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「やばい…280m超える」寸前で回避された緊急放流、緊迫の所長メモが歴史公文書に

読売新聞 / 2021年6月29日 8時59分

 昨年7月4日の九州豪雨で緊急放流が寸前で回避された熊本県営市房ダム(水上村)について、塚本貴光・管理所長(50)が記していた当時のメモが残されていることが分かった。予測を超える雨量で水位が増す中、放流をぎりぎりで実施せずにすんだ緊迫した様子などを伝えている。県は今春、メモを永久保存に向けて「歴史公文書」に指定した。(丸山一樹)

 市房ダムは、九州豪雨で氾濫した球磨川の上流にあり、総貯水量は4020万トン。治水ダムで、発電などにも活用されている。

 メモは塚本所長が、雨の状況が変わっていくなか、事務所のパソコンを確認しながらダムの水位などを書き留めていった。事前にダムの容量を確保する「予備放流」の実施を決めることになった3日昼頃から、緊急放流を中止した4日昼頃までの記載。メモ紙4枚にペンで書かれ、水位上昇が始まった4日未明以降、殴り書きされている。

 <やばい 280m超える>

 7月4日午前4時頃、塚本所長が見つめたパソコンの画面には、ダムに流れ込む流量が同9時までの3時間で想定される最大値(毎秒1300トン)を50トン上回るとの予測がコンピューターで算出されていた。緊急放流を実施する水位の目安(280・7メートル)に迫ることを意味していたのだ。

 3日昼の段階では、流量のピークを毎秒約700トンと見込んでいたが、線状降水帯が停滞し、大幅に予測を上回った。

 特別警報が発表されたのは午前4時50分。バケツをひっくり返したような雨の状況を<雨の降り方が異常>とつづった。

 治水ダムは雨水を一時的にため、下流側の増水を抑えるのが役割。ダムから水があふれると、大洪水につながりかねないため、水位が限界に近づくと緊急放流が必要だ。ただ緊急放流は下流に大規模な浸水被害を引き起こす危険があり、細心の注意が求められる。

 水位上昇が続き、所長らが緊急放流を行わざるを得ないと判断したのは午前6時頃だった。県河川課に連絡し、<防災操作の手続き→河川課 部長 決裁>とメモ。30分後には、県が同8時半から緊急放流を行うことを発表した。

 <2h後、8時30分開始 早めの避難行動へ!>という記述も。

 だが、その後の予測で同7時頃には、ダムでためられる最高水位となる「洪水時最高水位」(283メートル)を超えないことが判明。<流入量大幅減 283m超えない>と書き留めた。

 同7時半頃に放流が1時間後に延期された。8時頃には雨脚が弱まり流量が減ると算出。8時45分頃に放流は見合わせとなり、10時半頃に中止が決まった。水位のピークは280・6メートルで緊急放流の目安まで10センチ。塚本所長は取材に「流域住民に不安を与えないため回避したい一心だった。本庁と協議し、ぎりぎりまで見極めた」と振り返った。

 熊本県は豪雨後、塚本所長が書き留めていたメモの存在を把握。緊迫した状況がわかり、歴史的に価値がある貴重な資料だと考え、4月1日付で「歴史公文書」に指定した。

 歴史公文書は災害などの教訓を生かそうと、知事が重要と判断した文書を指定する県の独自制度。所長メモは保存期間が30年で、その後、永久保存される仕組みとなっている。

 歴史公文書にはこれまでハンセン病や水俣病、熊本地震などのテーマが指定されていた。九州豪雨などが加わり16テーマとなったが、個人のメモが指定されるのは珍しいという。県は「時間ごとの状況や県の意思決定を図った瞬間などが記録されていて重要。今後の災害対応に生かすことができる」と説明している。

 ◆緊急放流=「異常洪水時防災操作」と呼ばれる操作で、ダムへの流入量とほぼ同量の水を放流する。2018年の西日本豪雨では6府県の8ダムで行われ、愛媛県を流れる肱(ひじ)川の野村、鹿野川両ダムの下流域で大規模な浸水被害が起きた。市房ダムは過去に3度行われた。

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