実力至上主義の教室と矮小な怪物   作:盈虚

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一之瀬様を讃えよ

 

 7月8日月曜日の早朝。校内のあまり使われていない3階のトイレの一室。俺はそこで珍兵器、じゃなくて新兵器のテストを行っていた。

 

 新型の兵器。というか、新型のソフトウェアは俺の端末の内部で作った短距離端末操作システムだ。これは南雲のヤツにスパイウェアを仕込む際にあまりに面倒だったことから思いついた副産物だ。

 機能としては、俺の端末から短距離用の電波を発射し、近くの電子機器に不正アクセスする優れものだ。とりわけ、強制録音機能に特化していて、アクセスした学生証端末やPCの録音機能を乗っ取り、俺の端末で聞くことができる。

 仕様上、端末の付近の音を拾ったり、電話の内容を盗聴したりできる。隠匿性を上げたためデータの保持が苦手でリアルタイムでの盗聴以外は対応していないが、それでも学生証端末という盗聴器を皆がぶら下げている以上、短距離とはいえ任意の場所の音を拾えるこのシステムは画期的だと考えられる。

 欠点はリアルタイム操作であるため音域調整が難しく、小さな音は聞き取りにくい事と、射程が20メートル前後しかない点だ。とはいっても学校という人が密集している環境であれば20メートルというのは短くもない。今俺が陣取っているトイレからだと下駄箱、1年Bクラス・Cクラスなどが主な有力対象だ。

 

 今回はテストということで、ここから、一之瀬の端末にアクセスしたいと思う。一之瀬が下駄箱に入る少し前に一之瀬が情報収集を行っている掲示板に書き込みを行い、盗聴し様子を伺う。新兵器のテストに丁度良い安全なミッションだ。このミッションに成功したら明日の審議をこの新兵器で盗聴したいと思っている。そして、ゆくゆくはネットワーク構築で悩んでいた船上での活動に生かしたいところだ。うん、今から船上試験が楽しみだ。無人島試験はまだ少し嫌だけど。

 

 しばらく待っていると、一之瀬のGPSに動きがあった。寮から出ているようだ。うん。いつでも一之瀬の端末を拾えるように準備する。GPSの反応が近くなったので、掲示板に前もって容易していた須藤の事件の映像、厳密には僅かに加工した映像を流す。そして少し待つと一之瀬の端末が射程内に入った。システムを使い盗聴を開始する。

 少し雑音が大きい。調整をする。おそらく、今、端末は一之瀬のポケットに入っているのだろう。一之瀬が歩く度に布が擦れるような音が聞こえる。さらに調整を行い、歩く時の雑音を省く。うん、結構クリアに聞こえてきた。布越しでこれなら集音機能は悪くないな……そう思っていると、一之瀬が止まった。場所は下駄箱の近くの掲示板だ。神崎が紙を貼っていた場所だが、出来栄えの確認だろうか?

 

『おはよー綾小路君』

 

 ありゃ?綾小路?お前何やってんの?

 

『今、貼り紙を見てたんだが、これは一之瀬がやってくれたのか?』

 

 ああ、そうだった。綾小路と堀北が一之瀬と組んだって話だったな。それから、2人の会話を聞いていると、さらに神崎が合流した。神崎と綾小路は面識が無かったため一之瀬が互いの紹介を行っていた。

 それから神崎の貼った紙に効果が無かったことを確認すると、話は一之瀬の掲示板のものへと移っていった。中々良いタイミングだ。一之瀬の端末が外気にさらされる。再び少し調整を行い、聞き取りやすくする。

 

『ポイントは気にしないで。私たちが勝手にやってることだから。それに今の手応えだと、新しい情報は難しいかもね。……あ』

 

 気づいたか……

 

『どうした』

 

『書き込み、3件ほど来てるみたい。えっととりあえず古い順に開けてくね』

 

 さあ、俺にポイントを……って俺以外にも2人もいるのか。これはもしやポイントが貰えない流れか……?

 

『えっと、ふむふむ。初めの2件は石崎君についてだね。石崎君は中学時代に結構、ワルだったみたい。喧嘩も強いみたいで地元だと恐れられていたみたい』

 

『興味深いな』

 

 神崎はそう呟くと、石崎の能力から状況の考察を披露してみせた。考察内容は見事に当たりです。龍園がほとんど同じことを言ってました。さすが神崎。やっぱり能力が高いな。

 

『でも、この情報だとまだ弱いよね。えーっと最後のは、……え』

 

『どうした一之瀬』

 

『なんか事件の動画みたい。えっと再生するね』

 

 それから俺が送ったフィルムの音が聞こえてきた。須藤と石崎たちの声が響く。当然映像付きだ。

 

『これは、何というか、ピンポイントな情報だな』

 

 神崎は少し驚いているようだった。確かにラッキーな感じがするかも。まあ、そんなに不審に思うほどではないと思うよ。というより、不審に思うな。

 

『うん、加工してる感じもしないし……なんか、見ちゃったって感じだね』

 

 一之瀬も苦笑いといった感じだ。そんなに不審に思ってはいない……かな?

 

『まあ、良かったんじゃないか、これで須藤も助かるだろう』

 

 綾小路が楽観的な事を言っていた。コイツは本当に何を考えてるのかわからん。今からシステムを一之瀬じゃなくて綾小路に乗り換えるか?あ、いや、この位置からはDクラスは射程外だ。ここで乗り換えても、綾小路がDクラスに着いた時には機能しなくなる。それに、綾小路は都合よく独り言でペラペラと計画を喋るとも思えない。

 

『とりあえず、情報をくれた子にはポイントを振り込まないとね』

 

 よっ!待ってました!一之瀬様、どうか、この哀れなDクラスの生徒にお恵みを!

 

『あれ、でも匿名の人にはどうやって渡すんだろう?』

 

 ……え、ちょ、ちょ、誰か説明してあげろ。神崎、お前能力高いよな。顔からして出来そうだし、協調性以外も良いし。いや実際協調性も良いし。お前知ってるよな。一之瀬に教えろよお前。本当に頼むぞ。

 

『良かったら教えようか?』

 

 綾小路ナイスー!堀北を操る男!能ある鷹は爪を隠すという言葉を体現した男!流石だ!

 

 無事、綾小路が解説を終えると、一之瀬からポイントが送金された……その額、2万。

 

 ヒャッホー!一之瀬様!一之瀬様、万歳!一之瀬様は世界一慈悲深い方じゃ!皆の者、一之瀬様を讃えよ!一之瀬様を讃えよ!

 

 

 

***

 

 

 

 その後、綾小路と別れた一之瀬様と神崎がBクラスに入っていったが特に新しい情報はなかった。一応、対象となる端末がそこそこの距離を移動してもシステムは正常に動くようだ。うん。あと少ししたらホームルームも始まるし、チェックはこのあたりでいいだろう。システムを落とし、一之瀬様の端末へのアクセスを中断する。

 このシステムの優れた点は何らかの要因で対象端末との接続が切れた場合は、自動的に相手側に入ったものが死滅する点だ。厳密には1度電話をかけるまで僅かにログに残ってしまうが、どこかに電話をかけた瞬間、ログも纏めて死滅する。証拠は残らない。いやー、我ながらよく考えたものだ。

 

 トイレから出てDクラスに向かうと、教室前の廊下で櫛田が駆け寄ってきた。櫛田がいた方向を見ると、綾小路がいた。彼と何か話をしていたのだろうか。堀北!廊下で彼氏が浮気してるぞ!

 

「おはよ!赤石君っ!」

 

 いつもの明るい笑みを浮かべていた。今日は安定櫛田のようだ。

 

「おはようございます。櫛田さん」

 

「昨日は参加できなくてごめんね」

 

 王の御守りは大変でした。まあ、櫛田がいたらいたで、マウント攻勢が2倍になる気がするから、参加してもらわなくて良かった気もするが……

 

「いえいえ、佐倉さんの事を考えると仕方ない事ですよ。佐倉さんのカメラの方は大丈夫でしたか?」

 

「うん。店員さんが、……ちょっと大変だったけど、綾小路君が頑張ってくれたから特に問題はなかったかな」

 

 店員さんが大変だった……?もしや、佐倉が店員の事が気に食わなくてマウント技をかけてしまったのだろうか……そして綾小路がマウント技をかけられた店員に応急措置でもした感じだろうか……?綾小路は謎のポテンシャルを持ってるし応急措置ぐらいできそうだ。うん。須藤の冤罪を晴らす前に佐倉のマウント技をかける癖を直さないといけない気がする。いや、まあ、本当は何があったかは知らないが……

 

「そうでしたか。大変でしたね」

 

 適当なことを言っておく。

 

「それはそうとして……赤石君、昨日はどんな感じだった?デート上手くいった?」

 

 何言ってんだコイツ。

 

「デート……ですか?昨日は王さんと井の頭さんと一緒にいただけですので、デートとは違う気もしますが……」

 

「ん……そっか、うーん、なるほど。てっきり私はみーちゃんと付き合ってるんだと思ってたんだけど違ったの?」

 

 大丈夫?頭打った?

 

「いえ、俺と王さんは付き合っていませんが……」

 

 王がいないので王さん呼びができる。良い事だ。

 

「………………そうなんだ。ごめんね。ちょっと勘違いしてたみたい」

 

 今の間はなんだよ……

 

 

 櫛田は軽くこちらに謝罪した後、「今度こそ4人で一緒に遊びに行きたいね」などという妄言を吐いて去っていった。寝言は寝て言え。

 しかし、今回の一連の買い物事件はこれで終わったと見ていいだろう。思うと、買い物事件の発端も、この教室前の廊下で櫛田に話しかけられたのが原因だ。廊下で始まり廊下で終わった。

 新しく脳内の危険地帯リストに教室前の廊下を加えておこう。これでリストは学食(椎名)、図書館本館(椎名)、中庭(佐倉)、教室(軽井沢軍団)、教室前の廊下(櫛田)となる。なんということだ、この学校は危険な場所だらけじゃないか……

 

 

 教室に入った後、平田たちに適当に挨拶を済ませ席に着く。最近は軽井沢軍団とよく朝の挨拶をするようになった。昔は森と篠原ぐらいしか挨拶しなかったが、勉強会を通じて市橋とも挨拶をするようになり、例のAクラス突入事件を経て、他のメンバーとも挨拶ぐらいは交わすようになった。良いことなのかもしれないが、軽井沢軍団が相手だと、盃を交わしたみたいで何か嫌だ。

 

 茶柱先生が来てホームルームが適当に終わると、綾小路と佐倉が雑談しているのが見えた。一方で堀北が鋭い視線を綾小路に浴びせていた。対して、櫛田の綾小路を見る視線は緩やかなものだった。うーむ、綾小路の愛人っぽい櫛田の方が余裕があるようだ。逆に堀北は嫉妬心が強いのか本命っぽいのに余裕がない。

 綾小路は佐倉と話をした後、何を考えたのか櫛田の方へ向かい少し話をすると、今度は堀北の方へと向かった。おいおいおい、いくらなんでも節操が無さすぎるだろ。綾小路は尋常じゃないな。さすがは路上でセ、……行為に及ぶ男だ。

 しばらく眺めていると綾小路が堀北が近くにいるにも関わらず櫛田の方に目配せした。すると櫛田が堀北と綾小路の方へと歩んでいった。綾小路の取り合いになるか……?

 野次馬根性で眺めていると、綾小路は2人を引き連れ教室の外へと出て行った。これは廊下で一波乱か?……まあ、あまり深く関わりすぎると火傷しそうなので、これくらいにしておこう。

 

 

 

***

 

 

 

 昼休みになると綾小路たちが作戦会議のようなものを教室で始めていた。どうも明日の審議についてのようだ。とはいっても、証拠映像もある以上、よほどの事がなければ勝てるだろう。

 今日のお昼休みの教室は綾小路と堀北が率いる須藤救出部隊と、他にも男女が何人かいると言ったところだ。比較的、教室に人がいない日だ。チラチラと王がさっきからこちらを伺っている事を除けば概ね平和と言える。

 

 昼飯を教室で素早く食べた後、トイレに向かうときチラリと堀北たちを見たが……なんか混沌としていた。綾小路と櫛田が何か話している一方で堀北は無言でパンを食べていて、池と山内は雑誌のようなものを読んでいた。おい、お前ら、会議しろよ。

 

 

 

***

 

 

 

 そして審議の日である。火曜日になった。

 昨日の夜に、珍兵器、もとい短距離端末操作システムの最終チェックを終えた。これでリアルタイムで審議の実況ができる。間違えた。審議の盗聴ができる。

 

 

 朝、登校すると、下駄箱で綾小路と出会ってしまった。幸先が悪い。挨拶しないのも不自然なので適当に挨拶をする。

 

「綾小路君、おはようございます」

 

「赤石か、おはよう」

 

 それからお互い無言になり教室を目指す。しばらく歩くと、横にいる綾小路が沈黙に堪えかねたのか、口を開いた。

 

「赤石は今日の審議はどうなると思う?」

 

 漠然とした質問だな……

 

「クラスメイトとしては須藤君を信じたい気持ちもありますが……」

 

 アイツは俺のポイント減少を招いたため、ちょっと不安だ。いや、まあ審議は勝てるだろうが……彼はまた同じ過ちを犯しそうな雰囲気がある。毎回監視カメラを仕込むのはちょっと面倒なので止めてほしいところだ。

 ……ん?審議は映像があるため勝つというのは綾小路も想定していると思ったが、違うのだろうか……?というより、俺に審議について話しかけるなら、事件の証拠を見つけた事を前もって言えよ。こっちが情報を持ってない事を前提で話さなきゃいけないだろ。

 

「須藤は…………お前は、須藤についてどう考えている?」

 

 はい?

 

「どう、とは?」

 

「言葉通りだ。須藤はお前から見てDクラスに必要か?それとも不必要か?他にもお前は今回の審議で須藤がどうなるべきだと思っている?停学か、退学か、それとも無罪か。そういった、お前が須藤の事をどう考えているか知りたい」

 

 俺が須藤の事について考えてること……いや、アイツのせいで俺の貴重な4000ポイントが無くなったって事しか考えてないよ。まあ、一之瀬、じゃなくて一之瀬様のおかげで、20000ポイント入って、差し引きプラス16000だから、悪くはないのかな……?もしや、須藤のおかげで俺にポイントが……今度から須藤様、あ、いや、須藤さん、うーん、もう少し下で良いか。須藤君と呼ぶべきか……?いや、そもそも龍園が差配してくれたお陰だと考えた方がいいか。こういうのは何ていうんだっけ?風吹けば桶屋が儲かる?龍園が画策すると赤石が儲かる?ちょっと語呂が悪いな……

 

 まあいいや。やはり、俺にとっての恩人は龍園のようだ。いつも椎名を引き留めてくれてありがとう。今回はポイントを俺に捧げてくれてありがとう。龍園。あ、綾小路に適当な事を言わないと。ちょっと考え事してたら無言になっちゃった。ごめんごめん。

 

「……Dクラスは纏まりに欠け、能力的にも他の優秀なクラスの人たちに一歩遅れているように感じることがあります。そんな中で、退学者を出すのは危険だと思っています。俺個人の意見としても、須藤君はあまり仲が良いというわけではないですが……ただ、須藤君が、もしかしたら皆のプラスになるような、もっと欲深く言ってしまえば、ポイントになるような事をしてくれるかもしれません。そのため、彼に退学や停学を望んではいません。綾小路君は須藤君をどう思っていますか?」

 

 それに、今、須藤、じゃなくて須藤君が退学になったらせっかく95まで上がったポイントが無くなってしまう。それは少し勿体ない。今後須藤君が存在することによりDクラスが95ポイント以上の損害を受けることが分かっているなら、ぜひ退学して欲しいが……個人がそこまでポイントを落とす原動力になり得るのだろうか……須藤君ならありそうだな。

 うーん、現状須藤が、あ、須藤君が……もう須藤でいいや。よくよく考えないでも、俺がポイントを得られたのはコイツじゃなくて一之瀬様のおかげだから。

 ……現状須藤がいる事にメリットをあまり感じていないというのも問題だ。あ、いや、部活での活動がクラスに還元される可能性がある以上、95ポイント払ってまで切り捨てるのは早計か?それに無人島のようなふざけた特別試験では、彼のように肉体的に優れた人物が活躍するかもしれない……俺が言うのも変かもしれないが、須藤がもう少し協調的な人物なら、もうちょっと須藤に対して支援できるかもしれないが……

 クラスポイントが0だった頃に須藤が退学してくれれば何も悩む必要は無かったんだけどなー。まあ、今はクラスポイントもあるしね。こういうのを状況変化における戦略方針の変更というのだ!勉強したまえ綾小路!……単に、行き当たりばったりで行動しているだけとも言える。

 

「…………、………………そうだな、変な質問をして悪かったな」

 

 間が長いよ。櫛田といい綾小路といい、不安定だったり謎だったりすると、応答時間が長いな。そして、俺の質問には答えないのかよ。重要な事は何一つ喋らない。さすがは綾小路だ。

 

 

 教室に入ると早速綾小路が佐倉の方へと歩いて行った。最近の綾小路は佐倉・櫛田・堀北と順番にイチャイチャするのがジンクスのようだ。俺は綾小路がいつ刺されてもおかしくないと見ている。綾小路、お前は須藤の退学の心配よりも自身の命の心配と、3人が殺人ないし未遂で退学にならないか心配した方がいいと思うよ……

 綾小路と佐倉のイチャイチャは目に余るのか、彼の友人である池と山内も2人をチラチラと見ていた。まあ、同じグループで1人だけ女に手を出しまくってたら気になるな。

 

 

 

***

 

 

 

 授業が無事終了し放課後となった。俺はいつも通り、荷物を持ち帰宅する……風に装い、会議が行われる生徒会室の下の階にあるトイレへ向かう。このトイレも生徒の使用頻度が低い場所だ。まあ、イヤホンも持ってるので聞くだけなら、中庭のベンチでも良いのだが……なんか聞くのに集中してるときに話しかけられたりしたら慌ててしまいそうなので、トイレの個室の方が安全に思えたのだ。

 トイレに入り、時刻を確認すると、3時50分であった。短距離端末操作システムを起動させ、目標の識別を行う。射程圏内には……おや?堀北兄がいる。偶然かと思い、座標を確認するが、生徒会室で間違いないようだ。動く気配もない。どうやら彼が今回の審議に関与するようだ。本来ならこの規模の事件だと書記1人で対応する場合が多いが、生徒会長が直々に来たようだ……今日は暇だったのだろうか?

 せっかくなので、堀北兄にシステムを使う事にする。南雲にスパイウェアを使って、堀北兄に短距離端末操作システムを使った。このまま生徒会全員に何か仕込んだ方がお揃い感があっていいかな?

 少し待つと、Dクラスの面々がやってきた。生徒会室に突入した端末を確認すると、うーん?須藤と、茶柱先生と……堀北と綾小路だ。あれれ?櫛田と平田じゃないの?あ、でもさっき帰りの挨拶を平田に伝えた時、審議に行くような雰囲気じゃなかったな。なんだ?平田が軽井沢とデートで忙しいとかか?

 

 しかし、このメンバーはヤバいな。綾小路に堀北妹に堀北兄。例の路上事件の当事者じゃないか……おいおいおい、きっと3人が一番気まずいと思うけど、これは内容がハード過ぎて聞いている俺まで気まずいよ……もう須藤の審議どころじゃないよ。まあ、3人ともポーカーフェイスが上手そうだし何とかなるかな?

 

 俺が3人に同情していたが、無情にも4時になると審議はスタートした。あの3人がやったことがバレませんように……。じゃない間違えた、審議で勝てますように……。そう願いながら、審議の流れを聞いていく。

 

 序盤は、Cクラス側の先生である坂上先生が話をリードしていき、Cクラスの潔癖さと須藤の暴力性を説いていった。龍園の筋書き通りだ。1つだけ気になった点としては、茶柱先生が審議が始まる直前に生徒会長がここにいる事を揶揄した点だ。しかし堀北兄は歴戦の勇者。ボロを出すことなく切り抜けた。当然だ。彼も妹の名誉を守るために必死だ。…………なんで堀北兄は妹の行為を……いやいや、今は審議に集中しよう。

 それから須藤が反論するも、坂上先生に封じ込められてしまい、なんと劣勢に陥ってしまう。いや、お前ら、証拠使えよ。一之瀬様から貰ってるんだろ。しかし、証拠は提示されず、どんどんと劣勢に陥ってしまう。というよりDクラス側で喋っているのは須藤だけだ。

 おいおいおい、コイツら無能もいいところだ。やっぱり堀北は駄目だな。綾小路もこれは能無しですな。誰だよコイツの事を能ある鷹とか言ったの。あー、最初から櫛田と平田を使えばよかったのに……

 しかし、諦めモードに入っている俺の耳に「ひゃっ」という可愛らしい声が聞こえてきた。……今の誰?……少女っぽい声だった。橘書記か堀北のどちらかだ。でも堀北が出すとは思えない声だった。橘書記の近くに虫でもいたのかな?

 生徒会書記が虫に弱いという推測をしていると、やっと堀北が喋り始めた。遅いよ。何やってたんだよ。

 堀北は理路整然と流れを作っていき、議論を展開していった。ん……ああ、なるほど。ここから反撃で最後にトドメの証拠映像の流れか……まったく、不安にさせやがって、いや、まあ、勿論、信じてたけどね。堀北は優秀だし、それを隠れ蓑に活動する綾小路はきっと堀北以上に優秀なのだろう。少なくとも発想力は堀北以上だ。当然Dクラスの最強タッグだ。平田と櫛田は強いが良い人だから議論には不向きだろう。

 うん。よくよく考えると最高の布陣だ。この2人がここに来るのは必然とも言っていいだろう。当然負けるわけがない。いや、当然、俺も信じていたし、勝つと確信していたが……

 

 最後に堀北はトドメの一言を放った。さすが!Dクラス一の才女!かっこいい!

 

『今回の件で一部始終を目撃した生徒もいます』

 

『ではDクラスから報告のあった、証人を入室させてください』

 

 ええ?証人?データじゃなくて?というより、そうすると証人は俺になるんだが……今から生徒会室に行った方が良い感じ?いや、行かないけど。

 

『1年Bクラスの一之瀬帆波さんです』

 

 ありゃ?証人って一之瀬様、うん……ああ、なるほど、そっか、あれ匿名のデータだから部外者の一之瀬様を通して信頼性を上げたかったのかな……?やっぱり堀北、あ、いや綾小路か?まあ、どっちでもいいや、この2人のタッグは結構綿密に計画を練るな……

 

『Bクラスの生徒ですか……』

 

 坂上先生は緊張しているような声だった。確かに証人が現れたのは意外だし、その上、Bクラスでも有名な一之瀬様だ。不安になるだろう。そういえば坂上先生は何処まで知っているんだろう?龍園と完全に結託しているというわけではなさそうだが……

 

『では一之瀬さん証言をお願いします』

 

 橘が一之瀬様に促した。うーん、落ち着いた声だ。立ち直りが早いな。さっき悲鳴を上げた人とは思えない。さすがは生徒会役員といったところだ。

 

『はい、私の端末に映像が保存されています。これは撮影したのは私ではありませんが、事件の前後の様子が動画で保存されています。確認の方をお願いします』

 

『では、失礼しますね』

 

 その後、ガチャガチャと音がして、そして生徒会室から暴力事件発生時の状況が放送された。反応は様々だった。

 

『これは……』

 

 橘は唖然としていた。

 

『なっ!……これは、そんな、馬鹿な……』

 

 坂上先生は有り得ないといったような事をなんども呟いていたが、小さい声だったので今のシステムでは聞き取りにくかった。

 

『ほら見ろ!俺が言った通りだっただろう!そこの3人は嘘つき野郎どもだ!』

 

 須藤が今までの鬱憤を晴らすような喜びの悲鳴を上げていた。

 Dクラス側は須藤以外は知っていたようで、証人の一之瀬様も含めあまり反応は無かった。……ん?今誰か舌打ちした?石崎あたりか?

 

『……これ以上の審議の必要はなさそうですね』

 

 最後に、堀北生徒会長が締めに入ろうとした。というより、彼はほとんど驚いていなかった。初めて知っただろうに……なんとも冷静な人だ。

 

『ちょっと、待っていただきたい。先ほど、一之瀬君が言ったことについて疑問がある……彼女は自分が撮影したのではないと言った。では誰が撮影したのか、なぜその人物がここにいないかの説明を頂きたい』

 

 坂上先生が最後の抵抗を行った。

 

『はい、理由としては、これが匿名で送られたものだからです。私は今回の事件の際はどちらの側にも肩入れするつもりはありませんでした。しかし、この学校で暴力という間違った方法で何かがなされたと聞いて、1人の生徒として放っておくことはできません。Cクラスの石崎君たちと、Dクラスの須藤君たち、どちらが嘘をついているのか、それをはっきりさせる必要があると思い、掲示板を使い情報を集いました。もし不審に感じられるようでしたら、私の端末を調べて頂いてもかまいません』

 

 一之瀬様の回答は誠実なものだった。でも端末は調べちゃ駄目だよ。俺が送ったってバレないけど……バレないから逆に皆不思議に思うから、だから調べちゃ駄目だよ。

 

『ぐっ!……いや、……匿名の生徒というのは、果たして無関係な者なのでしょうか?』

 

 坂上先生はまだ抵抗を続けていた。さっきから石崎たちは喋っていない、いや正確には尾張がどうのとか呟いていた。日本史の勉強は他所でやれ。

 

『というと?』

 

 橘が先を促した。いや、もう閉廷でいいだろ。

 

『例えば、須藤君が事件があった日のために前もって準備して、仲間に頼んで録画していたのではないでしょうか。確かに動画からするとこちらの3人から仕掛けたようですが……私は3人を知っていますが、皆努力家で良い生徒です。やはり何か理由があるのだと思います。それにこの動画もあまりにタイミングが良すぎる。須藤君が準備していたと考えるのは不思議なことではありません』

 

 いや、それは、ちょっと厳しくないか……というより、何か水掛け論というか、それ言い始めたら終わらないじゃん。

 

『坂上先生、それは少し厳しいようですよ。確かに、あまりにもタイミングが良いのは確かでしょう。しかし、この動画でもCクラスの3名が今回の彼らが最初に行った証言をするような……つまり事件を作り出したかのような言動をしています。その上、Dクラス側はここまでの審議での発言には矛盾はありませんが、Cクラス側の証言のほとんどは結果として信頼性に欠けるものとなりました。……今回の審議に関してそろそろ結論を出すべきでしょう』

 

 堀北兄により、坂上先生の、そして龍園の計画に終止符が打たれた。すまない、龍園、許せ。

 

 そうして、審議は解散となった。細かな判決は後日発表されるようだが、大まかな内容としては、須藤は無罪、Cクラスの3名は暴力行為・計画的陰謀・偽証によりお縄、もとい停学処分となった。1週間くらいだと思われる。終業式には間に合いそうだ。またCクラスのクラスポイントはいくらか差し引かれることとなる。

 

――俺が関係してるってCクラスの連中にバレたら吊るされそうだから、今回の俺の行動は墓まで持っていこう。

 

 

 

***

 

 

 

 審議は終わり、もうやることも無かったのだが……どういうわけか堀北兄はまだ生徒会室にいるようだ。この審議の後に生徒会で会議でもするのだろうか?気になったので盗聴を続けていると不思議な会話が始まった。

 

『お疲れ様です』

 

 綾小路が生徒会室に残っている橘と堀北兄に声をかけた。

 

『今回の出来事、どこまでがお前の計画だ?』

 

 堀北兄はそう返した。

 

『なんか勘違いされてるみたいだが、全部あんたの妹がやったことだ。俺は何もしていない』

 

 綾小路はいつも通り爪を隠した。

 

『証拠の映像、撮ったのはお前か?』

 

 ハズレ。

 

『違う。というより、俺じゃないってわかってるだろ』

 

『ああ、可能性は低いと見ていた』

 

 なんか、この2人仲が良いな……まあ、将来の義兄弟だから当然か。

 

『低い、なのか……』

 

『お前ならば手ぶれや身長を考慮して撮影することも可能だと考えたが、メリットが薄いと感じた。誰か人を使ったか?』

 

 手ぶれに、身長……やっぱり生徒会長は鋭いな。いやー、よく考えて設置しておいてよかった。……というより綾小路の「俺じゃないってわかってるだろ」という言葉からすると、綾小路も気づいていたか……ふー、今回は俺が出し抜いてやったぞ。……にしても綾小路は本当に怖いな。一之瀬様から映像を初めてみた時は楽観的な事を言っていたが、裏では手ぶれと身長差までしっかりと測っていたか。

 

『いや、本当に俺は何もしていないんだ。信じて貰えないようで残念だ』

 

 ちっとも残念でなさそうだ。綾小路はもうちょっと声に抑揚をつけたほうがいいぞ。きっと俺より演技下手だ。いや、まあ、表情を隠す演技やポーカーフェイスの演技はきっと上手だけどさ……

 

『あの生徒会長、その彼、綾小路君が人を使ったというのは、どういう意味でしょうか?』

 

『橘、あの映像は須藤たちを下から撮っていた。身長差を考えると、撮影者は140cmから150cmの小柄な人物だ。また、あの映像のぶれ方から考えると、固定されてたカメラでは有り得ない。つまり手を使って普通に録画していたということだ。勿論綾小路が屈みながら撮影したことも考えられるが、撮影者と須藤達の距離を考えると、発覚する可能性もあった。あの状況では身長を誤魔化すよりも、発覚した際に素早く行動できるように自然体で撮影した方がいいだろう』

 

 ふっふっふ、生徒会長、ナイスじゃ。実はあれ、固定したカメラに画像処理を施して、あたかも手ぶれが発生しているように偽装したのだ。俺の工夫に気づいてくれる人がいて凄く嬉しい。頑張った甲斐があった。やっぱり入学式の時に思ったがこの人と俺は相性が良さそうだ。やばい、かなり嬉しいぞ。小さな事だけれども、でも生徒会長に諜報戦で勝ったのだ。

 やっぱり綾小路以外が相手だと、心臓に悪くないからいいな。純粋に成果を喜べる。まあ、俺の実際の身長175cmが特定されても、それで生徒会長や綾小路が俺だと思うわけでもないが……一応ね。いや、まあ、たぶん綾小路から見れば、俺はそこらの有象無象程度だから、意識すらしていないと思うけどね……あ、いや、堀北や櫛田との仲の良さを自慢する相手として見ているかも……

 何か言ってたら少し悲しくなってきた。いや、計画的にはバレない事が大事だから、別にいいんだけどね。わっはっは、実は綾小路、俺はお前の実力をちょっとだけ知ってるぞ!お前からするとモブみたいなやつだけどな!はっはっは!……うん、虚しくなるから止めよう。

 

『な、なるほど……』

 

 橘が堀北の言動に感動していると、綾小路が再び言い訳を始めた。いや、まあ、俺と綾小路は繋がっていないから、本当に綾小路は悪くは無いんだけど……なんかスマン。

 

『いや、別に誰も使っていない。その映像は純粋に目撃者がいたんだろう……あんたは何故か俺を評価しているみたいだが、あんたの妹を評価してやってくれ。あいつはあんたの評価を望んでいる』

 

 綾小路がそう言ったが、堀北兄は取り合わず、唐突に橘に生徒会の空きを確認した。そして橘がまだ書記が空いている事を伝えると、堀北兄は綾小路を生徒会に誘い始めた。なんじゃ?と俺と橘が思っていると、綾小路は素早く、その提案を突っぱねた。まあ、綾小路は面倒くさがりのようだしね……

 しかし、これまでの言動を思うと堀北兄は綾小路の隠した爪を知っているようだ。まあ、妹の彼氏ぐらいチェックしてるか……

 

 

 

***

 

 

 

 帰宅し、日課であったカリスマ演説を見た。最近ちょっと飽きてきたが、今日はいつもより新しかった。何といっても龍園が思わぬ証拠による敗北故に怒っていたからだ。よし、絶対に俺が証拠映像を出したことは墓まで持っていこう。龍園は周囲の人をちゃんと把握していなかった石崎たちに強く叱責した。だいぶお怒りの様だ。怖いので、今日はこのくらいにしておこう。

 ちなみに今日も椎名は不参加だった。彼女が参加する日はだいぶ少ないようだ。思えば2か月以上直接的には会っていない。平和でいいことだ。

 

 

 

 




 ※赤石⇒綾小路の評価は「発想力がずば抜けている」「高い交渉能力」「堀北の参謀?」「自身の能力を隠したがっている」「謎の格闘技術」「他の能力は不明」だけです。つまり原作綾小路の力の半分も理解していません。
 ※綾小路⇒赤石は1巻の綾小路視点で描いた通りです。いつか、赤石視点でも分かる日が来るかと思われます。きっと。

 あと2巻部分はまだ2話あります。いえ、もうだいたい終わってますが……坂柳を出すと約束してしまったので。



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