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 阪堺電気軌道(大阪市)は1963(昭和38)年製の路面電車「モ353」(モ351形)の幾つかの機能部品を、金属3Dプリンターで製作したものに交換し、2021年から営業運転を続けている(図1)。

図1 阪堺電気軌道の路面電車「モ353」
図1 阪堺電気軌道の路面電車「モ353」
2021年2~3月に3Dプリンター製の「逆転空気シリンダー」を実車に搭載してテストし、そのあと営業運転に投入した。(出所:阪堺電気軌道)
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 同時期以前の古い車両は図面も部品の補給体制もなく、交換するには新たに図面を引き直して製作するしかない。個別対応の単品製作になるため費用もかかり、対応可能な技術や態勢を持つ工場も減ってきている。そこでアディティブ製造装置(3Dプリンター)を使った部品製作が選択肢として浮上してくる。元の部品を3Dスキャナーで測定し、3Dの形状データを得て、これを基に金属3Dプリンターで造形するリバースエンジニアリングによる方法だ。

* モ351形のメーカーである帝国車両工業は明治期の創業で、大正期から第2次世界大戦後の高度成長期に鉄道車両製作を手掛け、1968(昭和43)年に東急車両製造(現総合車両製作所)に吸収合併された。

 モ351形は、新造当時はなかった冷房装置を1980年代に搭載した他、2010年代には行き先表示装置(方向幕)をLEDによるものに交換し、交通系ICカードの読み取り装置の設置、乗降口の段差を緩和する補助ステップの設置など、さまざまな改造を受けつつ長年活躍してきた。今後も適切に維持管理していけば、当分は走り続けられるとみられる。

品質は十分確保可能に

 リバースエンジニアリングは、基本的には元の部品と同じものを造る取り組みといえるが、モ353に関して3Dプリンターで造形した部品は、実は元と完全に同じではない。品質は、元の部品よりもむしろ向上している。

 造形の対象物は、進行方向を切り替える「方向制御装置」の「逆転空気シリンダー」を構成する、3種類5個の部品(図2)。路面電車の車両中央付近の床下に付いており、動作時には空気圧をシリンダーとピストンで受け、その力で電気スイッチの軸の角度を変える。気密性を必要とする部品で、元の部品は鋳鉄製(鋳物)だった。

図2 金属3Dプリンターで造形した逆転空気シリンダーの部品
図2 金属3Dプリンターで造形した逆転空気シリンダーの部品
5個の部品で構成する。(出所:日本積層造形)
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 3Dプリンターでの造形品には、まず元の鋳物と同等以上の強度が求められる。造形を担当した日本積層造形(JAMPT、宮城県多賀城市)が使った3Dプリンターは、電子ビームで粉末の金属材料を溶融して固める粉末床溶融結合方式(パウダーベッド方式)の「Arcam Q20」(スウェーデンArcam)。材料に「プラズマ回転電極法(PREP)」で製造した金属粉末を使った。

図3 路面電車用の部品を造形した「Arcam Q20」
図3 路面電車用の部品を造形した「Arcam Q20」
電子ビームによる粉末床溶融結合方式(パウダーベッド方式)。(出所:日経クロステック)
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 PREPは真空中で金属材料を回転させながらプラズマを当てて飛び散らせて粉にする方法で、粒の形状が真球に近く、粒の中の空洞(欠陥)や表面の凹凸が少ない。このため造形時に一定の条件を守れば緻密な組織が得られる。金属組織に内部欠陥を生じにくく、疲労破壊の起点がないため疲労強度も高くなる。造形後に静水圧(HIP)処理で欠陥を押しつぶすなどの工程も必要もないという。

* プラズマ回転電極法の装置:https://www.jampt.jp/news/detail.php?id=15

 材料製造法として現在主流のアトマイズ法、すなわち金属をガスで吹き飛ばして粉にする方法に比べて、粉末に欠陥が生じにくい長所がある。PREPの弱点は粒径の分布が緩く広い(大小の差が大きい)ため、所定の大きさの粒を選別する必要があり、歩留まりが低くなってコストがかかることだが、分布を狭くする技術開発は続いているという。元の鋳物でも鋳込み時に“巣(す)”(内部欠陥)が生じている可能性は否定できず、それに比べれば3Dプリンターでの造形はむしろ有利といえる。