図1 新型コロナウイルスの表面に無数あるS蛋白質。この突起を認識するワクチンの開発が急ピッチで進んでいるが…(画像:123RF)

 終息の見通しが付かない新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)。世界保健機関(WHO)のTedros事務局長は、2020年3月23日の記者会見で、「パンデミック(世界的な大流行)が加速している」と表明した。WHOが同日に公開した資料からも、主に欧州と米国での感染者が急激に増えていることがわかる。

 感染拡大に歯止めが効かない中、期待が高まっているのがワクチンだ。新型コロナに対するワクチンを巡っては、米Trump政権がワクチン開発に取り組むドイツCureVac社に対して、多額の資金提供の見返りに米国だけに独占的にワクチンを供給させようとしたなどの疑惑が、2020年3月中旬に複数のメディアで報じられた。CureVac社は3月15日、これらの報道を否定。世界中の患者を対象に、ワクチン開発を進めていると強調した。その後、3月16日には欧州委員会がCureVac社のワクチン開発を支援するために、8000万ユーロ(約95億円)を提供したことも発表している。これらの一連の騒動からも、世界中が新型コロナの感染拡大に焦りを感じると共に、ワクチン開発に大きな期待を寄せていることがうかがえる。

ワクチンはなぜ感染症に効果があるのか

 そもそもワクチンとは、疾患の発症や、重症化を予防するために投与する、弱毒化あるいは無毒化した抗原(病原体や、病原体の一部など)のことを指す。病原体に感染する前にあらかじめ投与しておくことで、病原体に対する免疫を獲得できる。

 免疫は、そのメカニズムによって2つに大別される。1つ目は、液性免疫と呼ばれ、ワクチンの接種や過去の感染によって体内で作られる抗体が活躍する。抗体には、病原体などに結合することで感染力や毒性を失わせる作用を持つものや、マクロファージなどの免疫細胞による取り込み・処理を助けるものなどがある。2つ目は、細胞性免疫と呼ばれ、マクロファージやキラーT細胞といった免疫細胞が病原体や病原体に感染した細胞を直接取り込み(貪食と呼ばれる)、処理することで体を守るシステムだ。

図2 左は新型コロナウイルスの電子顕微鏡像(提供:国立感染症研究所)、右は模式図。ウイルス表面の突起状のS蛋白質が特徴的だ
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 現在、米国や中国を中心に複数の企業がワクチンの開発を進めている。開発中のワクチンの種類は多岐にわたるが、その多くは、病原体である新型コロナウイルスの一部を抗原としたワクチンだ。その中でも、細胞に感染するために必要となる、ウイルス表面に発現したスパイク(S)蛋白質という部分を、抗原として利用する研究開発が盛んだ。本誌(日経バイオテク)が既報の通り、既に幾つかのワクチンでは、実際にヒトに投与して、安全性や有効性などを検証する臨床試験が始まっている。

不完全なワクチンでは危険性が高まるか?

 順調に進んでいるワクチン開発だが、実用化に向けた懸念もある。その1つが、ワクチンの接種などにより起こりうる「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象だ。本来、ウイルスなどから体を守るはずの抗体が、免疫細胞などへのウイルスの感染を促進。その後、ウイルスに感染した免疫細胞が暴走し、あろうことか症状を悪化させてしまうという現象だ。

 ADEの詳細なメカニズムについては明らかになっていないことも多い。ただこれまでに、複数のウイルス感染症でADEに関連する報告が上がっている。例えば、コロナウイルスが原因となる重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)に対するワクチンの研究では、フェレットなどの哺乳類動物にワクチンを投与した後、ウイルスに感染させると症状が重症化したとの報告があり、ADEが原因と考えられている。

 また、ネコに感染するネココロナウイルス感染症でも、ウイルスに対する抗体を持ったネコが、再び同じウイルスに感染することで重症化するとの研究報告がある。ネココロナウイルス感染症の研究に取り組む、北里大学獣医伝染病学研究室の高野友美准教授は、そのメカニズムについて、「抗体と結合したウイルスが、抗体の一部分を認識する受容体を介してマクロファージに感染する。すると、マクロファージは症状を悪化させる因子を過剰に放出し、結果的に症状が悪化してしまう。抗体の量が中途半端であると起こりやすいと考えられているが、どのような条件で起きるのかはよく分かっていない」と説明する。

 高野准教授らは、ネココロナウイルス感染症に対して、抗体が関与する液性免疫を誘導することなく、細胞性免疫を優位に誘導するワクチンの開発に取り組んでいる。高野准教授は、「新型コロナウイルスでADEが起こるかどうかは明確ではないが、細胞レベルの実験で検証できるはず。既に検証している研究者がいてもおかしくない」と説明。また、「細胞性免疫を誘導するワクチンの開発は、(ADEを防ぐための)1つの手段になり得る」(高野准教授)という。

 また、新型コロナウイルスに関する米国の研究報告では、「ウイルスのS蛋白質のうち、感染において特に重要な役割を担う一部の領域をターゲットにしたワクチンを開発するべき」などと指摘。加えて、「S蛋白質に対する不完全な免疫(抗体)が誘導されれば、ADEが起こる可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

 多くの人々が期待を寄せるワクチン。海外に後れを取っているものの、一部の国内企業も開発に乗り出している。日本製薬工業協会(製薬協)の中山讓治会長は、「ワクチンの研究開発では、政府がかなりの特例を出したとしても、有効性と安全性を科学的に検証した上で提供する必要がある。大変悩ましいが、実用化までに1年以上かかるのが通例」と話す。世界各国で、急ピッチで研究開発が進められているが、安全性の検証は避けては通れない。新型コロナウイルスでも浮上したADEのリスクとどのように向き合うか、今後の研究に注目したい。

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