第40話 「仕事で“女”を出す女達」 久しぶりに「最近これほど怒ったことはない」というような出来事が起きた。 私の仕事は通常、編集者と打ち合わせをした後は基本的に自分ひとりで取材のアポを取って、ひとりで取材に出掛け、原稿を執筆して提出するという流れだが、雑誌やムック本などでプロのカメラマンによる写真が入る場合は撮影にも立ち会う。アメリカ人のモデルが入るとか、日本から有名人が来て撮影する時とか、場合によっては現場に立ち会うだけでなく、私が撮影自体をコーディネートすることもある。 とんでもない出来事は、先日行われたある写真撮影の現場で起きた。その撮影は、「ちょっと、その辺を歩いている女の子に入ってもらいましょうよ」という低予算なガイドブック調の撮影ではなく、「このページには、このロケーションでこの衣装を着たモデルが2名入って、こういう小道具が必要で、天候はこうでなきゃいけなくて……」と詳細に明記された指示書に基づいた“きちんとした撮影”だった。しかも、日程も超タイトなうえに、その特集ページは15ページ以上あったので、「いくらメイクさんや日本からの現場スタッフがいても、特集の原稿執筆と撮影コーディネートの両方はとてもひとりではできない」と言って断ろうとしたら、日本の出版社が「ロサンゼルスの日系制作会社から私専用のアシスタントとして日英バイリンガル・スタッフをふたり送り込む」というので、それならばできるだろうと判断して仕事を引き受けたのだ。 撮影前々日にロサンゼルスから到着した日本人スタッフは、ふたりとも若い女性で、とてもかわいかった。たぶん20代前半だろう。声が高く、どこかベタベタ話すというか、甘ったるい感じが耳についたが、私が雇ったスタッフではないのでその点は諦めることにした。格好はロスに在住する今どきの日本の若者という感じで、片方は太めのショーツを太いベルトでファッショナブルに着こなし、もう片方はピチピチのローライズ・パンツを履いていて、失敗したのかわざとなのかは不明だが、パンツに下着のラインが見事にくっきり透けていた。「よろしくお願いしまーす!」と言って私に挨拶する仕方も、“腰から体を前に倒して頭を下げる本来の挨拶”ではなく、“ヨロシクと言いながらアゴを前に出すことによって一瞬だけ頭の位置が少し下がる”という上目づかいの挨拶だ。 今どきの若者はこんな挨拶でも制作会社に雇ってもらえて、シアトルまで出張させてもらえるのだ。時代はすっかり変わったんだなと、うらましく思った。私の時代は、本当に一人前になるまで先輩抜きで出張なんて行かせてもらえなかったし、こんな挨拶をした途端に、その後一切無視されるか、その場で足に蹴りを入れられたものだ(ホントに)。とにかく、数日間とはいえ私のアシスタントになる人達なので、「過去にどれだけ撮影を経験しているのか」とか「どんな内容の仕事をしてきたか」、「今回の仕事への自信はどれくらいあるのか」とか軽く聞いてみると、ふたりとも今まで何度も撮影を経験しているから、「どんな撮影でも全然、大丈夫です!」と自信を持って答えていた。ちなみに「全然、大丈夫」とは正しい日本語ではない(笑)。まあ、それはともかく、そんなに自信満々に言うのだから(私が同じことを聞かれても絶対に彼女達のようには答えられない)、挨拶が変でも、答え方が変でも、きっと仕事はできるのだろうと信じて、早々に役割分担を割り当て仕事に入ってもらった。 すると、どうだろう? 全然、仕事ができないじゃないか! 私よりもずっと若いはずなのにすぐ疲れてしまうし、すべての作業がまるで老いた亀のように遅いのだ。たとえば「XXXに関しては今すぐこうしてくださいね」と頼むと、「私、すごくお腹がすいてるんで、その前にお昼を食べて来ていいですか?」と言うし(ふざけんな! 仕事してから食え!)、「XXXの手配は何時にコンファームできるのかしら?」と聞けば、「そんなのわかりません。まだ相手から電話来ないんで」と言う。おいおい頼むよと思った私は、少々厳しい口調で「予定の時間までに電話が来ないなら、こちらからもう一度電話して! 明後日の撮影なんだから急いで対応してくれないと間に合わないわよ」と注意すると、「私だって急いでやってますよぅ! 相手が悪いのに私にそんな言い方しないでください」と口答えする。こちらがお願いしている事項に対して相手のせいにするとは最悪だし、急いでやっているように見えたら、こんな注意を受けないはずだ、とは考えないのだろう。ああ、バカは困る。 中でもヒドすぎて笑ってしまったのが、ひとりの女の子(A子)に「撮影スタジオBにこれを急いで運んで来て」と頼んだら、「はーい。でも外はものすごく暑いので、冷たいものとか買いたいんですけど」と言う。「じゃあ、買ってください」と言っても黙って立っているので「何なの?」と聞くと、「ジュース代とかぁ、そういう細かいお金は私が自分で立て替えなきゃいけないんですか?」と言うではないか。私はロサンゼルスから来た彼女達の雇い主ではないのに、私がお金を渡すのを待っているのだ。心の中では「お前、それは自分が飲むジュースだろう? そのくらい自分で出せよな」と思ったが、ランチとかジュースとか、小さなことでひとりのスタッフが機嫌を悪くすると全体の雰囲気が悪くなるかもしれないと思ったので「じゃあ、私が預かっている経費を少し渡しておくわね。$200でいいかしら? これでみんなの分も適当に買って来て。でも急いでね」と言って現金を渡した。 ここまで読んで読者のみなさんはすでに想像がつくだろうが、やはりA子は1時間以上経ってから自分だけランチを食べて手ぶらで戻って来た。気が利かない女というのは、こういう人のことをいうのだと思う。携帯電話もあるし、スタジオの電話番号も持っているのだから、買って来る内容を忘れたならば電話1本を入れて「今から戻りますが、何か必要なものはないですか?」と確認すればいいではないか? 1日目の半分にして私は彼女達について「こいつら、よくアシスタント業で生活が成り立っているなあ……。一体どんな特技があるんだろう?」と逆の意味で感心し始めた。 また、この業界(日本の会社と仕事をしている場合に限る)は、1日の仕事時間が異常に長いことで知られている。撮影日の直前が忙しいからという理由でロサンゼルスから送り込まれた彼女達は、シアトルと時差はないくせに夜7時ごろになると疲れてしまい、「もうホテルに帰ってもいいですか?」と聞いてきた。その日に終わらせなければならない仕事がまだ終わっていないのに、である。「どうしても今日中に終わらせないと明日大変なことになるから、頑張って終わらせましょう」と私が言うと、「じゃあ、何時ごろまで働くんですか?」と、すかさず聞き返してくる。「あなたたちのペースでやっていたら、たぶん12時くらいになるかも知れないわね。だから急いで!」と言うと、途端に嫌な顔をして、A子が「本当は私だって言いたくないですけど、私達すごく早朝の飛行機で来たんですよね。朝6時前に起きて、3時間近く飛行機に乗って。だから今日はそんな遅くまでは働けません。帰らせてください」と、ものすごくきっぱりと「NO」と言った。 世の中で“根拠のない自信”と“無知”ほど恐ろしいものはない。だから私はこういう人達とは戦いたくない。自分の時間や労力が無駄になるからだ。そういうわけで、仕方なく彼女達を早く帰し(笑)、ひとりで夜中2時まで働いた。彼女達はもちろん知らないし、聞いてもくれなかったが、その日の私の労働時間は朝8時から夜中の2時まで、つまり18時間労働だった。アシスタントのふたりよりも8時間(1日分)多く働いているわけだ。「こんな使えないアシスタントが来ることがわかっていたなら、この仕事は受けなかった」と深く後悔したが、すでに受けてしまったのだから絶対に最後までやらねばならない。それがプロ、仕事というものである。こんな自分には罪がない状況になっても言いわけはできないし、受けてしまった仕事はまっとうしなければいけない。だから翌朝も8時に撮影スタジオに入り、ひとりで準備を始めた。ちなみに彼女達は朝10時までスタジオに来なかった。 翌朝は彼女達を派遣してきたロサンゼルスの制作会社に「ご挨拶」と称して、さぐりの電話を入れてみた。アシスタントの彼女達はその制作会社の社員ではなく、外注のフリーランスで、私とは雇用主が異なるためアシスタントでも私のギャラとほとんど変わらないことがわかった(それは私を恐ろしく落ち込ませた)。しかも、ふたりともこんなに若く見えるのに、なんと30歳代で、私とは数年しか異ならない年齢(ひとりはたった1歳違い)だった。これは私にとってものすごくショックな事実だった。なぜなら、20歳代なら許されることは30歳代では許されないからだ。そうかと言って1日でできるようになるわけがないので、私にできることは何もない。仕事を続けるしかないのだ。 そうこうしているうちに朝10時にスタジオに現れたお嬢様2名は、「おはようございます! わあ、秋野さんって働き者ですね。昨日は何時まで働いていたんですか?」と聞いてきたので、「うーん、夜の2時くらいまでかな」と答えると、自分達だけ早く帰ってしまったことを悪びれる様子もなく、「秋野さんって仕事が好きなんですねー。そんなに働いていたらプライベートの時間なんてないんじゃないですかあ?」と、くったくない調子で返されて、私は固まってしまった。よく、そんな調子で目上の人に話せるものだ。1日18時間働いたら、プライベートの時間なんてあるわけないだろう。ムカついたのと同時にボーイフレンドのポールの顔が一瞬浮かんだが、アメリカ人の彼は私が仕事をし過ぎて家には寝に帰るだけの状態をおもしろく思っていないので最近はまともに話もしていない。だから、この子達にこんなことを朝っぱらから言われるのも仕方ないのかもしれないと思って、ますます不愉快な気分になった。でも、私がアシスタントだったら、自分の代わりに遅くまで働いてくれたボスに、朝っぱらからこんなことは決して言わないと思った。 撮影前日は前々日よりも状況はさらにひどかった。1日$50くらいしか私とはギャラが変わらないのに、彼女たちは何か自分に都合が悪いことが起きると「秋野さんからの指示です」と言って全部私のせいにする。「お前が指示を聞き間違えたんだろう!?」と心の中で怒ってみても、すでに終わってしまったことなので、どうにもならない。私が「いい加減にしなさい、このバカ!」と、はっきり怒れば良かったのだろうが、忙し過ぎてバカに構っている暇がなかったので流してしまい(笑)、自分でやれることを全部やって、そのまま撮影になだれ込んだ。 そして撮影日。1日に撮影する予定のロケーションが複数あったので、時間刻みでモデルやカメラマン達と民族大移動をし続けなければならなかった。私は撮影隊と一緒に行動するので、アシスタントのひとりがひとつ先の撮影現場へ先回りして入り、そこで準備をして撮影隊が到着するのを待つ。そして、もうひとりが撮影終了後の現場に残って後片付けをしてから、その次の次の現場へ先回りして準備をする、というローテーションになっていた。だが、彼女達はそれが予定通りにできなかったのだ。信じられないことだが、何度注意してもA子もB子も私の担当である撮影隊と一緒に行動したかったのか、いつまで経っても次の現場に先回りせず、撮影現場にある車の横に立ってモデルやドライバーさんと一緒にサンドイッチを食べたり、おしゃべりをしたり、名刺を渡したり、携帯番号を交換したりしていたからである。私のアシスタントとして仕事をするために現場にいるのではなく、現場に居合わせた「ただの“女”」(または関係者の家族、ゲスト、はたまたセックス目当てのグルーピー)のような行動に出てしまったのだ。この彼女達の行動は明らかに私の計算外だった。仕事ができないだけでなく、グルーピーのように自分のケータイとかメルアドとかをモデルやクライアントや関係者に渡してしまうなんて考えられない。 そんなわけで私の怒りは昼前には頂点に達していたが、実際にキレたのはふたつの出来事が連続して起こったからだった。ひとつはA子が先回りせずにまだ撮影中の現場に残っていたので「A子ちゃん、早く次の場所へ行って準備をしてちょうだい」と、3回叫んだ。それでも無視して聞いてくれないので、「どうするつもりなのかな」と思ってそのまま撮影を続行していたら、カメラマンが「大至急、ガムテープを持って来てくれ」と言うので、私は30メートルほど先に停めてあった機材車の横で出番待ちの男性モデルとおしゃべりをしていたA子に向かってメガホンを使って「A子ちゃん、今すぐガムテープを持って来て!」と英語で怒鳴った。現場にいた関係者全員に一発で私の指示が聞こえて全員がA子を見たが、彼女ひとりだけが男性モデルの腕に手を掛けて話し続けていて何も聞こえない様子だ(それだけ撮影に集中していないという証拠)。だから私はその後2度も同じことをメガホンで連呼すると、A子の近くにいたほかのスタッフがA子の元まで走って行って彼女の腕を取り、何が起こっているのか伝えてくれた。スタッフ全員が自分に注目していることに気付いたA子はあわててガムテープをつかむと、信じられないことに彼女は「私は何も悪くないの」というジェスチャーをするために大袈裟に首を横に振りながら、なんと“歩いて”私のほうへ向かって来たのである。 それを見て私はキレた。私は「A子ちゃん、走って!」とメガホンで叫んだが、彼女の足は競歩に近い“早歩き”になっただけだった。そして私は、アメリカの撮影現場でこれを言われたらスタッフ生命が終わりだという台詞である「A-ko, Run! Run means run, damn it!」(走れと言われたんだから、歩いてないで走れ、バカ!)と怒鳴った。A子は意味がわからなかったようだが、現場は拍手喝さいとなった。ほかのみんなもいい加減、彼女の仕事態度にムカついていたことがその拍手で証明されたわけである。彼女が撮影現場に再び雇われることは、少なくてもシアトルでは今後二度とないであろう。 もうひとつ、私がキレたのはB子の言動である。撮影現場を移動する時は基本的に車を連ねたキャラバン隊式で移動するのだが、一応、全ドライバーに地図のコピーを渡したうえで、「こんな感じでいきますので、よろしくお願いします」と出発直前に私が説明をする。その時は数ブロックしか離れていないビルの駐車場への移動だったので、全員がすんなり到着し、早速準備を開始した。でも、私の説明を聞いたうえでキャラバン隊よりも先に出たB子だけが来ていないので、どこかで迷ってしまったのだろう。10分ほど経って、私がそのビルの男性担当者とふたりで段取りの最終確認をしていると、その担当者の携帯電話にB子から電話が掛かってきた。私達のスタッフの携帯電話に掛けるのが常識なのだが、スタッフではなく、場所をお借りしているビルの担当者に電話をしてくるところ自体がすでに信じられないが、とにかく担当者が外に出てB子の車を探しつつ誘導して、無事にB子が到着した。まさか私が担当者の真後ろにいるとは思わなかったのか、たまたま私の姿が全く見えなかったのだろう。B子は車から降りたと同時に真っ先に担当者にこう訴えたのだ。 「ああ、XXさん! うちの秋野が私に全然違う道順を伝えたので、私はおかしいなと思ったんですけど、秋野が言った道順を信じたせいで道を間違えて遅れちゃったんです。ごめんなさい。私は悪くないんです」 これを聞いた私は、プツッという音がはっきりと聞こえた気がしたほどキレた。誰ひとり彼女が遅れたことを責めてはいなかったのに、それにもかかわらず彼女はこう言ったのだ。しかも私はB子だけでなく、スタッフ全員に全く同じ道順を教えて全員無事に現場に到着しているうえに、直前にいた現場とたった数ブロックしか離れていなかったのだ。その後、私がこの女と一切話さず、何もアシスタントには頼まずに全部自分ひとりで仕事をしたのは言うまでもない。信頼できないスタッフに大事な仕事は任せられないし、自分のミスによって立場が悪くなるたびに女の一番汚い部分を持ち出すような女とは絶対に一緒に仕事をしたくないからだ。ただひとつの救いは、そのビルの担当者が撮影終了後に私のそばに来て、「君の仕事は、自分の仕事のほかに若いスタッフの面倒も見なければいけないようで大変だね」と言って肩をたたいてくれたことだ。私が「気を遣ってくれてありがとう。でも、彼女は私のひとつ下だから、もう35歳なのよ」と本当のことを教えてあげたら、その担当者は「嘘だろう! 20歳そこそこだと思って面倒見てあげたけど、あれで35歳ならヤバいだろう……」と言って超驚いていた。 問題は山のようにあったが撮影は無事終わり、私のギャラよりも1日$50安いだけのギャラをもらったお嬢様ふたりは無事にロサンゼルスへ帰った。私は二度とこんな思いをするような仕事は請けないと心に誓いながら、今この原稿を書いている。あー、でも全部書いてすっきりした! 仕事の場で“女”を出してしまうために、女性の同僚や上司や部下とコラボレートして働けないA子やB子のような女はダメだよ。だから、そんな女達は放っておいて、“仕事の時は男になる女達”は、これからも最高の仕事を続けるべく体力をつけて精一杯頑張ろうね。あー、でも、まだちょっとムカついてるかも……(笑)。 |