□<ネクス平原> 【
「おー! 綺麗な朝日だね!」
「そうですね、姉様。現実では朝日なんて中々見る機会は無いですし」
「お前ら朝起きるの遅いからな。俺は日課の早朝マラソンとかしてるから向こうでも結構見てるぞ」
「へー、ミュウの記憶で知ってたけどそんな感じなんだ」
地平線から半分くらい太陽が昇る程度の早朝、私達が乗っている馬車は漸く決闘都市ギデオンの北にある<ネクス平原>北部の森林地帯に足を踏み入れていました。
ちなみに王都を出たのがちょっと遅かったので道中すっかり暗くなってしまい一旦ログアウトしようと言う意見も出たのですが、姉様の『このまま夜間行軍した方が
……まあ、夜営や野宿なんて現実ではやる機会なんて無いので結構楽しめましたがね。
「地図によるとこの森林地帯を越えればギデオンまでは平原だから、地形的にも一気に進めるだろう。頼むぞヴォルト」
『BURURU(お任せあれ)』
御者席ではこれまで頑張って馬車を引いてくれたヴォルトに声を掛けていたのです……ある程度舗装されているとは言え山道と林道は物凄くガタついてて《悪路走破》がある馬車でも結構移動し難かったですからね。加えて山や森だと下級とは言えそれなりの頻度でモンスターが襲い掛かってくるので結構面倒でしたし。
まあ一般的なティアンでも使える移動ルートだったので戦闘自体には苦労はしませんでしたが。どちらかと言うと初めての馬車での移動に慣れていなかったのが原因ですかね。
……とまあ、そんな感じで馬車の旅をしていた私達ですが突然ヴォルトが雰囲気を訝しげな物に変えました。これは道中何度か見た『ヴォルトがスキルで何かを感じ取っている』時の雰囲気ですね。何でも野生に生きている草食モンスターにとって感知系スキル複数持つのは基本だとか。
『BURU……(む? これは……)』
「どうしたヴォルト?」
『BURURU、BURU、BURURU(《強者感知》に反応があります。森の中から何かが近づいて来ますね……多分人間かと)』
「ん、分かった。……森の中からおそらく人間がこちらに向かって来ているとヴォルトが言っている、注意しろ」
まあ予想通りと言うか私達には分からないヴォルトの言葉を翻訳した兄様がそう言ったので、私は即座にミメと《
……あ、忘れるところでした。
「そう言えば【ブラックォーツ】のスキルに《人間探知》がありました。近付いてくるのが人間であれば使えるでしょう」
『今までモンスターとばかり戦っていたから使う機会が無かったしね』
このスキルはその名の通り人間しか探知出来ないので使う場面が限定されますからね、使える時に使っておいて扱いに慣れなければ……と言うわけで《人間探知》起動なのです。
……ふむふむ、確かにここから二時の方向に人間の反応がありますね。数は一つ、レベルは結構高い感じもしますが随分と弱っている様な? 何かフラフラ移動してますし。
「……と、そんな感じなのです」
『BURURU(こちらも同じですね。手負いの相手だと思います)』
「成る程、さてどうするかな。モンスターに襲われたティアンの旅人とかだったら見捨てるのも後味が悪いし……ミカ、危険は感じるか?」
「ううん、その人から
姉様もそう言っているみたいですし、本当に怪我人とかなら助けた方が良いのではという話になったので……。
「……何なら私が様子を見てこようか? 多分無いと思うけど私なら万が一があっても大丈夫でしょう」
「そうだな、じゃあ頼んだミカ」
「ほいほーい」
そういう訳で念の為に【ギガース】を手に持った姉様が反応のあった森の中へ様子を見に行きました……まあ姉様が警告をしない以上は特に問題は無いでしょう。念の為に《人間探知》は続行して姉様と謎の人物の動向が伺っておきますが。
……そうして待つ事しばらく、姉様と謎の人物が接触した事が感じ取れましたが……。
「……アレ? 何か一緒になってこっちに来ますね……いえ、これは姉様が謎の人物を
『BURURU(確かにその様ですね)』
「ふむ……念の為にポーションと回復魔法の準備をしておくか」
その反応から状況を察した私達は怪我人を治療する準備を進めておきます……そして、その少し後に姉様が森の中から出て来たんですがその背中には気絶している凄いボロボロな一人の女性が背負われており、更に片手には何か大きな物が入っているらしき荷袋を重そうに引きずっていました。
「お兄ちゃん、怪我人一人お待ち!」
「別に待ってないが……《フォースヒール》!」
とりあえず兄様が背負われている女性に準備していた上位回復魔法をかけましたが目を覚ます事はありませんでした……呼吸はしてますし心音もありますから生きてはいるみたいですね。
『HPはちゃんと回復してるから大丈夫だと思うよ。後ステータス的にはAGI特化って感じ』
「分かりましたミメ。……では姉様、簡潔に説明を」
「森の中でこの人に出会ったらいきなり気絶したので、とりあえず背負っていた荷物を引きずってここまで持って来ました」
そうして姉様が説明している間に背負っている女性を馬車の後部座席に寝かせました……少し状態を見た限り怪我は兄様の回復魔法で大体治っていますし、呼吸や脈拍も安定しているので命に別状は無さそうなのです。
……とは言え、HPが回復した後でもその女性が【気絶】から覚める気配は無かったので、とりあえずさっさと森を抜けて安全な場所で彼女の目覚めを待とうと言う方針になりました。
「じゃあ後はその荷物だが……しかし他人の荷物を引き摺るのは駄目では? お前のSTRなら纏めて持っていけると思うんだが」
「いやいやお兄ちゃん、中身がなんだか分からないけどこの荷物めちゃくちゃ重いんだよ。気絶した時に彼女がちょっと押し潰されそうなぐらい。ほら」ベリベリィ!!!
……そう言って姉様が荷袋を持ち上げようとした瞬間、既にボロボロであった荷袋が中身の重量に耐え切れずに出来ていた裂け目が一気に広がって荷袋が真っ二つになり“中身”がこぼれ落ちたのでした……あーあ。
「……やっちゃいましたね姉様」
『やっちゃったねー』
「いやいや! この荷袋、私が見た時には既にボロボロだったし! 偶々私が持ち上げた時に耐え切れなかっただけだし! ていうか、なんでこんなに中身が重いの⁉︎」
何か姉様がテンパってますが流石にこれは偶然でしょう。姉様の“直感”も危険が特にないトラブルには大して反応しない以前言ってましたし。
……しかし、既にボロボロだったとはいえ少し持ち上げるだけで頑丈そうな荷袋が破れるとは、一体この中身は何なのでしょう? と気になったのでこぼれ落ちた物を見てみると……。
「……これは『金庫』ですかね? 随分大きいですが」
「しかしなんでアイテムボックスがあるこの世界でこんなデカい金庫を背負ってたんだよう……」
「……いや、ちょっと《鑑定眼》を使ってみたんだが、どうもこれは
その荷袋に入っていたのは高さ1メートル、幅50センチぐらいのダイヤルの付いた黒い金庫──兄様曰く『金庫型のアイテムボックス』らしい──でしたのです……でも、まともに持ち運ぶ事も出来ないアイテムボックスとか何か意味があるんでしょうか?
「物をお手軽に運ぶ事が主な用途のアイテムボックスがクソ重いとか意味無くない? なんでこんな物が存在しているんだか……」
「いや、確かこれは据え置きで使うタイプの
「成る程、見た目通り現実で言う金庫ポジションとして作られたアイテムボックスだと……つまり
……この時、私達三人は同じ事を考えていました……『アレ? これ厄ネタじゃね?』と……。
「ちなみにこの子に《看破》を使った所、メインジョブが【
「いや、ジョブの選択自体は個人の自由だし、盗賊系統は探索に役立つスキルとか覚えるから普通に取ってる人も多いしね。……私の“直感”だと危険は感じないんだけどなぁ」
「では、何処か人眼に付かない場所で休んで彼女の目覚めを待ちませんか? 詳しいことは彼女自身に聞くのが手っ取り早いと思うのです」
「「異議なし」」
そんな感じで私達が顔を見合わせて色々と話し合った結果、とりあえず何処か適当に所で休みながら彼女の目覚めを待って事情を聞くという無難な選択に落ち着きましたのです……正直言って詳しく事情が分からないと何も出来ませんしね……。
◇◇◇
□<ネクス平原> 【
そういう訳でどうも厄ネタっぽい少女を連れて一旦<ネクス平原>の森林部を出て、その近くにあった馬車を止められるスペースのある平野で彼女が目覚めるまで待つ事になった。
……尚、あの謎の金庫はミカに運ばせた。どうも『運ぶ際に重量が増加する』類のスキルが組み込まれてる所為で馬車で運ぶのが難しかったからな。
「ふー、重かった。私これでもSTR5000近くあるんだけどねー」
「多分防犯用の呪いみたいな物だろうな。……それで彼女の方は?」
「呼吸は安定してますし多分もう少しで目覚めると思いますよ」
……そんなミュウちゃんの見立て通り馬車の後部座席で寝かせていた少女が身じろぎしながら目を覚ました。
「……ううん……ここは……?」
「あ、起きたー? 私の事覚えてる? 貴女が<ネクス平原>の森の中でいきなり倒れたから運んだんだけど」
「それで今は<ネクス平原>の北の方で休んで貴女が目覚めるのを待っていた所なのです」
とりあえず彼女への事情説明は妹達二人に任せる方針で行く……こういう状況なら同性相手の方が色々と余計な面倒が無いだろうし、ウチの妹達って見た目は普通の少女だから安心感が与えられるだろう。万が一彼女が凶悪犯とかでも問題無く制圧出来るし。
……とまあ、そんな感じで目覚めた彼女に妹達が事情を説明する事しばらく、一通りの事情を理解したらしい彼女は馬車から降りてこちらにお礼を言ってきた。
「ええと、この度は助けてくれたみたいでありがとうございます。私は【怪盗】のシルビィ・マグノリアと言う者です」
「俺は<マスター>で【調教師】のレント・ウィステリアだ」
「その妹で同じく<マスター>のミカ・ウィステリアだよ」
「同じく<マスター>で妹のミュウ・ウィステリアと申しますのです」
そんな感じで自己紹介をしたのだが、その直後からシルビィさんは何かを探し求める様に辺りを見回し始めた。
「……あの、私が背負っていた荷袋があったと思うんですけど……」
「あの荷袋はもうボロボロだったからシルビィさんを運ぶ時に破れちゃったよ。中身の金庫はあそこに置いてあるけど」
そうやって絶妙に嘘を言わない範囲で荷袋が破れた事を告げたミカの指差した先に置いてある金庫を確認したシルビィさんは、直後
「……運んで来て貰ったんですね、ありがとうございます。荷袋に関しては予備がありますから御心配無く。……申し訳ありませんが私は先を急いでいるので……」
そう言った彼女はアイテムボックスから予備の荷袋を取り出して金庫の方に向かっていった……ふむ、実際あからさまに怪しくはあるんだが偶々出会っただけの関係だし、態々引き止める程の理由も無いからどうしたものか「待った!」……ほう?
「ええと、ミカさんでしたか。一体何か……?」
「シルビィさん、その金庫を持って一人で行くのはオススメしないよ……今の貴女には
金庫の方に行こうとしていた彼女に対し、その身に迫る危険を感じ取ったのか非常に真剣な表情をしてミカがそう言って呼び止めた……成る程、どうやら何としても引き止めるだけの理由が出来たみたいだな。
……ただ、そんな事をほぼ初対面な彼女が理解出来る訳がなく、その顔には有り有りと困惑の表情が浮かんでいた。まあいきなり“死相が見える”とか言われれば当然だよな。
「……心配してくれるのは有り難いのですが、私はどうしても行かなければならない理由が……」
「いや、別に心配とかじゃ無くてこのまま見過ごすと私の精神衛生が非常に悪くなるから止めるだけだよ。……例え力付くでも」
そうして何か言い訳をしようとしたシルビィさんの言葉を遮って、ミカは即座に【ギガース】を召喚して彼女に突き付けた……残念ながらシルビィさん、ミカのそれは善意というより『そうしないと気分が悪くなる』からやってるだけなんだよなぁ。
……まあ、ここまで性急な行動をとるって事は“そうしないと彼女がすぐ死ぬ”レベルで切羽詰まってるって事だろうが。
「……え? いやあの……えぇ?」
「姉様、彼女に迫る危険とはどのくらいですか?」
「うーん、シルビィさんがその金庫持って私達から離れたら十分ぐらいで死ぬんじゃないかな? 私の“直感”がそう言ってる」
こっちの余りの態度の変化に物凄く困惑しているシルビィさんを差し置いて、ミカとミュウちゃんは彼女に迫っている危険について話を進めて行く……あ、彼女がどうにかして隙を見つけて逃げようとしてるな。
……まあこの状況なら当然なんだが、いつの間にやら彼女と金庫までの道を塞ぐようにしてミュウちゃんが廻り込んでるから逃げ出せない様だ。そんでウチの頼れる探知要員ヴォルトが何か見つけたらしいし。
『BURURU、BURURU(マスター、何かが迫っていますよ。おそらくモンスターでしょうが結構な大群です)』
「分かったヴォルト《魔物索敵》……何故かモンスターの大群がこっちに迫って来てるんですが、シルビィさんは何か心当たりでも?」
「えぇ⁉︎ ……いや、まさかさっき襲われた
……そんな彼女の言葉に答える訳では無いだろうが、地平線の向こうから三十体ぐらいのゴブリンの群れが真っ直ぐこっちを目指してにやって来た。
彼女の発言から推測するにあのゴブリン達は一度襲った彼女を追って来た様だが、ここまで来る時には付けられてはいなかった筈だが……。
『BURURU、BURURU、BURURU(おそらく《マーキング》系のスキルでも使われたんでしょう。肉食のモンスターが良くやる手です)』
「ヴォルト曰く、彼女に居場所が分かる何かを付けられたっぽいので戦闘準備!」
「「了解!」」
そんなヴォルトの意見で疑問が解消された俺は、とりあえず簡単な指示だけ出してからヴォルトから馬車を外してアイテムボックスに入れて戦闘準備を終えた……後、妹達は特に準備とか必要無いので既に戦闘態勢である。
……尚、事態が色々と急展開(大体ミカの行動の所為)過ぎて困惑していたシルビィさんだったが、そこはこの世界で生きるティアンだけあって直ぐに気を取り直してアイテムボックスから短剣を取り出し戦闘準備を行っていた。
「待って! 私が後を付けられた以上は私も戦うよ!」
「ではよろしくお願いします」
「気絶から目覚めたばかりだから無理はしないでね」
ここでゴブリンを俺達に押し付けて逃げるんじゃ無く、俺達との共闘の選択肢を選ぶって事は悪人では無さそうかな……それはさて置き向かって来たゴブリンの群れは結構な規模で、かつキチンと統率も取れているのか整然と隊列を組んでこっちに向かって来ていた。
……何かいつかどこかで見た光景だよなぁ。具体的にはデンドロ内で一カ月ぐらい前に<サウダ山道>で。
『『『GUGUGUGUGUGUGU……』』』
「うわぁ、やっぱり【ゴブリンキング】が率いている群れじゃん。もう見飽きたんだけど」
予想通りと言うか何というか、そいつらこれまで何度も見た【ゴブリンキング】に率いられるゴブリン達の群れであった……のだが、何故かそれを見て辟易していたミカを見た連中は途端に激怒し始めたのだ。
『GYAAAAAAAAAAA!!! MITUKETAAAAA!!!』
『『『『GAAAAAAAAAAAAA!!!』』』』
「うわっ⁉︎ いきなり何なのさ!!!」
「……あの姉様、連中は
確かにミュウちゃんの言う通り、あの【ゴブリンキング】を含むゴブリン達はミカが装備しているベルト──ゴブリンを生み出す<
「……あー、ひょっとして【クインバース】から生まれたゴブリン達の生き残りとか?」
『『『『『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』』』』』
「大当たりみたいだな」
ミカの疑問に答えた訳でも無いだろうが、ゴブリン達は怒り狂いながらこちらに向けて全速力で突っ込んで来た。
「おいミカ、この旅路に危険は無いとか言ってなかったか?」
「私の“直感”だって万能じゃないしー。……それに今の私達にとって
そう言ったミカは【ギガース】を振りかぶってゴブリン達を迎え撃つ態勢を取った……まあ俺達だけなら問題無いんだが今回は初対面のティアンであるシルビィさんが居るしな。
あとがき・各種設定解説
三兄妹:危険は(自分達には)無い
・妹は“直感”で命に関わる危険を感知した場合、それをどうにかする事を最優先にするが故に周りの心情などを無視する様な行動を取る事がある。
・他の二人も基本的に妹の“直感”には従うが、やり過ぎる場合にはフォローする事も。
ヴォルト:野生で生きてきた経験からモンスターの知識は豊富
・《強者感知》は自分の実力を基準とした一定以上のステータスを持つ相手の位置情報・大雑把な強さ・種族・現在の状態を感知する割と希少なスキル。
シルビィ・マグノリア:謎の怪盗少女
・ちなみに前回の最後でギデオンから離れた後に運悪くゴブリン達と遭遇してしまい、荷物を背負っている事もあってかなりの怪我を負うもどうにか逃げ延びた所で三兄妹に保護された感じ。
・実は背負っていた金庫の“中身”に関してどうしても成し遂げたい目的があったりするのだが、目が覚めてからは変な三兄妹の行動やゴブリン達による怒涛の展開の所為で混乱中。
ゴブリン達:復讐鬼達
・【クインバース】によって産み出されたゴブリン達の中で経験値を稼ぐ為に遠征に行っていた群れの一つで、本能的に妹が持っているのが【クインバース】の成れの果てだと気付いた感じ。
・【クインバース】が倒されてからもどうにか生き延びていたが、モンスターや人間との戦いで徐々に数を減らしており最盛期の半分程度の数だったりする。
・シルビィを追跡出来たのはこの群れを纏める【ゴブリンキング】が狩りを効率化する目的で《ゴブリンブラッド・マーキング》という配下のゴブリンを殺して返り血を浴びた者を追跡出来るスキルを狩りを試験的に【クインバース】から与えられていたから。
・また、彼女をしつこく付け回しているのは、彼らが【クインバース】が人間に討たれた事だけは知っていたので人間に対する怨みは元から酷かった事が原因である。
読了ありがとうございました。
決闘都市に行く筈なのに中々ギデオンに辿り着かない模様。もう暫くお待ち下さい。