無限の世界のプレイ日記   作:黒矢

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前回のあらすじ:金は散財する物

それでは本編をどうぞ!


第四十五話 死地

□■天地・霧影領 【鬼神武者】不動藤十郎

 

 

 

『あはは、あははははっ♪ 弱い、弱いねぇ。人間って弱いですねぇ』

 

「脚と腕を砕け! 難しい様ならそっ首叩き落して構わん!」

「天運、地の利は我らにあり! 操られるだけの木偶に引導を渡してやれぇ!」

「応、天誅!」

支援(バフ)切らすな! 殺されてぇのか!?」

「広範囲型必殺スキルだ、結界を!」

「<マスター>相手は無理をするな! 固有スキルを把握するまでまともに戦えんぞ!」

「死ねよやァ――ッ!!」

 

 

 怒号。

 叱責。

 気合。

 血が、刀が、腕が、脚が、死が舞う決戦場。

 

 今、霧影領……“忍者の里”と、そう呼ばれていた場所は、彼ら――霧影領奪還作戦の面々にも予想が付かないほどの、大乱戦の戦場と成り果ててしまっていた。

 <マスター>と<マスター>が。

 ティアンとティアンが。

 <マスター>とティアンが……互いに全力で殺し合う、修羅の舞台に。

 

 それも、双方はただ敵対関係だった……という訳ではない。

 一方――まるで精気のないような瞳をした武芸者達。

 彼らもまた――霧影領奪還作戦に参加していた仲間達だったのだ。

 今や【魂捧】の状態異常に囚われ、その身体の自由を失ってしまっている。

 しかし、例え操られているとしても――いや、だからこそ彼らに容赦をする()()なんてある訳がない。

 

 何故なら――

 

『くすくす、クスクスクス! 愚かに戦って、愚かに殺し合って。まともに抵抗もできやしないなんてなぁんて無様な――』

 

 かの〈UBM〉……この惨状の元凶たる、妖狐にして妖女、そして幼女の姿を取る【傾城九尾 ウォルヤファ】が居るから。

 それが、一見愛らしい様相に似合わぬ醜悪に嘲笑っていた所に――数十発を越える数多の聖なる衝撃波が飛ぶ。

 儂と同じく、超級職である【大僧正】の飛橋巌殿による攻撃だ。

 しかし――

 

『だぁめだめ。その程度じゃ全く効かないんだから。もう枯れちゃってるのぉ?』

 

 その衝撃波は、半数が【ウォルヤファ】の周囲を守っていた数人の人影に迎撃され――残る半数は、【ウォルヤファ】の眼前で展開されていた障壁の様な物に阻まれ、直撃はしない。

 そして、逆に【ウォルヤファ】の九尾からお返しの様に放たれた何十発もの攻撃魔法が、人影達より放たれた矢が弾丸が、伸長して来た黒刃が――総数、百発以上の攻撃の弾幕が相対していた儂ら四人に降り注いだ。

 

「――破ァッ!!」

「ぬぅん!!」

 

 儂の、そして巌殿の迎撃と、紫苑殿と泰央殿の結界。

 二つの重ね技によってなんとか迎撃できていたが――()()

 総合防御能力では、天地でも十指に入るであろう超級職が、四人。

 それでも全力を出してようやく防ぎ切れる程に。

 

 〈UBM〉である【ウォルヤファ】の攻撃魔法は勿論、人影――【魂捧】で操られた者の内……特に上玉だった者達。

 <マスター>と……特典武具持ちの上位武芸者達。

 上級エンブリオの固有スキルをも十全に操る上級の<マスター>の攻撃に、特典武具による埒外な攻撃能力。

 それも、【ウォルヤファ】の固有スキルで強化されておるな。厄介な物じゃ。

 

 全く、直寿め。ビルドの都合上精神耐性が低いのがここまで響くとはのう。これは煽ってやらねばならんな?

 

 まるで針鼠の様な有り様になっている同僚に内心で悪態を吐きつつも……その額には汗が垂れていた。

 

「ふん、厄介な事だ……あれは()()()()()か?」

「さて。純粋性能型ではない事は確かじゃろうが……条件特化型との複合(ハイブリット)ではないかの?」

「冗談になりませんねぇ……」

 

 触手の様に数本纏めて伸ばされてきた黒刃を避け、短いながらも考察を重ねる。

 

 ――そうしていなければ、勝ち目が見出せないから。

 

 それほどまでに、眼前の〈UBM〉――【傾城九尾 ウォルヤファ】は強敵なのだから。

 

 【傾城九尾 ウォルヤファ】

 レベル:74

 HP:454222(+918444)

 MP:785750(+1581500)

 SP:354000(+718000)

 STR:10050(+113100)

 AGI:22540(+55080)

 END:13885(+37770)

 DEX:31575(+79150)

 LUC:150(+10300)

 

 神話級モンスターとして相応しい……否、神話級モンスターの基準を大幅に上回っている超ステータス……それが最も簡単に対処できる要素だと言われ、全く否定が為されない程に。

 

 

「ステータス以外の固有スキルは――十はあるでしょうか?」

「そんなもんじゃないかのぅ。どれも厄介なのが問題じゃが」

「ひーふーみーよ……確かに、それくらいありますねぇ。これはババを引いてしまいましたか……?」

「馬鹿を言え。どの道ありゃ相対しなきゃならん相手だろうよ。――来るぞ!」

 

『ほらほらぁ、そんな縮こまってないで――もっと遊びましょう! クスクスクスクスクスクス!!』

 

 

 そして、その考えからあるかどうかも分からない正鵠を探る暇もなく――その言葉と共に……規格外の怪物が()()に転じた。

 

 物理攻撃――当たれば即死。

 魔法攻撃――彼ら(超級職)四人であろうとも、無傷ではいられぬ威力と弾幕にて。

 その固有スキル――一瞬でも油断すれば、その瞬間に()()極悪さ。

 

 真に……天地最上の猛者、超級職たる彼らであっても未知の強敵。未知の死闘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その極限状態の刹那。

 

 自身を容易く死へと誘う怪物を前にして、不動藤十郎の頭に去来していた思考は、恐怖でも覚悟でもなく――()()だった。

 それも、一瞬後に死んでもおかしくない状況である自分に対する物ではなく。

 

 数多の弟子達への。

 この戦場に居る、あるいはこの戦場に居ない。

 留守を守っている者、操られている者、操られていない者、……殺し合っている者。

 身体を鍛えてやった者、技、戦術を、心得を教えてやった者、精神を磨いてやった者。

 才能があった者がいた。才能がなかった者もいた。近頃は伝説の<マスター>も多数指導してやった事もあったし……本来であれば剣を振るには満たぬ年若い童の<マスター>と関わった事すらあった。

 そんな、彼の、大白宮にその根を降ろしてからの長い年月の間で教え導いて来た者達の事が――ふと思考に過ぎった。

 

 (……ふ。まだ儂も現役だと思って居ったのじゃが、のぅ?)

 

 走馬灯にも似た一瞬の思考に、自分でも苦笑いせざるを得ない。

 まさか自身にこの様な一面があったとは。この齢にして新たなる発見を得るとは、これは望外の喜びかな?

 

 (まさか儂も()()やあの終ぞ届かなんだ先達と同じ事を考えるとは。似まいと思って居ったんじゃがなぁ)

 

 だが。

 だが――これも悪くない。

 

 【鬼神武者】たる自身は他の超級職三名と違い、神通力を使った中遠距離戦も確かにできるが――その真価は、【武士】系統である事からも分かる通り、白兵戦だ。

 敵の攻撃が集中する、最も危険な位置でありながらも……魔法・特殊系統の〈UBM〉である【ウォルヤファ】に、おそらくこの中で唯一有効打を与えられる存在でもある。

 

 ならば。

 

 その身を賭して他の者達にも最上の武の頂きを見せ付けよう。

 その力を以て、一人でも多く【ウォルヤファ】の側近を、操られた者達を解き放とう。

 その命を使い――かの強敵を、【ウォルヤファ】を打倒する為の道を斬り開こうぞ!

 

 故に――

 

「さぁ、参ろうぞ。貴様の死出の戦へ。いざ、尋常に――!!」

 

『無謀ーぅ。クスクスクスクス――♪』

 

 

 

 

12月13日(日)

 今日は朝っぱらからハードは明日香に譲って、ずっと時間使って掲示板やニュースサイト巡り。

 昨日の速報の詳細が分かると思って、ね。

 インターネットはやっぱり偉大。広大な電子の海で繋がれる<マスター>同士の情報の速さは筆舌し難い程だからね。

 ……まぁ、デンドロ内で当事者に直接調べたりすっごい確度と量で情報握っている<DIN>とかと比べると信頼性は劣るんだけど、ある程度の情報と速さで言ったらやっぱりこっちだよね、っと。

 

 そして、結構な時間でもってそうやって調べてたら、やっぱり天地関係のスレとかニュースサイトでは昨夜の奪還作戦の事についてがまだ新鮮な話題として話されていたから色々と情報を得る事が出来た。

 以下からがその調べた情報の要約なんだけど――

 

 まず、奪還作戦の連合は避難して来た霧影領の【忍者】達やデスペナから復帰して来た<マスター>達からの情報により、敵手を相当に高位の〈UBM〉とその配下達だという事を想定しての行動となる。

 霧影領で戦った所属不明の武芸者達だけでも百を越える数を強化した上で率いる、謂わば【将軍】タイプの〈UBM〉。

 それに対抗する為にも奪還作戦の連合に参加する事となった戦力は質・人数共に非常に大きな物となる。

 霧影領の同盟相手でもある【陰陽頭】泰央さんとその配下である【鬼神武者】を含んだ武芸者達、そして同じ立場である【巫女姫】は本人こそ参加できなくとも、一番の側近である【聖域守(センクチュアリ)】とその配下達。

 更に泰央さんが友誼により助太刀を頼んだ西方の飛橋領領主である【大僧正】とその配下。更に北に領地を持ち、大白宮を除けば最も避難民を受け入れてくれていた黒羽領からも相当数の武芸者を援軍に寄こしてくれた。

 そして、勿論それらの領地をホームにする数多の<マスター>達を含めた大戦力は――想定された相手の戦力の五倍を越える程だったとか。

 

 ……しかし、彼らが奪還に向かった時、霧影領、忍者の里は既に人っ子一人居ないもぬけの殻であった。

 里のあちらこちらに、手練れの忍者達や<マスター>が足止めに応戦したと思しき戦闘跡がなければ、襲撃されたなど信じられない程に静かな様子だったと言う。

 【生体探査陣】等も含む、複数の探査術式によって既にこの里には奪還作戦に来た自分達以外に生命体は居ないと判断されて、そしてそれでも警戒を解かないまま手分けして里内の各施設を見て回る事にした。

 結界を展開し、安全を確保した上でなお何か仕掛けられてはいないかと、過剰なほどに注意して。

 何せ、相手は索敵や隠密、諜報に特化された忍者軍団の居るあの里に奇襲を仕掛けて、壊滅させる程の相手だ。

 警戒し過ぎるという事はないし、幾ら警戒しても物足りないとすら言える相手であるかもしれないのだから。

 

 ――何せ、まさに、その予想は的中していたのだから。

 

 数パーティ毎に手分けして、それでありながら他の組も視界内に入れられる程度の距離で警戒しながら探索している最中に、“そいつ”は里の入り口に現れたらしい。

 全く何の前触れもなく探知手段にも引っかからず、入り口を見張っていた筈の<マスター>曰く、本当に一瞬で現れた、との事だ。

 当然、奪還作戦に参加していた者ならば予期していた“敵”――〈UBM〉の出現。いや、そうでなくとも街中に〈UBM〉が現れたなら即座に討伐の為に戦闘になったのだが――相手が悪すぎた。

 

 天地の連合軍の練度は本物だった。戦力も、対策も万全。超級職も四名もおり、参加した数多の<マスター>達の8割は合計レベル300を越え、上級エンブリオを有する上級の<マスター>でもあった。

 まともに戦えば、きっと神話級の〈UBM〉であろうと打倒できると確信できる程の大戦力。それが忍者の里奪還作戦の為に動いていた。

 各パーティも何があっても即座に対応し、戦闘に移れる様にメンバーを選定し、そして現場での警戒も緩まずほぼ全員が真面目に自らのやるべき事を果たしていた。

 

 ――そして、“敵”が現れた、その一瞬後にその連合軍の内約半数が【魂捧】に墜ちた。

 何らかの動作も、呪文も、時間も制限も消費も必要なく、ただ現れ、視界に入ったそれだけで、ティアンの参加者は非戦闘員以外は一人残らず合計レベル500のカンスト武芸者であったにも関わらず、即座に半数が戦闘不能――どころか、()になったのだ。

 ……【魂捧】に掛かり、自らの身体の操作権を失ったとある<マスター>曰く、そこから先は、死闘であったらしい。

 時間が過ぎる毎により強力に深度を増していく魅了の、【魂捧】による支配力。【陰陽頭】と【聖域守】でも解除どころか()()()を軽減する事すら難しくなるのにそう時間は要らず。

 【魂捧】によって操られるだけではなく、ステータスを大幅に強化された上で襲い掛かってくる、多くの仲間だった者達。

 初見殺しにして理不尽、強力無比、それでいて数多の種類を数える……操られた<マスター>のエンブリオから繰り出される必殺スキルを含む埒外の固有スキル達。

 そして――【魂捧】の力だけではない。数多の固有スキルらしき物や超級職のそれに匹敵する魔法を、その九つの狐尾から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()で繰り出してくる“敵”、【傾城九尾 ウォルヤファ】。

 推定で、神話級上位か……或いはそれ以上とも思える程の力だと、数少ない超級職が溢していたらしい。

 

 

 死闘はそう長くは続かなかった。

 明らかに連合軍側に分が悪かった戦いで……それでも、何故か彼らは見逃されたらしい。

 暫く戦闘を続けた後、その狐耳と狐尾を生やした妖女の〈UBM〉は嘲る様に連合軍を見渡した後に、【魂捧】に墜ちた者達を連れて、彼らの目の前で転移し、姿を消したのだ。

 呆気ない戦闘の終わり。それでも、戦闘は終了して……その代償は非常に大きい物だった。

 あの〈UBM〉を除く、全員が全員死に物狂いで戦っていたのだ。その中でも、この世界に命を持つティアンを庇い命脈を繋いでいった勇敢な<マスター>達の損耗率は、実に最初に居たメンバーの9割以上。

 ティアンの武芸者も、要所で不死身の命を持つ<マスター>を盾にしたりはしていた物の、やはり彼らも歴戦の天地の武芸者。魅了され操られ、更に強化されて自分達の前に立ちはだかったかつての友を相手にしても、自分達の未来を掴む為にと相打ちも辞さぬ戦いぶりを見せたけど――

 最終的に残っていた者の数は、半分を下回っていた。それも、一人たりとも無傷な者が居ない程の有り様であった。

 

 敗北。これ以上無いほどの大敗北だった。

 蘇る事のないティアンの武芸者の死傷者は百を優に越え、更に数十人の武芸者は【魂捧】に操られたまま転移によって相手に連れ去られてしまう大失態。

 ……それも、その連れ去られた武芸者の中には、死力を尽くし多くの操られてしまった仲間を倒しながらも……最後には【陰陽頭】を庇い、直接攻撃を受け【魂捧】の力を流し込まれ、操られてしまった超級職、【鬼神武者】――不動さんの姿もあったらしい。

 

 

 

 敗北の後に、数分で編成をし直し、再び探索は再開された。

 敗北した。だから敵はこちらを見逃し撤退したけどこちらも逃げ帰る――などと言う、そんな弱腰な者はこの天地では生きていけないしむしろそんな事を言い出したら殺すとかなんとか。

 負傷を押して先以上に集中して探索を繰り返していると――【陰陽頭】泰央さんが“それ”を見つけた。

 ……巧妙に、結界や探索にも精通している超級職である【陰陽頭】や【聖域守】であっても、広域探索系の魔法スキルでは全く見つけられない程に()()された、何らかの力による痕跡(マーキング)が。

 おそらくは、敵の〈UBM〉が使用した長距離転移の固有スキルを使用する為の基点。何とか【陰陽頭】と【大僧正】の合わせ技によってその場所の痕跡は消去する事に成功したらしい。

 

 ……一連の一部始終で生き残っていた数少ない<マスター>はここで一旦ログアウトして、これらの事をデスペナルティになった仲間達に伝え、最低限の所要を済ませた後にまたログインしていったんだとか。

 残り数少ない連合軍は、今は残った全員が一丸となって固まり、里中にこの痕跡(マーキング)が残っていないか探索している最中らしい。

 ……固まっていた所で、もう一度転移して来られた時、対抗できるとはとても思えなくても、そうするしかないからだ。

 

 

 

 

 ……きついなぁ。本当に、何時になくきついよこれは。

 大敗過ぎる……うん、多分僕が居ても何かが出来たという訳ではないんだけど、ないんだけども。

 それでも、間違いなく、知っている人達が何人も犠牲になっているだろうというのが分かっていて、僕がそれに何もできていないというのが、こう……モヤモヤする。

 うーん言葉にし辛いよ! ぐわー!

 

 午後からは、僕もデンドロにログインした。

 まだ大白宮全体には敗北の報は届いていない――けど、【陰陽師】ギルドや【武士】ギルド等の一部の所には通信魔法とかで既に情報が届いているみたい。

 凄いピリピリしてる。今までが可愛いと思えるくらいに。しかもその様子が全く隠せていない程。

 ……多分、ギルドに入って行った人達は“何か”あったんだって察せると思う。

 そんな中でも、僕はいつも通り、……いや、いつも以上にクエストを頑張る事しか出来なかった。

 

 僕は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月15日(火)

 今日も学校から直帰して、デンドロにログイン!

 今日もクエスト頑張るゾー!

 

 と、意気込んでいたんだけどそれはともかく。

 ログインして早速ギルドに向かう所だったんだけど、都中全体がかなり騒々しい事に気付いた。

 どうやら、ようやく今日になって、天地の上層部から……先の敗戦の情報規制が解除されたらしい。

 あれだけの大戦力を用意しての、大作戦。それが他の領による同じ様な戦力を擁しての戦争という形ではなく……ただ一体の〈UBM〉に打倒されるという、天地では珍しい例だったのだから。

 ……まぁ、天地の歴史を紐解けば片手の指では数えきれない程度には似た様な事例はあったらしいんだけどね?

 

 そんな訳で、今は大白宮の都中……否、掲示板で軽く見た限りでも天地中のほぼすべての領地で大騒ぎになっている事だろう。

 ――功刀家の領地以外は。

 昨日も書いたけど、どうやらやっぱり犯人は功刀家だったらしい。……犯人、というのは多少どころではない語弊があるんだけども。

 質実剛健、武技を重視し剣の道を往く、魔法嫌いの竜人にして天才剣士でもある【武士王】功刀龍馬が治める【武士】達の領地。

 他の領地と違って<マスター>を抱え込む動きを殆どせず、むしろ来訪した<マスター>を良き隣人というよりも、不死身で能力も高く固有スキルも持つ、〈UBM〉や他の領との戦いの練習にピッタリな良い練習相手だと言うかの如く、悉くを決闘場や道場に連れて行ってシゴキに行く()()()()変わった領地だったから居付く<マスター>も殆ど居なかったんだけど……それが、今回は天地全体での仇となった。

 そんな功刀領にも、カシミヤみたいに定期的にお礼参りに行く武闘派<マスター>がそこそこ居たんだけど、つい先日、また定期的なお礼参りに功刀領に行ったその<マスター>が見たものは――功刀領の都に居るすべての人々が【魂捧】状態になってしまっている所だったんだとか……

 つまりは、そういう事だろう。

 おそらく、功刀領は霧影領(忍者の里)や連合軍の戦いよりも前に例の〈UBM〉――【傾城九尾 ウォルヤファ】と一領で戦い、そして敗北していたのだ。

 最初に霧影領での襲撃時に現れたという所属不明な武芸者達も、恐らくは功刀領の武芸者達だった者。

 

 何時、どうやって、どの様にして功刀家と【ウォルヤファ】とが戦ったのかは気になるけども、今重要な事はそこではない。

 件の<マスター>や決死の覚悟で潜入し、情報を持ち帰って来た【忍者】達の働きにより、【ウォルヤファ】は天地の北東に座する功刀家の領地を根城にしているという事が判明したのだ。

 

 ならば、次こそは四領の連合などとは言わず、天地の平穏を乱す〈UBM〉を、あらん限りの戦力を以てこれを討ち滅ぼさん――と、そんな単純に行く訳にはいかなかった。

 

 それは何故か。その理由は――かの〈UBM〉が持つ固有スキルの一端、長距離転移能力と【魂捧】による魅了能力のせいである。

 

 他国ではその存在すら稀有な卓越した才と実力の証左でもある合計レベル500のカンストの域に達した武芸者達、そして理外の力を持つ上級<マスター>達。

 そんな弩級の戦力であってすら、かの妖の魅了の術から逃れる事は叶わず、それどころか相手はただ触れるだけで超級職のティアンであろうと一瞬で無力化し、自分の駒として意のままに操れる程の力を持っているのだ。

 そんな相手に無為に戦力の数を増やしても同士討ちの危険を増やすだけであるし……そして、それ以上に長距離転移能力が厄介だった。

 

 仮に必ず討伐できると確信できる程の戦力を差し向けたとしても、その間に天地の国の何処かへ長距離転移をしないと、転移の為の基点が何処にも無いのだと、誰が言える?

 いや、むしろあの様な固有スキルを持っている以上、超級職でも探すのに苦労するあの基点(マーキング)が各地に仕掛けられていると、そう考える方が妥当とすら言える。

 そして、相手が長距離転移を使用した時……戦力の出払った、彼らの守るべき民が居るいずれかの都が犠牲になるであろうという事は容易に想像がついたから。

 

 彼らは大名。

 天地の武芸者の中でも、特に名の知れた実力者であると同時に……その采配で自らの領地に居る幾千幾万の民の命を左右させる長でもある。

 故に、彼ら自身が死地に打って出る事に躊躇はなくとも、悪戯に無辜の民達を危険に晒す訳にはいかないのである。

 今は、彼らは【征夷大将軍】の号令の下に将都で各大名の信頼の厚い上級の<マスター>を含む多数の参謀達を交えて対策の軍議を何度も繰り返している真っ最中なのだとか。

 

 

 ……ちなみに、勿論だけど僕はその中に入っていない。

 まぁ、僕が知る戦術とか作戦とかなんて娯楽書籍(漫画とか小説とか)由来の物とか、あとは教科書に載っている奴くらいしかないし、そもそも所属は断っているから他の大白宮に所属している上級の<マスター>――ヒースが出席しているしね。

 だから別に問題ないし、悔しくないし……!

 

 というかだね、それ以前に大白宮でも大白宮ですっごい大変なんだよね。

 大白宮の大名である【陰陽頭】泰央さんと筆頭客将である【鬼神武者】不動さんが揃って出陣して、なお結果は大敗北。

 その上でティアンの武芸者の半数は戦死し、戦力の柱を担っていた不動さんは敵に捕らわれ操られ行方不明。

 そりゃ荒れない訳がないよ!

 

 功刀領自体からはそこそこ距離があったとは言え、襲撃を受け、奪還作戦もあり二度の戦闘があった霧影領は山を挟んだ隣領。

 そこにトップ達の敗北の報が重って……大白宮の人達に大きな衝撃を齎す事となった。

 都の治安は乱れに乱れ、夜逃げの準備をしている人達の姿も多く、警邏の依頼を請ければ二時間に一回は店先で喧嘩している場面に遭遇する。

 大白宮は術師の都だから、今までこういうのは殆どない(比較的)穏やかな都だったのに……!

 そんな中で治安維持だとかやっているとクエスト発生のアナウンスが鳴り止まないとかそんなレベル。アナウンスが微妙にうるさーい……

 勿論仕事はそういったある種一般的な仕事だけではない。

 それらが今までの大白宮ではあまり見なかった仕事であるならば……大白宮(術師の都)ならではの仕事もまた増えていたから。

 来たるべき、恩師を、長を敗北させた憎き〈UBM〉、【ウォルヤファ】との決戦に向け、戦闘用の【符】や【ジェム】、他にも戦闘用の道具やその素材の納品クエストが各ギルドの掲示板にズラリと表示されていた。

 特に【陰陽師】ギルドでは、ギルドマスターにして大黒柱でもあった泰央さんの敗北によって心穏やかではいられなくなった皆が鬼気迫る表情で黙々と【符】を作っている光景が嫌でも目に入る。

 

 ……早く軍議終われー! 終われー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月17日(木)

 【速報】決戦の日付は12月19日夜ヨリ【号外】

 わーい!

 ……やっと決まったぁ! 遅いよぉ!

 ここ暫くのデンドロ内での忙しさ本当ヤバかったからね……

 何せ《人化の術》使ったイグニスに手伝って貰ったり、ここ一週間くらいのジョブクエストの量で【陰陽師】と【結界術師】がカンストしたからね……

 いぇーい。就いてるジョブのジョブレベル全カンストー! 

 ……普通に狩りで上げるつもりだったんだけどなー。

 まぁ、どっちもそこそこレベルは上がってたというのもあるんだけども。

 

 ……笑い物になったら良かったんだけど本当に修羅場だったね!

 もっと<マスター>の【陰陽師】人口増えて増えて。知り合いの中では烏丸達のパーティも手伝ってくれたけど、恒常的に人手不足だったからなぁ。

 カインとイーズは【魔術師】ギルドの方に行っていたし、ぐぬぬ。

 あの魔法マニア(?)の二人が興味を示して実際に就いたりしてたんだし、魅力はあると思うんだけど、やっぱり天地専用ジョブだから仕方ないと言う所もあるのかなー?

 【道士】でも多用する【符】とかはともかく天地でしか用立てできない道具も何個かあるし。

 汎用性があって良いと思うんだけどね。【魔術師】と同等……とは戦闘時の事を考えると流石に言えないけど、非戦闘時の利便性やモンスターの使役に関しては【魔術師】系統よりも優れていると思うんだけど。

 ……まぁ、僕はそっち(使役)方面は殆ど実践していないんだけどね!

 僕は《全主権限》のお陰で【従魔師】のスキル使える例外だし、リンとイグニスが居るから鬼族の使役とかも必要ないしねー。

 一応、囮とか偵察用の式神の用意はしてあるんだけども。

 【陰陽師】ガチ勢は全部しっかり使えるのかなぁ……

 

 

 さて、そういう余談はともかく。

 ようやくと言うべきか、最初に書いたけど功刀領奪還・〈UBM〉討伐作戦の詳細が決定したらしい!

 流石に<マスター>という、今までに殆ど居なかった異物を交えて行われる軍議はあちこちに話題が飛び火したり、軍議に参加していた<マスター>のログアウト時間のせいだったりもあってこんなに時間が掛かったんだとか。

 むしろ参加<マスター>のログイン時間の統一を考えれば十分早く軍議が済んだ方かもしれない……?

 いや、やっぱり遅いよね!?

 今の所、件の〈UBM〉――【ウォルヤファ】の再びの襲撃は起こってないから良いもののー!

 今回の教訓を生かして今後はもっと迅速に動ける様に……なったらいいなぁ。

 

 まぁ、そんな訳で作戦決行は明後日、リアル日時にして19日の夜22時予定!

 軍議に参加した<マスター>達の交渉の結果、可能な限り多くの<マスター>が参戦できる様にと決戦を土曜にしてくれたみたい。ありがたやありがたや。勿論僕も参戦予定!

 リアルの掲示板とかデンドロ内でも各領のギルドを通じて周知に掛かる時間を考えればこれも十分早いのかな?

 ……と思っていたら、参戦希望者は明日夜22時、将都に集合の後作戦説明をするらしい。そりゃ事前にミーティングは必要だよね!

 

 これ、高速移動手段が無かったり将都から遠い南の方の領地に居たり、移動にログイン時間を十分に取れなかったり情報確認の遅れた人は普通に間に合わないのでは……?

 

 ……いや、実質天地の領地を二つも潰した最高位の〈UBM〉が相手なんだから、これ以上待てないという線なのかな?

 もしくは、その程度の移動手段やログイン時間が取れない人は足手纏いだから必要ない、という事かもしれない。

 はたまた、仮に相手の長距離転移能力によって取り逃がしてしまった時の為の防衛戦力として期待しているという可能性もあるかな? 今は大白宮に限らず、何処も治安悪化しているというのもあるかもしれないし。

 

 ともかく、僕は僕にできる全力を尽くすのみ!

 

 

 それと。

 今回の作戦は、まずは<マスター>を主軸にした作戦となるらしい。

 <マスター>の実力や友好を見定めたい者、<マスター>の自由奔放な性質とエンブリオの力を純粋に使える戦力として勘定している者、不死身の<マスター>を使う事で自領の戦力を温存したい者。

 天地の実力者に己の力や有用性を示したい者、“イベント”を逃したくない者、唯々戦場を欲する者、作戦における己のエンブリオの有効性と活躍を確信した者。

 そんな、幾つもの思惑が混ざり合った結果だってヒースが言っていた。さて、吉が出るか凶が出るか……

 

 

 

To Be Continued…………

 




ステータスが更新されました――――

聖域守(センクチュアリ)】:【陰陽師】系統【結界術師】派生超級職。
 防護結界や内部の味方を強化する類の結界術を得手としている超級職。
 《ホーリー・ゾーン・ホライゾン》の類似スキルの様な物を複数習得できる。
 結界を展開しその空間に作用させるという都合上、即効性等では【教皇】に劣る。

《鬼の生命》:パッシブスキル
 【鬼武者】系統の基本スキル。自身の種族を鬼族へ変更する。
 また、スキルレベルに応じたHP、STR、ENDへのステータス補正と傷痍系状態異常に対する若干の耐性を得る。

《鬼の本能》:パッシブスキル
 【鬼武者】系統で習得できるスキル。精神系状態異常に対する若干の耐性を得る。
 また、戦闘中一定確率でスキルレベルに応じた強度のバーサークにも似た【狂騒】の状態異常が付加される。
 あらゆる意味で<マスター>ならメリットしか受けない。
 


 ……はい。今話もご覧いただきありがとうございます!
 物語が進行していく(真実)。
 あとは今章のクライマックスのみ……!
 それでは、どうか次話以降もよろしくお願いします!

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