日本のジェンダー(社会的性差)平等の遅れが課題となる中、将来を担う子どもたちへの教育はどうあるべきか。自身の子育てを切り口に性差別社会の実相を見つめたエッセー「これからの男の子たちへ」(1760円、大月書店)が話題の弁護士・太田啓子さんに、鍵となる「男子の育て方」について聞いた。
昨夏の刊行以来9刷まで版を重ねるなど、ジェンダー問題に対する世の関心の高さを示した本書。著者の太田さんは小学生の男児2人を育てる傍ら、弁護士として離婚や家庭内暴力(DV)事案を扱う中で、性差別への課題意識がより明確になったと話す。
「男の子たちの日常はジェンダーバイアス(性的偏見)のうっすらとした膜に囲まれているよう」だと本書に記す。涙を流す息子に、親族が「男の子でしょう」と泣くのをとがめるニュアンスであやしたり、子ども同士のけんかを前に母親らが「やり返してこい」と促したり、とかく男子に強さを求める風潮に疑念を抱いてきた。
性別に基づく「らしさ」の押し付けに抵抗してきた太田さんはその一方で、社会が発するメッセージが男女で異なることを子育ての過程で実感。「泣き虫は男らしくない」「男子の方が偉い」など周囲やメディアから放たれるジェンダー規範を内面化しないため、「とりわけ男の子にこそ伝えるべきことがある」との思いに至ったという。
性差別の遠因となる「有害な男らしさ」を男の子たちに植え付けてはいないか。その懸念にこそ、太田さんが筆を執った理由がある。例えば乱暴な振る舞いをしても「仕方ない」と、男子であることで見逃される行為が少なくないと指摘。書籍にはかつて横行した「スカートめくり」や「カンチョー」の暴力性も事例に挙げた。
「『おばか』だと笑い飛ばされる行動に、他者への暴力的な振る舞いの芽があっても『男子あるある』として許容してしまっていないか」。乱暴な行為を深刻に捉えないその積み重ねが、たくましさを重んじる裏で弱音を吐くことをよしとせず、さらには女性たちよりも「上」のポジションでいなければ気が済まない、といったあしき男性性につながる問題を本書は問う。
弁護士業務で関わる離婚やDV事案でも、「男性は女性よりも有能」といった見下した感覚が透ける、有害な男らしさを連想させる言動がしばし夫側にみられると太田さんは言う。
「共通するのは妻の思考を奪おうとする態度。女性を自分に従うべき存在と見なす男性が一定数います」。妻が異なる意見を述べると「口答えされた」とかっとなるケースが多々あるといい、太田さんには「男女は対等ではないとの思い込み」が影響しているように映る。だからこそ、幼いうちから性差別的価値観を刷り込ませないための教育に注力すべきだと強調する。
強さのほかに社会的な成功なども当然視される男らしさの重圧は、男性自身をも苦しめる。そこから自由になるために、大人はいかに子どもたちを導くべきか。太田さんは「言葉での丁寧なコミュニケーションを意識させること」を挙げながら、「感情の言語化」の重要性を説く。
「まずは自分の中にある『弱さ』を否定せず、負の感情を『男らしくない』と切り捨てないこと。恐怖や不安を言葉で表現することは、人の痛みを想像する力にもなるはずです」。それこそが他者と対等な関係性を築き、性差別をなくす手だてとなると期待する。
セクシュアルハラスメント、性暴力、男女の賃金格差、家事育児は女性の役割といった根強い慣習、予期しない妊娠…。「女性は女性というだけで暴力を受けやすく、下に見られ、侮られやすい」と本書でも記されるように、女性の人権や身体の安全性が脅かされる性差別構造は今なお是正されていない。
男らしさの呪いから解放されてほしいと、わが子を含む男の子たちにそう願いつつ、太田さんはその構造で優位な立場にある「男性としての特権」にも自覚的であってほしいと語る。
「性差別や性暴力を許さないと、男性だからこそ声を上げていってほしい。性差別の問題に、男の子自身がいかに当事者意識を持って関わるか。大人として、考える入り口となるメッセージを発していきたいです」(服部 エレン)