リ・エスティーゼ王国、辺境の村……カルネ村。
この小さな村は、今では
従って……。
「おや、ゴウンの殿様。カルネ村へようこそ」
「ゴウンの殿様、しめた鳥で燻製を作りました。お屋敷で使ってくだせぇ」
モモンガが人化した顔で村を歩けば、年寄りらが声をかけてくる。
モモンガは正式に領地として与えられたのではなく、管理者としての立位置だ。加えて言えば、村長でもない。それを聞かされたカルネ村村民が相談し合い、見出した呼び名が『殿様』だったのである。
「モモンガさん、お殿様になったのね~」
隣を歩く、二枚の大盾を背負った女戦士……人化したぶくぶく茶釜が、からかうように言う。長身でユリ・アルファに似た顔……正確には、ユリのモデルとなったのが茶釜なのだが……が笑うと、モモンガは照れくさくなった。アルベドやルプスレギナに褒められると、二人への思いの差や違いが関係するのか、それぞれで嬉しさの感じ方が違う。だが、茶釜に褒められると、それがアルベド達とは、また違った嬉しさとなるのだ。
(これは何て言うのかなぁ……)
自分の心の中にある異性への好意。これに順位をつけるのなら、トップはアルベド。続いて茶釜とルプスレギナが同率二位という具合だ。にもかかわらず、今のモモンガは新鮮な嬉しさで満たされている。
(これは、アレだな……。本当の俺を知ってる、対等な女性だから……というのが大きいんだろうな~)
人と人同士による普通な恋愛。
今は異形種となった身でも、元は人間なのだから嬉しく感じるのだ。そして、それは茶釜にとっても同様であり、更にはアルベドやルプスレギナに対する大きなアドバンテージでもあった。もっとも、この『大きなアドバンテージ』、茶釜としては武器として振りかざし、アルベド達よりも有利に立つという気はない。あくまで独自の売りとして、モモンガに対して活用する気だ。
(ぬっふっふっふっ。第一夫人や第二夫人は譲ってあげるわよ。アルベド達とは仲良くやりたいしね~。でも、私なりにアピールするのは別! 使える武器は何だって使うわ~)
ユリ・アルファならしそうにない悪い笑みを浮かべた茶釜は、左隣を歩くモモンガにそっと手を伸ばす。水平に……ではない。頭を撫でる意図はないので、斜め上でもない。斜め下方向だ。その先にあるのは、モモンガがローブの袖から出している手……である。
「へっ? ちゃ、茶釜……さん!?」
「んふふ~。手ぐらい、つないだっていいじゃない。だって、私達……」
「あっ! モモ……じゃなかった、ゴウン様!」
モモンガ達の歓談を寸断する形で、若い女性の声がした。
声が聞こえた方を見ると、モモンガにとっては顔見知りの女性が居る。
エンリ・エモット、それが彼女の名だ。かつて帝国兵……を装った法国騎士がカルネ村を襲撃した際、たまたま居合わせた弐式炎雷が迎撃に出た。一方、モモンガもそのことを察知し、ヘロヘロと共にナザリック地下大墳墓から出撃している。そうした中で、エンリの危機に介入したのがモモンガだったのだ。その後、エンリから好意を抱いていることを告げられ、拒否するでもなく今日に到っているのだが……。
……。
(俺が茶釜さんを連れてカルネ村に来るのって、マズくねっ!?)
遅いのである。
茶釜自身、モモンガの第三夫人狙いであることを公言しているので、一人や二人の夫人や妾が増えたところで気にはしないだろうが、それでもモモンガとしては配慮が必要だろう。では、どうすれば良かったのか。
(茶釜さんに内緒でカルネ村訪問……は、なんだかコソコソしてるみたいで嫌だな。カルネ村に来なければ……って、俺はブルー・プラネットさんの畑を見に来たんだし~。いや、それを取りやめれば……って、ああもう~)
結論。最初に茶釜が同行を申し出たとき、上手く断れなかった時点で詰んでいたのだ。
もっとも、断るにしても理由が必要で、モモンガは上手い言い訳を思いつけていない。今のこの状況になっても……だ。
(二人が喧嘩とかしませんように……)
おどおどした表情のエンリと、楽しげな茶釜。二人を見ながらモモンガは、骨格標本のように固まるしかなかった。
そして、そんなモモンガを見ている者が居る。
場所は近くの茂みで、見ている者の正体は弐式炎雷だ。彼はタブラ・スマラグディナから預かったデータクリスタル製の録画装置を構えている。携帯型でもなく、スマホ型でもなく、時代がかったハンディカメラ型だ。そのカメラの目が向けられているのは……言うまでもなくモモンガである。
(「うほほ~っ。タブラさんの言ったとおりだ。モモンガさんを挟んで、女二人の熱いバトルが始まる予感だぜ~っ!」)
痴話喧嘩に類する事態が生じると睨んだタブラが、こっそりと弐式に監視及び録画を依頼していたのだ。この録画データは、ギルメン同士の飲み会で鑑賞される予定であり、茶釜には内緒となっていた。もっとも、ナザリック内における茶釜ルートの情報網により、あっという間にバレて、タブラと弐式は並んで正座させられることとなる。
「え~と、あなたがエンリ・エモットさん? 私は……ぶくぶく茶釜。冒険者としての通り名は、『かぜっち』。よろしくね?」
「あ、はい! エンリ・エモットです!」
バネでも入っているかのような勢いでお辞儀したエンリは、頭を上げながら茶釜を見た。
「あの……ぶくぶ」
「かぜっち。この姿……じゃないか、冒険者の格好をしているときは、かぜっちって呼んでね~。あと『様』とかいらないから『さん』で、お願いするわね?」
茶釜がそう言ったことで場の空気は柔らかくなったが、すぐに硬くなる。
「で、では、かぜっちさん。かぜっちさんは……ゴウン様の、お、お友達でしょうか?」
(ゴウン様か~……)
そう思ったのは茶釜ではなくモモンガだ。エンリには、モモンガと呼んで良いと伝えてあるのだが、初対面の人間が居るので『家名』で呼んでいるらしい。
(ちょっと距離を置かれてる感じで、心に響くな~。そもそも『ゴウン』は本当の家名とかじゃないし。まあ、他人の目があるときは呼び分けるように言ったのは、この俺なんだけどさ……)
一方、茶釜は「ゴウン?」と首を傾げていたが、すぐにモモンガの通り名の一つだと気づいて、笑顔になった。
「私とモモ……アインズさんはね~。こういう仲なのっ!」
言うなり茶釜は、モモンガの右腕にしがみついた。と、同時に胸を押し当てたのだが、残念なことに今は甲冑を着込んでいる。このため、モモンガの腕には胸の形に整形された鉄板の感触しか伝わらない。だが、しがみつかれた側のモモンガは女性に不慣れなこともあってドギマギし、エンリは顔全体で驚愕を示す。
この時、近くの茂みでは弐式が「いけ! そこだ! 茶釜さん! モモンガさんを押し倒すんだ! 何なら俺が、課金アイテムで他の人の視界や視力を阻害しちゃうよ!」などと小声で叫んでいた。さらに、たまたま薬草の採取に来ていたンフィーレア・バレアレが、これまた近くの家屋の影から指をくわえて見ていたりする。
(あわわ……。モモンさん、じゃなかったゴウン様に新たな女性が~……。どこまでモテるんだ、あの人……。英雄? 英雄だと、女の人が寄ってくるの? 僕じゃ、どうあがいても勝てないって言うのかぁあああああ!)
妬ましさの余り、ンフィーレアの瞳が闇に染まり……かけたところで、彼の服の袖が引かれた。振り返るとエンリの妹、ネム・エモットが居て眉間に皺を寄せている。
「フラッと歩いて行ったと思ったら、何してるの! 集めた薬草を馬車に積むんだから、ンフィーレアお兄ちゃんが居ないと、仕分けができないでしょ!」
「ご、ごめん。でも、エンリが……」
おぼつかない口調でンフィーレアが言い訳すると、ネムはンフィーレアを押しのけて家屋の角から顔を出した。
「……ゴウン様に新しい女の人……。お姉ちゃん、負けそうなのかな?」
村が襲撃されてから、ネムは『おませ』と言うよりは、少し賢しくなっている。それは命の危険に直面して助かった後の……生き抜くための成長だった。
「お姉ちゃん、ネムは応援してるからね! そんなことより、ンフィーレアお兄ちゃんは仕事に戻るの!」
ンフィーレアの腰を両手で……押したいところであるが、身長差的に無理があるため、お尻を押す形となる。
「ええええっ!? でも、エンリが~っ……」
「はいはい。仕事に打ち込んで忘れましょ~ね~」
完全に子供扱いだ。だが、ネム個人としては、ンフィーレアを高く評価している。魔法を使えるし、薬師としての腕は天下一品。エ・ランテルでは名家であり、性格も悪くない。いわゆる優良物件なのだ。
ネムから見たところ、姉はンフィーレアに対して、そこそこの好意を抱いていたようだが、今は
そういったことを理屈ではなく感覚で理解していたネムは、有望株の少年と良好な関係を構築するべく、彼を仕事場……荷積み作業中の馬車へと追い立てるのだった。
◇◇◇◇
「つまり……ゴウン様の恋人様でいらっしゃると?」
軽く握った右手、それを胸元に当てながらエンリが問う。恋人という言葉に『様』を付けるのは妙ではあるが、モモンガの地位と一村民に過ぎないエンリだと、そうも言いたくなるのだろう。
(茶釜さんを煽ってるんじゃ……ないよな?)
モモンガは生唾を飲む思いだ。煽るのではなく、素朴な問いかけなのは解っているが、問題は茶釜がどう受け取るかだ。モモンガと、茂みで居る弐式がハラハラしつつ見守る中、茶釜は……ニッコリ笑った。
「そう、恋人なの。内々の順番だと恋人三号ってところかしら? 一番はアルベドで、二番はルプスレギナかしらね~」
これを聞いたモモンガは「え? 矛先が俺に向いてる!?」と思ってしまう。恋人当人らから気にしないと言われているが、モモンガとしてはアルベド一人に絞れなかったことで負い目があるのだ。
(ううっ……)
モモンガは右手を胃のあたりに当てる。今は人化しているので、普通に存在する胃がキリキリと痛むのだ。そして、それを見た弐式が「ああ! モモンガさんの胃に、モモンガさんの胃に穴が開きそう! レポーター弐式は、このまま様子を見守りたいと思います!」などと一人囁いているのだが、忍者スキルを使用しているので誰にも聞こえてはいない。
この時、弐式の側に武人建御雷が居たら「馬鹿言ってないで、モモンガさんを助けてやれよ」と言ったことだろう。だが、その場合、弐式は次のように答えたはずだ。「え? 普通に嫌だけど? 俺が死んじゃうじゃん?」……と。
「ゴウン様……」
エンリが不安そうな視線をモモンガに向ける。
これはいったい、どういう事なのか。と、そう問いかけたいのだろう。
対するモモンガは……ここで目を逸らすなどすれば最低の行為だったが、エンリの瞳を見返しながら頷いている。
「何と言うか……増えてしまってな」
「モ……アインズさん。言い方が……まあ、他に言い様もないんでしょうけど……」
茶釜は「私達はペットか何かか?」と一瞬気色ばんだ。しかし、本来、茶釜の合流時で言うなら、モモンガはアルベドとルプスレギナ……エンリとニニャを加えれば四人と幸せに過ごしていたはずなのだ。そのモモンガに対し、合流時期が遅れたとは言え、後から強引に迫ったのは自分だ。それに、モモンガの口調は申し訳なさにまみれている。聞けば、モモンガとエンリは異世界転移後の間もない頃に知り合ったそうで、双方好意を抱き合っていたらしい。それを思えば、暫くぶりに会ったというのに、自分は新たな女性を連れている……そんな状況にモモンガの良心が痛むのは当然だろう。
更に言えば、茶釜の良心も痛んでいる。
後から割り込んで、先にモモンガと良い仲になっていたエンリの席を奪ったような気になったのだ。そして涙目になっているエンリの姿に、茶釜はとうとう耐えられなくなった。
「ちょっと、エンリちゃんを借りるわね!」
「うひゃ!?」
ササッと歩み寄り、背中越しでエンリの右肩を掴む。そのまま茶釜はエンリを連れて、手近な建物の影へと入って行った。それを見送るモモンガは「あああ……」と手を差し伸べたが、それで二人に届くはずもなく、その場に立ち尽くしてしまう。
そして、数分が経過……。
茶釜とエンリは再び姿を現したのだが、二人は……和気藹々としていた。
「えええっ!? モモンガ様って、そんな感じなんですかぁ!?」
「そうなのよ~。だから、怖がらないであげてね~?」
いつの間にか、エンリのモモンガに対する呼び方が『モモンガ様』になっている。ついさっきまで、『ゴウン様』とか『アインズ様』だったのに……だ。
「えっ? へっ?」
戸惑うモモンガに、茶釜が歩み寄って笑いかける。
「駄目よ~、モモンガさん。こんな良い娘を放ったらかしにしておいちゃ~」
「そんな、茶釜様……」
茶釜の言葉を受けて、エンリが恥ずかしげにモジモジした。
(二人の仲が良くなってるーーーっ!?)
声も無く驚愕するモモンガ。
いったい、この数分間で何があったのか。何を語り合えば、ここまで仲良くなれるのか。
ガールズ・トーク恐るべし。いや、それで済ませて良いのか。
様々な思考が脳内で渦巻く中、モモンガは茶釜達からの問いかけに対し「はい、はい」としか答えることができないのだった。
◇◇◇◇
エンリ・エモットとの単独デート。
それを茶釜に約束させられたところで、エンリは「家の手伝いがありますから」と言って去って行った。終始、笑顔だった。
「いや~、モモンガさん。モテる男は辛いわねぇ~」
男らしく、ハッハッハッと笑いながら茶釜がモモンガの肩を叩く。
「なんか、不本意なモテ方なんですけどね……。いや、嫌じゃないんですけどね……」
今回のカルネ村訪問は、ブルー・プラネットの畑の視察が目的だ。とは言え、エンリのことは心の隅で気になっていたのである。茶釜に会わせると不味い云々は、無意識に考えないようにしていた……のだが、だからこそ、茶釜がしてくれたことは、本心で言えば有り難かった。
(男のプライド的な部分では、少し不満だったのは……茶釜さんに知られないようにしよう)
ご機嫌な様子の茶釜と改めて手をつなぎ、カルネ村の西方少し離れた場所へ行くと……そこにブルー・プラネットの畑があった。二百メートル四方を碁盤目状に区分けしており、それぞれの畑でトウモロコシやトマトなどが実っている。用水や肥料に関してはスキルや魔法で解決しており、まさにしたい放題の状態であった。
「ブルー・プラネットさ~ん。遊びに……じゃなかった、様子を見に来ました~」
「はははっ。遊びに来たで構いませんよ~」
ノンビリした声は、トウモロコシ畑の方から聞こえる。出現したのは、気優しそう……だが、岩のような顔立ちの大男。人化したブルー・プラネットである。
白いシャツに、焦げ茶の農作業ズボン。手には軍手がはめられており、とどめに麦わら帽の着用だ。おっと、首にかかった白タオルを忘れてはいけない。どこから見ても完璧な農業青年の姿であった。
「ブルー・プラネットさん。人化して農作業ですか?」
異形種化していた方がスキル等を活用できるのでは……と、モモンガは首を傾げた。それを見たブルー・プラネットは、タオルで汗を拭いながらカラカラ笑う。
「人の姿で汗水垂らして畑仕事。元の
言い終えたブルー・プラネットは、空を見上げて陽光の眩しさに目を細めると、視線を落として畑を見回した。そして、モモンガに視線を戻す。
「モモンガさん。俺はね、自然が大好きなんです」
「知ってます」
「元の
「最高ですね」
嘘偽りなく、心の底から最高だとモモンガは思った。美味しい野菜を食べたいのもあるが、ギルメン……ブルー・プラネットがやりたいことを見つけて、それで幸せそうなのが一点の曇りもなく素晴らしい。
最高だと言ってモモンガが笑うと、ブルー・プラネットもニッコリ微笑んだ。と、そこにトウモロコシ畑の向こうからブルー・プラネットを呼ぶ声がする。
「ブルー・プラネットの大将~。こっちのカボチャってのは、もう収穫していいのか~?」
ブレイン・アングラウスの声だ。どうやら畑仕事を手伝っているらしい。そして、彼だけでなく、カジット・デイル・バダンテールの声もする。
「やれやれ、野良仕事なんて何十年ぶりかのぉ……。あ~、ポーションが美味い」
「こら! ちょっと腰が痛いからってポーションを飲むな!」
「ケチケチするな、アングラウス。儂は年寄りなんだぞ?」
このカジットの物言いにブレインが「あんた、年寄りって歳じゃないだろ!?」と突っ込みを入れているが、これらを聞いたブルー・プラネットは指で頬を掻いてからモモンガに背を向けようとした。
「そんなわけで、当分はカルネ村に通いますから。皆さんによろしく~……あ、ギルメン会議やギルドとしての行動には参加しますので」
そう言って肩越しに笑い、ブルー・プラネットはトウモロコシ畑の中へと姿を消す。
「ブルー・プラネットさん。幸せそうね~」
「ええ、本当に……」
茶釜の呟きに、モモンガは頷きながら答える。そして、思うのだ。あの笑顔を守るために、あまり発狂の件で弄らないよう、タブラさんに言っておかなければ……と。
◇◇◇◇
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンが一人……ベルリバーは、私室にて異形種化した状態でくつろいでいる。ユグドラシルでの現役時代、ゲームにおけるアクセサリーでしかなかった室内家具は、今では豪華極まる『実物』として存在していた。
(このソファとかテーブルとか、元の
家一軒では済まない……どころではない金額を想像して、ベルリバーは溜息をつく。豪華な絨毯にシャンデリア、壁際の書棚に観葉植物。窓には幻術を付与した『外の景色』が映し出されており、青空や草原などが見えていた。
とはいえ居心地は良好である。
モモンガが、私室をゴージャスに設定しすぎたので落ち着かないとぼやいており、それを聞けば、理想の快適空間を設定した過去の自分を褒めたい気分で一杯だ。
(もうちょっと家具とかの価格帯を下の方に見て、落ち着いた感じにしても良かったろうが……。ま、モモンガさんの部屋よりはマシか……。それに……)
ベルリバーは、室内に居る三人の人物を見てみる。
「ベルリバー様! 紅茶が入りました!」
「ああ、そこに置いてくれ……」
メイド服姿の青髪エルフが、指示のままにテーブルにティーセットを置いた。それにベルリバーが手を伸ばすと、寝室から金髪のエルフが出てくる。こちらもメイド服着用だ。
「寝室の清掃、完了しました。ベルリバー様」
「ああ、うん。お疲れ……いや、御苦労」
ぎこちなく労いながら、ベルリバーは紅茶を飲む。危うく日本茶のノリで啜ろうとしたのは内緒だ。
帝国に雇われたワーカー達によるナザリック侵入……もとい、訪問の後。チーム天武に所属していた三人の奴隷エルフは、全員がベルリバーの専属メイドとなっている。ベルリバーがペストーニャに命じ、切断された耳を治癒したことで感激したらしい。モモンガやヘロヘロ、それにペロロンチーノがニヤニヤしてるのは正直言ってウザイが、ベルリバーとて美人に慕われるのは悪い気がしない。なのでエルフ達の好きなようにさせている。
ちなみに三人目の茶髪エルフは、ペストーニャの元で研修中だ。三人のエルフは、交代でペストーニャから指導を受けており、ベルリバーとしては「やってる内に覚えれば良いんじゃないの?」と言ったのだが、ペストーニャが譲らなかったのである。
(譲らなかったと言うか、俺が首を縦に振るまで説得し続けられたと言うか……。紅茶、美味しいな~……。しっかし、本物の紅茶を飲める日が来るとは……)
ベルリバーは、元の
(阿呆みたいな値段だったな~。俺は香料なしで飲んでたけど……。絵の具の水溶液を飲むのと、どっちがマシだったのかな~……)
ともあれ、ナザリックで出される紅茶は最高だ。紅茶のみならず、口に入るモノは何でも超絶美味。このままでは太ってしまうかもしれない。だが、多少の暴飲暴食が、全身に口のあるベルリバーに影響あるのかどうか……。
(ないかも……。暴食のスキルとかがあるくらいだし……)
そういった事を考えながら、ベルリバーはエルフ達に目を向ける。
彼女らには名前がつけられていた。本来の名はあったのだが、ベルリバーの元に身を寄せたことで、自分の過去との決別を図りたかったらしい。問題だったのは、ベルリバーに名付け親になって欲しいと願われたこと。自分は、モモンガよりマシなネーミングセンスを持っていると自負するところだが、それでも自信があるわけではない。ならば……と、タブラに頼んで一緒に考えて貰ったのだ。
(しかし、タブラさんめ……。たっちさんやタブラさんに見せられた映画なんかで、何が好きかとか聞いてくると思ったら……)
普通に好きな映画名を答えたところ、それらの映画の登場人物から三人の名をつけられてしまった。
青髪神官のエルフが、デルフィーヌ。
金髪ドルイドのエルフが、フェリシタス。
茶髪レンジャーのエルフが、スカーレット。
タブラからは「ベルリバーさん、映画の好みが渋いですね」と言われたが、そうなったのはタブラの責任が大である。なお、たっち・みーに見せられた特撮映画のタイトルは口には出さなかった。嫌な予感がしたからであり、結果としては良かったと言えるだろう。
こういった経緯から、ベルリバーが好きな映画……物語の登場人物から取った名だと説明したところ、エルフ達は三人とも大喜びしている。
「何だかな~。まあ、気に入ってくれたらなら良いんだけど。本当に何だかな~……」
天井を見上げると、水晶飾りのシャンデリアが目に入った。飾られている水晶はガラスやプラスチックではなく本物だ。やろうと思えば宝石で飾り立てることもできたが、それはベルリバーの趣味ではない。
(豪華な私室に、美味い飯と酒。専属のメイドは、エルフ美人で、三人で~……か。やっべ~……駄目になりそう)
これはモモンガに何か仕事でも用意して貰わないと……引き籠もってしまいそうだ。
そう思いつつ、いつの間にか新たに用意されている紅茶に口をつけ……。
「……さっきと味が違うな。美味いけど……」
「茶葉を変えました! ペストーニャ様が、使いなさい……って!」
妙に元気が良いデルフィーヌが、呟きに反応する。
「そうなの、茶葉をね……。そっか、そうだよな……紅茶って銘柄が色々あるんだっけ」
当たり前のことだが、考えが到らなかった。
どこまで貧乏性なのか。いや、これは元の
(たっちさんなら、色んな種類を飲んだこと……あるんだろうか?)
ウルベルトの勝ち組嫌いが、ほんの少しだけ理解できたような気がする。もっとも、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンには、たっち・みーレベルの勝ち組は何人か居たし、それ以上の者も居た。それを思えば、たっちだけを意識するのは間違いなのだ。
(俺、ウルベルトさんに影響されてるのかな~……)
茶菓子として出されたパウンドケーキを囓りながら、ベルリバーは「風呂でも行こうかな……」と考えている。かつてはブルー・プラネットなどと一緒に手を入れたスパリゾート・ナザリック。それが本当に入浴できる施設として存在するのだ。
「そうだな。一風呂浴びて、変な考えを洗い流しちまおう……」
そんなベルリバーは、「お背中を流します!」と言うエルフ達を説得するのに苦労することになるのだが、この時の彼には知る由もないことであった。
◇◇◇◇
このように各ギルメンが思い思いの行動を取っている中、ペロロンチーノも余暇を過ごしている。今の彼は、シャルティア・ブラッドフォールンを抱きかかえて大空の散歩中だ。モモンガからは、遠くに行きすぎないように言われているので、ナザリック地下大墳墓の近辺にて飛び回っている。
「どうかな? シャルティア? シャルティアなら自分で飛べるんだろうけど……」
「さいっこうでありんす! ペロロンチーノ様!」
抱きかかえられたシャルティアは、日傘を握りしめながら溶けそうな笑顔で答えた。ペロロンチーノは高速で飛行しているので、日傘にかかる風圧は相当なものだが、魔法で強化されているため壊れたりはしない。また、シャルティアの力が強いので、風に持って行かれることもなかった。
(シャルティア、可愛いな~。小さいな~。柔らかいな~。香水の匂いがたまらないな~……)
異形種化したペロロンチーノは、獣人系のメコン川には負けるものの嗅覚が強化されている。本来であれば、この強風の中でも汗の匂いを嗅ぎ取れたろうが……残念なことにシャルティアはアンデッドなので、汗をかかない。
(にもかかわらず、冷や汗をかいたりはするんだよな~。ベッドでも汗をかくし……。不思議だな~……。……汗の香りを楽しむのは、そういった時でいいかな~……うん?)
擦り寄ってくるシャルティアの感触を楽しんでいるペロロンチーノは、下方……地上で気になるものを発見した。
ナザリック地下大墳墓の外壁正面門。その脇には、来訪者に対応するための受付棟が建てられている。タブラの趣味により怪しい雰囲気がする二階建て洋館だが、内部は空間が拡げられており、二百人程度なら楽に寝泊まりさせることが可能だ。現在は
(玄関先に誰か居る? 二人?)
おかしい……とペロロンチーノは思った。
ナザリック地下大墳墓の周辺には
(それが無いってことは、警戒網を擦り抜けてきたのか……。受付棟の前に立たれるまで、俺が発見できなかったってのも、大問題だよな)
シャルティアと空中デートに興じて居たが、一応、スキルを使用し地上や空への注意は怠っていなかった。それすらも擦り抜けてきたということは、転移後世界の現地人のなせる業ではない。
「超位魔法とか課金アイテムとか使ったかな~? シャルティア、ちょっといい?」
ペロロンチーノの声が、硬く真面目なものになる。それを聞いたシャルティアは、自分が粗相でもしたのかと顔を青ざめさせたが、ペロロンチーノが事情を話すと彼女も真面目な顔になった。
「侵入者でありんしょうか? 先の帝国ワーカーとは違って、本当の意味での……で、ありんすが」
「さてね~。でも、最初に発見した時点で、すでに受付棟前……と来たら、かなり出来る相手には違いないだろうね。モモンガさんに
そして、シャルティアを前に出し、ペロロンチーノは後方支援として来訪者に接触するのだ。モモンガ達の到着を待ちたいが、どうせすぐに来るだろうし、受付棟内の
(もうゲームじゃないんだから、蘇生すれば良いってもんじゃないしね~。
最後の方は口の中で呟きつつ、ペロロンチーノはアイテムボックスを確認する。主兵装たる弓……ゲイ・ボウは入れたままだ。最悪、受付棟を吹き飛ばす展開になるかもしれないが、
「さぁて、モモンガさんやタブラさんに『受付棟を壊してごめんなさい』って謝ることになるかな~?」
暑い……。
暑い時期、私室の片付けははかどらないので、クーラー購入の目処は立っておりません。
さて、何とか第82話を書き上げました。
この時点で、指先が疲労というかアレで、上手く打てなかったり……。
エンリと茶釜さんですが、アッサリ目で仲良くさせています。
ドロッとした女同士のバトルとか、書くの疲れるし……。
ニニャ、どうなるかな~
ンフィーレアが登場していますが、ネムと夫婦になるかは未定。
ブルプラさんは、転移後世界を満喫しています。
当分、カルネ村から動くことはないのではないかと思います。
ベルリバーさん、快適生活に途惑い中。
エルフの名前ですが、
青髪神官のエルフが、デルフィーヌ。
金髪ドルイドのエルフが、フェリシタス。
茶髪レンジャーのエルフが、スカーレット。
上から
『ロシュフォールの恋人たち』に出演したときの、カトリーヌ・ドヌーヴの役名。
『肉体と悪魔』に出演したときのグレタ・ガルボの役名、
『風と共に去りぬ』に出演したときの、ヴィヴィアン・リーの役名。
といった感じです。
最後、ペロロンチーノさんが何やら事件に遭遇していますが
さて、誰が来たのやら……。
<誤字報告>
ハイヴァップさん、戦人さん、佐藤東沙さん
毎度ありがとうございます