オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第60話

 手合わせが終わったことで、皆、王都のヘイグ武器防具店へと移動した。モモンガ……悟の仮面着用に戻っている……の<転移門(ゲート)>によるものだが、ナザリック勢……チーム漆黒以外の面々については、雰囲気がはっきりと分かれている。

 まず、王国冒険者チーム、蒼の薔薇。

 彼女らは、リーダーのラキュースを筆頭にほぼ全員が肩を落としていた。双子の忍者は、六腕と共に戦ったにもかかわらず、一人の忍者(弐式)に敗北したことで自信を喪失している。普段であれば、減らず口を叩くのだろうが、やはり自分達の得意分野で後れを取ったのが原因のようだ。ラキュースは自分のチームが負けたことと、イビルアイの失言及び、それを注意しなかったことを気に病んでいる。あの時こうすれば、こうしておけば……と何度も呟いているのが傍目にも痛々しい。最も悲惨なのがイビルアイで、日頃から高くそびえ立っていた鼻をへし折られたことで、大いにしょげ返っていた。彼女も何やら呟いているが、こちらは「あれは、まさか……だとしたら……相談……」などと意味を成さない内容だ。チラチラとモモンガの様子を窺っているが、モモンガの方で相手にしていないため、その場では会話が発生しなかった。

 そんな中、一人元気なのがガガーランである。

 一階店内の隅で集まり、暗い雰囲気を醸し出す仲間達を軽口で励ましているのだが、中々に手こずっている様子だ。

 

(やれやれ、ちょっと負けたとか失敗したぐらいで引きずっちまってさぁ……)

 

 ガガーランは、自分が英雄の域に到達できないと達観しているため、過ぎたプライドは有していない。いや、プライドは高くあるのだが、失敗や失態に捕らわれることは少ないと言ったところだろうか。むしろ今回の敗北で、次の機会に向けて発奮するほどだ。

 

(もうちっと肩の力を抜いていいと思うんだがなぁ。……さて……)

 

 先程からイビルアイが何度も視線を向けている相手、モモン……モモンガに、ガガーランは目を向ける。自分が戦ったタケヤン(建御雷)や、ラキュースが戦ったヘイグ(ヘロヘロ)。それにティアとティナの相手だったニシキ(弐式)。いずれも天空の高みにある強者だったが、モモン(モモンガ)は別格だったように思う。

 イビルアイの攻撃が何一つ通用せず……この辺は他の蒼の薔薇メンバーも同じだったが……最後に使用した召喚魔法、あれは人間に扱える域を超えていた。魔法に詳しくない戦士職のガガーランが見ても、そう思うのだ。後でイビルアイに聞いて確認しないと解らないが、自分の勘は外れていないだろうとガガーランは睨んでいる。

 

「なんにせよ、死人が出なくて良かった。いったん、拠点に戻らないとだな……」 

 

 目の前で立ったまま俯いているラキュース。彼女の頭に大きな掌を乗せたガガーランは、不慣れながら慰めるべく撫でてやるのだった。

 もう一方、犯罪組織八本指の警備部門、その幹部たる六腕の面々。

 こちらはモモンガ達の近くに居て、それぞれが思い思いの相手に語りかけていた。手合わせして完敗したのは蒼の薔薇と同じだが、悲壮感などはまるで無い。むしろ、和気藹々としている。

 

「思ったとおりだ。やはりヘイグは強かったな!」

 

「はっはっはっ。これでも鍛えてますからね~」

 

 機嫌良さそうに褒め称えるゼロに対し、満更でない様子のヘロヘロが答えた。人化中のヘロヘロは、おっとりした表情に笑みを浮かべている。そのヘロヘロから見て左側に弐式が立っており、こちらはサキュロント及びエドストレームと会話中だ。

 

「私の三日月刀(シミター)を掴み取るとか、人間離れしてるわねぇ?」

 

「中身は一応、人間だよ~?」

 

 人化した弐式が面をまくり上げると、気の良さそうな青年の顔が露出した。これを見たエドストレームが、少し意外そうな顔で「ふぅん。なかなかイイ男じゃない?」と言い、弐式の背後に居たナーベラルから睨まれている。

 

「俺の幻術を見破ったのは、何かコツがあるのかい?」

 

 会話が途切れたと見たサキュロントが話しかけてきたが、これに対して弐式は「レベ……ごほん、鍛え方の差かな……」と誤魔化しながら答えている。言いかけたとおり、レベル差によって、視覚及び精神に偽情報を送り込まれることを阻止したのだが、これをそのまま説明できないと判断したのだ。

 

「今のサキュロントさんだと、アイテム補助で底上げしてもいいんじゃないかと思うんだけど。そういう品は店で売ってると思うから、へ……ヘイグさんと相談するといいんじゃないかな?」 

 

「そうか! そうだな! 物によっちゃあ出来ることの幅が広がるし……でも、俺の持ち金で足りるかな?」

 

 言いつつサキュロントはエドストレームを見たが、エドストレームはプイと顔を逸らしながら手の平を振った。

 

「金の相談には乗らないよ? と言うか、そういう話ならボスとやりな」

 

「冷たいこと言うなよ~……」

 

 情け無さそうな声を出すサキュロントを見て、弐式が笑う。

 そうした弐式の、ヘロヘロを挟んだ反対側に建御雷が居て、こちらはペシュリアン及びマルムヴィストと話している最中だ。

 

「斬糸剣だったか? 手合わせだったってのに、壊しちまって悪かったな?」

 

「いや、俺の未熟が原因だ。壊されるのが嫌なら、ほどいて引けば良かったんだからな」

 

 腰に戻した斬糸剣をポンポンと叩きつつペシュリアンは言う。が、声を潜めると、少しだけ建御雷に顔を寄せて囁いた。

 

「向こうで、サキュロントが何か言ってるようだが、俺は俺で代わりの武器を用意しなくてはならなくてだな。見てのとおり珍しい武器なんだが、似たような品はあるかな?」

 

 店主であるヘロヘロに言うべきなのだろうが、そのヘロヘロの仲間が目の前に居るので聞いてみたとのことだ。これが弐式やモモンガであれば、「私からヘロヘロさんに聞いておきますよ」と返したろうが、ペシュリアンの前で立つのは武人建御雷である。

 建御雷は、待ってましたとばかりに胸を叩いた。

 

「何を隠そう実は、この俺は武器の製作が得意でな。材料もいいのが揃ってるから、近日中に斬糸剣を作ってやるよ! お代は武器を壊した詫びで、サービスしておくぜ!」

 

「そ、そうか! よろしく頼む!」

 

「上手くやったなぁ、ペシュリアン……。な、なあ? 俺も、この剣より良いのがあると嬉しいんだが~……」

 

 それまで会話を聞いているだけだったマルムヴィストが割り込んでくる。彼は腰のレイピア……薔薇の棘を指差して言うが、建御雷は少し唸った後で顔を横に振った。

 

「使い込まれた良い剣じゃないか。大事にするんだな。まあ、打ち直してやっても良いんだが……そこは、もうちっと腕を磨いてからだ」

 

「そんなぁ~……」

 

 先程のサキュロントと同様、情けない声を出すマルムヴィスト。だが、そんな彼に対し建御雷は一つの案を提示する。

 

「俺の知ってる奴……人に、刺突武器を得意にしてるのが居てな。そいつと稽古して、互角ぐらいの腕になったら、そのレイピアを手直ししてやってもいいぜ?」

 

「ほんとかっ!? ようし決まった! 俺の相手する気の毒な奴と稽古だ!」

 

 表情が明るくなるマルムヴィスト。

 しかし、彼は気づいていない。サキュロントは必要とされる資金を頑張って稼ぐだけなのだが、マルムヴィストが稽古相手の刺突武器使い……クレマンティーヌと互角の腕になるためには、途轍もない苦労が伴うことを……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「へくちっ!」

 

 クレマンティーヌがクシャミをした。

 彼女が居るのは、ナザリック地下大墳墓の第十階層、最古図書館(アッシュールバニパル)。その一室である制作室の……片隅に設けられた作業机だ。

 今は、ロンデス・ディ・グランプと共に、転移後世界の各国言語を日本語に翻訳するべく作業中である。と言っても、まずは法国で使用される単語類が対象だ。一つ一つの単語に平仮名で読み仮名を書き込む作業を行っている。

 もっとも、法国で伝わっていた神字が平仮名だったので、筆記は主にクレマンティーヌが行い、ロンデスが図書館配置の死の支配者(オーバーロード)……アウレリウスに意味の説明などをする分業制となってるのだが……。

 

「クレマンティーヌ、風邪か?」

 

 すっかり馴染みとなったアウレリウスと話していたロンデスが振り返る。「そういう露出度の高い格好をしてるからだぞ?」と注意するが、クレマンティーヌは「図書館はクーチョーが効いてるから、風邪なんかひかないよ~」と聞く耳を持たない。

 

「にしてもさ~。ナザリックは御飯が美味しいし、貰った個室も住み心地良いんだけど。たまには外に出たいよね~」

 

「カジットという人は、たまに外に出ているらしいが?」

 

「えっ!? それホント!? カジッちゃんばかり、ズル~い!」

 

 そう言ってクレマンティーヌが頬を膨らませるが、カジットの場合は遊びで外に出ているのではなく、あくまで仕事目的である。巻物(スクロール)の素材として有用な物を探すべく、採取活動を行っているのだ。現状、人皮が最適だとされているが、犯罪者の皮を使用するにしても、やはり後で合流するギルメンには難色を示す者が居るだろう……という事で、カジットにお鉢が回ってきたのである。

 

「我らが採取した際よりも効率が良いらしく、カジットは功績を挙げていることになるがな……」

 

 アウレリウスがボソリと述べたため、クレマンティーヌ達は感心したように顔を見合わせた。

 

「それって、カジッちゃんが御褒美貰えそうってことだよね? 負けてらんないな~っ!」

 

 言うなりクレマンティーヌは作業を再開した。羽根ペンを動かしてガリガリ書き込んでいる様は、傍目には乱暴そうに見えるのだが……ロンデスが見たところでは相当な達筆である。

 

「俺より字が上手いんだよな……」

 

「へっへ~ん。漆黒聖典の元第九席次は伊達じゃないってね~」

 

 漆黒聖典在籍時、徹底的に仕込まれたとのことで、喋りながらもクレマンティーヌの筆跡は乱れない。ロンデスは感心しつつ呆れたが、すぐにアウレリウスに向き直ると、クレマンティーヌが書いた単語の意味について説明を始めるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「モモン殿。俺、いや私は……多くの魔法を知りたいのだ……」 

 

 ギルメンらと六腕メンバーが語り合っている中、モモンガにはデイバーノックが話しかけている。普段から目深にフードを被っている彼だが、さすがに目の前で立つとエルダーリッチ然とした風貌がよく見えていた。しなびた、あるいは干からびたような面皮の一部が剥がれ、頬下の筋肉や歯茎が剥き出しになっている。見た目にも明らかなアンデッド顔であり、普通の人間なら恐れ怯えるところだ。

 

(しかし、この俺もアンデッドなんだよな~)

 

 デイバーノックは話を切り出したところで首を傾げ「アンデッドで、しかも喋っているのに……気にならないのか?」と不思議そうにしている。

 異世界転移の直後のモモンガは、鏡を見て「うっわ! 骸骨、()わっ!」と思ったものだが、今では慣れたものだ。朗らかに笑い飛ばしている。

 

「ハハハ、こうして普通に話せているじゃないですか。何も問題はありませんよ。それで、多くの魔法を知りたいのでしたか?」

 

「う、うむ!」

 

 デイバーノックが握った両拳を持ち上げた。妙に反応が可愛らしく、おっさんのアンデッドに萌えを感じる趣味を持たないモモンガとしては困るのだが、ここは咳払いで受け流す。

 

「ごほん。こちらの()か……いえ、エルダーリッチの方が頑張るとどうなるのか。興味はあるのですが、私は人に魔法を教えるのが苦手でして……」

 

 正直言って、魔法の仕組みなどはまったく理解できない。使えるから使える。ただ、それだけなのだ。

 

「そうか……」

 

 デイバーノックは落胆したようだが、モモンガには秘策がある。

 ナザリック地下大墳墓の最古図書館。あそこならデイバーノックの助けになるような魔法書籍があるはずだ。

 

(タブラさんが、元から書籍データは色々揃ってて……異世界転移したら、それが妙にそれっぽい内容になってたとか言ってたし!)

 

 問題は、例によって外部の者を第十階層に通して良いかどうかだが……考えてみれば、クレマンティーヌ(モモンガの脳内では、テヘペロしながらVサインしている姿が見えている)、ロンデス(こちらはキリッとした真面目顔)、それにカジット(最古図書館にて目を輝かせながら書籍をめくる姿……)らがすでに居るのだ。

 

(今更一人増やしたところで、問題ないよな。……皆に一声かけておくべきだろうけど……。あっ……)

 

 唐突にモモンガは思い当たる。

 一声かけておくべきと言うのであれば、イビルアイと手合わせしたとき……諸々の制限や予定を無視して超位魔法を使用したのは問題ではないだろうか。今こうして王都のヘイグ武器防具店に戻って来たわけだが、ここまでヘロヘロ達が何も言わないので気にしていなかったのだ。

 

(イビルアイの言動がアレ過ぎたから、ついノリで<天軍降臨(パンテオン)>を使っちゃった! これってマズいんじゃないの!?)

 

 マズいのである。

 冒険者チーム漆黒の魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンは、第三位階までの使い手という設定なのだ。いざとなれば第四位階まで使える……という隠し要素があるが、対イビルアイ戦では超位魔法を使っている。色々と台無しであろう。

 

(いや、待て! 転移後世界の人々は、超位魔法など見たことがないはずだ! たぶん! 例のフールーダって人で第六位階が限界という話だし、案外、わけのわからない魔法ってことで済むんじゃ……駄目かぁ……)

 

 王国のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇で、一番強いと自称するイビルアイ。その彼女をボコボコに出来る天使を呼び出したのだから、『わけのわからない召喚魔法』などという曖昧なことで話が終わらないのは目に見えている。

 

(記憶操作するか? でも、あれって上手く機能するのか? 蒼の薔薇の全員を? え、ええ~っ?)

 

 困難だと、モモンガは判断した。

 取り込めそうな六腕はともかく、蒼の薔薇を皆殺しにして口封じする選択肢も選びがたい。いや、死の支配者(オーバーロード)となった今なら、精神的な面から見ても実行は可能だろうが、後で合流するギルメンに言い訳できないし、今居るギルメンだって難色を示すだろう。

 事ここに到ってはなるようにしかならない。

 とにかく、後でヘロヘロ達に相談だ。今のところ何も言ってこないのだから、何かしらの打開策があるか、あるいは気にしていないだけか……。

 

「モモン殿?」

 

「あ、はい!」

 

 長考しすぎたのだろう。デイバーノックが不安そうな顔をして、モモンガを見ていた。不安なのは自分も同じだよ! ……と思うモモンガだが、同じアンデッドながら不安そうにしているデイバーノックの顔を見ていると、何だか肩に入った力が抜けてくる。

 

「デイバーノックさん。私には貴方を指導することはできませんが、有用な資料やアイテムは用意できます。そういう意味であれば、相談に乗れると思いますよ?」

 

「おお!」

 

 デイバーノックの表情が明るくなった。

 アンデッドなので強面のままだが、妙に微笑ましい。

 この調子で、転移後世界でも親しい者が増えて……そう、例えば、ギルメン達のような友人ができれば……。

 

(あるいは……ユグドラシル時代で、ギルド加入の制限を緩和しておけば良かったかな~)

 

 ギルメンが次々と引退し、ログイン時間をモモンガ一人で過ごす期間は随分と長かったように思う。今はヘロヘロ達が居るので、それほどの孤独感はないが、やはり仲間は多い方が良いのかもしれない。

 モモンガは「やった! 俺は、また一つ高みを目指せるぞ!」と喜びを露わにするデイバーノックを見ながら思った。

 

(転移後世界の人達は……ゲームのキャラとかじゃなくて、『本物』だものな……)

 

 

◇◇◇◇

 

 

 手合わせも済んだことで、六腕や蒼の薔薇は帰ることになった。

 この流れで心配する必要は無いだろうが、一応、六腕の後をつけて攻撃したりしないよう、モモンガはラキュースに釘を刺している。

 

「そんなことしません。そういう気分でもないですし……」

 

 沈んだ声で言うラキュースは、ペコリと頭を下げてモモンガに背を向けた。が、入れ替わるようにイビルアイが進み出る。それが擦れ違い様の行動だったため、ラキュースが「えっ?」と振り返るも、それには構わずイビルアイはモモンガに話しかけた。

 

「ずっと考えていた! いや、ひょっとしたらラキュース達が手合わせしているときに気がついていたかもしれない。わ、私が、アレほど完膚なきまでに叩きのめされるなんて……他に考えられなくて!」

 

 その上擦った声に、六腕達もイビルアイに目を向けている。

 徐々に店内の空気が緊張感を帯びてきており、イビルアイが話している内にヘロヘロや弐式など、ギルメン達がモモンガの側に寄ってきた。

 それら仲間の気配……この場合は床板を踏む音など……を感じつつ、モモンガは口を開く。

 

「いったい、何に気づいたと言うのでしょう?」

 

「モモン殿。おま……いや、あなた方は……ぷれいやーではないだろうか!?」 

 

 ざわりと店内の空気が揺らいだ。

 まず、蒼の薔薇の面々は表情を硬くしている。どうやら『ぷれいやー』という言葉に聞き覚えがあるらしい。六腕だと、デイバーノックのみが驚いているようだ。

 そして、モモンガとギルメン達に関しては警戒の色を濃くしている。

 ぷれいやー……すなわち、ユグドラシル・プレイヤーを知っているということなのだ。

 こいつ……いや、蒼の薔薇を帰して良いのだろうか。

 そんな思いが、言葉を交わすことなくモモンガ達の中で統一されていくが……。

 

「イビルアイさん。その『ぷれいやー』というのは何でしょう? 知らない言葉です」

 

 モモンガは、しらばっくれてみせた。

 本来、ここで「俺、プレイヤーですけど?」とでも言えば話は早かったに違いない。だが、今日の手合わせの中でイビルアイと接したモモンガは、彼女……そして蒼の薔薇について、ある印象を強く抱いていた。

 すなわち……失礼すぎて信用するに値しない……である。

 ほぼ、イビルアイ一人のせいなのだが、チームで一番の強者が失礼で無礼というのは、チーム全体の印象を悪くしていた。

 そう思ったことと、今の『ぷれいやー』発言で、やはり超位魔法を使ったことは早計だったとモモンガは後悔する。だが、過ぎたことを言ってもしかたがない。

 モモンガは、肩越しにヘロヘロ達を振り返った。

 その仕草と視線の意味するところは、「この人達を残して、色々と情報収集したい」というものだが、余すところなく伝わったようで、ヘロヘロ達は揃って笑みを浮かべている。ニンマリ笑って頷いたモモンガは、改めてイビルアイへと向き直った。

 

「知らない言葉なので……イビルアイさんには、色々と教わりたいんです。どうでしょう? お時間に余裕はありますか?」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「デイバーノック。ぷれいやーというのは何だ?」

 

 ヘイグ武器防具店を後にした六腕は、王都の拠点に向けて移動を開始していた。その道すがら、ゼロがデイバーノックに聞いている。共に歩くマルムヴィストや他の六腕メンバーも興味があるらしく、ゼロとデイバーノックを交互に見ていた。

 聞かれたデイバーノックは一瞬口籠もったが、すぐに説明を始める。

 

「六腕に入る前からと今日まで、俺は魔法の知識を収集するべく活動していた。だから、魔法関係の情報は多く集まるんだ。で……な、その中で時折、『ぷれいやー』という言葉が聞こえてくる」

 

 実のところ、デイバーノックにとって有益な情報ではなかったらしい。何しろ、おとぎ話に近いもので、即座に魔法の改善や新たな力に結びつくものではなかったからだ。

 

「まあ、六大神に関係するだろうから、その意味では無駄な情報ではなかったかもしれんな……」

 

「おい、解るように説明しろ」

 

 答えていたのが呟きに変わり、さらには自問自答へと変貌していく、このままでは埒があかないと感じたゼロが声をかけたところ……デイバーノックは、呆然とした面持ちでゼロを見返した。

 

「ぷれいやーとは……神だ」

 

「はっ?」

 

 ゼロが目を丸くし、周囲の六腕メンバーもキョトンとした顔つきとなる。だが、デイバーノックは構わずに説明を続けた。

 

「六大神は知っているな? (いにしえ)からの伝承によると……それら全員が、ぷれいやーという存在だったらしい……と言われている。あくまで伝承での話だがな……」

 

「おい、ちょっと待てよ! ……おっと」

 

 声を大きくしたマルムヴィストは、通行人の目を気にして口元を押さえたが、それでも声を小にしながらデイバーノックに囁きかける。

 

「じゃあ何か? イビルアイがモモンを『ぷれいやー』かもって判断したってことは……モモンは神様ってことか?」

 

 冗談めかし、薄ら笑いを交えて言うマルムヴィストだが、その浮かべた笑みは引きつっていた。魔法の詳しいことはマルムヴィストには解らない。だが、アダマンタイト級に匹敵すると言われた自分が、同僚と共に、しかも、そこへ本物のアダマンタイト級冒険者であるガガーランも加えて戦い……一人の男に敗北したのだ。それも、つい先程のことである。モモンを『神』と同列に扱ったからと言って、頭から笑い飛ばすには受けた衝撃が大きかったのだ。

 

「本当に神かどうかは断言できん。しかしな、幾らか魔法を使えるサキュロントなら理解できるんじゃないか?」

 

 名前を出されたサキュロントが自分を指差したが、デイバーノックは頷いて話を続ける。

 

「イビルアイと手合わせしたときに、モモンが呼び出した天使。あの途轍もなく強力な天使だ。第五位階の魔法……<龍雷(ドラゴンライトニング)>を軽く弾いていたろう? あんなものを召喚できる位階というのは、いったい第何位階なんだ? 人類の最大到達点、第六位階魔法か?」

 

「そんなこと、俺に言われたって……。でも、あのな……俺的な感覚で言わせて貰ったら、あの天使……人間が召喚するのって、無理じゃないか?」

 

 自信なさげにサキュロントが言う。大きく頷いたデイバーノックは、黙って聞いているゼロに向き直った。

 

「つまり、そういうことだ。ボス。『ぷれいやー』とは神で、イビルアイはモモンを『ぷれいやー』と呼んだ。そしてモモンが使う魔法は、人の域を大きく超えている……。確かな情報としては、こんなところだ」

 

「なるほどな……」

 

 いつしか立ち止まっていたゼロは、そのゴツイ下顎を右手で掴んで撫でさする。

 

「面白い! まったくもって面白いぞ!」

 

 白い歯と歯茎を剥き出しにし、呆気に取られた部下達を見回した。

 

「いいじゃないか! どのみち漆黒とは繋がりを持ちたかったんだ。ヘイグと懇意にしておけば、より良い武具やアイテムを入手できるかと思っていたし、その強さにも惹かれていたが……神と来たか……」

 

 この瞬間、ゼロは今後の『舵取り』の方針を、大まかにではあるが固めている。  

 八本指を抜けてモモン達につくか、あるいは八本指在籍のままでモモン達につくか。どちらの方が有益だろうか。どちらの方が面白いだろうか。

 

「いやはや悩ましいな」

 

 悩ましいと言いながら、底抜けの笑顔でゼロは皆を見回した。

 

「おい、拠点に戻ったら作戦会議だ! この先、ずっと楽しくなるぞ!」

 

 

◇◇◇◇

 

 

「ほうほう。そのイビルアイさんから、色々と聞けたわけですか」

 

『ええ、クレマンティーヌの話とも一致しますし。やはり六大神はユグドラシル・プレイヤーで間違いないようです。他にも十三英雄などの話も聞けましたよ……どうやら、生き残りが一人か二人居るようで……』

 

 この日、何度目かの<伝言(メッセージ)>を受けていたタブラは、モモンガからの報告を聞いて二度、三度と頷いている。

 手合わせも上手くいったようだし、六腕との関係は良好で、蒼の薔薇からは情報も得られたようだ。もっとも、蒼の薔薇とは六腕ほどには友好的になれなかったようだが……。

 

(聞いていたイビルアイの態度……言動では無理もないかなぁ。今は反省しているらしいけれど、第一印象が悪いのでは……ね)

 

 一方で、ナザリック勢としては反省点もある。

 モモンガが事前の相談もなしで、位階魔法の上限を無視し、超位魔法を使用したことだ。そもそも、そのことを切っ掛けとしてイビルアイが『ぷれいやー』という言葉を持ち出したのだから、これは問題だ。……問題なのだが……。

 

(取り返しのつく範囲かな~……)

 

 むしろ、良くやったとタブラは言いたい。

 組織的には褒められたことではないが、どうせ転移後世界で活動していけば、いずれはプレイヤーであることがバレるのだ。もっと効果的な正体の明かしどころもあったろうが……。

 

(ああ~……いけない、いけない。イビルアイのモモンガさんに対する態度を思い起こすと……どうも……ね)

 

 聞いただけのことなのに、どうしようもなく怒りが湧き上がる。

 やはり精神的に無理や歪みが生じているのだろうか。すぐにでも精神安定系のアイテムを装備すべきだと思うが、今のモモンガとの<伝言(メッセージ)>においては、このままで良いとタブラは判断した。

 

(今暫くはね~。私だって……ある程度は発散したいんです。これも歪みの影響かな……。でも、そうか……そうなると……。ああ、そうかモモンガさんは……)

 

「モモンガさんには、今後は気をつけていただくとして。私、思ったんですけどね……」

 

『何でしょう?』

 

 以前……と言っても同日中のことなので、それほど前ではないが、タブラはモモンガに対し『ギルメンは人化と異形種化の繰り返しだけでは精神安定を得られない。精神安定系のアイテムでも使わなければ、人として気が触れて……発狂する』と持論を語って聞かせた。ただ、その中で『モモンガに限ってはアンデッドの精神安定化があり、発狂する前に安定化される』とも語っている。

 このことについて、タブラは今のモモンガの報告を聞き……間違いではないか……と思ったのだ。

 

(やっぱり、モモンガさんにも精神安定系のアイテムって必要だ……)

 

 発狂しきった時点で、モモンガの精神は安定化される。が、徐々に気が変になった場合、発狂点に到達するまでに精神が幾分か変調を来すようなのだ。

 

(ちょっとだけ怒りっぽくなったり、深く考えることをやめたり……しかも、それをノリの一環でやってる認識なのでタチが悪い。発狂点まで行ったら安定化されるにしても、そのときは既に事後なんだものな……)

 

 このことをモモンガに説明すると、<伝言(メッセージ)>向こうのモモンガは恐縮することしきりで何度も謝っている。それはそれで、また変になっているのでは……と思ったタブラは、早く精神安定系のアイテムを装備するように伝え、モモンガとの<伝言(メッセージ)>を終えた。

 

「モモンガさんも、それにタブラさんも大変ね~」

 

 少し先行していた茶釜が振り向いて言う。今の彼女は人化しており、二枚の大盾を背負った姿なのだが、右手でアウラ、左手でマーレと手を繋いでいた。

 

「茶釜さん。だいたいの事情は御存知でしょうが……その、茶釜さんは大丈夫なんですか?」

 

 度々繋がるモモンガとの<伝言(メッセージ)>の合間、茶釜には一通りの説明をしていたのだが、今見ている限り……茶釜は普通だ。だが、彼女だけが普通などということがあり得るだろうか。

 

(男の私達と、女の茶釜さんで何か差異があるとか? いや、モモンガさんの事例もある。軽々しく結論を出すのは危険だ。私だって、今の自分が正気だとは限らないのだから……)

 

 背中に嫌な汗を感じながらタブラが考えていると、茶釜が少し考えるような素振りを見せた後で微笑んでいる。

 

「ん~……駄目みたい」

 

「ちゃ、茶釜さん!?」

 

「茶釜様! どこか、お身体を悪くされてるんですか!?」

 

「僕、ナザリックからポーションを取ってきましょうか!?」

 

 茶釜の自己診断結果に反応した声は、三人分だ。

 最初はタブラで、アウラ、そしてマーレと続く。タブラは驚愕で、アウラ達は驚きに恐怖を加えて顔を引きつらせているが、当の茶釜はいたって普通な様子で、唇の端に人差し指を当てた。

 

「モモンガさんやタブラさん達みたいに、気が変になっていないかってことよね? こっちの世界に来る前と、今の自分で精神的に変わったところがあるかどうか……というと、そりゃあ変わってるわよ。ええ、人化と異形種化の繰り返しもしてるけど……モモンガさん達みたく、『そういう意識決定しちゃいけないだろうってことも、平気で納得して感情任せ』にしてたりするし……」

 

 つまり、タブラ達と症状は同程度……ということだ。

 

(うわ、駄目だ……。早く精神安定系のアイテムを、宝物殿やギルメン各自の自室からでもいいから取り寄せて……皆で装備しなくちゃ……)

 

「異世界転移前の私だったらさ……。モモンガさんが馬鹿にされて皆が攻撃的になった時、同じように腹は立ったと思うけど……暴走しかけたら止めに入ってると思うんだよね~。でも、ついさっきタブラさんから色々聞かされるまで気がつかなかったし……。……あれで良いと思ってたし……」

 

 喋り続ける茶釜は、顔が笑ってる。目も笑ってる。怒ってはいない。

 だけど、怖い……。

 タブラをしてジリジリと後退させるほどなのだが、そこで言葉を切った茶釜は泣くような笑顔に転じた。だが、頬を涙が伝っているわけではない。

 そんな複雑な表情のままで、茶釜は再び口を開いた。

 

「あ~、やっぱ駄目だわ。喋りながら何とか、心持ちとか立て直そうとしてたんだけど~……無理みたい。タブラさん? 何か精神安定系のアイテムとか……持ってる? 狂いかけてるのに頭が普通に回るって、すっごい気持ち悪いの」

 

 結局、タブラは<伝言(メッセージ)>によりナザリックのペロロンチーノと連絡を取り、シャルティアの<転移門(ゲート)>でアイテムを取り寄せた。そうしてアイテム装備をした結果、茶釜は正気に戻っている。

 そして、この茶釜の一件は全ギルメンに<伝言(メッセージ)>で周知され、同日中に皆が精神安定系のアイテムを所持することになるのだった。

 




色々と、お騒がせして申し訳ありません。
評価コメントや感想で応援を頂きまして、発奮して第60話を書きました。

自分としましては、批判されることも大事な御意見と捉えていまして、しかしながらSSに関しては好きで楽しく書いてるので、何と言うか悩ましい状態になってしまったのでした。

さて、第60話。
黙って皆に合わせてるようで茶釜さんもおかしくなっていたという。しかも、タブラさんより冷静に自己診断してたとか、マジ茶釜さんパネェっす。
ペロロンさんもアイテム装備で正気になってますが、シャルティアと致したときは狂ってたのかと言うとさにあらず。アレは素なのです。

さて、令和2年も残るは本日と12月31日だけとなりました。
ひょっとしたら大晦日~1月3日の中で頑張って書くかもしれませんが。

取りあえず、また年末の御挨拶をしておきます。

皆様、良いお年を~。

そうだ、感想に返信しなくちゃ!

<誤字報告>

爆弾さん、冥﨑梓さん、D.D.D.さん、ARlAさん

毎度ありがとうございます

『。。』みたいな誤字もあったりで、やはり書き上がりは目がショボショボしてるので、どうにもこうにも……。
あと、一太郎で書いてると、どうしても転写の際に文頭で一マス空ける……が、半角スペース×2になってて、どういう原理か一マス詰まるという現象が発生するんですな。泣ける……。

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