2012年09月27日

死に場所が見つかりました。

食料も尽き、飢餓感が限界に達しています。

首を吊るための丈夫な支点も見つけました。この投稿が予定投稿される頃には亡くなっています。

かなり奥行ったところです。私の遺体が見つかるのはきっと季節が変わってからでしょう。年明けかもしれません。

場所は北海道のどこかとだけ記しておきます。およそ人が入り込まないところなので捜査隊でも見つけるのは難しいでしょう。見つかる頃には跡形もなく骨だけか、それともそれすらも分解されて地に還っていることでしょう。

遺書は損失しないようにビニール袋に入れ二重に封をしました。

ここにきて私は勇気があるんだなと思えました。多くの人が死ぬ死ぬ詐欺を口走る中、私は嘘偽り無く逝ける。今度は人目もなく保護もされない。確実な死。

人生を振り返り晩年は一人ではあったけど好きなことをしてきたし後悔はない。私一人の死によって国は僅かな税収を失うことにしかならないが、この死をもって安楽死を早く正当化して欲しい。

安楽死を自分で選択できることで救われる人間がいることをまじめに考えて欲しい。

死ぬな。自殺はいけないなんて腐った言葉はいらない。生地獄はいらない。死は自分で選べるもの。その権利と選択肢を認めて欲しい。これは命を賭けて切なる思いだ。

自殺は善でも悪でも良しでも悪しでもない。目を逸らさず耳を塞がず安楽死施設の設営を心から望みます。

それではさようなら。私は無になります。

(21:00)
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