オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第55話

「建やんから聞きましたよ! デモンストレーション、いいじゃないですか!」

 

「うをぅ……」

 

 タブラとの<伝言(メッセージ)>相談後、アインザックとアルベドに一声かけてから<転移門(ゲート)>をくぐったモモンガ。今は、バハルス帝国帝都……酒場宿に移動済みであったが、<転移門(ゲート)>の暗黒環を出るなり弐式が食いついてきたので、骸骨顔を後方に引いた。弐式の後ろを見ると、ナーベラルとルプスレギナが居てニコニコしている。彼女らが現弐式班のメンバーなのだが、こういう時の笑顔がどういうものか……モモンガは、ある程度なら推察できるようになっていた。

 

(『至高の御方』同士、仲良く語り合ってるのが嬉しいんだろうな~)

 

 ナザリックのNPC達は、至高の御方……ギルメンに構って貰うことを至上の喜びとしている(当人らは『至高の御方に奉仕すること』が喜びだと主張しているが)。その一方で、ギルメン同士が仲良くしているのを見ても嬉しいらしい。

 もっとも……。

 

(ちょ、ルプスレギナ……)

 

 アルベドに次ぐモモンガの交際相手、ルプスレギナ・ベータが、ニコニコしつつウインクしている。モモンガとしては悪い気はしないが、肩まで挙げた手をヒラヒラ振るのは如何なものだろう。弐式は気にしないだろうし、モモンガは照れるだけだが……。

 

 ……ゴッ……。

 

「ふぎゃ!?」

 

 ナーベラルの拳骨をくらい、ルプスレギナが頭部を押さえた。 

 当然、弐式にもルプスレギナの声は聞こえている。しかし、彼は振り返ることなく話を続けた。

 

「メイド同士の問題は、メイド同士で話し合って貰うとして……」

 

「弐式さん、後ろの様子が見えてたんですか?」

 

 ルプスレギナがウインク等をし始めてから、弐式は一度も背後を振り返っていない。モモンガが聞くと、弐式は自慢げに両拳を腰に当てた。

 

「ふふふっ。俺の鍛え上げた忍者特殊技能(スキル)は、背後の仕草を感知することなど容易いんですよ。それにしても、蒼の薔薇が一緒というのはいいですね。双子の忍者が居るそうじゃないですか」

 

「ああ、食いつきのポイントはそこですか……」

 

 忍者をイメージしたビルドの弐式は、転移後世界の現地忍者が気になるらしい。弐式は前回、レエブン侯一行を相手としたデモンストレーションに参加している。同じ事を二度やらせるのはどうだろう……とモモンガは考えていたのだが、今の発言を聞く分には乗り気のようだ。

 

「では、ルプスレギナとナーベラルは、この宿で留守番して貰うことに……」

 

「アインズ様~。その、一つよろしいでしょうか?」

 

 ルプスレギナ達について話しかけたモモンガに、当のルプスレギナが怖ず怖ずと挙手する。皆の視線が彼女に集中したが、ルプスレギナは上目遣いにモモンガを見たままで話しだすことをしない。

 

「おっと、そうか。あ、あ~……ルプスレギナには何か意見があるのか?」

 

「ええと、ですね。今のデモンストレーションのお話ですけど、私とナーちゃ……ナーベラルも同行して、え~……け、見学してもよろしいでしょうか?」

 

「ちょっ!?」

 

 いきなり名前を出されたナーベラルが目を剥いた。だが、ルプスレギナは気にもとめずモモンガに向けて話し続ける。

 

「ナザリックの僕としては、至高の御方の勇姿を目にしたいものなのです。それが自身の創造主となれば、なおさらのこと。ナーベラルに御慈悲を……。……そして、私としてはアインズ様の……」

 

 言い終わり様、ルプスレギナは胸に手を当てて顔を伏せた。実にしおらしく、様になっている。しかし、普段の彼女を知る者達からすれば「演技してるな~」としか思えない。

 

「へ、へぇ~……そうなの? ……ナーベラルは、ルプスレギナと同じ意見なのかな?」

 

 聞いたのは弐式炎雷だ。言わずと知れたナーベラル・ガンマの創造主である。ナーベラルは引きつった顔で「何言ってるの! よしなさい!」と、ルプスレギナの肩を掴んで揺さぶっていたが、弐式に質問されるや弾けるように弐式を見た。

 

「はっ!? あの、弐式……炎雷様?」

 

「うんうん、戸惑った表情も最高だな。で、どうなのさ? 俺の勇姿ってやつを見たい?」

 

 弐式は面を取っていない。しかし、面の下の顔がニヤついているのは声色からして明らかだ。隣で聞いてるモモンガは「これって、セクハラじゃないの?」と思っていたが、ナーベラルから縋るような視線を向けられて大きく頷いている。

 

「かまわない。思うところを述べよ。弐式さんも、それを望んでいるはずだ」

 

 精一杯、威厳のあると思っている声で言うものの、弐式が「そうだぞ! モモンガさんの言うとおり!」等と囃し立てるものだから、色々と台無しである。モモンガが首を回して睨めつけると弐式は黙り込んだが、一々目くじらを立てるものではないとモモンガは判断した。何より、この忍者とメイドのコンビに付き合っていると、時間が過ぎていくばかりである。

 

「で? どうなんだ? ナーベラル・ガンマ?」

 

「はい、アインズ様。私も弐式炎雷様の勇姿を拝見したいです!」

 

 最初はモジモジしていたものの、言い終わる頃には頬が紅潮、目は爛々と輝いていた。

 

「そうか! 嬉しいぞ、ナーベラル! 俺、張り切っちゃう!」

 

「弐式炎雷様!」

 

 主従で大いに盛り上がっている。

 イチャついているというわけではないが、男と女で楽しげにされると、見せられている側としては微妙な気分になるのだ。

 

(ちぇっ、仲良くしちゃって。俺にだって……)

 

 モモンガの視線がルプスレギナに向く。今交際中の女性の内、エ・ランテルでアインザックと協議中のアルベドはこの場に居ない。だが、ルプスレギナは居るのだ。

 

「あ~……ルプスレギナ。もう決まったようなものだが、一緒に来るんだな?」

 

「はい! アインズ様! 何処までもお供するっす!」

 

 お日様のような笑顔で言うルプスレギナを見たモモンガは、大きく頷く。

 

(うっわ、笑顔眩しっ! ……この子、本当にカルマが極悪寄りなのか?)

 

 頷いた首を『傾げる』に移行したくなったが、そこは根性で耐え抜き、モモンガは皆を見回した。

 

「では、トブの大森林へ行き、建御雷さんと合流。続いてヘロヘロさんの店に跳ぶぞ!」

 

「「「はい! アインズ様!」」」

 

 ……メイド二人の声に男の声が混ざる。

 ナーベラルは戸惑い、ルプスレギナは吹き出して良いのかどうかで困っているようだ。

 モモンガはと言うと、ジトッとした視線を弐式に向けている。

 

「……弐式さん?」

 

「の、ノリですよ! ノリ! 今、一緒に言ったらウケるかな~って!」 

 

 身振り手振りしつつ弐式が言うのを、ハアと溜息を吐きながら「いいですけど」とだけコメントし<転移門(ゲート)>を発動した。

 

(ここに建御雷さんが居たら……弐式さん、説教されたんだろうな~)

 

 モモンガは「拾いに来る順番、間違えたかな?」と思いつつ、建御雷が居るトブの大森林へ向けて開いた<転移門(ゲート)>の暗黒環をくぐるのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 ユグドラシルで極普通に運用していた魔法<転移門(ゲート)>。

 それは転移後世界では、変わらず便利に性能を発揮してくれている。帝国帝都から、トブの大森林までなど一瞬で到着できるのだ。

 

「あ~、どっこらせ……」

 

 年寄り臭い声と共にモモンガは暗黒環を通過したが、その彼に対し、さっき弐式がやったような勢いで食いついてくる者が居た。

 武人建御雷である。

 

「おう! モモンガさん! あの後、タブラさんから話を聞いたぜ! 裏社会の腕利きと、アダマンタイト級冒険者だってな! 腕が鳴るぜーっ!」

 

 うほほーっ!

 

 ガッツポーズの腕を上げ下げしながら、人化した建御雷が吠えている。

 本人曰く、「レエブン侯のお供達も面白かったが、今度の連中も一癖二癖ありそうじゃねぇか! 最高だ!」とのこと。

 

「今回の奴らも面白そうだよな! 建やん!」

 

「わかってくれるか! 弐式ぃ!」

 

 後から<転移門(ゲート)>を抜けてきた弐式が声をかけ、建御雷と盛りあがっている。親友同士で実に暑苦しい。 

 弐式達は放っておいて大丈夫そうと見たモモンガは、王国王都への出発前に、タブラに声をかけようとした。が、そのタブラが何か考え込んでいる。

 

「どうかしましたか? タブラさん?」

 

 モモンガが声をかけたところ、こちらも人化しているタブラが視線を向けてきた。

 

「いえ、実はデミウルゴスからの報告で、気になることが……。……六腕の中に不死王デイバーノックって言う、エルダーリッチが居ますよね?」

 

「ああ、居ましたね。第六位階も使えないのに不死王とか、大変な自信家です」

 

 二つ名に関しては失笑を禁じ得ないが、対話が可能で人間社会に潜伏できるエルダーリッチは、転移後世界にあっては希少だ。会って話してみなければ解らないが、人材としても希少だとモモンガは思っている。

 

「そのデイバーノックが、どうかしましたか?」

 

「いえね、同じように蒼の薔薇の情報も報告として上がってるんですが、そのメンバーに居るイビルアイという魔法詠唱者(マジックキャスター)がね、どうもデイバーノックと似ている節があるんですよ。普段顔を隠してる……デイバーノックはフードのみですが……あとは食事している姿の目撃例がないとか……。そこへ来て、転移後世界の現地勢としては強力な使い手というのもね~」

 

「ほう……」

 

 そこまで言われると、モモンガもピンときた。

 

「イビルアイが、アンデッドかもしれない……と?」

 

「いやあ、たまたまデイバーノックがアンデッドなだけで、イビルアイが別物の強者である可能性もあります。実力を隠してるユグドラシル・プレイヤーだったりね。ただ、共に王国きっての戦闘集団。中でも魔法詠唱者(マジックキャスター)が人並み外れて強力で、食事している様子がない。そして、六腕の方の人物……デイバーノックはアンデッド。共通項が幾つかあるし、気になりますよね? 用心するに越したことはないというアレです」

 

「なるほど……」

 

 六腕のデイバーノックはエルダーリッチだと判明しているので、それほどの脅威ではない。しかし、蒼の薔薇のイビルアイに関しては不明要素が多いようだ。タブラが言ったように、実力を隠したユグドラシル・プレイヤーだとしたら事である。

 

「でもまあ、アダマンタイト級冒険者チームのメンバーなんでしょ? そのイビルアイって人は? だったら国を代表する名士ってことなんだし、六腕よりも話が通じるんじゃないですか?」

 

「う~ん。だと良いんですけどね~。ま、とにかく気をつけてくださいな」

 

 小首を傾げるタブラだが、モモンガの主張にも一理あると考えていた。確かに、アダマンタイト級冒険者は英雄……の領域に踏み込んでいるかは兎も角、地元では名士の類いだろう。であるならば、その名士としての体裁や名声を貶めるような行為はしないはずだ。

 

(デイバーノックは犯罪組織の一員だけど、組織人としては弁えた言動をしているとデミウルゴスの報告にあったものな……)

 

 イビルアイの正体がアンデッドかプレイヤーかはわからないし、単なる強者かもしれない。だが、対照的な存在……六腕の一員であるアンデッドが、組織一部門の重鎮としてやっていけているのだ。

 

(デイバーノックが大丈夫なのだし? 人の冒険者チームで普通に混じってるなら、それほど気にすることではないのかも。私も心配しすぎかな……とデカいフラグを立てつつ、ここは様子見と行きますか)

 

 最悪、イビルアイがユグドラシル・プレイヤーだとしても、現地に赴くのはモモンガ達、一〇〇レベルプレイヤーが四人。囮にできるルプスレギナ達も居るし、戦うなり逃げるなりの対処は可能なはずだ。そう判断したタブラは、肩の力を抜く。

 

「そうなの? じゃあ、建御雷さんと弐式さん。それにヘロヘロさんか~。それだけ前衛戦闘ができる人が居たら、私の出番はないかな~」

 

 不意に茶釜の声がしたので、モモンガとタブラが目を向けると、茶釜が触腕状に伸ばした粘体でアウラとマーレを抱え上げていた。いわゆる『高い高い』である。幼児に対する扱いなのだが、アウラ達は嬉しそうに笑っている。 

 

(そうだよな、茶釜さんはトブの大森林で待機だっけ。……茶釜さんが参加してたら、どうなったかな?)

 

 モモンガは考えてみた。

 茶釜は異世界転移後、暫くは冒険者として生活していたという。ユグドラシル時代を踏襲し、両腕に盾を構える戦士スタイル。ユグドラシル風に言うならタンク職だ。人化状態の身体能力に関しては、ヘロヘロと同じレベル三〇ぐらいだが、ヘロヘロのようにアイテム効果でレベル一〇〇のまま人間形態を取れるかもしれない。 

 

(いや、たぶん出来るな……。二人は同じスライム系なんだし……)

 

 その後、少し考えてからモモンガは茶釜を誘ってみたが、茶釜は笑って触腕を左右に振る。

 

「私はタブラさんと、あとアウラやマーレと一緒に待ってる。あまり大人数で出向くのもね~」

 

「そう言われると、そうかもですね……」

 

 デモンストレーションに参加する予定のギルメンは、モモンガ、建御雷、弐式、ヘロヘロの四人。現地勢相手に一〇〇レベルプレイヤーが四人では多いと考えるべきだろう。ここにソリュシャンとルプスレギナ、それにナーベラルが見学者として同行する。総勢七人だ。

 

「……そうだなぁ」

 

 会話が耳に入っていたのか建御雷がズカズカと進み出る。

 

「どうだい、茶釜さん。この際、タブラさんとで先にリザードマンの集落へ行ってみるか? 待ってる間、暇だろう?」 

 

 元々、リザードマンの集落にはタブラと建御雷、そしてアウラの三人で出向く予定だった。しかし、今のリザードマン集落訪問組から建御雷が抜けたとしても、代わりに茶釜が居るし、元々の同行予定になかったマーレも一緒だ。

 ……戦力的には問題ないのではないか。

 そう考えての発言だったが、言われた側の茶釜、そしてタブラは互いに顔を見合わせている。

 

「私は良いと思うけど、タブラさんはどう?」

 

「悪くはないですね。御言葉に甘えるとしましょうか?」

 

 同意を示すタブラは「暫く森林浴をするか、建御雷さんが戻るまでは一度、ナザリックに戻ることも考えたのですが……」と述べた後、モモンガ達を見回してニヤリと笑った。

 

「茶釜さんとデートというのも興味深いですしね」

 

 おお! と、男性陣から声が挙がる。

 現状の合流済みギルメンでは、こういった軽口はペロロンチーノや弐式が言いそうなものだが、人化したタブラが言うと妙に様になっているのだ。

 

「あら、あらあらあら~」

 

 タブラの発言を受け、茶釜は少し赤くなった頬を手の平で挟み……異形種化する。  

 

「何だか照れちゃうわ~」

 

「茶釜さん、その姿で身をくねらせるの……やめて貰えます?」

 

 冷静にモモンガがツッコミを入れるものの、茶釜が気にしている様子はない。

 アウラとマーレに関しては、茶釜に同行することを当然のように思っているので、リザードマン集落に向かうのは、この四人ということで決定した。

 

「あ、あのう……」

 

 さあ、王都組は転移するし、リザードマン集落訪問組は移動開始だ……となりかけたところで、アウラが誰に言うとでもなく声を上げた。怖ず怖ずと挙手しているのが可愛らしく思えるが、そういう仕草は快活な彼女には似つかわしくない。モモンガを始めとしたギルメンの視線が一斉にアウラに向けられると、アウラは肩を微かに揺らしたが、やがてモモンガを見た。

 モモンガは左右で立つタブラ達を見たが、視線や表情で「ほら、モモンガさんですよ」と言われ、やむなく自分の顔を指差している。

 

「俺……じゃなかった、私か?」

 

「え? ええと、はい……。あの、お聞きしたいことが……」

 

 そこまで言ったアウラは、視線を下げてモジモジしだした。やはり、いつもと様子が違う。心配になったモモンガが「聞きたいことがあるのなら、構わないから言いなさい」と急かしたところ……アウラは深呼吸の後にモモンガの視線を見返した。

 

「モモ……アインズ様っ! ぶくぶく茶釜様とタブラ・スマラグディナ様は、こ、交際されているのでしょうか!?」 

 

 瞬間、場の空気が硬直する。

 いち早く回復したのは、精神の安定化から復帰したモモンガだ。オロオロとタブラに茶釜と二人の様子を確認するが、両者とも固まったままである。他に建御雷と弐式も居たが、この二名も固まっていた。

 

(マーレ……も駄目か。俺以上にオロオロしてるし……)

 

 涙目のマーレが杖を支えにしてプルプル震えている。その姿を見て少しだけ落ち着いたモモンガは、全身に力を入れて見上げてくるアウラに対し口を開いた。

 

「ふむ。タブラさんの発言を受けて、そう思ったのか……。その件について、私は聞いたことはないが……。そういう事なら私にではなく、そこに居る本人達に聞けば良いのではないか? と言うか、なぜ私に聞くのだ?」

 

 至極もっともな指摘だとモモンガは思う。自分が茶釜と交際しているなら、聞かれて答えることも何かあるだろうが、そうではないのだから……。

 

「えっと、その……本人には聞きにくいし……」

 

「私には聞きやすいと?」

 

 そうだとしたら少し嬉しいとモモンガは思う。NPC達に慕われているような気になるからだ。

 

(茶釜さんを差し置いて……という気もしないではないが、俺と茶釜さんでは、アウラの気の持ちようも違うだろうし。慕われている……ということで良いよな?) 

 

 心に余裕ができたモモンガは、目の前のアウラの頭を撫でる。サラサラの金髪を撫でつけると、アウラは少し驚いたようだが、先程までよりも顔を赤くして俯いた。

 

「ふむ……ふむ、なるほど。ギルメン同士の交際事情は、私も把握しておきたいところだ。ん、ゴホン。ギルド長としてだがな! そう言ったわけで、タブラさんに茶釜さん?」

 

 アウラの頭から手を離したモモンガは、並んで立つタブラ達に向けてクリンと首を回す。タブラは割と平然としているが、茶釜はピンクの粘体をビクリと揺らした。

 

「実のところ、どうなんです? アウラが気にしているようですが……」

 

「ぐ、ぐぬぬ。愚弟が軽口言ってるなら、鳥的に絞めて終わりなんだけど。よりによって……モモンガさんかぁ……」

 

 血を吐くとまではいかないが、絞り出すように言う茶釜を見てモモンガは首を傾げる。

 

(よりによって、俺? どういう意味なんだ?)

 

 さっぱり意味がわからない。タブラとの交際に関して、モモンガが質問すると都合が悪いのだろうか。

 

「ハッハッハッ!」

 

 木漏れ日が差し込む森の小道で、突如、タブラの笑いが木霊する。

 モモンガを始めとしたギルメン、そしてアウラとマーレがタブラに注目すると、タブラは笑いを止めて皆を見回した。

 

「モモンガさん。それにアウラ。私と茶釜さんは、少なくとも今は交際していませんよ? まあ、将来的にどうなるかは解りませんけど……ね?」

 

 言いつつ、人化中のタブラがピンクの肉棒……茶釜に対してウインクする。

 

「ぬふう! イケメン! じゃなかった、そうねぇ。今は、そうですよね~……でもまあ、将来的には誰がお相手になるかわからないんだけど~」

 

 茶釜はタブラがやったように視線を巡らせた。その対象は右隣のタブラ、右斜め前方向で並んでいる建御雷と弐式、左前で居るアウラと……モモンガだ。モモンガに対してだけは二、三秒だが視線を留めている。他の者達に関しては、撫でるように視線を通過させただけだったのだが……。

 

「ま、いいか。たまには、オジ様にエスコートして貰うのも悪くないしぃ~」

 

「私も美人の女性と御同道できるなら、張り切れるってものです。まあ、戦闘になったら守って貰う立場ですけどね。モモンガさんでなくて残念でしょうけど」

 

 互いに言い合い、ニィィィと笑い会う。もっとも片方は中年男性で、片方はピンクの肉棒である。

 

(絵にならないなぁ……。でも、なんで俺の名前が出るんだろう?)

 

 よく解らないながら、モモンガはアウラに声をかけた。

 

「ともあれ……そういう事らしい。……茶釜さんとタブラさんの護衛は任せたぞ。アウラ?」

 

「は、はい! もちろんです、アインズ様! 命じられるまでもなくですが……アインズ様の御命令とあらば、より一層頑張ります!」

 

 小ぶりな胸を叩いて、アウラが請け負う。その快活さと元気の良さと、売り込み……とでも言うのだろうか、アピールが目に眩しい。だが、ルプスレギナの笑顔と同じで悪い気はしないのだ。

 

「そ、そうか。そう言ってくれると嬉しいぞ。アウラよ」

 

 モモンガが再び頭を撫で、アウラは「にしし!」と嬉しそうに笑う。

 そして、その様子をいつの間にか集まっていたタブラ達が見ていた。

 

「アウラ、モモンガさんに懐いてんのな」

 

「建やん、あれは単に懐いてるのとは違うように思えるぜ」

 

「フフフ、ナーベラルと仲の良い弐式さんは見る目が違うようですね」

 

「ちょ、タブラさん!?」

 

 弐式が慌て、建御雷とタブラが声をあげて笑う。建御雷などは身体を揺すって笑っていた。そうした賑やかかつ和やかな空気の中……茶釜のみはジッとアウラを見ていた。

 

(アウラが……モモンガさんを? ほほう……これは後で聞き取り調査をしなければね~)

 

 茶釜はニンマリと笑う。しかし、今は異形種化しているので表情は表に出ていない。

 その後、モモンガ達はリザードマン集落を目指すタブラ一行と別れ、<転移門(ゲート)>にて移動した。行き先は、リ・エスティーゼ王国王都にあるヘロヘロの拠点、ヘイグ武器防具店である。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「事前には聞いてましたけど、大人数になりましたねぇ……」

 

 ヘイグ武器防具店の二階……その一角にある部屋で、ヘロヘロがモモンガ達を出迎えていた。<転移門(ゲート)>の暗黒環をくぐってきたモモンガ達は、建御雷のみが人化している。弐式は忍び装束の中で異形種化していたし、モモンガは悟の仮面着用で、仮面下では異形種化していた。

 ギルメン三人に、お供としてルプスレギナとナーベラルが居るのだから、総勢で五人。ちょっとした冒険者チーム程度の人数であるから、多いと言えば多いのだろう。

 

「ハハッ、各々蒼の薔薇や六腕に興味がありましたし。ヘロヘロさんの手助けとなれば、駆けつけるのは当然ですから」

 

「モモンガさん……」 

 

 照れ臭い気分になったヘロヘロが頭を掻きつつ建御雷と弐式を見ると、二人とも大きく頷いている。ますます照れ臭い。

 

「さ、さあ、移動しましょうか。ここは空き部屋で広さはいいですけど、殺風景ですし」

 

 そうしてヘロヘロが案内しようとしたのは、一階の店舗である。これから蒼の薔薇及び六腕とも合流するのだが、そうなると二十人近い人数となるため、一階店舗ぐらいしか場所がないのだ。

 

「それでも大規模商店ってわけじゃないですから、手狭ですけどね。倉庫でも良かったかな……あ~、でも、駄目ですね~」

 

 一階倉庫であれば、アイテムで空間を弄っているため数十人ぐらい入っても大丈夫……とは言え、さすがに色々と誤魔化しきれなくなる。そこで、一階店舗で集合したらモモンガの<転移門(ゲート)>で移動するのだ。

 

「ヘロヘロさん?」

 

 部屋を出てすぐに、モモンガがヘロヘロに問いかける。

 

「元々、外の何処かでデモンストレーションないし手合わせをすると思ってましたが……。何処にしましょうか?」

 

「モモンガさんを<転移門(ゲート)>係にさせて悪いですねぇ。ええと、王都の東側街道の……街道外、人目に付かないような離れた場所でいいんじゃないでしょうか?」 

 

 案内役のヘロヘロが振り返ると、特に誰からも別意見や提案が出ない。モモンガも頷いているので、後はモモンガ任せで大丈夫だろう。

 それほど離れていない客間に到着し、ヘロヘロは一応ノックしてみたが、ノックし終わるや扉が開いた。中から顔を出したのは……ヘロヘロの製作NPC、ソリュシャン・イプシロンである。ちなみに、現在は冒険者として盗賊職を演じている。

 

「ヘイグ様……。少々、問題が……」

 

「問題……ですか?」

 

 片眉を上げたヘロヘロは、ソリュシャンが身を引いた隙間から顔を覗き込ませた。

 すると……。

 

「だいたいだな、犯罪者が昼間から外を歩いてるのがおかしいんだ! そもそもザコが口出しするんじゃない!」

 

 ガガーランによって、フードの後ろを掴まれたイビルアイが食ってかかっている。一方、噛みつかれた側の幻魔サキュロントは、右方で居るイビルアイに対して目を剥いた。

 

「なんだと、このチビ助! 幼女ババアだか何だか知らないが、口の利き方に気をつけろ!」

 

 サキュロントも空間斬ペシュリアンが立ち塞がっており、その背に阻まれて前に出ることができていない。

 双方のリーダーであるラキュースとゼロは、ヘロヘロが退室する前と変わらず並んでソファに座っているのだが、ラキュースは両手で顔を覆って俯き、ゼロは腕を組み不機嫌そうに瞑目していた。

 

(いや、リーダーの貴方達が何とかしてくださいよ!)

 

 ゲンナリしたヘロヘロは、ソリュシャンに何故このような状態になっているのかを聞いてみる。

 

「最初は、ラキュースさんがゼロに対して嫌味を言っていたのですが……」

 

 すぐにイビルアイが口出しするようになり、あまりの攻撃的な態度にサキュロントが耐えきれなくなったらしい。ラキュースとゼロは、それなりに抑えようとしたらしいが、サキュロントはともかくイビルアイが止まらなかったのだとか……。

 

(……喧嘩売ったのは蒼の薔薇の方ですか……)

 

 突出して騒いでいるのはイビルアイだが、勘弁して欲しいとヘロヘロは思う。ともかく、自分が仲間を連れて戻って来たからには、騒ぎも一段落するはずだ。さっそく王都外の荒野にでも連れ出して、力を見せるとしよう。

 

「あ~……皆さん? 大変お待たせしました。準備が整いましたので……」

 

「んっ? 戻って来たか、店主!」

 

 イビルアイが首だけ回し、ヘロヘロを……そして、後ろに居るモモンガ達を見て言う。

 

「後ろに居るのが、さっき言っていた仲間か? 魔法詠唱者(マジックキャスター)が居るようだが……本当に実力者なのか? 冴えない顔をしているが」 

 

 口論中の勢いで言ったのだろうが、その発言内容が問題だ。

 ヘロヘロ達……モモンガ以外全員の顔が強張る。

 モモンガ当人は、「まあ、冴えない顔なのは事実だし」と苦笑いしているものの、他のギルメン達はギルド長を馬鹿にされて腹を立てていたのだ。当然ながら、ナーベラルにソリュシャン、そしてルプスレギナの立腹はギルメンのそれを大きく超える。

 

「この下等生物(ゾウリムシ)……モモ、アイ、モモンさんに対して何て口の利き方……」

 

「身の程知らずの脳を、ジワジワと溶かしてあげましょうか?」

 

「背中から爪を入れて、小さい胸まで内側から掻きむしってやりたいっす……」

 

 それら僕達の声は、当然ながら蒼の薔薇や六腕にも聞こえたようで、皆が黙り込んだ。もっとも、蒼の薔薇は気まずそうにしているだけだが、六腕のゼロ以外のメンバーは不服そうにしている。これは僅かな態度の違いだが、ヘロヘロには思い当たることがあった。

 

(蒼の薔薇は社会人として控えた様子ですけど、六腕は……まあ、俺達の実力を知ってるのは、ゼロぐらいですしね~。若い女の子にさっきみたいな事を言われたら、頭にきますか……)

 

 それら六腕の態度も、デモンストレーション後には変わっていることだろう。何しろリーダーのゼロで実証済みなのだ。蒼の薔薇も同様だと思いたいが、気になるのはイビルアイである。 

 

「ふん。どうせ犯罪者と連んでいるような連中だ。人数が増えたところで……」

 

 ガガーランによって頭を押さえつけられながら、まだ何か言っているようだ。これから行われるデモンストレーション。果たして無事に終わることができるかどうか。

 

(特に蒼の薔薇が危ないかもしれませんね……。ま、どうでもいいですね)

 

 温厚なヘロヘロにしては冷たい対応のようだが、今のヘロヘロは形態変化しているだけの異形種であり、人間としての感覚が薄まっているのだ。そのことが、この対応を後押ししていた。普段であればヘロヘロは、自分で気がついたかもしれない。だが、この時はモモンガのことを悪く言われたことで頭にきていたため、蒼の薔薇に対する配慮等を重視できなかったのである。

 

「それじゃあ皆さん、一度一階へ……いや、もういいか、面倒くさい……。モモンさん」

 

 ヘロヘロは、モモンガをアインズではなく、モモンと呼んだ。今のヘロヘロは冒険者ヘイグであり、モモンガはチームメンバーとして呼んだのだから、ここはモモンと呼ぶべきだろう。

 

「すみませんが、廊下で<転移門(ゲート)>を開いて貰えますか? とっとと移動しちゃいましょう」

 

 やはりモモンガを馬鹿にされた苛立ちが残っているようだ。ヘロヘロの声はモモンガが一瞬固まる程度には冷気を含んでいた。

 




 ヘロヘロさん、静かに激おこ中。
 異形種化しているので、種族的に親近感のない人間には厳しいのだ。
 と言うか建御雷さんも弐式さんも、助けてくれそうにないし。
 どうなる、蒼の薔薇!

 せめてナザリック側が全員人化していれば……。
 あ、建御雷さんは人化中だから助けてくれるかも……。
 でも死なない程度のペナルティーだと、助け船は出してくれないかも。
 いや、マジでどうしましょうかね……。

 年内は、あと何回更新できるかな~……。

<誤字報告>
佐藤東沙さん

毎度ありがとうございます

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