【沖縄戦:1945年7月5日】「退山する者は殺害すべし」─住民を“人間の楯”とした久米島の海軍鹿山隊 島の少女を連れまわし米軍から逃亡を続けた隊長の鹿山正|棒兵隊|note
鹿山による住民の脅迫 米軍が上陸した久米島では、住民は山の避難壕に避難していたが、そこは久米島に配備されていた海軍通信部隊(海軍鹿山隊)の拠点でもあった。同隊の隊長である海軍兵曹長の鹿山正はこの日、住民に対し「退山する者は、米軍に通ずる者として殺害すべし」と脅迫した。 なぜ鹿山は住民を脅迫し下山を禁じたのだろうか。久米島の具志川村の農業会々長を務めた吉浜智改氏の戦時日記には次のようにある。...