宮廷錬成師の私は妹に成果を奪われた挙句、『給与泥棒』と罵られ王宮を追放されました ~後になって私の才能に気付いたってもう遅い! 私を認めてくれた王子様と一緒に隣国で幸せなセカンドライフを謳歌します~
宮廷錬成師になって一年が経ったころ。
王座の間に呼び出された私は、陛下からこう告げられた。
「何の成果も出せない宮廷付きなど、ただの『給与泥棒』だ。そんな者はわが国の王宮には必要ない」
それがこの国で聞いた最後の言葉だ。
屋敷でも居場所がなかった私にとって、宮廷だけが唯一の居場所であり拠り所だった。
それを失ってしまった私は、行く当てもなく王都を出発する。
「どうすれば……いいのかな?」
そんな独り言をつぶやいても、返事が返ってくるわけもない。
誰かが助けてくれるということもなかった。
一応、私の家は代々宮廷につかえる錬成師の家系で、これまでに数々の貢献をしてきたことから貴族の位を与えられていた。
当主と平民の愛人の間に生まれた私にも、錬成師としての才能はあったようだ。
その出自から、屋敷でもあまり良い扱いは受けていなかったけど、錬成師としてハッキリとした功績さえ残せば、きっと周りも認めてくれる。
そう思って十数年、直向きに努力を重ねてきた。
けれど、私が錬成術で新たに開発した物や成果は全て、本妻の娘である妹のセリカに奪われてしまった。
彼女にも錬成師としての才能はあったけど、努力を泥臭いと嫌い、私がコツコツと積み上げてきた研究成果をそのままお父様に報告していたんだ。
それは自分の成果だと訴えても、まったく取り合ってもらえず。
気付けば私より先に彼女が宮廷付きに選ばれ、それから二年以上経った昨年、ようやく念願だった宮廷付きに私もなれた。
それなのに、結局宮廷付きになっても、彼女に成果を奪われ続ける日々。
ついには何もしていないでお金だけ貰っている『給与泥棒』なんて言われて、王宮から追い出されてしまった。
私の母は平民で、父と関係を持った後にどこかへいなくなったそうだ。
正確には父が、自身の汚点にならぬよう遠ざけたのだろう。
私がそのことを知ったのは、物心ついた頃だった。
だから、私には父以外に頼れる人がいない。
仕事をなくし、居場所をなくした私は、途方にくれながら歩き続けた。
そして――
「ここ……」
気付けば、懐かしさを感じる森へと入っていた。
錬成師の一族で貴族の家に生まれた私だけど、出自から疎まれていたことで、家から大した支援は得られなかった。
普通は錬成術に使う材料なんて、言えば用意してもらえる。
妹はそうだったけど、私はそれすらしてもらえなくて……
宮廷付きになる前までは、自分で森や山に入って材料を集めていたんだ。
この森は特に珍しい植物が多くて、比較的安全で落ち着くし、お気に入りの場所だった。
「懐かしいなぁ~」
「それはこっちのセリフだ」
「え――」
感慨にふけっていると、不意に声がかかる。
男の人の声。
軽いあいさつで何度も聞いたことのある声に、私は思わず急いで振り向く。
「久しぶりだな? アリア」
「ユレン君?」
声をかけてくれたのは、私が初めてこの森に入った時に出会ったユレンという男の子だった。
銀色の髪が特徴的で、どこか不思議な雰囲気のある少年。
当時はまだ少年と呼べる年頃で、彼も私と同じように錬成師を目指していた。
この森へ足を運んだのも、ここで良い素材が手に入るから。
同じ目標があったからか、私とも話があって、出会って以来数年、特に約束をするわけでもなく森で何度も顔を合わせた。
いつしか同年代で、唯一気兼ねなく話ができる相手になっていた。
「久しぶりっ……だね」
「ああ、一年ぶりかな? 君が宮廷付きになったと報告しに来て以来だ。まさかまた会えるとは思わなかったけど。どうした? 足りない素材でも探しにきたのか?」
「えっと、その……」
彼と最後に会ったのは一年ほど前。
念願だった宮廷付きになれて、一番に報告しに行った時だ。
嬉しさに浮かれて森をかけ、転んで膝を擦りむいたっけ?
宮廷付きになれば自分で素材を取りにいく必要はなくなるから、この森へ来たのもそれが最後になった。
彼ともそれ以来、一度も会っていなかった。
本当は会いたいと思っていたから、再会はとても嬉しい。
けれど……
「アリア?」
「ユレン君、私ね……もう錬成師はやめようと思ってるの」
「え?」
頑張る理由を失ってしまった。
居場所も、もうない。
歯切れの悪い返事の先に出たのは、あきらめの一言だった。
ユレン君も私がそう言うと予想していなかったのか、ひどく驚いた顔をしている。
「……宮廷付きになったんじゃなかったのか?」
「うん、なれたよ」
宮廷付きは私にとって一番の目標だった。
彼には森で会う度に、宮廷付きになるんだと意気込みを口にしていたと思う。
だからこそ驚かれた。
宮廷付きになったと報告した日は、自分でも恥ずかしいくらいにはしゃいでいて、彼も一緒になって喜んでくれたから。
それがどうして、やめるなんて結論に繋がるのか。
彼は疑問に思っただろう。
それでも私の表情や声色から察してくれたのか、彼も自分から深くは聞いてこない。
「頑張ったんだけど……もう駄目かなって」
聞いてこないから、私は自分から弱音を口にする。
錬成師として成果を残して、家や周囲の人たちに認めてもらうこと。
それが私にとっての最終目標で、宮廷付きは言うなれば最初の一歩だった。
ただ、今となっては家も仕事もない。
頑張る理由なんて、もうないんだ。
だからきっと、やめるという選択肢は間違っていない。
そう思えるのに、納得は難しいな。
「……宮廷付きにはなれたんだろ?」
「うん。でももう辞めさせられちゃった。何もしない奴なんて宮廷にはいらないっ、て言われて……」
最初は言うつもりなんてなかったのに、気づけば打ち明けていた。
心配をかけたくない気持ちより、言って楽になりたいという気持ちのほうが勝ってしまったようだ。
それにもう、私には何もない。
失い物も、目標も。
何もかもなくして、空っぽになって。
残ったのは喪失感と愚痴だけだ。
「は? アリアが……辞めさせられた? 何かの冗談じゃないよな?」
「こんな冗談つかないよ」
冗談だったならどれだけ良かったか。
事実だからこそ笑えない。
それはユレン君にも伝わったのだろう。
「どうして?」
「えっと、ほら、前に話したでしょ? 私の妹のこととか」
「ああ……」
これだけでユレン君は察してくれた。
家のこと、妹のことは以前に話したことがある。
もちろん全てじゃないし、自分の妹のことだから変に悪くは言えなかったけど。
それでも隠しようがないくらい、彼女はずる賢かったから。
「宮廷付きになれば……少しは変わると思ってたんだ。でも、変わらなかった。私も、周りの人たちも、何も……」
「アリア……」
実力が足りなかったとか、成果が出なかったとか。
そんな理由なら納得も出来たのだろうか。
実力がつくまで努力はした。
ちゃんと成果も残していたのに、その全ては何もしていない妹の物にすり替わった。
今から思えば、私が宮廷付きになれたのも、同じ一族の錬成師だからという理由なのだろう。
せっかく取り立てたのに成果を残さなかったから、不必要だと切り捨てられたんだ。
「頑張ったのに、どうして上手くいかないんだろ」
打ちのめされて、心の底から出た本音。
口にした後で、私は誤魔化す様に無理な笑顔を作る。
「ごめんね。久しぶりに会えたのに、暗い話ばっかりしちゃって」
良くない話をしてしまったと反省する。
顔を逸らす私だったけど、ユレン君はその隣に腰を下ろす。
「好きなだけ愚痴っていけば良い。ここには俺たちしかいない。他に誰も聞いていないんだから、言いたいことを言えば良いよ。俺がちゃんと聞いてやるから」
「ユレン君……」
そう言われて、私は不意に力が抜けてしゃがみ込んだ。
「ありがとう」
散々な目にあって、盛大に打ちのめされていた直後だったからか。
彼からかけられた温かい言葉は、私の心に強く確かに響いた。
自分は一人で、他に誰も味方はいないとさえ思っていた私にとって、寄り添おうとしてくれる彼の存在は、心の底から有難かった。
ほんの少しだけど、ボロボロになっていた私の心が癒された気がするよ。
「あ、えっと、ユレン君がここにいるってことは錬成の素材集めだよね?」
「ん? ああ……」
この森は錬成に仕える貴重な素材が多く取れる。
そんな場所にいるということは、彼はまだ錬成師として修行している最中なのだろう。
錬成師を目指している人の前で、錬成師を辞めるなんて発言をしてしまった。
今さら激しく後悔して、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ご、ごめんね! 私もう行くから」
「アリア」
情けなく逃げ出そうとした私の手を、ユレン君はがしっと掴んだ。
「ユレン君?」
「なぁ、もう少しだけ話をしないか?」
「え?」
「話したいことがあるんだ」
◇◇◇
ユレン君に連れられて、私は森のお家へと足を運んだ。
見慣れた森の中も、一年だと新鮮に感じる。
むしろ不気味で怖いくらいだ。
「アリアには話したことなかったよな? 俺がどうして、錬成師を目指していたのかを」
「え、うん……」
道中、いきなりユレン君がそんな話を始めた。
私が錬成師になりたい理由は散々話したけど、反対に彼の理由は知らない。
興味があって一度尋ねた時ははぐらかされてしまった。
それ以来、何となく聞かないほうが良いような気がして、無意識で避けていた話題だ。
「それを今から話すよ。この場所で」
到着したのは、古びたボロボロの屋敷だった。
何十年以上経っているのだろう。
壁にはコケが生えて、窓ガラスはバリバリに割れている。
屋根も一部が崩れ落ちて、穴の開いた部分は木の枝とツルが覆っていた。
森には何度も来ていたけど、こんな屋敷があるなんて知らなかった。
「ここは三十年くらい前、とある小さな貴族の別荘だったんだ。今じゃその貴族の家はなくなって、この屋敷も放置されたままになってる」
「そう、何だ」
「ああ、中に入ろう」
「うん」
多少の不安は感じつつ、私は彼の後に続いて屋敷の中に入った。
屋敷の中は意外と整理されていた。
ボロボロであることは変わらないけど、最低限の手入れがされている。
あきらかに人の手で修復されている箇所もあって、こんな場所の屋敷を誰が直したのか疑問に思った。
だけど、そんな疑問はすぐに解消された。
「これ、錬成台?」
「そう。なくなった貴族の家も、君と同じ錬成師の家系だったんだ」
錬成台。
文字通り、錬成術に使用する特別な石の台座だ。
地面に設置された私のお腹くらいまである高さで、中央には錬成陣が刻まれている。
よく周りを見渡すと、錬成術について記された古い書物がずらっと本棚に並んでいた。
チラホラと鉱物や素材もあるみたいだ。
「もしかしてユレン君、ここで錬成術の勉強をしていたの?」
「ああ、つい最近……半年くらい前までな」
「半年? その後は使ってないの?」
「使ってない。使う理由が、なくなったからな」
え?
それってまさか……ユレン君も同じように?
声にならない不安は、表情として表れていたらしい。
私の顔を見たユレン君は、首を横に振ってから答える。
「アリアが想像しているような理由じゃないよ。むしろ俺の場合は良い理由だ」
「そうなの?」
「ああ。最初の話に戻ろうか? 俺が錬成師を目指す様になった理由は、妹のためなんだ」
「妹? ユレン君って妹がいたの?」
それは初耳だった。
私が驚いて尋ねると、彼はこくりと頷いて続ける。
「俺より五つ離れた妹がいる。イリーナって言うんだけど、生まれつき身体が弱くてさ? よくいろんな病気にかかったり、体調を崩していたんだ」
そう語るユレン君は、昔を思い出して懐かしんでいるようだった。
少しだけ悲しそうではあるけど、どこか吹き抜ける風の様に爽やかで、嫌なことを話している感じではない。
「イリーナはただ風邪でも治りが遅くてさ? うちで作ったポーションを飲んでも効き目が悪くて。だから俺が、イリーナ専用のポーションを作ってやろうと思ったのが始まり」
「そうなんだ」
とても優しい理由だ。
私みたいに、自分を認めてほしいとかじゃない。
家族のために、妹が苦しまなくていい様に、彼は錬成師を目指していた。
何だか自分の理由が恥ずかしく思える。
それくらい優しくて、彼らしい理由だと思う。
「この屋敷に住んでたのも錬成師だったんけど、話に聞く限りとてつもない天才だったらしいんだ」
「天才? そんなに凄い人だったの?」
「そうらしい。本人が目立ちたくないからって、表立っての活躍は少なかったみたいだけど。彼が残したポーションや人工物は、今もよく使われているんだ」
「へぇ~」
ユレン君曰く、この屋敷に彼が足を運んだのも、かつていた天才の痕跡を辿る為だったようだ。
この場所には表に出ていない研究成果もあって、それを確かめ実践するつもりでいたらしい。
三十年も前に放置された屋敷なのに、妙に手入れされていたのは、やっぱりユレン君が頑張ったからだった。
「良い話ってことは、もしかして妹さん用のポーションが完成したの」
「ああ、半年前にな」
「凄いじゃない! 良かったねユレン君!」
「ありがとう。でも、ちょっと違うんだ。ポーションを作ったのは俺じゃない」
そう言って彼は、優しい目で私を見つめる。
「先天性マナ循環障害」
「え……」
「聞き覚えがあるだろう? 生まれつき、身体に流れるマナを調整できない病気だ。俺の妹の虚弱さは、この病気の所為だった。難しい病で発見されて以来、有効なポーションも出来ていなかったけど
……それが半年前、特効薬と呼べるポーションが発表された」
「それって……」
その病の名前も、ぽーしょんのこともよく覚えている。
なぜなら、そのポーションを作ったのは私だから。
「ポーションの説明とか製造方法とか。それを見てすぐにピンときたよ。このポーションを作ったのは君だって」
私が考案し、作り上げ、量産方法を提示した。
おそらく宮廷付きになって初めての大きな成果だったと思う。
だけど、発表されたのは私の名前でじゃない。
その成果を盗み奪った妹の名前で……だ。
だからこそ覚えているし、彼が言っていることに疑問を感じた。
ポーション開発者には、私ではなく妹の名前が記されていたはずだから。
「開発者は別人だったけど、君とその周囲の人の話は聞いていたからね。きっと苦労しているんだなとは思っていたんだ。でも、ともかくお陰で妹は元気になった」
「ほ、本当?」
「ああ。今じゃ病弱だったのが嘘みたいに、庭中を駆けまわっても平気な顔をしているよ」
「そっか。そうなんだ」
良かった。
と、心からホッとする。
私が作ったポーションで元気になった人がいる。
それが実感できてうれしく思う。
「まぁ正直、自分の力で作り上げたいって思ってたからさ? 少しは悔しいけどね」
「ふふっ、ユレン君らしいね。昔から負けず嫌いだったし」
「ああ、君と同じでね」
「ユレン君ほどじゃないと思うけどな~」
二人で他愛のない話をして笑い合う。
落ち込んでいた私も、彼の妹の話を聞いて心が安らかになったお陰で、自然な笑顔を見せられるようになっていた。
そうしてユレン君が改まって言う。
「ありがとうアリア。君のお陰で、俺の願いが叶ったよ」
「ううん、私はそんな、大したことはしてないから」
「大したことだよ。あのポーションのお陰、俺の妹を含む多くの人が元気になったんだ。彼女たちの笑顔を作ったのは君なんだ。そこは素直に誇ったほうが良い」
「……うん」
そう言ってもらえると嬉しい。
嬉しいけど……悔しい。
だって、その成果も結局は、妹に奪われてしまったのだから。
ユレン君の妹とは、きっと正反対なのだろう。
嫌なことを思い出してしまって、私は小さくため息をこぼす。
「さて、前置きはこれで終わりだ。そろそろ本題に入ろう」
「え? 今のが前置き?」
「そうだよ。大事なのはここからだ。実は、うちの国では数年前から錬成師不足が深刻化していてな? 天才が喪失以降、人員は徐々に減ってきているんだ」
「そ、そうなんだ」
あれ?
今ユレン君、うちの国って……
「ユレン君って、私と同じ王国出身じゃなかったの?」
「違うよ。俺は出身は隣国セイレム王国だ。この森だって、元はうちの領土だったんだけど、俺が生まれるより少し前に手放したんだ」
「へ、へぇ~ そんなことがあったんだ」
「まぁな。天才がいなくなって管理も出来てない領地だから不要と判断したみたいだけど。こんな宝の山を捨てるなんて、我が父ながら浅はかな判断だったと思うよ」
ユレン君はやれやれと首を振りながら呆れる。
「あはははっ、それはでも仕方が……」
彼の言葉を思い返す。
我が父ながら浅はかな判断だった……と。
ここは元隣国の領地で、今は私のいた国の物。
国同士の土地のやり取りを、普通の人間が行えるはずもない。
いや仮に貴族ですら、意見は出来ても最終的な判断を下すのは、国を治める王だ。
「ユレン君って、もしかして……」
「ちゃんと名乗るのは初めてだな?」
そう言って彼は改めて口にする。
「俺の名前はユレン・セイレム。隣国セイレム王国の第三王子、こう見えて王族なんだ」
「え、ええ!? ユレン君が……」
セイレム王国の……王子様?
「信じられないか?」
「え、えっと……本当なの?」
「ああ、嘘じゃない」
ユレン君は冗談は言うけど、嘘はつかない人だった。
だから信じてしまえる。
確かに言われてみれば、王子様らしい雰囲気もあるような……ないような?
普通の人ではないとは思っていたけど、まさか王子様だったなんて。
「うちの国風は自由だからな。兄上たちは忙しそうだが、第三の俺は比較的動きやすい。だからここにも足を運べた」
「そうだったんだ。でも王子様が隣国の領地に無断で入るなんて、見つかったら大変だよ?」
「ははっ、だから見つかったのが君でよかった。それにまた会えてよかった。本当はずっと、君にまた会えるんじゃないかって、この場所にも通ってたんだ」
「え、そうなの?」
私に会うために?
ポーション作りの理由がなくなっても、この場所に足を運んでいたの?
会えるかわからない私を待って、まさか半年間も?
「どうしてそこまで?」
「直接お礼が言いたかった。それと、妹を助けてくれた恩返しがしたかったんだ」
「恩返し?」
「うん。なぁアリア、もし行く当てがないなら、俺の国に来てくれないか?」
それは思いもよらない誘いだった。
彼は私に手を差し出す。
優しくて、握ったら暖かそうな手を。
「君が大変な思いをしているのは知っていた。出来ることなら何とかしたかったけど、他国の事情には入り込めなかった。でも今は違う。今なら堂々と、君を誘える」
「わ、私を……でも私は……」
「君の凄さを誰よりも知っている。この世の誰よりも、君が成し遂げたことの凄さを理解している。俺にとって君は恩人であり、目標なんだよ」
「私が……」
目標?
そんな風に言ってもらえたのは、生まれて初めてだった。
嬉しかった。
心から。
「俺だって優秀なら誰でもいいわけじゃないぞ? 君だから来てほしい。悪辣な環境にも負けず、直向きに努力する姿を見てきたからな。そんな君だから来てほしい、幸せになってほしいと思う。だから、この手を取ってくれないか?」
「……はい」
私のことを認めてくれた。
真っすぐに評価してくれた人なんて、今までいただろうか?
傍にいた家族でさえ、ちゃんと見ようとしなかった私を、彼は褒めてくれる。
そんな彼の手だからこそ握ったんだ。
「よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
幸せなんて幻想だと思っていた。
その幻想も、彼の傍なら……現実になるかもしれない。
何となくだけど、そんな予感がしたんだ。
◇◇◇
アリアを解雇した王宮。
彼女が使っていた研究室に、一人の少女が足を運んだ。
「ふふっ、相変わらず可愛げのない研究室ね」
彼女の名前はセリカ・ローレンス。
誇り高き錬成師の一族、ローレンス家の令嬢でアリアの妹である。
「ようやくいなくなってくれたわね。あんな平民の子が私の姉なんて耐えられないもの」
理由なんてそれだけ。
愛人の子であるアリアを姉と呼ぶことに嫌悪感を抱いていた彼女は、どうにかしてアリアを陥れようと画策していた。
ずっと前から地道に、徐々に彼女の成果を奪うことで、小さな彼女の居場所を奪っていた。
そうして現在、彼女の居場所を完全に奪いきったのだ。
「まったくいいざまね」
セリカはアリアを酷く敵視している。
ただそれは、見下していたわけではない証拠。
なぜならセリカは、アリアが優れた錬成師の素質を持っていることを知っていたから。
愛人の子供でしかない姉に錬成師としての才能がある。
しかも、自分より評価されるポーションを作り上げていたことが我慢ならなかった。
だから奪った。
立場も、成果も、何もかも自分の物にすり替えた。
「まぁ良いわ。これで名実ともに私が最高の錬成師になれる。ここにある研究成果されあれば……ふふっ」
セリカは笑う。
輝かしい自身の未来を想像して。
「あの女にも出来てたことなんて、私が出来ないはずないわ」
セリカはアリアの才能を知っている。
その上で、自身にも同等以上の才能があると確信していた。
故にアリアが残した研究成果さえあれば、同等以上の結果が出せるはずだと、信じて疑わなかった。
しかし、彼女は知らない。
否、彼女だけではなく、多くの者たちが知りえない。
アリア・ローレンス。
彼女の才能が、天才と言う言葉だけで治まらないということを。
ただの天才が、努力によって更なる才能を開花させていたことを。
すでに手放し失ってしまった彼女たちには知りようもなかった。
そしてこれから……
彼女の喪失を痛感していくことになるだろう。
連載候補の短編です。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくれると嬉しいです。
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