343.最新魔導義足と予期せぬ来客
「魔導義足を両足につけた昔仲間が、昨日から復帰してきてのう。そのうち魔物討伐部隊員が余るのではないかとグラート隊長と話してきたのだ」
スカルファロット家別邸の武具開発、兼、魔導具制作工房の部屋、新しい魔導義足を外しつつ話すのはベルニージである。
本日は、王城魔導具制作部で改良した、最新の魔導義足を見せてもらうことになった。
ベルニージは魔物討伐部隊の新人隊員として鍛錬をしている。ダリヤは王城には時々しか行かない。
今までしっかり見せてもらうことはなかったので、ありがたい機会だ。
見学者はダリヤの他、ヨナスとルチア、そしてスカルファロット武具工房の魔導具師兼魔導師である。
残念ながら、ヴォルフは鍛錬でこちらには来ていない。イヴァーノは書類仕事と倉庫の確認に行っている。
「これが新しい魔導義足だ。作りは前と同じだが、左右に補強を、爪先と踵に金属を入れてもらった」
王城の魔導具師と、王都の装具師――義手や義足、各種補助具を作る職人が、強度を上げるよう改良を加えたそうだ。
スカルファロット武具工房でも、ダリヤが作った魔導義足を改良してはいた。
だが、専門の職人はやはり別格だ。
王城で作った改良型は、同じ
義足の左右には強化用の金属が入っているが、元のバランスは崩れていない。
膝と義足の固定部分には、イエロースライムを原料にして作り上げた衝撃吸収材が、膝の型をとって貼られている。これならばズレもないだろう。
あちこち細かく調整をされたそれに、深く感心する。
ダリヤの向かいの魔導具師は無言のままひたすらにスケッチの枚数を増やしていた。
今後に活かせるところは多そうだ。
そして、
おそらくは魔導具制作部のカルミネの付与だろう。ダリヤが付与したときは青空のような色だったが、こちらは深い紺色。
高魔力の上に一切の抜けが、いいや、魔力の濃淡すらわからない。
自分では絶対にできぬ付与に、ちょっとだけ悔しさを覚えた。
これで以前の魔導義足はお役御免になるのかと思ったが、今までのものは日常用、こちらは魔物討伐部隊の職務用と使い分けるとのことだ。
「靴もだいぶ変わりましたね――この革はワイバーンでしょうか?」
「ああ、年末に討伐したワイバーンの足からだそうだ」
ルチアはベルニージが反対の足に履いていた戦闘靴を受け取り、革の状態や底を確認していた。
こちらも高魔力の付与らしく、見事な紺色だ。
左右の靴ともそろった色は、付与した魔導具師の腕を痛感させる。
「すばらしい仕上がりです」
「ああ。だが、魔力が高ければ騎士として強くなれるという単純なものでもないな。儂はまだ、自分の魔力と重なって振り回されておる。復帰したばかりの者に抜かれたくはないのだが……」
それはベテラン騎士でありながら、新人隊員として入ったベルニージが言っていいことなのか。それだけ、復帰した隊員が強いのかもしれない。
「失礼ながら、復帰にはもうしばらくお時間がかかるかと思っておりました」
「甘いぞ、ヨナス。あやつは元の足より長くして、跳ぶ距離は伸びた上に、背丈を抜かれたぞ。ずるいとは思わんか?」
不満げな声に対し、顔には笑みが滲んでいる。同室の者達も笑いに誘われた。
また一人、強い魔物討伐部隊員が復帰したらしい。
「ただ、義足は青か紺なので、普段の服と合わぬと言い出してな。なんでも、黄色みがある服が多いとか。あやつは着道楽なので、義足の外装は任せてもよいか、ルチア先生?」
「喜んで! 色変えは染色でも布張りでも、カバーや靴のようにお作りすることもできますので」
「それはよいな。あと、ユリシュアの背が伸びての、もう少ししたら新しい義足を作らねばならん。そのときの外装も頼む」
「ありがとうございます!」
膝の上に戦闘靴を乗せたルチアが、明るい声で答える。
昨年、お披露目の舞踏会で会った魔導義足を付けた少女――ユリシュア・グッドウィンは、現在、魔導具師を目指して勉強中だ。
親戚であるベルニージの屋敷に住み、リハビリをしていると手紙をもらった。
ユリシュアが馬車の乗り降りが一人でできるようになったら、お茶をする約束をしている。
次に会うときには、新しく、きれいに飾られた魔導義足になっていそうだ。
「装具の装飾はフォルト様が詳しいのですが、今日はこちらに来られず、残念がっていました」
「仕方がないことだ。今日の王城大会議では、寄付の予算配分で、各ギルド長も呼ばれたと聞いている。ああ、ヨナスにはグイードの護衛を外させてしまったな」
「いえ、グイード様は本日、部下の方々を伴っておられますので」
ヨナスが少しだけ固い声となった。
王城には爵位のある者、あるいは一定以上の家の爵位がないと入れぬ場所があると聞いた。
今、ヨナスは実家からの離籍の準備で、男爵位をもらうまでは微妙な立ち位置なのかもしれない。
自分と一緒の叙爵なのだが、彼に関しては一日も早く男爵になれればいいと、つい思ってしまった。
そんな考えを打ち消すように、ノックの音がした。
「打ち合わせ中に申し訳ありません。ヨナス様にお知らせしたいことが――」
「私に? グイード様からでしょうか?」
椅子から立ち上がった彼は、ドアの前の従僕に足早に歩み寄る。
「いえ、お客様です。ハルダード商会長がヨナス様をご心配なさって――お時間を合わせるので、一目だけでもと」
声はひそめられているが、ぎりぎりに聞こえる程度には響いた。
どうやら、ヨナスの義理の父ユーセフが会いに来たらしい。
「……問題ございませんとだけ、お伝えください」
錆色の目が伏せられ、返事に一拍、間が空いた。
「ヨナス、もしかして、この前の打ち合いが元か?」
「おそらく、そうかと」
聞いていることを隠そうとも、知らぬふりもせず、ベルニージが尋ねる。
ヨナスの返事を聞くと、ダリヤ達に赤茶の視線が向いた。
「この前、隊の訓練中にヨナスが来たのでな、魔導義足の動きを見たいじゃろうと思って、軽く打ち合ったのだ。打ち合い終わってから、儂が五十肩で神殿に行ったのだが、怪我と勘違いされたようでな」
「私の方は少々服が汚れただけですが、普段は従者服ですので。見慣れなかったのでしょう」
ヴォルフから聞いたところでは、軽い打ち合いどころか、鬼気迫る激しい戦いだったようだが――あれだけ強いヴォルフが、絶対に勝てないと言いきる二人なのだ。感覚が違うのかもしれない。
「ヨナス、ハルダード商会といえば、
「わかりました。そう致します」
「ああ、ついでに儂にも挨拶をさせてくれぬか? 利用客と言った方が正しいかもしれんが、一応、この武具工房の相談役だ。
「お気遣いをありがとうございます」
ベルニージの提案に、ヨナスが了承した。
そして、客室とこちらの部屋にお茶を出すよう従僕に指示する。
その間、ベルニージは前の義足と前の靴を履き直した。新しいものはまだ見ていていいと、ダリヤ達に預けたままだ。
そうして、ヨナスと二人、部屋を出て行った。
その後にメイドがお茶を運んで来ると、魔導具師が納品素材の検品に呼ばれて退室した。
広い工房は、ダリヤとルチアの二人だけとなった。
「ワイバーンの革ってすごいのね、引っ掻いても囓っても傷一つつかないって聞いてたんだけど、本当みたい」
「ルチア、実際に引っ掻くと、たぶん爪の方が割れるから気をつけて。あと、囓るのも危ないかも……」
「わかったわ、ダリヤ、試すのはやめておく」
戦闘靴と魔導義足はサイドテーブルの上に置き、出してもらった紅茶の前で一息つく。
水色水晶入りガラスの窓からは、やわらかな光が床に広がっている。この部屋は午後の読書にも向いていそうだ。
「この前、イシュラナの布を頂いたんだけど、オルディネの赤とはまた違って、少し朱も感じる色なの。染料は一緒だそうだから、水の違いかしら?」
「国や地域で水質の違いがあるからかもしれないわ」
「同じ色って難しいわよね。特に魔物の染料なんかだと、地域差とか個体差がある上、食べ物で変わることもあるんですって。まったく同一に染めるのは、染色師でも難しくて。この前、青いドレスに生地がちょっとだけ足りなくて、こっちが青くなったわ」
実家の工房から服飾ギルドの服飾魔導工房長となったルチアだが、仕事はなかなか大変そうだ。
「ダリヤ、ハルダード商会長って、ヨナス先生のご家族よね、もう聞いてる?」
「ええ、仕事でお会いしたから。魔物素材をお願いしているの」
「服飾ギルドではフォルト様と一緒にお会いしたの。こっちも魔物の染料と装飾品向けの石でお世話になる予定。イシュラナでしか採れないものも多いから、ありがたい取り引きになりそうだわ」
ルチアとも時折こういった情報交換はしている。
ただ、貴族社会や家の関係にうとい自分に、ルチアが教えてくれる方がはるかに多いのだが。
「ハルダード商会長はヨナス先生をイシュラナに連れて行きたいんだろうけど、無理だと思うのよね」
「私もそう思うわ」
あのヨナスが、グイードの護衛をやめ、スカルファロット家を離れ、他国に行くとは思えない。
「会わせたい人をオルディネに連れて来られればいいけど、王都に入れないと会わせるのも難しいと思うし……」
「そうね」
おそらくはヨナスの母のことなのだろう。
オルディネ王国の貴族と離縁した以上、確かにいろいろと難しそうだ。
それに、ヨナスが母に会いたいと思っているかどうかは、本人にしかわからない。
「せっかくの龍なんだから、好きなときに空を飛んで行ければいいのにね」
子供のような言葉で、ルチアが言う。
だが、青い目は窓の外、はるか遠い空を見ていて――ダリヤは声がかけられなかった。