無限の世界のプレイ日記   作:黒矢

49 / 82
前回のあらすじ:やりたい放題のジーニアス

そんな訳で別視点回です。
それでは本編をどうぞ!


第四十八話 【傾城九尾 ウォルヤファ】

□■とある一人の<マスター>の事

 

 現役職を<マスター>陣本隊、その前線指揮官、名をヒース・セイバー。

 今をもって<Infinite Dendrogram>が始まって以来の天地での大作戦である討伐作戦の指揮官の責を背負った青年である。

 

 実際に最大討伐対象である【傾城九尾 ウォルヤファ】と対峙し、戦う<マスター>陣本隊を従え、現場で作戦を決定するリーダー格だ。

 で、あるならば、彼はそれに相応しい、数多の<マスター>達を率いる実力やカリスマ性を備えているのかというと……そんな事は全くない。

 

 彼よりも強い者、実績がある者、統率力を持った者など、同じ<マスター>陣本隊だけではなく、後続部隊にすらも大勢居る程だ。

 むしろ、天地の<マスター>の武芸者の中でもごく一部の限られた、適した強者ばかりが集められた<マスター>陣本隊の中で比べれば彼よりも()の者の方が多いくらいだろう。

 それほどまでに、天地の<マスター>というのは粒揃いであった。

 

 それらの熟達した武芸者達と比べて、ヒースの実力というものは……天地の<マスター>の中で見るならば、中の上というのが精々であった。

 好奇心と興味から始めたこの<Infinite Dendrogram>。

 予想以上の出来を前に非常に興奮し、モチベーションこそ高くはあったものの、彼の生来の戦闘センスというのは、平均よりは上ではあったが……逆に言えば平均よりも上程度でしかなかった。

 元より格闘技や武術を習っていた訳ではなく、桁違いの天性の才能を持っていた訳でもなく、<Infinite Dendrogram>内での鍛錬に命を懸けられる訳でもなく。

 そうして、そんな彼が、“最も情勢が動きそうで楽しそうだから”という理由で選んだ天地の国で突出する事など、できる筈がなかった。

 

 決闘には何度となく参加し、相応の勝率こそ収めていた物の、格が違う実力者である決闘ランカーに勝利できた事は一度としてなく。

 合計レベルはつい最近ようやく500レベルのカンストに到達した程度。準廃レベルのログイン時間と比較して、経験値効率は良くはない。

 基本的にソロでの活動が多かった事もあり、全くできないという程ではないが他者との連携も得意とは言えず。

 辛うじて一つの大名家の――西白寺家の客分にこそなれたものの、同じ家の客分の中の実力としても下の方だ。

 運――リアルラックという物にはそれ以上に自信がない。〈UBM〉と遭遇した事なんて一度もないし(最も、仮に遭遇したとしても勝てないだろうとも思っている)、堅実な戦いを好む彼は自身よりも格上のモンスターと戦う事も、そういう相手からレアアイテムを手に入れる事も無かったのだから。

 

 つまり、総じてヒース・セイバーという<マスター>はどうしてもその他大勢の<マスター>の中の一人にしかならなかった。

 インターネット上や<Infinite Dendrogram>内で話題になったり、二つ名が付くような事もない。

 今後もランカーになる望みは薄いだろうなぁと自覚しているし、むしろ合計レベル等で追い付かれたらあっさり後輩達に抜かれてもおかしくはないかもしれない。

 

 だが、実の所ヒース自身はそれにそこまで不満を覚えている訳ではなかった。

 なんだかんだ言っても現状では<マスター>の中でも真ん中よりも上の位置に付いており、今後大名家の客分として悪い扱いを受ける事もないだろう。

 ランカーに勝てなくても決闘で他の<マスター>やティアンと全力の戦いをするのは楽しいし、モンスターと戦うのもまた然り。

 クエストで頼られるのも気分がいいし、自身の力でそれを攻略した時の達成感はまた一層の物だ。

 つまるところ――彼は、ヒース・セイバーはこの世界を、<Infinite Dendrogram>を心底気に入っているのだった。

 

 そして、何よりも――自身のエンブリオであり、自身の最も信ずる力であり、自信とこの世界における楽しみの源泉でもある【神索叡智 トート】を、これ以上ないという程に気に入っているのだった。

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 【神索叡智 トート】。

 

それが、ヒース・セイバーの有する、TYPE:カリキュレーターの片手で保持・操作が可能な小型携帯端末型のエンブリオの銘である。

 

 使用するのに片手武器枠を要していても武器(アームズ)としての能力や装備補正は全くと言って良い程にない。

 固有スキルのコストもクールタイムも非常に重く、まともに運用する為に<マスター>であるヒースのジョブ構成(ビルド)も工夫が必要な代物だ。

 その上で得られる効果というのも、相手にダメージを与えたり、弱体化(デバフ)を与える物ではなく、自身や味方に何らかの強化(バフ)を施す物でもない。

 更に言えば、()()()()()()()()()()一切の変化を齎さない物だった。

 

 口さがない弱く愚かな馬鹿共に言わせれば、戦闘には全く使えない雑魚エンブリオ。

 リソースやビルドの無駄遣いであり、明確な()()()だと揶揄する者も居た。

 

 なるほど、確かに。

 この【トート】は他のエンブリオの様に、伝説級のモンスターすら一撃の元に葬り去れる単発型必殺スキルもなければ、マップ単位で大地を焦土に変える広域殲滅型の固有スキルもない。

 ステータス補正はほぼ最低値であり、味方も<マスター>自身も全く強化せず、何かを生み出す事も、強力な仲間にも、乗騎にも、建物にもなりはしない。

 空間操作や絶対切断、融合変化といった独特で強力無比な固有スキルを有している訳でもない。

 機能は多機能というには程遠く、()()()()()()を基にした、実質的に三つの固有スキルしか持っていないのも事実であった。

 

 だが。

 その上で、他の数多の強力なエンブリオと比べて尚、彼はこう思うのだ。

 

 ――やはり俺の【トート】が最高のエンブリオだ、と。

 むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とすら確信していた。

 

 

 

 その自信の源たる【神索叡智 トート】の能力特性。それは――()()

 特に、初期からの固有スキルから進化毎に強化され続け、必殺スキルによる上位互換となった《未知を紐解く者(トート)》がそのエンブリオを最も象徴する物だ。

 

 その必殺スキルの効果は単純明快。

 ――【トート】に入力した特定の情報を得る。

 それだけだ。

 

 情報に応じて(基本的に極大な)MPのコストや最低でも数時間から数週間単位の非常に長いクールタイムを受ける事になる。

 更に未来の事象は当然ながら探れないし、情報隠蔽に何らかの特殊な魔法が使われている物(主に先々期文明や先期文明の物は軒並み無理だった)や<マスター>のプライバシー情報などは一律不可能だし、それ以外でも基準は不明だが調べられない情報というのがそこそこある。

 

 しかし、それでも彼が、自身の好奇心から生まれたこの【トート】の固有スキルで得られたモノ(情報)は――計り知れない程の物だった。

 

 ――捜索依頼を請けたペットや、遭難していた武芸者の現在の居場所。

 ――レア(希少)モンスターや素材アイテムが生息・自生している場所の詳細位置。

 ――人里近くに降りて来た突然変異種のモンスターの所持スキルや弱点を含む詳細情報。

 ――付近50キロメテル以内に存在する未探査の遺跡の有無。そしてその次に、その在処。

 ――【トート】を馬鹿にしてきたとある<マスター>エンブリオの情報のすべて。

 ――超級職【超魔闘士】の就職条件。

 ――自身が就いているジョブ一つ一つのジョブスキルの習得条件。

 ――とある知り合いが手に入れた特典武具の未解放スキルの解放条件。

 ――指名手配されているとある<マスター>の現在の居場所。

 ――【超忍】の現在の居場所。

 ――【傾城九尾 ウォルヤファ】の現在の居場所。

 ――【傾城九尾 ウォルヤファ】の簡易能力。

 

 他にも、他にも。様々な物を検索したし、検索できなかった事も多々あった。

 必要に駆られて検索した事もあったし、好奇心の赴くままに検索する事も何度もあった。

 

 どれもが彼にとっての楽しい思い出であったし――その【トート】のお陰もあって今の立ち位置に居るというのもまた事実であった。

 上記の様な情報収集――も、非常に役に立っていたがそれだけではない。

 

 必殺スキルである《未知を紐解く者》以外に【トート】が使用できる二つの固有スキルが、今回の作戦に有用だと思われたからであった。

 

 《看破》と同じ要領で視界内に居る対象の詳細情報を得る《詳細検索》。

 【トート】によって検索した指定されたスキル一つに対して極大の耐性を得る《漸分検策》。

 

 

 ――つまり、相応に高い確率で《傾城魂抜》に抵抗する事ができ、その上で最大レベルの《看破》かそれ以上の能力識別スキルを使用できる者。

 更に、可能であれば確りと軍議に参加しており作戦の把握と現場での作戦の通達ができれば尚良し。

 

 それが、<マスター>陣本隊の前線指揮官に与えられた役目だったからだ。

 そして、運良くその条件に当て嵌まったヒースが前線指揮官に任じられるのもきっと、自然な流れだったのだろう。

 

 

 その判断は間違っていなかった。

 実際に彼、ヒースは任せられた役目をほぼ完璧にこなせていたし、敵を含めた全体の動きはほぼほぼ人間範疇生物側の連合の読みや作戦通りとなった。

 流石は戦争のプロフェッショナルたる天地の大名達や自分を含む識者の<マスター>達で立てた作戦だと感心したくなる。

 

 

 

 ただ一つ予想外だった事を除いては。

 

 

 【トート】でも見抜けなかった……ユニーク(特異で)ボス(強力な)モンスター(怪物)の――桁外れな実力以外は。

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

□■功刀領・街中 【大魔闘士】ヒース・セイバー

 

 

 プランBは正しく、これ以上ないという程に正しく作戦通りの効果を発揮した。

 

 多くの武芸者達が生きている時に使われる予定だったプランD(デストロイ)による範囲と威力を重視した広域殲滅でもなく。

 何らかの要因で【魂捧】の超級職が居なかった場合に使われる予定だったプランC(クリティカル)による遠隔精密攻撃でもなく。

 逆に精密さを犠牲にした、威力のみを重視していたプランA(アタック)でもない。

 

 最大限に敵の実力を警戒した結果としてのプランB(各個撃破)が――正しく効果を発揮したのだ。

 

 超級職三人に対して一人ずつ。

 そして――【傾城九尾 ウォルヤファ】に対して、()()()()()()()による決戦を行う様に決めたのには当然、彼なりの思惑が()()あった。

 

 一つ目は――

 

 (クソ――まだか、まだ見えないのか!?)

 

 【トート】に表示される、【傾城九尾 ウォルヤファ】の詳細なデータ。

 ――それが()()()()表示されない事が原因だった。

 

 検索に特化したエンブリオと言えど、ヒースの【トート】は第五形態にある一エンブリオ。

 その出力やリソースは限られており、当然調べられない物も多い。

 

 最高位の〈UBM〉――【漂竜王】や【地竜王】の情報などは隠蔽系統のスキルも持っていないだろうに全く情報を得られなかったりした事もある。

 総じて、現段階では必殺スキルである《未知を紐解く者》でも神話級以上の〈UBM〉の詳細情報は得られないと言うのが彼の中の定説である。

 当然ながら【ウォルヤファ】を《未知を紐解く者》で調べる時もそうなる事は分かっていた為、簡易情報や周辺情報のみの検索、そしてギリギリまで時間を使って最も厄介だと思われていた《傾城魂抜》の情報を手に入れるのが精一杯であった。

 その上で、作戦で直接視界に収めた時に《詳細検索》によって全てを詳らかにしようとしていたのだが――

 

 

 結果として、【トート】で得られた情報は、【傾城九尾 ウォルヤファ】のステータスと妖狐としての特有の幾つかのスキル、〈UBM〉としての多くの耐性系スキルと多くの魔法系スキル。

 そして固有スキルであり、既に検索済みだった《傾城魂抜》。

 

 ――そして、検索に特化した【トート】の《詳細検索》ですら解析し切れない、《傾城魂抜》の後に続く16個の固有スキルと思われる黒塗りの文字列だけだった。

 

 それは、あり得ない事ではなかった筈だ。

 隠蔽系統のスキルや魔法が使われれば、検索の難易度が非常に高くなると言う事は、知っていたのだから!

 

 (隠蔽系統の固有スキル。それもかなり高位な物。それにこの数の固有スキルだと!?)

 

 魔法も含めて、事前に判明していた物だけでも6個もあったのだ。

 流石にそれが最大数だと思っていたのだが――相手は更にその上を行く怪物であった!

 

 《詳細検索》のお陰で少しずつ、少しずつではあるものの解析は進められているが――視界内に収め、プランBを発動し更に数十秒経った今ですらも――解析できた固有スキルは二つだけ。

 触れた相手のステータスを一時的に吸収する固有スキルと、配下全員の能力を強化する固有スキルだけだ。

 その情報はそれはそれで有用な物だが、今欲しい情報はそれでは――

 

 

「――クソッ! ヒース来るぞ、避けろォ!」

 

 仲間の怒号に意識を回帰させ前を見ると――

 

 石礫が、見えない風の刃が、火炎弾が、呪詛の弾丸が。

 数十発の弾幕となって襲い掛かってくる所だった――!!

 

 

「██ck! 非戦に無茶させやがる!」

「いやお前普通に戦闘職だよ!?」

 

 【ウォルヤファ】を視界に収めながらも、必死になりながら全力で走り、魔法の弾幕を辛うじて回避する。

 【魔闘士】系統である自分が使う魔法とは間違いなく威力の桁が違う。まず二発は受けられないし防御も迎撃もできる代物ではない。

 

 そもそも、生き残っているメンバーの中で最も距離を取って動き回っている筈なのにこんな弾幕が来る程――と思っていたら、他のメンバーは軒並み自分以上の弾幕の嵐をいなしている所だった。

 ……ステータスや固有スキルが違うから仕方ない所だ。

 まぁ、他のメンバーは優秀な者ばかりだから――と、楽観する事など出来よう筈がなかった。

 

 

 ――一人、そしてまた一人。

 【ウォルヤファ】との決戦が始まって約一分で――二人の仲間が死んで(デスペナ)しまったのだ。

 二人共ステータスはヒースよりも高く、エンブリオも多機能型で弾幕を幾らか撃ち落としたり撃ち返していたり、中距離精密射撃で牽制していたりしたのだが、それがいけなかったのか。

 今ヒースが受けていた弾幕の数倍の魔法の嵐を一身に浴びせられ、フォローする暇もなく弾幕に飲み込まれてしまったのだ。

 

 これは、不味い。非常に……不味い。

 三人の超級職に一人ずつ。

 【ウォルヤファ】とのこの決戦で、既に二人の犠牲者。

 そして、【ウォルヤファ】と接敵した瞬間の《傾城魂抜》。

 百人以上居た筈の<マスター>陣本隊は……戦闘能力の低いヒースを含めてすら、残り十一人しか残っていないのだから――

 

 

 

 それが、最大にして最初の誤算。

 数とエンブリオの力によって攻める予定だった<マスター>陣本隊。

 全員が全員、通常のジョブスキルで行われる程度の【魅了】などの精神系状態異常スキルであれば完全に防げる程に高い耐性を用意して挑んだ、最初の分水嶺。

 

 ――そしてカンストのジョブスキルや純竜級モンスターの状態異常スキルですら防げる筈の彼らは、2割も残らなかった。

 

 ヒースは、そして作戦を立案した<マスター>達は、半分の5割は残ると思っていたのだが……予想は結果を大きく裏切る物となった。

 足りぬ戦力を更に超級職の者達にも振り分けもした。

 それが最善――可能な限りの最善であった筈。

 しかし、現実は残る<マスター>達が散会してすら近付く事すら難しい有り様だ。

 

 

 ――どうして、こんな事に――

 

 一瞬だけ内心でそう考えてしまうのも無理はないだろう。

 彼らの計算が外れ、予定されていた人数の三分の一以下の人数での死闘だ。

 勝ち目がどれほどか細くなっているか、考えるだけで頭痛がする。

 

 

 ……そも、何故そんな計算外が発生したのか――

 彼らの計算が間違っていたのか? いや、そうではない。

 彼らの試算自体は、そうは間違ってはいなかった。

 だが、しかし――()()()()が既に間違っていたのだ。

 

 

 《傾城魂抜》の前提。

 そう――霧影領での戦闘の前例の事だ。

 あの際はティアンと<マスター>の連合軍と【ウォルヤファ】との戦闘。

 初手の《傾城魂抜》により【魂捧】に墜ちた人数は――()()()

 エンブリオを持っておらず、固有スキルもなく殆どの<マスター>と比べてステータスの低いティアンを多数含んだ連合軍が――だ。

 

 勿論、天地の、それもティアンの武芸者であればジョブも天地の物が多く、精神耐性系のジョブスキルを有している者が多いという事は理解していた。

 その上で――集められた<マスター>陣本隊の耐性であれば十分に《傾城魂抜》を耐え切れるだろうと考えられていたのだ。

 

 それも当然だろう。

 仮に精神系状態異常に対する耐性をゲームとして、数値に表したならば……

 先日の連合軍の耐性の平均と、<マスター>陣本隊の耐性の平均は、実に二倍近くもあるのだから。

 半分は《傾城魂抜》を耐え切れた連合軍の、倍の耐性だ。通常であれば当然<マスター>陣本隊は最低でも半分は残るだろうという憶測になるのも頷けるという物だ。

 

 だが、悲しいかな。

 <マスター>陣本隊の選出は参加希望の<マスター>間で行われていた事であり、エンブリオやリアルの事情などもありティアンの大名などは関わっていなかった。

 故に、彼らは、<マスター>の多くの者は詳しく知らなかったのだ。

 

 ――先日敗北した連合軍は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

 そもそも、【魂捧】になってしまった武芸者が敵に回るという事はその前から――霧影領が襲撃された時点で判明していた事だ。

 ならば彼ら、【陰陽頭】を筆頭とした連合軍もその対策をしていたというのも当然の事柄であった。

 

 ……そう、対策を。

 彼ら<マスター>には決して真似できない――それに特化した()()()による対策を、だ。

 

 【陰陽師】系統直系超級職。結界術・符術・魔除け・厄除けにも適した超級魔法を複数行使可能な【陰陽頭】が。

 【陰陽師】系統【結界術師】派生超級職。周囲の聖性を強化し、結界内の仲間を守護する事に特化した【聖域守】が。

 【僧兵】系統派生超級職。悪徳と煩悩を打ち払い仲間達の精神に喝を入れる【大僧正】が。

 

 共に、自陣の味方の精神系状態異常耐性を強化できる超級職が三人。

 更に彼らが率いる術師達による合体魔法拡張スキル――それらを組み合わせた連合軍の耐性は、ステータスに優れ、エンブリオによる固有スキルによる補正が入る<マスター>陣本隊を凌ぐ程となっていたのだ。

 

 

 そして、その上でもう一つ――《傾城魂抜》が精神系状態異常である【魂捧】状態にするスキルであるという事も関係してくる。

 

 ――精神に影響を及ぼすスキルであるならば、精神からの影響も受ける。

 

 それは、この<Infinite Dendrogram>に存在する隠れた仕様の一つであり……<マスター>陣本隊を含む殆どの<マスター>には周知されていない情報でもある。

 だが、それも仕方のない事だ。

 <マスター>には運営(管理AI)による精神保護が掛けられている為、精神系の効果と言われても実際に精神に何かしらの影響が出る訳でもないのだから。

 しかし、ティアンはそうではないのだ。

 精神系のスキルや状態異常一つで自身の心が容易く移ろい行き、そのせいで悲劇が起きてしまった事など、彼らの歴史の中では珍しい事ではない。

 誰とも知れぬ者に【魅了】を掛けられ、最愛の人を裏切ってしまう事や、見るだけで【恐怖】を振りまく凶悪な〈UBM〉を前に無様に逃げ出してしまうといった逸話は事欠かない。

 

 ならば――ならば、備えねば。

 自らの不明を悔いたい者など居る筈がなく、武芸者として生きると決めたのならば常に精神を強く持っていなければならぬのだと自らに言い聞かせ続けるのだ。

 心を研ぎ澄ませろ。揺るがぬ精神を形作れ。熱く熱く熱く意思を燃やし続けろ。折れず砕けぬ自らの志を常に見定め続けろ!

 その程度、天地の武芸者であれば出来て当然という物なのだから――

 

 

 あるいは。

 その精神を鼓舞する事によるスキルへの影響は微々たる物かもしれない。

 ステータスや耐性スキルと比べれば、できる抵抗などちっぽけな物かもしれない。

 しかし、それでも――彼らの抵抗は無駄な物ではなかったのだ。

 

 

 

 

 ――最も。

 それらが誤算として合わさって現在絶賛大ピンチの<マスター>陣本隊にはあまり関係ない事であるのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう、大ピンチだ。

 

 為す術もなく非常に重要な人数を減らされているし、相手の弾幕によってまともに近付く事もままならない。

 一撃も有効打を与えられておらず、更についさっき《詳細検索》で浮かび上がって三つ目の謎の固有スキルはHP・SP・MPの高速自動回復のパッシブ型固有スキルだった。長期戦では全く勝ち目がないだろう。

 しかし、何十何百発と連打していきているあの魔法の弾幕すらもこちらにとっては致命の一撃。

 

 

 (――それがどうした!)

 

 ()()()()()()()()()

 

 血沸き、肉躍るぞ!

 現実(リアル)では到底味わえないだろう緊張感、一秒一秒を弾幕を避け、やり過ごし、生き残っていく事への達成感!

 自然と表情が笑みを形作り、脳内にアドレナリンがドバドバ出ているのが知覚できる。

 

 《詳細検索》のちょっとした応用によって【ウォルヤファ】から発射された魔法の弾幕が制御される軌道を把握し、全力で回避する。

 他の仲間に忠告する暇も無かったが、他の者は皆自分なりの力で回避に成功していたから問題はない。

 ならば後は――

 

 (あの二人は良くやってくれた――“特殊な耐性はなし”か)

 

 そんな最中に、先程死んでしまった二人の残してくれた情報を基に――更なる作戦を組み立てる。

 残った中でも(ヒース自身を除いて)比較的攻撃力に劣っていた二人。

 もっと人数が残っていればそんな二人でも他の<マスター>との合わせ技でもっと活躍してくれていただろうが――そんな状況でも、彼らは自らの出来うる中で最高の仕事を果たしてくれた。

 

 超ENDや防御魔法、結界魔法はあれど、その属性耐性の傾向は通常の妖狐のモンスター等と大差なく、そしてダメージを与える事に特殊な条件などは必要ない――それが結論だった。

 防御魔法や結界魔法も超級魔法職()()の防御力しかなく、それらとあの桁違いのENDさえ破れれば……彼らにもダメージを与える手段は、あるのだと。

 〈UBM〉やエンブリオの固有スキルにありがちなふざけた条件のクソ絶対防御能力とか、特定の攻撃以外は完全無効、と言った条件特化型の変わり種ではないという事――つまり。

 

 ――エンブリオであれば、それを突破する手段など幾らでもあると言う事だ。

 

 

「――――よし、これで行くか」

 

 数秒の高速思考による思考と、もはや傍受の警戒すら放棄した通信魔法により……作戦は決まった。

 

 

「ラムダ、烏丸、ブラック。()()()()を食らわせてやれ! 他の者はそれを援護する! スリーカウントだ!!」

 

 

 

 

◆◇

 

 

 

 

 

 <マスター>が……十一人の<マスター>が駆ける。

 

 先ほどまでの弾幕を避け続ける為ではなく――攻め込む為に!

 

『こいつら……!!!』

 

 距離が縮まり、逆に【ウォルヤファ】からの弾幕は飛躍的に命中しやすくなっている筈だが――それでも、未だに誰にも命中してはいない。

 それこそ、アクティブスキルやアイテムによる一時的な加速や各々のエンブリオの効果による者であり――近付くだけなら何時でも出来たのだと敵に示すかの様に。

 

 当然ながらその<マスター>達の排除は【ウォルヤファ】としても最優先の筈であるが――その中でも一際強い()()を向けている者が、三人。

 おそらくは、さっきあの後ろにいた奴に呼ばれていた、そして、三方向に分かれて近付く者達――つまり、【ウォルヤファ】自身を倒せる何らかの公算がある者達だ!

 

 一人は、黄金のオーラを纏い、両手両足に獣の鍵爪を装備した獣人の<マスター>

 後の二人は、小柄な女と大柄で厳つい顔をした特徴的な髪形をした男の<マスター>――共に、凄まじい威圧感を放つ剣を手に、【ウォルヤファ】へと走る。

 

 

 (――――――)

 

 

 【ウォルヤファ】は考える。どうするのが良い?

 きれいに三方向から分かれて魔法の弾幕を避けながら、あるいは出した障壁で受けながらも突撃してくる三人。

 対処しなければならない。おそらくこの三人があの<マスター>達の切り札。

 

 ……本当に? さっきも見ただろう。あいつらは卑劣な策を使う。もしかしたら残りの距離を縮めてきている奴らの中に真の本命が居るかもしれない。

 そもそも魔法の弾幕を三方向に分けるだけでも今の様に突破されてしまう。

 九尾を持つ、妖狐の中でも最高位の〈UBM〉の力を持ってすら――もはやこの実力と数の<マスター>を相手にして、余裕という物は残っていない。

 

 強化を施し、魔力を精一杯込めた全周結界で相手の切り札を防げるか?

 ――無理だろう。結界魔法はもう使ってる。その上で相手が攻め込んできているのであれば――おそらくは突破される!

 ならば幻術だ。陽炎の如く幻の如く幻影体に切り札を無駄遣いさせられないか?

 ――遅すぎる。もはや猶予は数秒も残っていない。今から幻になんて魔法系の超級職でも不可能だ。

 《放天走り》による短距離転移は? ――何らかの力で少し前から空間転移ができなくなっている。

 同様に《翻天弄り》による空間障壁も不可能。肝心な時に使えない力――

 ならば、ならば――――

 

 

 ああ、これは無理ね。

 もう、()()()()()()()()無傷ではいられないのね?

 

 【ウォルヤファ】は、<マスター>達と比べて数倍を誇る思考速度で、そう結論付けた。

 

 ――忌々しいわ。喰われるだけの獲物(ニンゲン)の癖に……ッ!

 

 思考の最中に、相手の力に。

 弱かった頃の、蹂躙されるだけだった弱者の自分の姿を思い出し。

 

 ――【ウォルヤファ】は、相手を狩られるだけの獲物ではなく……全力を出すべき()だと認めた。

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

□■功刀領・街中 【大魔闘士】ヒース・セイバー

 

 

 

 

 ――そして。

 

 

 

「《王金殿世(ニライカナイ)》ィィ!」

「食らえ――《八拳剣》!」

「――――《破滅の魔剣(ダーインスレイフ)》」

 

 肥大化する黄金のオーラを纏った<マスター>、ラムダが正面から。

 神々しい輝きを放つ神剣のエンブリオを携えた<マスター>、烏丸葵が左側面から。

 

 ――本命である、魔剣のエンブリオ、【黒死呪剣 ダーインスレイフ】を構えたモヒカン・ブラックが右後方から、同時に突撃した。

 

 

 (――やった!)

 

 

 モヒカン・ブラックのエンブリオである【黒死呪剣 ダーインスレイフ】。

 非常に攻撃的なそのエンブリオの必殺スキルは、エンブリオとして稀に良くある――()()()系統の固有スキル。

 つまり――命中したり効果範囲にあったりしたら、特殊な耐性や埒外な耐性を持っていない限り、その効果が発揮されるだけでほぼ確実に相手を殺せる類の固有スキルなのだ。

 有名所では天地ならば決闘ランカーの【バンテンイン】、他国であれば最も有名なのがあの悪名高き【アブラスマシ】だろうか。

 あいつら必殺スキルですらない普通の通常攻撃が実質即死になるとか意味が分からない。――まぁ、似た様なエンブリオは本当に稀に良くあるレベルで沢山あるんだが。

 

 恐らくは威力が足りないと思われる烏丸の【トツカノツルギ】や、実際は攻撃スキルすら持ってないただのブラフだった【ニライカナイ】のラムダに面倒な役目をやらせちまったがこれで――――

 

 

 

 

 ――黄金が、煌めいた。

 

 【ニライカナイ】のそれと酷似した……しかし、それよりも鮮烈な、“金”のオーラ。

 【ウォルヤファ】が一吠えした途端にその黄金のオーラが溢れ出し――更に次の瞬間、【ウォルヤファ】を囲む様に、九本の黄金色の光刃が出現した。

 

 

「――は?」

 

 

 ――魔法の弾幕とは別に、九本の黄金の刃が襲い掛かる。

 直接触れるでも装着するでもないのに、まるで意のままに操られた刃が三人の敵手の首を狙う。

 最もプレッシャーが弱かった正面の獣人の<マスター>には魔法に隠れて一本の刃が伸び、鮮やかに首を刈――れはせずに、遥か遠くに吹き飛ばすに留まる。

 右側の剣士の<マスター>は二本の刃と魔法の嵐で迎撃するも、瞬時に同時展開された《蛇比礼》《沖津鏡》の防御スキルにより、《八拳剣》は綺麗に肩から首に袈裟懸けに命中する。

 した筈なのに――それは、黄金のオーラに阻まれ、掠り傷を一つ付けるのが精一杯であった。

 そして、残る六本の刃が、最も脅威度が高いと思われた魔剣士に殺到し――至近距離での不意の攻撃の増加に対処しきれずに、腹を、胸を、頭を刃に貫かれ、反撃に三本の光刃を折り砕きながら――死んだ(デスペナになった)

 

 そして、次の瞬間、砕かれた筈の光刃すらも全て復元されて展開した障壁も食い破られ――烏丸の命も刈り取られた。

 

 

 

「散開、散開だッ!」

 

 

 言われるまでもなく。

 作戦の失敗を悟った時点でヒースを含む全員が即座に散らばりながら後退していた。

 

 その間にも魔法の弾幕は続いていたが――辛うじて、先の二人以外の被害者は出ていない。

 ついでに、あの光刃はある程度は伸ばせても、それが長剣の範囲までという事と、自分の腕以上に離して扱う事が出来ないという事も判明したのは不幸中の幸いか。

 

 

「クソッ、あれはなんだってんだ!?」

 

 悪態を吐くしかない。

 せめて、【ダーインスレイフ】が一瞬でも触れていれば――と思った所でそんな物は後の祭り。

 だが、それでもやはり――前線指揮官として、そして、【トート】の<マスター>として悪態を吐かずにはいられない。

 

 (ああいう敵の未知の固有スキルがある可能性。それに対する対処の為の俺だっていうのに……!)

 

 《詳細検索》ですら未だに見通せない固有スキルは、まだ余裕で10個以上残っている。

 その中にある筈のあの金色のオーラも、何か対策を――

 

「……ん? 指揮官お前あれ見た事ないのか?」

 

 そう考えている時、さっきの悪態に反応したのは少し離れて並走していた一人の<マスター>だ。

 お面型の特典武具と自身のエンブリオによる二重耐性を持つ稀有な<マスター>だった筈だが――

 

「あれを知っているのか? すまんが早急に教えてくれ!」

 

「よっしゃそれじゃ対価を――ってのはまぁいいか。他にも知ってるの結構居るだろうしな」

 

「何――?」

 

 

 ――嫌な予感がする。

 ちらりと横を見ると、その有望な<マスター>の首筋にも一筋の冷や汗が流れる所だった。

 声にも、若干の困惑が含まれており、それも恐らく理由の一つだったのかもしれない。

 

 

 ――何故なら。

 本来“それ”は、あり得る筈がない物の筈だから。

 

 

「あれは――――《竜王気(・・・)》だよ。俺は【緑竜王】の物を見た事がある。間違いない」

 

 

 

 

 ――最悪の、災厄の〈UBM〉、【傾城九尾 ウォルヤファ】の実力の()は……未だに見えない。

 

 

 

 

To Be Continued…………

 




ステータスが更新されました――――

名称:【神索叡智 トート】
<マスター>:ヒース・セイバー
TYPE:カリキュレーター
能力特性:検索
到達形態:Ⅴ
スキル:《詳細検索》《漸分検策》《未知を紐解く者(トート)
モチーフ:エジプト神話における知恵の神、トート……が書いたとされる“トートの書”
紋章:×印の付いた黒い靄
備考:小型携帯端末型のTYPE:カリキュレーターのエンブリオ。
 検証勢のオトモダチ。大抵の事なら(※)これ一つで知る事ができる優れもの。
 下級の際はコストやクールタイムが重すぎた為むしろ《詳細検索》の方がメインの様になっていたらしい。
 決闘などは相手の情報を基にした完全メタ装備による戦闘を行うが、装備品の出費が凄かったりそれでも勝率は6割と言った所だった。
 ……上級になって《漸分検策》が生えて来たのはそういった事情も関係していたのかもしれない。


名称:【黒死呪剣 ダーインスレイフ】
<マスター>:モヒカン・ブラック
TYPE:エルダーアームズ
能力特性:破滅
到達形態:Ⅴ
スキル:《諸刃の呪剣》《破滅の刻》《破滅の魔剣(ダーインスレイフ)
モチーフ:北欧神話に登場する呪われた魔剣“ダーインスレイフ”
紋章:血塗れの黒い剣
備考:長剣型のTYPE:エルダーアームズのエンブリオ。
 ステータス補正、装備補正、固有スキルどれを取っても非常に優秀なエンブリオ。
 ――致命的な呪いさえなければ、だが。
 装備して握っているだけで回復量9割減の呪怨系状態異常に呪いの継続ダメージに【空腹】と【渇水】が常時高速で進行し、両手武器枠は装備変更不可、むしろ他の武器や盾を装備するどころか拾うだけで全身出血、更に普通にこれを使って敵を攻撃する時すらも自傷ダメージを受ける諸刃過ぎる剣。
 戦利品として手に入れた武器系のアイテムを換金する為に回収係の奴隷を買う必要がある程度には不便だし、食べ物や飲み物も通常の他の人達と比べて実に5倍は必要となっている。
 その分固有スキルは強力で、デフォルトで攻撃時に追加で闇属性の追加ダメージや一定確率の即死、そして高確率でランダムな呪怨系状態異常を複数付与するという凶悪な代物だ(ちなみに一定確率でそれらが自分にも行く)。
 《破滅の魔剣(ダーインスレイフ)》は強化変身型(?)の必殺スキル。
 スキルの説明としては自身のSTRとAGIを5倍にし、自身のスキルを強化するという単純な物だが――それは副次的な物でしかない。
 ある種()()()の効果はそのデメリット……自身が受けている呪いを更に強化し、自身に毎秒最大HPの10%を削り続ける強烈なデメリットがある所だ。つまりは、最大でも持続時間は10秒しかない。
 それの何がメインと成り得るのかというと、この必殺スキルの効果によってか、攻撃対象に呪詛を付与する《破滅の刻》が強化された事で――自身が受けている全ての呪いを攻撃対象に()()させる様になったのだ。
 当然ながらその感染させる呪いには、《破滅の魔剣》による毎秒最大HP減少の物も含まれている為、攻撃を受けた相手は遠からず、この【ダーインスレイフ】の持ち手と同様に破滅に導かれる事となる。
 自身に対する多重にして凶悪な呪いという『追加コスト』と自身すら諸共に呪う『無制御』による超出力の呪いの魔剣のエンブリオとなっている。
 

▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。