□王都アルテア南部・<サウダ山道>
『シィ! 《デルタスラッシュ》!』
「ええい! 《ウェポン・パリング》!」
<サウダ山道>南側にある少し開けた場所、そこでは【魔刃戦鬼 ゴブゾード】と【
今も【ゴブゾード】が放った三連斬撃をミュウが一・二撃目を回避して、三撃目をスキル効果込みのパリィで凌いで互いに一旦距離を取った所である。
『フン、先程カラ避ケテバカリダナ』
「攻撃してもダメージを与えられないのだからしょうがないのです。……貴方の技量は高いので、下手に攻撃するとカウンターを喰らいかねないですし」
『現在2分経過したからMP消費だよ。……現在のMPとその回復量から考えると次の判定を超えたらその次を超えられるか怪しいね。止む終えずMP消費のスキルを使ったりしたし』
そう、ミュウは【ゴブゾード】が有する身代わり効果を突破する手段を有していない為、先程から相手の攻撃を避けるかいなすかしか出来ない状態に陥っていたのだ。
……最初の方では相手の攻撃の隙をつき上昇したステータスからのアクティブスキルを叩き込んで周りのゴブリンの数を減らすぐらいは出来たのだが、戦闘から1分も経過した時には向こうが持つ高レベルの《剣術》の所為でミュウの動きに慣れ始めてしまい下手な攻撃は出来なくなっていたのである。
(それでもまだこちらの方が技量は上なので無理をすれば攻撃を当てるぐらいは出来るのですが……そこまでしてもダメージを与えられないならリスクとリターンが釣り合ってないのです)
『本当にね。……それでどうする? このままだとジリ貧だよ。とりあえず向こうが使って来た強い攻撃を
とはいえミュウもただ攻撃を凌ぎ続けていた訳ではなく、相手が威力の高いアクティブスキルを使ったタイミングで《攻撃纒装》にそれらの攻撃をストックするなどしていた……だが、そのストックを使った所で【ゴブゾード】を倒す事が出来ない以上、彼女は勝機が来るまでそれを温存する戦術を取るつもりであった。
……しかし、相対している【ゴブゾード】は目の前の相手を自分だけの力で倒すのは困難だと判断して
『マア、俺ハ剣士デアル以前ニ“王”ダカラナ。……故ニ、コウイウ戦術ヲ取ラセテ貰オウカ』
「……チッ、成る程そう来ますか」
『ミュウ、向こうの騎士や<マスター>と戦っていたゴブリン達がこっちに向かって来てるよ!』
その次の一手とは実に単純なもので、何体かの遠距離攻撃可能なゴブリンを自分の援軍に寄越すというものだった……が、数発の遠距離攻撃に対応する事がミュウに取っての致命的な隙に成りかねない現在の様な拮抗した戦況では実に有効な一手であった。
……今の彼女のステータスを考えればゴブリンの遠距離攻撃程度では致命傷にはならないだろうが、相手はそれを避けるか防ぐかした隙を突いて戦局を有利な状態にする気なのだろう。
『貴様ハ強イノデ余リ時間ヲ掛ケタクナイ……ココデ確実ニ詰メサセテ貰オウ』
「全く、個人としても強いのに集団戦もある程度熟すとか嫌になるのです」
『本当にね』
……ミュウと【ゴブゾード】の戦闘開始から約2分、彼女が一対一で<UBM>を足止めするには限界に達しようとしていた。
◇◇◇
「あー、これはあかんわー。……アイツ、ウチの《月面徐算結界》の外側を囲んどったヤツらをあっちに向かわせたな」
その時、騎士と<マスター>達の中心で夜の様な結界を展開している女性──今回のクエストに参加していたクラン<月世の会>のオーナー【
それに気付いた彼等はあの群れを自分達だけで相手をするのは無謀だと他のパーティーに連絡を取りつつ即座に逃走しようとしたのだが、足の速いワイバーンに乗った【ホブゴブリン・ライダー】や索敵と遠距離攻撃が出来る【ホブゴブリン・ハンター】などの追撃を受けてやむ終えず交戦状態に入ってしまったのだった。
……その際に勝手な行動を取った何人かの<マスター>がデスペナになったりもしたが、幸いにも向こうの本隊である【ゴブゾード】率いる部隊と交戦状態に入ってから直ぐにペガサスを駆るリリィ・ローランが援軍に来たので、彼等は<UBM>を彼女に任せる形で辛うじて防戦を行う事が出来ていたのである。
「うーん、レベル差の所為でこっちのスキルはあっちのボスにはあんま効かへんし、このままあの子に崩れられるとこっちも普通に詰むやろうなぁ」
「ですが、月夜様がここを離れる訳には行きませんよ」
「それは分かっとるよ。……こっちの戦況はウチの【カグヤ】のデバフで向こうのバフを相殺しとるお陰で持っとる様なもんやからな」
月夜は騎士達と<マスター>が円陣を組んでゴブリン達と戦っている中心で、自身の秘書兼護衛である【
……ただ、ゴブリン達も月夜の“夜”が自分達のステータスを下げるモノであると気がついており、その効果範囲外からの遠距離攻撃を主体で攻め立てているので向こうの数を減らす事は難しくなっているのだが。
「ちゃんと集団戦をしてくる相手はほんとに面倒やわー。……ウチの今のMPでこれ以上範囲を広げると直ぐに枯渇するやろうしー」
『此の今の到達形態でのスキル出力も考えると、このぐらいが一番範囲と消費のバランスがいいものね』
「頼みの綱は結界外でも問題なく戦えるリリィ氏ですが……彼女も上手く対応されている様ですね」
主人である月夜に近づいてくるゴブリンを自身の<エンブリオ>である【影従圏 エルルケーニッヒ】で操る影で倒しながら、月影は結界の外で地上から弓や魔法による遠距離攻撃を受けながら空中でワイバーンに乗ったゴブリンを相手にしているリリィを見てそう言った。
ミュウに【ゴブゾード】の相手を任せてからゴブリンの群れを空中からのヒットアンドアウェイで倒していたリリィとティルルだったが、それに対してゴブリン達は横入りに対する警戒の為に外側に配置していた【ホブゴブリン・ライダー】とワイバーン達6組を呼び戻して彼女の相手をさせたのだった。
……リリィにとって一対一でなら問題無く倒せる相手であったが、6組のライダーの連携に加えて地上からの援護もあり彼女はかなりの苦戦を強いられていたのだ。
「まあ、お陰で遠距離攻撃出来るゴブリン達の何割かは向こうに行っとるけど……このままやとジリ貧やね。今は【ポーション】飲んで凌いどるけど、ウチのMPもそろそろ心許ないし」
「足止めしている彼女の方も<エンブリオ>のスキルでステータスを引き上げている様ですし、コストが何かは分かりませんがいつまでも戦い続けらるという訳にも行かないでしょう」
今も円陣の外側では【
「あー、後もう一回ぐらい都合よく援軍が来てくれへんかなー。……つーか、もうそれぐらいしか状況を打破する術が無いんやけど……」
「……それですが月夜様、どうやらお望みの援軍が来た様ですよ」
『そうみたいね』
そんな事を月影に言われた月夜がその指を指した方向を見ると、そこには九人程の騎士が後ろにもう一人乗せた馬に乗ってこちらに来ている光景があった……そう、彼等はリリィが率いていた残りのパーティーメンバーであり、騎士達が自分の愛馬の後ろに<マスター>達を乗せてどうにか短時間で援軍に来ることが出来たのだ。
……そうして援軍に来た騎士達は即座に<マスター>を後ろから下ろしてゴブリン達に向かって行き、降ろされた<マスター>達も各々の<エンブリオ>やスキルを使ってゴブリン達を攻撃していった。
「よっしゃ! 援軍来た、これで勝つる! これもウチの日頃の行いが良いからやね! ……それじゃあ、向こうと合流しつつ情報共有と態勢の立て直しやな」
「そうですね。……アミタリアさん、貴女は元々向こうのパーティーの一員という事なのであちらへの状況報告をお願い出来ますか?」
「あ、はい! 分かりました!」
……そして、月夜はそんなどっかのクマ着ぐるみが聞いたら全力でツッコミそうな事を宣いつつ、月影やアミタリア達と協力して戦局を立て直す為に動き始めたのだった。
◇◇◇
「……と、現在の状況はそんな感じ!」
「成る程、そういう状況か。……良くやったアミタリア」
「しかし、ミュウちゃんの戦闘開始から3分経過となるとちょっと不味いな。……残りMPから考えてスキルの制限時間は後3分ぐらいだろう」
「それにミュウちゃんのスキルは一度解除すると同じ対象への再使用にしばらく掛かるからね」
「それは不味いですね。……ローラン卿は敵航空戦力と交戦中ですし」
空を飛ぶ事でこちらに合流したアミタリアから現在の戦局を聞いたアット、レント、ミカ、セイラン卿を始めとした援軍は、ゴブリン達と戦いながらもお互いの情報を擦り合わせて次の行動を考えていた。
……とりあえず、まだお互いの連携が拙い事や指揮系統の関係から、<マスター>組と騎士組は一旦別れて行動する事となった。
「まずは遠距離攻撃持ちを減らした方がいいか。……今【ゴブゾード】をフリーにする訳にも行かないし、上手く対空攻撃を減らせばこっち側の最大戦力であるリリィ氏をフリーに出来るかもしれないしな。……<マスター>組全員! 遠距離攻撃持ちを可能な限り優先して狙え! 《アイスニードル》!」
「まあ、それが妥当かな。上手く空中を飛び回る相手に遠距離攻撃を当てるのは難しいし……《詠唱》終了《ヒート・ジャベリン》!」
「ヤタ《金烏の炎》と《誘導光》を! ……《ハンティングアロー》!」
『カラスヅカイガアライナ!』
そしてアットが指示を出しつつ【ホブゴブリン・アーチャー】に氷の針を突き刺しその腕を凍らせて射撃を妨害し、レントの放った《詠唱》による強化が乗った炎の槍が別の【アーチャー】に突き刺さって焼き付くした。
別の所では指示を受けた【ヤタガラス】が【ホブゴブリン・メイジ】に金色の炎を当てた上でその身体にマスターの遠距離攻撃を誘導する光を纏わせて、そこに久遠たむーが上空に狙いを定めずに全力で放った矢が引き寄せられて頭部を撃ち抜いた。
「……え? さっきの魔法がラーニング出来た? ……じゃあそれで!」
『おっけー。さあ、はでにいくぜ! ……《ヒート・ジャベリン》!』
『こっちもいくよー! 《ヒート・ジャベリン》!』
『おなじくー。《ヒート・ジャベリン》!』
また別の所では【フェアリー】達からレントが使った魔法を運良くラーニング出来たと聞いたリゼが、早速その魔法を三体の【フェアリー】の行使させる事で三本の炎の槍をそれぞれ放ってゴブリン達を焼き尽くした……だが、それだけ目立つ事をした所為で彼女は一体の【ホブゴブリン・アサシン】に目をつけられてしまう。
……その【アサシン】が有する《気配操作》スキルによってリゼと【フェアリー】達はその接近に気付く事は出来ず……。
『BAUWAU! (主人! 気配を消してる奴がいるぜ!)』
『KIEEEEE! (何をこっそりと近づいてる! 《ウインドカッター》!)』
『GAAAA⁉︎』
「リゼさん! 敵が近づいて来ていたみたいです! アリア! トリム!」
「ええ⁉︎ と、とりあえず魔法を……」
『“こんとらくと”しとくぜー』
彼女の護衛に付いていたエルザの従魔で索敵に長けた【ティールウルフ】のヴェルフと【ウインドイーグル】のウォズにその接近を気付かれて暗殺を阻まれた……エルザとその配下達はレベルがまだ低い所為で強化されたゴブリンと戦うのは自分達では厳しいと判断して、他のメンバーのサポートに集中していたのだ。
……更に存在がバレた【アサシン】に【ワルキューレ】のアリアとトリムが切り掛かってダメージを与えつつ足止めして、そこに《フェアリー・コントラクト》でラーニングした魔法を使える様にしたリゼが放った《ヒート・ジャベリン》が突き刺さった。
「《グランドクロス》! ……こちら近衛騎士団所属のセイランです! 救援に来ました!」
「おお、有り難い!」
そしてセイラン率いる騎士達はゴブリン達の包囲の一角を総攻撃でもって崩し、ゴブリン達と戦い続けていたもう片方のパーティーと合流する事に成功していた……また、上空で戦っていたリリィとティルルも地上からの遠距離攻撃が減った隙をついて、空戦技能の差から【ライダー】が乗っているワイバーンを始末する事に成功していた。
……そうして二つのパーティーは合流する事が出来て、どうにか態勢を立て直す事が出来たのだった。
◇
「《遠視》《看破》《鑑定眼》……ふむ【魔刃戦鬼 ゴブゾード】ね。ステータスはSTRが7648、ENDが6316、AGIが5732、手に持ってるのは【ヴァルシオン】という銘の大剣で高い攻撃力及び高いスキルレベルの《破損耐性》や《盗難耐性》を持ってるみたいだな」
「成る程、とんでもないステータスだな。普通に戦ったらアイツ一体でこっちが全滅しかねん。……それと単騎で互角に渡り合えるお前の妹も大概だが」
「ホンマになー。……ただ、身代わりスキルのお陰でダメージを与えられへんから、このままやとジリ貧やけど」
そうして戦局にある程度の余裕が出来たので、後方に居るアット、レント・月夜などのメンバーは敵のステータスを鑑定しつつ今後の方策を話し合っていた……と言っても、未だにゴブリン達の数はこちらよりも多いので中々有効な手段は思い浮かばなかったのだが。
そこにサブジョブの【
「とにかく援軍として【
「いえ、話を聞いた限り【ゴブゾード】の足止めをしているミュウさんの残り戦闘時間は2分程です。……リヒト団長が来るまでもたない可能性も有りますから、もう一度私とティルルが援護に言った方がいいでしょう」
……だが、この場の戦局がゴブリン側に不利な状況になったと気が付いたのは【ゴブゾード】の方も同じであり、故に彼は好んでいた“タイマンで強者と戦う”事を辞める事にしたのだった。
『止ム終エン、貴様ハ後回シダ。《テンペスト・ブレード》!』
「チッ! 地面に……すみません! 【ゴブゾード】がそっちに行きます!」
突然、【ゴブゾード】が暴風を纏った大剣【ヴァルシオン】が地面に叩きつけた事によって発生した土煙りと衝撃波によってミュウは一瞬だけ相手を見失ってしまい、その隙に彼はゴブリンと戦っているパーティーを潰す為にそちらへと全力で走り出した。
……それに気付いたミュウも警告を飛ばすと共に自身も後を追うが、スキルの特性上AGIは同じにしかならないので一度距離を離されると追いつく事は難しいのだ。
「ティルル! 行きますよ! ……このままアイツに暴れられたら全員潰されかねません!」
『《ゴブリン・キングダム》でダメージを受けない以上、乱戦であればあちらに部がありますからね』
それに気付いたリリィとティルルは即座に【ゴブゾード】の迎撃に向かっていった……身代わりスキルでダメージを受けない以上、自分に向けられる攻撃を全て無視して倒せる相手を倒す戦術を取られれば不味いという判断である。
……事実、向こうの狙いは彼女達が考えていた通りのものであり、だからこそ足止めに徹して戦場から隔離していた訳だが……。
「そりゃあ、身代わりでダメージを受けない最強の自分を前線に出すのが向こうの集団戦では一番強いよね」
「……ミカ、どうする気だ」
そんな人間側の殆どの者が焦りや不安をを感じている状況で、ほぼ唯一特に心を乱す事を無かったミカはデバフを受けたゴブリン達を【ギガース】で叩き潰しながらレントの下へとやって来ていた。
……その姿を見たレントは彼女がこの状況を打破するすべを“直感”していると判断し、今後どうするかを問うた。
「流石はお兄ちゃん、話が早くて助かるよ。……大丈夫、私にいい考えがあるよ!」
「……なんかちょっと不安になって来たな。とりあえずさっさと言え」
……何故かドヤ顔で放たれたその言葉に少し呆れながらも、レントはこの状況を打破出来るだろうミカの言葉の先を促したのだった。
あとがき・各種設定解説
末妹:MPが、MPが足りないのです……
・ちなみに彼女が一本5000リルで買った【MP持続回復ポーション】は効果時間中は他のMP回復ポーションの効果を受けないデメリットがある。
キツネーサン:今回大活躍
・実際、キツネーサンの《月面徐算結界》が無ければ全滅していた可能性が高い。
・尚、現在の<月世の会>は布教活動を殆どしていないので、ティアンには『<マスター>が作ったクランの一つ』ぐらいにしか認識されておらずこのクエストも普通に受けられた。
・現地勢力との“兼ね合い”から、<月世の会>の本格的な布教活動はある程度の戦力が整ってにするつもりの模様。
アミタリア:連絡に戦力にと活躍中
・“風による移動”を能力特性とする【プリトヴェン】の《エアロバースト》はダメージをあまり与えられない代わりにノックバックや吹き飛ばしの効果が高い仕様。
《アイスニードル》【魔術師】のスキル
・氷属性の基本攻撃魔法で、小さな氷の針を飛ばして当たった相手にダメージを与えると共にその部分を凍らせる効果がある。
《ハンティングアロー》:【狩人】の弓攻撃スキル
・頭部などの急所に当たると攻撃力が上昇する効果のある矢を放つスキル。
セイラン卿:ビルドは魔法系サポートより
・ジョブの内訳は上級職に【聖騎士】【司教】下級職に【騎士】【司祭】【祓魔師】(司祭系統の聖属性魔法特化ジョブ)で350レベル。
・上位回復魔法が使える為、近衛騎士団内でも色々と重宝されている。
【魔刃戦鬼 ゴブゾード】:何故か“王”なのに強者とのタイマンを好んでいる
・だが、追い込まれたと判断すれば集団戦術を取り始めたり、身代わりスキルを活かして弱い敵を優先して屠りだしたりする。
・持っている大剣の名前は【ヴァルシオン】と言うらしい。
読了ありがとうございました。
作者のモチベ的に感想・評価・お気に入りに登録・誤字報告などお願いします!