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ああ……退屈だ。来る日も来る日も同じようなカリキュラムの繰り返し。あの男曰く極めて難しい内容らしいがオレから言わせれば児戯にも等しい。
学問、武術、芸術……あらゆる知識、技能を習得させ、一から天才を作る、それがこのホワイトルームの理念だ。
だが、そんな事はどうでも良い。この程度、1+1=2と大差ない。それよりも回りの連中が何故苦戦しているか理解に苦しむ。学問では回答に窮し、武術では教官ごときに負ける、芸術では基準を遥かに下回るクォリティの物しか出せない……全くもって意味不明だ。
こいつらは何のためにここに居る?こんな事も出来ないような人間はここに居るべきでは無い。何故ならこの部屋に居る者は勝利する為に作られているのだ。それが出来ない奴は恐らくあの男に消されるだろう。
そんな日々の中、一人、また一人と消えて行く……そしてオレは一人になった。消えて行った連中の末路はお察しだろう。まあどうでも良いが。
とまあそんな経緯でオレは最高傑作と呼ばれるようになった。当然と言えば当然か。俺以外にこの大したこと無いカリキュラムをクリア出来る人間は居なかったんだからな。
これからはあの男の野望の為に使われるのだろう。しかしそうなって来ると一つ問題がある。オレは俗世の事を何も知らない。果たしてそんな状態でオレは役目を果たせるのか?
本当にあらゆる知識、技能を詰め込むだけで絶対的な勝者となれるのか……オレは違うと思う。俗世の事は断片的な知識でしか知らないが少なくとも一般常識やコミュニケーションが欠如している人間が上手く立ち回る事は出来ないだろう。
恐らくは……最高傑作と言われるオレですらあの男にとっては通過点、単なるサンプルの一つに過ぎないのだろう。そんな存在として終わるのは真っ平御免だ。
何とかしてあの男の元から抜け出し、ホワイトルームでは学べない俗世間に触れ続け、あの男の想定を上回る存在になる。そうでなければオレは決して本当の意味での勝者として生き残る事は出来ないだろう。
だが、余りにもハードルが高すぎる。ホワイトルーム生に与えられる自由期間はもうすぐ終わりに近づいている。今はあの男の別荘で執事の松雄と主に生活をしているが、あの男の命令でここから出る事は殆ど出来ず、稀に許可される外出もあの男の精鋭部隊が24時間体制で監視をしている。精々別荘でテレビを見る事でしか俗世に触れる事が出来ない。場所が変わっただけで実質的には何も変わってない。
そんなある日、オレはこの自由を惜しみつつもワイドショーを見ていた。するとあろう事かあの男が乱入し、散々奇行を繰り広げるという事件が起きた。
……どういう事なんだ。あの男に一体何が起きた? まさか常軌を逸した取り組みのし過ぎで頭がおかしくなったのか? だが、これはまたとないチャンスだ。
理由は不明だがあの男が自らホワイトルームを終わらせたのであればオレは本当の自由を掴む事が出来る。そうだな、まずは松雄を利用して俗世間を学ぶ事にしよう。
後日、オレは松雄からあの男が死んだ事を伝えられた。まあ、所詮はその程度の人間だったというだけだ。無様な姿を晒して死んだ人間などどうでも良い。それよりもオレは今までに無い感情に支配されている事が分かった。かつて無い知識欲、そして高揚感……ああ、未知の事柄に触れるというのはこんなにも心躍る物だっただろうか。
だが、あの男は本当にどうしてしまったのだろうか。人間の身体は未知の領域が多いし、突然脳がおかしくなったのだろう。それ以外に説明が付かないしな。
「清隆様、先生がお亡くなりになったため貴方は晴れて自由の身となりました。ですが、ホワイトルーム生という立場の都合上、貴方には戸籍がありません。そこで、僭越ながら私が保護者として名乗り出て貴方を養子として引き取る事になりました」
「政府の協力の下、ホワイトルーム生には順次里親が宛がわれ、戸籍の用意が進められています。特に清隆様はあのような事をしでかした方の実子ですので、経歴は厳重に改竄されています。こちらに纏めてありますので目を通して下さい」
「そうか、助かる」
「ただ、あのような事があったためか流出した情報を元に今現在マスコミが総力を上げて先生のご子息である清隆様の行方を追っています。私としては広く世間を知って欲しいとは思うのですが現状ではおいそれと外出させられないのです。申し訳ありませんが清隆様には当分私の自宅でひっそりと過ごして頂きます」
「仕方ないな、見世物になるのは御免だ」
「代わりと言っては何ですが、息子とその幼馴染みに一般的な学生としての在り方を教えて差し上げるよう伝えてありますので……仲良くなれればと思います」
一般的な学生か……そう言えばオレは学生に相当する年齢だったか。どんな物か楽しみだ。なんせホワイトルームでは会話と呼べるような事がほとんど無かったからな。
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「やあ、初めまして。ボクは松雄栄一郎、よろしく」
「私は七瀬翼です、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
少ししてから松雄の息子の栄一郎、その幼馴染みである七瀬翼がやってきた。どうやらオレの為にわざわざ根回しし、七瀬がしばらく同居出来るように手配したらしい。
それにしても七瀬は何故顔を赤らめているのだろうか? 人見知りか、若しくは体調不良の前兆か……早速先が思いやられそうだ。
「えーと……とりあえず普通の学生の過ごし方を教えれば良いんだよね?」
「そうそう、本当は外出した方が色々分かりやすいんだけどね……」
「うーん、じゃあゲームでもする? 私あんまり強くないけど」
「翼は分かりやすいからね」
「そ、それは栄一郎君の前だから……」
「ん? 何だって?」
「……何でも無いもん」
成る程、これが恋愛感情という奴か。丁度良い、やはり俗世を語る上で恋愛や友情は欠かせないからな。しっかり学ばせて貰う。
俺達は数時間テレビゲームで遊んだ。中々に奥が深いな。運要素有り、駆け引き有り、戦略有り、ホワイトルームで学んだことも生かせる。
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それから一週間が経過した。オレは多分だが順調に一般常識を学べている……と、思う。だが、まだまだ序の口、教科書で言えば1ページ目程度だろうか。
なんせ16年間もの間、人が当たり前のように身に付けていく事が身に付いて無いのだからな。その方面ではオレは誰よりも劣っていると言える。いずれはオレも人並みの感情という物が身に付くのだろうか?
そうそう、どうやら七瀬と栄一郎が恋人になったようだ。何でもオレ達と同居を始めて以来、七瀬があの男の逆恨みで松雄親子が自殺に追い込まれる悪夢にうなされ続け、感情が暴走し、勢いで性行為に及んでしまいそのままなんやかんやで互いの気持ちを確かめ合った結果らしい。
栄一郎が精魂尽き果てた顔で申し訳なさそうに説明していたのが印象的だった。対照的に七瀬はとても輝いていた。肌はツヤツヤしていたしかつて無いほど機嫌が良かった。それにしても七瀬はしきりに笑顔で腹を擦っているがどうしたのだろうか、腹痛を誤魔化しているのだろうか?
その後もオレは色んな遊びや概念等を教えて貰った。だが、仲睦まじい家族や恋人を近くで見てもやはり情という物は分からなかった。まあ仕方ない、まだ一月も経ってないしな。
これから長い年月を掛けてじっくりと……そう思っていたある日、松雄から高度育成高等学校への入学を勧められた。理事長の坂柳という人物は松雄とあの男と共通の知り合いらしく、ホワイトルームを訪れた事もあるらしい。
坂柳理事長はホワイトルームの子供、特にオレに憐憫の念を持っており、何とかしてやりたいと常々思っていたそうだ。それに現在マスコミの手が近くまで伸びてきているらしく、閉鎖された学校でほとぼりを冷ました方が良いとの事。
まあその方が良いだろう。何時までもこの家に閉じこもっていては世間という物は分かるまい。普通の学生としての在り方もやはり実際に学校に通ってこそ理解出来るはずだ。
それにその学校は実力至上主義を掲げている、オレが潜伏するには最適だろう。目立たず騒がず、それでいてしれっと生き残る。そうして過ごせれば良いだろう。
余談だが政府の尽力によってホワイトルームやその関係者はほぼ壊滅状態にあるそうだ。残党がいくらか居るようだがそれも時間の問題のようだ。
「今日で一旦お別れですね……短い間でしたが楽しかったです。もっと一緒に過ごしてみたかったですね……残念です」
「そうだな、オレがこの家を去れば七瀬がここに居る理由が無くなってしまうからな」
「そ、そんな事無いですよ! 清隆さんと話すのも結構楽しかったですから!」
「そうか? ま、これからも栄一郎と仲良くやっていけよ?」
「勿論さ。翼はボクが守る」
「栄一郎くん……」
「ああそうだ、二人に聞きたいんだが……愛とはどんな感情なんだ? ここに来てからお前達を観察していて、七瀬の反応から恋愛感情という概念を持っている事は分かったがどうにも愛し合うという物が分からなくてな」
「う~ん、そうですね……言葉では難しいですね。強いて言うなら、こう心がポカポカして、一緒にいると安心感を覚えると言いますか」
「ボクとしてはそうだなぁ……自分より大切に思える存在、かな?」
「……七瀬のは抽象的過ぎて分からないな。栄一郎、自分より大切な存在というのは本当にこの世に存在するのか? この世は勝つ事が全てだ。自分よりも優先度の高い存在なんている筈が無い、オレはそう思っている」
「……それがあの部屋で教えられた事かい?」
「ああ」
「だとしたら……清隆さん、貴方はとっても可哀想な人です。人の温もり、繋がりの尊さ、それを知らずに生きて来たなんて……」
「清隆、確かにこの世の仕組みはそうかも知れない。だけど、心の繋がり無くして人は生きられない。所詮人間一人が出来る事なんてたかが知れてるんだ、例えそれがどんな天才であってもね」
「……そうか」
「そうです! 私は栄一郎くんのいない人生なんて嫌だし、考えたくも無いです! こんな事言ったら怒られるかも知れないですが私は栄一郎くんの為なら命賭けられますよ。もし私が死なないと栄一郎くんが生きられないなんて事になったら私は喜んで死ねます!」
「冗談でもそういうのは止めて欲しいな……ただ、ボクも同じ気持ちさ。翼の為ならこの命、惜しくなんて無い。パートナーの為なら自分の全てを賭けられる、愛って言うのはそういう物だと思うよ」
「成る程な、覚えておこう。ところで……愛と性行為に関連性はあるのか?」
「えっ」
「なっ!? な、なんて事聞くんですか!?」
「栄一郎から聞いた。七瀬が悪夢が原因で性行為を求めて来たと。そして、その結果恋人になったと」
「か、過程は間違って無いですけど……女の子にそういう事を言っちゃいけません!」
「そうなのか?」
「当たり前です!」
「そうか、また一つ一般常識を知れた。感謝する」
「嬉しく無いですよ!?」
「はは……翼、多めに見てあげよう? 清隆は事情が事情だから……」
「はあ、まあ栄一郎くんと結ばれる切っ掛けを作ってくれたのはある意味清隆さんだし別に良いけど……」
「まあまあ。それより清隆、そろそろ翼も名前で呼んであげたらどうだい?」
「何故だ? 栄一郎は親との区別でそう呼んでいるが、七瀬は七瀬として識別出来てるだろう?」
「いえ、折角家族ぐるみの仲になったんですし……それに将来的には清隆さんも家族になりますから」
「家族とは普通名前で呼び合う物なのか?」
「……そうですよ。それが普通なんです」
そういう物なのか。今思えばオレはホワイトルームで何度自分の名前を呼ばれただろうか? あの男からは何度か呼ばれたような気がするが。
「そうか、分かった。卒業してからもよろしくな……翼」
「はい、待ってます……いや、待ってるよ清隆」
そうして一旦役目を終えた翼は名残惜しそうに、そして最後に長い長いキスを栄一郎に炸裂させて自宅へと戻っていった。栄一郎は大丈夫だろうか? 酸欠になりかけているような気がするが。
まあ、あいつらは放っておいても大丈夫だろう。それよりもオレは未知の世界への期待感に満ちている。果たしてオレはあの場所で何を学べるのか、少しでも心や感情が身に付くのか、楽しみだ。
これにて番外編は一旦終わりです。次回から本編を再開します。
なお、今度こそ1日休みとさせていただきます。もし何かの間違いで投稿したら櫛田さんのYシャツのボタンが弾け飛びます