オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第45話

 さて、話はツアレのことに戻る。

 モモンガはツアレに対し、妹が冒険者として活動していること。その主な目的は、姉を探すことにあると伝えた。ツアレは大いに驚いていたが、妹が元気だと知れたのが嬉しかったらしい。セバスによって支えられながらではあるが、俯き涙している。

 中々に良い展開だ。ツアレがセバスに懐いてるような気もするが、それを気のせいだとして、モモンガは次の思考に移った。

 次なる行動は……ニニャに連絡を取るべきだろう。

 ツアレを発見したのは、ヘロヘロ班のセバスだが、ツアレの妹と思われるニニャと面識があるのは、モモンガと弐式炎雷、それにルプスレギナである。ニニャへの連絡は、班長のモモンガが行うのが筋だ。

 

「じゃあ、俺が<伝言(メッセージ)>で連絡を取りますね。今は午前中だし、もう起きてると思うんだけど……」

 

 言いつつ<伝言(メッセージ)>を発動すると、すぐにニニャとつながった。

 

『え? モモンさん、ですか? これ、<伝言(メッセージ)>ですよね?』

 

 聞こえる声は警戒の色を帯びている。転移後世界では過去の事例から<伝言(メッセージ)>は信用されないのだが、ニニャも例外ではないらしい。

 

「ああ、すまないね。知らせておくべきと言うか、相談しておくべきことがあったもので……。少しの間、構わないかな?」 

 

『え? ええ、構いませんが……』

 

 聞けば今のニニャは、依頼を受けてエ・ランテル冒険者組合を出ようとしたところだったらしい。モモンガからの<伝言(メッセージ)>受信を受けたことで、組合を出てすぐ……入口の脇に立ち止まっているとのことだ。

 

「では、手短に話した方がいいな。以前、カルネ村から一緒に戻る途中、君から聞かされたことで……」

 

『ぶはっ!?』

 

 ニニャが吹き出すのが盛大に聞こえ、モモンガはビクリと身を揺らす。

 

「ど、どうした!?」

 

『いえ、その……僕が、モモンさんのことを好きだ……って言った、あの話でしょうか?』

 

 他のメンバーに気を遣っているのだろうか、ニニャの声が小さくなった。だが、<伝言(メッセージ)>相手のモモンガにはハッキリと聞こえている。

 

 ぶほっ!

 

 先程のニニャと同様、モモンガも吹き出した。モモンガには、ニニャが吹き出した際の漆黒の剣メンバーの様子はわからなかったが、自分が吹き出す分には周囲のギルメンの様子が見て取れる。各々、席に座ったままでモモンガの様子を伺っているようだ。

 

(ニニャの声が俺にしか聞こえなくて良かった。本当に良かった……)

 

 つい先日までなら弐式とヘロヘロが騒いだろうが、今はエロゲーマスター(ペロロンチーノ)が合流している。一人増えただけなのに、十割増しのお祭り騒ぎになるのは確定だ。

 

(ふう……)

 

 モモンガは気を取り直すと、ニニャの告白関連の話題には極力触れないようにしつつ<伝言(メッセージ)>を続けた。

 

「いや、その話ではなくてな。君のお姉さんの話だ」

 

『ね、姉さんの!? ど、どういうことですか!?』

 

 ニニャの声が裏返っている。

 無理もない。カルネ村からの帰り、彼……彼女から昔、貴族によって連れて行かれた姉のことをモモンガは聞かされていた。ニニャ自身、魔法習得に要する経験が通常の半分で済むというタレント(生まれ持った特殊能力)を活用し、魔法詠唱者(マジックキャスター)となって……冒険者業の傍ら、姉を探していたそうなのだが……。

 その姉に関しての情報だ。ニニャが食いつかないはずがない。

 

「結論から言うと、君のお姉さんらしき女性を保護した。経緯を話して良いかな?」

 

『お、お願いします!』

 

 鼻息の荒いニニャの声に頷きながら、モモンガは説明を開始した。

 

「まず、私の冒険者チーム『漆黒』は、多人数の変動編制だ。私はエ・ランテルを拠点にしているが、王国王都にも別で一チーム居てね。そこの班員らが、偶然に保護した女性が居て、顔立ちが君に良く似ているんだよ。名前はツアレ……と言うらしいが……」

 

『姉さんの名は、ツアレニーニャです!』

 

「むう!?」

 

 慌ててセバスに確認すると、彼に促されたツアレが「ほ、本名は……ツアレニーニャ・ベイロンで……す」と述べた。どうやらツアレは、偽名を名乗っていたらしい。そもそも、カルネ村の帰りでニニャから話を聞いたときは、姉の名について確認していなかった。日を改めて、相談に乗るつもりだったのが裏目に出たようだ。これは迂闊だったと、モモンガは反省する。

 

(そもそも人捜しの話なのに、名前を教えてくれなかったニニャが……。いや、冒険者チームは、他チームと協力することはあっても馴れ合いをすることはないと聞く。一度組んだだけの『漆黒』に、遠慮ないし警戒したのか……)

 

 なんにせよ、現にツアレ……ツアレニーニャは発見されているのだ。それで良しとしよう。そう考えたモモンガは、ニニャに向け今後の方針について相談した。

 

「君の姉さんは、ナザ……ごほん、カルネ村で預かっているが、どうするね? 引き取りに来られるかな?」

 

 本当はナザリック地下大墳墓の一室に居るのだが、あまり名前を出したくないので咄嗟に嘘をつく。

 

(後で、カルネ村の出張所にツアレを移動させておくか……。あのグリーンシークレットハウス、大活躍だな……)

 

 しかし、有用なアイテムを設置したままというのは良くない。あちこち出歩く身としては、是非とも持ち歩きたい逸品なのだ。

 

(今度、グリーンシークレットハウスを引き上げて、代わりに一軒家でも建てるか……)

 

 そんなことを考えるモモンガの耳に、チームメンバーと相談していたらしいニニャの声が聞こえてきた。

 

『今の依頼を片付けたら、すぐに向かいます! エ・ランテル近くでの野盗討伐なので、数日で終わると思います!』

 

 すぐに駆けつけるかと思いきや、今受けている仕事を完遂してからのことにするらしい。聞けば、ニニャは一人ででもカルネ村に向かおうとしたようなのだが、ペテル達が止めたとのこと。チームリーダーのペテルは、依頼をキャンセルしてチームでカルネ村に向かうことを提案するも、今度はニニャがペテルを止めた。

 

『僕一人の事情で、チームが受けた依頼をキャンセルするなんて……絶対に駄目ですから!』

 

 幸いにも、先にニニャが述べたとおり、数日内で完遂できそうな依頼だったため、依頼遂行を優先したとのことだ。

 

『姉さんは……無事なんですよね?』

 

「うむ。元気にしているぞ?」

 

 発見したときは無事どころではなく、死ぬ一歩手前だったのだが、それを今言ってニニャを心配させることはない。モモンガは「カルネ村近くの森に、私のチームの拠点がある。そこで預かっているから、慌てずに訪ねて来なさい」と伝えた。それで<伝言(メッセージ)>は終わったが、魔法効果が途切れる直前、ニニャが何度も礼を言っていたのがモモンガには印象的だった。

 

「漆黒の剣のニニャには、ツアレはカルネ村の出張所で預かっていると説明した。ツアレの健康状態にも寄るが……そこで立っているなら大丈夫だろう。その他、問題がなければ今日明日中で彼女を出張所へ移すように。出張所には、そこに居るユリ・アルファが配置中だが……。ヘロヘロさん。セバスを少し借りて良いですか?」

 

 最後に、ヘロヘロに向けて話を切り出すが、「ツアレさんの付き添いですよね? 構いませんよ~。終わったら王都のお店に戻してください」と察しの良いことで、モモンガは説明の手間が省けている。

 

「ありがとうございます。それでは……セバス!」

 

「はっ!」

 

 名を呼ばれたセバスが背筋を伸ばした。いや、元々伸びていたのだから、この場合は伸ばし直すだ。

 

「カルネ村出張所へ戻るユリと共に、ツアレを送るように。その後は、ヘロヘロさんの班に復帰だ。その間の<転移門(ゲート)>使用については……。こちらはシャルティアに頼んで構いませんか? ペロロンチーノさん?」

 

 途中でペロロンチーノに許可を求めるが、ペロロンチーノはニヤリと笑って親指を立てた。

 

「ありがとうございます。では、そういうことだ。セバス、カルネ村からヘロヘロ班復帰まではシャルティアに送って貰うように。シャルティアも頼んだぞ?」

 

「承知しましたでありんす」

 

 ペロロンチーノの後ろ、正確には少しズレた位置で立つシャルティアが一礼する。

 

「うむ。そこに居るツアレは、私達の外部での友人である、ニニャの姉らしい。確定ではないが、そのように心得よ。つまりは、大事な客人ということだ」

 

「承知しました。モモンガ様」

 

「心に刻みましたでありんすぇ」

 

 そう答えて一礼したセバス達と、それを見て慌てて頭を下げるツアレ。彼らを見て頷いたモモンガは、そこで他の議案ないし議題が出ないかを確認し、会議を締めくくることにする。

 モモンガや他のギルメン達は、ツアレが居る手前、人化したままで席を立とうとしたが……。

 

「……ふむ? 何か動きがありましたか?」

 

 デミウルゴスの呟きで皆の動きが止まった。

 モモンガやNPC達が振り返ると、ウルベルトの席付近で立つデミウルゴスが、何やらブツブツと話している。<伝言(メッセージ)>を受信したようなのだが、皆が注視している中、彼はすぐに会話を終えた。

 

「モモンガ様。バハルス帝国に送り込んだ影の悪魔(シャドウデーモン)から<伝言(メッセージ)>がありました。些事かと思われますが、お耳に入れてもよろしいでしょうか?」

 

 本当に些事なら、ここで俺を引き留めたりしないんだろうな。

 そんなことを考えながら、モモンガは呟く。

 

「バハルス帝国と言えば……現地班は弐式さんの班か。……弐式さんと、特に急ぎでない方は少しだけ残って貰えますか? デミウルゴスの報告を聞いてみましょう」

 

 結果、ギルメン全員が席に座り直すこととなった。この状況に到り、デミウルゴスの額左から頬、そして顎下にかけて一筋の汗が流れ落ちていく。が、一瞬強張った表情を立て直し、彼は報告を続けた。

 

「申し訳ございません……。急な報告でして……。では、申し上げます」

 

 始まったデミウルゴスの報告。その内容とは次のようなものだった。

 以前、バハルス帝国の皇帝に、ナザリック地下大墳墓の存在が知られたと報告されている。どうやら、ガゼフ・ストロノーフがカルネ村襲撃事件からの帰還後、事の顛末を報告し、その内容が王国貴族を経由してバハルス帝国へ流れたのだとか。

 

「あぁん?」

 

 今回の報告……に係る前段の説明を聞き、建御雷が首を傾げた。

 

「リ・エスティーゼ王国の戦士長が報告すると、それが何でバハルス帝国に伝わるんだ? 両方の国で戦争中って話だよな?」

 

「あ~、建やん……。ほら、王国の六大貴族ってのに、バハルス帝国へ情報を売ってる奴が居るって話で……」

 

 弐式が補足すると、建御雷は「ああ、そんな話も聞いたっけな……。その貴族、馬鹿じゃねーの?」と納得する。この会話に耳を傾けていたモモンガも「王国貴族って、マジでろくでもないな」と思うが、今はバハルス帝国の動きについて知るのが重要だ。デミウルゴスに対し、続きを話すよう促すことにする。

 

「では、続けます。ガゼフの王国に対する報告では、強力な忍者と魔法詠唱者(マジックキャスター)について触れられています。王国では忍者について注目されたようですが、魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しては……ほとんど、その、見向きもされなかったようでして……」

 

 この場合の忍者とは弐式炎雷のことであり、魔法詠唱者(マジックキャスター)とはモモンガのことだ。デミウルゴスの報告が後半部で歯切れ悪くなったのは、モモンガに配慮してのことらしい。もっとも、王国では魔法詠唱者(マジックキャスター)の地位が低いというのは以前から知っていたことであるから、モモンガは何ら気にしていなかったのだが……。

 

(ともかく、流れから察するに、バハルス帝国が何かしようって話か? まさか、そのバハルス帝国の使節とかが来たりはしないよな? レエブン侯とスレイン法国だけで、もうお腹一杯なんだよ~……)

 

 現実逃避したいと言うか、この帝国の件に関わりたくない。

 大いにウンザリしているモモンガであったが、ギルド長を任されている以上、目の前の課題から目を逸らすわけにはいかなかった。

 

「デミウルゴスよ。王国の、魔法詠唱者(マジックキャスター)に対しての認識は知っている。だから、そこは気にしなくて良い。で? バハルス帝国の皇帝はどうしようというのだ?」

 

「はい。帝国側では忍者は勿論のこと、魔法詠唱者(マジックキャスター)に関しても大いに興味を持っているそうです」

 

 世界的に有名な魔法詠唱者(マジックキャスター)、フールーダ・パラダインという老人が、ガゼフが出会った強力な魔法詠唱者(マジックキャスター)……モモンガに興味を持ったらしい。

 

「ナザリック地下大墳墓の所在地について大まかに伝わったところで、どうやらワーカーを数チーム送り込むことにしたのだとか。つまりは、現地調査ということです」

 

 それを聞いた途端、モモンガを始めとしたギルメンの間に剣呑な空気が漂い出す。

 

「ほほう。このナザリックに侵入すると? いやはや、久しぶりすぎて笑ってしまうな」

 

 クッハッハッハッと悪そうにモモンガが言うと、建御雷が「ブレインとかで、あのレベルだから期待持てねーけど。ワーカーってのはアレだろ? 冒険者のアウトローな感じのやつ。面白そうなのが居ると良いけどな」と発言する。その口調はモモンガと同じく楽しそうだ。視線を転じれば、タブラも気が乗っているようで……。

 

「侵入者撃退ギミックを、あれこれ試したいですね! 費用が発生するタイプは……必要な金貨は私が出しますから。で? 送り込まれるワーカーは、どんな人が揃っているのかな? そこまで解ってる?」

 

 ウキウキしながらデミウルゴスに聞いていたりする。ナザリック地下大墳墓内のギミックに関しては、タブラ発案の物が多く、その効果を自分の目で確かめたいのだろう。聞かれたデミウルゴスは、よどみなく答えだした。モモンガからすると、さっき<伝言(メッセージ)>で聞いただけなのに、よくメモも無しで話ができるな……と感心することしきりである。

 

「はい。数日前、帝国でも有名なワーカー数チームに対し、名指しの依頼が出されたとのことです。依頼内容は、ナザリック地下大墳墓の調査と、その報告。現地で入手した物品に関しては、各ワーカーチームの所有として構わない……と」

 

「誰の物かも知れない墓地に乗り込んで、埋葬品を見つけたら好きなように懐に入れて良い……ねぇ。ぶっ殺し確定?」

 

 普段と比べて口調に険のあるペロロンチーノが言うと、モモンガ達は頷いた。特に事情が無い限り、ナザリック地下大墳墓に土足で踏み込むような輩は、生きていない状態にしてお引き取り……いや、帰すわけにはいかないので、丁重に保管して実験材料にでもすべきだろう。

 

「それで? そのワーカーって言うのは、なんていうチームなの? 知り合いが居たら手心加えて……てゆうか、お礼も兼ねて歓迎したいしぃ~。いや、今の『歓迎』は反語的表現じゃなくてね? その都度、お礼は言ったんだけど、なんて言うか……ねえ?」

 

 茶釜も本来であれば、手ぐすね引いて待ち構える心境になっているはずだ。しかし、今回は相手がワーカーということで、気になっているらしい。そこはモモンガも納得がいく話なので、デミウルゴスの口から出るワーカーチームの名前に注意した。

 

「はっ! 判明した限りでは、『竜狩り』『ヘビーマッシャー』『フォーサイト』『天武』の四チームにございます」 

 

「ほとんど知り合いじゃん……」

 

 脱力した茶釜が円卓のギルメンを見回すと、皆が「あ~……」と苦笑を顔に浮かべている。今聞いたチーム名の大部分は、昨日、茶釜から世話になったと聞かされたものだ。これらに向かって「このナザリックに、喧嘩売りに来た奴が居る!」という対応はできないだろう。

 モモンガは茶釜からの困ったような視線を受け、微笑みながら頷いてみせた。

 

「え~……デミウルゴスから報告のあった、帝国皇帝の依頼を受けて……」

 

「あ、モモンガ様。申し訳ありません。どうやら間に貴族を一人かませて、皇帝の直接な依頼という体にはしないようです。実質は、皇帝による指図に他なりませんが……」

 

「うむ。今、デミウルゴスから補足説明が入ったとおり……多少小細工をしつつ、帝国皇帝がワーカーチームを送り込んできます。で、問題は四チームの三つまでが、茶釜さん達が世話になったチームだそうで。ここは一つ……接待対応で行きたいと思うのですが?」

 

 このモモンガの提案に、ギルメン達は皆が頷き、茶釜姉弟にいたってはホッと胸を撫で下ろしている。恩人に対して、残虐非道なことをしなくて済んだと思っているようだ。

 では、モモンガが言った接待対応とは何か。

 それは、かつてのユグドラシル時代、ギルメンの外部の知人友人が、噂に聞くナザリック地下大墳墓に挑戦したいと願い出た際、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が取っていた特別な対応である。

 基本的に、死ぬまでやるか撤退ありにするかは事前申告制で、第一から第三階層(場合によっては他の階層も含む)までを探索させ、アンデッドや各種トラップで対応。ダンジョンアタックを満喫して貰った後は、第六階層の円形闘技場でPVPだ。ナザリック側からの対戦者は、挑戦者側からの指名制となり、一番人気はモモンガ、続いてたっち・みーやウルベルトだった。もちろん、多人数チームでの団体戦を行ったこともある。

 

(で、最後は記念撮影で締める……と。『お客さん』から、ギルメンの外での話とか聞けることもあったし。楽しかったな~)

 

 ユグドラシルが活気に満ちていた頃のことを思い出すと、モモンガの胸は熱くなった。そして、今のナザリック地下大墳墓は、新天地にて再び活気を取り戻しつつあるのだ。そこへ来て茶釜姉弟の知人、しかも異世界転移後間もない頃の……彼女らの面倒を見てくれた人達が乗り込んでくる。なんと素晴らしい。

 

「でもさ。茶釜さんから聞いた中だと、天武ってチームの話はなかったよね?」

 

 弐式の指摘に皆が同意を示した。確かに、天武の名は初耳だ。モモンガは代表して茶釜に確認するが……茶釜から返ってきたのは、現実(リアル)でのオフ会でも見たことが無いほどの渋い顔だった。

 

「昨日の説明に名前が出なかったのは当然。なぜなら、直接に会ったことはないからよ」

 

 だが、噂なら聞いたことがある。

 チームリーダーのエルヤーという剣士は、気障で増上慢(ぞうじょうまん)。腕前はアダマンタイト級冒険者に迫るとか言われているが、実のところガゼフに迫る程度には強いらしい。

 

「増上慢って何でしたっけ?」

 

 不思議そうにしているヘロヘロが呟くと、すかさずタブラが解説を始めた。

 

「仏教で言う仏陀の境地……悟りですかね。そこまで達してないのに、到達したとか思い込んでる慢心のことですよ。と言うか、滅多に聞かない言葉なのに、良く知ってましたね。茶釜さん?」

 

 感心したタブラに対し、茶釜が「昔、ゲームでね、尼さんの吹き替えをやったことがあるのよ~」と答えている。その茶釜の隣では、ペロロンチーノが頭を抱えて呻いているのだが……やはり、エロゲーの吹き替え関連でトラブルがあったのだろうか。

 

(尼さんがヒロインだったら、茶釜さんが絡んでないと思ったんだろうな~。妙なところで引きの強いことで、ご愁傷様です)

 

 内心で合掌しつつ、モモンガが天武の情報に耳を傾けると、これがとんでもないチームだった。リーダーのエルヤーの性格が最悪な点について、先の話では説明し切れていなかったのである。

 

「何だかね~、エルフの女の子を何人も奴隷買いしてね~。夜とか、やりたい放題ヤッててね~……。普段から粗末な服しか着せてないしぃ~……。人目のある場所でも、かまわずに殴る蹴るするとかでぇ~……」 

 

「はい! 茶釜さん! もういいです! もういいですから!」

 

 語るに連れて茶釜の声のトーンが下がり、声優ゆえの演技力も相まって、場の空気がドンドン重くなっていく。さらに、今の茶釜は異形種形態でなく人化しているので、表情の作り込みも加わると、さながら『寝られなくなる胸糞話』を聞かされている気分になるのだ。

 

(お、恐ろしい……。重力操作による圧力攻撃を受けたとしても、ここまでの重苦しさや圧迫感は出ないんじゃないか!?)

 

 モモンガから悲鳴混じりの制止を受け、茶釜が声と顔から圧を抜く。 

 

「それでまあ、エルヤーって奴の生死はどうでも良いんだけど。エルフの女の子は助けてあげられたらな~って思うわけよ。自己満足に過ぎないけどね~。面倒はアウラ達の第六階層で見るとか~。どう? モモンガさん?」

 

「そういうことなら……」

 

 聞いた上で判断できるエルヤーの強さは、良くてガゼフやブレインクラス。転移後世界では強者の部類だろうが、その性根は大きな減点要素だ。だから、モモンガは惜しいとは思わない。せっかくだから、ブレインを出して戦わせてみても面白いかもしれない……と考えたところで、茶釜が救いたいと言うエルフのことを思い出す。

 

(虐げられるエルフか……。……いいな、実にいい) 

 

 モモンガに虐待趣味があるわけではない。むしろ、逆だ。

 

「皆さん、茶釜さんの話を聞きましたか? エルフが人間に虐げられてるそうですよ。やまいこさんの妹さん……あけみさんの事例があるので、厳密にはエルフは異形種枠ではないのですが……。でも、ムカつきませんか?」  

 

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。それは本来、異形種狩りから異形種を守るために結成されたクラン、ナインズ・オウン・ゴールが一度解散した後に再結成されたギルドだ。今居るギルメンでも、モモンガを筆頭としてユグドラシル登録から間もない頃……異形種狩りにあって苦汁を舐めた者が居る。

 そんな彼らにしてみれば、人間が得意げに人間でない者……エルフを虐げているという話は、聞いていて面白かろうはずがないのだ。

 

「決まりだな。そのエルヤーって奴だけは、懲罰コースだ。せいぜい酷い目に遭わせてやるとしよう。茶釜さんの友達の……知人らしいが、殺すまでやるかは態度次第だな」

 

 そう言って腕組みした建御雷が、鼻息を荒くしている。エルヤーが刀使いだとも聞かされたので、なおのこと腹が立っているらしい。 

 

「抵抗できない女をいたぶるなんざ……刀使いの風上にも置けねえ奴だ。なあ、コキュートス!」 

 

「建御雷様ノ、仰ルトオリデス!」

 

 ぶしーっ!

 

 コキュートスが冷気の息を吐いた。

 創造主と制作NPCで、機嫌の悪いことこの上ない。

 エルヤーに関して結末が見えたモモンガは、話題を他の三チームに変えることとした。

 

「接待プレイするのは良いとして、どんな感じにしましょうかね?」

 

 そうして話し合われた結果。基本的な対応はユグドラシル時代と変わらないが、表層部の墓地にある金品類は、一時的に引き上げること。ユグドラシルのレベル換算で二十ないし三十といったところを想定すること。そして……。

 

「第一から第三階層の各所に、メダル等のポイントアイテムを配置して、獲得点数に応じて『お土産』を持たせるとか、そんな感じですかね? 茶釜さんの恩人らしいですから、サービスは必要でしょう。それに先駆けて、第六階層の円形闘技場でPVP……と」

 

 モモンガの取り纏めに皆が頷く。

 お土産というのは、挑戦者の頑張りに対して手頃なアイテムを進呈するということだ。相手のレベルによっては、粗品過ぎると失礼に当たるのだが、今回のワーカー達にはどういった品が適当だろうか。

 

「モモンガさん。転移後世界じゃ一番硬くてアダマンタイトって話だし、一番活躍したチームにアダマンタイト品。二番手以降はオリハルコン品とかでいいんじゃない? 何なら私が出すし」

 

 そう茶釜が言い終えると、モモンガやギルメン達からは特に反対意見が出ない。決定である。それにアダマンタイトやオリハルコンなど、モモンガ達からすれば柔らか金属も良いところだ。ギルメン各自の部屋には売るほど……あるいは捨てたいほどに溜め込まれている。惜しくも何ともない。

 こうして帝国皇帝……ではなく、皇帝の指図であることを隠した状態での貴族依頼によって、乗り込んでくるワーカーチーム……一チーム、天武のみは『特別待遇』となるが、それらに対する方針が固まった。

 なお、ナザリックにちょっかい出した帝国の皇帝。彼に関しては、どう対処するかについても話し合われたが、モモンガ以下のギルメン達は暫く様子見ということにしている。この決定には過密スケジュールで限界を感じたモモンガの意向が強く反映されていた。

 

(ふう……一段落ついたか……。しかし……随分と俺達も緩くなったな。いや、これは……。)

 

 モモンガは、椅子の背もたれに体重をかけながら考える。

 今回決まった一連の対応、ユグドラシル時代のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を知る者が見れば、いささか手厚すぎるように思えるだろう。

 だが、これは相手方の大半が茶釜姉弟が世話になった者達であることだけが理由ではない。ある程度のギルメン数が揃った状態で、ダンジョンアタックを受けたこと。それも大きく後押ししているのだ。

 要するに……懐かしさに加えて興が乗った結果、お祭り気分となっていたのである。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 朝のギルメン会議が終わり、各ギルメンは円卓の間入口でモモンガと別れて姿を消す。この後は暫くナザリック内で休憩したりして、外部で活動する者は持ち場に戻ったりするのだろう。ツアレも、ニニャら漆黒の剣が到着するのを待つため、カルネ村近くの森……ナザリック出張所へ向かった。もちろん、一人では行けないので、シャルティアによる<転移門(ゲート)>を使用し、セバスと共に……だ。

 そんな中で、冒険者チーム漆黒のモモンガ班……モモンガとアルベドの二人は、次なる予定に向けて行動に移っていた。

 この二人に関しては近々、王国の六代貴族の一人であるレエブン侯、少し遅れる形でスレイン法国の訪問団が来るため、ナザリック地下大墳墓で待機することとなったのである。なお、茶釜姉弟もナザリックに留まっているが、こちらは偶然を装って、フォーサイトらナザリック調査隊に潜り込むのが目的だ。

 

「恩人ではあるけど、調子こいて余計な悪さされても困るしね~。私と弟で、できるだけ誘導してみる感じ?」

 

 正体を明かす気は無いが、添乗員的にワーカー達を引っ張るとのことで、茶釜本人は非常にノリノリである。

 そして数日が経過し、ニニャ達がカルネ村にやって来た。

 デミウルゴスの報告によると、数時間後にはレエブン侯がナザリック地下大墳墓に到着するというタイミングでの到着だ。モモンガとしてはナザリック待機を続けたかったが、彼がカルネ村に居ると居ないとでは話の進めやすさが違う。手短に済ませるという心づもりで、<転移門(ゲート)>をくぐることとなった。

 

(漆黒の剣の面々やニニャと会えるのは嬉しいけど。長話はできないなぁ……)

 

 本心を言えば、現地の冒険者。それも仲の良い人達とは色々と話をしてみたいのである。多忙な我が身を呪いつつ<転移門(ゲート)>の暗黒環を抜けたモモンガは、転移先のグリーンシークレットハウス内を見回した。

 

「お待ちしていました。モモンガ様」

 

 客間として使われる一室。その壁際で、先に到着していたセバスとユリが並んで立っている。モモンガは頷くと、ツアレの姿を探した。

 

「ツアレは? それに陽光聖典の隊員も居たはずだが?」

 

「それぞれ別室に待機しています。特に陽光聖典隊員のお二方には、来客がある間は外に出ないよう頼んであります」

 

 セバスの質問に満足したモモンガは、ニニャ達を出迎えるべく外に出て行く。

 

 そして……。

 

「姉さああああん!」 

 

 グリーンシークレットハウス。その客間に案内されたニニャが、呼ばれて出てきたツアレに駆け寄り抱きついている。メイド服姿のツアレは一瞬驚いたようだが、すぐに相手が妹だと解ったようで、涙ぐんでいた。

 

(美しい光景だ~。建御雷さんと再会したときの弐式さんを思い出すが、あれは何と言うか……暑苦しかったからなぁ)

 

 感慨深いやら苦笑してしまうやら。そんな複雑な気分のモモンガに、ペテルが話しかけてくる。

 

「ニニャに代わって感謝します。モモンさん」

 

「いやいや。王都に行っていた別班の班員……そこに居るセバスの手柄ですとも」

 

 自分がしたことではないのに感謝され、気恥ずかしくなったモモンガはセバスに話を振った。ペテルがセバスに歩み寄って行くのを見ていると、今度はニニャがモモンガに話しかけてくる。

 

「モモンさん! 姉さんに会えました! 何とお礼を言えば良いか……」

 

 ニニャは最後に言葉を詰まらせ、溜めていた涙をこぼれさせた。その傍らで、メイド服姿のツアレが頭を下げて一礼している。

 

「なに、巡り合わせだよ。たまたまセバスが、君のお姉さんを助けた。そして、私と弐式が君の顔と、聞かされたお姉さんの話を覚えていた。巡り合わせというやつだ」

 

 それでも感謝したいとニニャが言うので、モモンガは指で頬を掻きながらであったが、彼女の感謝を受け入れた。あまり頑なに断るのもどうかと思ったからだ。

 

「ん、まあ、それで……これから君たちは、どうする?」

 

 聞けばニニャは冒険者を続け、ツアレはセバスの下で働きたいらしい。

 

(むう。セバスを名指しか……。いったい、何があったんだ? そう言われても、俺の一存では決めかねるな……)

 

 ナザリックで雇用した現地の人間は数人居るが、やはり人を一人雇うのだ。ギルメン会議にて協議して決めた方が良いだろう。正式雇用ではないが、カルネ村の出張所で暫く見習いとして働いて貰い、その間の衣食住は保障する。費用及び経費に関しては、モモンガの自腹で賄って構わないだろう。

 

(……このぐらいなら、<伝言(メッセージ)>で各ギルメンに話を通す……で良いのかな?)

 

 考えている内に、ギルメン会議で持ち出すほどではないと判断したモモンガは、手早く<伝言(メッセージ)>で連絡を回してみた。結果、各ギルメンから了承を得たことで、ここにツアレニーニャ・ベイロンの正式雇用が確定している。

 そのことをツアレに告げると、姉妹揃って喜んでくれた……のだが、ニニャに関してはモモンガの拠点については知らないのに、そんな簡単に同意して良いのだろうか。そこを気にしたモモンガが聞いて確認したところ、ニニャは胸を張って答えている。

 

「モモンさんになら、安心して姉を預けられます! むしろ、安心して姉を預けられない人を好きになったりしません!」

 

 と、大変な信頼ぶりだ。人化した状態のモモンガは、ニニャの信頼と好意に対して頬が熱くなるのを感じている。

 

(う、うん。なんと言うか……責任重大だな。セバスには、しっかり面倒見るように言っておくか)

 

 先程チラッと考えたとおり、ツアレはカルネ村出張所にて常駐させることとした。彼女に関しての責任者はセバスとし、普段の面倒及び指導はユリが対応するのだ。

 その後、漆黒の剣の面々と談笑し、モモンガは森へと姿を消す……ふりをして<転移門(ゲート)>によりナザリック地下大墳墓へと帰還している。

 暗黒環をくぐった先は、見慣れたナザリックの表層墓地。モモンガは周囲を見回しながら続く予定を思い出し……肩を落とした。

 続いての業務は、王国六大貴族の一人……レエブン侯の訪問について応対することだ。

 

(その後は、スレイン法国の訪問団か? そっちは最初にカルネ村の出張所に来るんだったかな。……いっや~、スケジュールがギッシギシだよ~。俺って、大企業の社長さんみたい? 参っちゃうな~。はは、はははは……)

 

 ノリ良く考えたモモンガであるが、再び肩を落とす。

 

(俺の(がら)じゃない。柄じゃないよ~。タブラさんが居なかったら、絶対に追い返すか、相手してないわ~……)

 

 モモンガとしては、そのように自分の行動を予想するのだが、仮にナザリック唯一の責任者として重大な訪問客を迎えた場合。その責務からモモンガは逃げたり……しようとするだろうが、他に適任者が居なければ逃げたりしないのだ。しかし、そうなると彼の心に多大なストレスが降りかかるのは避けられない。したがって、タブラのような対外交渉が可能なギルメンが居ることは、モモンガが自身が考えたように大変ありがたいのであった。

 

『モモンガさん。そう鬱な顔をしないで。私も一緒に応対するって言ったでしょ?』

 

 かつて聞いたタブラの台詞が、脳内で幻聴となって……。

 

「いや! 現に聞こえてるし!?」

 

『そりゃそうですよ。<伝言(メッセージ)>で話しかけてるんですから』 

 

 いつの間にか<伝言(メッセージ)>の精神糸が届いており、モモンガは無意識のうちに接続していたらしい。慌ててこめかみに指を当てたモモンガは周囲を見回す。

 

「鬱な顔って、まるで見えてるみたいじゃないですか! <伝言(メッセージ)>なのに!」

 

 この時、モモンガが想定していたのは、転移後世界でタブラと合流を果たした際のことだ。宝物殿に居たタブラ本人を、パンドラズ・アクターが擬態したタブラだとモモンガは誤認してしまったのである。あの時のことを思えば、最初に顔を合わせたときにタブラが名乗り出てくれれば良かったのだ。

 

(あの時と同じなら、タブラさんは……その辺に隠れているはず!)

 

『残念。遠隔視の鏡で見ながら<伝言(メッセージ)>してますので、近くには居ません』

 

「ぐっ……」

 

 そこはかとなく感じる敗北感。

 モモンガは短く呻いたが、異形種化して気を取り直し、その骸骨フェイスをキリッと上向けた。

 

「それで? <伝言(メッセージ)>の御用件は?」

 

『いい感じで誤魔化しましたね。レエブン侯が、あと一時間ほどで到着するので、最終打合せをしておきたくて。場所は……第九階層に新設した応接室でどうでしょうか?』

 

 慌てさせられたが、用件自体は真面(まとも)なもののようだ。モモンガ側に異論は無く、<伝言(メッセージ)>を終えると、そのまま<転移門(ゲート)>を発動させる。

 

「無事に終わるといいんだけどな……」

 

 レエブン侯にスレイン法国の訪問使節への応対。何度考えても気が重い案件であり、それらに比べるとワーカー達のダンジョンアタックなどは、待ち遠しいくらいのお祭りイベントだ。

 

「はあ~~~……」

 

 重い溜息を一つ残し、モモンガは<転移門(ゲート)>の暗黒環へと入って行くのだった。 

 




 帝国のお城に、アウラ達が乗り込む展開はなくなったかな。
 ほとんど書き終えてからジルクニフのことを思い出したので、サラッと済ませています。
 いや、まだわアウラ達御訪問が無くなったとも限りませんとも。
 ワーカーチームには甘い対応になりましたが、モモンガさんに精神的余裕があるのと、茶釜姉弟の恩人揃い(一部除く)なので、こんな感じかな……と。

<誤字報告>
 Mr.ランターンさん、佐藤東沙さん、冥﨑梓さん

 毎度ありがとうございます

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