オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第53話

「<魔法三重化(トリプレットマジック)>、<火球(ファイヤーボール)!>」

 

 人化したモモンガ……冒険者モモンとしての彼が魔法を発動させると、三つの火球が同時に射出された。魔法三重化(トリプレットマジック)は、文字どおり魔法を三重がけして発動させる効果を持つため、このような運用が可能となっている。

 

 ズドグァアアアアン!

 

 放たれた三つの火球は、モモンガが指定した目標付近で炸裂し、盛大に火炎を撒き散らした。付近には多数のゾンビやスケルトンが居たが、その多くが焼き尽くされている。

 

「うむ。墓石には被害がないな。上出来だ……」

 

 モモンガは満足げに頷いた。墓石に被害はない……そう、ここはエ・ランテル外周部の墓地。城壁内西側地区の共同墓地だ。そしてモモンガは現在、アルベド……冒険者ブリジットと共に、アンデッドの掃討中である。

 ちなみに時刻としては昼過ぎだ。

 たまたま、その時間帯にアンデッドが湧いたのかと言うと、そうではなく、早朝に湧き出したのが徐々に増えて、巡回の衛兵に発見されたのである。

 そういう筋書きなのだが、原因はモモンガにあった。

 少し前に配下としたカジット・デイル・バダンテールが、死の螺旋の儀式を途中放棄していたことに目を付け、第七位階魔法<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>を使用してアンデッドを湧き出させたのだ。

 その目的は、冒険者として名声を手っ取り早く稼ぐため。

 

(彷徨いてる墓地由来のアンデッドも、ちゃんと始末するし。召喚したアンデッド共には、外壁や門に群がるだけで居住区には入らないよう指示済みだ)

 

 誰にも迷惑はかけていないし、この機会に元から居るアンデッドも掃討すれば……万事めでたしである。

 

(多少、苦しいかな? マッチポンプには違いないわけだしな)

 

 だが、必要なことなのだ。

 名声を得ると言うことは、モモンガ達のことが噂として広まることにつながる。冒険者としての登録名は、モモン、ニシキ(弐式炎雷)ヘイグ(ヘロヘロ)と、ギルメンとしての名前から多少遠ざかっていた。しかし、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルメンならば、この名を聞いて気にはなるだろう。ひょっとしたら、探しに来てくれるかもしれない。そういう期待を込めてのマッチポンプだった。

 

「はぁっ!」

 

 背後ではブリジット(アルベド)がバスタードソードを振り回し、ゾンビを薙ぎ倒している。このアンデッド退治は以前から予定していたもので、アルベドは大いに楽しみにしていた。それがついに実行となったので、この張り切り様だ。

 

「ぬふふふ! モモン……ガ様との共同作業よぉ! うりゃああぁぁ……。……とう!」

 

 ハイテンションが過ぎたせいか、精神の停滞化が発生したらしい。それでもヘルムの下部から見える口はニヤついているので、かなり喜んでいるのは一目瞭然だ。

 

(共同作業って……結婚式のケーキカットじゃないんだから……)

 

 苦笑しつつ<火球(ファイヤーボール)>を連射するが、同時に別の意味でもモモンガは苦笑している。現実(リアル)での自分は、女性と交際したことはなかった。が、もしも結婚することがあったとして、式場でケーキカットなどできただろうか。

 

(難しかっただろうな……)

 

 食に拘る性分ではなかったから普段の食生活はヒドいものだった。とは言え、ある程度の貯蓄はあったから無理をすれば、少し大きめのケーキは用意できたかも知れないが……。

 

(それをするぐらいなら式場を豪華な感じに……いや、そもそも式場の費用を削って生活費の足しに……。いや、ユグドラシルの課金アイテムを……。……ふう……)

 

 精神の安定化が発生したわけではない。あまりにせこい自分の考えに、呆れて溜息が出たのだ。こんなことでは現実(リアル)に居続けたとしても、結婚どころか恋人すらできなかっただろう。

 

「今は、アルベドとルプスレギナが居るからいいんだけどな……。あと、ナザリック外にエンリとニニャ?」

 

 ボソッと呟きつつ、今度は<雷撃(ライトニング)>を三連発で撃ち出した。通常の第三位階の使い手なら、数体を貫通する程度だろう。だが、モモンガが発動させた場合は飛躍的に威力が上昇するのだ。

 

「バフ盛りしてるし、一〇〇レベルだし……。ゾンビやスケルトンぐらいなら物の数ではないな~。はっはっはっ!」

 

 鼻歌交じりでアンデッドを掃討していく。低レベル冒険者の目から見れば無尽蔵なMP。詠唱高速化により連射される魔法。外壁上からは衛兵らの喝采がやまず、離れた場所で戦う冒険者らは、口をあんぐりと開け……そのせいで動きが止まってアンデッドに襲われかけ、慌てて反撃したりしている。ちなみに、この時の墓地には漆黒の剣の面々も居た。彼らに関してはモモンガの強さを知っているため、他の冒険者らのように隙を見せたりはしていない。

 

「……モモンさん、相変わらず凄まじいな。さっきから何発、火球(ファイヤーボール)をブッ放してんだよ?」

 

 ルクルットが、ペテルの背後に回ろうとしたゾンビの頭部を射貫きながら言う。陣形中央のニニャを守るダインも、メイスでスケルトンの頭部を砕きながら頷いた。

 

「十発目から先は数えていないのである。モモンさんは上機嫌で笑ってるので、まだまだ余裕そうなのである」

 

ブリジット(アルベド)さん、でしたっけ? 彼女も凄いですよ。迷惑なことに防具装着のままで埋葬した死体が動いてますけど、問題なく真っ二つにしてますし……」

 

 同じ戦士職ゆえに他の者よりアルベドの凄さがわかるのだろう。ペテルは、アンデッド・ウルフを切り払いながら顔を引きつらせている。

 

「お喋りしてると危ないですよ! <魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 パーティーの中央に陣取るニニャが、魔法の矢を撃ち出した。これがアルベドの背後に迫ろうとしていたゾンビの頭部に見事命中、一撃で倒している。アルベドはと言うと、後方にステップし、そのゾンビを斬り払おうとしたのだが、ニニャによって倒されてしまった形だ。目標を失い、一瞬の間ができたところで、アルベドはニニャを振り向き……露出している口元をほころばせている。

 

「うっ……」

 

 アルベドはヘルムを装着しているので、その瞳は見えない。が、口元……唇の変化を見たニニャは頬を赤く染めた。

 

「ニニャ、どうかしたのであるか?」 

 

 見える位置でモモン達が暴れているせいか、近場のアンデッド密度が低くなっている。一息ついたダインが二、三歩後退してきて、背中越しでニニャに声をかけたが……我に返ったニニャはビクリと肩を揺らした。

 

「な、何でもない……よ? 他のチームに目立った怪我人はないし、このまま撃退できそうだね!」

 

 ダインの注意を他チームに向ける。一応、嘘は言っていない。ダインは一瞬首を傾げるも、言われたとおりに周囲に視線を巡らせた。離れた場所でエ・ランテルのミスリル級チームが戦っており、見事な連携でアンデッドを押し返している。

 

「うむ。あれは、クラルグラ……であるかな? 油断は禁物であるが……むっ! ……ペテルの援護に行ってくるのである!」

 

 三体のアンデッドを同時に相手取っているペテルを不利と見たのか、ダインが会話を中断して駆け出した。その背を見送ったニニャは、新たに<魔法の矢(マジックアロー)>を唱えつつ、離れた場所で戦うアルベドを見る。

 

ブリジット(アルベド)さん、ずるいなぁ。口元だけで凄く綺麗なんだもの。モモンさんが、ますます遠くなっちゃうよ~)

 

 今回のアンデッド大量発生事件が起こる少し前、ニニャは、アルベドのヘルム下の素顔をあらためて見せて貰っていた。冒険者ギルドでのことだったが、あまりの美貌に立ちくらみを起こしかけたものだ。

 ちなみに、ルクルットがアルベドに声がけし、涼やかな笑みと共に『お断り』されている。

 

(モモンさんとブリジット(アルベド)さん……お似合いだな~……)

 

 このままでは、お似合いの二人を遠目に応援するだけで終わってしまいそうだ。しかし、告白して振られていない以上、自分にも望みはある。あるはずだ。

 

「フッ……」

 

 ニニャは笑みを浮かべてみた。先のアルベドほどではないが、今の『笑み』は、中々にイケていると自分で思う。

 

「さあ! 恋する乙女はアタックあるのみ! どんどんいきますよ~っ! <魔法の矢(マジックアロー)>!」

 

 一方、順調にアンデッドを倒していたモモンガは、あるものを目撃して動きを止めていた。その視線の先に居るのは、巨大な竜型スケルトン。

 

「おおっと! これはこれは、魔法絶対耐性……ぷっ……の、スケリトル・ドラゴンじゃないか……」

 

 転移後世界におけるスケリトル・ドラゴンは、人骨が寄り集まってできた竜型のアンデッドで、魔法攻撃が一切通用しないモンスターとして有名だ。ただし、実際は第六位階魔法までを無効化できるのであって、第七位階魔法から上の魔法は無効化できない。ここにモモンガが失笑した理由がある。

 

(第六位階までの無効化ぐらいで『絶対魔法耐性』だもんな~……。ユグドラシルでプレイヤーが吹聴してたら、絶対に掲示板でネタにされるし……)

 

 一〇〇レベルプレイヤーから見た時のスケリトル・ドラゴンの実態と、転移後世界での持ち上げられ方。これは二つ合わせて、結構なお笑いネタなのだ。しかし、ここで重要なことは、このスケリトル・ドラゴンをモモンガが倒せるかどうかである。

 結論を言うなら『可能だが今は無理』だ。

 死の支配者(オーバーロード)状態であれば、超位魔法までが使用可能だし、その状態で悟の仮面を使用しても第七位階まで使用できる。ところが、人化した今の状態であれば第六位階までが上限なのだ。

 

(む~ん。ギャラリーが居るから、人化したままでイベントを乗り切りたいんだよな~……。てゆうか俺、一応は第三位階までの使い手ってことになってるし) 

 

 この方針を通す場合、モモンガにはスケリトル・ドラゴンを倒すことができない。しかし、この場にはスケリトル・ドラゴンを打倒できる手立てがあった。

 

ブリジット(アルベド)!」

 

「はぁ~い! お呼びかしら? モモン?」

 

 風のようにアルベドが駆けつけて来る。そつなく冒険者仲間としての口調を使いこなしているのは、さすがと言って良いだろう。

 モモンガは、スケリトル・ドラゴンと、それを遠巻きに見てオロオロしている冒険者らを見ながら……スケリトル・ドラゴンを指差した。

 

「すまんが、あのスケリトル・ドラゴンを始末してくれ。何でも、魔法に対する絶対耐性を持っているそうなのでな」

 

「魔法に対する絶対耐性? ……ああ……」

 

 聞き終えて不思議そうにしていたアルベドだが、すぐ口元に苦笑を浮かべる。

 

「転……ゴホン……現地の魔法のレベルだと、そう思うのも仕方ないのでしょうけどねぇ」

 

「今の俺は『世間体』があるので対処できん。そこで、ブリジット(アルベド)だ」

 

 魔法が駄目なら物理で倒せば良い。

 その理屈は正しいが、一つ問題があった。スケリトル・ドラゴンは、スケルトンが有する特性をほぼ兼ね備えている。つまり、刺突耐性や斬撃耐性があるのだ。

 

「ん~……バスタードソードじゃ、ちょっと面倒かしら」

 

 アルベドに聞いてみたところ、彼女のアイテムボックスにはメイス等の殴打武器が収納されている。これは、モモンガも同様だ。だが、それを今ここで取り出すと、大いに目立つこととなる。

 

「俺の杖を貸そうか? ……いや、周り中に冒険者が居るじゃないか。ふむ……」

 

 モモンガのアイデアは、その辺に居る冒険者からメイスやモーニングスターなどを借りることだ。アルベドはバルディッシュ(斧頭の長柄武器)を得意とし、長剣類もかなり使える。殴打武器はどうかと言うと……。

 

「そこはタブ……お父様から、与えられた技能をやりくりすれば大丈夫よ。じゃあ、行ってくるわね!」

 

 ヒラヒラと手を振りつつ、アルベドは駆けて行く。

 その背を見送るモモンガは、アルベドの左右からゾンビが追従しようとしていたので<魔法の矢(マジックアロー)>により射倒した。

 そして周辺にアンデッドが居なくなったので、下顎に手をやって呟く。

 

「今の会話は良かった……。これだなぁ……これが冒険だ」

 

 この世界にナザリック地下大墳墓と共に手にし、至高の御方だとNPC達から崇められる。それで良い気分になることもあるが、自分には過ぎた崇拝だと思うし、それを重荷に感じることもあった。もしもモモンガだけで転移して来たとしたら、早々に嫌気がさし、外部活動をメインにしていたことだろう。

 

(そう都合良く逃げられるとは思えないけどな~。絶対に僕達がついて来るし! 連れて行く相手によっちゃあ、外でも気が休まらないだろうし!)

 

 何となくナーベラルの顔が思い浮かぶが、弐式に対して失礼なので、軽く頭を振る。

 

(思えば……ヘロヘロさん達が居てくれて本当に良かった)

 

 そして、ログアウトする必要が無い現状、かつて味わったギルド衰退の末路を回避しようと、一人決意を新たにするのだった。

 

「はあああああっ!」

 

「うん? おっ?」

 

 気がつくと、ダインからメイスを強奪……もとい、借り受けたアルベドが跳躍しており、スケリトル・ドラゴンの頭部を一撃で粉砕している。それを見た周囲の冒険者や外壁上の衛兵らから、「ブリジットさーん!」という野太い声があがった。

 

(随分と余裕だな。よく聞けば女性冒険者の声も混じってるし……)

 

 チーム漆黒の女冒険者、ブリジット(アルベド)は人間ではない。これはエ・ランテルでは有名な話だ。そのアルベドは冒険者活動中、口より上の部分を隠したヘルムを装着していることが多い。つまり、顔全体は見えていないのだ。この二つの要素があるにもかかわらず、彼女のファンは多かった。

 

(たまに顔見せしてるし、街中をブラついてる時はヘルムを取ったりするしな~)

 

 加えて不埒な行為を働く男には厳しいが、相手が礼儀正しい分には愛想良く振る舞っている。人気があって当然と言ったところだろうか。

 

「一方で、俺は人化すると平凡フェイスだからなぁ。言うなればブリジット(アルベド)の添え物か……むっ?」

 

 地面より僅かな揺れを感じ、モモンガは周囲を見回した。

 アルベドが居る付近で、新たなスケリトル・ドラゴンが二体出現している。しかし、この揺れは別だ。

 

集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)か……。あれは俺が召喚したのじゃなくて、墓地由来のアンデッドだな」

 

 全高四メートル以上、死体が集合して出来た巨人が門の付近で出現している。位置的にはモモンガの方が近く、アルベドは少し遠い。しかも、アルベドはスケリトル・ドラゴンだけでなく、集まってきたゾンビやスケルトンの相手をしているので、暫くは動けないだろう。

 

「となると、俺の出番だ!」

 

 杖を握りしめて身体ごと向き直ると、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)に、一人の戦士が斬りかかって行くのが見えた。が、振り回す腕の一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

 

「イグヴァルジがぁ!?」

 

「し、死んでる!?」

 

「死んでない! 白目剥いて気絶してるだけだ! 早く引きずっていけ!」

 

 中々に切羽詰まった声が聞こえてくるが、モモンガは「痛そうな飛び方したな~」と思うのみで、魔法の準備に入っていた。

 

「<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>の影響か? 強化されてるっぽいけど、図体デカいだけなんだから、あんなに慌てなくてもねえ……。<魔法三重化(トリプレットマジック)>! <雷撃(ライトニング)>!」

 

 魔法の三重化により、一度の詠唱で三発分の<雷撃(ライトニング)>が発現する。モモンガは射線を少しずつずらしながら、三発同時に射出した。

 一方、エ・ランテルで三チーム居るだけのミスリル級冒険者チームの一つ、クラルグラ。たった今、リーダーのイグヴァルジがのされたのだが、残るメンバーで集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)を抑えるのは難しい。それ単体ならまだしも、周囲にはゾンビ等が居るのだ。現状、じわじわと押し込まれており、他のミスリル級チームを呼ぶにも、遠くに居るので駆けつけるまでに時間がかかる。まさに危機的状況であった。

 

「だああ! 他のみんなで時間を稼いでくれ!」 

 

 チームの一人が叫んだ。だらしなく舌を放り出しているイグヴァルジを、背中側から両脇に腕を入れて引きずっている。近くにミスリル級冒険者は居ないが、銀級の冒険者チームが二チームほど居るので救援を求めたのだ。しかし、それら他のチームも集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)と共に出現したアンデッドに手こずっている。呼ばれて駆けつけるというわけにはいかないようだ。そして、その間にも集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)はクラルグラに迫ってくる。横方向に避けて背後の外壁をさらすか、あくまで踏みとどまって最後まで戦うか。判断を下すべきリーダーは、今なお失神中。

 

「ああ、くそっ……」

 

 そんな言葉が漏れ出た……そのとき。

 

 ジャッ……バシィィィィン!

 

 閃光が走り、引っ叩かれたような音が場に居た者達の鼓膜を振るわせた。

 見えたのは、三条の青い稲妻。それらは集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の頭部、胸部、腹部を同時に貫通していた。

 

『オオオォン……』

 

 くぐもったような呻き声と共に、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)が崩れ落ちていく。

 

「は? え?」

 

 イグヴァルジを抱え、尻餅をついた男が見たもの。

 それは崩壊した集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)の後方で、左手の杖を地面に立て、右手の人差し指を向けている……魔法詠唱者(マジックキャスター)モモンの姿だった。

 

 ウォオオオオオオオオッ!

 

 外壁上の衛兵、そして墓地の冒険者らが大歓声を挙げる。それらの声は先のブリジット(アルベド)への声援を遙かに凌駕し、墓地を揺るがしていた。叫んでいるのはイグヴァルジを抱きかかえた男も同じだ。

 

「お、おお!?」

 

 首を回して後背の外壁上を見上げ、歓声をあげる衛兵を目撃。次いで周囲の冒険者らが、剣や槍を振り上げて叫んでいるのも視認する。最後に、離れた位置で居るモモンに視線を戻した時……彼は、イグヴァルジを抱えたままで叫んでいた。

 

「うお、うおぉおおおおおお!!」

 

「んが? むにゅ……なに? どうかした?」

 

 耳元で叫ばれたイグヴァルジが目を覚ましたが、エ・ランテルを守る者達にとっては些細なことだ。そして、この大騒ぎの間、外壁に押し寄せようとしていたアンデッド集団の残りは潮が引くように墓地の奥へと戻って行く。実は、墓地由来のアンデッドは既に駆逐されており、残っていたのはモモンガによる第七位階魔法<不死の軍勢(アンデス・アーミー)>の召喚アンデッドのみなのだ。従って、墓地奥へ撤退したのはモモンガの指示であり、後ほどナザリック地下大墳墓へ回収される予定である。

 

(今の集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)は、墓地由来アンデッドの最後の一体だったか? しかし、みんなお祭り騒ぎだな)

 

 モモンガとしては雑魚モンスターを倒したに過ぎないため、衛兵や冒険者らの興奮に理解が及ばない。しかし、そんなモモンガに駆け寄る者が居た。

 

「モモーーーーン!」

 

 冒険者チーム漆黒、モモンガ班におけるモモンガ以外で唯一の班員、アルベドだ。借りていたメイスを腰のベルトにかけ、楯とヘルムを放り投げた彼女は、黒く長い髪を振り乱しながらモモンガに飛びつく。

 

「やったわね! モモン!」

 

 喜色満面だ。モモンガとしては首に抱きつかれてドギマギしているのだが、ここで童貞坊やのように慌てては情けないものがある。なので咳払いをすると、アルベドに囁きかけた。

 

(「少しばかり、スキンシップが過ぎるのではないか?」)

 

(「チームメイトとして、恋人として、自然に振る舞ったつもりなのですが……。駄目でしたか?」) 

 

 僅かながら本来のアルベドとして答えられ、モモンガは黙り込む。

 駄目ではないのだ。むしろ嬉しい。今のアルベドは『勝手に設定を弄った他人のNPC』ではなく、『作成者公認の交際相手』なのだから。

 

「いや、その……駄目ではなくて……。むしろ嬉しいが……」

 

 照れにより赤く染まった顔で、視線は斜め上……つまり、目を逸らしつつモモンガが言ったところ、アルベドが「ホントですか!?」と顔を跳ね上げた。

 

「わた、(わたくし)、こんな幸せで……ふう……凄く幸せよ? モモン……」

 

 感極まっていたアルベドが突然、素に戻るや、妖艶な笑みを浮かべて囁きかけてくる。それがあまりに劇的な変化だったので、モモンガは生唾を飲み下した。

 

「て、停滞化が起こる前と後で、破壊力が変わらないとか……。ともかく、離れるのだ。皆の目があるだろう?」

 

 モモンガの一言うとおり、今では周囲を冒険者達に囲まれ、外壁上には衛兵が居る。そんな中で、二人は熱々の抱擁を交わしているのだ。

 

(違う! これは、アルベドが一方的に首にしがみついてるのであって……)

 

 そうは思うものの、冒険者達からは「お熱いねぇ!」などと囃され、口笛まで吹かれている始末。このままでは良い見世物である。

 

ブリジット(アルベド)……」

 

「んもう、見せつけてあげれば良いのにぃ。でも、そうね……。モモン、ここは勝利宣言が必要だわ」

 

 残念そうに離れたアルベドが人差し指を立てて言うので、モモンガは先程までとは違った意味で目を剥いた。

 

「勝利宣言って、勝ち鬨とかをあげろって? 俺が!? 柄じゃないんだが……」

 

「駄目ですぅ……じゃなくて、駄目よぉ。今一番の支持を受けてるのはモモンなんだから、モモンがビシッと決めないと~」

 

 ブリジットとして話すアルベドが追い込んでくる。周囲からも「そうだそうだ! 男を見せなくちゃ!」との声があがった。人の気も知らないで……とモモンガは思うが、ここは一声発しないことには場が収まらないだろう。

 覚悟を決め、咳払いをしてから深呼吸をすると……モモンガは右手に持った杖を高く掲げ挙げた。

 

「アンデッド共を! 俺達で蹴散らしてやったぞーーーっ!」

 

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 墓地で外壁上で、そして都市の内部から、爆発するような歓声が聞こえる。「ああ、言っちゃった」と肩を落としながらアルベドに目を向けると、嬉しそうに拍手している姿が見えた。

 

「なんだかなぁ……。嬉しいんだけどさ……」

 

 先にアルベドに抱きつかれた時に言ったのと同じことを言う。

 だが、こんな風に喝采を浴びるのも悪くはないな……とモモンガは思うのだった。

 こうして、エ・ランテルを揺るがした、墓地におけるアンデッド大量発生事件は幕を下ろす。アンデッド発生規模の大きさと、撃退側で死者が出なかったことで有名な事件となり、主戦力として暴れ回った冒険者チーム漆黒……モモンとブリジットの名は近隣都市に……そして遠く、バハルス帝国や聖王国にまで轟くこととなる。

 後日、モモンとブリジットは一気にオリハルコン級へと昇格するが、それにはエ・ランテルのミスリル級冒険者チームの各リーダーの推薦があった。中でも最後の最後でモモンガによって命を救われたクラルグラのリーダー……イグヴァルジは、ひときわ熱心に推薦していたという。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンガ達が墓地で戦っていた、少し前……午前中。

 

「ふんふん。イイ感じですねぇ~」

 

 後ろ髪を紐で縛った武道家風の男……ヘイグ(ヘロヘロ)は、満足げに呟いていた。

 今日は、リ・エスティーゼ王国王都におけるヘイグ武器防具店の開店日、その前日にあたる。

 彼が立っているのは、まさにその店内で、周囲には陳列台が並び武器防具が並べられていた。もっとも、それらの品はユグドラシル時代のドロップ品であり、中でもゴミアイテムばかりであるため、ヘロヘロから見ると貧相極まりない。

 

(でも、転移後の世界では一級品の扱いらしいですし。こうして店っぽい雰囲気が出来上がると、なんかこう……お店を構えたんだな~って気になりますね)

 

 そんなことを考えつつ、少し出た腹を道着上からポンポン叩いていると、店奥に通じる扉が開いた。執事服のセバス・チャンと、冒険者としてのソリュシャン・イプシロン。そして、メイド服着用の女性……新たに店員となったツアレニーニャ・ベイロン。通称、ツアレが入ってくる。

 

「セバス。品揃えや釣銭等、店を回していく諸々について準備は整っていますか?」

 

 そう言って肩越しに振り返るヘロヘロの姿は、服装を変えればコンビニ店の店長のように見えた。自分でも威厳が足りないと思うヘロヘロだが、セバス達にとっては違うようで、セバスはビシッと整った一礼を返してくる。

 

「はっ! 現状、抜かりはないように思います」

 

「それは結構。当面は、セバスとツアレで店番をして貰いますが、客入り等、状況によってはナザリックから私が作成したメイドを呼ぶことも考えています。そのように心得ておいてください」

 

「承知しました! ヘロヘロ様!」

 

 再度一礼するセバスを見て頷いたヘロヘロは、次にソリュシャンを見た。ソリュシャンはメイド服姿のツアレと違って、黒基調の冒険者装束である。盗賊業として冒険者ギルドに登録しており、黒塗りの革鎧等を身につけているが総じて軽装だ。

 

「ソリュシャンは、私に同行して貰います。ま、冒険者ギルドで、簡単な依頼からこなしていきましょう。ゆくゆくは、モンスターの素材なども販売したいものです」

 

「はい、ヘロヘロ様。ソリュシャンは、お側を離れません」

 

 そう言ってニッコリ微笑むソリュシャンは、とてもカルマが悪全振りとは思えない。

 

(良いものですねぇ。俺的には、濁った目で蔑むように見られるのも良いんですけど……)

 

 声に出したとしたらセバスやツアレが引くようなことを考え、ヘロヘロはウンウンと頷いた。

 一通りの確認をしたヘロヘロは、最後にツアレを見る。

 ツアレは平凡な顔立ちだが、愛嬌ある可愛い系とも言え、胸がそこそこ大きいこともあってメイド服がよく似合う。髪は妹のニニャとは違って金髪であり、そのこともヘロヘロにとっては萌えポイントだった。

 

(セバスと良い仲っぽいのが残念ですけど。従業員として確保できただけで十分ですかね)

 

 いつしかジイッと見入っていたようで、ツアレが怯えたような素振りを見せたが、すぐにセバスが「申し訳ありません。病み上がりなもので……」とフォローを入れる。

 

(元からナザリックに居るメイド達相手なら、叱責してたんじゃないですかね? 本当に仲が良いですね~……)

 

 そう思ったが、やはり口に出して言うわけにもいかず、ヘロヘロは咳払いをするに留め、ツアレに話しかけた。

 

「ん、おほん。気にしなくていいですよ、事情は知っていますので。……ツアレさん?」

 

「ひゃ、はい!」

 

 話しかけられたことで驚いたのか、あるいは怖がったのか、ツアレは返事の声を裏返らせてしまう。これによりセバスが心配するような表情となり、ソリュシャンのツアレを見る目が厳しくなった。

 

「ああ、もう! とにかくツアレさんは、無理しない範囲で頑張ってください。勤務態度……いや働きぶりですか。それによっては褒美などを考えてますので」

 

「しょ、承知いたしました! ヘロヘロ様!」

 

 ギルメン……至高の御方による褒美となると、ナザリックの僕達は恐れ入って遠慮する。しかし、人間であるツアレに、そのような素振りは見られない。またもソリュシャンの視線が厳しくなり、ヘロヘロは溜息をついた。

 

「ソリュシャン。もう出発しますよ。エ・ランテルでは、モモンガさんとアルベドが頑張ってるようですから、こっちも張り切らないと」

 

「はい! ヘロヘロ様!」

 

 ソリュシャンが声を弾ませてついて来る。ツアレと僕達のギクシャク感は、端で見ていて精神的にくるものがあるが、それもツアレが仕事を地道にこなしていけば解決するとヘロヘロは思っていた。何のかんのと言って、ナザリックの僕達は身内意識が強い。身内だからと言って甘い対応はしないだけなのだ。

 

「うん?」

 

 店舗の正面出入り口の取っ手に手をかけようとしたところで、ヘロヘロは人の気配を感じている。表通りに人の気配は多いが、今感じたのは……口論の気配だ。  

 

(気配、気配ね~……。マンガやアニメですかね。モンクの特殊技能(スキル)って、凄いんですねぇ……)

 

 他人事のように感心しながら耳を澄ますと、次のような会話が聞こえ、そして店に近づいてくる。

 

「アダマンタイト級冒険者が、チーム揃って何してるんだか。冒険者ギルドなら向こうだぞ? ほら、行った行った」

 

「五月蠅い、キザチャラ男。私の許容範囲を上に越してるオッサンこそ、この場から消えるべき」

 

「お、オッサン!? 俺は、まだ三〇代だぞ!?」

 

「十二才より上は、すべてオッサン。加齢臭がキツい」

 

「ぐっ、このぉお……」

 

「いい加減にしろ! 女子供相手でムキになるな!」

 

「でもよぉ、ボスぅ~……」

 

「女子供とは聞き捨てならんな。小僧、口の利き方には気をつけた方がいい」

 

「ほぉう、赤いフードに白仮面。お前が噂に聞いた老幼女か……」

 

「なっ!? 老幼女とは、どういう意味だ!!」

 

「つまり、ロリ(ばばあ)。でも卑下することはない。永遠の少女は至高だから」

 

変 態(同性愛者)は黙っていろ! そんなことより……」

 

「え? あっちの忍者の子、そういう趣味なの!? 噂は本当だったんだ……」

 

「おうよ、踊り子のアンタは気をつけた方がいいぜ? それにしても、童貞は居なさそうだな。つまんね~の」

 

「あなた達、いい加減にしなさい。それにしても……白昼堂々、表通りを歩いているとはね。それも六人全員で……」

 

「そこの店に用があるんでな。俺は店長と知り合いなんだ」

 

 ドアの取っ手に手を掛けたままのヘロヘロは、半開きの口をへの字状にした。

 

(ゼロの声と聞き覚えある女の人の声。それに随分と大人数のような……。開店日は明日なのに、何の用なんですかねぇ……)

 

 ともあれ店前で騒がれては迷惑である。今日は営業しないので支障ないが、それでも変な噂が立っては困るのだ。ヘロヘロはソリュシャンに目配せすると、彼女が頷くのを確認してから外に出た。

 

「あの~……店前で騒がれると困るんですけど~」

 




モモンガさんメインの回になると力が入るので、かなり行数を食いました。
ギルメン多数モノを書く上で注意しているのは、モモンガさんの影が薄くならないようにすること。
彼を中心かつ主軸で書き進めてると、他ギルメンの活躍シーンとか書きやすいんです。

アルベドが抱きつくシーンは、その昔、劇場版うる星やつら4でのラストシーンをイメージしました。あそこまで跳ねてませんが……。
あるいは「しのぶさん、好きだぁあああ!」(by仏滅高校の総番)のノリでもいいかも。

ヘイグ武器防具店が、ようやく始動。
とはいえ開店日前日に、客があったようです。
サキュロントとペシュリアンは台詞なし……。

<誤字報告>

nicom@n@さん、佐藤東沙さん、mobimobiさん

毎度ありがとうございます


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