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SF映画 わたしはこう観た!映画「ファースト・マン」スプツニ子!が語る「偉大な一歩」の裏側SF映画 わたしはこう観た!映画「ファースト・マン」スプツニ子!が語る「偉大な一歩」の裏側

アポロ11号の月面着陸から半世紀、人類で初めて月面を歩いた宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描いた映画「ファースト・マン」。
「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」で、月にハイヒールの足跡を刻んだアーティスト、スプツニ子!さんが「ファースト・マン」に思うところは?「偉大な一歩」の裏の人間ドラマやテクノロジー、アートと宇宙についても語ってくれました。

ファース ト・マン×スプツニ子!

映画『ファースト・マン』あらすじ
1961年、空軍でテストパイロットを務めるニール・アームストロングは、NASAのジェミニ計画の宇宙飛行士に応募する。飛行士に選ばれたニールはヒューストンの有⼈宇宙センターで過酷な訓練を受けながら、他の飛行士たちとの絆を深めていく。NASAが⽬指すのは、宇宙計画のライバルであるソ連もまだ到達していない月面着陸。ニールたちは使命感を胸に、様々な困難を乗り越えながら、この前⼈未到のミッションに挑んでいく。
揺ぎない意志で⼈類の⻑年の夢を成し遂げ、⼀躍世界中の羨望の的となったアポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングの知られざる半⽣を描く。
ファースト・マン
<ブルーレイ+DVD / 4K Ultra HD+ブルーレイ>
発売日:2019年7月3日
希望小売価格:ブルーレイ+DVD 3,990円+税 / 4K Ultra HD+ブルーレイ 5,990円+税
発売元・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
©2018 Universal Studios and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
スプツニ子!
1985年東京都生まれ。アーティスト。専門はスペキュラティブデザイン。東京藝術大学デザイン科准教授。
ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。
月面ローバー試作機「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」では、NASAとのコラボレーションが実現。2019年5月にアートプロジェクト「東京減点女子医大」を開催し話題に。著書に「はみだす力」。

スプツニ子!が語る「偉大な一歩」の裏側

なぜ、スプツニ子!という名前に?

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映画の話に入る前に、スプツニ子!さんのお名前の由来を伺っていいですか?
スプツニ子!:15歳の時、私がものすごい理系で背が高くて色が白くて、ロシアと日本のハーフじゃないかっていう疑惑があって(笑)。親友が「ロシアと言えば宇宙だよね・・あなたの名前は今日からスプートニクじゃないかな」って。
ロシア人とのハーフなんですか?
スプツニ子!:いえ、イギリスと日本のハーフなんです(笑)。当時の私はスプートニクが何なのかよくわからなかったんですけど、調べると世界初の人工衛星で、カッコいいなと思って。日本人の女性って「子」がつく人が多いから、スプツニ子!にして高校や大学でも、バンドの名前もそのまま。MIT(マサチューセッツ工科大学)や東京藝大でもスプツニ子!で教えることになってしまいました。
高校時代のあだ名のまま(笑)
スプツニ子!:高校のあだ名ってある種、若さと恥ずかしさがあって、どこかのタイミングで名前を変えるべきじゃないかって悩んだこともあったんですけど、2周回って開き直って(笑)。この名前でいます。
そうですか。子供の頃に宇宙に興味はありましたか?
スプツニ子!:ありましたね。数学が得意だったので。数学や物理、コンピュータサイエンスをやってると、最終的には宇宙の真理を解きにいったりするじゃないですか。そういうロマンもあって、小学生や中学生の頃は、自分は将来、宇宙関連のエンジニアか物理研究者になるのかなと思いながら、宇宙の図鑑や相対性理論の本を読んでいましたね。

人類の偉大な一歩の裏にあるミクロな視点

映画「ファースト・マン」はどうご覧になりましたか?
スプツニ子!:ニール・アームストロングの視点で人類初の月面着陸までが描かれるわけですが、NASAの葛藤もあれば、たくさんの人の犠牲もある。ニール自身の精神的な不安定さや苦悩も現れます。その背景として最愛の娘カレンを亡くしたことや、息子たちとの向き合い方が描かれています。人類の偉大な一歩を踏もうとするマクロな視点と、自分の子供を愛するミクロの視点。マクロの軸とミクロの軸がすごく印象深かったですね。
そうですね。アームストロング船長はアメリカの英雄ですが、娘さんを亡くした喪失感も含めて宇宙飛行士と家族との関係を、あれほど丁寧に描いた映画ってなかった気がします。

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スプツニ子!:人類の偉大な一歩のために、私たちはどれだけの犠牲を払うのかってことも考えさせられました。映画の中で「月に行くために大金を投じるよりは、貧しい人たちを救え」とか、黒人が「白人は月へ。(俺たちは)医者代が払えない」と批判してたりしますよね。 月面着陸って手放しで賛美できないというか、国の威厳を旧ソ連や世界に示すためにたくさんのお金が投入され犠牲があった。例えば黒人の貧困とか、女性が自分の人生を生きられない現実とか、色々なことを考えながら観ました。人類だからこそ、進歩したいんだろうけど、背後にあるエリートイズムやマッチョイズムを感じながら。
女性の現実については、具体的にどのシーンが印象に残っていますか?
スプツニ子!:宇宙飛行士の妻2人が「安定した人生を送りたかったから結婚したのに」みたいなことを話しているシーンがありましたよね。
はい。宇宙飛行士と結婚したけど望んだ安定は得られなかった。でも「歯医者さんと結婚した友達は、夫が毎日6時に帰ってくる人生を送りたくなかった」とも話してましたね。
スプツニ子!:そう。あれが如実に、当時の女性が「誰と結婚したか」でしか人生を決められないっていうことを表しているじゃないですか。50年前のアメリカの女性の描写が、今の日本のドラマで旦那さんが家に帰ってきたときに、「あなた、お帰り」と迎える女性達の描写と似てるところがあるなと思いながら見ていました。

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アポロ時代の宇宙飛行士は離婚率も高かったと聞きます。妻は英雄としての夫を支えつつ、二度と帰ってこられないかもしれない恐怖と戦い、子供を守らないといけない。大変だったと思います。ニールが出発する前夜、妻が「帰ってこられないかもしれないことを息子に自分で話して」と強要しますよね。でもニールは息子と対峙することから逃げていました。
スプツニ子!:ニールにしてみれば娘だったり、同僚で友人の宇宙飛行士だったり、あまりに身近な人がどんどん亡くなったので、深入りしすぎないようにしていたのかもしれない。私の親戚が、娘を突然死で亡くしてからは、子供にあまり深入りできないみたいです。そうした場面も含めて、「ファースト・マン」は家族や女性たちの現実や黒人たちへの抑圧などを描いて、バランス感がすごく現代的でしたね。今の描き方だなって思いました。

 

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テクノロジーはなんのためにある?

確かに、打ち上げや緊急事態のシーンは迫力がありますが、月に到着して「万歳!」っていう盛り上がりはあまりなくて、モノトーンと言うか淡々と描かれています。
スプツニ子!:それが凄く面白くて。技術的進歩を望む人類について考えさせられるわけですよ。進歩のためには犠牲とエネルギーを費やす必要がある。宇宙開発は素晴らしいことだけど、それだけじゃない。社会のひずみが現れる。凄く考えさせられたのが、最近、内閣府のムーンショット型研究開発制度に関するビジョナリー会議の委員に選ばれたんです。
ビジョナリー会議とは?
スプツニ子!:未来社会に大きなインパクトをもたらす研究開発に対して総額1,000憶円を投資しますと。宇宙なのか医療なのか、どんなところに投じるかを話し合う内閣府の会議です。
面白そうですね。どんなメンバーがいらっしゃるのですか?
スプツニ子!:メディアアーティストとか、ソニーコンピュータサイエンス研究所の所長さんとか。私を含め何人かは「何のためのテクノロジーかが大事です」という意見。テクノロジーが発展するからと言って、人が幸せになるわけじゃない。だから国が1,000億円投じるなら、どうすれば人が幸せになるかをしっかり考えてからそれを支えるテクノロジーを考えることが大事だと。テクノロジーは使い方によって功罪あるわけですから。
確かに。まず目的を考えるべきと。
スプツニ子!:ところが、一方で「人は不幸な方が、テクノロジーが発展する場合もありますよ」という意見が出たりする。
テクノロジー至上主義みたいな感じですか?
スプツニ子!:そう。テクノロジーのためのテクノロジーになっている。人間は進歩のための進歩を繰り返し、何のための進歩かっていうのを忘れがちだと思うんです。
映画「ファースト・マン」でも「ソ連に勝った!」みたいに鼓舞する場面がありましたね。月面着陸が宇宙レースに勝つという目的のためになっていて、人類全体という視点が置き去りになっている。
スプツニ子!:結構あれは批判的だと思います。ある種のテクノロジーやマッチョイズム批判も入っていますね。私はやはり、「そもそも人間は幸せになりたくて、テクノロジーを生んできた」という原点を忘れてはならないと思います。

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月面着陸50周年、いよいよ女性が月へ

スプツニ子!さんは2013年、ハイヒールを搭載した月面ローバーが月面を進むとハイヒールの足跡が月面に刻まれる「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」という作品を発表されていますね。テレビ番組「情熱大陸」で見てすごく印象に残っています。あの作品は、女性が月面に着陸してほしいということの表れでしょうか?
スプツニ子!:女性に限らずです。月面は12人の白人アメリカ人男性が歩いていますが、もっとオープンにしたいという気持ちです。女性はもちろん、色々な国や人種の人が月面を歩いて欲しい。

©月面ローバー試作機「ムーンウォーク☆マシン、セレナの一歩」
「情熱大陸」ではNASAに行かれた様子も映ってました。きっかけは何だったのでしょう?
スプツニ子!:NASAのことを大学や学校に発信するUSRA(大学宇宙研究協会)から、ある日メールが届いたんです。「宇宙をテーマにコラボレーションできるアーティストを探しています。興味がありますか?」と。その時点では「宇宙はいいな。でも月面の話題はアームストロングの一歩ばかりだな」と妄想している段階で、月面ローバーは作っていませんでした。月面ハイヒールのアイデアを伝えると、「いいですね!」ということになって、アメリカ・ヒューストンにあるNASAジョンソン宇宙センターに招いてもらったわけです。
NASAでは何か気づきがありましたか?
スプツニ子!:月の石を触らせてもらったり、たくさんの人の話を聞いたりしましたが、エンジニアの一人が火星ローバーの話をしてくれたのが、作品のきっかけになりました。火星ローバーのタイヤに仕掛けがあって、ローバーが動くと火星表面にNASAのJPLっていう研究所の名前が刻まれるんです。JPL、JPLって。
え、面白い!
スプツニ子!:なかなか面白いですよね。それを聞いた時に、NASAが本当に女性や色々な人種にもっと宇宙に行って欲しいんだったら、その意気込みを見せる意味で、同じ仕組みで女性のスーパーヒーローの足跡を刻んでよ、みたいな話をしたんです。
なるほど!今年は月面着陸から50周年です。アメリカは2024年に女性宇宙飛行士を着陸させると発表していますね。ハイヒールで降りられるかはわかりませんが。
スプツニ子!:はい。絶対に女性を月面着陸させるしかないですよね、この時代。

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女性が月に行く意味については?
スプツニ子!:課題を発見したり、信じられない方法でブレイクスルーを起こしたりするには、多彩なコミュニティが必要です。男性ばかり、同じ人種ばかりの同質なコミュニティは居心地がよくて課題解決は結構早くできるかもしれないけれど、異質なものをちゃんと入れないと、課題を発見できず長期的な成長はできないと思います。そもそも「この課題設定、間違っているよね」と異議を唱えて白紙撤回できる人が出づらい。違う視点を持ってる人、異質な人が多いほど意見を出しやすいんじゃないか。それが長期的な成長につながると思います。その意味で女性が月に行く意味は大きいと思います。

アート×宇宙 の魅力

スプツニ子!さんはアーティストとして活動されてますが、アートの魅力とは?
スプツニ子!:アートが素晴らしいなと思うことの一つは正解がないことと、評価軸が人それぞれである事です。例えば現代は、どれくらいお金を持っているかとか、どれくらい出世するかで幸せを測って、嫉妬したり落ち込んだりすることがあると思うんですよね。でもアートに触れていると、色々な物差しや評価軸があって、なんでもありだということに若いうちから慣れ親しむことができる。強くなれる気がします。

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なるほど。アート×宇宙については?
スプツニ子!:映画でも音楽でも、宇宙はアートやロマンの対象でしたよね。かぐや姫は月に帰るし、夏目漱石は「I Love you」の日本語訳として「月が綺麗ですね」と言ったと伝えられています。人間の複雑な想像とか妄想が、星や月には込められている。月や星そのもの以上に、それらを見て人は何を想うのか、それが小説や音楽や映像としてどう表現されるのかが結構面白いなと思います。アートを通して人を知る、みたいな。
確かに。日本人は特に月を愛でて様々な作品を表してますね。
スプツニ子!:私は自己表現したくてアーティストになったわけではなく、好奇心追求のメソッドがアート作品だっただけです。でも、私の月面ハイヒールの作品を見て、感動してくれる子たちがいるのは嬉しいです。例えば東大で講義をした時に、名古屋出身の大学1年の女の子が「両親は私に地元の医大に行って医者になって欲しくて、東大に行くのを反対してたんです。でも私は東大でエンジニアリングの勉強をしたかった。そんな時にテレビ番組「情熱大陸」でムーンウォーク☆マシンを見たことがきっかけで、女性もエンジニアとして活躍する時代なんだと両親を説得し、入学できました」って。今まで作品を作ってきて、一番嬉しかった瞬間かもしれない。誰かの人生が変わったんだなって。「よかったね」ってハグしました(笑)
素敵なお話ですね。あの作品は、宇宙に浸ってる人なら作らない画期的作品と思います。
スプツニ子!:そうですかね。ちょっとロマン先行かもしれない。あの作品は自分の意志をもって月に行きたいという女の子セレナが、自分の分身としてローバーを打ち上げるという内容で、頑張る女性エンジニアを描いたんです。特に若い女性から、かなり反響がありました。

宇宙の視点をもつこと

最後に、映画「ファースト・マン」について改めてスプツニ子!さん的お勧めの視点は?
スプツニ子!:ニールを演じた主演のライアン・ゴズリングの腹筋が、いつ出るかなと楽しみに観てたんですが(笑)。それは冗談として、アーティストとしてはこの映画で描かれる「偉大な一歩」の裏側を見て欲しい。女性の問題とか白人優位主義とかソ連との権力争いとか。それらのバランスの描かれ方が醍醐味ですね。それからマクロとミクロ。子供たちへの想いと人類の一歩の対比。人間や科学の進歩について、すごく考えさせられる映画じゃないかなと思います。

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どの国が最初に宇宙へ、と言うのは時代遅れな気がします。もっとたくさんの人が気軽に宇宙に行けたらいいのに・・。
スプツニ子!:そうですよね。私は「HELLO KITTY IN SPACE」という動画が好きで。13歳の女の子が夏休みの宿題でロケットに乗ったキティちゃんの人形を気球で上げるんです。その過程をGoProで撮影している。大気層の薄い層がうっすら見えて。ああいうスタンスって凄く素敵だなと思って。
宇宙は特別なところでなくて、日常の延長線上にあるという?
スプツニ子!:そう。NASAもシチズンサイエンスに力を入れていて、系外惑星をみんなで探すとか様々なプロジェクトを進めていますよね。とても可能性を感じます。
スプツニ子!さんの著書「はみだす力」で感動したのが「自分のアイデアを全く違う世界から眺めたら、何か発見があるかもしれない」という言葉です。宇宙もそんな力がありますか?
スプツニ子!:宇宙のことを考えると「宇宙から見たらどうでもいいし!」って日常を全然リセットできる。NASAで隕石が飛んで来て人類滅亡の危機に晒された時どうしたらいいか、っていう研究をしている人にも会いましたが、宇宙の空間や時間のスケールで考えると、改めて違った視点で人間のことを考えたり、理解できそうな気がします。

ムーンショット型研究開発制度:国が野心的な目標を掲げ、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進するための制度。

取材/文 林 公代(はやしきみよ)
福井県生まれ。神戸大学文学部英米文学科卒業。日本宇宙少年団の情報誌編集長を経てライターに。NASA、ロシア等現地取材多数。『宇宙へ「出張」してきます』(古川聡宇宙飛行士他と共著、第59回青少年読書感想文全国コンクール課題図書)、『宇宙就職案内』『宇宙遺産 138億年の超絶景!!』など著書多数。
三菱電機サイエンスサイトDSPACEで、コラム『読む宇宙旅行』好評連載中!

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