編集部コラム【先頭交代】<3>“ブルベ女子”増加中 「ランドヌーズ」に見る女性が自転車にハマるヒント
『Cyclist』編集部員がリレー形式で担当するコラム『先頭交代』。イベントの参加リポートや流行の話題について、それぞれの目線で書いていきます。第3回は編集部“紅一点”の後藤恭子が、最近急増中の「Randonneuse」(ランドヌーズ)と呼ばれる女性のブルベライダーに注目します。今年開催された200kmのブルベで女性のみのプロトンが形成されたり、さらに先日も北海道一周2400kmを走るブルベを完走し、女性としてブルベ世界最長記録保持者となった日本人が誕生したばかり。この過酷でつらい超長距離ブルベに、なぜ女性の挑戦者が増えているのか。先日開催された「ランドヌーズの会」なるパーティーに潜入し、色々と話を聞いてみました。
不可解な進化論
まず「Brevet」(ブルべ)とは、タイムや順位は関係なく、制限時間内で一定の距離を完走することを目的とするロングライドイベント。フランスをルーツとするイベントで「認定」を意味します。200、300、400、600、1000、1200等といった超長距離のコースから成り、それぞれのコースを制限時間内に完走すれば、その証として完走メダルと認定証が贈られます。
この日集まった30人強のランドヌーズたちは、そんなタフなコースを走り抜けている人たち。一見普通の女性たちによる華やかな集まりに見えますが、飛び交う言葉は明らかにおかしい。「この前『●●600』(コース名)走ったんだけど補給に失敗してDNFしちゃった」「初めて『●●400』を走ったけれど、獲得がきつかったー(笑)」という会話に出てくる数字は走行距離。軽快なトークですが、単位は「km」です。
もちろん全員が最初からそんな距離を走れる”猛者”ではありませんが、「200km走ったら300km走れるんじゃないかって。それで300km走れたら400km、そこまで走ったら600kmも走らないともったいないんじゃないかって思って…(笑)」と、進化論は少し不可解。ですが、夜通し走る中での眠気対策、補給食の話、ライトやバッテリー等のガジェットの話など、自身の“冒険談”をイキイキと語る彼女たちの様子にやがて「かっこよさ」を覚え始めます。
「長く走ることなら私にもできる」
そんな彼女たちに自転車を始めたきっかけを尋ねてみると、意外なことに大半の女性から、ブルベとはジャンルの異なる自転車レースを描いた漫画『弱虫ペダル』という答えが返ってきました。子育てが一段落したという50代女性は、「漫画のようなレースはできないけれど、長く走ることなら私にもできると思って。ブルべを知って自分なりの楽しみ方を見つけることができた」といいます。
通称「クロ」さんは登場人物が繰り広げる熱い青春に胸を打たれて「普通に働いて暮らしている場合ではない!」と一念発起。大阪に赴任していた当時、作品中にあった「大阪は自転車の街」という言葉が頭から離れず、1人現地の自転車ショップでロードバイクを購入したそうです。
そのクロさんの友人、通称「虫」さんも「主人公が1人で乗って仲間と走り出す青春ストーリーを見ていたら、仲間がいなくても始めてみたくなった」とのこと。もう1人の友人「じぇん」さんと皆でブルベを始め、いまでは仲間を増やして楽しんでいるそうで、「仲間と一緒に競技に出ているようで嬉しい」と語っていました。その他にも尋ねる先々で『弱虫ペダル』という回答。きっかけはなんであれ、自転車を好きになった人は、男女関係なくやがて自己流の楽しみ方にたどり着くのだと感じました。
実は「運動が苦手」な人多し
話を聞く中で、もう一つ共通していたポイントが、実は「運動が苦手」という点。その一人、東明日香さんはロードバイクを始めた当初「200kmなんて自分には関係のない世界」と思っていたそうですが、80km、120kmと様々なライドイベントに参加するうちに次第に「200kmならもしかしたら走れるかも?」と思い、DNF覚悟で参加してみたところ見事完走。「スポーツ経験のない自分が初めて得た達成感でした。そこから300、400、600と挑戦。達成感は長距離であればあるほど大きいんです」と目を輝かせていました。
最年少参加者、23歳の新井杏奈さんは学生の頃体育の評価が5段階中「2」と、本人曰く「運動音痴」だったそうで、ロードバイクを購入する際には周囲から「危ないし、すぐに飽きるから辞めろ」と反対されたそう。しかし周囲の反対を押し切ってロードバイクを始めた結果、いまでは200~600kmまでの全距離を1年間でクリアすると獲得できる「SR」(Super Randonneuse:シュペールランドヌーズ)という称号を、なんと今年1年で5回も獲得するまでに成長を遂げました。
機材スポーツという点で運動神経の良し悪しが(それほど)関係なく楽しめるという点ではブルベ女子だけに限った話ではないのだと思いますが、そこに長距離完走という目標が加わるブルベは、これまで体験したことのない達成感で彼女たちを魅了するのでしょうか。
「ブルベは旅するイベント」
さらにブルベの魅力について尋ねてみました。虫さんは、ある先輩からいわれた「ブルベのコースには、コースを引いた人が魅せたい景色がある」という言葉が忘れられないといいます。「私にとってブルベは旅するイベント。世界中にコースがあって見たこともない景色が沢山ある。定められたコースだけど、参加者の数だけ旅の物語があり、景色があり、喜びがあり、ある意味すごく馬鹿になります。台風が来ようともブルベはやりますからね(笑)」─。
新井さんは「ブルベに参加すれば有名な峠や知らなかった走りやすい道などを知ることができる。自転車に乗っていなければ、一生見ることはなかったような絶景に出会えるのはブルベの魅力」と、次なる絶景を求めて全国のコースを調べて楽しんでいるそうです。東さんは「ブルベに参加する時はいつもソロ。風景、季節を感じながら自分の身体の様子をうかがいつつ走るのは、自分一人のためのとても贅沢な時間の使い方だと感じています」とブルベ中の時間を楽しんでいる様子でした。
そして多くの人が最大の魅力に挙げたのが「自己責任」であること。もちろん公道を走行するので最低限の交通ルールやマナーはありますが、基本的には定められた装備とルールに基づいて制限時間内に戻って来さえすれば、あとの楽しみ方は自由。それでいて、苦楽をともにした仲間とのアットホームな雰囲気。速さだけが全てではない世界が、女性たちの感性と好奇心にマッチしているのかもしれません。
気持ちを掻き立てるブルベ
ブルベでの経験や体験したことを創作活動に転化している女性もいました。イラストレーターで漫画家の「Pちゃん」は10年間のアート活動の途中で自転車、そしてブルベに出会い、現在は自身の経験をもとにした自転車四コマ漫画や、自転車をモチーフにした作品を多く手がけています。
創作活動を続ける上での気持ちの面にも影響を及ぼしているそうで、「初ブルベの時、強風を通り越して暴風で全然前には進まないし、寒くて補給食は落とすし、制限時間は常にギリギリで何度も心折れそうになりましたが、どうにか5分前に完走できました。諦めずに最後まで続けることの大切さ。シンプルなことですが自信につながりました」と話していました。
ブルベを中心に自身の走行録をしたためたブログ『坂はクソ!!!!』がユニークと評判の虫さんは、「その時の瞬間を思い出して書いています。『坂クソ!』とか『平坦最高』とか『地球の作りが悪い』とか、その瞬間の勢いを思い出して書いているのでブルベを二度堪能してる気分です(笑)」とのこと。DNFしたブルベのことは当時の悔しさを思い出し、泣きながら書いているそうで「そのくらい本気でやらなきゃダメと決めている」という信念の通り、文章からは楽しさや悔しさなど、ほとばしる感情が伝わってきます。
先輩ランドヌーズもびっくり!な変化
パーティーの主催者で、以前『Cyclist』でも紹介したランドヌーズ、杉渕ひとみさんは、自身がブルべを始めた5年ほど前、想像以上に女性が少ないことに驚いたといいます。それがわずか数年でランドヌーズだけのパーティーが開催できるまでに拡大。杉渕さん含め、ベテランのランドヌーズも一様に驚きと喜びを隠せない様子です。
「『逗子200』で女性だけのプロトンができたの!」と嬉しそうに語っていたのは“元祖”ランドヌーズとして皆から尊敬され、親しまれている井手マヤさん。今から約20年ほど前に1200kmの超長距離を走る「パリ~ブレスト~パリ」(PBP)を通じてブルベの存在を知り、日本でも普及すれば毎週長距離が走れるという思いから国内でブルベを立ち上げた、レジェンド的存在の女性です。
マヤさんは女性にとってのブルベの魅力について、「夜通し走ることに憧れてブルベを始めた女性がいるように、大人の“夜遊び”がブルベの最大の魅力。女性は『夜は危険』といわれて育ったからかな。月光に照らされた棚田を見ながら真っ暗な夜道をひたすら走っているとそんな“ルール”から解放され、冒険しているような気持ちになるんです。それに食事や睡眠のタイミングを自己管理するので、感性が研ぎ澄まされる。ブルベのそういうところが私も好きです」と語っていました。
旅せよ自転車女子
来年2019年は「PBP」が開催される年です。4年に一度の「ブルベの祭典」ともいわれ、出走するには直前までに同一年でSRを取得していることが条件となりますが、今年は出場を目指しているランドヌーズも多いのだそう。その一人、東さんは「パリ、ブレストはもちろんフランスへも行ったことがありません。1200kmも未知の領域ですが、走れるかの不安よりも未踏の地への憧れと期待感でいっぱい」と、まるでマヤさんの“遺伝子”が次世代の女性たちへと受け継がれているようでした。
こうしたランドヌーズの躍進の背景には、GPS機能の発達で挑戦するハードルが下がったり、SNSによる情報拡散でブルベを知る機会が増えていることも影響していると思いますが、逆にいえば挑戦するチャンスとツールさえ手に入れれば、女性は冒険に目覚めるのだと思いました。
ラン等と比べて女性の比率が少ないといわれるスポーツ自転車ですが、もはや「高価」「メカは難しそう」といったネガティブイメージだけで遠ざけていてはもったいないスポーツ。この記事を読んで、「自分でもやってみたい」と思った女性はもちろん、そんなポテンシャルをもつ女性が周囲にいたら、「来年のチャレンジ」にブルベを加えてみてはいかがでしょうか。