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LGBT法案をめぐる攻防が炙り出した「ねじれ」

ジェンダー・アイデンティティの尊重と女性の間の緊張感

千田有紀 武蔵大学教授(社会学)

争点はジェンダー・アイデンティティ

 それでは、山谷えり子議員が法案に疑問を示したことが、これまで議員に批判的だった女性たちに戸惑いを与えた現象は、どうだろうか? たとえばツイッターでは「山谷さんの政治理念や今までの言動に私は全く賛同しないけど、今回の件に関しては彼女はまっとうなことを言ってると思う」というつぶやきがあった。山谷議員は、2000年代にはジェンダーフリーバッシングなどのバックラッシュの急先鋒だった。そのことを考えれば、これらの女性たちが山谷議員を支持までし始めるとは、不思議な「転身」である。

拡大山谷えり子氏=2017年5月3日、佐賀市

 当初、山谷議員の発言として報道された「LGBTは種の保存に反する」という差別発言は、自民党の他の議員によるものだと判明した。山谷議員の発言をみてみよう。記者たちの取材に対する発言は、公開されたTBSの報道映像によると以下のようなものである。

 「アメリカなんかではね、学校のトイレでいろんな…PTAで問題になったり、女子の競技に、男性の体で、心は女性だからって言って、競技に参加して、いろいろ、メダル採ったり、そういう不条理なこともあるので、少し慎重に、性自認という概念と、差別があってはならない、許されないと、そこのところは、どういう社会現象が起こるか、アメリカとかから学んでね、ちょっともう少し。ほとんど。日本はね、多様性を認める寛容な社会ですから、理解が進んで、多様性を認める、より寛容な社会になるのはとても素晴らしいと思う」。(「法案については反対されているのですか」という質問に対して)「反対というか、もっと理解を深める必要がある」。

 ハフポストは、山谷議員が会議でおこなったという「体は男だけど自分は女だから女子トイレに入れろとか、アメリカなんかでは女子陸上競技に参加してしまってダーッとメダルを取るとか、ばかげたことは起きている」という発言に対して、「トランスジェンダー女性に対する差別を助長するような発言」「差別発言」だと非難し、「発言の撤回と謝罪と辞職」を求める談話を掲載している(ハフポスト2021年5月31日付)。大手の新聞社の報道でも、多くの社がこの発言を「差別」だと判断している。問題は、SOGIのうち、性的指向ではなく、「ジェンダー・アイデンティティ」をめぐって起きているのだ。

 SOGIとは、性的指向sexual orientationと性自認 gender identityの頭文字を取ったものである。法案では「性同一性」という用語を採用した自民党に対して、公明党が「性自認」を採用すべきだと、用語の選択で揉めた。どちらもジェンダー・アイデンティティの訳語であり、語源的には同じである。実際の自民党と野党との間での法案をめぐる攻防戦を見ても、争点となっているのは、ジェンダー・アイデンティティをめぐるものである。それでは何が問題となったのだろうか。

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筆者

千田有紀

千田有紀(せんだ・ゆき) 武蔵大学教授(社会学)

東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京外国語大学准教授を経て、2008年から現職。著書に『女性学/男性学』(岩波書店)、『日本型近代家族―どこから来て、どこへ行くのか』(勁草書房)。共著に『ジェンダー論をつかむ』(有斐閣)、『上野千鶴子に挑む』(勁草書房)、『離婚後の共同親権とは何か-子どもの視点から考える』(日本評論社)ほか多数。