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NHK記者の証言拒絶問題取材源の秘匿認める,最高裁が初判断

アメリカの健康食品会社の日本法人が所得隠しをしたとのNHKの報道に関して,NHK記者が民事裁判で取材源に関する証言を拒絶した問題で,最高裁判所第三小法廷(上田豊三裁判長)は2006年10月3日,「報道関係者は原則として取材源にかかわる証言を拒絶できる」とする決定を行った。

1997年10月,NHK,読売,共同通信が,アメリカの健康食品会社の日本法人が77億円余の所得隠しを行い,追徴課税されたと報道した。ところが追徴課税額がその後大幅に減額されたため,アメリカの健康食品会社の本社が,間違った内容を税務当局が日本の国税庁に伝え,それがメディアに流れたため損害を蒙ったとして,アメリカ政府を相手に損害賠償の訴えを起こした。この訴訟における嘱託尋問で各社の記者は取材源を明らかにするように求められていた。

嘱託尋問では,2005年10月に新潟地裁(NHK記者の転勤先)がNHK記者の取材源の秘匿は正当であるとして,証言拒絶を容認する決定を行い,2006年3月には東京高裁も新潟地裁の決定を支持し,取材源の秘匿を認めた。

一方,読売新聞記者に対する嘱託尋問では,東京地裁が2006年3月に「取材源が国税庁の職員だった場合,守秘義務を定めた国家公務員法違反になる。証言拒否は,犯罪行為の隠ぺいに加担することになり許されない」として,情報の漏洩が違法行為になる場合は取材源の秘匿は認められないとの判断を示し,下級審での判断が分かれていた。

最高裁第三小法廷は,「取材源は,一般に,みだりに開示されると,報道関係者と取材源となる者との間の信頼関係が損なわれ,将来にわたる自由で円滑な取材活動が妨げられ,報道機関の業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になる」として,民事訴訟法で証言拒絶ができる「職業の秘密」に当たるとした。しかし,証言拒絶が認められるのは,「保護に値する秘密」についてのみとし,この点に関して小法廷は「報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものだ。従って,事実報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にあることはいうまでもない。報道が正しい内容を持つためには,報道の自由とともに取材の自由も憲法21条の精神に照らし十分尊重に値する。取材源の秘密は,取材の自由を確保するために必要なものとして,重要な社会的価値を有する」として,取材方法が違法である場合,取材源が開示を了承している場合,社会的価値を考慮してもなお公正な裁判を実現するために証言が不可欠な場合を除き,記者は証言を拒絶することができるとした。

読売新聞記者に対しても最高裁は10月17日同様の決定を行った。このなかでは情報を取得した相手の所属や人数などについても,記者の証言拒絶を認めた。

共同通信記者に対する嘱託尋問に関しては,東京高裁が10月19日,最高裁決定を踏まえて,「情報提供が法律に違反したり,その内容が内部告発情報に当たらなかったりした場合でも,取材源の秘匿は認められる」との決定を行った。さらに1審では証言拒絶を認めなかった情報源の数など取材過程に関する質問についても「個々の質問では,取材源が特定されなくても,質問が重なれば取材源の特定が可能になる」として,証言拒絶を認めた。

記者の取材源の秘匿に関しては,1979年8月に札幌高裁が,北海道新聞記者の証言拒絶を認める決定をしている。この訴訟は,北海道新聞が札幌市内の保育園で保母によるせっかん事件があったと報道し,保母が事実無根だとして提訴したもので,審理のなかで記者の取材源を明らかにするように求めていた。

札幌高裁は「取材源を絶対に公表しないという信頼関係があってはじめて正確な情報が提供されるのであり,従って取材源の秘匿は正確な報道の必要条件である」としたうえで,「もし記者が取材源を公表しなければならないとすると,情報提供者を信頼させ安んじて正確な情報を提供させることが不可能ないし著しく困難になることは当然指摘される」として,記者の取材源は,民事訴訟法の「職業の秘密にあたる」と判断した。

さらに,公正な裁判の実現のためには証言拒絶は認められないが,その当否を判断する場合,「他の証拠方法の取り調べがなされたにもかかわらず,なお取材源に関する証言が,公正な裁判の実現のためにほとんど必須のものであると裁判所が判断する場合において,はじめて肯定されるべきである」とした。

この訴訟は最高裁まで争われたが,最高裁は内容には入らず,証言を求めた側の特別抗告は「不適法」だとして,門前払いのかたちで抗告を却下している。

このため,「取材源の秘匿」が「職業の秘密」に当たるとの最高裁の判例はこれまで確立しておらず,最高裁が民事訴訟における取材源の秘匿に関して,実質的な判断を示したのは今回が初めてである。

奥田良胤