始まりの時は満ちて。

2011年1月23日 § コメントする

青い扉をくぐってまず古賀が見たのは、たくさんのスタッフだった。前にはパイプ椅子が並べられ、スーツ姿の男性が数人座っている。まだ数に余裕があるところを見ると、まだ人は来るのだろう。

長く黒いカーテンで囲まれたスタジオの中心を押金が見ると、3つの早押し台と1つの司会者台があった。3つの早押し台には、それぞれのチーム名が白く刻まれたプレートが置かれている。

清水がその台の背後を見ると、『All Japan High School Quiz Championship』という文字のブロックが吊るされていた。・・・これ、日野春の使い回しだな。彼は見るなりそう思った。そして、それぞれの台についた3チーム。正面向かって右が神奈川工業、左が東大寺学園、そして真ん中が川越高校である。

「それじゃ、マイクとボタンのチェックをします。東大寺から順番にボタンを押して、大きな声でチーム名を叫んで下さい。それじゃ、まず東大寺」

パン!

 

「東大寺学園!」

 

「はい、それじゃ川越」

パン!

「・・・せ~の、川越高校!」

 

「最後、神奈川工業」

パン!

「神奈川工業!」

 

「ハイ、ありがとう」

装置の試験が終わったところで、

「よろしくお願いしまーす!」

と、9人の前に再び福澤アナが姿を現した。手には何枚かのカードを持っている。あれに決勝問題が書かれているのだろう。彼は、パラパラとそれに目を通し、司会者台でトントンと揃え、そして口を開いた。

「それじゃあ、参りましょうか」

スタッフの動きが少し大きくなった。クイ中達も、来るべきときが来た、という表情で福澤アナを見た。

「じゃあね、照明は上からだから、顔はちょっと上目にしておいた方がいいね。1チームずつ紹介していきますから、ライトで照らされたときにはまっすぐ前を向いて。インタビューなんかをしていくけれども、そんなに深く考えずに、緊張を解くくらいのものと思ってもらえればいいからね。カタくならなくても、オンエアではほとんど使われないから。僕の言ってることすらほとんどカットされちゃうくらいだから」

彼は9人にそう言葉をかける。言われるように正面を向いた古賀は、暗いスタジオを見回した。

映す側-つまり視る側-から見たスタジオは立派だが、こうして映される側から見てみると結構殺風景で、遊びの空間も多いように感じられる。ただ、これが普通なのかそうでないのかまでは彼には判じかねた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「お願いしまーす!」

「お願いしまーす!」

「それでは本番参りまーす!5秒前、4、3、・・・」

「今世紀最後の夏を最高の夏に最高の夏にするのは一体どのチームでありましょうか?ライオンスペシャル全国高等学校クイズ選手権。3日間に渡って走り続けた特Q!FIRE号の旅。走行距離、およそ730キロ。駆け抜けた駅の数、163駅。50チームによって、しのぎを削りました。いよいよその、クライマックス、決勝戦を迎えようとしています。さあそれでは、日本一をかけて戦う3チームを紹介いたしましょう。まずは、神奈川県代表、神奈川工業高等学校!」

パチパチパチパチ!スタジオ内に拍手が響いた。

 

「私ですね、素直に言わせて頂くと、君達がここまで来るとは思っていませんでした」

「ハハハ!」

 

スタジオの全員に笑顔が浮かぶ。・・・正直に言わせてもらえれば、失礼ながら自分もそうだった。と、思っていたのは古賀である。4日前の機山館での開会式で

 

「天然ぽいね」

 

などという会話を押金と交わしたことを彼は思い出していた。よく思い出してみれば、クイ中達の両サイドに立っているチームは、両方ともあのとき彼らの話にのぼったチームである。感慨深いものがあった。

 

「ではお隣です。三重県代表、川越高等学校!」

 

パチパチパチ!クイ中達は、深く礼をした。

 

「埼玉の川越高校ではありません、ということをしっかりと言っておかなければいけませんねえ。いろんな人から、『埼玉の川越高校でしょ?』とか言われるの?」

「はい」

「かなり・・・」

「はあ、そういうときは何て答えるんですか?」

・・・しまった、そこは普通にノーマークだった。クイ中達はそう思った。なんだかんだ言いながらもイッパイイッパイで、インタビュー対策はしていなかったのである。

・・・くそっ、何か考えてくりゃよかった。そうは思ったものの、後悔先に立たずである。

 

「・・・『三重です』と」

「『三重県の、川越高校です』と」

・・・普通だ。どっちつかずは逆に救えないんだろうな。

「はあ。さて、三重県代表が決勝進出を果たしたのは・・・」

・・・初めて、とクイ中の誰もが思った。

「第2回大会の県立伊勢高校以来2度目です」

「・・・へえ、そうだったんや」

「てっきり初めてかと思っとった」

「俺も」

つぶやく3人。

 

「そのときの成績は第3位ですね。2位以上になれば、歴代の三重県代表としては最高の成績となります」

「ところで、川越高校は県下でも有数の進学校らしいですねえ」

「・・・そうなんですか?」

と、懲りずに古賀。半ば本音である。・・・進学校は進学校だが、『県下有数』と言われては素直に首を縦に振れない。だが、言った後で悔やんだ。万が一放送されたら、リアルに痛い。

 

「素晴らしい学校です」

 

見ていられず、清水はフォローに入った。・・・古賀ちゃん、無理をするな。

 

「さて、まずは古賀君。今回のクイズで一番印象深かったことは何ですか?」

「・・・そうですね、日野春で一抜け出来たことと、鯨波で一生分綱を引いたことですかね」

「そうですか。学校ではバドミントン部に所属しているんですか。スポーツマンなんですね~」

断崖の際を行く古賀に、さらに追い討ちがかかった。・・・なぜ、ここにきて部活の話題にいくんですか、福澤さん!?本気でそう思った。

 

「はい、まあ」

 

・・・部活関係を突っ込んでも、何も出てこないんですよ。申し込み用紙には『得意技・もののけ姫』だとか、もっと掘り出し甲斐のあるネタを書いておいたのに・・・。

 

「腕前としては、どんな塩梅なの?」

 

この質問は古賀にとってトドメに等しいものだった。クイズにかまけて部活や練習会をサボった高校生に、その実力を聞いてはならない。

 

「・・・ボチボチ、ってところですかね」

 

彼の心中を知ってか知らずか-おそらくは後者だろうが-、福澤アナは追撃の手を緩めなかった。

 

「ボチボチというと?」

「・・・え~と、1回戦負けです」

・・・十中八九、カットだな。

 

「はあ、なるほど。さて、お父様の一孝さんからのメッセージです」

 

神奈川工業へのメッセージは全てそれぞれの母親からのものだったので、古賀は苦笑しながら少し不思議に思った。男子は父親からなのか?などと無根拠なことも考えている中、福澤アナは続けた。

 

「『自分の目指す物が手の届くところまできたのだから、悔いのないよう全力で頑張って下さい』と、結構冷静におっしゃっていたそうです」

自分で予想していた以上に感謝して聞いていた古賀に、福澤アナはまだ続けた。

 

「続いて、お母様の典子さんからのメッセージです」

 

・・・合わせ技ですか・・・。これには古賀も意表を衝かれた。

 

「『驚きました。まさか決勝までいってしまうなんて。今は、優勝して欲しいのが半分、して欲しくないのが半分です』と、いうことです。これ、どういうことなんでしょうかねえ?」

「・・・どういうことなんでしょう?」

 

そうは言いながらも、古賀は思った。うちの母親、目立つことがあんまり好きじゃないからなあ。

 

「続いて清水君」

「はい」

「お母さんの貴美子さんからのメッセージです。『そうなんですか!?せっかくそこまで行くことができたのだから、悔いのないようにがんばりなさい』とのことです。お母さん結果とか知らなかったみたいですね。旅の途中に連絡取ったりしていなかったの?」

「ええ、あまり・・・」

「そっかあ、じゃあけっこうサッパリした関係なんだねえ」

「そうですねえ、わりと」

 

別に仲が悪いわけではないが、これといって連絡してもしょうがないだろう、と思っていた清水は、この旅の間、家とほとんど連絡を取っていなかったことに気がついた。

しかし家出をしているわけでもないし、所在は分かっているのだから問題はない、と彼は一人で結論を出していた。

 

「押金君、お母さんの節子さんからメッセージ頂戴しました」

 

押金も苦笑した。

 

「『えらいことになりました!本人も、何があるかわからないと言っていたのでビックリです。今、家族は大いに盛り上がっています!』」

・・・盛り上がるだろうなあ。なにせ言った本人が一番驚いているんだから。押金は思った。

 

「という川越高校、埼玉県じゃありません、といったところで頑張って下さいね」

「さて、最後は奈良県代表、東大寺学園高等学校!」

パチパチパチパチ!

 

「名門東大寺であります。もし優勝すれば、同一高での2度目の優勝という快挙ですよ」

同一校でニ度目の優勝。意外と言えば意外なのだが、これまで19回行われた大会で同じ学校が二度優勝したことはない、らしい。確かに、クイ研が図書室に入れてもらった高校生クイズ第1回から第15回までの本に載っている優勝校はすべて違っていた。本が発行されなくなったそれ以降の大会でも、連続地区代表はあった-クイ中達の乏しい記憶では今回の高知県代表もそうであった-にせよ、二度の優勝をした学校はない。

 

「ラーメンが好きで、近畿のおいしい店は大体食べ歩きました」

 

と言う室田君に対し、福澤アナは店の名前を尋ねてメモを取って笑いを誘った。

・・・それにしても、まさか、東大寺と決勝で戦うことになるとは。それはクイ中全員の思いだった。3人にとって、東大寺は、甲子園で言えばPL学園のような存在なのである。

この旅では、いつでも彼らの危なげのない戦いぶり-この点では、川越クイ中と本当に対照的である-を驚きの眼で見てきた。・・・だが、ここまで来たからには、無様な戦いはできない。これが3人の総意だった。

 

「ではルールを説明します。ルールは、問答無用の早押しクイズです。お手つき誤答はマイナス1ポイントです。10ポイント先取で優勝決定、今世紀最後の高校生クイズ、第20回記念大会のチャンピオンと輝くわけでありますねえ」

福澤アナがルールを説明した。恐らく、この第20回大会で一番説明が楽なクイズだろう。

 

「・・・ちょっと手の重ね方を変えてみやん?」

 

清水が口を開いた。

 

「どういう風に?」

「古賀ちゃんと僕は手の平じゃなくて、指をボタンに置くんさ。んで、おっしーはその上に手を重ねる。これでそれぞれの力がボタンに伝わりやすいやろ?」

「お、そやね」

「じゃあこれでいこうか」

 

3人は清水の提案通りに手を重ね、クイ研の団扇は腰の後ろのベルトに差し、そして、始まりの時は満ちた。

 

 

「・・・それでは、参りましょう!ライオンスペシャル第20回全国高等学校クイズ選手権、決勝戦!

 

戦いの扉の先。

2011年1月22日 § コメントする

古賀が日本テレビの扉をくぐって初めて思ったこと、それはやっぱり『マイスタ』のことだった。

彼は、あのスタジオはてっきり入り口すぐ側にあって、だから福澤さんや羽鳥さんはあんなに簡単に出入り出来ているのだと思っていた。

しかし、彼が建物に入ってすぐに目にしたのは、スタジオではなく2階に続く階段だった。よくよく考えれば普通はそうだよなあ、とやはり1人で納得しながら彼は他の8人と共に3人のスタッフに連れられて階段を昇り、2階へ。富田氏は、やはり手続きがあるのか受付けに行き、高校生たちはロビーのソファーで座って待つ。少し経つと呼ばれ、何やら書類にサインを求められた。

TV局に一般人が入るのは、こんなに面倒なことなんだなあと思いながら名前を書くクイ中達。その隣では、土居さんと矢野さんも同じ書類に名前を書いていた。

 

「あれ?2人もかかなきゃいけないんですか?」

 

「そうだよ。だって俺達バイトだもん」

 

「あ、そっか。でも、一応スタッフだから通してもらえるんじゃないんですか?」

 

「正社員じゃないからね」

 

「そういうもんなんすかー」

 

所定の欄を埋めて受付けの人に渡すと、なんだろう君のマークが入ったチケットのようなものを渡された。それには『1回入構許可証』と印刷されている。

 

「それを守衛さんに渡してゲートを通って」

 

と言われ、各々制服姿の守衛さんにゲートを開けてもらう。古賀は以前、TV局はテロなどによる乗っ取りの危険性を小さくするために、階段などの構造が複雑になっていたりセキュリティが厳しくなっていたりすると聞いたことがあったが、今その片鱗を身を持って味わった。

 

相変わらず重い荷物を担ぎながら、富田氏に従って歩く11人。

気象予報室と貼り紙された部屋や『ゴールデンタイム視聴率三冠王!』という社内ポスターなどの前を通り過ぎた先に、幾つかの椅子が並んだ広めのロビーがあった。そこでタバコを吸う人には、数人見覚えのある人が混じっている。

そして、その先には青く大きな両開きの扉。

 

「・・・このスタジオか」

 

誰ともなくつぶやいた。

 

「それじゃ、こっちに控え室があるから」

 

と、9人はその青い扉の横にある扉から、控え室に通された。

 

「お、いわゆる楽屋ですか?」

 

と古賀。

 

「あ、お菓子とジュースがある!」

 

との声も。確かに、テーブルの上を見ると菓子類盛り合わせとペットボトルが数本ある。お菓子はともかくとして、暑いので飲み物はクイ中達にとって嬉しいものだった。

 

 

「うわ!めっちゃ柔らかいやん!」

 

「何か、体操とかバレエとかやってたん?」

 

「いや、この子の趣味は柔軟体操だから」

 

「あ、そうなんすか」

 

楽屋では、神奈川工業の藤田さんがその柔軟性を披露していた。それに対抗して土居さんも挑戦してみるが、結果は、古賀に最高のシャッターチャンスを与えただけだった。

決勝戦は2時から行われると言われているが、まだ1時20分過ぎで時間は沢山ある。

東大寺、神奈川工業、そして川越の3チームは、決勝直前とは思えないほど和やかな雰囲気の中で待ち時間を過ごしていた。もっとピリピリしたムードを想像していた古賀にとってはそれが少し意外だった。

彼のイメージでは、こういうときにはそれぞれのチームが別の個所に固まって、話すときも小声で、というようになっていたのだ。だが、今の状況はそれとは全く逆であり、全員でテーブルを囲み、大声で談笑までしている。

彼にとってそれは嬉しかった。そして、もっと言ってしまえば、あえて決勝をやる必要はないんじゃないかとまで思い始めていた。しかし、その考えは振り切らなければならないとも自分でわかっている。ここまで来たら最後まではっきりとケリをつけなければ気がすまないのは、誰であろう自分自身なのだ。

決着をつけたい、つけたくない。両方ともが同じように自分の思いなのだと知っているからこそ、クイ中3号の頭の中は堂々巡りを繰り返していた。そして、それは1号と2号も一緒だった。

この時間が、クイズも何も関係のない、ただ楽しい旅の延長のような気がしてならないのである。振り払おうとしても、雲はなかなか晴れない。そんな小さな葛藤を、彼らが笑顔の下で繰り返していたとき、どこへ行っていたのかいなくなっていた富田プロデューサーが控え室に戻ってきた。

 

「どのチームが優勝すると思う?」

 

ふと、彼は3チームにそんな疑問をぶつける。

・・・この人は自分達に、決勝前から心理戦でもやらせようってのか?

と、古賀は思った。だが、サッカーや柔道などならともかく、クイズでは必勝の秘策などないのだから腹を探り合っても仕方ない。ならばMr.Tはどんな意図で質問をしたのだろう?そうは考えながらも、質問に対する答えは決めた。

一瞬だけ横に座るチームメイトの眼を見たが、2人の選ぶ答えもきっと同じだろう。

 

・・・

 

「なんで私らのとこにはどこも指ささないの?」

 

と、冗談ぽく言った神奈川工業の3人。その彼女達は東大寺を指し、東大寺は川越を指していた。

流れとしては、クイ中達は神奈川工業を指すべきだったろう。

しかし、彼女達には悪いと思ったが、ずっと憧れてきた東大寺学園を指さないわけにはいかなかった。

 

「やっぱり東大寺が本命かあ」

 

そこに演出の遠藤氏が、タバコを吸いながらやってきた。昨日までの高校生クイズのスタッフTシャツと違い、きちんとした襟付きのシャツを着ていた。

周りや控え室の外をよく見てみれば、ロゴ入りスタッフTシャツを着ていたのはバイトの土居さんと矢野さんくらいで、日テレ正社員-少なくとも正式な番組関係者-はほとんど全員が私服(?)姿である。不意にMr.Tが遠藤氏を見、彼を注意する

 

「高校生の前で煙草吸うってのはよくないんじゃないのか?」

 

「あ、そうですね」

 

と、遠藤氏は火を消した。そのやりとりを真横で見ていたクイ中達は思った。

・・・よく考えてみれば、この2人が会話しているところをまともに見たのはこれが初めてじゃないのか?

以外にない取り合わせだよな・・・。

 

聴き慣れた声に、部屋の9人はその目をドアの方に向けた。

 

「あ!」

 

「わ!」

 

「福澤さんだ!」

 

そこには高校生クイズ司会者、福澤朗アナウンサーが立っていたのである。9人にとっては、あの日野春駅以来3日ぶりの再会であった。

 

「あと10分くらいで本番です。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「第20回大会、優勝すれば新世紀の旅と研修費用ですか~」

 

そう言えば、優勝賞品は『新世紀の旅』っていう話だったなあ。忘れていたわけではないが、古賀はあらためて思い出した。

・・・ん?

研修費用?

 

「え?優勝って、旅行だけじゃないんですか?」

 

「ん~、まあそれは最後のお楽しみですかね」

・・・毎回、賞品は旅行だということはなんとなく知っていた。研修費用も毎回のことなのだろうか?だとしたら、今のでいつも番組を見てないのがバレバレだな。クイ中歴2、3ヶ月の3号はそう思った。

 

「それじゃもうすぐ本番ですけど、リラックスしていきましょう。では、よろしくお願いします」

 

「お願いしまーす!」

 

 

古賀は2度目のトイレに立った。毎度毎度のこととなってしまったが、本番中にトイレに行きたくなって集中出来ないより何倍もマシである。もうすぐスタジオ入りだった。

やっぱりトイレに行きたくなるのは緊張しているからなのだろう。

…決勝はどんなものになるのだろうか?

トイレを出、彼は歩きながら考えた。日野春で1抜け、鯨波で最後から2抜け、原地区で1抜け、そして土合でギリギリの4位抜け。

FIRE号を降りて行われてきたクイズを、自分達はやたらと浮沈の激しい順位で通過してきた。

・・・だが、この折れ線グラフから考えれば、・・・もしかしたら決勝は・・・。

・・・いや、やめよう。むやみに希望を抱いても、ロクなことはない。首を振ってあらぬ考えを捨て、彼は控え室に戻った。そして間もなく、9人はついにスタジオ入りとなった。

クイ中達はクイ研の赤団扇を握り締めて控え室を出る。9人は、この夏最後の扉をくぐった。

 

戦いの扉の先がどんなものか、その予想がつかないのは毎度のことであり、クイ中達が出来るただ一つのことも、今までと大して変わらなかった。ベストを誓う、それだけである。

 

 

日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

2011年1月22日 § コメントする

「土居さん、何やってたんですか?」

 

「眉毛書いてた」

 

「この太い眉毛が繋がってたの」

 

「え?それでもう消しちゃったんですか?なんや、見たかったのに。…あ、そう言えば、市村さんら土居さんの昔の写真見てないよね?」

 

「見てないけど」

 

「おっしー!あの土居さんが写ってる大会の本っておっしーのカバンやんね?」

指定の時間に遅れることなく全員が集合したホテル機山館のロビー。古賀は、ソファーに座って先程の本を読んでいた押金に土居さんの写真入り本の所在を聞き、神奈川工業チームに見せた。

 

「何これー!」

 

「若ーい!!」

予想に違わず、大ウケであった。昨晩と同じく富田氏待ちの一行。その時間を有効に使うべく、クイ中達は高校生クイズ指南書を開いた。ふと古賀が横を見ると、神奈川も東大寺も同じ本を開いている。

 

「やっぱりみんな使ってたんやねえ」

 

確かに、この本にはかなりの良問が揃っている。3チーム全てが持っていたと知っても、さしたる驚きはなかった。ナンヤカンヤとやっていると、Mr.T登場。昨晩一行が夕食を食べたレストランで昼食をとることになった。

 

 

「よーし、何でも好きなもの頼めよー」

 

と、妙に太っ腹な富田氏。メニューを見てみる。悲しいかな、ホテルにくっついたレストランゆえに、ファミレスほどの品揃えはない。

何と言うか、ピンからキリまで、と言うより、ピンかキリしかないような感じである。

学生身分としてはカレーライスあたりが無難だろう。が、昨日の昼も、そして今日の朝までもカレーだった。クイ中達は悩んだ。しかし、それほど長くはなかった。せっかくあのMr.Tが『何でも頼め』と言ったのだ。気が変わらないうちにその言葉に甘えてしまおうではないか。

 

「じゃ、ビフテキですかね」

 

「俺も」

 

「僕もそうするわ」

 

…ビーフステーキ。この旅で一番豪華な昼食である。

 

「そっちは何にするん?」

 

押金は、隣のテーブルに座る東大寺メンバーに尋ねた。

 

「ビフテキ」

 

「僕もビフテキ」

 

「僕はうな重」

 

「あ、うな重にしたんか」

 

「決まったかー?」

 

「あ、ハイ」

 

「じゃあ、頼んで」

 

「はい。…すいませーん!」

やってきたウェイターに注文を告げる。ふと清水は富田さんらが何を頼むのかが気になり、スタッフ3人が座るテーブルに注意を向けてみた。

 

「じゃ、カレー」

 

富田氏はカレーを注文。清水は、その直後の土居さんの微かだが鮮明に現れたリアクションを見逃さなかった。

 

「…えっと、じゃ、僕もカレーで」

 

うな重あたりでも注文したかったのだろうか?

だが、上司-一応そういうことになるのだろう-よりも高い物はさすがにオーダーできなかったのだろう。

彼の心境を思いやると、清水は笑えてきた。

 

 

「それじゃ行こうか」

 

昼食を終えた一行は、それぞれの荷物を持って機山館を出た。相変わらず、東京は車通りの多い街である。

その往来に向けて、富田氏が手を挙げた。日テレまでのタクシーを拾うらしい。

てっきり地下鉄-降りるのは当然あのズームインのバックの駅-か昨日のようなロケバスで行くのかと思っていた古賀にとっては少し意外だった。まあ、わざわざ車を用意されるほど偉い身分ではないことは自分でわかっていたのだが。

最初に止まった一台にはクイ中達と矢野さんが乗り込むことになった。

トランクに大荷物を入れ、後部座席に座った3人。後ろを振り向くと、自分達に続くタクシーが止まっているのが見える。

 

「麹町の日テレまで」

 

矢野さんがそう言うと、車は走り出した。車窓に広がるのは、大都市東京を象徴する高い建物と行き交う車ばかり。ふと、清水は気になることがあったので矢野さんに尋ねた。

 

「矢野さん、以前やったクイズに『トン女といえば東京女子大、ではポン女といったら?-日本女子大』みたいなのがあったんですが、本当にそうやって呼ぶんですか?」

 

「あーそうやねえ、呼ぶねえ」

 

「へエー、つまらない質問しちゃってごめんなさい」

 

「いやいいよ」

 

知識と実際の事実がつながったときというのは、なんともいえない満足感があるものである。そんなとりとめもない会話をしつつ、決戦の場へとタクシーは近づいていった。

 

 

「あ、あのガラスの向こうってマイスタ(記録班注:正式名称はMyスタジオ。ズームイン朝及びズームインサタデーが放送されている、ガラス張りのあのスタジオである。たまに、ピースをする通行人や道向こうのビルの掃除のおじさんが映ったりする懐の広いスタジオでもある)っちゃう?あの地下鉄の駅もある!うわっ、ホンマに日テレや!」

 

クイ中、特に3号は大ハシャギ。川越の乗った先頭タクシーに続き、後の車も日テレ前に止まった。

 

「・・・あれ?」

 

どこかで見覚えのある顔がいくつか、そこの玄関前にあった。

 

「・・・船橋の人?」

 

「群馬高専?」

 

数えれば4、5人。近隣の県の出場者達が、決勝間近に応援に来ていたのだ。やはり関東地区なのか、彼らは神奈川工業の3人と馴染みが深いらしい。

タクシーから全員が降り、荷物も降ろしていると、矢野さんが見覚えのないダンボールを持っている。

 

「それ何ですか?」

 

清水が尋ねると、

 

「高校生が旅館に置いていった忘れ物だよ」

 

とのこと。見ると、各学校ごとに袋に入れてあり、学校名もきちんと書かれている。

 

「これどうするんですか?」

 

「どうしようねえ、とりに来てもらおかなあ」

袋をあさりながら矢野さんは言った。ふと『沖縄尚学』と書かれたやつが二人同時に目に留まった。

 

「ちょっとそれは無理だね」

 

笑いながらそう言うと、矢野さんは日テレへ入っていった。そうこうしているうちに、加治木高校の3人とは本当の別れがやってきた。

彼らは先程の『あの地下鉄の駅』、正確には営団地下鉄の麹町駅から東京駅に向かい、そこから鹿児島へ帰るらしい。

 

「それじゃ、頑張って!」

 

そう言い残すと、薩摩っ子3人は駅の階段を下っていった。

 

何かしらの手続きがあるのか、3チームは少し外で待たされる。その時間を活用して、古賀は様々な番組で登場する日テレ玄関や、駐車場のなんだろう君マーク、そして『あの駅』をキチンと撮影。

毎朝福澤さんが挨拶をしている場所に今立っているのだと考えると、不思議な感じもした。玄関前の大きな柱に貼られている大きなポスターを見ると、毎年恒例となっている24時間TVの宣伝がされている。

・・・8月19日から20日か。もう今度の週末だな。

24時間TVには夏休みの終わりを告げるイメージがあり、古賀としてはサライを聴くと感動ではない涙がこぼれそうになる。

と、彼が埒もないことを考えていると、3チームが呼ばれた。

 

日は既に天頂に達し、ゆっくりと、しかし確実に最後の戦いの時は近付いてきている。

9人は長かった旅の本当の終着点にたどり着き、そして足を踏み入れた。日本テレビ、旅の果ての決戦の地へ。

 

クイ中達のTOKYO。

2011年1月22日 § コメントする

「今って少し時間あります?」

 

「うん、1時間ぐらいあるよ」

 

「じゃあちょっと外歩いてきていいですか?」

 

「いいよー」

 

「それじゃ、荷物お願いします」

 

「はいはい」

ロビーに座っている土居さんと矢野さんに荷物を任せ、クイ中達は日テレに行くまでの待ち時間にホテル付近を歩いてみることにした。

 

 

「あのさー、太栄館にお土産買いに行きたいんやけどさ」

 

と、押金。聞くと、いい品があったのだが、荷物制限の煽りを食って買えず終いだったらしい。

 

「ええよー」

 

「行きましょかー」

 

特にどこを回りたかったという希望があったわけでもないので、コンビニで古賀がカメラを購入した後で、あの旅館を再び訪れることにした。

 

 

「ども。こないだの日曜に、ここにお世話になったんですけどね」

 

「あ、クイズの?」

 

「ハイ。今日が決勝なもんで」

 

「へえ、すごいねえ。応援してますよ」

 

「ありがとうございます。ところで、土産買うだけって出来ますか?」

 

「もちろん出来ますよ」

 

「それじゃ、これ下さい」

 

2号は目的の置物を購入。それ以上留まる理由はなかったので、玄関を出る。

 

「・・・石川啄木ねえ」

 

左手を見ると、なにやら石碑があり、そこにはこの旅館と石川啄木とに関わる何やらかが刻まれていた。

 

「へえ」

 

わかったようなわからなかったような文を読み終え、クイ中達は太栄館を後にして大通りへと戻る道を歩き始めた。

 

「・・・ホント、東京って感じがせんよね。普通の街っぽいよ。あの公園なんか特に」

 

「あ、あの公園よくない?ちょっと寄ってかん?」

 

「ええよ」

 

「・・・あ~、この前後に揺れる馬なんていいよね」

 

「ほんまや~」

 

「あ、おっしー、かっちゃん、その絵いいわ。写真とるでなにかポーズとって」

 

「んじゃ、決勝前に何か作戦を立てているような雰囲気で」

 

「ちょっと手もつけたりなんかして」

 

「あ、いいねいいね」

パシャッ!

「・・・オッケー!」

 

「いいの撮れたね」

 

「撮れましたねえ」

 

「今度はあっちのブランコ撮りましょ」

 

「いいですねえ」

 

「あ、古賀ちゃん、今度は僕が撮るわ」

 

「あ、サンキュー」

 

 

 

「初日にここに来るときに降りた駅があったやん?そこの側に本屋があったんやけどさ、そこ行ってみやん?」

 

「うん、ええよ」

 

「行こか」

 

国立東京大学の赤門を左手に見ながら、アロハ姿で学生の町を歩くクイ中達。

 

「こう言っちゃなんだけど、遊べる街ではないよね」

 

「そやねえ。でもしょうがないでしょ。すぐそこが東大なんだから」

 

「ですかね。そういや、うちら日曜日にここに来たときどっちから来たっけ?」

 

大きな交差点に差し掛かり、古賀はふと疑問を口にした。

 

「こっちっちゃう?」

 

と、押金が指差した。

 

「あ~、何かそんな気がしてきた。それじゃ、本屋はあの横断歩道を渡った向こうやね」

 

道の真ん中は、地下鉄か下水道の埋め込み-この種の工事はなかなか終わらないものである-でもやっているのか工事中で、TOKYOという街の常と言うべきなのだろうか、車通りは順調とは言えない。

 

「・・・あれ?矢野さん?」

 

と、清水が口にした。他の2人も彼の視線の先に注意を向けてみる。

 

「…あ、ホンマや」

 

「どうしたんやろ?」

 

そのとき信号が青になり、待たされていた通行人が歩き出した。

 

「ども」

 

「ちょっとあっちの本屋に行ってきますわ」

 

「はいはい」

 

 

 

「あ!パーネル・ホールや!」

 

「それっておっしーがずっと探しとった本?」

 

「そうそう。特にこの『犯人にされたくない』はどこ探してもなかったんやって。さすが東京やわ。品揃えが違う」

 

「へえ。あ、こっちはアガサ・クリスティーっちゃう?」

 

「そうなんさ。どれ買おうかなあと思ってさ~」

 

目的地の本屋に到着し、予想以上の品揃えのよさに感動したクイ中達。特に、押金は長い間探し続けていた本が簡単に見つかり、次の悩みはその中からどれを買うのかという点に移っていた。結局、彼はホールの『犯人にされたくない』とクリスティーの『オリエント急行の殺人』を選んでレジに向かった。古賀もトム・クランシーの本を探してみたが、ほとんど読んだことのあるもので、買う気は起こらない。

 

「かっちゃん、何見とるん?」

 

「いや、雑学の本あるかな~と思って。結構いろいろあるで」

 

「ホンマや。東京は違うねえ。うちの近くの本屋は大したことないもん」

 

2号も会計を済ませ、クイ中達は雑学本を棚から取り出しては戻し、取り出しては戻して、少しでも自分達の知識になるような情報を探した。

 

「あ、これいいね」

 

清水が手に取ったのは漢字の本だった。

 

「あ、ええな。自称漢字担当としては惹かれるね」

 

と、古賀。

 

「じゃあ、古賀ちゃんこれ買う?」

 

「おう」

 

3号は『なるほど、ナットク超[漢字王]』を受け取った。幸い-と言うべきか言わないべきか-この旅ではまとまった額の金を使う必要がなかったので、財布にはかなり余裕があった。

 

「じゃ、俺はこれ」

 

と、押金は『辞書にはない《言葉と漢字》3000』を選んだ。

 

「僕はどれにしようかな~?・・・これかな?」

 

清水の眼に留まったのは、『雑学の宝庫・日本の常識2000問』なる本。

 

「お!?これはいいんとちゃう?」

 

「どれどれ?・・・あ、なかなかちゃう?」

 

「やね。これにしよ」

 

 

 

足も時間もなく、堪能できたとは言えないが、それでもクイ中達のTOKYO観光は、なかなかどうして楽しいものだった。恐らく、これが東京で過ごせる最後の自由時間だろう。

そうわかっていたから、尚更だったのかもしれない。

 

 

 

8月17日、始まりの朝、最後の朝。

2011年1月22日 § コメントする

ピリリリ!ピリリリ!ブグウィ~ン!

 

8月17日、午前7時。押金と清水は携帯電話から発せられる大音量アラーム、そして振動が台に響く騒音で眼を醒ました。それにしても、猛烈な音である。そう言えば、昨晩古賀ちゃんがアラームをセットするとつぶやいていたっけな。

そんなことを思い出しながら、2人はうなる携帯電話の一番近くに寝ている彼を見た。

 

・・・・・・こいつ、起きる気配がない。
その彼に一日の始まりを告げたのは、いきなり身に降りかかった衝撃であった。

 

「・・・・・・」

 

・・・ドスッ!

 

「!?う、おわっ!?・・・かっちゃんか、何してくれるん!?」

 

「何してくれるんはないやろー。自分で携帯のアラームかけときながら、人は起こしといて自分はずっと寝とるんかー!?」
「あ、そういや、かけてたね。あれ?アラーム鳴らんかったん?」
「だから鳴ったゆーとるやろー!古賀ちゃんが起きなかっただけやー」
「そうやでー!俺ら2人だけが起こされて、なあ?」
「なあー?」
「うっそっさー!んじゃ、何で俺はこんなに近くで気付かんと寝とったん!?」
「知るかー!」

身支度を適当に整え、地階の食堂-と言うべきか、宴会場と言うべきか-に向かったクイ中達。既に、東大寺チーム、加治木チーム、そして土居さんと矢野さんはテーブルに着いていた。

朝食はバイキング形式で、古賀には嬉しい食べ放題である。朝だと言うのに何故かカレー入りの胴長鍋が置かれていて、清水と押金はそれをとることにした。おいしそうだったので、1皿目を平らげた古賀も試して見ることに。

・・・少し、いや、結構カラい。

「それじゃ、10時までにチェックアウトだから、それまでに荷物をまとめてロビーに下りてきてね」

と、土居さん。それ以外は特に連絡もなく、クイ中達は、神奈川工業チームと入れ替わりに部屋に戻って行った。

『映すんじゃねーよー!!』

『触んなよー!』

『自分達だけで帰れただろー?!』

「・・・こいつら、非常識にも程があるんじゃねえのか?」
「ほんまやわ」

NTV朝のワイドショー、ルックLOOKこんにちは。どこかで豪雨があり、川の中州に取り残された若者達が、自分達を救った救助隊やその模様を取材していたマスコミに食ってかかる姿が放送されていた。

 

「あんなやつら助けなくてもいいって」
「ほんま、救助隊の人が命懸けて助けたってのになあ」
「こんなやで、『世の17歳は』なんて言われるんやわ」
「そうそう」

クイ中、朝から現代日本に文句のつけ通しである。
しばらくTVを見ながらだらだらとした後、3人はようやくチェックアウトに向けて身支度に取り掛かり始めた。荷物をまとめ、忘れ物がないかを確認。

アロハシャツに袖を通し、ジーパンに足を通す。

 

「ティッシュない?」

 

洗面所から呼び声。主は1号であった。

「どうしたん、かっちゃん?」
「ヒゲ剃っとったら切った」
「あ、やっちゃった?・・・ええと、あった。ほれ」
「サンキュ。・・・なんかこれ、血ぃ止まらんのやけど・・・」
「万が一、横滑りしちゃったんやね。マキロン使うか?」
「いや、いいや」

なんとか血も止まり、清水も赤いシャツを着る。そして新しい靴下を履き、3人は-勝負パンツを履いた約1名は特に-、この旅ですっかり馴染んでしまった格好に。

替えの服がそれなりの数入った自分達の荷物も手の内に戻ったが、ここまで来てその服に替えたところで一体何の得があろう?今日が最後の日である。

3人はもう少し、あと1日、このアロハには付き合ってもらうことにした。
8月17日、全国大会最終日。昨日までは、明日も、1時間後ですらも何が起こるかわからない旅だったが、今日は違う。

今日行われるのはただ一つ、最後の戦い。そして、もう明日はない。

 

 

この朝は、始まりの朝であり、最後の朝でもあった。

決勝前夜、クイ中達の一番長い夜。

2011年1月22日 § コメントする

 

そこには見慣れた荷物があった。機山館地階。そこの広間にはこの期間中ずっと高校生達の荷物が置かれていたらしい。

 

「ひっさしぶりやなあ」

 

「ほんまやあ」

妙な感動である。

「これってさ、あのジュラルミンじゃない?」

古賀が気付いた。

「あ、ほんまや!やっぱりでかいなあ」

他、数個の見慣れたカバンが置かれていた。全てのチームが、ここでカバンを返し、各自の荷物を持って帰路についていったのだろう。

・・・それにしても、こんなに重かったか?

三重からの荷物を肩にかけ、そんなことを思いながら、今度は上階の部屋に向かった。

 

 

「それじゃ、7時に下の食堂で」

 

「ハイ、わかりました」

部屋の扉を開け、明かりを点けた。

「おー!」

 

「こーれはすごいねえ」

 

「リッチやなー」

 

確か東大寺と神奈川工業は2度目のはずだが、クイ中達には初めての機山館宿泊である。

「すげー、風呂にトイレ付きだよ」

「すーげー」

よくわからないが、半分ヤケッパチである。

「バスタオル付きやで。太栄館じゃバスタオルも荷物送りにして大変やったのにねえ」

 

「こっち泊まりはラッキーだったんやねえ」

「ほんまやわ。とりあえず着替えよ。やっと持ってきた服が着れるわ」

「あ、古賀ちゃん、あのコンセントのヤツ貸して」

清水は団扇を机の上に置き、古賀に尋ねた。

「ん。ええと、なぜか旅のカバンの中に入れて持ってってたんだよね。・・・あった。ホイ」

「サンキュー。やっぱりコンセントの数は少ないわ」

「そやね。充電用に持ってきてよかった」

清水と古賀は二股になったコンセントにそれぞれの電話充電器のプラグを差し込んだ。

「ちょっと電話しよう」

と、古賀は充電をする前に携帯のメモリーを呼び出した。今日九州から自宅に帰ってくるはずだが、この時間には戻れているか微妙だったので父親の携帯番号を選んだ。

「頂きまーす」

7時の集合時間にクイ中達がやってきたときには、東大寺、神奈川工業、加治木、そして土居さんと矢野さんの11人は既に席に着いていた。おかずは刺身とトンカツと、サラダと味噌汁、御飯はオカワリ自由と、大喰らいには嬉しいメニュー。

ここでも市村さんと土居さんの爆笑トークが炸裂し、楽しい食事となった。そんな中で、土居さんの素性が明らかとなる。

「え、役者さんなんですか?」

驚きの古賀。

 

「そうそう」

「どんな役をやってたんですか?」

「『葵・徳川三代』ってやってるでしょ。その関ヶ原の合戦のときの兵隊」

「切られ役とか?」

「そうそう。3回くらい死んだかな」

「3回?」

「別の役で何回もでたからねえ。足軽から、結構上位の侍まで」

「他には?」

「オカマとか」

 

一同大爆笑。

「似合いそー!」

と市村さんも大ウケ。

「有名な人とも一緒に出てたんですか?」

「うん、そうだね」

「一緒にやってみて、『実は性格悪かったんだ』って人とかいますか?」

「・・・うーん、それは言っちゃうとアレだからなあ。でもね、いい人もいっぱいいるから。羽鳥さんなんかもすごくいい人だったよ」

「そうそう。実は原地区で涙ぐんだりしていたからね」

と、土居さんの言葉に矢野さんも賛同した。

「でも羽鳥さん、ホントにいい人そうだったよね。一緒にいた時間が長かったからか、すごく身近に感じたし」

「そうやね」

全員が、この旅の一場面一場面を思い出していた。

「土居さん、今は何をしてるんですか?」

「あ、台本見る?」

「え?あるんですか?見ます見ます!」

土居さんはカバンから本を一枚取り出し、古賀に手渡した。

「・・・『恋愛恐怖症』・・・。・・・この、『別の男』ってのが土居さんですか?」

「そうそう」

「この、『男』が主人公ですよね?・・・この主人公の台詞、『・・・・・・』ばっかりですねえ。『別の男』の方がしゃべりは多いですね」

「見せて見せて」

「はいはい」

台本が各テーブルを回る。そして、土居さんの台本暗記度チェックなどで盛り上がった後、夕食はお開きとなった。

「何年生?」

先程約束をした集合写真を撮り終えて、清水は加治木のメンバーに、少しばかりの疑問をぶつけてみる。

「2年生ですけど…」

「え?タメじゃん!」

「え?マジすか-!?ずっと3年生だと思ってた-!」

「え!そうだったん!?」

 

先程清水が測りかねた疑問は、ここに解決された。

「それじゃ、川越と東大寺と神奈川は、明日のための勉強会をやるから9時になったらまたロビーに集合ね」

「はい」

・・・そう返事はしたものの、一体勉強会とは何か、それはわからなかった。

「うちの父さんエライこと言ってくれた」

「ん?どうしたん、おっしー?」

自宅に電話をしに行き、戻るなりグチを漏らした押金に古賀が尋ねた。

 

「それがさ、うちに日テレから電話がかかってきたらしいんさ。スタッフが俺のこと聞いたみたいなんよ。そんときうちの父さんが俺のことを阪神ファンって言ったんさ。俺はアンチ巨人だけど阪神じゃなくて横浜ファンなんやって」

「そうやったねえ。てか、自宅に電話なんてかかってきたんだ。うちの父さんはそんなこと言ってなかったな。リーダーのとこだけなんかな?」

「わからん。でもどうすんの?もし放送で嘘流れたら?」

「まあ、大丈夫じゃない?そんなに気になるのなら、富田さんにでも言えばいいんやし」

「そやな~」

流れから一番端の-いわゆるエクストラの-ベッドとなった古賀は、旅のカバンから自分のカバンへと荷物を移し終えて寝そべった。彼は一番初めにシャワーを済ませており、今は2番目の清水が浴室を使っている。

「明日はどうなるんやろね?」

ふと、荷物を整理していた押金に言葉をかけた。

 

「どうなるんやろねえ?」

「神奈川は3年生だよね。東大寺も3年やったっけ?」

「ん、そやで」

「東大寺、強いやろね」

「そうやろねえ」

「ん?東大寺がどうしたって?」

 

不意に浴室の扉が開いて、パンツ一丁の清水が出て来た。

 

「おわ!びっくりした。・・・いやね、東大寺は強いやろなあってね」

「やろ?やろ?大方の予想はそうなのよ。そ、こ、で、最低だったはずの僕らがどこまで喰らいつけるかってことなんだよね。僕らがどれだけ自分達らしく戦えるか?クイ研や、中部の仲間に恥ずかしくない戦いができるか?これが大事なんやで」

「そやな」

「そうやね」

「ちょっとこのパンツ見てくれん?」

「・・・それ、そのパンツ替えないの?」

風呂あがり、半裸の清水が身に着けていたのは、旅と変わらない赤の勝負パンツだった。

「こうなったら最後まで履いていくよ」

と、彼は髪を乾かすために再び浴室に入っていった。

勉強会』の集合時間である九時前。今度は遅刻にならないよう、クイ中達は割と早めに部屋を出た。地階の会議室でやると思い、必要かどうかはわからなかったが筆箱も持参することにする。

エレベーターでひとまずロビーへ。

チン♪

と扉が開くと、ロビーには既に8人が集まっていた。

時計を見ると大体8時45分くらいである。富田プロデューサーも来るらしいのだが、まだその姿は見当たらない。脇に新聞を見つけた古賀は、手にとってざっと眼を通してみる。

 

「あのさ、どこぞで潜水艦が沈没したとか言ってるけど、今世の中はどうなってるん?」

「さあ、どうなってるんやろ?」

 

2日や3日ニュースや新聞を見てないだけでも相当のブランクを感じることは、それだけ世の中の動きが激しいのを意味しているのだろう。忙しい時代である。お盆も夏休みも関係はないらしい。

「え?土居さん、13回で決勝まで行ったんですか!?」

「うん、行ったよ。3位だったけどね」

「よし、13回なら本持ってきてたやんね?」

「うん、あるよ」

「あとで見ましょか?」

「え?あの本持ってきてるの?」

「ハイ、図書室に入れてもらってたんですよ」

「すごいなー」

「・・・ところで、Mr.Tはまだ来ないんですか?」

Mr.Tとの呼び名は、先の話題に出ていたTプロデューサーの名を踏んでのことである。

「Mr.Tねえ。もうそろそろ来るはずなんだけどなあ」

「登場のときにダースベイダーのテーマとかかかるんですかね?」

「あ、俺の携帯の着メロに入ってるよ。うまくかけてみよか?」

と土居さんは携帯を取り出し、ボタンをいじりだした。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

一同爆笑。

「いいっすねー、それ!」

「富田さん、どうリアクションとるやろ?」

 

期待は高まる。

「あ、来ましたよ」

「あ、やべ」

入り口からフロント前を通り、富田さんがやって来た。即座に土居さんの携帯がなる予定だったが、タイミングを合わせ損なう。

「おう、悪い悪い」

と数分の遅刻を謝る富田氏の後ろで、ついに計画は決行された。

・・・チャーチャーチャチャーズンチャチャーズンチャチャー♪

「それじゃ、時間がないから早く始めようか」

富田氏は背後の音に気づかなかったのか、普通の着信だと思ったのか、それとも無視しているのか、ノーリアクションでエレベーター前まで歩いていく。それはそれで、一同の笑いを誘った。

説明を受けると、勉強会とは、スタッフ1人が1チームに付いて30分程の限られた時間で出来るだけの問題を読み上げ、高校生はそれにひたすら答えるという形式らしい。

川越クイ中には土居さんが、神奈川工業には矢野さんが、そして東大寺には富田氏が付くことになった。

「男3人で申し訳ないですねえ」

「いやいや」

「あ、例の本見ます?」

「見る見る」

「ええと、愛媛、愛媛・・・、あった!・・・『リーダーの土居君は、父親譲りの電撃アイズ。』・・・ハハハハ!」

「見して見して。・・・ハッハッハッハ!」

「電撃アイズ!か~。そんなこと書いてあったなあ」

「それにしても、土居さん若いねえ」

「ほんまや~」

そして、クイ中達は本を置いて、それぞれのベッドに腰掛けた。

「それじゃ、3人の早言いでやっていこうか」

「ハイ」

「古賀ちゃん、おっしー、書くものある?」

「あるで」

「正解数と間違いの数とを書いてかん?」

「おう。そうやね」

 

土居さんは椅子に座り、体制は整った。

「『エデンの東』を書いたアメリカの作家は?」

「・・・ちょっと待って、2人とも待ってよ。ええとね、これはやったぞー!」

清水が押金と古賀を制した。今までに2、3回程やっている問題である。・・・くそ、いつになってもカタカナは憶えづらい。

「かっちゃん、答えていい?」

清水には申し訳ないと思ったが、あまり後に引かせるわけにもいかず、古賀は尋ねた。

「しゃーない。ええよ」

「スタインベック」

「正解」

「フルトンがハドソン川で走らせた世界で初めての蒸気船は何号?」

「あー、これ調べた!今日がその日なんだよ」

まさかこんなところで出てくるとは・・・。古賀は、1週間ほど前に何気なく本屋で立ち読みした記憶を蘇らせようとした。そのとき読んだ本は『今日は何の日』。

なんとなく、このクイズの期間は何の日に当たるかを調べたのである。一番印象に残っていたのが、8月16日の、世界初の蒸気船航行のくだりであった。

「ちょっと待って下さいね。携帯のメモリーに入れてあるから・・・。・・・あった!・・・クラーモント号」

「正解」

「駆け込み寺として有名な、鎌倉にあるお寺は?」

「南禅寺!」

と清水。

「違います」

と土居さん。

 

「やっぱし!似たような問題が2つあったんだよね。もう1つ、何やったかな~?」

「正解は東慶寺」

「ああ~そうや!」

「灰の汁と書いてアク。では、墨の汁と書いて何と読む?」

「ボクジュウ!」

「正解」

「小さい『や』、『ゆ』、『よ』は、拗音。では、小さい『つ』は何?」

「・・・促音!」

「正解」

「・・・キョーオン?」

「よ・う・お・ん」

「・・・へえ、知ってた?」

「いや、知らんかった」

「ヨウオンねえ」

「ところでさ、この『促音』って、いっつも『撥音』と間違えてまうんだよね」

「僕も」

「なんでやろ?」

「石川五右衛門が『絶景かな』と言ったことでもしられる・・・これがさっきの」

南禅寺ですね」

「その通り」

「『めぐり逢いて、見しやそれともわかぬまに』さて、このあと雲に隠れてしまったのは何?」

・・・雲隠れにし・・・

「夜半の月!」

古賀、この旅始まって以来始めて出題された百人一首問題に張り切って答えた。

「正解。月、夜半の月、どちらでも構わないですね」

この歌は、昨年末の川越高校クラスマッチ、百人一首部門に友人と3人で出場したときの彼が憶えた守備範囲33首のうち1つだった。

「体内に入り込んだ異物を攻撃するのは抗体。では、それに対して体内に入り込んだ異物を何と言う?」

「抗原」

 

押金が答えた。

「あー。そやったそやった」

「労働省が定めるフリーターの定義、下は15歳、では上は何歳まで?」

「・・・25!」

「違う」

「28!」

「まだ」

「30?」

「あ~、惜しいねえ」

「35?」

「行き過ぎた」

「32!」

「違う」

「34?」

「あ、正解」

「へえ~、結構上までいっとるんやねぇ」

「それじゃ、ここらへんで時間だね。すぐ寝るの?まあ無理だろうね」

「ハイ。もう少し勉強しようかなと」

「そうか。それじゃ頑張ってね」

「はい、ありがとうございました」

数十の問題をダッシュで解いた、30分ほどの勉強会が終わり、土居さんはクイ中達の部屋を出て行った。

 

「・・・ちょっと力が足りやんね」

と、古賀はつぶやいた。

「そやね。古賀ちゃんの成績はどうやった?」

と清水。

 

「正解数は結構あるけど、間違いもかなりある。俺らしいっちゃ俺らしいんやけどね」

「やね。このままじゃちょっと東大寺にはかなわんと思うんよ。きちんと役割分担をしていこうに」

「どういう風に?」

と押金。

「例えば『十中八九』『三三九度』『五十歩百歩』って読まれたとする。こういう問題は、計算に転ぶ可能性もあれば、普通の問題になる可能性もある。そんなときに、僕は頭を計算に持っていくから、古賀ちゃんとおっしーは文系に持っていく。文系でも、古賀ちゃんは正面から純粋に考えて、おっしーは辞書順とかアルファベット順で考えるってな風に」

「なるほど」

「あとはもう攻めるしかないね。神さんもそう言ってたやろ?」

「『攻めろ』か」

「よし、今夜は猛練習やで。明日に備えて頭をクイズモードにしよに」

「よっしゃ」

「そやね」

「ちょっとお茶でも飲もうかな」

 

と、古賀はポットを手に洗面所に向かった。水を入れ、机に戻りコンセントを差し込む。

「それじゃ始めよか。いい?ここで読ませ押しのタイミングなんかの確認をするんやで?」

「OK」

まずは清水が、数ある持参本の中から『高校生クイズ最強の指南書』を手にし、先程は土居さんが座っていた椅子に座った。・・・以前クイズの研究をしているときに、ある本に出会ったことがある。『クイズは創造力』。筆者の長戸勇人さん(記録班注:第14回ウルトラクイズであの永田さんと戦って優勝を収めたクイズ王。彼の理論は、清水を始めとしてクイ中達に大きな影響を与えている)はこう書いていた。・・・『クイズの実力は、やった問題の数に比例する。』

「それじゃ、交代しよか」

「おう」

 

古賀は押金から指南書を受け取り、椅子に座った。数問問題を読み終わり、ふと横を見たとき、彼は重大なことに気がついた。

「あ!漏れとる!!」

少し前に水を入れ、お茶をいれることなくすっかり忘れていたポットから、入れすぎていたのか、水が漏れ出していたのだ。

「かっちゃんの団扇も濡れとる!」

「マジで!?」

 

確かに、清水の団扇も、一部分ではあるが漏水の被害を受けていた。

「ティッシュ!ティッシュ!」

急いで拭き取るが、寄せ書きは水性ペンで書かれていたため、少しにじんでしまった。

「ゴメン、かっちゃん!」

古賀は平謝り。クイズもそうだが、どうも自分にはこういうウッカリが多い。早くそれを治す必要性を痛感した彼だった。

「・・・答えるタイミング、今のじゃ早すぎるかな?」

古賀が尋ねた。

「今のだと少し早いかもしれんね。まだ他の方向に転ぶ可能性もあるから」

と清水。

「やな。・・・俺、どうしても急いでまうんやな。注意せなあかん」

「やね。でもね、攻めるってやっぱり大切だと思うで」

「ん、わかった。ところでさ、さっきの勉強会、どんな意味があったんやろ?」

「あの問題がそのまま出てくるって事はないけど、やっぱりヒントは隠されとるんちゃう?」

と、押金。

「問題の構成が逆になるって可能性は大きいよね」

と、清水。

 

「『AならばB、ではCならば何?』って問題が、逆に『CならばD、ではAならば何?』って問題に化けるってことやね」

「そうそうそう。だからさっきの『拗音』やったっけ?あれなんか、『促音』でも『撥音』でも『半濁音』でもいくらでも仲間がおるでね。ああいうのはとっさに選択肢を頭の中に浮かべやんとね」

「やっぱり勉強会をやるってことは、TV的に決勝は面白くってのがあるんかな~?」

「そうっちゃう?」

「・・・不公平、にはならんか。どのチームも同じ問題やってるだろうからね」

「そうそう」

「よっしゃ、次の問題いくで」

「おし」

「うし」

問題練習も一段落し、ベッドに寝転がったクイ中達。黙っていると、枕側の隣の部屋から物音が聞こえてきた。隣は神奈川工業だっただろうか?

「神奈川は起きてるみたいやね」

「反対側は東大寺だったっけ?」

「そうだったと思うけどね。静かやね」

「もう寝たんかな?」

「じゃない?あ、古賀ちゃん、そのクッション貸して」

 

古賀のベッドは本来ソファーなのか、背もたれ部分が取り外し可能なクッションになっていた。彼はそれを2つ隣の押金に投げた。

「結構大きいなあ」

古賀が起き上がったついでに時間を見るともう1時くらいになっていた。

「そろそろ寝ますか。明日何時起き?」

彼は尋ねた。

「9時にチェックアウトって言ったね。7時くらいでいいんちゃう?」

その応答に、携帯のアラームを7時にセットする。音量は最大、振動もつけてである。3人は明かりも消し、布団にもぐりこんだ。

「何か賭けようか?」

そうそう簡単に眠れるわけもない。他の2人も起きてると思い、清水は口を開いた。

「賭けかー」

「かっちゃん何賭けるん?」

予想通り、ほかの2人とも寝ていなかった。

 

「僕かー。僕はなー、何賭けよう?あ、優勝できやんだら、現文の授業寝ないで真面目に聞くことにするわ」

「てことは、優勝したら寝るってことやね?」

「そうそう。あー、こりゃ優勝せないかんわ」

「せないかんね」

「俺は携帯買うわ」

「お!?ついに買うか?」

「ホントはあんまり欲しくないんやけどね。でも優勝したら買うわ」

「そうかー、ついにおっしーにも携帯がやってくるかー」

 

2人には悪いと思ったが、古賀は何も賭けないことにした。理由は、賭け事に弱い-と自覚している-からである。何かがかかると、本当に弱いのである。だから、あえて何も賭けないことにした。臆病かも知れないが、勝負以上のことまで気にかけていられるほど器用な人間でないのは、自分が一番よく知っている。そんなことを考えながらボーッとしていると、段々意識がおぼろになってきた。そのまま眠りに落ちるかというところで、不意に何かが彼とぶつかった。

「おわっ!!なんや!?」

見ると、先程押金に渡したクッションである。

「古賀ーっ!」

「かっちゃんか。何してくれるん!?」

「遊んどる」

「・・・かっちゃん、何か夜になってキャラ変わってきてへん?」

「え?そんなことないで、なあ、おっしー?」

「なあ?古賀ちゃんのが変やで」

「またそんなことを言う・・・」

 

 

8月16日。関東甲信越を一周した3日間の旅は終点を迎え、残すのは、明日の決勝戦だけとなった。

あの中部大会の1日、そして様々な出会いと別れがあったこの旅の3日間。その思い出と絆の集大成を、自分達の力の全てにして明日にぶつけるべく胸に誓った3人。

第20回全国高等学校クイズ選手権、その決勝前夜。時刻は深夜2時過ぎ。3人の、この旅で一番長い夜は、まだまだ続く。

東京都文京区本郷、突然の再会。

2011年1月22日 § コメントする

失礼千万な挨拶を終え、ホームにたたずむ一行。スタッフは荷物の搬出で慌しい。と、不意にクイ中達の横側にいた神奈川工業チームがカメラに向かってしゃべり始めた。決勝前の意気込みを撮影しているらしい。次に、レンズとガンマイクはクイ中達に向けられた。

「…何言おう?」

「何にします?」

「何にしよか?」

 

普段は映ろう映ろうと、カメラ近くのポジションを密かに狙っていた-そして大概は夢破れていた-彼らだったが、やはり突然フラれると困る。

「気合でも、意気込みでも」

とスタッフ氏は言う。

「川越ぇ、ファイ!オー!でいきますか?」

「そこらへんかな」

「そうしよか」

「決まった?それじゃ、3・2・1・・・」

「・・・川越ぇ、ファイ!」

「オーッ!」

「・・・ハイ、オッケー」

「ありがとございましたー」

 

再び手持ち無沙汰になり、することと言えばやはりホームにたたずんで撤収の風景を眺めるくらいである。先程のカメラは、東大寺学園を撮影中だった。

「かかって来い!!」

あまりに唐突だったので、彼らの大声は古賀を驚かせた。今まで割とおとなしめな彼らだったので、尚更である。『かかって来い!』。かなり攻撃的なセリフだが、古賀には、彼らがそう言えるだけの実力を持っていると思えてならなかった。

これからどうなることやら、と相変わらず-と言ってもそれほど長い時間ではなかったが-突っ立っていた9人が、ついに呼ばれた。アルバイトスタッフの方にに先導されて改札口へ向かう。その人の名前は、古賀の記憶では土居さんだったような気がした。

「もう、ここに当分来ることはないね」

「来れないでしょ。特に9月以降は。猪又さんが転勤するか退職するかしない限りここ使えやんよ」

「放送されるんかな~」

 

そんな感慨を抱きながら、2日前と同様に改札口を顔パス、いや、フリーパスで通過。あの日50チームが長いこと電車待ちをくらっていた大通路を左手に、エスカレーターへ。

そこを降りると、道路を隔てて、同じ日にメモ帳を買った本屋のあるショッピングビルが見えた。日も沈み、辺りは暗くなり始めている。ここからまた電車に乗るのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

土居さんに付き従って横断歩道を渡った。歩きでホテルまで向かうのかと考え始めたところで、横目にマイクロバスを発見。

「じゃ、これに乗って」

「お、ロケバスや」

「すげー」

特に変わったところもないのだが、ロケバスということに妙な感動を覚えながら9人は乗り込んだ。

「おっしー、バスは大丈夫なん?」

「たぶん」

「バカじゃないの!?」

「『バカ』?・・・ゴメン、俺日本語検定まだ準2級だからあんまり難しい言葉わからないんだよねー」

「あ、だからバカの一つ憶えみたいに同じような言葉しか話さないんだ」

「・・・エ?ヒトツ・・・『ヒトツオボエ』?」

ロケバス車内では、市村さんと土居さんの爆笑トークの応酬が繰り広げられていた。

「日本語検定ってことは、基本的にはどこの言葉使うんすか?」

古賀、火に油を注ぎにかかる。

「基本的にはスワヒリ語かな・・・ジャンボ!!」

車内、大爆笑。

「そういえば、あんな数のカバン、一体誰が持ってきたんですか?」

この際だから聞いておこうと、3号は質問してみた。

 

「スタッフ全員、『何か集めて来い』みたいな感じ」

「あのジュラルミンはすぐに決まったでしょ?」

「ああ、あれは早かったね。『これしかない!』ってね」

 

ライトアップされたドームを横目にして夜のTOKYOを走るロケバス。ふと古賀が外を見ると、いつの間にやら千代田区の官庁街に来ていた。国会もすぐ近くである。

「おっしー、ここ霞が関やって」

「お?マジで?」

「そういやおっしー、東京来る前に『俺は絶対最高裁判所を見てくる』って言ってたねぇ」

「そやそや。こっから近いの?」

「どうやろ?遠くはないと思うけどなあ」

「寄りましょうか?最高裁に」

2人はバスの、割と後部にいたのだが、その話し声が聞こえたのか、ドライバー氏が声をかけた。

「え?あ、いいですよ。もう遅いですから」

2号と3号はその申し出を辞退。3号は再び窓の外に眼を転じた。始めは品川近くのホテルにでも宿泊するのかと考えていたのだが、その予想は外れたらしい。

道路標示やそこかしこの看板を見てみると、どこかで見たようなものになっていた。

…『文京区』、『赤門前』明らかに、文京区、それも東京大学の近くに来ていた。

・・・なるほど、機山館か。よく考えれば、荷物が保管されているのは確かにあそこだったのである。

「それじゃ、そろそろ着くから、忘れ物ないようにね」

ロケバスから降りたクイ中達。そこは、3日前地下鉄の駅から機山館へと歩いた道だった。

「加治木はもう帰ったのかな?」

「さあ、どうでしょう?鹿児島は遠いでねえ」

「まさか、日テレだから『東大一直線』に捕まったとか?」

「それ、リアルに嫌やね」

「電波少年かぁ。そういやさ、富田さんもTプロデューサーやんね?」

「あー、そうだねえ」

 

9人は、そんな会話を交わしながら機山館へ。『歓迎』の札を見てみると、どこかの学生だか社会人だかの体育会サークルの名があった。確かに、そういう団体には都合が良さそうなホテルである。

土居さんがフロントに行き、チェックインを済ませた。3日前に『最低の三重』と言った遠藤さんが座っていたソファーには、学生らしき3人が新聞を読んでいる。

見るからに体育会系で、古賀はすぐに入り口の札が歓迎していた人達だと判断した。しかし、どこかで見たような…。そんな古賀よりも早く、清水が気付いた。

「加治木やん!」

「あ!ほんまや!」

 

うれしい驚きと共に、清水は彼らに声をかけた。

「あとで写真撮ろうな」

「はい、撮りましょう」

加治木のメンバーがなぜ敬語なのか測りかねたが、さらに友達の輪を広げることができ、清水は満足感に浸った。

東京都文京区本郷、ホテル機山館。まさに突然の再会である。

あれだけ涙の別れをして、簡単に再会できるとは誰が予想していただろうか?

そうは考えながらも、戦友との再会が嬉しくないはずがなかった。

迫る霧、迫る時間。

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「問題。サッカーWカップ、2006年に開催されるのはどこの国?」

パン!

「神奈川工業」
「フランス」

ブー!

「残念。正解はドイツです」
「・・・へえ。そうだったんや。2002年までしか興味なかったなあ」

「問題。読売ジャイアンツのMKT砲、3人の背番号を足すといくつ?」

「・・・全くわからん。興味ないでなあ、巨人には。おっしーは?」
「俺もわからん」

2人とも、アンチ巨人である。

「・・・ええとね、全部足すとね、84やわ」
「・・・よくわかったね、かっちゃん」
「任せて。松井が55、清原が5、高橋が24やでね。あーもう、なんで押せへんのや?」

 

・・・ブー!

 

清水は窓の外を見た。川の水が、静かに流れている。とにかく、落ち着かねばならなかった。古賀のランプが点灯し-相変わらず、心拍数を一番早く下げるのは彼であった-、押金のランプも続いた。

「さあ、川越は解答権を得るまであと1人です」

 

そんなこと、自分が一番よくわかってる・・・。

 

・・・ティロリロン!

「さあ、出だしの悪かった東大寺学園が俄然勢いづいています」

 

単に勢いづくという表現では役不足なのは、隣にいたクイ中達が一番よく知っていた。その勢いは、パスタの問題でのミスをクイ中達の頭から完全に消し去るに充分なものであった。しかし、そんな彼らを尻目に、解答権を得ることすらかなわないクイ中達3人。なんとも不甲斐ないものである。押金が清水に声をかける。

 

「かっちゃん、腹式呼吸をするとええぞ」
「おう、そうか」

 

藁にもすがるような思いの清水は、さっそく試してみる。

 

「なんかええかんじやわ」

 

清水は下を向き、静かに呼吸を繰り返す。そしてしばらくして・・・

 

「かっちゃん、消えたで」

 

押金の声に、清水が顔を上げると、確かに数字が消えていた。この瞬間は、大きな感動をもたらしてくれる。何か音くらい流して然るべきだろうに。清水は深呼吸をして、気合を入れなおした。

 

 

「問題。三角形で、1つの角が90゚より大きい三角形のことを特に何と言う?」

パン!「川越高校」一瞬、鋭角三角形しか頭に浮かばなかったが、すぐに正解が現れてきた。「鈍角三角形」ティロリロン!「ナイス!」
「さすが!」
「数学担当ですから」

押したのは清水だった。・・・こっちは答えたくても押せなくて、クイ中の禁断症状が出そうなんだ。

 

「問題。歴代総理で、名字が一文字なのは、原敬、桂太郎、岸信介、そしてあと1人は誰?」

 

[桂太郎]の時点で、清水は[岸信介]が問われることを予想していた。そのような過去問を、彼は解いた経験があった。その[岸信介]が問題中に読み上げれた瞬間、彼は記憶を再検索する必要に迫られた。

 

パン!

「東大寺学園」
「森喜朗」ティロリロン!

 

・・・しまった、そこを突いてきたか。

 

高校生クイズらしい問題だなと思いつつ、清水は隣の東大寺学園チームを見た。彼の脳裏に浮かんだのは、もう2日前の出来事になってしまった、日野春での46チーム早押しクイズであった。

 

『トリプルってことは、2択や3択の問題は出ないってことだな』

 

川越の左隣にいた彼らのつぶやきが、それを聞いた時自分自身が抱いた思いと共に蘇ってきた。

その冷静さと、出だしの不味さを微塵にも感じさせない勢いは、自分達がまだ身に付けきれていないものだろう。

 

「問題。今年施行された介護保険制度で、第一被保険者は何歳以上?」

 

「かっちゃんわかる?」
「ゴメン、わからん!くそっ、ホームプロジェクトで介護保険のこと調べとったのに忘れてまった・・・」

 

ホームプロジェクトとは、平たく言えば家庭科の夏休み課題である。押金と古賀はエプロン作りを、そして清水は介護保険のレポートを選択。この旅から帰ったらすぐの8月20日、全統模試の日に提出の課題で、旅立ち前、3人共に必死になって終わらせていたのであった。

 

・・・ブー!

 

「時間切れです。正解は65歳以上でした」

 

「あ・・・。くっそーっ!そうやった。あれだけやったのに・・・」

 

自分の担当であろう問題だけに悔しさは強く、すべての知識を確実にしておくことの大切さをあらためて思い知らされた。

 

 

「問題。元素記号、硫黄・窒素・酸素・タングステンを並べて出来る英単語は何?」

・・・水兵リーベ、僕の船(記録班注:元素記号語呂合わせ法。詳しい説明は、長くなるので割愛)・・・。

3人共に、昨年取っていた化学ではそれなりの成績をマークしていたのだが、文系寄りの2号と3号のそれに関する記憶はかなり錆付いていた。即座に出たのは、タングステンがWだということだけである。

 

パン!「川越高校」

 

押したのは、理系担当の1号であった。硫黄・S、窒素・N、酸素・O、タングステン・W・・・「SNOW」

 

ティロリロン!

「よっしゃ!」
「さすが理系」
「任せて。酸素が聞き取れやんかったけど、他の人に答えられたくなかったで押したった」
「タングステンがW、だけは出たんやけどねえ」
「ここは理系担当としてカットされて欲しくないわ。久々に会心の一撃やったでな」

 

「問題。豆腐を作るときに必要なにがり、これは何の副産物?」

 

パン!「川越高校」

 

古賀は、だいぶ前に、TVで昔ながらの豆腐作りの番組を見たことがあった。

そのとき職人さんが天然のにがりを使っていたのを思い出しながら、彼は答えた。

「海水」・・・2種類音があるはずのブザー、そのどちらも鳴らないまま1、2秒が過ぎた。一体どうしたというのか?

 

「・・・正確に言って下さい」と、羽鳥アナは告げた。

 

聞こえなかったのか?

いや、そんなはずはない。全く予想していなかった状況を、古賀は処理し切れなかった。

海水ではダメ・・・。

塩?

いや、塩は単純に塩だ。混じりけがなければ、副産物なんて出てこない。

だからあの職人さんは海水からにがりを作ってたんじゃないか・・・。しかし、何かを言うべきだった。

・・・とりあえず、[塩]、と。ようやくその結論に達した古賀の言葉が、腹で力を得、喉に達し、空気を震わせて声になろうとしたとき・・・、・・・ブー!

 

「時間切れです。海水では少し不十分でした。正解は塩、塩化ナトリウム、NaClのいずれかです。それではペナルティです」

言葉にならなかった。2度のペナルティをパスし、折角清水の心拍数も戻って勢いもつき始めて、これからというときに、やってしまった・・・。

古賀は、穴に手を入れ、札を引いた。[50]だったのは、彼にとってまだ救いだった。ここでもし[150]だったら、自分の力から、運から、とにかく全てを呪うしかなかった。

「何か言っておけばよかったなあ」
「そうやなあ、もったいないことしたわ。」
「次にああいうことがあったら、自信なくてもいいで何か答えとこな」
「うん、そうしよ」

 

階段を下りながら、ちょっとした反省会。

クイズも終盤に入り、いつもの調子を取り戻し始めていた。しかし、清水には不安があった。…このまま心拍数が下がらずに終わってうちが敗退、みたいなことになったらどうしよう。

洒落にならんでこれは・・・。よし、絶対に下げてやる!
・・・これだけミスっていても、ランプが点灯するのだけは3人の中で1番なんだよな。

1人だけ早くても、2人、特にかっちゃんへのプレッシャーにしかならないのに・・・。光射す、外の谷川を望みながら古賀は思った。

 

「やはり、川越は1人残ってしまいますねえ」相も変わらず、羽鳥アナは清水にプレッシャーをかけてくる。押金は、手に持ったクイ研団扇で清水を扇ぎ始めた。階段の往復で、体にはだいぶ熱がこもっている。

 

時折背後から涼しい風が吹いてくるのは、なかなか気持ちいいものである。清水は再び窓の外を見ながら、今までの出来事を思い返していた。鯨波で別れを告げることもできず去っていった、中部の戦友、磐田南と岐阜北。

 

また全国大会出場を支えてくれた人達、特にクイ研のみんな。そう、みんなの支えと応援があるから僕らはここにいられるんだ。

中部大会、あのYES/NOのとき、理事長らが自ら不正解側に行ってくれたから、僕らはここにいられる・・・。「よしっ」清水は誓った。このままでは終わらない、終わらせてはいけない・・・。

 

「問題。妊婦さんが着る服のことを、英語で何ドレスと言う?」

 

パン!「神奈川工業」

・・・マタニティドレス。

考えるだけでやり切れなくなってくるが、それでも、例え無言でも答えずにはいられなかった。

「マタニティ」

ティロリロン!

最初のアドバンテージを生かしたいであろう神奈川工業と、出だしの不味さを実力でカバーしリードを奪った東大寺学園。トップ争いはこの2チームのものだということに、クイ中達が疑いを挟む余地はなかった。

「おっ、ついた」

見ると清水の前のランプが静かに点灯していた。最初の462段。続いて3回のペナルティ。すべてにおいて下がるのがダントツに遅かった清水にとって、このランプがついた瞬間というのは、やはりかなりの感動をもたらす。「もうあと少しや。集中してこな」
「おうっ」残りわずかとなったであろうここでの時間に、3人はすべてを賭けるしかなかった。

 

「問題。作業手順を、絵や記号などを用いて模式的に表したものを何と言う?」

 

全くわからなかった。清水にはそんな過去問をやった記憶がなくはなかったが、全くの不鮮明であった。

・・・パン!「神奈川工業」
「フローチャート」

ティロリロン!

「・・・あっ!そうやった。やっぱ過去問でやったわ。はー、やっぱカタカナはあかんなぁ」

 

彼が唯一自信を持っているカタカナは、ジャン・ベルナール・リヨン・フーコー(記録班注:地球の自転を発見した学者、フーコーのフルネーム)である。彼曰く、「逆に長い方が憶えやすくない?」

 

「問題。小林一茶の俳句、『楽しさも 中くらいなり おらが…』さて、この後に入る言葉は何?」

 

どのチームもボタンを押さなかった。古賀の中ではマイナーな句である。小林一茶と言えば、『雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る』や『やせ蛙 負けるな一茶 ここにあり』の2句辺りが知識の限界である。

しかし、心当たりもなくはなかった。『春』という言葉が、妙に頭についたのである。何処かで聞いたことがあったのかもしれない。『おらが春』、俳句としてもしっくりきている。だが、もう危ない橋は渡れなかった。この問題、どのチームもわからないようである。無理をすることは…、

 

パン!「東大寺学園」・・・!

 

「春」ティロリロン!

 

「・・・マジすか?押しときゃよかった・・・」

 

「問題。左を向いている椅子を、右に2回転半、左に3回転半すると、椅子はどの方向を向いている?」

 

こんな状況のとき、ある意味で一番難しいのはこのテの問題である。焦りで、いつもなら簡単なはずのイメージがすぐに出てこない。必死でイメージしようとする古賀。そんな古賀を、清水は手を差し出して遮った。

 

「・・・やめとこ。こういう問題は、手を出すと引っかかりやすいから」
「・・・そやね」パン!

 

「加治木高校」
「左」

ティロリロン!

 

どこからともなく音がしたと思ったら、加治木高校があっさりと正解をさらっていった。

「気にしやんどこ」
「おう」確かに、手を出すと容易に罠にかけられてしまう問題である。

 

背中に感じる風が、涼しい、と言うよりも寒い、と言った方が適切なレベルになってきた。先程まで団扇で扇いでいたのが嘘の様である。たまらずポカリのタオルを肩に掛けようと、古賀がそれが置いてある背後を見たとき、深い底から白い霧が昇ってきていた。見るからに、冷たい。

 

「ねえ、この、下りホームから、冷たい空気が白い霧と共に上がってきました」

雰囲気からして夏仕様の服装をした川越にとって、決して洒落にはならない。古賀は、その風を受けながら今までの旅を考えていた。鯨波での[夏の大三角形]問題、ここでの2つの誤答、その他諸々、冷たい風に吹かれていると、本当に自分が情けなくなり、もうワンパンチ喰らったら確実に泣いてしまいそうなところまでいってしまった。ここで終わりなのだろうか?今までで一番悲観的になった。どうしても、抜けられる気がしない・・・。

ふと、使う必要がなくなって手元に置いていた団扇を見た。中部大会を一緒に戦った仲間、クイ研で共に頑張ってきた仲間達の言葉があった。・・・ここで俺がヘコんだままで終われば、泥が塗られるのは自分の顔だけじゃない。

ここまでの失敗が取り返せるのなら、今に賭けなくてはならない。

もし取り返せないのなら、あと1つ2つ上塗りしても大した違いじゃないだろう。やるしかない・・・。

 

「問題。お妃のために、ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが建てたインドの世界遺産は?」

 

パン!

『お妃のために』、『ムガール帝国』、この2点が出た時点で古賀は押そうとした。

が、危ない橋は渡れない。それでも、『インドの世界遺産』で、正解を確信した。

 

「川越高校」
「タージ・マハール」古賀の唯一の心配は、タージ・”マハール”か、”マハル”かという発音の問題だった。ティロリロン!「よっしゃ」
「よし」
「ナイス」静かに拳を突き合わす3人。正解したことを喜んでいられるだけの状況ではない。「それでは、これが最後の問題です」

 

 

羽鳥アナは30分だと言ったが、それにしては、長すぎる30分であった。霧によって幕を開けた戦いは、その冷たさを漂わせながら、冷酷に迫る時間によって最後の問題を迎える。

時間も鼓動も止まることなく。

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「よかったねえ。さっきここ昇りながら、『もっかい全部昇れって言われたらどうしよう』とか思ってたからねえ」
「ほんまほんま。それにしてもここ、声響くねえ」
「ほんとやねえ。何か歌いたいねえ」
「SPEEDとか?」
「理事長らみたいに?・・・あかん、こないだ理事長らが歌ってた曲の歌詞忘れたわ」
「やっぱ[さよなら]ですか?」
「やっぱそれになるんですかねえ。縁起悪いなあ」
「ええやんええやん、ええ曲なんやで」

『問題。数を数えるときには折り、欲しくても手が出ないときにはくわえる体の一部分は?』

 

パン!

『加治木高校』

 

『指』

 

ティロリロン!

 

 

『さあ、加治木高校1ポイント目です。東大寺はまだ消えませんね』

「東大寺、まだ下がらんのやね」
「だいぶ走ってたでなあ」

 

この出だしの遅れはどう響いてくるのだろうか?

 

「お?もう150やん」

 

胸から伸びたコードをクルクルと回しながら古賀がつぶやいた。彼と清水は踊り場を踏むと、即座に踵を返した。押金はすぐに戻っていいものか決めあぐね、「戻っていいんですか?」とスタッフに尋ねたが、「いいよ」と言われたので2人に追いつく。

 

「・・・今カメラ独占だよね?」
「ペナルティ1番だし、ここはカットしにくいやろね」

 

まだこんなことを話す余裕もあった。

 

『問題。小麦粉を水でこね、発酵させて、薄く伸ばします。壺型のカマドの内側に貼り付けて焼けば…』

「チャパティ、かね?」

 

解答台のかなり後方にて、古賀の解答。但し、目の前にあるのはボタンではなく、階段のみである。

 

・・・パン!

 

『山梨英和』

 

『チャパティ』

 

「あ、正解やね」

 

ブー!

 

『残念、正解はナンです』

 

『あ、ナンだ!』

 

「・・・あ、どっちか迷ったんやけどねえ。あれってさ、どう違うの?」

 

『それでは山梨英和、くじを引いてください。・・・50段ですね。それでは行ってきて下さい』

 

「・・・ええなあ、うちらの3分の1やん」

「結構ラッキーっちゃう?」
「ほんまやなあ」

 

クイ中3人は、山梨英和のペナルティ段数である50の看板を通過。上からは、その看板を目指す3人が降りてきた。

 

「頑張れー」
「50なんてすぐやで」
「そうそう」

 

彼女達にそう声をかけ、川越はようやく解答台フロアに到着しようとしていた。

 

「我々は帰ってきた」

 

と言った直後に、昨日の金大附属のマネになっていることに気付いて独りで失笑した古賀。その彼が、階段にあった石らしきものを見つけた。こんなところに転がっているには、少し大きい。目を凝らしてよく見てみる。

 

「うわっ、なんやこのでかいカエルは」

 

「うわっ、ほんまや。何でこんなとこにおんねん」

 

そして、ついに150段を往復した3人は、それぞれのプラグを機械につないだ。古賀、120。押金、130。そして、清水は140

 

「問題。オスマン帝国となってからイスタンブールとなった、この都市のある国はどこ?」

パン!

 

「東大寺学園」
「トルコ」

すぐ横には東大寺。プレッシャーは大きい。

 

「問題。平均気温の基準は過去何年間の気温?」

パン!「神奈川工業」

「30年」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業が独走しています。でも皆さん、焦ると心拍数が上がりますよ」

 

「問題。何の種類か、わかったところで答えなさい。カッペリ、ダンジェロ…」

 

パン!

「東大寺学園」
「マカロニ」

ブー!

「残念。正解はパスタでした。東大寺、ペナルティです。川越は、まだ解答権がありません」

「よし!」
「ヨッシャ!」

 

・・・長かった。ようやく戻った心拍数。今度こそ正解させる、という気合がクイ中達-特に清水-にみなぎっていた。

 

「問題。俗に三国一の花嫁と言われるときの三国とは中国、日本、天竺のことですが、この天竺とは現在の…」

パン!「川越高校」

 

かなりフリの長い問題、というのが古賀の印象だった。彼は、押すべきかどうか、だいぶ迷っていた。先程の[東照宮→茨城県]は自分でも信じられない位の-しかし、一番自分らしいとは思える-ミスであった。

時間はまだあるだろう。だがこれ以上2人に苦労と足労をかけるわけにはいかなかった。自分のすぐ上に置かれた手に、強く力が込められたのは、そんなときだった。
・・・ノーマルな問題のときは早とちりしちゃいけないんだよな。問題文が読まれている間、清水は頭の中で今回のクイズの傾向を思い返していた。

 

 

簡単な問題ほど一つひねりが加えられる、それが清水なりに分析した結果である。

 

…ひねりの部分は、もう読まれた。ここしかない。日野春以来、約40時間ぶりに彼は早押しボタンを押した。

 

「インド」

ティロリロン!

「よし!」
「ナイスかっちゃん!」

 

やっとつかんだ1ポイント。まずい雰囲気を引きずることなくここで正解できたのは、精神的に大きな安心をもたらした。今日初めてのタッチを、3人は交わした。

 

「問題。今年、作家の町田康が芥川賞を受賞した作品は?」

パン!「加治木高校」
「きれぎれ」

 

ティロリロン!

 

「・・・しまった。逆なら、中部の朝に新聞で調べてたのに・・・」

 

 

今年の問題で必ず触れられるだろうと、古賀は朝の時間ギリギリまで新聞を読んでいた。結局中部大会では発揮されることなく、そのまま虫に食われていた記憶が、こんなところで蘇る。

 

「問題。JISマークのJIS、略さずに、日本語で言うとなんと言う?」

 

パン!「川越高校」

 

清水には全くわからなかった。押したのは古賀だということはわかっていたが、かなり心配なのは事実であった。
一方、古賀にとっては久方振りの得意ジャンル問題であった。いささか問題の転じ方が多少強引に感じられ、それが不安ではあったが、大丈夫だろう。

 

Japanese Industrial Standard・・・「日本工業規格」

 

ティロリロン!

 

「ィヨッシャッ!」
「ナイス」

 

「問題。英語では『メイフライ』、儚い命の代名詞として用いられる、この昆虫は何?」

パン!「神奈川工業」

 

押したタイミングは、[儚い命]。古賀は躊躇から後の文章を待ってしまい、コンマ数秒差で押し負けてしまった。

 

「カゲロウ」

ティロリロン!

・・・トンボはドラゴン、

ホタルはファイア、

そしてカゲロウはメイ・・・。

 

危ない橋は渡れないとはいえ、悔やまれる躊躇である。

 

「問題。[バイオハザード3]で、路面電車を動かすのに必要な道具は、電気コード、混合オイルと、もう1つは何?」

・・・今、今何故[バイオ3]

一体いつ出たゲームだと思ってるんだ?

押金と古賀は、そう胸の中で毒づいた。2人とも、[2]ならばやった経験がある。・・・どのチームも、押す気配を見せない。

・・・ブー!「わからなかったんでしょうか?正解はヒューズです」

 

・・・帰ったら、[3]をやろう。そう心に決めた押金であった。


「日本の祝日で、漢字だけで表されるのは、天皇誕生日、憲法記念日と何?」

パン!「川越高校」

 

押したのは清水だった。その瞬間、クイ中達は正解を確信した。

1号の得意ジャンルが記念日であることは、自他共に認められている。一年最初から1つ1つ確かめてもいいが、早押しでそんなことはやってられない、と清水はその計画を頭の中で却下。

それに最近こんな感じの問題をやった覚えもある。ということで答えは、「建国記念日」・・・それしかないでしょ。次に来るはずのブザーの音が、3人の脳裏には既に流れていた。

・・・ブー!

思わず清水は舌を出し、押金もそれにつられた。・・・なんで違う?

 

おかしいところなんてどこにも・・・

 

「・・・!あ、そうや!建国記念”の”日やった!」

 

古賀がそう気付いたのは、「正解は元日です」と羽鳥アナが言う少し前だった。

 

「川越高校、ペナルティです」

 

今度は50段。救いがあるとすれば、前のペナルティの3分の1だということくらいだった。
・・・よりによって自分が不正解してしまうなんて。清水は階段を歩きながら、何度もこの言葉を思いの中で繰り返していた。…自分が1番心拍数下がるの遅くて、1番迷惑かけてるのに、その自分が間違えてしまうなんて、ごめんな、おっしー、古賀ちゃん。しかし謝っていてもしょうがない。

また必死になって、というか落ち着いて心拍数を下げるしかない。そのことは2人にも十分わかっていた。

 

「グリコでもやってこか?」
「よし、ジャンケンポン」
「チ・ョ・コ・レ・ー・ト…やっぱ辛いでやめにしません?」
「…そやね」

さっきのカエルはどこかに行ってしまったようだ。

…あいつはのんきでいいな。お前にもこの緊張感を分けてやりたいよ。

そう、どこにいるとも知れないカエルに語りかけながら、3人は再び解答台のところへ戻ってきた。

古賀、120。押金、130。清水、140。

 

「問題。仕事をサボる、のように使われる言葉[サボる]。もともとは、フランス語のどんな言葉を略した言葉?」

「・・・サボタージュ」

 

クイ中達は、誰ともなくつぶやいた。その声を、ボタンを押した上で言えないのが、彼らにはとてもやり切れなかった。

 

パン!「山梨英和」
「サボタージュ」

ティロリロン!

 

問題があり、答えがわかり、ボタンが目の前にある。しかし、それを押すことは出来ない。答えることに情熱を注ぎ続けてきた3人にとって、これほどもどかしいことはなかった。

 

 

時間と鼓動、日頃止まることのない、また、止まってはならないものだと理解はしている。だが今、その事実ほど、素直に受け止め難いものはない。

ボタンまでの遠い道と長い時間。

2011年1月14日 § コメントする

「さむーい」
「寒いなあ。凄いね、霧がかかってるよ、ホームに」

長い道のりであった。一行が到着したプラットホームは、明かりと言えば古びた蛍光灯ぐらいの、暗い空間であった。8月だというのに、白く冷たい霧が漂っていて、昨日の妙法高原を超えてアロハのクイ中達には辛い環境であった。

「みんな、上を見てごらん」

と羽鳥アナが指す方向を、高校生達は見上げた。光は、遠い。

「これは遠いねえ。戻るには、1回は昇らなきゃいけないねえ」

「え?『1回は』って?」

少しずつ、疑念も渦巻き始めてきた。

「・・・ん?君、湯気立ってない?」

意外な一言に、一同は振り返った。神奈川工業チーム、市村さん。羽鳥アナの言う通り、彼女の肩からは、何かオーラのように、白い湯気が立ち昇っていた。それを見たその場の全員は、大爆笑。

息を吐くと、白い。確かに、それなりの運動をすれば湯気も出てくるような環境である。

「向こうの方は真っ暗だねえ。ちょっと行ってみたら?」

そんな言葉に従い、暗闇の向こう側を向いて歩いてみる。

「なんか滑りそうやなあ」

真っ暗な上に、霧や染み出した水で、何かと滑りやすそうな足元である。本当に、こんなところに電車が停まるのだろうか?

とんでもないところにホームなんか建設したものである。

何も知らない乗客がここに降りたらどう思うのだろう?

そんなことを考えながら、ホームの端までやってきた。

小さな階段があり、点検用の通路に出られるような造りになっていた。

「映画にでも出てきそうな場所やね」
「ほんまやなあ。それじゃ戻ろうか」

スタッフがいる、階段下を振り返って歩き出した。そんなとき、ふと古賀が思ったこと。

ここには時刻表すら見当たらない。不意にトイレに行きたくなったとき、まずは462段-と、改札口までの道のり-をクリアしなきゃならんよな・・・。

「いやあ、みんな来ましたね。それでは、ここでクイズを行います」

 

・・・やっぱり、である。

 

「詳しいことは後で説明しますが、とりあえず、上の解答ボタンを目指してこの階段をもう一度昇ってもらいます」

 

・・・再びやっぱり、である。

 

「それじゃあ久しぶりに、私が福澤アナに代わってFIRE!をやらせていただきたいと思います。・・・それじゃあみんな、燃えていけ、FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「FIRE!」
「よし、それじゃみんな、上で待ってます」

全チーム、各メンバーに何やら妙なベルトのようなものが渡された。そのベルトからは、謎のリード線、さらにその先にはもっと謎なプラグが付いている。

「それじゃあ、それを胸の肌のところに着けてください」

要するに、心電図のようなものらしい。だんだんと、このクイズの趣旨が理解できてきた。

 

「それじゃ、女の子はこっちの方に来てね」

と、神奈川工業と山梨英和の6人は男子チーム-と、スタッフ-から少し離れた場所に連れて行かれた。

 

「それじゃ、まずはこの濡れタオルで胸を湿らせて、そして胸の真ん中にこの金属の部分がくるように付けてね」

 

との説明。

 

見ると、確かに銅らしき色をした金属板がはめ込まれていた。手渡されたタオルで胸を拭き、ベルトを合わせる。濡らすことで体表にナトリウムイオンが発生し、電気が通りやすくなって、などと、古賀が埒もないことを考えながらベルトをいじっていると、カメラが彼の胸を映し始めた。

何も、こんな貧弱な体を映すことはないだろう。古賀は、胸の内、というより頭の中で思った。清水は少しサイズが合わなかったらしく、スタッフのお姉さんに調整してもらっていた。

 

「これぐらいでいいかな?」
「はい、大丈夫です」

 

と答えた清水。心なしかきついような感じがしたが、緩いよりはましだろうと思って気にしないことにした。

彼がその両の眼をベルトから正面の方に戻すと、富田プロデューサーが女子チームの方向を見ていた。

・・・おっさんおっさん。清水は無言のツッコミを入れてみた。

まあ、女の子が気になるのか、時間が気になるのかは、暗かったのでその眼からは判じかねたのだが・・・。

「詳しいルールはもうすぐ説明されるけど、上には解答台とボタンがあります。そこには、皆さんがさっき着けたベルトのプラグの差込口が3つあります。1人ずつの名前が書いてあるので、必ず自分の名前が書かれた穴に差し込んでくださいね」

と、遠藤さんの説明。

「この靴下はまずいよねえ?」

「う~ん、マズいんじゃない?それこそ放送禁止になりそうやでなあ」
「じゃあカバンの中に入れとこう」

クイ中達は、ポケットなどに入った不要なものをカバンの隙間に押込み、ポカリのタオルをそれぞれ肩に担いだ。

・・・一応、体力担当は俺だからな。そう思いながら、押金はカバンの持ち手を両肩にかけ、リュックを背負うような形にした。・・・462段、なんとかなるかな・・・。

『それでは、クイズを始めたいと思います。皆さんには、この目の前の階段を昇って、上の解答台まで来てもらい、そこで、それぞれのプラグを装置に差し込んで頂きます。すると、自分の心拍数が表示されます。一定数になると自分のランプが点灯するようになっていますので、そしたらコードを抜いてください。全員のランプが点灯して、初めてボタンを押すことが出来ます。勝ち抜けチーム数は、4です』

 

階段の両脇に設置されたスピーカーから、上にいる羽鳥アナの声が届いてきた。

いよいよ始まりである。

・・・どうやらこの場合、必ずしも一番で上に行く必要はなさそうだ。

クイ中達がそう考えていたとき、羽鳥アナは付け加えた。

 

『敗者復活の石橋高校には、厳しいですが特別ルールです。君達は、1・2・3フィニッシュで上に到着しなければその時点で失格となります』

 

・・・!

 

クイ中達は、そのとき初めて、昨日原地区で脱落したはずの石橋高校がいることに気が付いた。敗者復活というものはもっと劇的な手段を以って発表されるものだ、と思っていたクイ中達は、口には出さなかったにせよ、不意を衝かれたような心持ちであった。

本当に、いつの間に彼らはいたのだろう?

朝からあまり他チームと交流することがなかったので、ずっと一緒だったのか、つい先程現れたのか、3人には全くわからなかった。

 

「どうします?一気に行きますか?」
「いや、いいでしょ。多分このクイズは、心拍数が高いと困る方のクイズだと思う。だから、そんなに急いでもいかんよ

 

確かに、心拍数を上げるだけなら、その場でスクワットでもすれば済むことである。

「1・2・3フィニッシュか・・・。かなり厳しいルールやね・・・」

「そやね。他チームの誰か、1人でも石橋よりも早く着けばその時点で失格やもんな」

 

今までの復活組の中で最も厳しいハンデだろうなと思いつつ、川越は階段前のラインについた。

「おい、そこ!!映るぞ、下がれ!!!」

トンネルにベテランスタッフの怒声が響いた。相変わらず、現場は緊迫している。

『それでは位置についてください。まず問題を発表します』

全員が、上の光を仰ぎ見た。

『問題、キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は何番目?それでは、用意、スタート!』

一瞬、それぞれのチームは様子見のためか、二の足を踏んでいたが、ラインを越えて階段に第一歩をかけ始めた。

「・・・やっぱり行くよね、石橋は」
「うん。走らなきゃ、もう終わりだもんね」

 

そんな彼らにつられてか、クイ中達の足も速くなりつつあった。

「・・・落ち着いて、ゆっくりいこうさ」

急ぎ足は止めたが、一段飛ばしで昇る。全体から見れば、川越はやや先行気味である。やはり先頭は石橋高校であったが、その彼らをかなりのスピードで追う3人がいた。

「・・・東大寺、勝負かけてきたね」
「うん」

 

正直、クイ中達は、石橋を落としにかかるのなら、一番スポーツマンらしい加治木高校だと予想していた。神奈川工業と山梨英和は、やはり女子チームということで1着狙いは無理だと思っていたし、自分達が狙うなんて、体力なしを自認するクイ中達には及びもつかないことであった。

その点、加治木高校は、メンバーの服装からスポーツマンらしく、体力もありそうだった。さらに、かなり失礼ではあったが、東大寺学園チームが体力勝負をかけてくるとは考えていなかったのである。

「ふう、やっと半分か・・・」

 

長い道のりである。上の2チームを見ると、それぞれスピードが落ちているようにも感じられた。

「大丈夫か、おっしー?」

 

清水が声をかける。

 

「・・・おう。大丈夫」

 

3人が後ろの位置関係を見ることはなかったが、思う限りではそれほど変化もなさそうだった。ただ、スピードが落ちてるとは言え、東大寺が石橋追尾を諦めたわけではなさそうである。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 
先頭争いも気になったが、それ以上にクイ中達には先程の問題の方が気になった。・・・キシャの記者が汽車でキシャする。押金には最初と最後のキシャがわからなかったが、乗り物の汽車が何番目かを聞く問題なのだから、それは不要な部分だった。正解は[3番目]、である。

 

あとはボタンを押すだけ。残りの階段は、あと半分か・・・

 

「さあ、最初に来たのが東大寺学園!東大寺学園が3人揃いました!残念ながら、石橋高校はここで失格となります!!」
「・・・失格しちゃったか」
「やっぱルール厳しかったよね」

 

石橋高校は、がっくりと肩を落としながら、それでも上の方へと歩いていた。

「・・・ちょっと先行するよ」
「うん」

いつも歩みの速い古賀は、2人を置いて先に行き、上で落ち着くことにした。・・・きっと俺、長生きしないだろうな。後ろの2人に心の中で謝りながら、古賀は最上段を目指した。

しかし、それもそんなに遠いものではなかった。できるだけ早く落ち着いて、2人の足を引っ張らないようにするため、古賀は動かずに集中したかった。

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。

 

・・・汽車の記者が汽車で記写する・・・。

 

鉄道旅行の記事でも作るつもりなのだろうか?

 

・・・聞かれていたのは[幾つ]かだったっけ?

 

[何番目]かだったっけ?

 

・・・汽車が2回出てきているなら、普通は[幾つ]かだよな・・・。

 

「さあ、心拍数上がってますねえ。さあそして、川越高校が1人来ました。そして、加治木高校」

 

古賀は、向かって一番右側の解答台に[川越]と記されているのを見つけ、さらに3つの差込口のうち左のそれに自分の名前が貼ってあったので、説明どおりにコードを接続した。眼前に現れた数字は、163。

 

それにしても、この、ボタンの手前にある穴はなんだろうか?作業用か?

「お疲れ」
「やっと着いた」
「さあ落ち着いて、心拍数を戻していきましょう」

 

時間を追うごとに、各チームのメンバーが揃ってきた。

川越の心拍数は、今のところ押金が140台、清水は170台、古賀は130台である。右隣の東大寺の数字を覗いてみると、先程までのハイスピードが効いたのだろうか、古賀が着いてからずっと、3人とも180台のままである

しばらく、静かな戦いが続いた。

ただし、「さあ、落ち着いていきましょうね」羽鳥アナを除いてである。

「このクイズは、電車の時間もあり、30分で終わらせて頂きます。ここを勝ち抜けられるのは、時間内に稼いだポイントが一番多かった順から4チームです。皆さんがさっき計ってもらった心拍数、これを早く下げることが出来れば、それだけ有利になるわけです。さてこの場合、不整脈は有利になるんでしょうか?」

焦りによって心拍数を乱してやろうという魂胆が見え見えである

そのとき、観光客が来たらしく、その人たちを通すために一番端の石橋の解答台が外されることとなった。その石橋チームは、他5チームの陰となる場所に座り込んでいた。

折角の敗者復活だったのに、相当悔しいところだろう。何もあんなところに座らせなくてもいいのに、と古賀は思った。

「おい、モタモタすんな!早くしろ!!」

ベテランらしきスタッフが、作業中の若いスタッフをどやしつけていた。なぜかこちらが怒られているような気がして、心拍数も上がりそうだった
「よし」

100前後になり、古賀の心拍数表示が消えた。

急いでプラグを抜いた彼は「俺って、さっき計ったときにはこんなに高かったっけ?」と、つぶやいた。

 

・・・確かに、と押金が思ったとき、彼の表示も消えた。確かに、さっきのとは違う。一方、清水の心拍数はまだ下がらなかった。

 

右側を見てみる。東大寺はまだまだ高いが、その向こうの加治木と神奈川は自分達と同じく2人の表示が消えていた。一番向こうの山梨英和の表示は見えなかったが、そんなに差はないだろう

・・・なんで下がらないんだ?

 

・・・[キシャのキシャがキシャでキシャする]。汽車の記者が汽車で帰社するのだから、乗り物の汽車はつだ。あとはこの表示さえ消えてくれれば・・・。

押金が注視していた清水の表示が、108を指した。先程の測定のときに出て来た数字である。これで押せる、と彼は思った。しかし、その表示が消えることはない。

 

・・・なぜ?

一体幾つまで下げればいい?

 

とりあえず、今の彼にとっては、清水の心拍数を下げる方が重要であった。

 

「かっちゃん、数字は見やんほうがええで」
「さあ、川越高校もあと1人ですね」

 

・・・羽鳥さん、余計なことを言ってくれる。

 

・・・それにしても心拍数というものはこんなに下がらないものなのだろうか?

清水は自問自答していた。他の2人のランプが消えてから、かなりの時間が経っている。

多少の焦りも感じていた。ふと清水は、旅の間ずっと持ち歩いてきたクイ研特製団扇を手にし、そこに書かれたメッセージを読み始めた。

『よく考えれば1番喜んどんのはかっちゃんやね。だって1番危険やもん』

・・・確かに、今危険なんだよ諸岡さん。

 

『私はかっちゃんが何かやってくれることを信じております。』

・・・よっちゃん、ほんと何かやっちゃったよ。みんないろんなこと書いてくれてるなあ・・・。

多少気分も紛れたところで心拍数を見てみると、「130」

無常な電光掲示板によって映し出された数字は、清水にかなりのダメージを与えた。

「あまりさっきと変わってないじゃないか・・・」

一旦下がっていたはずの心拍数が、再び跳ね上がってしばらく経っていた。

もう、下がり始めてくれてもいい頃なのに・・・。清水は他の二人からも団扇を貸りることにした。

「おっしーたちのも貸してもらえる?」
「うん、いいよ。かっちゃん、落ち着いてな」
「おう」

 

そんなやりとりの中、羽鳥アナの声が響いた。

「さあ、神奈川工業が3人とも消えました!では行くぞ!」

「問題!キシャのキシャがキシャでキシャする。さて、乗り物の汽車は…」

パン!

「神奈川工業」

「3」

 

ティロリロン!

 

「・・・え?」

 

清水と古賀は軽い驚きを覚えた。順番を聞いていたということは、自分の考えていたキシャのどれか1つが違っていたということである。

2人は言葉を交わさなかったが、ほとんど同じ間違いをしていた。だが、今の清水にとって、そんなことはどうでもよかった。相変わらず心拍数は120~140をいったりきたりしている。

「フゥー」

 

深いため息が漏れる。まだ、神奈川工業以外に、全員のランプが点灯したチームはない。いつまで、神奈川工業の独壇場が続くのだろう?

 

「問題。興奮すると騒ぎ、兄弟の間柄では分け、人間的にあたたかいと…」

パン!

 

「神奈川工業」

 

「血」

ティロリロン!

 

「さあ、神奈川工業2ポイント目です。あ、川越高校と、加治木高校も消えましたね。それでは3チームで参りましょう」
「よーし!」
「よーし、よっしゃよっしゃ!」

 

ボタンに手をかけるクイ中達。特に、清水の喜び様はひとしおである。

 

「問題。昨年、酪農家から出荷された生乳生産第一位は北海道。では、第二位の、日光東照宮で有名な県はどこ?」

パン!

「川越高校」

 

押したのは古賀だった。酪農うんぬんは知らないが、日光東照宮と言えば・・・

 

「茨城県!」

ブー!

 

「残念、正解は栃木県です。誤答・お手つきにはペナルティがあります」

 

その瞬間、ボタン手前の穴の意味に3人は気付いた。

 

「その解答台に手を入れる部分がありますね。それではその穴から札を引いてください

 

古賀は手を突っ込み、4つほどある札の中から1つを選んだ。クイ中達が予想する最悪は、[全段降りる]であった。

 

「何と書いてありますか?」
「150」
「それでは150段戻って、再びこの解答台に戻ってきて下さい」
「なんや、150でええの?」
「ラッキーやね」
「おや?川越高校、嬉しそうですねえ。あ、荷物は置いていっていいですよ」

 

3人は、番組がしていたであろう予想よりも軽い足取りで、再び階段を降り始めた。

150段、462段を予想していた人間に言わせれば、半分にも満たない数字である。
必ずしも1番になる必要はない。だからそんなに急ぐ必要はなかった。

 

3人は、ただ問題を答え、勝ち抜けられればよかったのだが、その前に、ボタンへの道は遠く、まだ長い時間がかかりそうだった。

 

 

そして、清水にとってそれは、さらに長い時間が待ち受けていることを意味していた。

眼下の暗闇、眼上の陽光。

2011年1月14日 § コメントする

一度は抜けた改札口をまた通る。向かって右手に進めばもと来たホームへ進む。だが、ここまで待たせといてそっちに進むことはないだろう。他方、左手の通路を見ると、曲がり角があって、そこから先をうかがうことはできない。

外での[トイレ休憩]中にこの駅の外観を眺めていると、駅舎から屋根付きの通路が伸びて、駅前の道路を横切り、その先の川が流れているらしい谷まで横切って、山にぶつかって、そこから先もまだ伸びているような、そんな雰囲気が認められた。恐らく、この改札口左手通路はその通路なのだろう。

その先がクイズの舞台であることだけには、疑いを挟む余地はない。

「それでは参りましょう」との羽鳥アナについて-このときもクイ中達はちゃっかりと彼の側にいた-高校生一行は歩き出した。

 

スタッフの指示から、「何か話しましょう」ということになる。

「それにしても君、そのアロハは凄いねえ」と、羽鳥アナ。

「それって金魚?」その話の話題は、リーダー2号の黄色い金魚アロハである。

「そうっすよ、凄いでしょ?どうですか?」
「う~ん、それは放送ギリギリだねえ」
「マジすか!?」
「フフ、どうするよ、おっしー?」
「放送禁止は困るなあ」

押金を始め、清水と古賀も大ウケである。

「そう言えば、改札口の方に[日本一のもぐら駅]ってあったけど、どういう意味だろうねえ?」
「さあ、どうなんでしょうねえ?」
「モグラでもいるんじゃないんですか?」
「どうなんだろうねえ?・・・なんか、だんだん涼しくなってきたねえ」

羽鳥アナの言葉にうなずく一行。彼ら彼女らは、少しずつ理解し始めてきた。この先に何があるのかを、[もぐら]という言葉の意味を、この先に待つのは、トンネル、しかも普通じゃないトンネルだろうということを。

「それにしても、これはカナリ気合の入ったトンネルやなあ」

と、押金。だが、壁にはガラス窓があり、思いっきり陽の光が射し込んでいた。

「ここ、まだ外ですよ」

とツッこむ古賀。

「あほー!わからんのか!?だからこそ気合入っとるんじゃあ!」
「・・・そういうもんなんですか?」
「そーゆーもんなんじゃあ!」
「・・・すいません、わかりました」
「よし、それならいい」

 

いつもの冗談トークである。そして、細い通路を抜けると、急に広い空間が広がった。横の窓からの光もまぶしいその空間だったが、一行の眼前を塞いだのは、斜めになった天井であった。

「はい、それじゃあここで一旦停まってね」

と、後ろのチームを待つ。恐らく、ここから地下に下っていくのだろう。だが、この下り通路の横幅は、クイ中達が普段利用しているような駅の階段のそれの比ではなかった。

細くて長い通路はたくさんあるが、広くて短い通路は意外と少ないものである。その幅から、地下への道のりの長さを察することは比較的容易であった。

そして、一行が入ってきた空間に目を転じて見ると、スタッフ一同がスタンバイし、かなりの数の機材が準備されている。目の前の深そうな通路と、これだけのスタッフ。少し勘が働けば、おぼろげながら予想というものもついてくる。そして、それはあまり楽しいものでもないということもわかっていた。

 

「それでは、皆さんにこの駅の日本一たる由縁をお見せしましょう!」

高校生達十数人がフロアに到着し、羽鳥アナについて再び歩きだした。

 

「・・・うわ」
「さあ、この駅の日本一!」
「おおー!」
「長さが338m。全部降りると、462段。これがこの駅の日本一です!」

 

今まで、これほどまでに深く伸びる階段を、3人は見たことがなかった。眼下の暗闇は、深く、重く、冷たい。

「はい、みなさん。降りるのは少し待って下さいね。この旅も3日目、かなりハードな日程でしたので、番組としては皆さんの体調が心配です。ですので、ここで看護婦さんに健康診断をして頂きます。それじゃあ、お願いします」

 

目を転じると、ナース服姿の女性がこちらに向かって歩いてきていた。古賀が見る限り、確かにその人は看護婦さんであった。あの、足を挫いた柏原高校のメンバーの具合を診ているところを、何度か目撃している。

他のスタッフも「看護婦さん」と呼んでいたのだから、正式な看護婦のはずである。古賀の脳裏に引っかかったのは、そちらに対する疑いではなく、その服装についてであった。何も、ナース服は白よりピンクの方がいいというような話ではない。

彼女は、今の今まで、他のスタッフ同様私服姿だったのである。なぜ、この期に及んでわざわざナース服を着る必要がある?

「それじゃあ、最初は山梨英和の伊東さんから」

彼女は、羽鳥アナに指名された英和チームの1人の手を取って、脈拍を測り始めた。先の問いに対する答えは明白だ。この場面には、放送の可能性があるということである。なぜ放送する?普通の健康診断なら、ひっそりとやってもいいではないか。やはり、答えは明白である。

これが、この次のクイズに関係あるということだ。

「どうですか?」
「はい、脈拍は問題ありません」
「それじゃあ次の人にいこうか」

脈拍だけで終わるのが、この健康診断に対する疑念をさらに強めさせた。普通、健康診断というものは、下まぶたの裏側の色を診てみたり、喉の方を診てみたりと、いろいろするものである。

以上の様々な要素から弾き出された答え、それは、NTVは高校生達の健康なんて(本格的には)気にしていないんだろうなあ、ということであった。
・・・とまあ、なんだかんだと言っても、健康診断と言われて脈を測られるのは、やはり緊張する。

「はい、もういいですよ」
「どうも」
「彼の脈拍はどうでした?」
「93ですね。問題ありません」

そして、「問題ない」と言われればやはり安心する。安心した古賀の次は、リーダーの押金である。

「86、問題ありませんね」

やはり一安心。3人のトリは清水。

「108ですね」
「108、少し高いですね。大丈夫なんですか?」
「はい、特に問題はありません」

お墨付きも得て、清水は小躍りした。

「脈拍トップやで~」
「やりましたねえ」
「おいしいなあ」

こういうところでは、何はともあれおいしいもの勝ちである。

「108ですね」
「あ、彼も少し高いですねえ」

 

最高脈拍数を清水とタイの数字で飾ったのは、東大寺の田部君であった。

「かっちゃん、並ばれたねえ」

古賀がそうつぶやいたとき。同じ東大寺の安達君には更なる診断が下された。

「ちょっと不整脈がありますねえ」
「・・・それって、大丈夫なんですか?」
「はい。あまり問題はありません」

[あまり]とはどこまでを[あまり]と言うのか、医療用語は[オペ]や[クランケ](記録班注:オペは手術、クランケは患者の意)くらいしか知らないので、それこそ[あまり]安心できるものではない。

だが、本人には嬉しいことではないだろうが、安達君に対する不整脈診断はTV的においしいものと感じられた

「それでは参りましょうか」

と、(とりあえず)問題なしとの診断を受けた一行が羽鳥アナについてようやく階段を降りようとしたときだった。

「観光客が来るから少し待って!」

との遠藤氏の声。

故に、高校生達はその家族連れに道を譲る。

「はい、そっちに観光客が行くから少し待ちます。どうぞ」

無線で下に指示を送る遠藤氏。撮影スケジュールが押しているのかどうか知る由はないが、時間が有り余っている、とまではいかないだろう。この中断も、あまり愉快なものではないはずである。

だが、「折角の夏休みなんだから、思い出作ってもらわなきゃいけないだろう」と遠藤氏は言った。

「全員下まで降りた、はい了解。それじゃ本番、カメラスタンバイ。それじゃ高校生、降りるからね」

遠藤氏の号令で、全員が荷物を持って階段の第一段目に立つ。

「ハイ、それじゃ本番行きまーす。5秒前、4、3・・・」
「それじゃあ行きましょう。みんな荷物ちゃんと持ってるよね?持ってるね」

一行は、それぞれの荷物を携えてぞろぞろと階段を下り始めた。

「いやー、すごいねえ。駅の構内とは思えないよねえ」

とは羽鳥アナの弁。クイ中達、全く同感である。普通、こんな階段には、エスカレーターの類があって然るべきなのだ。それどころか、古賀にはここならケーブルカーを走らせてもイケるんじゃないのか?などという考えまで浮かんだ。

進行方向左手には、赤い看板に白抜きの文字で段数が示されていた。ようやく50。[終着駅]のプラットホームなど、見えるべくもない。

「みんな、ちゃんと付いてきてる?後ろの方が少し遅れてるね。じゃあちょっと待とうか」

 

数十段おきかに置かれている踊り場、それも上から数えて何番目のものだろうか、ようやく道のりの半分を示す数字が白字でペイントされた所までやってきた。

ふと両脇を見てみると、地下水が染み出てくるのだろう、それを流すための水路-と言うよりも斜面-があった。それにしても、かなり気温が下がってきた。

「まだ底が見えそうにないねえ。それじゃ、後ろの人達も追いついたみたいだから行こうか」

ふと清水は、当初掲げていた友達を作る計画を思い出した。そこで、大きな荷物を抱えた神奈川工業のメンバーに話しかけてみる。

 

「荷物たいへんそうやね」
「うん。けっこう重いんだよね」
「袋破れちゃったの?」

 

途中で破れてしまったのか、荷物袋を東京都指定ゴミ袋に入れて担いでいる。

「そうなの。だからスタッフにゴミ袋をもらったんだけど、誰かがほんとのゴミ袋と間違えてゴミ入れていったんだよねー。違うって!って感じやった」
「へぇーそれは失礼な話やな」

こうして、また友達の輪を広げることに清水は成功した。一方古賀は、今まで下ってきた道を振り返ってみた。まだ、闇の底に足を踏み入れているわけではなかったが、しかしそこから見る陽光は、遠く、そして、小さかった。
高校生達の心には、同じような思いがあった。次のクイズは、眼下の暗闇の中なのか、それとも眼上の陽光の中なのか。どちらに転んでも確実なことが一つ。

 

それは、自分達が踏んでいるこの階段は、クイズの素材として、無視するにはあまりにも惜しいものだということである。

土合、山々に囲まれての長過ぎる休息。

2011年1月11日 § コメントする

駅に降り立った高校生一行。右方向には駅舎があったが、すぐにはそこに行くなとのお達し。何かの準備をしているのだろう。と、すぐ近くにいつの間にやら羽鳥アナがいるのを発見したクイ中達。この千載一遇のチャンスを逃すテはなく、果敢にもアタックを敢行する。

 

「羽鳥さん、結局昨日は魚沼のお米、食べられましたか?」

 

「いや、結局食べられなかったんだよねえ。おいしかったんでしょ?」

「はい、めちゃめちゃおいしかったですよ」

「いいなあ」

そのとき、撮影スタッフからゴーサインが発令され、羽鳥アナからも

「それじゃ行こうか」

ということになる。思いがけず、司会者のすぐ側を歩くというベストポジションを手に入れたクイ中達は、張り切って羽鳥アナに付いて進み始めた。

「いやあ、こんなところまで来ちゃったけど、どうみんな?ここに来たことある人っている?」

誰の口からも、[YES]の意がこもった答えは出てこない。

「だよねえ。こんなこと言うとアレだけど、普通は来ないもんねえ、こんなとこ」

「そうっすねえ」

そして、駅舎の中へ入る一行。

「・・・はい、それじゃこれくらいでOKでーす!」

と、撮影-恐らくクイズの前置き部分と思われる-は終了。

トイレ休憩ということで、改札口と待合室を抜け、駅の出入り口へ。そして、出入り口の隣にあるトイレへと、かなりの人数が向かった。

越後湯沢で一度行っているはずのクイ中2号と3号も、その中の2人である。用を済ませ、手を洗うべく蛇口をひねると、かなり冷たい水が流れ出た。ここの標高は、かなり高いに違いない。

土合駅の改札口に駅員は見当たらず、もしかしたら無人駅なのでは?という疑問も湧いてきた。その改札口前にある待合室、そこのテーブルには書類やペットボトルといったものが並び、その側で羽鳥アナとスタッフが打ち合わせをしている。

そこに近付くこともできず、駅舎に入れない一行は、それぞれその前の階段に座り込んで時間をつぶしていた。クイ中達-どのチームでもきっとそうだろうが-の話の槍玉に上がったのは、入り口の上に掲げられた[日本一のもぐら駅]という看板であった。

「モグラって、漢字で土の竜って書くんやで」

と、古賀。こんなキャッチコピー(だかなんだか)を掲げている駅で出題されるにはちょうどいい問題だと彼は踏んでいた。

「へー、そうなんや。土の竜ねえ。…それにしても、どんな意味なんやろ?」

と、清水。

「モグラ・・・地下・・・あれや、日本一アンダーグラウンドな駅なんやわ。ショッカーみたいな地下組織が暗躍しとるんやで、きっと。なあ、おっしー?」

「そうそう、かなりアンダーグラウンドやでなあ、ヤクの密売なんか余裕でやっとるんやで。武器の取引とかもきっとやってる危険なブラックマーケットやわ」

古賀と押金は、そんなありもしない方向に話を拡大していった。

「・・・まさか、モグラの動物園があるなんてことはないだろうしねえ」

 

「わからんねえ。それにしても、長い休憩だねえ」

 

待ちくたびれたのか、もともとくたびれていたのか、神奈川工業チームの藤田さんはコンクリートの上で睡眠中であった。他にも、コンクリートを割って生えてきている雑草をいじっていたり、ボーっと景色を眺めていたりと様々である。

と、矢野さんがクイズミリオネアについて話しているのをクイ中達は聞きつけたので、その話に加わってみる。

「簡単だとかなんだかんだって言ってますけど、やっぱり1000万って凄いですよねえ」

 

「破産せんのかねえ?」

 

つい最近、シニアクイ中-と失礼にもクイ中達が勝手に名付けてしまった-の1人である永田喜彰氏(記録班注・・・の必要もない、はず:FNSクイズ王、第13回アメリカ横断ウルトラクイズの準優勝者である兵庫県在住の会社員の方)の1000万円ゲットをTVで見てしまった3号は、ふとフジTVの心配をしてしまった。

ちなみに、周知の事実だが高校生クイズは日テレの番組である・・・。

「そう言えばね、あの1000万って数字には少し秘密があるんだよ」

と、矢野さんは言った。

「え?なんなんですか?」

「景品法ではねえ、何かの賞金とかの最高額は、200万辺りが望ましいみたいになってるんだよね」

「え?マジすか?ミリオネアぶっちぎりじゃないすか」

「ところがさ、あれ、建前は5人で1組でしょ」

「あ!」

「・・・きたねー!」

 

200万×5=1000万である。

「ふふ、そんなもんだよ、TVって」

興味深い話である。あの、妙に不自然で強引な5人1組制にはそのような裏があったらしい。こういった裏話が聞けるのも、高校生クイズのいいトコなのだろう。話も一段落した時、クイ中達は目の前で羽ばたく赤い何かを見付けた。

「お、トンボや」

「赤トンボが飛んでるなんて、やっぱり涼しいんやねえ」

「よし!捕まえるで!」

 

押金の呼びかけで、クイ中達は久方ぶりの昆虫採集に励むことになった。

「よし、もし捕まえたらジュースおごったろ」

「マジで!?よっしゃ、なんかヤル気出て来たで~!」

 

高地の土合駅舎前、なかなかトンボを捕まえられない1号と2号を見くびった-と言っても、当の本人はとっくにトンボ捕りをギブアップしていたのだが-3号は、思わず口を滑らせた。

「なあ、トンボって英語で何て言ったけ?」

 

「ドラゴンフライやろ?」

 

古賀が答え、こうも加えた。

 

「ちなみに、蛍はファイアフライって言うんやで」

 

「へえ、そうなんや。・・・よし、これはもらったで~。・・・よっしゃ!古賀ちゃん、ジュースね」

清水、トンボのキャッチに成功。

「え、かっちゃん捕まえたん?負けてられへんなー」

と、さらに燃え始める押金。数分後、結局2人ともトンボを捕まえてしまう。

・・・長いトイレ休憩やなあ。時計を見た押金は、自分達がこの駅に降り立ってから余裕で30分は越えていることを確認した。本当に、トイレ休憩にしては長過ぎる。

まあ、古賀ちゃんあたりにはちょうどいい-ちなみに押金と清水が確認しただけでこの休憩中に2回は行っている-のかも知れないが。

そんなことを考えながら、ふと駅舎内の待合室を見てみると、羽鳥アナがシャドーピッチングをしていた。羽鳥さんも暇なのか・・・。そういえば彼、高校時代はピッチャーやってたんだよなあ。一方、古賀は特に何かを考えることもなくたたずんでいた。何の気なしに辺りを見回していると、近くにいた東大寺学園チームの左腕が目に付いた。忘れもしない、福澤アナが

「なかなかいい品」

と言った、あのCITIZEN製太陽電池腕時計(高校生クイズロゴ入り)である。

「あ、その時計してきたん?」

「うん、これしかいいのがなかったからね」

と、東大寺チーム。古賀も持ってこようか最後まで迷っていたのだが、なくすと大変なので、結局は大事に部屋に飾ったままにして置いたのであった。

そのとき、ついにスタッフから呼び声がかかった。

一体何の準備をしていたのかは不明だが、ようやく何かが動き始めた。

『何か』とは何か?全く予想がつかない。あの日本海の砂浜と違い、ここがどのような場所かを知る余地すら与えられていない。

 

唯一のヒントは、ただし、もしそれがヒントとなるのならば、この駅が[日本一のもぐら駅]であるということだけだった。

 

新潟から群馬、トンネルを抜けるとそこは山国。

2011年1月10日 § コメントする

乗り込んだ列車内は、微妙な込み具合。先客の人々の中には一行に向かって、どこのどいつだ?と言いたげな視線を投げかけてくる人もいたが、あまり気にせずに着席しようとする。

クイ中達も席を探すが、その車両には4人がけのボックス席が並んでいて、どのボックスにも大抵1人が座っていた。

 

「すいません、ここ、よろしいですか?」

 

仕方がないので、引け目を感じつつも、ある男性に相席を頼み込み、ようやく着席。天満さんは、各チームに朝食を配り始めた。透明なパックに入った朝食は、おむすび2個と、なぜか鶏の唐揚げ1つ、そしてウーロン茶である。

食事時間の飲み物は、スポンサーの関係からか今までジャワティやポカリスエットが配られていたが、ストックが尽きたのか、そんなことは元々どうでもよかったのか、全く別の会社の製品であった。

 

「…絶対足りんぞ」

 

古賀のそんなぼやきを、他の2人はそりゃそうだろうと思いながら聞いていた。しかし、グチっても得るものはないので、古賀も観念しておにぎりを口に運び始めた。

 

「これは魚沼産?」

「ふふ、どうなんやろねえ?」

 

相席の男性が降り、やっとリラックスし始めた3人。次の駅辺りで地元の女子高生達-もし中学生だったのならば、かなり老け顔ということになる-が乗ってきたのに古賀は気付いた。

とりあえず、彼女らを見て思うことは幾つかあったのだが、聞こえてしまうとアレなので、しばらく黙っておくことにした。押金にとっては、そんなことよりもトイレに行くことの方が重要問題となっていた。

 

「すいません、降りるまであとどのくらいですか?」

 

「どうしたの?」

「いや、トイレに行きたくなっちゃって」

 

「あ、おっしーも?俺もなんやけど」

 

天満さんに尋ねた押金に、古賀も同調する。

 

「ちょっと待っててね」

 

と、彼女は他のスタッフに相談しに行った。

 

「また古賀ちゃんトイレかー?」

 

と、清水。

 

「なんで?おっしーもやん」

 

「古賀ちゃんと一緒にしたらあかんよ。おっしーはまだ1回目やろ?」

 

「そうやて。一緒にせんといて」

 

「・・・は~、またイジメや」

「え?イジメってのは心外やな。そんなんうちらに対するイジメやん。なあ、おっしー?」

 

「なあ」

 

「はいはい、ごーめーんなさーいー」

 

結局いつもの負けパターンにはまった古賀がキリのいいところで白旗を揚げたとき、天満さんが戻ってきた。

 

「もう少ししたら通過待ちでしばらく停まるらしいから、そのときに行っておいで」

「はい、ありがとうございます」

 

「で、停車時間は?」

「大体5、6分」

 

「トイレはどこに?」

「階段上って、右に曲がって、左手の階段を下りたホーム」

 

「よっしゃ、行くぞおっしー」

「おう!」

 

「急いでねー」

 

「はい」

 

矢野さんに道順を聞いて、トイレにダッシュ-時間以外、特に切羽詰まっていたわけではないが-するクイ中2号と3号。まず階段を駆け上がる。

 

「右やな。どの階段を下るんや?」

 

越後湯沢駅、JR上越新幹線も停まり、冬にはスキーで賑わう駅である。

 

「あっち、表示があるわ」

 

 

 

「急げー!」

 

と、今度は駆け下りる。

 

「あった!」

 

ここまでで、大体1分半である。

「セーフ!」

「よし!間に合った!」

 

出発までに余裕を残して、2号と3号は無事帰還。

 

「みんないるね?」

「はい」

 

列車は再び出発した。走ること大体3分、列車が次に停まったのは、岩原スキー場前駅。スキー場前と言う割に、先程の女子高生を含めてかなりの数の高校生が下車していく。列車の扉が閉まり、動き出した風景の中で固まって歩くガン黒女子高生を見た古賀は、押金に呟いた。

 

「秋田とか、新潟とか、こういう雪の多い地方には、色白の美人が多いって聞いてたんですけどねぇ」

「ホントですねぇ」

「それじゃ、次の駅で降りるからね。荷物まとめて、忘れ物のないように」

 

そろそろ降りるとは聞いていたので、既に荷物はまとめてあった-と言ってもこの車内では一度もカバンを開けていない-3人。さて、どんな駅なのだろうか?と考えていた矢先、いきなりトンネルへ。

ここまでに結構な数のトンネルがあったためにそれほど気にはしなかったのだが、それでもかなり長いトンネルである。

 

「あ、もう群馬入りなの?」

 

時折蛍光灯が光を覗かせる、車窓の外の壁を見ていたクイ中達は、光に照らされた[新潟⇔群馬]という表示を見つけた。新潟と聞けば、県民の方々には大変失礼だが、東京からだいぶ離れているような、つまり、旅の終わりからはまだまだ遠いような気がした。しかし、群馬と聞けば、一気に東京に近付いたような気がする。

そう、既に、とうの昔にこの旅は折り返しているのである。勝ち抜けるにしろ、脱落するにしろ、始まりよりも終わりの方が近いところまで旅してきたことを考えると、3人の胸には驚きと寂しさがやってきた。

楽しい旅、素晴らしい旅ほど、終わりが近付くごとに何とも言えない思いが大きくなっていくものである。だが3人は、それぞれその思いを口にすることなく、自分の胸にしまいこんで、次の関門に向けての覚悟を固め始めた。そんな思いと裏腹に、列車を新しい光が包み込み始めた。名実共に、群馬県入りである。

 

トンネルを越えると、そこは山国。空の雲は白く、山の頂きは青かった。

周りの木々も緑鮮やかな一筋の線路、そこにまた、1つの駅。誰かが乗り込むことはない。

 

周知のことだが、この旅は非情なものである。駅がある限り、誰かが降りなければならない。

 

8月16日、朝陽は昨日と変わらず見えても。

2011年1月10日 § コメントする

[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]

・・・どういうことになっているのだろうか?

川越クイ研理事長、諸岡麻由子は古賀からの返事の意味を判じかねていた。

しかし、彼女を悩ませていたのは[爆勝コシヒカリ!]の部分ではなく-この点では、送った当人である古賀の予想と反していた-、後半の[明日早いのでもう休みます。]の部分であった。

[爆勝コシヒカリ!]なんて、どうせおっしー辺りが思いついた言葉だろう。だが、[明日早い]とはどういうことだろうか?クイ中達がNTV側から受け取っていたスケジュールを信じるならば、明日-いや、もう既に今日か-16日は大会3日目、17日は予備日となっていたからもう最終日ということになる。

今まで彼らからはほとんど連絡がなかったので全く様子がわからず、よしめぐと

「別に負けてきたって聞いても怒らへんのになあ」

と話していたほどである。負けてきたのが恥ずかしくて、帰っているのに連絡できないのか、それとも本当に連絡できないのか。[もう寝ます。]と送られてはそれ以上問い詰めることも出来ず-出来たとしても上手くはぐらかされるような気はするが-、仕方ないので彼女も3人の無事を祈りつつ眠りにつくことにした。

 

「・・・あ、おはようございます」

 

「お、おはよう」

「はよー」

 

「今何時?」

 

「5時45分くらい」

「・・・ちょっとトイレ行ってきます」

 

「お?早くも今日の1回目やな?」

 

「今日も記録を更新しそうな勢いやな」

「・・・なんでやねん」

起き抜けでテンション低調の古賀は、洗顔がてらトイレに向かう。どこのチームの部屋かは憶えていなかったが、ドアの外に昨日の祭会場で選んだ写真を飾っている部屋があった。

クイ中達が選んだあの集合写真は、いつの間にやらスタッフに回収されてて行方知れずである。記念に欲しかったなあ、と思いながら用を足し、洗面所に向かう。鏡を見ると、幸いにも寝癖はついていなかった。

大きなあくびをする自分の間抜けな表情を鏡で見たあと、古賀は蛇口をひねって水を出す。この辺り、夏でも朝晩はかなり涼しいようで、蛇口からほとばしる流水も結構冷たく感じられた。

顔に冷水を浴びせて頭を少しずつ覚醒させていると、右手に誰かの気配がした。タオルを取るついでにその方向を見てみると、ピンクのシャツ姿の女の子がいた。山梨英和のメンバーである。

「おはようございます」

先に挨拶してきてくれたのは彼女の方だった。

「あ、おはようございます」

古賀も挨拶を返し、着替えをするために部屋に戻った。今日も一日、あのアロハのお世話になるだろう。この一夜、スペアのシャツを着てはいたが、朝にはアロハに着替えるつもりであった。今更、アロハ以外のシャツに袖を通す理由などない。

「乾いてない・・・」

「俺のもや」

 

清水が昨晩風呂場で洗った靴下は、6時間弱の睡眠時間中に乾くことなく朝を迎えていた。

「どうするの?靴下はそれだけやろ?」

3人の中で古賀だけは、砂浜で靴下を脱いでいたので汚れることもなく、従って洗うこともなかったので無事-裏を返せば、初日からずっと履き続けている-であった。

「しゃあないで、手で持っていくしかないでしょ。ま、そのうち乾くんちゃう?」

「夏だしね」

とりあえず、靴下の乾燥については、太陽と時間とに下駄を預けることとなった。

 

「今日って16日やんね?」

「ん、そやで」

「もう日付があやふやになってきてるわ」

「やろなあ。ほんとにそういうのとは無縁の生活やもんね」

 

「・・・今日で決勝までいくのかなあ?」

 

「もらった日程表やと、もう明日は予備日になってたからね」

 

「やっぱり東京ですかね?」

 

「その可能性は大きいね。でもそうと決まったわけじゃないからね」

 

「先のことは考えやんと、1つ1つがんばってこ」

 

「やね。よっしゃ、忘れ物ないね?」

「ん、ないよ」

「じゃあ行きますか」

日が変わってもそのコンパクトさは一向に変わらないカバンを持って、クイ中達は部屋を後にした。6時間弱寝ただけの部屋だったが、それでも泊まった部屋を出るときには何か寂しいものを感じる。

川善旅館前で点呼をとり、高校生クイズ一行は目と鼻の先にある-道1本をまたげばすぐ、30秒で行ける距離である-JRの小出駅の入り口前に移動。皆、とても眠そうな面持ちである。クイ中達は、てっきり電車を待っているのだと思っていたが、彼らを迎えにきたのは列車ではなくバスだった。

「またバスかよ~」

と、クイ中2号はぼやいた。話を聞くに、一度原地区に戻って記念撮影をするらしい。確かに、一晩泊まらせてもらった-ことになっている-のだから、番組としては別れの挨拶くらい撮っておきたいのだろう。クイ中達も、昨晩渡辺さんと写真を撮ることができなかったので、それについての否やはなかった。

勝ち抜けチームだけが連れて行かれ、朝焼けに染まる昨晩の祭会場であった公民館前広場へ。時刻はまだ7時頃だというのにも関わらず、もう既に、何名かの地元の方は集まっていた。しかし、まだ渡辺さんの姿はない。

「それじゃあこっちの方で撮影するから」

とのスタッフの声に、各員集合。

「あ、渡辺さん!」

クイ中達が待ち侘びていた渡辺さんもやってきて、他のチームの方も揃ったようだ。スチール撮影かと思ったらそうではなく、スタッフ曰く

「映像を撮影して、それを写真みたいに使う」

らしい。

「それじゃあみなさん、カメラの方を向いてください」

との指示に従い、築山の上にセッティングされているカメラに全員が注目する。

「それじゃ行きまーす!5秒前、4、3、」

例のごとくのカウント後、数秒。

「はい、オッケーでーす!」

なんだか実感は湧きづらいが、撮影は終了。もう移動するようだが、各チームは地元の方との別れを惜しんでいて、少し間があるようだった。今しかないということで、クイ中達は昨日撮りそびれた渡辺さんとの写真を撮るために

「渡辺さん、一緒に写真に写ってもらっていいですか?」

とお願いする。奥さん共々快くOKしてくださったので、近くにいた人を捕まえてシャッターを押してもらった。

 

「それじゃあ、頑張ってね」

 

「はい!」

 

「ありがとうございました!」

 

「お世話になりました!」

 

心からの礼を言って、クイ中達はバスに戻った。

再びバス上の人となった高校生クイズ一行。つまり、クイ中2号のテンションは下がりっぱなしである。

彼につぶれてもらうわけにはいかないので、1号は彼の横に座ってなんとか彼の気を紛らわせようとしていた。

一方3号は特にすることもなく、窓際に座って外の風景を何の気なしに眺めていた。彼の隣では、山梨英和の1人-古賀の頼りない記憶によれば、この子は確かリーダーである-が、揺りかごを大きく揺らしているかのように気持ちよく寝ていた。

古賀も可能ならば寝ておきたかったが、枕か何かに頭を預けないと眠りづらいタイプなのでそれも難しかった。

横の壁やら窓に頭をつけると、バスの振動が直接伝わってくる。2号ほどではないにせよ、彼も乗り物には強くなく、乗合バスの比較的エキサイティングな振動を頭に受けてはただでは済みそうにない。

バスの車窓ではいろいろな風景が浮かんで消えてを繰り返していたが、最も古賀の目を惹いたのは、[田中真紀子] (記録班注:当時自由民主党所属の衆議院議員。元科学技術庁長官で、故田中角栄元総理大臣の娘) と大きく書かれた後援会の看板である。・・・そう言えば、あの人の地元は新潟だったなあ。ひょんなところからも、自分達が参加している旅のスケールの大きさを知る3号だった。

バスが停まったのは、昨日高校生達が降り立った浦佐駅であった。…結局、発つのはここからなんやな。クイ中達は思った。あの原地区はこの浦佐駅から結構離れた場所にある。

気のせいなのかも知れないが、川善旅館のすぐ前にあった小出駅の方が、幾分か原地区に近かったように思われた。

わざわざ浦佐に降りたのには何か理由があるのだろうか?勝ち抜けチームが乗ったバスから十数名の高校生達が降り、早朝の-昨日の昼間もそうであったのだが-閑散とした構内へと向かった。

脱落チームはどうしたのだろうか?たぶん、見送り場面撮影の詳細辺りをスタッフに聞かされているのだろう。未覚醒の頭でそんな風に見当付けながら、クイ中達は矢野さんの先導に付いて改札をくぐった。

当然ながら新幹線のホームには進まず、前日に降り立った在来線のホームへ向かう階段を下った。冬は雪国としてその名を響かせる新潟県。夏の夜-少なくとも昨晩は-でも、クイ中達にとってはなかなか涼しいものであった。とはいえ、やはり8月である。朝の陽射しは既に鋭く、熱かった。

「もうすぐ電車が来るからねえ。朝御飯は電車の中で食べてもらうから」

と、天満さん。その言葉の通り、弁当とお茶が入っているらしき段ボール箱が階段を下りたところの横に置かれていた。電車と言えば、FIRE号。高校生たちは当然のようにそう考えていたことだろう。無論、クイ中の3人もそうであった。

「はい、電車来たから下がってねえ」

との言葉に、ふと電車がやって来る方向-日本海側、つまり北-に一同は目を向けた。銀のボディに黄緑のライン、見紛う事なき、各駅停車の在来線である。

「はい、それじゃこれに乗ってねえ」

…え?特Q!FIRE号でぶらりクイズ列車の旅、ではなかったのか?多少は困惑した一同であったが、ここまでNTVの撮影に付き合っていると[こういうことになっているのだ]という妙な悟りも開けてくるらしく、素直にその言葉に従って水上行きの列車に乗車した。

8月16日、全国大会4日目。

今日も、どんな駅に降ろされるか、そこで何が起こるのか、全くわからない旅の始まりである。昨日と変わらず陽は昇っていたが、そう見えるだけだ。昨日と同じことなんて、今日という日には何一つ、そう、何一つ起こりはしない。

そして、新潟の夜も更けて。

2011年1月10日 § コメントする

「何か飲み物があればありがたいんですけどねえ」

厚かましくもそんなお願いをするクイ中3号。5チームが通されたのは、公民館2階の座敷。それぞれのチームが座り込むが、その間には微妙な隙間がある。ここは他のチームと親睦を深めるべきだろうか?いやしかし、みんな疲れてるだろうし、無神経なやつらだと思われるのも嫌だし・・・。そんな思いもあり、クイ中達は今一歩他チームとの会話に踏み出すことが出来ない。

「あれって、さっき使ってたやつの残りかね?」

 

「ん?そうっちゃう?」

見ると、おむすびが山となって、3枚の大皿に。ただし、どれがどれだかわからない。

 

「食べ比べればわかるかねえ?」

 

「無理。あんなもん、1回しか当たらんて」

 

そこに、矢野さんがペットボトル2本とコップを持ってきた。

「とりあえず、飲もか」

 

「あ、俺[なっちゃん]のリンゴがいい」

「はいはい。・・・コップ足らんね」

 

部屋にいるのは15人、コップの数はたぶん10に満たない。

「あ、僕らいらない」

と、言うチームもいたが、やっぱり足らない。

「うちら3人で1つ使うから、そっちで3つ使って」

と、クイ中達は山梨英和にコップを譲った。

「そう言やさ、これって当たってるのかな?」

 

「え?古賀ちゃん、それ当たり?」

古賀のつぶやきに反応した2人、その2人の声に反応した左隣の神奈川工業。

「・・・いや、『当たってるのかな?』って言っただけで、当たってるとは・・・」

「古賀ちゃーん、紛らわしいこと言わんといてー!」

「俺かー?やっぱり俺が悪いのか?」

 

「今のは古賀ちゃんが悪いやろー」

 

いつもの流れである。

「結構くさいよね」

とは、清水が聞き逃さなかった、東大寺学園のつぶやきである。彼らは、この旅の間ずっと同じ服のため、かなりきているらしい。だが、この部屋の中で着たきりでないのは、神奈川工業くらいであろう。

山梨英和も憶えている限りずっとあの[WeLove朗]のピンクシャツであったし、加治木高校もあのサウナスーツは暑くないのだろうか、少し心配である。

無論、川越クイ中もずっと同じ服装-アロハシャツもジーパンもパンツも-である。

 

山梨英和の1人が、背中の障子の向こうが気になったらしく、それを開けた。

 

「あ!なにかいる!」

ん?ゴキブリか?クイ中達がそう思っていると、

「あ、蝉だ」

とのこと。一昨日の、押金の予測どおり、彼女達はいいキャラクターを持っている。その押金も背中の襖の奥の部屋が気になったらしく、開けてみる。

「お?なんや、こっちの方が涼しいやん!」

「あ、ほんまやねえ」

 

「ん?なんかあるで」

 

見ると、床の間には武者人形が飾られていた。

 

「これは鑑定するといくらになるんでしょうかねえ?」

 

「50万くらいっちゃう?」

「マジっすか?」

 

あまり騒ぐのもよくないと思い、これくらいにしてもとの場所に戻る。

 

「ところでさ、なんでこんなところにトマトケチャップが置いてあるの?」

 

「なんでやろ?酒のつまみっちゃう?」

「えらいつまみやねえ。・・・ちょっとトイレ行ってくるわ」

「またトイレか、古賀ちゃん」

「これで今日は40回目やな?」

「記録更新おめでとう!」

「誰がそんなに行くかい!」

 

と、古賀は座敷を出た。恐らくこれはただの移動待ちではなくて、昨日と同じ、一種の[監禁]だろう。

と、古賀は思った。階下の会場を見る窓は全て曇りガラスか障子で-意図的であるにせよないにせよ-塞いである。たぶん、敗者復活クイズだろう。

「それ、もらっていいのかな?」

アルバイトスタッフの矢野さんが、高校生達に尋ねた。

 

「いいんじゃないすか?でもどれがどれだかわからんですよ」

 

「うまいこと当ててよ」

 

「もう2回目は無理だと思いますよ。・・・なんとなくこれかな?」

「ありがと。・・・」

「どうですか?」

「・・・あんまりおいしくない」

「あ、すいません。それならたぶんハズレのやつですわ」

「ところでさ、お世話になったうちからここに来るときに渡されたライトって返してくれた?」

 

矢野さん曰く、まだ見つからないらしい。現在何時か、時計を見るのも面倒くさいが、結構経っているのは確かであった。

「この扇風機、使えないのかなあ?」

と、神奈川工業の1人が部屋の真ん中に持ってきて、スイッチを入れた。

「あれ?これ動かない・・・」

「どうしたんすか?」

「スイッチが入らないの」

 

「ちょっといいですか?」

 

と、スイッチをひねるクイ中。だが、ひねれども回せども羽は回らずである。

 

「それじゃ高校生、出発しますよー」

と呼ばれたので、扇風機はそのままであった

 

「お!電波が立った!」

「え、ほんま?あ、留守電入っとる」

 

先の遠藤さんの言葉通り、原地区に泊まらない高校生達はその夜の宿舎に向かっていた。

「近くにコンビニあるかなあ?」

「なんで?」

「パンツと靴下買おうかなあって思って。特に靴下」

 

「ああ、2人は綱引きのときに脱がなかったもんね」

「ちょっと聞いてみよ。・・・すいません」

「何?」

「泊まるところの近くにコンビニってありますか?」

「うーん、たぶんないなあ。ありましたっけ?」

「ないね」

 

天満さんにも土居さんにもそう言われてはどうしようもない。勝ち抜け、脱落合わせて全10チームを乗せたバス-行きと同じようなバス-は、広い道からだんだんと細い道に入っていった。

なるほど、コンビニはなさそうである。そして、左手に見えてきたのは小出という駅であった。昨日に引き続いてか?嫌な予感はしたが、今夜は車中泊ということではなさそうである。駅前の[川善旅館]という旅館に到着した。時刻は11時を回っていた。

「なんかまともに風呂に入るのも久しぶりやなあ」

と、服を脱ぐクイ中3人。押金と清水は、ついでに靴下も洗うつもりらしい。

「うわ、ポケットにめっちゃ砂入っとる!」

「砂浜で結構倒れこんだでねえ」

「よっしゃ、一番乗りや」

と、扉を開ける。

 

「でも狭いねえ」

 

「こんなもんでしょ」

 

途中、矢野さんや、他のチームの面々も入ってくる。

「なんか、スタッフの人と風呂に入るのって面白いですねえ」

そういえば、今までまともに他チームやスタッフの人々と風呂に入ったことはなかった。押金と清水は出ても、相変わらず古賀は遅風呂である。久しぶりに、まともに湯船に浸かる古賀。左足の傷に、熱い湯がしみた。

「すいませ-ん、トイレってどこですかあ?」

風呂から出て、洗面所で靴下を絞っていた清水は、ふとトイレに行きたくなって、近くにいた加治木高校のメンバーに尋ねた。

「すぐそこですよ」

その言葉に後ろを向いて突き当たりまで行こうとした清水に、彼は再び言葉をかけた。

「・・・すぐそこですよ」

「え?」

「いや、後ろ・・・」

 

清水はその言葉に従って辺りを見回した。確かに、すぐ横にそれらしき扉がある。

「・・・あ、どうも」

 

「ちょっと、飲み物買いに行っていいですか?」

「あ、いいよ。あんまり遠くに行かないでね」

玄関の土居さんと天満さんに一声かけて、クイ中たちは旅館の外に出た。靴下は諦めたが、飲み物ぐらいは買っておきたい。

「遠いも近いもすぐそこなんやけどね」

「それな」

新潟の夜は、8月といえどもだいぶ涼しかった。それぞれ目的を果たし、3人は自室に戻った。

「明日何時起き?」

「6時半には出発らしいよ」

「んじゃ6時前、5時45分くらいか」

「ん?理事長からメール来てるわ。[どーよ?]だって。どーよ?」

「そやなあ、[爆勝コシヒカリ!]とでも入れといて。爆発の爆に勝利の勝やで」

「あ、笑うじゃないのね。了解」

と、古賀は押金の言葉に従って[爆勝コシヒカリ!新潟最高!明日早いのでもう休みます。]と打ち込んだ。

「理事長、なんのこっちゃ?って感じやろね」

「それでわかったら凄いよ」

「まあ、残ってるってのはわかるでしょ。あ、プロ野球ニュースやってる?巨人どうなった?お!勝っとるやん!」

「なんや、負けりゃええのに。それにしてもTVもなんか久しぶりやわ」

「ズームインも見れやんもんね」

「明日もたぶん見れやんね」

「そやなあ。てか、靴下乾くかなあ?」

「どうでしょ?エアコンつけてりゃ乾燥するで乾くんちゃう?」

「だとええんやけどなあ。乾かんかったら乾かんかったやな」

清水は立ち上がって、再びアロハシャツの横に干してある靴下の状態を確かめた。3人とも、さすがにアロハで寝る気にはなれず、もう一着持ってきていたスペアのTシャツに久々に袖を通していた。但し、変わっているのはシャツのみで、ズボンもパンツもスペアはなしである。

「これってさ、目的地は東京じゃない?」

久しぶりに路線図をチェックしたクイ中達は、このままの針路を維持すれば、FIRE号は東京に向かうと判断した。

「佐渡ヶ島はなしかあ」

「ちょっと興味があったんだけどなあ」

「わからんよ。またスイッチバックするかも」

高校生クイズが養うものの第一には、疑う心がある。

「それじゃあ寝ますか」

「ん、おやすみ」

「おやすみー」

川越クイ中、その日の起床は午前5時55分-もしくは45分-、就寝は日付も変わっての午前0時30分であった。

川越高校、朝は早く夜も遅いという、長い長い2日目をようやく通過。無事に、という形容動詞をつけるには、あまりにもハードで、あまりにも大きな別れがあった1日である。ただ、それを越えるくらいの優しさにも助けられた。苦しい戦い、戦友との絆、旅先の恩、つくづく濃い1日が終わった。そして新潟の夜も更けて、3人が今するべきことは、やはり眠ることである。

 

輝く月の下、白い輝きは三分の一。

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「中島誠之助先生でした。ありがとうございました!」

拍手に送られ、公民館前に待たせてあったらしいタクシーに乗って中島氏は原地区を後にした。

「通過クイズってどんなんなんやろね?」

「あれっちゃう?上から順に、1チームずつ問題が1問出されて、それに答えられれば通過。ダメなら列の後ろに戻ってもう一周」

 

「あ、あの司会用らしいテーブルみたいなやつの前で?」

「そうそう」

「それだと1番は他の様子が見れやんね」

「うん、そやね」

お宝はスタッフに回収され、準備は整ったらしい。

「それでは本番参りまーす。5秒前、4、3、」

例によって残りカウントは指で数えられ、収録は再開された。

「さあ、鑑定の結果はこのようになりましたが、つぎに皆さんを待つ通過クイズはこちらです!!」

羽鳥アナが手を伸ばしたその方向から、浴衣を着た女性が盆を持って歩いてきた。

「見えてきたでしょうか?」

その手の盆の上には、白い何かが3つ。

「何持ってんだあ?」

そのとき、古賀は全てを飲み込んだ。

「利き米や!」

「そう、こちらに3つのおむすびが用意してあります。皆さんもごちそうになったと思います。コシヒカリ、この中から、ここ魚沼産のコシヒカリを当てていただきます。題して、ザ・越後魚沼産おむすび当てクイズ!」

「うわー!」

「うそー!」

「ルールを説明します。皆さんが座っている順番にこの3つのおにぎりを30秒以内に食べ比べてもらい、1つだけある魚沼産コシヒカリで作ったおにぎりがどれかを答えていただきます。勝ち抜けチームは5チームです」

・・・こんなことなら、あの御飯をもう一杯食べておけばよかった。皆がそう思っているだろう。こんな形で半分も削ることに多少の理不尽さを感じながらも、クイ中達は約2時間前に食べていたあの御飯の味を反すうしようと努力していた。この形式なら、確かに自分達は有利だろう。

だからといって、実力かどうこうという問題でもないし、落としたときのリスクは鯨波の綱引きクイズ以上である。一度落とせば、勝ち抜けチーム数は5である、もう二度と順番が回ってこないかもしれない。抜けるには、当てるしかなかった。

「それでは、一番目は川越高校です。制限時間は30秒、よーい、スタート!」

とりあえず、光加減を見てみる。本物はツヤが違う、ような気がする。

「川越高校、まずはよく見ていますねえ」

次は味見である。時間は30秒、あまり頬張るのは得策ではない。それぞれの立ち位置から一番近いおにぎりを摘まむ。・・・まずい。なんじゃこりゃ?うちの米よりもマズイぞ。2番を摘まんだ押金は思った。

古賀にとって、3番のおむすびは結構おいしかった。これが当たりだろうか?だが、まだ2つ残っていた。次は右回りに食べるおむすびをチェンジ。・・・うまい!先程の2番とは、味に雲泥の差がある。

「めっちゃ3ぽい」

その言葉の根拠となるに値する味だ。・・・これは難しい。古賀は1番を食べて当惑した。こちらもうまいのである。こんな中から本物の魚沼コシヒカリを当てろと言うのか?胸のうちで毒づきながら、3つ目のおむすびである2番へと指を伸ばした。・・・これは違う。他の2つとの差が歴然としていた。1か、3。『めっちゃ3ぽい』と言ってしまった押金だったが、1番を食べてその意見が揺らいできた。こちらもうまい。クイ中達はそれぞれ3つを味見し、絞込みに入ろうとしていた。疑わしいものに手をつけ、摘まんで、口に運ぶ。

「時間です」

うそや!と、古賀はつぶやきたかった。30秒にしては短すぎる。

「どう?」

「・・・1か、3」

「2は違う・・・」

全く自信が持てない。

「それでは川越高校、答えは?」

古賀は、渡辺さん宅で一番御飯を食べた清水に手で合図した。清水は考えた。2は明らかに違う。問題は1と3。なんとなく、本当になんとなくだが、1番の方がおいしかったような気がした。1番は、米の香りがしたのである。あれだけの特盛をごちそうになったのだ。その舌がそう感じたのなら、その感覚に賭けよう。

「・・・1番」

・・・ティロリロリロリロリロン!!

「ウオー!」

「オッシャー!!」

「イヨッシャー!!」

「川越高校、見事正解です!」

「ハイ!」

「ハイ!」

「ハーイ!」

今までで一番リズミカルなハイタッチをそれぞれ交わしたクイ中達。

「いやあ、すごいねえ。どうだった?」

「おいしかったですから」

「渡辺さんちのお米は天下一品っすよ!」

「君は?」

「最っ高でしたね!」

「おめでとう!川越高校、勝ち抜けー!それじゃあ、せっかくだからおむすびも食べちゃって」

羽鳥アナのお言葉に甘え、3人それぞれおむすびを取り、脇に退がった。

スタッフの矢野さんからおしぼりと水も渡され、残りのおむすびを頬張る3人。空を見上げると、きれいな月である。

「すごすぎる」

「やりましたねえ」

「ほんとに当たっちゃうとはね」

「渡辺さんに感謝感謝だね」

「ほんま、新潟に足向けて寝れやんわ」

現在、味見中なのは2番手東大寺学園である。

「では、東大寺学園。答えは?」

「・・・2番」

・・・ティロリロリロリロリロン!

「うわっ」

「当ててきたねえ」

「来たねえ」

 

おにぎりを食べながら残りチームの動向をうかがっていると、次に正解のブザーを鳴らしたのは東大寺学園だった。清水-実は古賀もだったのだが-は、東大寺が落ちるとしたらおそらくここだろう、と考えていた。だからここで彼らが勝ち抜けてきたことに、正直なところ少々残念な気持ちもあった。が、もうしばらくこのクイズの名門、『東大寺学園』とともに旅を続けられることがうれしかった。

「おめでとう!」

「お疲れ!」

こちらに歩いてきた東大寺学園を拍手で迎えるクイ中達であった。

「なんか、これめっちゃまずいんやけど・・・」

とぼやいたのは清水である。彼が取ったのは、3人の誰もがニセモノと見抜くほどまずかった2番のおにぎりであった。

「あ、それきっと2番やわ。たぶん、当たりは俺が食ってるヤツだと思う」

「古賀ちゃんか、持ってったのは」

「古賀ちゃーん」

「俺か?俺が悪いのか?」

「おう、古賀ちゃんが悪い」

「ごーめーんー。許してーなー」

そんな会話の最中、次に正解のブザーを鳴らしたのは3番手加治木高校であった。

「すごいなあ。なんでこんなに当たるんやろ?」

クイ中達は半分勘で当たっているため、彼らにとって、この連続正解は驚嘆に値するものである。

「おめでとう!」

「すごいなあ。すぐにわかった?」

「なんか、1つだけまずいのがあった」

「あ、あれか。やっぱりあれはわかるんだ」

その次の金大附属、中央高校は連続してはずしてしまう。残り枠は後2つ、未試食のチームは次の神奈川工業を含めて5である。ティロリロリロリロン!

「お、ついに当てたか」

「女の子チームが残ったね」

「こうなると、金大と中央は厳しいよね。2周目に行くには4チーム連続ではずさなきゃいけないから」

続いては、神奈川工業と同じくメンバー全員が女子の山梨英和。

「・・・1番」

ティロリロリロリロン!ギリギリのところでの勝ち抜けである。彼女達も心からの

「おめでとう!」

との声と、拍手に迎えられた。

「あの3チームは特に辛いやろうな」

「何も出来ずに脱落やもんな」

「自分達の間違いならともかくな・・・」

「ありがとうございました!」

「次も頑張ってね」

「あ、そうだ。住所教えてもらえますか?」

おむすび当てクイズの収録終了後、少し自由時間があったので、クイ中達は渡辺さんにあらためて礼をつげに行った。古賀は、出来るときに尋ねておこうと渡辺さんにメモ帳を渡した。昼間の経験から、こういうことは出来るだけ早く聞いておくべきだと考え始めたのだ。

「それじゃ、勝者チームはこっちにきてくれる?」

スタッフに呼ばれて、3人は公民館の入り口に向かった。目を転じてみると、柏原チームが涙を流しているのが見えた。

 

月の輝く夜空の下、舌が憶える味の記憶を頼りに夜の部の勝ち抜けを決めた3人。自分達の力だけではきっと無理であった。旅先で受けた優しさ、絶対に忘れてはならない。

ルーペを通して見抜かれる価値は。

2011年1月10日 § コメントする

「おっしー。がんばってアピールしたってな。渡辺さんにも話題を振ったりしていけばいいと思

 

「あのさあ、かっちゃんがいろいろとしゃべってもらえやん?」

 

「あ、うん、ええよ。それじゃあ、ものすごく涙腺を誘うエピソードで、中島さんの心をしっかりとつかむわ」

 

こんなやり取りがなされている間に、鑑定は山梨英和高校へと移っていった。

 

「山梨英和高校って、清里に行く途中に寮があるでしょ?」

 

「はい」

「どんな子達が通ってる学校かと思ってたけど、やっと会えましたねえ」

「お?これは先生、評価上がりますか?」

 

「甘いからねえ」

 

「さあ山梨英和、アピールのチャンスですよ」

清里か・・・清泉寮でソフトクリーム食ったぐらいの記憶しかないなあ。

古賀の清里に関する知識はこの程度である。山梨英和が私立の学校だということは知っていたが、どうやら清里にある全寮制か、少なくとも寮付きの学校らしい、と古賀は勝手に解釈した。

 

「ぜひ、『いい仕事』のお言葉を」

 

ワラで作られた[せなっこうじ]を持ってきた英和高校、中島氏に果敢にアタックをかける。

「山梨英和、攻めてきましたねえ。先生、どうですか?」

 

「ええ、そりゃもうこれはいい仕事してますよ」

 

会場は大喝采。

「生『いい仕事』聞いちゃった」

 

「本物だよ」

 

クイ中達も大喜びである。

 

「でも仕事と値段は別ですからねえ。はい、出ました」

 

「それでは山梨英和高校の評価額はおいくらでしょうか?」

 

TVでやってるような、ティロロロロロロといった感じの音が流れると思っていたクイ中達にとっては、音もなく数字を出す電光掲示板は少し拍子抜けするものだった。まあ、コレがTVというものなのだろう。現れた数字は5000。やはり、ワラ細工では難しかったのだろうか?

「ほら、このシャッターの音。もうあんまりないよ、こんなにいい音だすのものは」

 

「カシャッ!」

 

その音に、会場からは溜息が漏れる。

「あちらにいる方のカメラなんですけど」

と、年季の入った一眼レフカメラを持ってきた佐賀西高校チームは、会場にいるお世話になったご家族の方を手で示した。

「あ、アルバムに写っていたお父さんとお母さんですか。どうぞこちらに」

と、羽鳥アナは夫妻を佐賀西の横へと呼んだ。夫妻はアピールを必死で考える清水ら、川越高校チームの横を通り過ぎた。

「あれいいね。僕らも渡辺さん来てるし、そこんとこもアピールしとこうか」

古賀の言葉に

「そこらへんはすでに計画済みさ。涙の出てくるようなエピソードで攻めるよ」

と、すでにアピールタイムのときに話すことが、大体頭の中でまとまった清水が答えた。

「おう、んじゃ頼むで」

 

正面に目を戻すと、電光掲示板が回り始めた。

「佐賀西高校の鑑定額は2500円でした。あっと、お父さん、がっくしと片膝をついてズボンが汚れてしまいました」

そんな値段にも関わらず、中島さんは

「音がいい」

と言って最後にまたシャッターを鳴らした。カシャッ!

白ヘルメットの金沢大学附属高校が持ってきたのは、いかにもな感じの古文書と古地図であった。

「なるほど、この辺りの地図ですかねえ」

と、中島氏もかなりの注目をしている。

「それでは、金沢大学附属高校、先生の鑑定はおいくらでしょう?」

結構高そうだな、そんな3人の予想に、数字はたがわなかった。

「金沢大学附属高校、35000円です!どういったものなんでしょうか、先生?」

 

「これはねえ、地図が高かったんですよ」

 

「それでは、石橋高校の評価額はおいくらでしょう?」

 

石橋高校チームが持ってきていたのは、南総里見八犬伝数冊であった。先の古文書と地図には結構な額がついたので、クイ中達もそれなりの額を予想していた。今のところ、トップバッターの東大寺学園に及ぶチームは現れていない。

「2000円!がっくし石橋高校」

「これはねえ、八犬伝は数が出てるんですよ。ですから、初版本でもない限り難しいんですよ。それと、全巻そろってないのが残念ですねえ」

やはり、見るべきところはきちんと見ている。

「戦争に関するアンティークとして見ちゃうと、どうしてもこんな値段になっちゃうんだよねえ。でもねえ、お金には出来ない価値があるんだから、大事にして欲しいですね」

柏原高校が持ってきた戦時中の水筒も3500円という大分低い評価となった。『お金に出来ない価値』という言葉も、鑑定額が低かった人を慰めるために言っているんだろうが、時には結構残酷な言葉にもなるよな、と古賀は思った。

カンフー服のメンバーを始めとした大阪市立中央高校チームは、珍しい2レンズのカメラを持ってきた。あの2レンズは、写真を撮影する上で一体どんな役に立っているのだろうか?

カメラに詳しくないのでよくわからない古賀に、もう1つある疑問が浮かんだ。なんか順番が妙な感じがするんだけどなあ。中央高校は、鯨波ではもう少し早く抜けていたと思うのだが。

「さあ、中央高校、先生の鑑定はおいくらでしょう?・・・28000円です!」

同じカメラだったが、中央と佐賀西は明暗を分ける結果となってしまった。

「こういうコレクションはですね、たまにあっちゃいけないコインが入ってたりするんですよね」

「つまりそれは…」

「ニセモノって事です。うん、これは大丈夫だね」

加治木高校が持ってきたのは、かなりの数の古銭コレクションである。まだ、東大寺学園を超える額を叩き出したチームはいない。今のところ、鑑定待ちをしているのは神奈川工業チームと川越高校チーム。

ここまでの順番がおかしいような気もしていたが、やはり綱引きの順なのだろう。ずっと綱を引いていた自分達に、抜けた高校の順番がきちんと憶えろと言う方が難しい。きっと思い違いだったのだ。

 

「よっしゃ、次やね」

 

「いよいよやな。かっちゃん、アピールはよろしくね」

 

「おう、任しといて」

 

「それでは、加治木高校の評価額はおいくらでしょう?」

 

43000円、東大寺には及ばなかったが、数が効いたのだろうか、なかなかの高額鑑定となった。よし、いよいよだ。クイ中達が、羽鳥アナの呼び声を待ち受けていたそのとき

「それでは、次は神奈川工業です」

どういうことだ?3人の脳裏に、同じ疑問が浮かんだ。綱引き勝ち抜けの順番なら、8番目が川越、9番目が神奈川工業だったはずである。よく考えてみれば、敗者復活の金大附属はだいぶ前に鑑定を終えている。

鑑定の順番の根拠は一体何なのか?そんなことを考えていると、既に神奈川工業のアピールは始まっていた。

「斧がキチンと取り外し出来るんですよ」

 

「ほうほう。あ、この、手にある本はきちんと文字が読めるんですねえ」

「ページもきちんとあるんですよ」

「ああ、これはさすがにいい仕事してますねえ」

 

「おおっと、また出ました、『いい仕事』です!」

 

神奈川工業が持ってきたのは、二宮金次郎の像であった。あれのでっかいやつは夜に運動場を走り回るんだよな、などと古賀は再び埒もないことを考えていた。

「さあ、神奈川工業、先生の鑑定はおいくらでしょう?」

赤い光が示したのは、12000円。クイ中達の予想よりも低い額であった。こうしてみると、東大寺の65000円はかなり高い壁だと言える。彼らはあれだけの数の写真から、よくいい写真を選んだものである。さて、次は自分達だ。3人は、今度こそ必ずかかるはずの、羽鳥アナの呼び声を待った。

「これはですね、私達がお世話になった、渡辺公一さん、あちらにいらっしゃるんですが」

と清水はその方向を手で示し、渡辺さんへ話を振る、という当初の計画をまず果たす。

「そちらのお宅にあった人形で、約240年間代々続くって言われる歴史の中で、いつ頃からあったのかわからないくらい古いんです。江戸時代末期か?なんて話も聞いて、その歴史に惹かれて選びました」

中島氏の眼が、人形の折れてる方の角に向いた。

「角が折れちゃってるんですけど、それすらもいつ折れたかわからないくらい古いんですよ」

古賀も、話題が折れている角に向く前に先手を打った。少しでも好意的に見てもらわなければならない。

「ああ、中にクモの巣張ってるねえ」

・・・やはり、見るところは見てくる人である。

「クモも安心して巣を張れるような、そんな場所なんですよ」

清水がかなり苦しい言い訳をして、話を丸くおさめた。

「さあ、川越高校もどんどんアピールしていかないと」

羽鳥アナがクイ中達を促す。

「でもこんな風に力強く見つめられるとやりづらいねえ。この人形、彼に似ていない?」

と、中島氏は清水と人形を見比べて言う。

「きっと縁があるんですよ」

と、古賀がもう一押し。その言葉には中島氏も苦笑いをし、それを見た古賀も深追いしすぎたと少し後悔した。

「それでは評価の方に参りましょうか。どれくらいになると思う?」

「そうですねえ・・・」

安いかもしれない、という不安を打ち砕くように

「10万円ぐらい、いや100万ぐらいかな」

と清水は言った。

「そうですかあ。じゃあ鑑定結果を見てみましょうか。川越高校、先生の鑑定はおいくらになるでしょう?」

くどいようだが、赤い明滅には電子音もドラムロールもない。いくらになるのか?

いつも清水が言うように、1番でなくてもいい。ただ勝ち抜けることが出来ればいい。だが、出来るだけ高額であってくれ・・・。クイ中達が注視する中で、赤い光はやはり音もなく数字を形作った

。1と、後は0の羅列。一瞬は、10000円かと思われた。とりあえず、下の方の桁から数えてみる。一、十、百、千、万、十万・・・。十万!?

 

「おおーっ!」

 

「あっ!!」

 

「うおーっ!」

 

「おっと、川越高校の鑑定額は100,000円です!」

「おっしゃーっ!」

 

「ヨッシャー!!」

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!!」

古賀は、渡辺さんのいる方に向かって二度の礼をした。2人もそれに続いて礼をする。喜びのあまり、古賀は夜空を仰いでのガッツポーズ。

「先生、これはどういったものなんでしょうか?」

「これはですねえ、江戸時代後期に作られた泥人形ですね。残念なのは、この兜が折れちゃってるのよねえ。でもね、いいこと?お人形ってのは顔が命だから、ほらこれ、染み1つないでしょ?これが買えますね」

 

「よかったですねえ、川越高校。お父さんにもう一度お礼をしてね」

そのとおり、3人はもう一度深く礼をして1位の席に向かった。

「さあ、川越高校が1位に踊り出ました」

このテの関門で1位になれるとは、クイ中達も全く予想していなかった。渡辺さんに感謝しつつ、ルーペ越しに現れた価値を助けにして、次の関門、本当の問題に挑む。

本物を見抜く本物。

2011年1月10日 § コメントする

「もうどこかのチームが着いてるかね」

「さあ、どうでしょ?なんかあんまりいないみたいやけどねえ」

カメラクルー1班を引き連れたクイ中3人と渡辺さんが会場入り。しかし、まだどのチームも着いていなかったらしい。

「さあ、三重代表川越高校が一番乗りです。大事そうに風呂敷包みを持っていますねえ」

この場合、一番乗りには何か特典があるのだろうか?そんなことを考えながら、クイ中達は通されるままに羽鳥アナの近くへと陣取った。

「お宝は見つかりましたか?」

「はい、このとおりです」

「どうでした、夕御飯は?」

「刺身とか、いごっていう料理もごちそうになりました」

「いごってなんですか?」

「なんか、海藻を煮詰めたものを固めた料理らしいです」

「へえ、他には?ご飯はどうだった?」

「もちろんおいしかったです。本場のコシヒカリですから」

「魚沼の米ですよ」

「いいですねえ、司会の僕は晩御飯まだなんですよ」

「あ、そうなんすか?」

そういえば、羽鳥アナと本格的に絡むのは初めてではなかろうか?そう思った矢先に、次のチームがやってきた。

「さあ、次のチームは奈良代表東大寺学園です」

彼らの包みは長細いものであった。

「何持ってきたん?」

クイ中達は、羽鳥アナとのトークを終えた東大寺に探りを入れてみたりする。

「掛軸。そっちは?」

「人形。自信ある?」

「ないねえ」

掛軸・・・鑑定品目の王道である。

「ライトはどうしました?」

突然、スタッフの人が聞いてきた。どうやら、渡辺さんが渡されたライトのことらしい。

「あ、それなら僕らがお世話になった渡辺さんが持ってますよ」

「あ、そう。ありがとう」

・・・ところで、あまり考えていなかったのだが本当にお宝鑑定をするのだろうか?いきなり、『その重さによって、このクイズの結果が左右されます』なんてことにならないだろうか?などという埒もない考えが古賀の脳裏に浮かんだ。だが、それもすぐに消し飛んだ。高校生クイズとはいえ、そこまでひねることはないだろう。それに、重さネタは既に今日行われている。

「どうでした、御飯は?」

「おいしかったんですけど、食べてる途中に電話がかかってきて、ほとんど食べられなかったんです」

「それは軽ーい司会者批判ですか?」

山梨英和高校の女の子の苦情に、上手く切り返す羽鳥アナ。会場は笑いに包まれる。彼は福澤アナの代役を見事に果たしているな。クイ中達は、羽鳥アナのことを高く評価していた。全チームが会場に到着して少し、どこかで見たような、眼鏡にスーツ姿の男性が櫓前のテーブルに着いた。

「なあ古賀ちゃん。あれって、『いい仕事』のあの人っちゃう?」

「え?あ、ほんまや!本物の中島誠之助や!『いい仕事』や!」

彼が出向いたということは、やはりお宝鑑定を行うのだろう。なにやらスタッフと打ち合わせをしたらしい彼は、公民館の方へと戻っていった。まもなく本番である。

「本番5秒前、4、3・・・」

2,1、0は指で示され、夜の部の本番が始まった。

「ええ、皆さんにお宝を持ってきてもらいました。これからですね、そのお宝を鑑定いたします。鑑定と言えばこの方です、中島誠之助先生でございます。どうぞー!」

「はい、どうもどうも」

「本物です!いい仕事をしております!よろしくお願いします」

会場を包む拍手。かなりの数の人が集まっているようだ。夜だからそう感じるのか、夕方よりも人が多いような気がする。

「ここではみなさんが持ってきたお宝を鑑定し、その順位によって通過クイズに挑む順番を決定いたします。勝ち抜けチーム数は5です。それでは鑑定の方に参りましょう。トップバッターは、奈良代表、東大寺学園」

なるほど、ここも綱引きの順らしい。まあここは、先に行っても後に行っても大して変わらないだろう。

「東大寺が持ってきたのは、掛軸ですねえ」

「なるほど、いきなり掛軸ですか。はい、それじゃここを持ってね」

と、中島氏は東大寺チームの1人に掛軸の端を持たせて、つつーっとそれを広げた。その手の動きにも、プロの技のようなものが感じられる。

「『ほうがんしじょうめい・・・なんとか』って書いてありますねえ。これは部屋かどこかに飾ってあったものだね?」

「はい」

「ああ、ほら、この軸のところに埃が」

「あ、先生、そんなところまで」

と羽鳥アナが言葉をかけようとすると、中島氏は息を吹きかけて埃を散らせた。やはりプロらしい。

「さあ、東大寺学園の評価額はおいくらでしょう?」

会場の全員の眼が、電光掲示板に釘付けとなった。それは、赤い光の棒を音もなく明滅させ、そして5つの数字を示した。

「65,000円です!」

はたしてこの金額は高いのだろうか?それとも、それほどでもないのだろうか?彼らがトップバッターであるゆえに、3人は決めあぐねた。

 
本物を見抜く、本物の鑑定人が現れた。それぞれのチームが、自分達の持ってきた品を、期待と不安を込めて見つめている。中島氏の鑑定する、宝の過去が持つ価値。それに、彼らはどんな未来を見出せるのか?それを見抜くことだけは、どんな鑑定士にも難しいだろう。

古さで勝負、歴史の重さを心の頼みに。

2011年1月10日 § コメントする

「この家で一番古い品ってなんですかねえ?」
「一番古いとなると、これかねえ。ちょっと角が折れてるけど」

と、渡辺さんが手で示したのは、言葉通りの古さを感じさせる人形だった。

「武者人形・・・」

確かに、向かって右側の角が折れてしまっているが、それ以外は色も鮮やかで勇ましさの感じられる人形である。材質は、泥のようである。

「何かエピソードか何かは?」
「エピソードねえ。それはうちのじいちゃんの方が」

と、渡辺さんはお父さんに話を振る。

 

「うーん、なにせ、あんまり古くてわかんないんだよねえ」
「・・・なるほど。この角が壊れたのはいつくらいに?」
「それもわかんないんだよねえ。かなり古いからねえ」
「この家は大体何年くらい続いてるんですか?」
「そうだなあ、大体240年くらいかなあ」
「じゃあこの人形はずっとこの家にあるんですか?」
「そうだねえ。もの心ついたときにはあったから、全然わからんね」
「んじゃあ、これは第一候補やね。何か他に良さそうなものありますかね?」
「んー、どうだろうねえ」

 

とりあえず、3人で部屋を探し回ることに。

 

「あの額に入ってる書はどういったものですか?」
「うーん、あれは大臣になった人の書いたやつだけど、結構新しいからねえ」
「そうですか」
「あの壺なんてどんなもんですか?」
「あれは何かのお祝いにもらったやつだからねえ」
「それじゃこの掛け軸は?」
「それもそんなに大したことないはずだよ」
「・・・どうします?」
「やっぱりあの人形かなあ?」
「・・・そやね。価値はわからんけど、古さなら十分やからね。そっちで勝負しましょうや」
「よし、そうしよ」
「決まった?それならきちんとお願いしようか」
「それじゃ、この人形をお借りします」
「どうぞ。風呂敷か何かに包んだ方がいいね」

と、風呂敷まで持ってきてくれた。

「すいません、トイレお借りしてもよろしいですか?」
「あ、どうぞ。そこの扉を出て、奥に少し行ったら右側ですよ」
「あ、どうもすいません」
「古賀ちゃん、またトイレか?」
「ええやん、行かせてえな」

 

と、古賀はトイレを探しに向かった。彼がトイレの間に、押金が人形を梱包する。大切なお宝に、何かあっては事である。

「それでいいの?」

 

スタッフ氏が清水に話し掛けてきた。

「はい」

このおじさん、この期に及んで何を言ってくれるのか?

 

「本当にそれでいいの?」
「はい。僕らは古さで勝負しますから」

 

少しして、古賀が戻ってきた。

「・・・?この鉄瓶は?」
「あ、それももらったものだから」
「あ、そうですか。ところで、ここには囲炉裏があったんですか?」

すると、おじいさんがやってきた。

 

「そうそう。この部屋の壁は黒くなってるだろ?火を焚くとススがでるだろ?それが壁に付くんだ。このススが虫を防いでね」
「・・・じいちゃん、趣旨が変わってきてるよ。家自慢じゃないんだから」
「そうか?」

 

渡辺家のおじいちゃん、お孫さんにツッコミをいれられる。時計を見ると、時間ももう頃合である。

 

「それじゃ、もうそろそろ行こうか」
「そやね」

 

と、立ち上がったそのとき

 

「テーブルこのままで行くのかい?」

 

つくづくもっともな事だ。食べっぱなしでは失礼至極である。

 

「んじゃ、持ってきますわ」
「ああ、いいよいいよ」
「じゃあ、せめて盆の上にだけでも」

 

と、3人は卓上の皿を盆に片付ける。

 

「一緒に来て頂けますか?」
「いいですよ」

快く同行を引き受けて下さった渡辺さんと共に、クイ中達は玄関に立った。

「じゃあお人形お借りします!」
「御飯、ごちそうさまでした!」
「お世話になりました!」

 

心からのお礼を言い、武者人形と荷物を持って、3人は渡辺さん宅を出た。

 

「それじゃお父さんにこのライトをもってもらいましょうか」
「はい」

 

と、渡辺さんはスタッフ氏から携行ライトを受け取った。時計を見ると、まだ8時10分。5分もあれば余裕で会場まで着ける。急ぐ必要もないだろう。
写真を選ぶ前から、遅かれ早かれこのような形でクイズが行われるのは予想はされていた。不安を無視することは不可能だが、今更じたばたしても仕方がなかった。『古さで勝負』の言葉は強がりのそれかもしれない。

 

だが、今は手にある人形が見てきた歴史を信じたかった。

輝く御飯と、特盛と、電話のベルと。

2011年1月10日 § コメントする

中に通された3人がまず見たのは、テーブルの上に並べられた料理の数々であった。とりあえず、着席。テーブルを隔てて左前方のTVを見ると、中日の選手がバッターボックスに立っていた。

すると、スタッフがチャンネルをいじって巨人戦に変えた。さすがに他局の野球を放送しているTVの撮影は出来ないのだろう。照明の調節やらカメラの調整やらが行われている間に、3人は部屋の隅に据え付けられたCCDを発見した。とりあえず、手を振ってみる。あらためて家族の皆さん-渡辺さん、奥さん、お父さん、息子さん-に自己紹介をしたクイ中達。

「それじゃあ食べてください」

と言われて、箸を取り、待ち望んでいた食事の時を迎える。そこに、奥さんがお盆に御飯をのせてやってきた。

「自分のところの田んぼで作ったお米ですからね」
「正真正銘、魚沼のコシヒカリ」
「え?本当すか!?」
「野菜もほとんどうちで作ったものですよ」

 

このとき3人は、という地区の名前しか教えられていなかったこの地一体が、おいしい米で名高いあの魚沼だということを初めて知る。

「やっぱね、ツヤが違うね、ツヤが」

と、清水。

「頂きまーす!」

と3人は輝く御飯を口に運ぶ。古賀の感動は言葉にならず、眼をつむって、ただただうなずくだけであった。

「温かい御飯なんていつ以来やろ?」

ようやく古賀の口から出た言葉。思えば、品川を発って以来温かい御飯とは縁遠い旅が続いていたものである。

「どんな風な旅をしてきたの?」
「はい。ええと、まず東京の品川駅を出まして、そこから山梨まで電車で行きましたね」
「その山梨の夜に、46チームで早押しクイズをやりましたね。一応一抜けでした」
「へえ、それはすごいねえ」
「その夜は電車の中で寝まして、その間に長野を通過しました。直江津のあたりで少しずつ落とされて、鯨波海岸ってところで綱引きクイズをやったんですよ」
「綱引きクイズ?」
「はい、全チームが半分に分かれて、それで綱引きをするんです。引き勝った方の先頭チームがクイズに答えて、さらに通過クイズをするんです。ダメだったら列の一番後ろに戻って、またもう一周。僕らは結局9チーム通過のうちの8番目でした」
「もう一生分綱引きをしましたね」
「普通は1年に1回するかしないかやもんね」
「ところで、こちらではお米と野菜以外に何か作ってるんですか?」
「花を作ってるね。あの仏壇に飾ってある花もうちで作った花なんだよ」
「へえ」テーブルの上には刺身や肉、野菜と盛り沢山である。その中の1つが古賀の目を惹いた。「これなんですか?」
「これは[いご]といって、海藻を煮詰めたものを固めたものです。うちのが作ったんですよ」
「へえ」

 

と、古賀は皿に取って口に運ぶ。独特の味わいである。

「あ、結構おいしいです」
「あ、古賀ちゃん、醤油取って」
「はいよ」

古賀以外の2人も食が進んでいる。今までのような緊張の直後の食事ではないためであろう。

 

「おかわりはどうですか?」
「あ、いいんですか?頂きます」

だが、おかわり1号は古賀であった。

「そういえば、三重の川越町ってどこかわかります?」

「さあ、ちょっと知らないねえ」
「埼玉の方は有名だけどねえ」息子さんも知らない様である。「よく言われます。桑名市ってわかりますよね?」
「はい」
「四日市市もわかりますよね?ちょうどその間にある結構小さな町ですよ。何で有名だろう?」
火力発電所じゃない?」
「まあ、そんくらいの町です」
「でも優勝出来れば結構有名になるんじゃない?」
「出来ればいいんですけどねえ」
「そう言えば、優勝の賞品は何なの?」
「『21世紀、新世紀への旅』って言ってますけどねえ。要は世界で一番早い初日の出が見れる旅だとか」
「『それならトンガ王国だ』ってうちのある先生が言ってましたけどねえ」
「へえ。君達海外旅行は?」
「僕らはないですねえ。古賀ちゃんぐらいか?」
「あ、そうや。春休みに学校の海外研修に行ったわ」
「それは何かの試験か何かがあって?」
「いや、行きたい人が自腹で行く研修です。春休みの2週間ぐらいでしたかね」
「うちの学校、英語に力入れてましてね、僕のクラスからも1人、1年間の海外留学に行きました」
「あ、僕らのクラスからも行ったよね?」
「おお、行った行った」
「おかわりどうします?」

再三おかわりを勧めてくださるので、断ると失礼かなと思った清水は

「あ、じゃあ少しだけお願いします」

と言い、茶碗を差し出した。奥さんが戻ってきて、その手の盆にのせられていた茶碗を見たとき、清水はびっくりした。大盛、いや、むしろ特盛という形容の方が正確だろう。

「かっちゃん食えよ」
「出されたものは食うのが礼儀やぞ」
「全然オッケー。なんたって本場のコシヒカリだからさあ」

と、清水はその茶碗に箸を運んだ。食べきれるだろうか、という不安はあったものの、清水は勢いよく目の前の特盛を食べ始めた。

「お父さんのコップが空だけど」

と、スタッフの声。

「おっしー、お酌して」

との言葉に、リーダー押金は立ち上がる。まず、

「あ、どうも」

と言う渡辺さんにお注ぎする。次の息子さんには、「あ、俺は飲まないから」と言われたのでビンを置いて席に戻る。

「俺お酌なんて生まれて初めて」
「うそ?」
「ほんまに?」
「お父さんには?」
「ない」

スタッフの誘導から、息子さんがパソコンで作成した、祭のポスターのことが話題になっていた。その途中、不意に部屋の電話が鳴った。「はい、はい。高校生の方と代わってくれって」と、奥さんが押金に受話器を差し出した。

「はい、お電話代わりました」

『こんばんは、司会の羽鳥です』

「あ、こんばんは」

『御飯頂いてますか?』

「あ、はい」

 

羽鳥アナ直々に電話をかけてきたということは・・・、押金は思った。なにかあるってことじゃないだろうか?

 

『これからクイズを行います。よく聞いてください。そのお宅にある一番古くて価値のあるお宝を、8時15分までに探してお祭の会場まで持ってきてください。よろしいですか?』

「あ、はい」

 

この番組が、今日という日を易々と終わらせてくれるはずもない。そう思いながら、押金はチームメイトに電話の内容を告げた。

 

「クイズだって」
「エエーッ!?」
「マジでー!?」
「モ―――――ッ!!」あの『今日は畳の上でゆっくりと』って言葉はなんだったんやねん!と、胸の内で毒づきながらも、古賀は「んで、どんなクイズ?」と尋ねた。「何か、この家で一番古くて価値のあるお宝を探して、8時15分までに例の祭の会場まで持って来いってさ」
「・・・今何時?」
「・・・7時40分」
「そんなにゆっくりしとれやんね」
「それじゃ早速探したいんですけどいいですか?」
「家の中を探して回るんだから、きちんとお願いした方がいいんじゃない?」とスタッフ氏。やはりもっともな話である。3人は起立。「ごちそうさまでした。家の中を探してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます。ところで、何かよさそうなものありますか?」
「それじゃこっちに」

 

輝く御飯に感動し、特盛に驚いた3人だったが、その幸せも、電話のベルに終結を迎える。

高校生クイズをなめると痛い目に遭う。その言葉を忘れてかけていた罰を身をもって受け、クイ中達はこの夜本当の関門に挑み始める。

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