COVID-19ワクチンの緊急使用許可と特例承認
掲載日:2021.02.08
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっており、予防対策の切り札としてCOVID-19ワクチンの期待が世界的に高まっています。アメリカでは2種類のCOVID-19ワクチンに対して、緊急使用許可(Emergency Use Authorization: EUA)1)により使用を開始しています。この制度は連邦食品医薬品化粧品法(FDCA)のセクション564に基づくもので、FDAが、(1)生命を脅かす疾患である、(2)当該製品に関して、疾患の治療などで一定の有効性が認められる、(3)当該製品を使用した際のメリットが、製品の潜在的なリスクを上回ると判断できる、(4)当該製品以外に、疾患を診断、予防、または治療するための適当な代替品がない、という条件を満たすと判断した場合に発行しています。2020年5月時点で、COVID-19関連の治療薬や医療機器、体外診断薬を合わせて110以上の製品にEUAを発行しているようです。
日本ではEUAに該当する制度が「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」(薬機法)にないため、今般、ファイザー社はビオンテック社と共同開発したCOVID-19ワクチンについて、特例承認の申請を2020年12月18日に行いました。特例承認とは、薬機法第14条の3第1項に定められているもので、具体的には、(1)国民の生命や健康に重大な影響を与える恐れがある疾病による健康被害の拡大を防止するために必要な医薬品であり、かつ当該医薬品以外に適当な方法が無い、(2)医薬品の製造販売承認に係る制度が、日本と同等水準にある外国において販売や授与などが認められている医薬品──という条件を満たした場合、厚生労働大臣が薬事・食品衛生審議会の意見を聞いて承認できるものです。COVID-19関連では、2020年5月7日にFDAのEUAを根拠に、抗ウイルス薬のレムデシビルを、「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症」(重症患者のみ対象)の効能・効果で特例承認しています。
では動物用医薬品では特例承認制度を利用できるのでしょうか?薬機法では第83条の読替規定により動物用医薬品は農林水産大臣の所管になっています。しかし、第14条の3は対象となっていないようですので、特例承認は適応できないことになります。これまで日本に発生がない家畜に甚大な被害を発生する伝染病が急速に蔓延した時、海外で承認されたワクチンを緊急的に使用できないのでしょうか?このような事例に該当したのが、2018年に発生して日本の畜産に甚大な被害を与えたのが豚熱(CSF)の流行でした。感染拡大の最大の原因は行動範囲の広い野生イノシシがCSFに感染したことでした。そこで農林水産省は海外で実績があるものの、日本で未承認の経口(餌)ワクチンをイノシシに使用するという苦渋の決断をしました。その時の法的根拠は以下のようなものでした。海外の動物用ワクチンを国内に導入するためには、薬機法第83条の2の第2項で許可業者でなければ動物用医薬品を製造及び輸入してはならないという規定があります(動物用医薬品の製造及び輸入の禁止)。ただし、この禁止規定には、試験研究の目的で使用するために製造又は輸入をする場合その他の農林水産省令で定める場合には、適用しないという例外規定が設けられています。その例外規定である動物用医薬品等取締規則第213条の第4号では、国や都道府県が家畜伝染病の予防の目的で使用するために未承認の生物学的製剤を輸入(製造)することが定められており、そのような場合は輸入(製造)できるということになります。今回の未承認の経口ワクチンの輸入はまさにこの規定に準拠した対応というわけです。なお、未承認の生物学的製剤は家畜伝染病予防法第50条で都道府県知事の許可を受けなければ使用してはならないとされていますので、使用に当たっては都道府県知事の許可が必要となります。お陰でこのワクチンの使用は非常に効果的であったようで、現在はCSFの発生は沈静化しているように見受けられます。ただし、この制度はあくまで緊急避難であり、長期間にわたって適応することは困難であると思われますので、然るべき時期に正式な手続きで承認を取得することが必要に思えます。
以上のように、国難ともいえる感染症がヒトや家畜に発生した時には、薬機法に基づいて緊急避難として海外の承認されたワクチンを導入し、日本で使用できるという制度があるようです。しかし、通常の流れの承認申請の資料のように、日本での安全性や有効性に関する十分なデータをもとに審議会で十分に議論してから承認されるのがベストであることには変わりありません。
1)Section 564 of the Federal Food, Drug, and Cosmetic Act
【参考条文】
◎医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(旧薬事法)
(動物用医薬品の製造及び輸入の禁止)
第八十三条の二 前条第一項の規定により読み替えて適用される第十三条第一項の許可(医薬品の製造業に係るものに限る。)を受けた者
でなければ、動物用医薬品(専ら動物のために使用されることが目的とされている医薬品をいう。以下同じ。)の製造をしてはならない。
2 前条第一項の規定により読み替えて適用される第十二条第一項の許可(第一種医薬品製造販売業許可又は第二種医薬品製造販売業許可
に限る。)を受けた者でなければ、動物用医薬品の輸入をしてはならない。
3 前二項の規定は、試験研究の目的で使用するために製造又は輸入をする場合その他の農林水産省令で定める場合には、適用しない。
◎動物用医薬品等取締規則
(医薬品の製造及び輸入の禁止の例外)
第二百十三条 法第八十三条の二第三項の農林水産省令で定める場合は、次のとおりとする。
一 試験研究の目的で使用するために医薬品の製造又は輸入をする場合
二 対象動物以外の動物の所有者が、当該動物に使用するために医薬品(生物学的製剤であって、体外診断用医薬品でないものを除く。
次号において同じ。)の製造又は輸入をする場合(当該医薬品が要指示医薬品である場合にあっては、当該所有者が獣医師の処方箋の交付
又は指示を受けた場合に限る。)
三 獣医師又は飼育動物診療施設の開設者が動物の疾病の診断、治療又は予防の目的で使用するために医薬品の製造又は輸入をする場合
四 国又は都道府県が家畜伝染病の診断又は予防に使用されることが目的とされている生物学的製剤(法第十四条第一項、第十九条の二第一項、
第二十三条の二の五第一項又は第二十三条の二の十七第一項の規定による承認を受けておらず、かつ、承認の申請がされていないものに限る。)
の製造又は輸入をする場合
五 医薬品の製造業者が製造し、又は販売するために原薬たる医薬品の輸入をする場合
六 法第二十三条の二の三第一項の登録(体外診断用医薬品の製造業に係るものに限る。)を受けた者が体外診断用医薬品の製造をする場合
七 法第二十三条の二第一項の許可(体外診断用医薬品の製造販売業に係るものに限る。)を受けた者が体外診断用医薬品の輸入をする場合