【ロングインタビュー】実は映像業界全体の課題だった!? 「チャージマン研!」クラウドファンディング企画が浮き彫りにした「ビネガーシンドローム」問題

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伝説のカルトアニメ「チャージマン研!」が消失のピンチだ!

「チャージマン研!」は、1974年にTBSテレビで放送された10分の帯番組である。放送当時は大きな話題にはならなかったものの、2000年代後半に、あまりにも低予算な制作体制によるご都合主義というか、シュールな展開がニコニコ動画などの動画サイトで話題となり、やがてCS局などで再放送がスタート。

ついには「マツコ&有吉の怒り新党」をはじめとするバラエティ番組でとりあげられるようになると、そのあまりにも強烈な内容が日本全国に知れ渡ることとなった。

その結果、「チャージマン研!」は多くの人々から愛されるようになり、主人公・研をはじめとする登場キャラクターをあしらった数多くのグッズやサウンドトラック発売、はてはまさかの舞台化を果たすなど、その人気は今もなお我々の斜め上方向にうなぎのぼりだ。

 

そんな現在進行形の伝説的アニメ「チャージマン研!」こと「チャー研」のフィルムが消失の危機だという。

フィルムの耐用年数のリミットが近づき、フィルム原版が再生不能になりつつあるということで、2020年8月3日よりクラウドファンディングサービスを運営する「READYFOR」にて、デジタルアーカイブ化するための支援募集をスタートした。

その結果、スタートからわずか5日で目標金額600万円を突破。今もなおじわじわとストレッチし続けている。

こうなったらもういけるところまでいっていただきたい! ということで、「チャー研」を制作し、現在は版権を管理している株式会社ICHI(旧社名:ナック)代表取締役の吉野百子さん、「チャー研」のフィルムを保管する寺田倉庫株式会社 執行役員の緒方靖弘さんに、本企画の裏話や映像業界が抱える問題について語っていただいた。

……と思いきや、インタビューはいきなり予想もしない方向に……。

 

株式会社ICHI代表取締役の吉野百子さん(左)と寺田倉庫株式会社 執行役員の緒方靖弘さん

 

「チャージマン研!」の立役者は全裸監督!?

 

──インタビューを通じて「チャージマン研!」クラウドファンディング企画を応援しようと思っていたのですが、開始からわずか5日で目標金額を突破して、今もなお金額を伸ばし続けています。

 

吉野 ここまで盛り上がるとは想像していませんでした。READYFORさんともお話したのですが、これは有名人並みの勢いだとうかがいました。ご存知かもしれませんが、「チャージマン研!」は2012年に「マツコ&有吉の怒り新党」でとりあげていただいたことをはじめ、さまざまなメディアでとりあげられるようになり再評価されるようになったわけですが、それ以前からインターネットでひそかに話題にはなっていたんですよ。村西とおるさんっていうAV監督の方がいらっしゃいますよね?

 

──え!? は、はい。「全裸監督」ですよね。

 

吉野 そうそう。2000年代はナックが資金繰りに困っておりまして、父親でもある先代の西野(清市)が安い金額でもお金が入るならということで、村西監督に100万円でフィルムを全部持っていってもらったんです。そのフィルムの中には「チャー研」以外にもパイロットフィルムの「おこれ!!ノンクロ」「透明少年探偵アキラ」「スーパータロム」だけでなく、他社さんが権利を持っている映像とかも入ってて、それらを一緒にして100円ショップなんかで「アニメの王国」ってタイトルのDVDを販売したところ、権利関係でもめて訴訟沙汰になっちゃって。販売中止になっちゃって(笑)。

 

──わははは(笑)! いきなりの剛速球エピソードですね。

 

吉野 その後、インターネットのオークションに出されたDVDを見た人が、「なんじゃこりゃ」「なんだこの『チャー研』って」と話題になり、そこから火がついていったようですね。そこでまず注目してくださったのが、当時インターネットを使っていた中高生くらいの方たちだったんです。それが今も根強くファンでいてくれて、今回READYFORさんの資料を拝見すると、クラウドファンディングを支援してくださっている方の多くが25~35歳くらいで、だいたい中学生から大学生くらいの時に「チャー研」を知ってくださって、今もファンでいてくれて、皆さんが社会人になって支援してくださっているのかなと思います。

 

──まさか村西とおる監督の話題からインタビューがスタートするとは思っていませんでした。

 

吉野 先代の人脈がけっこう幅広く、いろんな方に面識がありましたので(笑)。これは言えない話なんですけど……。

 

(以下、とても表に出せないギリギリな話が続くので割愛)

 

ね、書けないでしょ(笑)。

うちの母もナックのプロデューサーとしてOVAを作っていたんですけど、村西監督がそのOVAを先ほどもお話ししました100円ショップで販売するために、中国でダビング費用20円で制作していたんですが、これがとてもひどいんですよね。本当に劣悪な商品で、母も「まあよくもこんなものを作れたものよね」って言っていました。

中国と言えば、1990年当時に「協会便」っていってセル画をまとめて中国から日本まで運搬するシステムをアニメの協会で持っていたんですが、どうしても放送や販売に間に合わなくなってくると、旅行客に持たせて運び屋になってもらったりしてました。

 

──えー!!

 

吉野 で、いくらか手間賃を渡してね(笑)。私も当時、よく成田空港まで行って「あなたですね? 受け取りましたよ」って中国人の方から素材を受け取ったりしたものです。だから大らかな時代ですよね。

あと当時、ナックはアダルトアニメも作ってたんですけど、中国ではそういうものを作るのは禁止されてるんですよ。そういう禁止されている内容のものを作ってるからなのか、労働条件のせいなのか、うちの父は中国で捕まりまして。

 

──……(あぜん)。

 

吉野 中国って密告社会なんですよね。誰かがそれを警察に密告して、塀の中に入れられて「大変だ。毎日餃子しか出ない」って(笑)。それで現地の方とお話したら、「賄賂で何とかなるからお金を払え」って言われて事なきを得たんです。まあ、そういうことがいろいろあった先代なので、きっと今も存命だったら自分のわがまま放題を言って、結局クラウドファンディングは成立しなかったんじゃないかなと思いますね。

 

──これ、笑っていいところなんですかね(苦笑)。先代の西野さんはずいぶんと破天荒な方だったんですね。

 

吉野 もとをただせば先代は、手塚治虫先生の虫プロに制作進行のような形で入ったそうです。人格的には面白いくせに真面目にがんばる人だったので、手塚先生には期待されていたんじゃないでしょうか。その後、人に使われるよりは、ということでナックを設立したそうです。

 

映像業界全体の悩み「ビネガーシンドローム」

──そんな壮絶なエピソードを持つナック──ICHIさんですが、数多くの作品が制作されている中で「チャージマン研!」を保存すべくクラウドファンディングをスタートすることになりました。この企画の経緯を教えていただけますか?

 

緒方 アニメ業界に限らず、番組や動画の制作会社さんには数えきれないほどのアーカイブ対象作品がありまして、弊社もおよそ500社から1200万点を超えるフィルム・テープ類をお預かりしています。ただ、映画作品やテレビのドラマ、バラエティ番組なんかもいろいろな方が映っているので、権利が複雑ですから、なかなか二次利用も難しい。そういうフィルムや古いテープがいずれ見られなくなってしまうということは皆さんもわかってるんです。

ただご存じのように、フィルムも古いテープ類も再生機はどんどん生産が終了していっているので、当社でお預かりしている作品は、ほとんどが将来的に見られなくなってしまうものばかりです。それらのデジタイズ作業も、どれだけ我々が安価でできるように工夫しても、作業の実時間はどうしても必要なので、ある程度のコストがかかります。

つまり、皆さん、作品を保存しておきたい、今の媒体では見られなくなる、でもデジタル化するにはある程度まとまった資金が必要になる。その予算がつかない、というのが業界共通の悩みです。

 

──ちなみに一番古いフィルムだと何年頃のものになるんでしょうか。

 

緒方 当社がデジタイズのお手伝いをさせていただいたものですと、昭和9年に撮影した神田明神さんの神田祭の映像ですね。そういったフィルムの映像は貴重ですから、デジタイズに関して、お客様が予算化できないのであれば、ユーザーの皆さんから広く資金調達してはどうかなと思いまして、以前からREADYFORさんと提携しています。

数多くのフィルムの中で「チャー研」のフィルムも、酸っぱい匂いを発する「ビネガーシンドローム」という病気にかかっていました。救うのなら早いうちにという状況だったので、今回、クラウドファンディングを利用して広く資金を募り、残していく取り組みをしてはいかがですか?とご提案させていただいたというのが経緯となります。

 

──ビネガーシンドロームについて、詳しく教えてください。

 

緒方 はい。では、その前にフィルムの歴史について軽く説明させてください。1940年代より前はナイトレートフィルムという、非常に可燃性の強いフィルムが使われていました。昔、映画館に火事が多かったのもこれが理由と言われてますね。当時フィルムをつなげる人も、煙草を吸いながらやったりしていたので、それが原因じゃないかなと思います。

 

──「ニュー・シネマ・パラダイス」の世界ですね。

 

緒方 そうです。その後、1950年頃から可燃性の低いTACベースフィルムに切り替わっていきます。日米ともに映画全盛期に使われたのがほぼこのフィルムで、この期待寿命が100年って言われていたんですけど、いっさい陽に当てず、空調の効いた暗室に保存しても30~40年もするとフィルムに加水分解という化学変化が起こってしまうことがわかってきたんです。最後にフィルムはべちゃべちゃになって、接するフィルム同士が張り付いて転写が起き、次にカピカピに乾燥し、それを巻き取ろうとするとプツンプツンと切れてしまうと。同時に非常に強い酢酸臭が発生しまして、その酸っぱい臭いから通称「ビネガーシンドローム」と呼ばれ、映画業界を中心に非常に恐れられています。このTACベースフィルム特有の病気は一度発生したら治らない、ほかのフィルムにも移ってしまう、という、とてもたちの悪い病気なんですね。

ちなみに先ほどの神田明神さんのフィルムは、もうプツンプツン切れてしまう状態なので、到底再生はできません。

 

ビネガーシンドロームに罹った昭和9年のフィルム

 

──そういうフィルムは、日々増えていると。

 

緒方 そうですね。新規でフィルムで映画が撮られることはほとんどないので、今後増えることはもうほぼないのですが、過去の作品数としては相当あって、普通の空調でお預かりするとどうしても劣化が進んでいってしまいます。カラーと白黒のフィルムで推奨される保存条件が異なるのですが、ちょうど気温が2℃で湿度は30%程度がどちらのフィルムにとっても適しているということで、その条件で保存できる倉庫を作って、状態のひどいフィルムからお客さんの了承をとって冷蔵倉庫へ移動させていただいています。

また、どんどん見られなくなっていく映像が増えていくので、お客様の中にも自費で、一生懸命デジタイズされる方もいらっしゃいます。

 

──たとえばDVD化された作品もデジタルデータ化された映像だと思うのですが、それと今回のデジタイズはまた違うものなんでしょうか?

 

緒方 クオリティがかなり違っていまして、16mmフィルムであれば現在の地上波テレビのハイビジョンと同程度の2K相当の画質をポテンシャルとして持っていますし、35mmフィルムは4Kと同等の画質を持っていると言われています。その点、DVD画質というのは16mmフィルムから画質を落として収録しています。むしろ数十年前よりも画質を悪くしてデジタイズしている状態なんです。だから16mmフィルムのポテンシャルどおりに2K相当の画質で見ると、今までのDVD画質では見れなかったところまで視認できるようになったりします。

 

──フィルムを本来の画質でデジタル化して残す、ということを考えると2K以上の画質での保存が必要ということですね。

 

緒方 そうです。ただアニメ作品も、古い作品となるとフィルムしかない場合が多いです。古い映像テープに入っている作品も、再生VTRはほとんど生産が終了し、メンテナンスもできなくなりつつので、それもピンチですし、作画段階で発生しているカット袋とか中間成果物といった貴重な資料もよい状態で保存されている例が少ないのです。紙も劣化していくものなので、アニメ作品の制作過程のいろいろなものが保存の危機に瀕していると言えます。


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