ワクチン接種者を優遇するのは差別ですか?「Go To キャンペーンの参加条件はワクチン接種」が効果的な理由
現在は希望者が殺到するワクチン接種。しかし、「どこかのタイミングで接種率が伸び悩む」と経済学の専門家は指摘する。接種を後押しするために必要な工夫とは。
医療従事者、高齢者そして一般の人々へと接種の対象が広がる新型コロナワクチン。
若年層には接種に消極的な人もおり、そうした人々の背中をどう後押しするかが今後の課題のひとつだ。
海外のように接種を終えた人々への特典を設けることも選択肢となるのか? 効果的なメッセージの打ち出し方は?
新型コロナ分科会のメンバーで、大阪大学特任教授(行動経済学)の大竹文雄さんに話を聞いた。
現在は希望者殺到も「どこかのタイミングで接種率が伸び悩む」
大竹さんら8人の経済学者は、6月11日に「ワクチン接種の需要喚起についての政策提言」と題した文章を東洋経済オンラインで発表。積極的に接種を希望しない人々のワクチン接種を後押しするため、政府がインセンティブ(特典や報酬)を与える設計をすべきだと提言した。
当初、新型コロナワクチンについては特に重症化予防効果が期待されていた。だが、世界各国で接種が進む中、重症化予防だけでなく、感染予防効果にも期待できることがデータから見えてきた。
「若い人々がワクチンを接種することで得られるメリットは高齢者に比べると少ないのも事実です。しかし、感染予防効果があるということは、接種すれば自分が感染しないだけでなく、他人へ感染させないということを意味します」
「これを経済学では『正の外部性』と言います。『正の外部性』があるからこそ、感染者の多くを占める20代や30代など若い人々にワクチンを接種してもらうことが重要であると言われています」
「現在は希望する人々への接種が中心のためすぐに予約が埋まります。ただ、ある程度までワクチンが行き渡るとワクチン接種をめぐる問題は次のフェーズへと進み、どこかのタイミングで接種率が伸び悩む」
「その際、必要となるのは接種意欲を高めるインセンティブです。我々は接種意欲が高い人への接種が進む今のうちに、その課題を指摘しました」
「Go To キャンペーン」にひと工夫で接種を後押し?
大竹さんが提案するのが、下記のような施策だ。
・現在停止中の「Go To キャンペーン」を利用する際の条件としてワクチン接種を位置付ける
・接種を終えた人に、より多くのポイントを与える
感染拡大につながらないようタイミングに注意を払いつつ、Go Toの仕組みを少し工夫するだけで、「すでに政府が確保している財源の中で、ワクチン接種の後押しが可能となる」。
こうした提言を受け、西村康稔・新型コロナ担当相は6月29日、Go To 再開時にワクチン接種かは検査による陰性証明を求めることを検討していると述べた。
Go To以外に、
・接種済みの人を対象にホテルの宿泊料金を割引する
・飲食店の料金を値引きする
・接種をイベントやライブの参加条件にする
――といった方法も効果的だという。
「インセンティブ(動機付け)を設計する場合、ワクチン接種者すべてを対象とし、接種したタイミングを問わない形式が良いと思います」
「『対象者は来月以降に接種する人だけです』とアナウンスすると、今すぐ接種するより1ヶ月待った方が良いと考える人が出てくるかもしれません。一時的にでも、接種意欲を下げてしまうことは避けなければいけません」
「インセンティブを設けることは本当に差別ですか?」
こうした議論につきものなのが、ワクチン接種者のみを優遇するのは「差別だ」という意見だ。
大竹さんは「感染を収束させ、社会活動を再開させていくために接種者へインセンティブを設けることは本当に差別ですか?」と問題提起する。
「飲食店はこの1年半、新型コロナの影響で非常に苦しい思いをしてきました。コンサートやイベントを開催する人々も同様です。感染リスクを下げるため、様々な制限が行われてきました」
「接種者と非接種者を区別してはいけないとなると、営業やイベントをこれからも制限しましょう、ということになります。そのようなやり方で本当に良いのでしょうか?接種者と非接種者だけをみると差別に見えるかもしれませんが、それ以前に感染対策で営業ができなかったり、イベントができなかったりしていた人は、ある意味差別されてきたことにならないでしょうか」
「非接種者にイベントへの参加を避けていただくことも、今まで飲食店の営業制限やイベントの開催制限をしてきたのも。感染リスクを下げるためという点では同じです。接種者がイベントに参加でき、飲食店を利用できるようになれば、今まで苦しい思いをしてきた人にとっては、よりよい状況になります。非接種者は、接種者がイベントを楽しめるようになることに対して複雑な思いを持つのは理解できます。しかし、接種者がイベントを楽しめるようになっても、非接種者にとっては状況が悪くなるわけではありません。それ以前と何も変わらないのです。それでも、接種者にも自分と同じ思いをしてもらう必要があるでしょうか。飲食業、旅行業、イベント業など、今まで苦しんできた人たちの状況が改善されることのメリットは無視できないと思います」
「もちろん、接種したくても接種できないという人も一部にはいます。そうした方には、その場で抗原検査を受けていただくなどの方法で、完全ではないにせよリスクを低減することも可能です」
「代替的な手段も整備しながら、接種者へのインセンティブを設計することで問題は解決可能だと考えています」
「忘れてはいけないこと」
インセンティブに加えて重要なのが、人々にその意図とメリットを周知することだ。
大竹さんらの提言では「旅行前のワクチン接種は、あなたやあなたの大切な人を新型コロナから守ります」といったメッセージを出す必要があると提案している。
「経済学は市場原理主義だと誤解されがちですが、経済学の役割は、市場に任せていては上手くいかない場合に、どのように介入するのが良いかを考えることです」
「市場をうまく機能させるために伝統的な経済学は課税や補助金という金銭的インセンティブでどれだけ人を動かせるのかに注目してきました。ですが、メッセージによっても私たちの行動は変わります。市場がうまく働かない場合に、金銭的インセンティブ以外の手法を使って介入する研究が進んでいます。行動経済学もその一つですし、マーケットデザインと呼ばれる学問分野もそうです」
「若い人たちにとって、感染による自らの重症化リスクは低いので、新型コロナワクチンの接種は基本的には社会のための行動と言えます。私たちは、副反応のために予定を変えてでも接種してくれる若い人々の気持ちをもう少し理解する努力をすべきです。『接種しないのはけしからん』と感じる人もいるかもしれませんが、私たちは接種してくれる若い人々への感謝を忘れてはいけません」
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