情報がどんどん出る)

7:08(2:08から5分後)

7:15から、辰が獲物を狩る場面を目撃し「よせ」と言うギンコ
(プロットポイント〔=ターニングポイント 〕Ⅰ=主人公が何かこうしなければいけないという劇的な欲求を持つ事件)。
つまりここから第二幕(前半)が開始。

7:27から「意のままに獲物を狩る手」〔蟲がやらかしたテーマが流れる(蟲の解説)〕。
 それと「辰は能力を捨てるのか否か」(セントラルクエスチョン=中心問題)というこの話のテーマというか中心が提示される。

11:03から
ギンコ
「お前は、山の王にでもなったつもりか? 
お前も山の一部に過ぎんだろう 
何で命を落とすかなど 誰にも知れんよ
たとえ それが山で最も恐れられる 獣だとしてもな」
そう告げてギンコは帰る(ちょうどいい区切りだな)。

11:48で卯介を辰が右手で撫でる。
(第二幕前半は終わりここから第二幕後半開始だろう)

12:08(半分という意味では第二幕前半終わり。後半開始)
(MP。OPなどを含めたなら11分55秒が中央)

12:24にギンコが再登場
(ここから後半開始。ギンコが帰る、辰が右手で撫でる、ギンコ再来がMPだろう。
ミッドポイントは事件が立て続けに起こる、全体の、大きい転換点。
ミッドポイントでは何か大きなイベントが起こるのだが、ギンコ再来とその直後を含めれば大きなイベント。
これをきっかけに登場人物たちの動機や内面が変化するのだが、ギンコが来た時点ではまだ今回の主役の辰の内面は変化していない(行動原理が「弟を守る、大切にする」なのは最後まで変わらない。その手段として邪悪な能力を持ったままか捨てるかが問題となり、それが内面の変化と密接にかかわる)。
ミッドポイントの前後でセントラルクエスチョンへのアプローチが異なるものになり、物語の結末が回避不能なものになる。)

16:36から

「俺はなぁ もう二度と御免なんだよ 
親父がいた頃みてぇに 狩られるかもしれねぇ側に戻るなんてなぁ」

卯介
「辰にぃやめてよ! 大丈夫だよ 怖いことなんてないよ
俺 襲われない方法 知ってっから だから……」
辰は山の中(さらに深いところだろう)に入る。
(ミッドポイントⅡ。ここから第三幕。
確かに、ミッドポイントの前後でセントラルクエスチョンへのアプローチが異なるものになり、物語の結末が回避不能なものになる。
弟の発言で兄の内面に劇的な変化が起こる。具体的には邪悪な力を捨てないといけないと強く思うようになる)

17:08(時間だけ見ればここから第三幕で解決へ。
確かに、第三幕で主人公である辰が本当に成長したのかをテストする最後の試練が与えられる。
蟲師はギンコが主人公の時と脇役の時がある。)

17:23から 元の俺に戻らないといけないと思う辰。
 そして熊と間違われて誤射される。右腕を負傷する辰(動かないほどの負傷)。
 鳥の群れに右腕を食われる(理由は後に目玉模様が隠れたことによると判明)。

21:20から辰が卯介の頭を残った左手で撫でる。
辰もギンコが持ってきた薬(光酒)を飲むことになるはずだ(卯介はすでに飲んでいる)。
(解決とは「辰は能力を捨てるのか否か」に対して。
辰が元に戻らないといけないと思った後に右腕を失っていることが物語的には重要。
辰が自分で戻る=能力を捨てるor光酒で緩和を選択。
つまり腕を失わなくても光酒は飲んだだろうということだ)

21:26~22:12〔46秒〕がエピローグ。そしてEDと次回予告〔タイトルを読むだけ〕へ。
(セントラルクエスチョンに全く無関係な要素があってはならない。確かに無駄な要素つまり「ここいる?」がないな

(
【素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック シド・フィールドの脚本術2】 脚本の書き方を本格的に解説
https://www.dkocorporation19891993.com/syd-field2/

三幕構成
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B9%95%E6%A7%8B%E6%88%90
)

アニメ版『蟲師』と原作は、私が好きな作品で等級をつけるなら最高級。原作の全10巻と特別篇の全てがアニメ化されしかも最高品質という非常に恵まれた作品。ファンは実に幸運。彼(おそらく)が超好きな『無職転生』も全話がアニメ化されたらいいなあ。

https://twitter.com/exa_desty/status/1368241727417446404
”苦行むり @exa_desty
3月7日
太陽に焼かれてからまだ精神科医が回復傾向していない。物語も登場人物も眩しくて焼かれた、なろう系であれ以上の物は書かれないだろう。”

https://twitter.com/exa_desty/status/1368482279282995203
”苦行むり
@exa_desty
実は魂を抜かれた作品を経験したのは無職転生が初めてです、私には500話到達しなのは短すぎると感じたしこの幻想に浸っていたいと思いました。
午後5:42 · 2021年3月7日·Twitter Web App”

https://twitter.com/exa_desty/status/1368484058196406275
”苦行むり
@exa_desty
ナルトやワンピース読者は幸福だ、長い幻想に浸っていられる。アニメが求められているところで完結しているのを見れた人は幸運だ見れないということに怯えなくて済むから。
午後5:49 · 2021年3月7日·Twitter Web App”

https://twitter.com/exa_desty/status/1371216684170715137
”苦行むり
@exa_desty
ありとあらゆる作品を見てきたが君達が求めてるのって主に「バトル」なんだよね、物語ではなく何が強いか格好いい技があるかどうか、だから技名連呼する作品が流行る。
午前6:48 · 2021年3月15日·Twitter for Android”

チェンソーマンは技名を叫ばない。叫ぶ奴がいるけどあれはギャグ描写。ファイアパンチは音声認識武器を使うために一度だけ「ファイアパンチ」と言う。両方ともバトルはする。

https://twitter.com/exa_desty/status/1368155528652726279 と続き
”苦行むり
@exa_desty
宇宙進出の失敗、異次元の解明の失敗、今行われているバーチャルの創設が失敗したら西洋の理想が消え、今を生きるという考えに移行するのではないか?
午後8:04 · 2021年3月6日·Twitter for Android

でもどう考えても現代の人って幸せになれ無いのがなぁ…


「今を生きる」は既に流行しているよ。マインドフルネスは「今ここ」を強調するからね。魔インドフルネスは戒律つまり道徳を抜いた仏教、つまり魔境対策ができていない(わざとだろう)邪教。歪んだバラモン教を広める前段階のために流行らせているのだろう。
あと、瞑想には瞑想指導者が必要なのは頭がおかしくなる者が必ずいるから。
戒律=道徳すら守れない者はそもそも瞑想してはいけない。まず先に戒律=道徳を守った生活ができてはじめて瞑想が許される。
この手順を仏教が踏んでいる理由は魔境(魔インドが狂う)対策。


https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1394421347791613952
”来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
マインドフルネスとかもそうだけど、何かよーわからない思い込みでキメるのってチョー簡単なんだよね
クルアーンとか詠んでキメて・ラリっている連中と全く同じでハムルをするな・理性を隠すな言われているのにする連中多過ぎ
論語知らずの論語読みとか勘弁してくれ
午前7:35 · 2021年5月18日·Twitter for Android”

(以下に対して:
https://twitter.com/exa_desty/status/1394406429717536770
”苦行むり
@exa_desty
マインドフルネスって今を見ていますかね?見ているのは高貴になったと自分と精神的覚醒で次元上昇とかいう妄想っぽいんだよね。
午前6:36 · 2021年5月18日·Twitter for Android”

〔上の続きはキリがないので、
シーア兄貴(イラソのアレ)2021/5/1~ と良呟きや記事の保管庫
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-428.html
にて。


https://twitter.com/exa_desty/status/1375122066425446402 と続き
”苦行むり
@exa_desty
ジャンプ系をレビューすると8割を敵に回すのでしたくないのですが駄作多すぎないですか?皆さんは技名を叫ぶのがお好き。例外はあるが人気作品の9割は技名叫んでいる説。進撃の巨人は珍しい作品、無職転生は技名を叫ばないので大衆受けしない。
午前1:27 · 2021年3月26日·Twitter Web App

来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
3月26日
返信先:
@exa_desty
さん
ネタ元が劣化しているんじゃないかな
どうせ連中英語以外の言語出来なさそうだし

苦行むり
@exa_desty
3月26日
総編集を担当している提供元のお抱え野郎が特定の方向性(血筋崇拝)のストックが切れて劣化しているのはありえますね。

来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
·
3月26日
しょうがないけどね
技術は陳腐化するので陳腐化したものをごまかし・ごまかし使ってたらいずれ破綻するものです


(青い左目側のスピ系ばっかりだもんな。「またこれかよ」って思うのが多い

〔本記事投稿後の反応など:

https://twitter.com/exa_desty/status/1398329968338169858 と続き
”苦行むり
@exa_desty
無転大体こんな感じ。
【無職転生】獣人剣士ギレーヌの抜刀
youtube.com
午前2:26 · 2021年5月29日·Twitter for Android

5月29日
【無職転生】ギレーヌVSアルマンフィ
youtube.com”

蟲師とは別の方向性で凄い。蟲師ではこんな戦闘シーンはないからね。私も公式の無料配信で全話見たよ


(私が先にRTし)苦行むりさんがリツイート


苦行むり
@exa_desty
5月29日
チェンソーマンとファイアパンチを読みたいが立ち読みするか買うか迷う、恐らくこれにも焼かれそうで最上級評価になりそう。

https://twitter.com/exa_desty/status/1398321973189496835 と続きとリプ
”苦行むり
@exa_desty
技名叫ぶのは数話に1回や最初の説明で読者へイメージ付けの為、理由がある等(起動音声認識やイメージの具現化等)なら大丈夫ですね(細かい所はあるが)。まだ全部読んでいないけど無転も1回は魔法詠唱の為に詠唱していますからね(魔法詠唱を必殺技と言っていいのかわからない)
午前1:55 · 2021年5月29日·Twitter for Android

苦行むり
@exa_desty
5月29日
返信先:
@exa_desty
さん
例としてはワンピースの様に粗毎回技名叫ぶのはギャグ、しかもイメージの具現化でも理由付けも無いし只の格闘攻撃で必殺技連呼は煩い。で、ずっと戦ってるのでそれは物語ではなく、只の最強決定戦。

〔上小田井
@s953Y4x7ukWEn9x
·
5月29日
返信先:
@exa_desty
さん
仮面ライダーやゴレンジャーなども毎回です〕

子供向けは特に技名とか叫ぶでしょ。ごっこ遊びしやすくしないといけないし、グッズも売らないといけないし。〕

苦行むり
@exa_desty
5月29日
アニメ原作、漫画原作、小説原作で評価を分けなければならないのが難しいよね。技を全く無くし長く書くのか絵で表現するのか、動きで描写するのか、これの回数の制限は非常に難しいが連呼で煩いのは駄目。”

苦行むりさんがリツイート


苦行むり
@exa_desty
5月29日
見たい作品が増えていって積んでいる状況、今は戦闘員とViVi。

苦行むり
@exa_desty
5月29日
ブリーチは悦森のブリーチだったらバトル系でも最上級評価だった、寧ろ悦森ブリーチを読みたかった。

紫肌で顔の上半分に植物が生えていたり鳥がいたりして目が隠れているという黒幕っぽいアイコンで言うと別の文脈が付加されてしまう(笑) 一人称が僕なら完璧に愉悦好きな黒幕。主人公が、闇堕ちした仲間とか師匠とかライバルを倒した後に拍手しながら現われそう(笑)


苦行むり
@exa_desty
5月30日
鬼滅の刃を少し見ましたけどこれも技名を粗ずっと叫んで煩い、物語は…うーん。

https://twitter.com/exa_desty/status/1398778871424577538 と続き
”苦行むり
@exa_desty
無職転生はバトルメイン(真面目に戦闘するの中盤と最後だけ)じゃないからバトル部分の評価難しいけど、一応は詠唱が必要な理由が根拠あるのと主人公は無詠唱できるけど内心の詠唱とたまに詠唱するのが少しマイナス(細かい評価は必要)かな、味方は詠唱する。
午前8:10 · 2021年5月30日·Twitter Web App

5月30日
ただ迷宮編とか見ると剣士は一切技名出していないのと、最後の決戦編とかは内心で技名表記があるけどとても少ない、大抵掛け声で一瞬で戦闘が終わってるぽい(2話30分×2戦闘するなら一回ぐらい)。

それを上回る評価は主人公は最強じゃないのと中ボスもラスボスも倒せませんし何なら中ボスがラスボスを倒すのと裏ボスには辿り着けないので子孫と中ボスに任せる流れ、あくまで物語がメインなのでバトルメインじゃないのとボスを倒せないという異質さが面白い。

5月30日
私の基準だと良いバトルは魔女の旅々の師匠との戦闘やfateの切嗣と言峰、アーチャーと士郎とかベルセルクを見ると理解できると思う。”

苦行むりさんがリツイート
なかだち
@madaraiguana
5月30日
https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1252912744199712769?s=19

>言語の信用はその言語の使用者と使用回数・並びにその単語量や更新量において担保される
しかし、量的信頼・信用はそれそのもの信用とは一切無関係であるがそれが必要だと人間の頭脳で想起されるもの
これが不完全な形而上であり、これを偶像という
引用ツイート
苦行むり
@exa_desty
· 5月29日
例としてはワンピースの様に粗毎回技名叫ぶのはギャグ、しかもイメージの具現化でも理由付けも無いし只の格闘攻撃で必殺技連呼は煩い。で、ずっと戦ってるのでそれは物語ではなく、只の最強決定戦。
このスレッドを表示
〔上記の続きも引用する。彼(おそらく)は続き物は一つだけRTするっぽい。


https://twitter.com/madaraiguana/status/1398804480318001152 と続き
 ”なかだち
@madaraiguana
https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1252912744199712769?s=19

>言語の信用はその言語の使用者と使用回数・並びにその単語量や更新量において担保される
しかし、量的信頼・信用はそれそのもの信用とは一切無関係であるがそれが必要だと人間の頭脳で想起されるもの
これが不完全な形而上であり、これを偶像という
引用ツイート
苦行むり
@exa_desty
· 5月29日
例としてはワンピースの様に粗毎回技名叫ぶのはギャグ、しかもイメージの具現化でも理由付けも無いし只の格闘攻撃で必殺技連呼は煩い。で、ずっと戦ってるのでそれは物語ではなく、只の最強決定戦。
このスレッドを表示
午前9:52 · 2021年5月30日·Twitter for Android


5月30日
返信先:
@madaraiguana
さん
技名呼称
必殺技を使用する際に、その技名を叫ぶ行為である。
dic.pixiv.net
なかだち
@madaraiguana
·
5月30日
↑引用
「技名呼称

にほんのようしきび

その歴史は長く、起源については諸説があるが、梶原一騎の「巨人の星」(1966年連載開始)の大ブームで一般化し…」
@exa_desty
なかだち
@madaraiguana
·
5月30日
梶原一騎
東京都出身の漫画原作者、小説家、映画プロデューサー(1936年9月4日~1987年1月21日)
dic.pixiv.net
なかだち
@madaraiguana
·
5月30日
↑引用
「梶原一騎

かじわらいっき

幼少時から目立ちたがりで粗暴、小学生時代には犯罪を繰り返し、教護院に入れられ…高校は半年で中退したが、早稲田大学卒と自称。…飯島利和への傷害事件で逮捕され…この件により過去に起した暴行、脅迫、暴力団との関係などが明るみになり…」
@exa_desty”




苦行むり
@exa_desty
·
5月30日
技名叫ぶの技名呼称(日本の様式美)というのか、初めて知った。


技名呼称
https://dic.pixiv.net/a/%E6%8A%80%E5%90%8D%E5%91%BC%E7%A7%B0
にほんのようしきび
必殺技を使用する際に、その技名を叫ぶ行為である。

概要

一般には「技名を叫ぶこと」と言われ、この行為を名詞化した概念は定着していないが、記事名は名詞であることが望ましいので、ここでは「技名呼称」としておく。

日本の漫画・アニメ・特撮などのフィクション作品で、特にバトルもの(場合によってはスポーツものなども)では当たり前のように定着した演出である。ある種の様式美といってよい。
たいていは技を繰り出す直前、あるいは放ちながら叫ぶが、技を決めた後で言うケースも稀には見られる。
その歴史は長く、起源については諸説があるが、梶原一騎の「巨人の星」(1966年連載開始)の大ブームで一般化し、1970年代に「仮面ライダー」(ライダーキック)「マジンガーZ」(ロケットパンチ)などが定着させた、というのがおおまかな流れ。



海外の人々から見ると奇異に映ることもあるらしく、「日本のキャラはなぜみんな技名をわざわざ叫ぶのか?」とツッコミを入れることも少なくない。


なぜ叫ぶのか?

中には巨大ロボットで武器・技の使用に音声入力システムを採用しているとか、「魔法の呪文」に類するもので技名を言わなければ発動しないなど、技名を叫ぶことに必然性を持たせている作品もある。スーパー戦隊などの集団ヒーローの場合、技名を叫ぶことによってメンバー間の連携を取りやすくする「号令」としての意味を持っている可能性もある。

だが大多数のケースでは戦術的には無意味、あるいは敵にこれから仕掛けようとしている攻撃方法を教え、対処しやすくしてしまう点ではむしろ逆効果な行為とさえいえる(「来ると解っていても防げない」からこそ必殺技の名に値するともいえるが…)。稀にはこれを逆手に取って、叫んだ技名とは別の技を繰り出すフェイント戦法が使われることもある。

とはいえ「技名を叫ぶ」からこそカッコいいと感じる読者・視聴者が多いのも事実である。例えば、平成ライダーでは従来のシリーズの伝統を排して名称を叫ばない必殺技が当たり前になったが、これに当初、違和感を覚えたファンも少なくなかった。後にはベルトなどのアイテムがライダー自身に代わって発声するなどの要素も導入され、また電王、Wやフォーゼといった技名を叫ぶ作品も作られるようになった。特にWは変身者2人の息を合わせるという目的がある。令和に入ると音声だけでなく技名が画面に文字表示されるという演出が加えられた作品もある。

逆にウルトラシリーズの場合は、初代ウルトラマンおよびウルトラセブンで無言または「へあっ」「ダーッ」などの掛け声で撃つというテンプレートができていたため、帰ってきたウルトラマン以降、(特にウルトラマンタロウや技名を言うのが一般的になっている新世代ヒーローズ)「技名を言う必要はない」「技名を言わないタイプも見てみたい」という意見がある作品群である(近年の例としては坂本浩一監督が二作品で色々な意図からあえて技名を叫ばないタイプのウルトラ戦士にも技名を叫ばせていたが、その部分が賛否両論となった、というものがある。なお、意図があってのものなので坂本監督作品なら必ず叫ばせているわけではない)。

単に掛け声でも良いのだろうが、そのキャラが技の使用に当たって技名を叫ぶことで気魄を込めている、という意義が少なからずあるからだろう。技名を叫ぶことに理由がある作品でも、むしろ「叫ばせたい」からこそそれに説得力を持たせる設定を採用しているとも解釈できる。

その延長で、この行為が中二病の典型的な症状として扱われることもある。そのせいか、その行為だけで、公式にはそういう設定は無いにもかかわらず、二次創作で中二病呼ばわりされがちなキャラもいたりする。

メタ視点で見れば、「ここで特定の技を使っている」ということを視聴者・読者に解りやすくするという意義もある。「出た延髄切り!」「一本背負い!」「上手投げ!」といった格闘技の実況を、キャラ自身に代行させていると考えればよい。漫画の場合、映像作品と比べても絵だけで「特定の技である」ことを印象づけるのはいっそう難しいから、なおさら台詞で技名を言わせる演出が好まれるともいえる。
永井豪も技名を叫ばせた理由を「プロレス実況のように、自分で実況させた」としている。

作品の主対象が児童層の場合、「ごっこ遊びのしやすさ」ということも考慮に入れられているかもしれない。他系統の作品の影響なのだろうが、伝統的には技名を叫ばなかった(古くから例外もあり、この作品以降は叫ぶほうが主流になった)このシリーズのごっこ遊びにおいても、ちびっ子たちが「……光線!」と叫ぶというのも、ありがちな光景である。
上述の坂本監督も『決戦!ウルトラ10勇士!!』で技名を叫ばせた意図の一つは「子供たちに技名を覚えてもらいたいから」と語っている。

さらに穿った見方をすると、日本古来の「言霊」の観念との結びつきも指摘できるかもしれない。技名をいわば「言挙げ」することによってこそ必殺技の効力が生まれる、という考え方である。

そもそも「必殺技」の概念自体が日本独自のものとされるが、この事情とも切っても切り離せないだろう。


※強調は引用者による。

詠唱は内心でなら別に問題ないじゃん。熟練者は詠唱を短縮できたり無詠唱できるのは現実の魔術もそうだから、無詠唱ができることは熟練度が高いことを示す。現実の魔術でも、召喚・喚起系は相手にお願いや命令したり、「名前を呼ばれると呼んでいる人のところに行きたくなる」を利用するから詠唱は必要だな。これも何度も呼び出していたり、相手が勝手に来てくれるレベルで好かれていたり服従していたら詠唱不要でいけそう。何をするか自覚するために「来て」ぐらいは内心でも言わないといけないと思うが、これは詠唱ではないだろう。




参考資料


https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1369725205162102786
”来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
日本で神学組み立てるなら、タナハ形式しかないと思う
即ち、歴史書から天皇やその周辺の物語や道徳や信条・行為論を抽出していくの
これをしなかった・出来なかった理由は史実上仏教徒でそれに対する返答が出来なかったから選択できなかったのだろうけど、解決できれば言語などが固定した宗教が出来る
午前4:01 · 2021年3月11日·Twitter for Android”

https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1250809016449740800
”来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
鳴き声に意味があり、それが物語となる時点で信仰からは離れられん
所謂アーリアという連中があんなに考えた結論が死という物語を軸にするしかなかった理由をだ
わしが遠く隔離された小さな集団だけにしか万教帰一はないといった理由を考えろ
午前0:31 · 2020年4月17日·Twitter for Android”

https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1319194046313758720 と続き
”来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
家畜「の」物語は必要ないんです
家畜の物語は「俺の物語」でしかないので俺の物語を集めた所で学術にはなるでしょうけど、それは再現性が低く、精々部族・狭い集団内の物語に過ぎません
だから、家畜「に」物語を与えないといけないんです…人にするという事はそういうことなんです
午後5:29 · 2020年10月22日·Twitter for Android

JSミルとかあの時代の啓蒙主義は人にしていく過程だったんだろうけど、どうしても啓蒙出来ない人達には最低でもポケットの豊さを与えて・戦っていった結果が先ずは啓蒙ありきがポケットの為に理性を使い・啓蒙は雑作に扱われるようになってしまったんだおね
実際、腹ふくれんし

根っこが日蓮宗なので方便品の例えが出てくるんだけど
結局、啓蒙しようとしてもアホだから燃えている家に財布や何かを持ってこようとしたり
おもちゃがないのに腹立てて、殴ったりとしょーもないことを起こすわけなんだよね
で、勝手に物語つくって「自伝で溢れているわけ」なんだよ

勝手に作られた自伝・物語は文学となるわけなんだけど、文学というのは解釈まみれになって制御がつけなくなるし、どんどん無限連鎖的に生産されていくの
それが人の営みだから
だから、人間が勝手に作った文学ではないもの・人間の力では作られていない物語が必要なの
それが神学というわけなんよ

それもあってわしは文学は存在する意味も価値もない、所詮は家畜が作った空虚な妄想・オナニーの汁でしかないんだけど、シコるにはいいズリネタなのでシコシコするんよ
しかし、必ず必要な文学があるとすれば聖音解釈とその人々の物語とその関係の「何かに担保された文学」だけだと思っているんよね

だって、ムチムチな褐色エルフのお姉さんに搾精されたいし・身長はちっちゃいエチエチな体つきをした角がついたお姉さんに授乳テコキされたいし・けもみみの愛が重いお姉さんとイチャイチャしたいし・紫髪したドスケベメイドに射精管理される「物語や文学」って最高やん
但し、それは欲求でしかない

人の出す音というのはトドのつまり「己・己の集団の欲求の元が動かしやすい」のでその動かし易さに甘えてしまうんよ
でも、それは「合理的」であって「倫理的・論理的」ではないのよ
要は己の理にあっても、何かから規定された人倫という元での理と言葉を丁寧に論じて組み立てた・基礎の理ではないの”


https://twitter.com/aoJvqLcHOrs7UWg/status/1391870643252174852 と続き
”よすだ@京橋URA
@greatful_pet
·
5月11日
よすだ、青年失業家を名乗ってた時期('18年あたり)があるんだけど、老年虚業家というカタガキがある事を知った。

おじいちゃんになったら許されるならそれを拝借するとして、中年になるおれはなにを名乗ろうか
来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
·
5月11日
中年無業家にしたら
失業→無業→虚業
あったものを失って
そもそも無かった事に気づいて
そして、空っぽにしてなかった事にするでよくない

よすだ@京橋URA
@greatful_pet
5月11日
ストーリー性
来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
·
5月11日
ストーリー性大事やで
理由付け最強
よすだ@京橋URA
@greatful_pet
·
5月11日
来世は触手にもストーリーあるんだろうなぁ(聞いてはない)
来世は工口触手@キール
@aoJvqLcHOrs7UWg
返信先:
@greatful_pet
さん
理性・知性ある生き物なら物語「は」あるんじゃない
なかったとしても、理性・知性ある生き物が観察対象に名前を与えて、その観察を記述・言い伝える事で物語になるね
午前6:39 · 2021年5月11日·Twitter for Android”


神話・伝説に見られる物語のアーキタイプ ~英雄の旅~
https://ncode.syosetu.com/n5153db/
" 1.Calling(天命を知る)

 物語の始まり。主人公は何かのきっかけで、旅への使命・天命(自分の生きる意味や役割)と出会い・知ることになります。


 2.Commitment(旅を始める)

 主人公は旅へと導かれますが、使命(天命)を受け入れられず旅立ちについて葛藤します。しかし、最終的には旅立ちを決意します。


 3.Threshold(境界線を超える)

 旅立ちを決意した主人公は、日常と非日常の境界で最初の試練にぶつかります。そして試練を乗り越えて行きます。


 4.Guardians(メンターと出会う)

 非日常の新しい世界に旅立った主人公は、そこで新しい経験を積みます。(人生の)師や頼もしい仲間と出会い成長を遂げます。


 5.Demon(悪魔とぶつかる)

 旅を続ける主人公は遂に最大の試練にぶつかります。絶体絶命の危機に陥ることも多くあります。敵(怪物・悪魔など)や強力なライバルが試練として立ちはだかることが多いです。


 6.Transformation(変化・変容する)

 最大の試練を克服した主人公は、英雄へと成長します。


 7.Complete the task(課題を完了する)

 主人公はこれまでの旅路を振り返り、その意味に気づきます。旅の中で得た様々な経験から結論(その旅・物語のテーマ)を導き出します。


 8.Return home(故郷へ帰る)

 旅は終わりました。主人公は元いた世界・日常へと帰還し、物語は幕を閉じます。"


『千の顔をもつ英雄』あのスターウォーズシリーズの原点!
http://hontobijo.jp/review/way_of_life/creative/creative_0514
”第一作目「スターウォーズ エピソード4」のプロットを使って説明します!

ルーカスがどれだけこの本の影響を受けたか丸わかりである。
というよりも…スターウォーズがこの本の内容をなぞって作られただけである。

<出立>
Ⅰ冒険への召命
砂漠の惑星タトゥイーンで暮らす青年ルーク・スカイウォーカー
ある日、アンドロイドのR2-D2とC3-POを拾う

Ⅱ自然を超越した力の手助け
ルークはジェダイマスターのオビワン・ケノービに助けられる

召命拒否
オビワン・ケノービに宇宙へと旅たちフォースを学ぶように言われるが、
ルークは叔父の農園の手伝いがあるため、拒否する


Ⅳ最初の境界を超える
ハン・ソロ船長のミレミアムファルコン号で宇宙へと旅立つ
帝国軍の戦艦に追いかけられるも、無事タトゥイーンを脱出

Ⅴクジラの腹の中
帝国軍の秘密兵器デススターに捕まる。

<イニシエーション 通過儀礼>
Ⅵ試練の道
デススターから脱出せよ

Ⅶ女神との遭遇
レイア姫を救出する

Ⅷ父親との一体化
ベイダーとオビワン・ケノービとの対決が描かれる
(エピソード5,6にはルークと父との葛藤が描かれる)

Ⅸ神格化
反乱軍とともにルークはデススターを破壊する作戦に参加する
デススターの破壊に成功する

Ⅹ帰還
デススターを破壊し、ハン・ソロとともに勲章をもらう

とくに古今東西に語り継がれる物語には父親との葛藤が描かれている部分が面白い。
父親が作りあげた世界を破壊してはじめて真の英雄になれるのだ。
実際、スターウォーズにおいてもルークが父親であるダースベイダーを倒して、旧三部作が完結している。”

「千の顔をもつ英雄」はスゴ本
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/05/post-2d8b.html
”要するに、このフレームから別の物語を紡ぎなおすのだ。どんなストーリーフレームが「面白い」ものとして人類の深層レベルで記憶されているのかが列挙されているから、あとは「いま・ここ」の演出方法に沿って飾りなおすだけというお手軽さ。ストーリーテラーとして生計を樹てる人なら、必ずおさえている(もしくはパクっている)一冊やね。それくらい普遍性と恒常性を持っている。

 著者キャンベル曰く、そこには人間行動の意識化されたパターン下にある無意識的な欲望、恐れ、緊張に付与されている象徴を汲み取ることができる。換言すると、神話の恒常的なパターンを分析さえすれば、(時代・地域を超えた)人間性の最深層に秘められた記録を抽出できるというのだ。

 その神話の骨格を図示したもの。
(図を再現+多少改変
+キャンベルの四つの神話の力と私の解釈。

冒頭への召喚
→救いの手①(主人公より今は強い。ヒロイン、師匠、父、神仏)
→冒険の境界①
(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内=通過儀礼、イニシエーション)
→テスト(試練)
→救いの手②
(主人公は前より強いので相対的に弱くなる
=主人公との力の差が縮まっている)
→(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)
→(呪的)逃走(何かを失う)
→冒険の境界②
(帰還、復活、救出、境界での争い)
→霊薬(エリクシール)
→冒頭への召喚へ戻る。

(境界の越境、兄弟の争い、竜との格闘、四肢解体、磔刑、
誘拐、夜の航海、不思議な旅、鯨の胎内)

(帰還、復活、救出、境界での争い)
はそれぞれ対極だが、どちらも冒険の境界線上。
冒険の境界線とは、
上側が、冒険への召喚、救いの手①で、
下側が、テスト(試練)、救いの手②、(聖婚、父との一体化、
神格化、
霊薬(エリクシール)=強力なアイテムの掠盗)、
逃走。
上側の変化は緩め、
下側は激しい変化。
神話の四つの力、
①神秘を畏怖に高める
(無人格神秘から人格神への移行と権威の創造)、

②宇宙のイメージで知の仕組みをまとめる
(知の体系化と世界の説明。特に「死」の説明)、

③社会秩序を支え、共同体の個人を連動させる
(強固な集団の形成)、

④精神的豊かさに背景を与える力
(アイデアの源泉と思考の根拠と方向性の授与)

が宗教に必須な要素そのもの。
神話を共有している限り無宗教はあり得ない。
この世に無宗教者はいない。無知と無自覚ならいる。)



 本書のメインストリームもこの円環構造に沿っている。
それぞれの時代・地域での日常生活の営みのなか、冒険へ召喚される。
桎梏からの脱出、
境界を超越し力の源泉へ潜入し、
賜物を携えてこの世に還ってくる。
そこには神話が語られる時代・地域特有の試練が待ち構えており、賜物を手にした後は(お約束のように)ガーディアンとのチェイスがある(いわば、胎内めぐりやね)。

メドゥーサの首級を持って逃げるペルセウスや、
妻で妹をたずねるため冥界に降りるイザナギ、
太陽神の館をもとめて旅立つナヴァホ族の双生児、
黄金の羊毛を手に入れるべくシュンプレガデスの二枚岩をかいくぐって大海に出るイアソン、
ブッダと菩薩の永遠と時間の同一性……それぞれの伝承で示される英雄像は、差異性よりアナロジーに焦点が合わさっている分、驚くほど似通っている。

 たとえば、英雄の呪的逃走で、何かを残すことで逃走者の身代わりとする逸話で「三枚のお札」に酷似したニュージーランドの民話を聞かされると、どちらかがどちらかに伝播したというよりも、むしろ「英雄の逃走」としてヒトの思考(嗜好?)に刷り込まれていると考えたほうが、より合理的な気がしてくる。キャンベルの言うように、わたしたちは解剖学的に均質なのと同様に、(科学や文明や文化にかかわらず)世界を把握する本質として同等な存在なのかもしれない。

 本書のレジュメは下巻の解説から、もっとお手軽なら松岡正剛氏の「千夜千冊」から辿れる(特に後者はgoogleでいける)。”

704夜『千の顔をもつ英雄』ジョセフ・キャンベル|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/0704.html
”英雄とは「生誕の再現」がたえずくりかえされる人間であり、
その生命の啓示がカトドス(上り道)と
アノドス(下り道)の交差の上に幾度となく成立する
ような人間のこと、
総じては「自力で達成される服従(自己克服)を完成した人間」のことである。なるほどとおもわせる。
 キャンベルはまた、神の造形はあらゆる民族に共通する「欲求」にもとづいているという原理を提示し、どんな神の造形も解読可能であることを示した。さらには「神話の力」を現代に通じる言葉であらわした。
すなわち、神話には集約すれば4つの力があって、それは、
①存在の神秘を畏怖に高める力(これはルドルフ・オットーが「ヌミノーゼ」とよんだものに等しい)、
宇宙像によって知のしくみをまとめる力、
社会の秩序を支持し、共同体の個人を連動させる力、
④人間の精神的豊かさに背景を与える力、というものである。

 キャンベルの功績はそのくらいにして、本書のテーマである英雄についてであるが、ルーカスが『スター・ウォーズ』に適用した世界の英雄伝説に共通している構造というのは、単純化すると次のような3段階になる。
 (1)「セパレーション」(分離・旅立ち)
→(2)「イニシエーション」(通過儀礼)
→(3)「リターン」(帰還)。


 英雄はまず、
(1)日常世界から危険を冒してまでも、人為の遠く及ばぬ超自然的な領域に出掛けるのである。
ついで(2)その出掛けた領域で超人的な力に遭遇し、あれこれの変転はあるものの、最後は決定的な勝利を収める。
そして(3)英雄はかれに従う者たちに恩恵を授ける力をえて、この不思議な冒険から帰還する。

 だいたいこういうことである。
ブッダもゼウスもプロメテウスもアイネイアスも、
玄奘と孫悟空も桃太郎とイヌとキジとサルも、
そしてモーセも大国主命も、
みんなみんなこの通りの3段階をへて英雄伝説の主人公になった。

ミノタウロスを殺害する英雄テセウス


(1)セパレーション

①「冒険への召命」
=★出立・分離あるいは冒険への使命がもたらされる。
→★あるいは神・老人・特定の声などによる合図がある。

②「召命の辞退」
=★しかし、いったんは召命はなんらかの理由によって辞退もしくは理解できないものとなる。
→★主人公は神から逃走しようとする自身の愚かさを露呈する。

③「超越的な援助」
=★超自然的なるものが思いがけなくも英雄を支援する。
→★与えられた冒険を受け入れた者に思わぬ天佑がもたらされる。
→★このとき援助者は矮小あるいは貧しい老人や老婆の身なりをしていることが多い。またしばしば助言者は意地悪な妖精になっている。

④「最初の越境」
=★こうして英雄は最初の境界をまたぐことになり(バウンド)、そこで境界を守る者との対決を試され、これをなんとか越境する。
→★これは異界への突入、限界の突破、異界の守護者(渡守・橋姫・猿田彦など)の認識をあらわしている。

⑤「闇への航海」
=★英雄はさらに闇あるいは魔の領域に突入し、いったんはまったく別の負荷状態になる。
→★これはしばしば「胎内回帰」とよばれるもので、自己消滅の危機さえ伴う。
→★物語のなかではピノキオのように鯨の中などに呑みこまれることが少なくない。
いわば、夢を見ているのかと見紛うばかりの「英雄流動」の段階なのである。

(2)イニシエーション

①「試練の道」
=★ここからは英雄の試練が次々に続く。
→★玄奘と孫悟空の試練、あるいは日本神話でいえばイザナギや大国主命の試練などをおもえばよいが、
象徴的には主人公が英雄になるべく「転身の門」をくぐるためのプロセスになっている。


「女神との遭遇」
=★英雄はひょんなことから女神あるいはマグナ・マーテルあるいはグレート・マザーと出会い、
その力に包まれ、いきさつによっては聖婚(ヒエロス・ガモス)する。
→★英雄は慈母・一時花嫁・代母などによって“永遠の幼児”としての至福感を初めて体験するわけである。
→★これは主人公のエネルギーの「回復期」にあたるのであろう。

③「誘惑する異性」=★女神による回復をえた英雄は、しばしば誘惑者の快楽を断れない。
しかし、このプロセスで英雄は「最大の真相」つまり「オイディプスの謎」を初めて理解する。
→★神話上のスクリプトの中でも最も難解なところで、基本的には「父殺し・母との姦淫」が潜在しているのだが(第657夜『オイディプス王』参照)、
それ以外にもマグダラのマリアや静御前や吉野太夫のような娼婦・白拍子・遊女との出会い、および悪女からの仕打ちが含まれる。

④「父との一体化」
=★畏怖あるいは脅威の対象としての父が「大いなる父」でもあったことをどのように理解したかというドラマが、ここのテーマになる。
→★『スター・ウォーズ』における隠れた父ダース・ベーダーとの対立と和解を思い浮かべればわかりやすいだろうが、
キャンベルの原型はゼウスにおけるクロノスや、ディオニソスにおけるゼウスなどにあった。
→★ここは別の観点からいえば英雄の「成熟」を暗示する。なぜなら英雄はここで初めてこれまでの試練の意味を悟ることになるからである。

⑤「アナザー・ワールド」
=★英雄は父の真実の姿を知って驚くとともに、自分にとってはアナザー・ワールドである父がつくった国を体験する。
→★この国は、王の国・神の国・ユートピア・アルカディア・老いた国・不老の国・魔王の世界・別世界そのほかの様相を呈する。

→★しかしここでは、父に対するアンビバレンツな神格化もおこっている。そのためこの段階では両性具有のキャラクターがよくあらわれる。
⑥「終局の恩恵」
=★英雄は大団円に到達する。それは不滅・勝利・獲得・謎解きなどの象徴の終焉であり、前に進む物語の終息である。
→★ここで初めて世界模型の全貌があかされることが少なくない。たとえば須弥山、シャンバラ、エルドラドなど。

(3)リターン

①「帰還の拒絶」
=★英雄は故国への帰還の旅立ちをするにあたって、
収穫物(エメラルド板・黄金の羊毛・玉手箱・不老長寿の薬・金銀財宝・眠れる王女など)を持ち帰らなければならないのだが、
その困難を予想して責務履行はいったん拒否される(あるいは持ち帰るほど期待される戦利品がない)。
→★夢から覚めたくないという本音の気分が報酬の重荷に転移したというふうにも解釈できる。

②「呪的逃走」=★押し付けられた戦利品(たとえば王女)から逃げ出したくなり、主宰の王や管理者からの呪いを振り払って逃走する。→★追跡者の手から逃れる逃走神話には、たいていは残し物・変種の物の散布などが絡む。
→★ヘンゼルとグレーテルはお菓子の家に到達したのに、そこが怖くなって逃げるとき、さまざまな呪文と戦わなくてはならなかった。
イザナギは冥界からの逃走にあたっては多様な物を投げ捨てながら走らなければならなかった。

③「外界からの救出」=★英雄の逃走が進むには、ときにそこに外部的な超常力が加わる必要がある。
→★オズの魔法の国やアリスの不思議の国からの帰還には、外力が手をさしのべる。
ダンテが地獄篇の世界を脱出するにも巨人の助力が必要だった。
アマテラスの岩戸からの脱出にも外力が加わっている。

④「帰路の境界」
=★英雄は彼岸から此岸に戻ろうとして、さまざまな境界を逆方向に、
かつ上手にまたいでいかなければならない。
それに失敗すると英雄は因幡の白兎か浦島太郎になってしまう。
→★ここにはリップ・ヴァン・ウィンクルの原型がある。英雄は最後に「時間の旅」の試練を受けたのである。ここにトランジットの問題の本質があらわれる。

⑤「二つの世界の導師」
=★英雄はついに空間と時間の仕切りを越えて帰還に至る。このとき、これまで仮の姿であったすべての化身たちの正体が、輝きあるいは驚きをもって出現してくる。そこに英雄自身が実は神の仮 の姿であったという逆転も含まれる
→★英雄クリシュナは実は宇宙神ヴィシュヌであり、助六は実は曽我の五郎だったのである。

⑥「自由と本性」
=★こうして英雄が故郷に戻ると、そこは まったく新たな王国・原郷・共同体としての活気に満ちてくる。祭りが挙行され、婚姻が進み、財産が配分される。
→★この最後の場面こそ、その後に何度も再現されることになった世界各地の祭りのクライマックスになっていく。


…英雄伝説には以上のような基本の流れと基本の特質があるということを知ってみると、物語の母型というものが、いかに多くの物語・小説・オペラ・映画・劇画・マスメディアによる実話再生法などに頻繁につかわれていたか、そのことに驚くにちがいない。

 キャンベルは人間の根本に宿る物語には、
「眠り(闇)」と「覚醒(光)」の絶えざる循環という母型が、
「実界(此岸・現世)」と「異界(彼岸・浄土)」の境界を告知しつづける母型が、
さらには、「父(隠れた力)」と「子(試される力)」の関係の不確定をめぐる母型が、
「個体(ミクロコスモス・部分・失われたもの・欠けたもの)」と
「宇宙(マクロコスモス・全体・回復したもの・満ちたもの)」との対立と融和と補完をめぐる母型などが、きわめて多様にばらまかれていたことを示したのだ。
 …
 神話というものは、「一」と「多」の間にいかなる危機や裂け目が生じるかという物語なのであるということを――。

 ひるがえって、英雄とは、その「一」と「多」の間に出現する危機と裂け目を克服した者であり、その境界がどこにあるかということを告げるために用意された装置だったのだ。
 しかし、そこには必ず犠牲が伴い、予期せぬことがおこっていく。もし英雄を待望したいのなら、このことも見落としてはならないことなのだ。そして加えて、思いがけない者こそが味方であって、見かけぬところが境界の秘密なのであり、中心こそが静寂なのであることを知ったほうがいい。
われわれが今日、そのような「思いがけない味方」や「静寂な中心」をアメリカにもヨーロッパにも日本にも見いだせなくなっているのは、われわれに極端に神話の力を理解する力がなくなっているせいでもあるだろう。
 ところでキャンベルは本書の第2部で、このような英雄伝説がもたらす神話作用の本質をさらに凝縮してみせているのだが、とくに最後に、英雄がときに「世捨て人」や「苦行者」の姿をとること、および英雄伝説が「死と離別」をたいせつにしつづけていることを指摘するのを忘れなかった。”

ロバート・マッキーの「STORY」読破した
http://feidempire.blog71.fc2.com/blog-entry-472.html
”ロバート・マッキー(Robert Mckee)さんの「STORY」読破しました。
ちなみにTom Monteleoneの「Complete idiot guide: writing a novel」と
Laura Schellhardtの「Screenwriting for dummies」も読みました。
AMAZONのレビューで評価が高かったので......

後、上述の本にアリストテレスの「詩学」が良く引用されていたので
これも読みました。
(Lauraさんが言うにはお守り代わりとして持つのがいいらしい)

で、感想ですが、アメリカのノウハウ本って本が出版された後の”営業”の部分
つまり脚本で言えば映画スタジオに売り込む所、小説だったら
実際に書店で並べられる所まできっちりフォローするんですね。
そこが、日本の教則本との一番の違いかな?
ただ作品を書いて終わりにしない。
この辺の認識が流石ビジネスの国のアメリカといったところか?
コネの作り方とかもみっちり書かれていたりして、
小説の場合、卸業者のトラックの運ちゃんにドーナッツ奢って
本屋の棚の一番目立つ所に置いて貰うようしろ
とか
かなり生々しいアドバイスが載っていました。

実際のストーリーの作り方に関してはマッキーさんの本が
頭一つ抜けている感じでしたね。

ちなみにスターウォーズのルーカスに多大な影響を与えた
というジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」も
読んでみたのですが、こちらは訳が酷過ぎて日本語に
なっていないのと、元のキャンベル自身がちょっとヤバイ
薬が完全に決まったニューエイジヒッピーみたいな
思想の持ち主のため、言っていることも支離滅裂で
意味不明のため、断念しました。
う~ん、この本、原本はまともなのかなぁ?

アリストテレスの「詩学」は今まで読んでいなかったのですが
良い機会なので今回トライしてみました。
しかし、こちらも訳が酷い。
「逆転」とか「認知」とかなんだこりゃって感じですわ。
「逆転=どんでん返し」、「認知=発覚/伏線の回収」
読み替えたら驚くほどすんなり理解できるようになりました。
どうして哲学畑の人ってこう意味不明な単語を訳に充てたがるのか......

肝心のマッキーさんの本の方ですが、こちらは貴重な本であるにも
かかわらず、和訳がないので簡単に要約したいと思います。
(英語が激ムズのため解釈が間違っているかもしれませんが)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
まず、ストーリーのプロットには三種類ある。

 1.アークプロット: 
従来のアリストテレス式の王道ストーリー。
始まりがあって、中間があって、終わりがある。

 2.ミニプロット: 
オムニバス形式で複数の主人公の視点で語られる。
アニメでいえば「カウボーイ・ビバップ」みたいな感じか?

 3.アンチプロット: 
アークプロットの逆。時間軸守らない
ストーリーは偶然の積み重ね。
なんか知らない間に映画になっていた。
アニメだと「けいおん」みたいな内容のない日常系がこの類か?

この三つの他にノン・プロットというプロットの無いタイプ
もあるそうです。

で、ハリウッドで一番主流なのが1.のアークプロット型ストーリー。
2とか3は欧州系の芸術映画とかに多いそうです。
ハリウッドで活躍したいならば集客力の良いアークプロットを
中心に制作したほうがいいそうです。

次に”ストーリー”とはそもそも何か?

ストーリー=変化

というのがマッキーさんの答え。

つまり、ある状態から別の状態に変化し、しかもその変化が
非可逆的である(つまり元の状態に戻らない)、そういった
”変化現象”が”ストーリー”
だそうです。

「つまりキャラや、そのキャラが置かれている状況/世界
 が変化しない物語というのはストーリーではない」

ぞくにいう”キャラが成長するプロット”
って一体何のこと?と
日本の教則本を読む時に疑問に思うのですが、”キャラの変化”を
表していたんですね。で、この”変化”がないと物語は面白くならない
と。

この次にマッキーさんはストーリーを構成する”単位”を小さい順から
分類していきます。

 ・ビート: キャラの行動を表す
 ・シーン: ビートの集まり
 ・シークエンス: シーンの集まり
 ・幕(Act): シークエンスの集まり
 ・ストーリー: 幕の集まり

なんでこんな分類をするかというと、脚本をリライト(推鼓)するときに
ビート単位でメモ用紙に書きだすんですね。


そしてスタニスラフスキー・メソッド(これがちゃんと出てくるのが
この本の凄い所)を用いてキャラに成りきる。
そのキャラの視点で各ビートを分析していくんですね。
このキャラはこのビートにある動きをとる事に違和感が
ないかどうかとか。

そうやって分析するとストーリーやキャラの行動/言動の
破綻をかなり防ぐことができるらしい。


また、マッキーさんは人間の取る実際の行動と
本心は別であることを強調する。

「人間は本音と建前であると」

だから映画の脚本の場合必ずSubtextを設定しないといけない。
Subtextというのは本音の部分で台詞には出てこないキャラの
気持ちのこと。役者の良し悪しというのはこのSubtextを
如何に汲み取って画面上に表現できるかにあるらしい。


それはまた物語を作るときに

「必ずキャラには本音と建前を用意して行動させること」

そうすることで人間の表現がかなりリアルになるらしい。
つまり”人物に厚み”
が出てくると。

マッキーさんが特に重要視するのが物語りの”クライマックス”
ストーリーというのは

「クライマックスへと至る道」


のことでもあるらしい。

プロットというのはまず

 1.プレマイズ(Premise):
物語の前提。”もしもこんな世界観だったら
作者の作ったキャラはこんなことをするだろう


 2.キー・インシデント: 
ストーリーの発端。
この時点を越えるとキャラはもう後戻りできない。

 3.プロット・ポイント1: 幕1の終わり
 
 4.プロット・ポイント2: 幕2の終わり

 5.クライマックス: 主人公の最終決断

 6.レゾリューション: 
クライマックス後のその後談

 7.エンディング

のような構成になっているらしい。

で、クライマックスってのは単なる”見せ場”のことじゃない
んですね。

「クライマックスでは主人公が重大な決断をする。
 そしてその決断後はもう過去の自分には戻れない」

ストーリーというのは”変化”であるので、クライマックスで
主人公が最終決断することによって最後の変化をする
わけですね。

だからただドンパチやったりラスボスとバトルすることが
クライマックスじゃない。

「人間というのは行動を取る前に必ず決断をする動物である」

だからこそ主人公が物語上、最後の行動をとる前の”決断”
というのは実に重要なイベント
なんですね。


とまぁ、こういった様な事が多々書かれている本です。
他にも細かい事が沢山書いてあるのですが、きりがないので
興味のある方は是非原著をゲットしてください。

しかし、これの訳本、載っている作例が古すぎるとかいう
理由のため出版社側が出すのに躊躇しているらしい......
これ明らかに名著なんだけど......

出されると困る国内業界人にでも金掴まされているのか?
本当にいい本って中々国内に入ってこないんだよなぁ。”



(感動については以下が参考になる)
【UG# 220】ウマ娘、刀剣、艦これ、アイマス、育てゲー元祖『プリンセスメーカー』生誕30年の現在地に開発の動機と狙いを解説/ OTAKING explains
https://www.youtube.com/watch?v=um39SsGQ5pM
(感動の法則について27:36から
ハインライン『異星の客』での「笑い論」について。
笑うってのは攻撃。優しいものではない。笑うってのは攻撃かその裏返しでしかない。
笑いは攻撃性。攻撃性がゆるされる感じがするから笑う。スレスレ感に笑う。
攻撃性があってみんなが「え?」ってビクってなるところを、なんかなあなあな感じに許される、
この緊張の緩和でみんな笑う。
だから、ある人にとってはいじめになっちゃうし、誰かをいじめるときは笑う。

笑いは攻撃(性)と緊張の緩和。


怒りは無力感への抵抗。どうしようもないことがわかった時に怒る。
どうにもならないときに怒る。
どうしようもないという絶望感が受け入れられないから、それをごまかすために怒るのであって、
そうでない場合は、淡々と解決に向かって歩みを進めるんですよね。
怒っている人は何もできない、どうしようもないからごまかすために怒っている。
怒りは無力感への抵抗。自分が無力だと感じるのが嫌だから怒る。

感動の法則。感動の本質は罪悪感。罪悪感を解消するために人間は感動する。
ラブストーリーとかを見て、人間が感動するのは、
そんなふうに純粋に生きていない、純粋に恋をしていない自分を許すために感動する。
ラブストーリを見て感動するともっとラブストーリーを見たがる。
同じようなものを見たがるのはなんでかというと、それに関して罪悪感を感じているから、
それが解消されるので、自分を許して泣く。
そういう許しを求めているから同じようなストーリーを求めてしまう。
感動は必ず心のどこかに「ごめんなさい」という気持ちが隠れている。
自分を責める罪悪感。頑張っているものに対して起こる。
スポーツを見て感動するというのは、スポーツで頑張っている人をみたら、
「自分はそこまでやれてない」「純粋に生きてない」という罪悪感。罪悪感だけではつらい。
無力感に直面したくないために怒るのと同じように、
罪悪感に直面したくないため人間は涙を流す、感動するという実にうまい〔しんえき※〕方を覚えた
〔※スローで聞いたがよくわからない。信用できない自動字幕だと「刺激」。
不明瞭だがおそらく「しのぎ」方だと思う〕。

〔笑いの一側面を正確にとらえていると思う。
怒りも一側面を正確にとらえていると思う。怒りを原動力にして淡々と解決に取り組む人もいる。
感動の一側面を正確にとらえていると思う。小学生ぐらいまでの子供向けの感動は上記とは違う気がする。
覚ると笑うことも怒ることも感動もなくなるかまれになるだろう)




森瀬 繚@『未知なるカダスを夢に求めて』発売中!
@Moliceのプロフィール文
”『Fate』シリーズ関連作品の考証協力や解説執筆。”

http://chronocraft.jp/
で具体的にかかわったものがわかる。


Murlyka@DoktorMurlyka
10月20日
それこそシャーロック・ホームズが書かれた19世紀後半の時点で科学的(経験論的)な思考が上流の洗練されたものという扱いで、初出の「緋色の研究」の犯人の動機が宗教(当時はカルト視されていたモルモン教)の起こした理不尽さだったしね

シャーロック・ホームズ自体がいわゆる大衆小説の分類だったのを考えると、当時から既に科学が一般大衆に支持されていたのがわかる
のちに作者本人がww1で子供を失って頭がおかしくなるとオカルトに走るようなったのだけど、そのことも当時、一般的に馬鹿にした論調で茶化されてたりもした


(
クーフーリンの見た目の参考になりそうな本↓)




















704夜『千の顔をもつ英雄』ジョセフ・キャンベル|松岡正剛の千夜千冊
https://1000ya.isis.ne.jp/0704.html

ジョーセフ・キャンベル「千の顔をもつ英雄」の読書備忘録(要約と紹介と感想と)
https://loungecafe2004.com/historical/2019/06/19-220810

良動画集と補足 ジャンル問わず 動画作成に役立ちそうなもの  あと読むかもしれない本リスト
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-167.html


【UG】宮崎駿が感動のラストを全否定!〜ナウシカ完全解説(1)漫画原作の真相編 / OTAKING explains "Nausicaä of the Valley of the Wind" #1
https://www.youtube.com/watch?v=VlGHsbu1btw
(8:44から
映画版で宮崎の設定ではナウシカは生き返らないのだが、
鈴木と高畑が「これではカタルシスにならないので生き返ることにしよう」と言った。
宮崎曰く「宗教映画になってしまった」。
が、宗教映画になったおかげで大ヒット。
あんな奇跡を入れたラストにしたのを後悔した宮崎。

死と再生の儀式描写を入れるよう言ったのは宮崎ではなく高畑と鈴木。この2人も尻かもね


【UG】独占公開!国宝級のお宝「王蟲の●●」〜ナウシカ完全解説(2)風の谷開拓史編 / OTAKING explains "Nausicaä of the Valley of the Wind" #2
https://www.youtube.com/watch?v=gmN4qTDQD0Q

【UG】独占公開「王蟲のセル」第2弾!〜ナウシカ完全解説(3)OPの謎を解け編 / OTAKING explains "Nausicaä of the Valley of the Wind" #3
https://www.youtube.com/watch?v=mu9UkZXShlA

岡田斗司夫ゼミ#377(2020.12.27)完全解説 風の谷のナウシカ4 ラストカット解説編 / OTAKING Seminar #377
https://www.youtube.com/watch?v=KRsrhD8iiRc


リクエストに応えて『風の谷のナウシカ』解説の後編を公開します【UG動画】#264 / OTAKING explains "Nausicaä of the Valley of the Wind"
https://www.youtube.com/watch?v=vOx5ShhE3M4

【UG】風の谷への移住案内ナウシカを風土的に考察する / OTAKING explains "Nausicaä of the Valley of the Wind"
https://www.youtube.com/watch?v=nxxW9-wIqF0


【UG】実はナウシカの前日譚!『On Your Mark』完全解説その1 〜「火の七日間」は原発事故の暗喩/ OTAKING explains "ON YOUR MARK" Level 1,2
https://www.youtube.com/watch?v=opof25mlTSo

【UG】宮崎駿の黒歴史『On Your Mark』完全解説その2〜ニーチェ哲学とチャゲアスへの悪意 / OTAKING explains "ON YOUR MARK" Level 4
https://www.youtube.com/watch?v=eagFT6zanbQ


プロットミューテーション
【なろう系分析】ハリーポッターとなろう系作品の類似性分析【ゆっくり解説】
https://www.nicovideo.jp/watch/sm36922107


「ダークナイト」はここが凄い!バットマンとジョーカーの相思相愛が世界を破壊する。
https://www.youtube.com/watch?v=Z3oYbRx0Hiw

日本イラストレーター協会 イラストの料金と著作権に関して
http://jpn-illust.com/guarantee.html





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