ライフワーク


この感覚を他者に共有できる形で言葉で言い表せたらなぁって物心ついた頃から思っている。

よく、時々自分を客観視する瞬間があるだとか、自分を斜め上から見ている感覚だという人もいるけど、僕はちょっと違うかなぁと思ってる。そう言う人たちが味わってる感覚と自分の味わってる感覚は実は同じなのかもしれないけど。

この感覚についてはだいぶ前にこのブログで一回書いたけどもう一回書いてみる。


僕は、物心ついた頃から、色々なことを知覚認識している自分の意識というソフトウェアがこの肉体の中にあって、それが自分自身であるということに対して、言いようのない気持ち悪さというか(吐き気とかそういうのではない)違和感というか、なんとなく変な感じを憶えてしまうことがあった。

その頻度は一日複数回のこともある。一週間以上起こらないことなんて滅多にない。

鏡を見ている時に起きることが多いけど、普通に自転車に乗ってる時ふと発作的に起きることもある。人といる時は比較的発生頻度が低いけど、普通に人と話してる最中にウン?となることもある。

この感覚が起きない時は、この感覚を思い出さないための騙し騙しになんらかの形で成功している時だ

この感覚には出口があるわけがないと考えているので、この感覚の発作(?)が起きたときは、つとめて別の動作を開始するようにしている。

どうなんだろう。実はみんなそうなのかもしれないし、そういう人は少ないのかもしれない。僕だけってことはないと思う。

これが自我に対する過剰な執着と無関係でないと考えている。

今色々考えながらこうやって文字を打ち込んでる主体が、自分が鏡などを見て知ってるいる姿形をした、唯一無二の精神構造を持った“僕”であるという事実に対するどうしようもない不思議さ(?)みたいなもの。。。

ダメだ。。。似たようなことを言い換えてばかりいる。

インターネット時代なので色々調べてきたが、これだ…!という記述を見つけたことはない。

強いて言うなら、、いやこれはマジでマジで見つけたの最近なんだけど

この感覚の的確な“言語化”(言語化という語の通俗性に最近耐えられなくなってきてて、“”をつけてしまう)が自分のライフワークの一つだと考えているフシもある。


さて、この自我観(自分というソフトウェアに対する異常な執着)が僕のタナトフォビアと密接に関連してる、とずっと思ってきた。

これはかなり最近見つけた記事。

コロナで意識…「死の恐怖」どこから? 哲学者たちの言葉から考えた 「そもそも、生まれたことが偶然」(withnews) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/8cefaa83c8063db106df10382f4e3d01be71ad59?page=1

Yahoo!ニュースも良いとこあるやん、と思った。
死への恐怖の説明というカタチで僕の精神性をかなり代弁してくれている気がした。

テレビスターが、夢だった。シン〔急の晩期みたいな内容&今後について&虚無との本格的開戦〕

テレビスターが、夢だった。Q〔なぜ突然諦め、そして言おうと思ったのか【完璧主義の放棄】【自意識過剰を自覚】(https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/04/29/205335
の続き。

父にもよく、将来何になりたいか、を聞かれては、はぐらかしていた。中2以来ずっと。流石に文理選択とかもあるし将来医者になりたいわけではないとその時点では言ったから。父親との会話ではすぐに会話が脇道に逸れて脇道が本流になったりもするので、深く追及され続けることはなかった。

父親は結構長い期間僕はやりたいことがないと思い込んでたらしい。ある意味で正しかったかもしれない。テレビスターなんて存在しないんだから

2021年3月14日(3/10が東大合格発表4浪決定直後ということ)に父と会い、東大だけを目指し続けることをやめる決意をしたという話をした。
その時、父親にまた夢を聞かれて
少しだけ話せた。
少しだけだけど

僕がある夢を持ってからかなり長い日が経過していて、その間に世界じたいも僕の世界認識も結構変わってて、、みたいなモゴモゴした前置きめいたことを述べた後、

最低限のラインとして何かは言える、と言い、文化的雪かき、と答えた
(いや実際そういった職業の人もいるわけで最低限なんて言うのは失礼だけど)

父親は幸い2020年に村上春樹ダンス・ダンス・ダンスを読んでいたので
(父親はノルウェイの森が発売された頃に同時にダンス×3も読み全く意味がわからなかったという。僕の勧めに従って風の歌を聴け1973年のピンボール羊をめぐる冒険→ダンス×3の順に読んでみたら非常に良かったと言ってきた。だから仮にいやそんな人はいないかもしれないけどこの記事を読んでこの作品に興味を持った人がいてもこの順番で読んで欲しいです)
ダンス×3の作中に出てくる「文化的雪かき」という語がすんなり通じてよかった

(全然関係ない話をしてしまうけど、
ほんとに文章だからギリこんな入り組んだことを説明できるが、喋りだとまず無理だなーーーと思ってしまう。)


父親にその時話せたのはホントこれだけだった。
しかし最近この最低ラインもちょっと厳しいんじゃないかと思っているけど、、

まだでもこれがはずみになって、ちょっとずつテレビスターを将来の目標に設定することを諦めること、そしてそれまでそうだったことを発表することを決意できるようになった。

何者かになりたいとかそんな自分に対して無責任な考えも持ちたくない

「遠視眼的にならない」が今後の人生のキーワードなわけで

ここまで述べた結論がそれかい!という感じなんだけど、

なんにせよ身分が無職はどうしようもない。本当の意味でのサバイバル能力は、無職の状態からやっていける能力なんだろうけど僕にはそんな自信がない。4浪大学生も大概だけどさ、、
本当に高卒ニート4年目では何にも取り組めない。
やっぱりとりあえず大学生になりましょう、
だからどこか四年制大学に入れることを第一目標とする受験勉強を今年はボチボチしましょうという……
普通、どれだけ遅くても18歳で得る気づきを得たわけですなワラワラ


はぁ、、
上手く語れなかった、、
そのことにより、自分のこれまでの人生の否定を自分で自分に突きつけてしまった。そうするべきだったんだろうが。
結局ずっと僕が持ち続けてた未来像が果てしなくゆるふわしたものだったからなんだろうな。


PS

色々考えた結果4浪目も予備校に所属じたいはすることにした
それは3/10以降の自分の生活を踏まえた結果だ
→外出圧力の創出について(https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/06/11/184938

勿論21歳予備校通いを父に許されるという大前提があるのは重々了解している。


予備校の授業開始が4/16とかで、、
それまでに既に5月病以下みたいな心理状態になっていた。所謂4月病を3月の段階で完了してしまうのは多浪あるあるだと思う。

初回授業は全部ギリギリか2分遅れみたいな感じになってしまった
はじまってみたら不思議とやる気が出てきた。レベルが丁度良いのと講師陣がかなり良かったからだ。

しかし、
4/20くらいに突然強烈な虚無主義に陥った。

なぜこのタイミング?わからない。機が熟したのだろう。多分。

結局自分がいつか死ぬのが嫌過ぎる。これに尽きる。しかしそんなことを言っても仕方ない。避けられないことなのだから。

僕の中には物心ついた頃から常にタナトフォビアの炎が灯っていた。常に人がいつか死ぬという事実の虚しさも抱えていたということだ。

そんな幻想では小腹すら満たせないけど、
中1までなら離散に行き上手いこと人生をやっていつか世界征服するぞ!、中1以降ならいつかテレビスターになるぞ!みたいな壮大すぎる野望が糖質ゼロ寒天みたいにお腹に詰まってて、
それを急に吐き出してしまったもんだから、
空疎さが耐えがたい感じになっている。

虚無の燈火に油が注がれたとでも言えるかもしれない。

一度このことを意識しすぎると、人の生というものの虚しさのことしか考えられなくなった。

ツァラトゥストラはかく語りきとかを読んだとかではない。逆に読まないといけないと思っている。

人がいつか死ぬ運命にあることについて、どこかでなんとかならんかなぁ…という気持ちが小6の頃はかなり強く 最近まで実は潜在意識下に、実はまさかの死なないとかあるんじゃないか(????)みたいな観念が存在していた可能性がある。

複数の視聴者から紹介された、中島義道の著作などを読んだ方が良い気もする。が何か解決する気もしない。



そもそもこの程度の精神変化を21歳で経験してることが最悪なんだよ…!

今は、人生が無意味だと思いすぎるようになってから日が浅いため、
このことと普通に日常生活もやっていくこととの間に折り合いをつけるというか
欺瞞と実際の調節に慣れていないというか(建前全般を受け入れようと思えたのがまず割と最近)

精神に関しては、
僕は中2くらいから少しずつ
産業革命で言うところの1740年頃みたいな状態になってさ
灘校社会で適合してるフリができるようになりかける一歩手前くらいの状態にはなった。
灘校社会とかいう超寛容空間においてひとまず精神的成長ができたということだ(灘生にありがちな臆病な自尊心 尊大な羞恥心も結構バチバチに奥に秘めていて根底では結局ずっと克服できなかったけど、、!)

とりあえず、今起きてるような精神変化の触媒
となったことたちを受け入れられるような精神性をとても長い期間をかけて形成していった。

なんとなく2浪までに東大入学くらいはこのままの精神構造で受験勉強を続けていれば入れるものだと思ってて。。。

どれだけ遅くても中高生のうちに起こすべき精神の変化の前提が、2021年のはじめくらいにはじめて完成した。
 
もう精神の発達がさ、、晩成型(笑)過ぎるだろ。
・ 


完璧主義は日常の至る所に顔を出してるのを自覚しては潰していってるつもりだけど、やはり根本精神としてなかなかにしぶとい。いつか死ぬから人生は虚しいし何かを頑張るは難しいみたいな0 100思考を自然としてしまう。YouTubeでこの話をしたら選民思想が激しいと言われて鋭い…!なるほどな…!とも思った。
それはそうとして、曖昧なものを騙し騙し認識するのがひどく苦手だ。この世にはそんなことしかないのに。自覚はしてると思う。ただ感情としては持ってしまう。これが虚無主義につながる。

この虚無主義を克服したいと思えない時期が続いた。今も若干は、そう。なぜなら否定しようがないから。それに、虚無じゃなかった頃から、幸せに生きるだとか 精神状態を良くするだとか こういったことに前向きになれなかった。そんなことに何の意味があるのだと思っていた。そういう精神性は継続している。

ただ死にたいとは思っていない。これだけははっきり言える。てか本当にむしろいつか人が死ぬのが厭過ぎるというのが僕にとっての虚無主義の起源だからさ。。。
それって虚無主義失格なんじゃないか?って言われそうだけど、人生の無意味さには苦しんでる。これは自信がある。なんといえば良いんだろう。

いやマジで大学で哲学を本格的に学んでもないのに、浅いこと言い続けるのは恥ずかしいですよ。それで何らかの救いも期待できないし、何よりも理解できる自信もないから、しないけど。


死なない以上生きていかないといけない。むしろタナトフォビアは強まってるまであるわけだから、

何度も言うが、希死念慮がゼロなのだ。
いくら虚無と言っても、死にたいと言う気持ちと一切共存していない虚無。

だからこそ
単に「不快」を減らすために…!「快」を増やすためにこの資本主義社会において成り上がること。これは大事だと考えている

ほっといたら僕はあと60年以上生きるだろう。これは全祖父母がまだ死んでおらず、その中で一番若い人が1945年生まれであるという遺伝子が示す結果からも確かだ。

人生が無意味であることを意識せずにいるだのライフハックを得るのもいつかは検討していかないといけない。いやまだその段階までいけてないけどさ、、

あと、、
即座に満たせないhangerをごまかして日々は生きていかないと人生が辛すぎるので、
多少の小腹満たしで騙し騙しもアリなのかも知れない。
これは以前に否定した漫然とした小腹満たしとは由来が異なるから良いと思う。目的意識を持った小腹満たし。


oh baby ,wait and see
たまには小腹も良いよね♪



大森靖子も言ってるように

終わってからが人生

なのだ

大事なのは徹底的に絶望することだ。これは2021年の3月13日に僕が尊敬している高校の同級生に電話で言われた言葉だ。その中で見出せる救いの萌芽のようなものを生み出せると僕は思っている。


【人生をやっていくためのインセンティブについて】

僕は物心ついた時から近代人的でありたいと自然と思っていた。自分が近代的だと思い込んでいたことを過度に正義だと思い込んできた。合理主義を拡大解釈してきた。

たとえば常に科学的(笑笑笑笑)ではないものを否定してきた。科学的ってなんなんだということだけど。
たとえば、とにかく論理的(笑笑笑笑)でありたい。科学や論理の限界を了解しつつも、将来的にすら人類が到達できないであろう領域にすらそういったものへの期待を適用させ続けてきたりするなどの極端さがあった。わからないことはそれ以上想像を広げるべきじゃないみたいな考えすらあった。

しかし最近それらが「誤り」とまでは言わないものの、少なくとも人生をやっていく上での足枷でしかないことに多少は自覚的にはなった。

感情と本能は分けて僕は語りたい時もあるけどここではまとめて、、、(基本的には思考上の意識→感情、の段階を踏んで様々なものは本能レベルに落とし込めると考えている。)

感情や本能を導火線として(いや、多少はこの社会で生きていく以上それらに赴くままに動いた場合の自分が不快感を憶えるような悪影響に関して遠視眼的に思案こそするが)今までよりかは「動物として」生きていこうと考えるようになった。

悪影響について遠視眼的考えてるのも別に知恵を持つ生物としての人間たる本能のようなものだとも言えるし、、
あぁ…こういう感じの議論を始めるとすべてが堂々巡りになったりするから始めないでおこう。

本能に従うことを優先することにより、虚無主義を忘れられる瞬間を積み重ねていきたい。

まぁ兎に角、本能だとか感情だとかに素直になろうと

感情に起因する思わず人生をやっていかないといけない!という動機。それは好奇心だ。僕は、これが、幼い頃からものすごく強い。

それは日常レベルでもそうなんだけど

いや、禁じ手にしている遠視眼的なことを敢えて言う

技術的特異点信仰というのも僕にはあって。僕が普通に生きているうちに技術的特異点なるものをこの世は迎える可能性があるらしいので、、。流石にそれは気になる…!

まずそれを迎えるにあたって、それを迎えるのに相応しい自分になっておきたいし、、

技術的特異点を迎えれば、色々なものに対して真の絶望が得られるのではないか、という希望がある。本当の意味で機械的にしか生きられない人間、みたいな。


あとは感情に基づくものといえば共感とか利他性とか良心とか、、、これは僕と正反対である希死念慮が強い人が死なない理由(親しい人を悲しませたくない、みたいな)としてあげる場合が多いけど。

人類なんて、

虚無のブロックチェーンって思ってしまったりもするけど、

その繋がりだけが人を生かしてる

人は利他性や良心、これで生きていけるのではないかと。当たり前すぎるよな。当たり前すぎることを敢えて主張してるよ。

(少し虚無主義から話が離れます)

自分の中にある良心だとか利他性みたいな感情。ずっと正当化するのが難しかった。

こんなもので(こんなものでと言ってしまうのも失礼だけど)救われるのはなんなんだという感じだけど、ふらっと寄った本屋でなんとなく立ち読みした中野信子さんのあなたの脳のしつけ方という本にこれらは脳科学的にも脳にそういうのを司る部位はあり、イエス・キリストなどの利他性における偉人はそれらが極端に強かった人なのでは?などと書かれていて、その記述が僕の中での正当化に大いに寄与した。結局科学には救われる部分は多分にある。





4/20以降日々を送っていて

いや別に元々人生の虚しさとか知ってたし、一時期的に強くなってただけだから、必要以上に人がいつか死ぬこと関して考えすぎず、少しずつごまかせる時間は長くなってきている。元の水準に回帰しつつあるというか


共通テスト英数の点数を最大化することが資本主義社会における自分の立ち位置を考えた場合の最良の目標と考えた場合、
当面の間は東京都立大の都市環境学都市政策科学科を志望するべきだという結論に至った。

マーク試験のための勉強なんて虚しすぎるとは思う。
大学受験なんて所詮点取ゲーム全国バトルでそれ以外にデカい魅力を感じてしまってる時点で受験に向いてないんだけど、


これは完全に後付けだけど、

僕は明確に本能レベルで歴史が好きで、
インターネットの歴史クラスタとかは寒いと思うけど、自分は歴史全般が好きだ大好きだ一番好きなことは歴史だ、ということに対して確たる矜持を持ってきた人生だった。

そのきっかけ確実には小1の時の担任が毎日のように授業中にしてた歴史の話で、
一番印象に残っているのは、小林一三阪急電鉄を軸とした都市開発だ

十分な志望理由だと

僕は思う。


俺が父親の扶養のおかげで一浪時から住み続けている新宿という街は日本一乗降者数が多い街だ。

しかし、乗り換えにおける絶対的な立ち位置というだけでそこで何かを楽しむという感じの街ではないらしい。

Covid-19下において発生したガード下のホームレスのシュノイキスモスを見ただけで、、

都庁を中心とした超高層ビル群の“日本の中枢感”と村上龍コインロッカー・ベイビーズで描かれてるような場末感の共存はさらに拡大していくように思われた。日本が変に治安が良くて異常なだけで、大都市”ってそういうものだと思うが。。。。。。。。

しかしながら、

最近「新宿の逆襲」という都市計画の世界的権威(???)が書いたという最近発売された新書を新宿の紀伊國屋でちょっと立ち読みしただけで思わず購入してしまった。

それを受けて、、、

たとえば、最近新宿ではあちこちで工事が行われている。東口と西口の連絡通路が開通したという事実は、かなりのプレゼンスを持つ出来事だと思う。それまで東口改札から西口改札へとラクに通り抜けるために140円支払わなければならなかった、、

新宿駅はかなり高度に発達した“ダンジョン”だけど雨の日に濡れずに目的地に到達するのは難しい。たとえ“駅から徒歩5分”であっても

さらに新宿駅の多くの出口はエレベーターすら存在していない。多汗症の僕としては、真夏の日々に階段を登ることで滴り落ちる体力の汗により、瞬間的に大都市感の否定を発生させざるを得なかった。

再開発(??)ブーム(??)となっている新宿の都市計画(??)に期待するのは自然な流れだろう。

はちゃめちゃに光ってる夏の海になるために、
おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃって生きていくぞってほどではまだないけど

ひとまず
騙し騙しながら、

騙し騙しと了解しつつも
人生をやっていこうという気持ちにはなりました。

PSPS

その1
茶髪は脱力、と語られてる宮台真司の「終わりなき日常を生きろ」を読んでいます。遂に、という感じがします。でも、こんなブログを書いてるような精神性の時に読んでよかったと思う。幼い頃から恐れてきた終わりなき日常そのものを克服するのではなく、その中で生き抜くための方法を知ろうという感じになってきているから。

終わりなき日常というか、僕の場合、日常がまだ始まってもいないけど…!

髪を青に染めながら読みました。生まれて初めて髪が黒でない色になった。この時代、茶色では終わりなき日常に対するガス抜きたり得ないだろ。むしろ終わりなき日常に染まるまである。
f:id:Matryoshkaddicted:20210612031800j:plain

終わりなき日常を克服するために髪を染めよう。これは流石に安直すぎる。
染髪は終わりなき日常への対処法を確立してるような精神性の人間の象徴にすぎない。染髪は終わりなき日常に対する単なる武器のうちの一つでしかない。
むしろ、奇抜な髪色になれるような精神性に自分がなれたことを喜びたい。

近代はいつかは終焉するだろう。そんないつくるかわからない「終末」に期待してる部分もあった。しかし、それは終わりなき日常からの現実逃避でしかない。

PSPSPS
とにかく性格とまではいかないが価値観程度なら、日々の思考の意識によって変わるということが分かったのが良かった。それでもまだ僕は予備校に通ってるわけでちっぽけな意識変革かもしれないけど。とにかく価値観の変革という成功?体験を積み重ねて、そのうち死への恐怖も克服できるような精神性になれるのでは…?という一縷の望みがある。

外出圧力の創出について


自分が家では勉強できない性分だというのは努力で克服できることではないと高1の時に了解した。その後も、もしかしたらイケるかも…!と諦め悪く何度も家での勉強にチャレンジしてきたが時間を浪費するだけに終わらなかったことがない

しかし、家から出ることもかなり苦手としている

浪人生なんだから受験勉強しないといけないわけで、極力家に居てはならないと思う。

これまでの人生様々な家の外で勉強する戦略を練ってはその度に挫折してきた。

しかし、3浪時は若干上手くいった。


去年
3浪開始時、河合塾に入塾したが、covid-19の影響で6月中旬まで映像授業一本ということになっていた。
対面授業が始まったのは前期12講中8講目からだ。
前期が、自学自習では僕の力では無理だと考えている基礎力の徹底なわけだけど、それ以上に自分はオンライン環境での学習が不可能だと知っていたので(ネットが繋がると無限に別の色々なものを見てしまう)、それまでの期間は参考書などで自分に足りてないと思う内容を勉強していた。

6/1に父にスクリーンタイムのパスコードを設定してもらい、
スクリーンタイム時間帯別制限を軸に生活を統制した

とにかくその後自分の生活を実験してはスクリーンタイム制限する時間帯を調節し、

9:20から始まる一限には基本的に出たいと思う授業が設置されていたので、
それに間に合うように、
ただ色々考えた結果朝走るのが生活を良いものにすると確信したので、、
努力目標として5時起きを掲げ、、

実際にも11月中旬くらいまでは6時前後には起きて朝ある程度走るというかなり規則正しい生活習慣の構築に成功していた。6時前後に走るためには早く帰って入浴しないといけない。そのタイムリミットの存在が日々の授業後の自習時間にもハリを与えたし、、
スクリーンタイム時間帯別制限の存在が強制的な早寝であったり、毎日早めに入浴を終えておくことを可能にした。

平日の一限の授業がない夏休み中や土日が問題だった。予備校の担任に相談して、朝スタンプ制度なるものを開始した。これは朝9時から9時半に予備校の受付に行き、塾生手帳のカレンダーにスタンプを押してもらうというものだ。

たかがこんなことで…?という感じだけど、意外な効果を発揮し、夏休みなんてカレンダーの8割以上がスタンプで埋まった。

しかし、冬は全然ダメだった。
理由は色々ある。iPhoneのある時のアプデでなぜかChromeというappが時間帯制限外になってしまった(app storeは制限内なのでアンストしておけば大丈夫なんだけど、出来心でスクリーン解禁中に入れてしまった日は悲惨だった。(この問題は時間帯制限においてなので、フォロワーに使用時間制限に入れたら良いのでは?と指摘されて解決したがそれは1月のことだった))こと、冬は寒いので過眠になったことなどが挙げられる。

そして何よりも決定的にダメだったのが、それのせいで何日か連続で朝スタンプが途絶えてしまう期間が発生すると、恥ずかしさから多少生活リズムが戻っても、押しに行けなくなり、折角のこのシステムが機能しなくなってしまったことだ。

本末転倒というかなんというか。ただただ愚かだ。

愚かだ

愚かだ

まぁ、でも、年間通して考えると、なんにせよそれまでの弊社比ではあるけどそれなりに勤勉であった。

しかし毎日勉強時間を確保できる生活というのに慣れておらず、シンプルに勉強のやり方が悪く(具体的には自分の力を過信した完璧主義を細かいところから広い計画にまでバチバチに炸裂させた)、学力は伸びなかった。

人は強迫観念でしか生きていかない
狂気といっても良いかもしれない
人生という本来こんな虚しいはずのものを生きていけるモチベも、一種の狂気でしかないのだから

様々なことに価値を感じられなくなってしまった僕は、

去年のように、
今出ている予備校の授業に愛着を持ち
決して聞き逃してはいけないな…!と思い込むこと(様々な工夫により授業が聴けるようになったというのは本当にデカイ。これは一浪時から色々考えてきてようやくという感じだ。普通に現役で東大に合格した人達の中にも授業が聴けないという人は案外多い。)だけは強迫観念として残すことにした。実現可能なことに対する強迫観念だけが身を救う。

授業はなんだかんだ言って楽しい。本当によかった。ここは授業内容以外のことに疑いを持たないようになんとか自分を制御するように努力している。


話が前後しているが、

そう、4浪目また同じ河合塾に所属することにしたのだ。

精神状態の紆余曲折を経て(http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/03/25/220812

そうすることに決めた。

これは2021/3/10以降の日々の自分の在り方から考えて出した結論だ。


虚無はもっと後のことで、、

今まで味わったことのないほど強烈な人生の虚無感に襲われたのは予備校が始まってしばらくしてのことなので、予備校に入ると決めたときはそういう感じではなかった

ただただ3月13日とかに東大を目指すのを諦めた頃、これからどうしようと思っていた。

結論から言うと今年度は、
どこかしらの四年制大学に入る なによりも共通テストリスニングで下ブレしても九割五部取れるような力をつけることを優先する 
と決めた。

しかし、3月後半の日々はあまりにもひどいものだった。
なにもしない、ということを今までの人生では主にしてきたが、

その「なにもしてない度」の世界記録を自分で毎日更新していた。カール・ルイスみたいなところがある。

今までのダメすぎる僕だったら、こういった状況にあっても、まだそのうち徐々に変われるだろうだなんて考えて一年が終わっていただろうが、

今の僕は流石に何か縛るものを発生させないとどうにもならないとすぐに了解できた。

僕がアドバイス面で最も信用している高校時代の漫才の相方にも、来年大学受験をするなら一応今年1年間も受験生が集まる空間に通った方が良いと言われ、

去年一応ほぼ平日毎日9:20からの授業に出るという起床&外出圧力を僕に与えてくれた、圧力の授与と成功という実績のある、去年通ってた河合塾に今年も属することにしたのだ。


【予備校に属しないと勉強できないのは甘えなのかという話】

もし浪人(特に宅浪)や不登校や純度の高い無職の経験がなく
予備校に属しないと勉強ができないことが甘えだと思わない人はすごいと思う。
そういうことが観念として了解することに僕はものすごく長い時間がかかったからだ。


生まれてから毎年度ずっと何かしらの組織に通う習慣があったおかげで、
日々の生活の中にも何かしらの圧力が常にあるおかげで近代国民国家的システムの中で堕落し切らない人というのは案外多いと思うのだ。

こういう予定を詰めるとか行くべき場所がない時期を作らないことが、当たり前のように、あまりにも自然にできてる人というのがいるなぁと今まで生きてきて僕は思った。

日々、時間に追われる生活の中で、上手く時間のマネジメントをできない漠然としたもどかしさやダラダラした経験がないわけではないが、たとえば会社を辞めた頃のゴッホみたいな生活にはならないという。。。。


他にも、普通にそれはそれで辛いことだと思うが同居している家族の存在という圧力があるとか。。。

僕の高校時代の漫才の相方は
怠惰な人と勤勉な人がいる、と言う。属性として
僕の漫才の相方は現役で文IIに入ったし、センターなんて878点だった。大学も留年してない。しかし怠惰な方に分類されると、俺は自分に甘い人間だからと、事あるごとに言う。
もちろん地アタマの問題もあるが、彼の高校時代などを見てきたし、それ以外にも話を聞いてるとそれはあながち間違いじゃない気がする。
インセンティブがなければベッドに寝そべってスマホをピロピロする以上の気力が発生しない。彼にとっても読書なんて楽しんでするものだが、それも移動時間などが発生しないとあまり習慣にならないと言う。

生まれ持った怠惰さは仕方ない。
問題は、自分のrawの意思の力を無駄に信じていることだ。

意思を変えるのが一番無駄で、人が変わるには環境を変えないといけない。こんなことは僕が高1の頃から他者に対して主張すらしてきたことなのに…!そんな僕自身が環境要因の整備に関してかなり不徹底で、しかもその不徹底さに無自覚な部分が多かった。一年かけて失敗してはそれを受けて何箇所かだけ直す。この繰り返しだった。

あと、、

僕は怠惰な方なのに勤勉な人がより自分を追い込むためにやるようなライフハックばかり日常に組み込んできた。12時間の勉強時間を13時間にするための…!みたいな。僕がそんなライフハックを導入するのは、センター数学で半分取れない受験生が入試数学の掌握に取り組むことに似ている。僕がやるべきことは、勉強時間以外を削ることではなく、勉強時間そのものを増やすことだった。順番が逆だ。
高3の夏だって、それまでの人生ロクに長時間勉強したことがなかったのにも関わらず、夏休みが始まった瞬間にいかにして毎日15時間勉強するライフを始めるかということを考え、最初の方なんて8時からやってる東進衛生予備校の自習室について、開くのが遅い!そんなヌルいことではダメだ!と言って現実を悟るようになってしばらく経った8月中旬まで東進に入らない、という有様だった。



前半で述べたように人は強迫観念や狂気でしか生きられない。

僕にだって続けられるちっちゃな習慣はあって、たとえば入浴直後のストレッチだ。去年なんて毎朝5キロ走ることがそれにより可能になった(今年はあまりできてない。理由は後で。)それまでの人生でもあんまり3日連続走らなかった期間というのは中1の秋以降存在しない。

なんだかんだ高校時代、留年をかなり恐れてた。いや当たり前のことだけどさ。
高校時代、高校卒業成功をどうでも良いと思わなかったことだけが、今の僕を完全な0ではなくしてる。

単位もギリギリだったしいくつか諦めて放棄した。朝も起きられてなかった。基本的に生活リズムが48時間サイクルだった。遅い時間に起きてしまっては徹夜して学校に行っていた。僕が1限開始30分前に教室に存在しているだけで、同級生に今日徹夜やろとよく指摘されたものだった。


で、
実際問題
最近はどうしてるかというと

若干の自意識を克服したため(これは今年所属してる予備校のコースの人数が多いのもデカイ。70人くらいの最後列なら耐えられる。)、朝起きて、頭にカチューシャをはめて自転車を飛ばして予備校の授業に参加している。授業開始が9:20とかで、8時過ぎに結果的に起床する日が多かった。

去年は人数の少ないコースで毎回最前列に座り、誰とも喋らないくせに毎日髪を作っていた。それが街に出るためにヒトのカタチになるということだと思っていた。何日か連続で成功した時に元気に過ごせたせいで、そうしないとエネルギッシュに1日を送れないと考え毎朝強迫観念的に走っていた。
そういう強迫観念からも一部自由になれた。ある意味で完璧主義の部分的放棄かも知らないし、虚無主義に陥ったことで色々なことが割とどうでも良いと思えたからかもしれない。虚無はネガティブなイメージがあるが総合的に見て良い変化だと思う。大きな変革のためには破壊が必要なのだ。人生のスクラップ・アンド・ビルド

去年1年間は本当に謎だった。本当によくわからないことをしていた。
努力目標としての5時起きがあるので、23時までには寝たい。自分の帰宅後のルーズさを極度に恐れていたため、予備校前期の間なんて毎日19時までには帰宅していたはずだ。当初はスクリーンタイムが一日平均90分とかじゃないと死んでしまうと思ったからだ。そういう時間帯設定にせざるを得なかった。その後徐々に慣れていくに従って、逆にスクリーンタイムを短くすることには耐えられるようになり、様々な改編を施し、スクリーンタイム解禁までに入浴完了する!スクリーンタイムの解禁は21:55!だから20時過ぎまでに帰宅!入浴!という感じになっていった。
多少週末は長めに設定していたけど。。。

それでようやく睡眠のリズムが乱れない生活習慣が構築できたわけだけど、それでも勉強時間は平日1日5時間とかだった。ここまでやって自分は1日5時間が限界なのかとひどく絶望したものだった。それでも朝走ることだとか、自習時間を侵食する授業だとかも、そういったものが存在するリズムの中で勉強時間もある程度は保ててることだと考えていたため、その辺を変えようという気持ちにもなれなかった。何か変えて今より状況が悪くなったらどうしようと思っていた。結局変化を恐れていた。


そしてさらに、

こんな夕方以降は基本孤独に自宅のWi-Fi環境で短期集中型のスマホ操作!終わったら即入浴(入浴後スクリーンにしてから即寝る!)!みたいな生活の罠を全く予測できてなかった。

マルチタスクができないので1日のスクリーンタイム解禁中に人と一緒にいたくない。

2020年に
4回以上話した人間が、父と予備校のチューターを除くと2人で、そのうち1人は4回だった。これはcovid-19とかそういう問題ではない。

つらくなることの予想をしてなかったばかりか、つらいと思うような自分ではありたくなかった。ショーペンハウアー的な孤独観をずっと持ち続けてきたからだ。幼い頃から一人遊びが好きだった。幼少期誰かと個人的に約束して「遊び」に行ったことがない。家には一応家族がいたとはいえ、やはり自分はそこに寂しさを感じない属性の人間なんだと思っていた。遊び、に「」をつけてしまうくらい、この言葉に違和感がある。寂しいという言葉も結構嫌いだった。中高時代は定期テストの後同級生とカラオケに行くことは多かったが、長期休暇に約束してみたいなことはかなり少なかった。そういうことを“わざわざ”することに対して妙な抵抗のようなものがあった。むしろ、同じ組織、せめて同じ学年でない人と何か理由をつけて会う方が、約束という行為に関しては心理的ラクなことのように思われたので何度かしたが、あまり多くない。
なんにせよ、今年は孤独が自分の精神を擦り減らすことを流石に自覚しないわけにいかなくなった。まだまだそんな自分を赦せているわけではないけれど。

だから、なるべく会える時は人に会うようにはしている。
人と会うことで生活リズムが多少乱れることを、去年ほど生活リズムの維持に対して病的に神経質になっていないせいで、受け入れられるようになっている。


ただ
今年度僕の外出圧力たりえる授業の開始時刻は、
月13:10火9:00水10:50木9:00金10:50
という感じだ。。。

まぁでも最悪の事態は避けられたかな?という感じでポジティブに捉えている。

実際問題、時々、外出どころか起床にすら失敗してしまう。ひどく落胆するが、一回休んだら何回休んでもおんなじだみたいな0 100性に陥らないような精神性になってきてはいて良い感じだ。今までの自分も、この0 100性は思考においてはあんまり意識してなかったんだけど、どうしても無意識のうちに感覚がそうなってることが多かった。

予備校の講師の質が良い、という事実は無気力の生徒をせめて予習くらいはしようという気持ちにさせるという観点でもかなり大事なことだ、と気づいた。

僕だって基本は参考書勉強効率主義が可能ならベストだと考えてるわけだけど、、、僕には可能でないわけだから。。。

大学受験にある程度詳しい人が見たらわかるが英語の講師陣(墺/高沢/太/刀禰)が凄すぎる。河合塾が誇る講師陣という感じがする。数学も良いんだけど、、午後からに授業が集中してるから。。。

「自意識」に関する補足

「自意識」について


一応、
テレビスターが、夢だった。破〔なぜ突然諦め、そして言おうと思ったのか【完璧主義の放棄】【自意識過剰を自覚】〕http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/04/29/205335
の【自意識の輪郭】の内容を前提として書いています(あまり通俗的な用法ではない自意識まで説明もなしに自意識で括って書いてる可能性がある。)

自分の認識上の様々な問題点を自意識のレッテル勝手に喜んでる
敵を捉えた気になってる。
それは危険だと思う
しかしながら、ゼロからの自意識なので別に良いかなと
予備校で初めて5文形の話を聞いてぜんぶそれで説明できる気になっても最初は構わないだろう

考えてみれば自意識ってあまりにも適用範囲が広い。
他者と関わることって全部自意識くんの出番やん。
他者というものを過度に意識すべきではないという謎の信条を物心ついた頃から過度に持っていたせい(もしかしたらその裏返し?)かもしれない。そのせいで反動的にこの歳になって過度に考えるようになったということ。自分は自己と他者の関係というものに対する理解が浅いという危機感がある。


正直、自意識という敵を同定してから日が浅すぎて、自意識対策の凡庸なまとめサイトによく書いてあるようなことを最近自分にあった気づき(笑笑笑)としてダラダラ語ってる可能性がある。

そういえば、何事も(笑笑笑)をつけて自分はこういう通俗的というか陳腐な表現を敢えて使うけどそういう自覚はありますよ的なアピールをしないと生きていけないのも自意識によるゴミ意識だよな。しかしまだしばらくこれからは自由になれそうにない。


だいたいから言って僕は自意識を扱ってる作品好きな傾向にある。
たとえは漫画だと惡の華とかさくらの唄は前半で割と全面にそれを押し出している。
単に自意識という語のレッテルを貼れていなかったというフシもある。

自意識というのは割りかし多くの人がある程度強くは持っているもので、

ただ何故僕がこんなに苦しむのか。
それは悲しいことに顕示欲が強いからだ。

顕示欲が強いが故、以外にも特異な状況に置かれることがなぜか多く(不適合故?そんな自称なんてホントは絶対にしたくないが)、
なんにせよ「自意識」を試される機会が多い気がする。
多汗症故冬の室内から出た瞬間半袖に大量の上着を手に持った状態で歩く羽目になって都会だと恥ずかしいとか、
普通に多浪だから模試とかで生年月日書くのが恥ずかしいとか、
苦手な野菜が多くて、飲食店で抜いてもらうのをお願いするのが恥ずかしいだとか(あとは、お待たせしました!○○ネギ抜きです!と大きな声で言われる時とか。)
それともみんな我慢してるのか???


てか僕が結構連呼してた「虚栄心」とかもまぁ自意識の所作だよな

先に、ラスボス的な話をする

とある高校の同級生と2浪時会った時に、

僕は浪人を機に大学に受かったわけでもないのに訳あって関西から関東に移住して一人暮らしを始めたわけだが、この事実は他のとある同級生に知られたくなくて(その人物はそういうことに対してチクチクした感情を持ちそうだから)噂はすぐ広まるものだし最初は高校の同級生達に隠しておく方針だった、みたいな話をしたら、

「(僕の苗字)は、そういうのを気にするの好きやもんな」

と何気なく言われた。

めちゃめちゃ俺の急所を的確に触るのが上手いなと思った。偶然かもしれんけど

正の自意識と負の自意識(まぁそれぞれあんまり良いもんではない)が互いにバチバチに炸裂してて、しかもそれぞれは打ち消し合うものじゃないみたいな、そういう自意識。
これを自意識って言うと当時は知らなかった。

今はね、つまり、ブログにこういうことを書いて全世界に向けて発信してしまうくらい

「マイナス属性自意識強くて苦しんでるんですつらいんです可哀想でしょ」とアピールしてしまうというプラスの自意識が炸裂してる期。


一応、正の自意識というのは過剰に他人は自分に関心を持ってくれてるだろうと思うこと、負の自意識というのはあまり人に注意を向けられたくないようなことに関して、過度に人は自分についてネガティブな感情を持っているだろうと思うこと、を指すつもりだ。

たとえば、割と親しいと思ってた人が、意外にも僕の公開してる情報を見てなかったりすると、割とえぇ!ってなる。そういう意味では正の自意識はかなり持ってて、ただ正の自意識を持ってるという事実を人に悟られるのが恥ずかしいという負の自意識で隠してしまう感じがある。というか、それがかなりすべての僕の根本だ。

そのせいで、みんな僕のことなんかどうでも良いんだ、、それなのにみんなに興味を持ってもらえてる前提で振る舞うのは恥ずかしいのでなるべく顕示的でない生き方をつとめようってよく思ってしまう。みんな僕にそんな興味ない。それはある意味で事実だけど、それは別に大した問題ではない。人間ってそういうものなのに、隠れ正の自意識の強さのせいで、過度に負の自意識を高めてしまう。反動的に。ずっとこの繰り返しだった。僕の人生。


勝手に正の自意識 負の自意識みたいな概念を導入して喜んでしまっている。


様々な形で発現している多種多様な自意識過剰のちょっとした例をさらにさらっと列挙していく


書店で

日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」「一度読んだら忘れない世界史の教科書」「人は話し方が9割」「「育ちがいい人」だけが知っていること」「世界のエリートが学んでるMBAマーケティング必読書50冊を1冊に」みたいな本が平積みされてるのを見て、

一応内容をパラパラ見るためにすら触れられない。周りの視線が気になってしまう。視界の最外縁で存在を確認するのが限界。少なくとも新宿の紀伊國屋では無理だ。新宿のブックファースト(結構人がまばら)ならギリできるかなというレベル。それらの「立ち読み」のためにKindleを入れる必要がある。


俺は黒烏龍茶の味が好きで飲んでるわけだけでトクホだから飲んでるわけじゃないから、そう思われたら嫌だから店頭で黒烏龍茶を買えなかった。
実は脂肪を減らすシールが貼ってるやつも同様。

アルコール消毒とかしょうもないと思ってるので、店員に気にしてると思われたくなくて、あえて除菌とかへの言及のない表示のやつを選んで買ってしまう。 



雷獣オーディションで、好きなテレビ番組を聞かれて、反射神経的に「ないです」と答えてしまった。あるのに。そしてさらに、ポロッと「全部おもんない」と言ってしまった。そのセリフには字幕までついていた。このことを引きずってる。思ってもないことを言ってしまい、それが視聴者の記憶に刻まれてしまったのではないか…?

テレビ全般をデカい主語で批判したくない。

休憩時間、リラックスして喋ってる時僕は面白いことが言えて、普段ならそんなこと言わないのにアドリブでキングオブコント出たらryみたいなことを口走ってしまい(やはり精神状態が変だったのか)お笑いを舐めるなwみたいなことを言われてしまう。僕も本当にそう思う。しかし咄嗟に、「思ってもないことを言ってしまった」みたいな弁解もできなかった。これにより彼らに失望されたのではないか…?

などと気を揉んでいる。



今まで気にしてた色んなことも結構自意識の所作的なことが多い

2浪時世界史の授業で、
砲艦外交を英語でなんていうかっていう時に
適当に耳に残ってた感じで、ガンディードディプロマシーと言ってしまった。
正確にはガンボートだ。本当に直訳でgun boat diplomacyなのだ。
適当な知識でイキって恥をかいた。
講師や周りの生徒に未だに覚えられてて、内心バカにされてるんじゃないか?って不安に思ってる。


中学の時の修学旅行的なやつで、同級生と見てたTVから曲をyesterday とimagineを逆に言ってしまった。間違えのレベルが低すぎる。The Beatlesについてなんも知らん人の発言やん。何年も引きずり、何年か経ってから、その同級生にあの時恥ずかしいことを言ったがry、などと言ったことがある。やはり気にしていなかった。


平日の昼間にランニングできない。浪人生故平日の昼間にランニングできてしまってると思われるのが恥ずかしい。誰も思わないのに。スーツ着て歩いてる人が、自分をどう見るだろうと思う。何も思わないだろう。働いてて平日休みの人だっているのに。それでも気にしてしまう。終わってる。

リプライを送れない自意識もある

全身陰茎男が「どしたん、話聞こか^_^」
「それは彼氏が悪いわ」などと言っているイラストがある。アレを描いた人間は天才だと思うし、初めて見た時以降も何回もアレを見ては笑ってきた。
が、
そういった意識にあまりにも囚われている。そもそも同性相手にすらちょっとしたリプライを送るのにも抵抗があるみたいな観念も根底にあるし、、
ただ少なくとも高1の時はそういう意識がなかったので、これはインターネットに歪められた感じがあるかもしらない。そして、多くの人が持ってる種類の自意識かもしれない。


実は、
デカイ主語やネットで見かける断定的な口調にたびたび傷つくのも
自意識が強いからなのかもしれない。

ただ、
たとえば真っ当な服装で外に出るとかも自意識のせいなわけで

まぁその自意識すら克服してる「成功者は多いが…」

流石にその自意識くらいはあっても良いわけで、、

自意識の中庸を探したいですね…!(僕の結論は全部これ)

傘(改訂版)

何も考えずに書いたこっち→ http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2019/08/08/000147
とどっちが良いだろうか。改訂前の方が良い可能性があるんよな。

(一)

2019年の7月の上旬

当時2浪目だった僕は、1浪時通年のコースに通っていた予備校の夏期講習だけ受けていた。

3つの講座を取り、そのうち1つ目の時の話。


その講習の最終日であった4日目の天気は微妙だった。決して大雨ではなく、断続的に降ったり止んだりという予報。でも傘が全面的に不要ということは無さそう

行きしなに傘が必要でも、帰りは荷物になるかもしれない日は傘というものについて色々考えてしまう。

殊、雨傘に限定するけど、
あれほど雨が降っていない時に邪魔なものはない。
帰り道だけ晴れていると捨ててしまいたくなることも多い。

晴れてる時、使わない傘を杖代わりに使ってしまって歪んでしまうことがある。もちろん広げてる時に暴風で歪むこともあるけど。

微妙な天気の時は、最悪出先でお金を出して
買えば良いと思うこともある。しかし、100円や200円とかのものは見ない。

使い捨てくらいの気持ちで出先で買ったビニール傘も、数回使っているだけで愛着の萌芽が発生していることもある。

傘にこだわり、気に入ったものを使い続ける人は、何かを受け入れた人物だと思う。修理するまでして一つの傘を使えたらな
一度壊れたものを修復するという営みを通してさらに愛着は増す。

僕は出先で買う傘にこだわりを発揮できない。そこにそれが売ってあったから買うのだ。

ところで、傘ってあったからといって無敵になるものではない。
濡れるのが嫌で室内に閉じこもってしまう日も多い。

(ニ)

予備校の講習で両隣の人間は毎日同じだ。かといって、普通、言葉を交わすことはほとんどない。予備校の教室で隣になるということは、電車で隣の席に座ることと、そう変わるものではない。状況としては。
偶然乗り合わせた人間に話しかけることは社交性ではない。儀礼的無関心。それがこの社会で共有されている通念だろう。多分。

基本的に僕も隣の人間なんかに関心は払わない。その講習では両隣は男だったし特に。

それでも、挙動は目には入る。
左の男に関して言えば、いくつか、特筆するべき、というほどではないけど気になった点があった。


まず、僕は多汗症だ。しかも類稀なる。
夏はみんな汗をかく。しかし僕のそれは一般人の比ではない。
そして、自分くらいの多汗症の相手というのはなんとなくその人を見ているとわかる。

教室は冷房が効いていた。この多汗症の僕が半ズボンだとつらいくらいだった。そんな中左隣の男は頻繁に扇子で仰いでいた。親近感がわいた。僕もミニ扇風機でさりげなくアピールしたつもりだった。


僕はアマゾンの欲しいものリストを「オンライン積ん読」と読んでいるのだけれど、これに入っている本の著者の中に、飲茶という人物がいる。彼はその人物の著作を毎休み時間読んでいた。会話の糸口としては十分すぎる。
しかし、僕は飲茶をそのまま「やむちゃ」と読んで良いのかわからず、また、それを検索したところで、なんだかよくわからなかったため、その件で話しかけるのは躊躇っていた。あるいはそれを単に話しかけないための理由にしていただけかもしれないけど。


オペラグラス。
僕はこの華美な響きを一浪時にこの予備校に入って初めて知った。

言ってしまえばミニ双眼鏡のことで、授業中黒板の字が見えにくい場合に使う。僕はその講座の担当の講師の授業を受ける時はいつもこれを必要とする。字が薄くて見にくいからだ。しかし僕は自前のものは持っていない。毎回予備校で貸し出しているものを借りに行くのだ。だから時々オペラグラス返却待ちの列に並ぶことになる。
その彼は自前のオペラグラスを持っていた。金と黒のなかなかゴージャスなデザインで、オペラグラスという名称に相応しい代物だった。これについても言及したくなった。


彼の夏期講習の受講証をチラッと見た。僕も取っている同じ古文の講座を取っていた。複数期間で開講されていて、同じ期間のものかどうかはわからなかったけど。やはり親近感がわいた。

そもそも、僕はこの講座が最初取れなかった。その予備校の校内生ではないからだ。人気講座なのだ。校内生が優先的に取ることができて、基本的に校内生だけで埋まってしまう。それでも、毎日キャンセル待ちの電話を根気よくし続けて取った講座なのだ。その講座を選んでいるという時点で一定の親近感はわく。たとえどんな奴であれ。


三日間講習を隣で受けていて、彼から受けた印象は、ざっとこんな感じだった。だからと言って話しかけたりはしなかった。人見知りかどうかとか関係なく、普通のことだと思う。

(三)

講習四日目の昼過ぎは軽く雨が降っていた。

予備校に入ろうとした時、女の子が、丸めた上着で頭で抑えて雨を凌ぎながら予備校の一階の入り口の階段を駆け降りているのが視界に入った。見た目がタイプだった。
きっとコンビニにでも行くつもりだったのだろう。幸い僕は傘を持っていた。僕は今から予備校という屋根のある場所に入るわけだから傘はしばらく要らなくなるわけだけど、どうせその子もちょっと行って帰ってくる感じだろう。もし良かったら…!とか言って、傘を手渡して、食事室にいるから後で返しに来て…!などと言いたいと思った。もちろん、そんなことを考えてるうちにその子はどんどん予備校から遠さがっていった。気落ちしながら、講習のある教室に入った。通常運転だ。むしろ変なムーブをせずに済んで良かった。そういうことをするのは激キモコミュ力だと考えている。

授業が始まっても例の左隣の男がどういうわけか来ない。

この日は授業開始直後脳の働きが鈍っていた。昼食を食べすぎたからだろう。「仮定法過去完了」を何度も「過定法過去完了」と書いてしまっては書き直すという具合だ。そして録音をしているという安心感からその脳の鈍りに身を委ねてしまっていた。

授業開始25分くらいで左隣の男は来た。

一限が終わった後、彼は僕に自分がいなかった時の分の板書を見せて欲しいと言った。若干は予想していた展開である。そして期待していた展開でもある。そして、それは同時に危惧していた展開でもあった。それは僕の中で様々な複雑な事情が絡み合っていたからだ。

僕はささやかな完璧主義者である。基本的に聞き漏らした部分や理解が十全でない部分は録音を聴いて、必要があれば授業中に取った板書やメモにさらに書き加える。もし人に見せて欲しいと言われても、出来れば自分の満足いく状態で見せたい。これは相手に対する思いやりというより自分に対するプライドだろう。実に不要だとは思っていた。しかし2浪時まではこういったスタンスを捨てる勇気はなかった。

しかし、もちろん相手にそんなことは言えない。きっと、そんなことを相手は求めてない。それに意味がわからないと思うのだ。正直怖いだろう。そんな講習で隣の席になっただけで、そこまで完璧なノートの提供を申し出たら。だって、そこまでする理由が普通はわからないから。INFP特有の相手に対して過剰な努力をする、というのが出てしまっているのかもしれない。

そうでなくても、僕は字が汚い。ふつうに字が下手なのに加えて授業では板書のみならず録音してるとはいえ、できるだけ授業中に多くの情報をメモりたい派だ。そしてその講師は特に授業スピードが速い。あんな密度の濃い授業を他に知らない。当然ノートは汚くなる。僕は基本的に自分が読めさえすれば良いというスタンスだ。

また、僕は後で調べようと思ったことをメモるようにしている。倒置の例でforget me notと出てきた。尾崎豊 とメモった。彼の曲名にあった気がするがこの語順だっけ?と一瞬なったからだ。こういうのも見られてしまう。見ても「???」となるだけであろう。

僕としては、彼の不在時の部分を録音を聴きながら綺麗な字で清書し、もし古文の講座のタームが同じであれば、その時にでもコピーしてあげる。もし古文の講座が違えども連絡先を交換し、僕の清書が完了し次第、写真に撮って送る。これでも良いわけだ。こういったノート提供の形が理想だと考えていた。もちろん机上の空論だ。現実には提案しにくい方法である。しかし相手の方からそういったことをいうのは図々しいと思うだろうし、やはり僕がそういった提案をするべきではあったのだと思う。

このように、隣の席の奴が最初来なかった時点でこういった展開になることは薄々気づいていたのだ。想定内だった。可能性の一つとして考慮していた、こういった表現の方が適切かもしれない。それをわかりながら、脳の鈍りに身を委ねた自分の愚かさが哀しい。多少意識的になれば、まだマシなノートを見せられたかもしれない。連絡先云々の展開に進められないのは、わかっていたはずだったのに。

(四)

彼のノートを見せて欲しい、という要請は当然ながら快諾した。しかし、写真にでも撮れば……くらいのことしか言えなかった。

彼と言葉を交わして関西風のイントネーションを感じた。僕も関西出身であるため親近感がわいた。

さらに彼が講習に遅刻した理由は寝坊だという。我々がまさに絶起(絶望の起床の略)と呼んでいるものだ。絶起と言いたかったが、通じなかった場合白けるし、なんにせよインターネットオタクだと思われるのでやめた。それはともかくとして僕も「絶起」をよくするのでさらに親近感がわいた。彼は8:00に起きようとしたが二度寝か何かをして16:00に起きてしまったというのだ。まさに僕がよくするタイプの「絶起」ではないか。同じ絶起の中でもあまりにも親近感を憶えるタイプの絶起だった。

彼は四国の出身で、東京のこの予備校の通年のクラスに通っている校内生らしい。おそらく寮生だろう。そういった会話の糸口もあり、またそういった話も振ろうと思っていたのに、最後まで振ることができなかった。


彼はなぜか開成高校の人とかほとんど浪人しないんだろうな、的なことを言い出した。なぜ突然そんな話を始めたのかは謎である。彼なりの会話の始め方だったのかもしれない。

そして僕の出身高校がどこか聞かれた。正直に答えた。こういってはなんだが、名門である。極めて。彼は驚いていた。

灘は中高一貫校ではあるが高校からの編入がある。僕が中学からか高校からかを聞かれた。中学からと答えた。彼の出身高校も同形式で彼は高校かららしい。
彼は高一の時の中学受験組に追いつくための勉強が大変だったという。そんな自分がなんで浪人せなアカンねんと言っていた。僕はそんな気持ちになったことがない。きっと命を削って勉強したことがないからだろうな。なんだか浪人生として生きていて申し訳ない気持ちになった。

その後、僕は前の三日間で感じていた気になったことを色々話してみた。講習で隣の人の喋るという珍しい状況が発生している。


彼は休み時間の度に、猛然と僕のノートの写真を自分のノートに写していた。前述の通り僕のノートの字は大変汚いため、時々、何と書いてあるのか、という質問を受けた。

そんな中で、希望の綱であった古文の講習の日程について尋ねてみた。同じであれば先程の僕の世話好き風な提案もしやすい。しかし、違うタームだった。

そして、その時彼はこう言った

「まぁ、もう会うこともないやろ。こういうのは一期一会や」

何故そんなことを言うのだろうと思った。
確かに事実ではあるだろうけど。僕は彼に恨まれるようなことはしていない。決して彼の口調は冷たいものではなかった。きっとあまり何も考えずに言ったのだろう。単に一期一会と言いたかっただけなのかもしれない。しかし、僕はなんとも言えない切ない気持ちになった。

さらに志望校を聞かれた。東京大学文科三類だと答えた※。彼は文三に行く人は実家に余裕があって、みたいなことを言い出した。またしても、なぜ、そんなことを言うのだろうと思った。僕がこの手の話題に敏感なだけかもしれないけれど。
※僕は結果的な4回東大を受けて一度も文三を受けなかった。しかし2浪の夏の時点で、たしかにその年文三を受けるつもりでいた。

彼は通年でこの予備校に通っている校内生なわけだけれども、そんな彼に通年の授業の教室で隣の席の人間と喋るか?という質問をした。
なぜ、そのような話をしたかというと、予備校の講習で喋るのは珍しいという話をしたからだ。これが初めての講習会だから相場はわからないと答えていたつまり彼は一浪なのだ。
彼は通年のクラスでは隣の人間と喋らないこともないらしい。僕にノートを見せてほしいと言ってきたのも偶然その講座には知り合いがいなかっただけで、予備校に知り合い自体はいるようだ。ただ隣の席が女性の場合はまず喋らないとのこと。
それに因んで、僕が出身高校は男子校であることを指摘された。そして、お気の毒にと言われた。

余計なお世話である。

強がりではない。高校卒業から一年以上経って僕の中で醸成された考えは、少なくとも自分自身は中高の人格形成期を男子校で過ごして良かったというものだ。これが男子校出身者の総意では決してないだろうし、僕だって今後考えが変わるかもしれない。しかし、現時点で僕が出してる結論は、少なくとも自分にとって最善の選択だったということだ。これは、かなり紆余曲折を経て色々考えて出した結論だ。僕は中2の時分には共学に転校することを切望していたし、そういった胸の内を中学受験の塾が同じだった女子に語ることもあった。青春群像劇への憧れは中高を通して、いや今も強く持ち続けている。そういった精神性を持ちながら、自分にとっては中高時代、少なくとも学校生活を送る場に女子がいなくて良かったと確信している。
その理由を完全に説明するには一万文字は軽く必要だから、ここではその詳解は割愛するけれど、男子校出身生活エアプが軽々しくそんなこと言わないで欲しいという気持ちがある。もちろん僕だって日常生活においてエアプのくせに軽々しくモノを言ってるようなことは沢山あるんだろうけれども……。

(五)

講習が終わりいよいよ帰ることとなる。講習最終日。本当に彼と今生の別れになるかもしれない。彼がこの予備校で属しているのは東大の理系を目指すコースだ。志望大学は文理が違うといえど同じだ。共に合格すれば同じキャンパスに通うことになるけれど、受験の世界は甘くない。共に合格することを確実視した前提で話をすることはできない。

隣の席だし、ぽつらぽつらと言葉は交わし続けていたので、彼と一緒に教室を出ることとなる。

教室は六階で、降り方の選択肢はエレベーターと階段があったが、自然な感じで二人で階段を降りることになった。彼もそれなりに僕と会話して過ごす残り少ない時間を引き伸ばすことに意欲的だったのかもしれない。


この予備校に関するWikipediaのようなサイトがある。そして前述の通り僕は二浪である。一浪時にこの予備校に校内生として属していた頃から、そのサイトを熟読してきた。通年のクラスの講師陣の名前なども載っている。そして、二浪になり、通期のクラスには属さなくなってからも、このサイトは時々見に行っている。彼の属しているクラスの講師陣もほとんど把握していた。これは本当に多浪に多い予備校参考書マニア的趣味からきてしまう激キモムーブだ。受験関連のコアな固有名詞な情報に触れるのが純粋に好きなのだ。そういったものに好奇心を持ってしまう。

そのせいで、会話をかなり先回りして、彼に通年のクラスに関するかなり具体的な話をいきなり振ってしまうなどした。そして、会話が噛み合わないという事態が発生した。とても気まずいと僕は感じた。まだ六階から五階に降りる段でそんな感じになってしまった。

その後、とりとめもない話をしながら降りて行った。

二階でふと気付いた。六階の傘立てに傘を置いたままにしてきてしまった。

僕は傘を盗まれることに対する警戒心が強い。なぜなら、濡れることがとても嫌いだからだ。というか人々の意識の低さに日々愕然としている。傘立てなんて軽犯罪の温床である。傘立てにさされている傘を公共財産だと思っている輩は思いの外多い。そもそもどれが自分のやつか透明のビニール傘だったらわからない。僕は盗みにくいように記名し、さらに前日なんてウェットティッシュの空き袋をかぶせておいた。これなら取らないだろうという魂胆だ。このくらい異常なことをして初めて傘なんていうものは守ることができると思っている。

僕はそういった精神性を持つ人間である………。

しかし、だ。ここで傘を取りに行くなんて言ったら…

彼は待ってくれるかもしれない。でも待ってくれないかもしれない。

僕が彼の立場ならどうするだろう。きっと待つだろう。しかし、僕と彼は違う人間だ。特に今日少し喋ってそれを感じたわけだ。そうでなくても自己と他者は区別しなければならないのに。それに僕が三日間彼に対して感じていた感情は双方向性を持つものではない。当たり前だ。彼にとってたまたま右隣の席に座っていたから、ノートを見せてくれた単なる二浪にすぎない。

どうだって良いのだ。彼にとって僕は出先で見つけた300円のビニール傘みたいなものだ。disposalな人間関係

また、たとえ、もし、待ってくれたとしても何を思うかわからない。広義の友達にすらなれていない関係が持つ哀しさがここにある。

もし待ってくれなかったら…。だって彼にそんな義理はないのだから。意味もあまりない。僕はどうしようもなく哀しい気持ちになると思った。傘を取りに行くと言ったことを後悔するだろう。これから先、その傘を見る度にそのことを思い出してしまうだろう。

もし、彼が待たないと言ったからといって、あ、じゃあ傘いいや、とも言えない。そういうものだ。彼は、何故この人は傘を諦めてまで自分と一緒に駅まで歩きたいのだろう、意味がわからず怖いと思うかもしれない。そして、その後一緒に歩いても、このことのせいで、より気まずい雰囲気が流れるだろう。

こんなことになるくらいなら、勇気を出して、予備校に今日来た時に入り口で女の子に傘を渡して、しばらく借りパクされときゃ良かった。記名だってしてるんだし。そんなバカなことも思ってしまう。

僕は一人で予備校から駅まで歩くのが嫌だったわけではない。むしろ、そういうのは得意だし、一人で帰るのが嫌という人は相容れないと思ってしまうことすらある。僕はそういう人間だ。少なくとも自分の中の寂しいという感情を何故か憎んでいる。まぁそんな人間ほど本当は寂しがり屋なものだけど。

まぁでも僕は、彼と、この状況で今生の別れになるかもしれないのが嫌だったのだ。

良いじゃないか濡れるくらい。彼とは「一期一会」かもしれないんだから。一緒に雨に打たれてみるべきだ。
 
傘自体に関しては記名だってしてるんだ。後で取りに行けば良いのだ。
傘に限った話、記名してるとはいえ何があるかわからない。これで紛失することになったとしても、まぁ杖代わりにして歩いてたせいで歪んでたし良いや。

もし大雨なら、思い出したように、そう言えば傘持ってたわ、と言ってエレベーターで6階まで取りに行こうかなとも思った。
しかし、実はその予備校では傘の貸し出しを実施している。このことを彼が知っていれば、僕が取りに行ってる間に、帰ってしまうかもしれない。

予備校を出る時、もうすっかり日は沈んでいた。街頭から流れる光の粒のシャワー。
ただ幸い小雨だった。小雨に打たれながら彼と駅まで歩いていく運びになった。とりとめのない話をしながら歩いた。会話内容を全く覚えていない。内容が相当に薄かったのだろう。僕は数分の床屋談義のために傘を諦めたんだなと思う。

あの傘はもう乾き切っているだろうか。まだ少しは湿っているかな。

彼がどこまでドライに接したいのかも、僕からはハッキリとは分からない。

彼と最寄駅は違った。近いけど微妙に違う場所にある駅だ。僕は敢えて予備校から遠い方の改札口まで歩いた。小雨に打たれる時間は伸びるけど。今生の別れになるかもしれない、と考えるとやはりタイムリミットは伸ばしたい。僕は、彼の名前は知らないままだし、彼も僕の名前を知らないだろう。いくらこのネット社会にあっても、名前さえ知らないのはキツい。

来年駒場で会えると良いな、と言って僕は改札口をくぐった。

まぁ来年会えてしまうと、一期一会にならないんだけど笑笑……………。

結局、その傘を取りに行きはしなかった。

(了)

脳のセルフプレジャー

別に考えなくても問題が起きないようなことをウダウダ考えるだなんて脳のセルフプレジャーに過ぎない。普通に考えがグルグル回ってしまう人は割といると思う。ただ僕はさらに強迫観念的にスマホのメモ帳にメモってしまう。スマホのフリックで気軽に打ち込めるからさ。そういう技術がなければ諦めてるよ。字が汚いし。思考のスピードで紙に書くと後から見て自分でも読めない字になってしまう。げんに小学生の頃とかもそういうことをしたかったけどスマホを持ってなかったからしなかった。でも今はできるわけだからしてしまう。なんか忘れてしまうのが怖くて。勿体ないと思ってしまう。自分の思考の軌跡にそんな価値を感じてるのは自分で自分を買い被り過ぎだと思うけどさ。虚無主義カンストしてからもそれは変わらない。多少マシにはなったけど。脳のカウパー氏線液を保存しておきたいという欲求が強いということ。で、時々インターネットに放出するに値すると思えるメモが発生する。これが脳の射精だと思う。このセンテンスだって脳の精液なんだ。まぁこれはブログだけど、たとえばツイートって出し切ったなと思っても翌日にはまたポンポン湧いていたりする。むしろあんまり制限なくしていると、沢山する習慣がついてしまう。極めて射精に似ている。頻度を全く制限しないと一回一回の質が頗る悪くなることがある。こんなとこまで射精に似ている。いや、本当に似ていると思わないか?やっぱり生産性のない思考って脳のセルフプレジャーなんだよ。生産的じゃないって面白くないってことじゃない。たとえば哲学なんて脳のセルフプレジャーだと思う。タレス以来、ここまで哲学が高度に発達したのって脳のセルフプレジャーのリレーバトンが脈々と受け継がれていたからではないか。素敵なことだと思う。先哲たちは、脳から分泌された精液をさ、きちんと文献という形で煮詰めて残していたんだよ。その中でも特に後世まで残され、そして伝えられたエッセンスである凍結精子が未来の哲学の子種を生むための設計図になってる。人類ってすごいよ。やっぱり、多分。

煮詰めるって熱を加える感があって、それだと精子が死んでしまうから表現的に抵抗があったが、煮詰める以外に浮かばなかった

テレビスターが、夢だった。Q〔なぜ突然諦め、そして言おうと思ったのか【完璧主義の放棄】【自意識過剰を自覚】〕

テレビスターが 夢だった。破〔“夢”(笑笑)についての遍歴〕(http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/04/27/010705)の続き


【完璧主義の放棄】

認知の歪み、という概念をしっかり認識し出したのは3浪、つまり2020年のことだったと思う。色々要因はあるけど、FFの人がRTしてた人格改造完全マニュアルのあるページを載せたツイートを見たことがデカかったと思う。申し訳ないがその本は読めてないけど(積ん読が多すぎる!!)、色々「認知の歪み」でググった。そして、僕はこの認知というやつが極端に歪んでるなと認識できた。

軽くしか触れなかったので完璧主義についてもう一度。
前述の通り、自分がいかに筋金入りの完璧主義者であるということに結構最近自覚的になった。
1日1日の送り方から人生の送り方まで、受験勉強から文化の摂取まで僕は全部完璧主義的だった。そしてそれゆえの0 100性を発揮して結局何もできないことが僕の人生そのものだった(他にもたとえば人との会話の反省会をしては落ち込むのも完璧主義の毒みたいなところがあり、人とのコミュニケーションのイデアなんていうのは、イデアというものの性質上存在しないわけだ。だからそれにならなかったことを悔やむのは無駄だということだ。人とどうせうまくコミュニケーションを取れないからという理由で人と会わながちになるもの0 100性の弊害という感じがする。)

特に1浪2浪開始時は酷かった。この傾向が顕著に発現している。

1浪が始まった時、
わけあって(大したことではないがひとまずここでは詳細は割愛)、東京での一人暮らしで浪人することになって、
最初は宅浪(結局駿茶に通うのだけれど)で、高1の時点で自分の家で勉強できない性質に確実に自覚的になっていたのに、心機一転頑張れる(笑笑)と、一日12時間は勉強すると信じて、それを実行し、完璧な受験勉強なるもの(この表現で伝わると信じている)(信じてばっかりかよ)を実現しようと思っていた。が、結果はどうだ?

2浪時なんて浪人が決まった瞬間に、ペースメーカーとするための週2の2時間のZ会の授業以外の時間をすべて自習室での参考書学習に充てることを決意し、、
やりたいと思ってる参考書を各教科すべて書き出し〔参考書通(ゴミ!!!)(参考書コレクター的気質ほど実力のない受験生にとって有害なものはない!!!)(自覚してた。ずっと。でもこの情報化社会!)〕故にめちゃめちゃ多い)、それらを全てまずは1セクションくらいやってみて、どのくらい時間がかかるかはかり、、  2浪の1年間各日の24時間計画表を作り、そのどのくらいそれぞれ時間がかかるかっていう実験をもとに(流石に一気に秋冬まで埋めるということはしないが)タイムスケジュールを組むという作業を進めていた、、。。、、。!

これは遠視眼的になりすぎてることも含めて僕の“悪い”部分がすべて出ている。

結果としてZ会の週2の授業の予復習すらずっと中途半端という状態の1年間を送った。


2021年の2/17
ある日自転車に乗ってて、突然、ひどく自分は強欲な人間だなぁと改めて思ったことがあった。
何かを得たいなら何かを差し出さないといけないんだよな全てを得るなんて無理だからな当たり前なんだよなわかってるけどさ…みたいな気持ちになった。
全てを手に入れた人生しか嫌、という完璧主義だったのだ。
完璧主義が先か、強欲が先か、はわからない。そんなことはどうでも良い。ただこれらをやめることにした。

やはり多浪という点で人生にあまりにも傷がついたから、どう考えても完璧主義を満たすのが無理だなという、
まぁ人は親がそれを赦し、放っておいたら多浪してしまうわけで、、
時間が解決してくれるタイプの受動的な諦め理由の発生によって完璧主義の撤廃が可能になった気がする。

“主義”って実は相当重い 感情に根ざして所持している信条だ。
旧ソ連の社会“主義”者がいきなりウォール街に放り出されて生きていけるだろうか?
自由民主“主義”に「毒されてる」我々は、すぐに独裁に本能的とまで言えるようなアレルギーを起こす。
どうしても自分がテレビスターになれない人生を受け入れられないと思ったのだ

ありとあらゆることに劣等感を感じては消耗してしまうのもある意味で完璧主義が原因なんだと思う。全てのことができていないとダメだ!と思うから。これはまだ原因を特定したところで全く自由になれてないけど。まぁなんにせよ4浪かつ将来性が全くない状態だから当たり前だけど。
誰にも負けないことをせめて一つは見つけたい。

あとこれも前の記事(http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/03/25/220812)で触れたけど
100を満たすのが理想で、残りの20を満たすのがとてつもなく難しい時に、80を満たしたらかなり気が楽になるのに、0の状態から見上げて100と99の差が異常であるかのような見方をしてることがあまりにも多すぎるのでやめたいと思った。

こういうのが積もり積もってる中で

この記事(http://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/03/25/220812)にもあるように
2020年2月14日(強欲への気づきはその3日後ということになる)頃に完璧主義の撤廃への道の入り口に立った。この日の時点ではまだ東大に受かるまで受け続けようと思ってたけど。ただもう色んな事を受け入れられる土壌ができ始めたおかげで、1ヶ月後には東大を諦める勇気が持てたし、しばらくしてテレビスターにいつかなるぞという幻想も捨て去ることができた。



2021年の1月僕は3年ぶりに村上龍コインロッカー・ベイビーズを読んでいた。3年前よりも遥かに物語の世界に没入することができた。主人公の一人 ハシがスターになった後、転落して「僕はただみんなから好かれたいんだ」「僕は狂っていない、みんなから嫌われて悲しいだけだ。」と言った。ハシ…!と思った。この物語で僕はハシに最も共感し続けた。
村上龍に改めて強く惹かれた僕は、本屋をフラフラしててたまたま目についた「村上龍映画小説集」を読み始めた。
そこで自分が自意識が強い人間であることをきちんと認識することができた。

【自意識の輪郭】

なぜ急にテレビスターが夢だったことを激白できたか

それは“自意識”の躾け方を会得し始めることの萌芽がうっすら確認できる、そんな状態になったからだ。

自意識の強さゆえにずっとこの夢(笑笑笑)を人に言う勇気が持てなかったのだ。勿論諦めたからというのもデカいけど、

自分が自意識過剰な人間であるという事実に自覚的になったのは2021年になってからだ。

○○という自意識、みたいな用法は認識していたけど、

「自意識過剰」という語じたいはかなり狭義的にしか捉えられていなかった。別に自分について言及されているわけでもないのに、勝手に自分について言及されていると思う(これはそのことで注目されることを主体が好ましいことだと思ってる文脈において)、みたいな意味に限定される語だと思っていた。

2021年の2月に読んだ村上龍映画小説集で結構自意識の強さに関する言及が多く、いや僕やんとなり、自意識過剰の様々な意味を認識したのだった。
(この本は本当に素晴らしく、明らかに僕を変えた一因だといえる)

思えば邦楽の歌詞なんかでも自意識に言及してるのは多く、共感(笑笑笑)できるなーなーんて後から思ったりした。

僕が抱えてる意識における諸問題は途方もなく多岐にわたり、頭を抱えていたが、かなり多くに対して「自意識過剰」から分岐して発生してることだというレッテルを貼ることができて、気持ちが楽になった。

自意識過剰の人はアガリ症だという。
僕は人前で話す時は確かにアガりやすい。
それでも、ずっとアガり症であることをなかなか認められなかった。性質ではなく状況のせいに毎回してきた。しかし、自意識過剰故のという根拠を得てしまった。
アガっていてはテレビスターになれないな。

自意識という語は割と多義語だ。

単に強いといっても色んな形での発現の仕方がある。

たとえば赤裸々度?が高いと自分が思うことを投稿する時とか、その前に1つ後に2つくらい10分以内の間隔で無難な内容を投稿したいとか

たとえばこの記事がそういう記事なんだけど、今回は剥き出しの自意識を晒そうと、前後に何も投稿しなかった。


ベテランちさんと意識について喋った時、かなり印象的なことを言われた

それは「強すぎる自意識は自意識を抑圧する」という彼の持論。

この記事(【東大医学部YouTuber】コロナ禍に突如現れた天才・ベテランちにUmeeTが凸ってみた https://todai-umeet.com/article/59309

の話にちなんでしたんだけど
逆張りを極めた先にYouTube」というのもそういう感じだというのだ。

この自意識への切り口は結構マイナーな気もするが、
今の僕の様々な考えの基調になってるので一応、、

たとえば逆張りをしてしまうとか、そういうのって自意識の強さから起こる行動だという話だ。

「こんなメジャーコンテンツや流行りのモノを無邪気に好んでいるだなんて他人に思われたら恥ずかしい…!熟慮とかないんだな…!と思われる」という自意識から、実は毎日白日を聴いたりしてるのに、若干マイナーなものを好みとして挙げるということだ。

ある意味でのサブカル趣味もそういうところがあるだろうし、(まぁ僕はTheサブカルって感じじゃないけど)



しかし逆張りをしてるなと思われるのもまた恥ずかしいのだ。
そういう自覚が生まれてしまうと、強すぎる自意識が自意識を抑圧するという状態になるのだ。こういう過程を全く経ずに最初からこの状態の人も結構いると思うが、

これを僕の例に適用させると、例えば
赤裸々過ぎる内容の記事を、前後の他の記事の連投によって中和させようする時、この営みは決して結果的には自意識の保護膜になっていないということだ。結局他人は赤裸々過ぎる記事の方しか目がいかないので結局恥ずかしいことをしている。


多義語?としての自意識についての他の側面?について書くと、

他人が自分に対して注意を払ってないということは流石になくて、そこを問題にすると、気にするな!と言われてもいやでも注意向けられてるやん!ってなるから自由になれない。
大事なのは、注意こそ向けてても、そんなにデカい感情を持ってない/一瞬持ってもすぐ忘れる/そもそもほとんどの人間にどう思われようと大したことではない/ということなのだ。凡庸すぎる注意喚起だな。Wikipediaの「自意識」という記事に書いてあるようなことだ。

この記事(テレビスターが、夢だった①)の冒頭あたりで語ってた自意識の話は、そういう意味で自意識だ。
たとえば、予備校の受付で生年月日を書かされる。4浪だと思われる!なんて思うわけだけど、別にそれ自体は間違ってないわけで、実際受付の人には4浪なんだなぁって思ってるには違いないわけで、でもそれ以上の感情は持たないわけだしそもそも受付の人に4浪だと思われることは僕にとってそんなデカイことではないはずだ。そういうことを意識していきたい。


マイナスのニュアンスを持つ無意識過剰(自意識過剰の対義語)という言葉もあるわけで、人目を気にしないのが良いことではないし、サブカル的というかなんというか少なくともたとえば米津玄師の好きな曲を聞かれてピースサインやlemonと即答してしまわないような自意識もある程度は絶対あった方が良い。
とにかく適度なラインを探したい。
中庸が苦手だから。なんにせよ。僕は。これを直していきたいのだ。

このようにして自意識というものを“敵”として認識、向き合い始められたからこういった(少し前の僕からしてみたら)「激白」といえる内容を投稿することができた。

「自意識」については「自意識に関する補足」https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/06/11/170444という記事に補足を書きたくなって書いてます。

もちろん自意識が強いからこそ完璧主義に陥っていた部分も多分にある。


ちなみにテレビスター云々とYouTubeを始めたのはまっったく関係ない。

まっったくは言い過ぎかもしれない。
なんにせよ不特定多数から承認を得る手段だから。
でも、少なくとも少しは違う。

僕はおそらく日本の人気YouTuberベスト30とかの動画を全部合わせても2時間以上見たことがないと思う。そのレベルだ。まず、YouTuberというジャンルにすさまじく疎いから

始めた理由は、始めるとしたら今しかないと2020年の4月に思ったから。本当にそれだけ。このチャンスを逃してはならないと強く思った。見る前に跳べ、をここで実践しようと思った。

高校の2個上の先輩のチャンネルがありえない速度で爆進し、高校の同級生のYouTuberが出した僕に言及した動画がそこそこ再生され、
コメント欄で暗躍してる場合じゃないだろと思った。

今や竹中平蔵や椎木里佳すらYouTubeチャンネルを持っている時代。彼が始めたのは僕より後だったけど。例が悪いか。
なんにせよ、そんなマジでYouTubeやっていく!という人以外もなんかチャンネルくらいは持ってる時代だなぁとは思ってて、そういう中で、チャンネル登録者を得やすいタイミングだよな今は、と思ってしまった。ここで逃してしまうと次なかなか来ないであろうと、。その結果が2020年4月24日

ただ副産物として色々思うことがあり、それは良かった。

自己演出能力の低さ。低いというか、何をやればもっと人に見てもらえるようになるかを
わかっててもできない。わかってるからこそできない。自分の“良い”ところを全面的に押し出すことに異常な恥ずかしさを感じてしまう。そこにかなり純度の高い無駄な自意識を見つけられたのだった。突きつけられたのだった。
ただ、ずっと自意識という語で捉えることすらできずもがいていた。最近気づき“つつ”あるわけだ。

YouTubeへの動画投稿という「手段」は
僕が自分に対する「ものさし」として使っていこうと思っている。自意識の強さとかを測るための。

僕の中では自意識を躾けられるという福音は聴こえている。まだリスナーの皆さんは感じてないかもしれないけど。そのうち動画を見てもわかるレベルになると思う。


そう、YouTubeを始めたおかげでベテランちさんとの関わり?などで色々見えてきたことがある。

前述の記事(https://todai-umeet.com/article/59309)内で、お笑いが好きであることを語り、そんなにお笑い好きなら芸人になろうとは思わなかったのか?と聞かれて

彼は「東大卒で芸人になると、東大卒を全面に押し出て芸人をするのも、東大卒を敢えて隠して芸人をやるのもスベってて、どっちにしろ微妙な感じになる。要は逃げ場がないという。。」みたいな返答をしていた。

僕自身了解しつつも、僕が目を背け続けた事実を指摘されてるなぁという気持ちになった。

もう東大も諦めてしまったけど。。。これも無数にある諦めた理由の一つにカウントしても良い。

3浪までした理由はちょっと違うけど、
成績が悪いのに目指し始めた理由はそうだった。
前述の認めさせるみたいな強気さではないが
「学歴は浮き輪」という観念がくるものだった。。

というか、これは宇佐美りんの「かか」の単行本p109「すべてのばちあたりな行為はいっとう深い信仰の裏返しです。」という一節から思ったことだけど、僕のある種の逆張り的気質はある意味、潜在意識下ではあるが極度に権威主義的な部分からくるものだと思う。

テレビスターが、夢だった。シン
〔急の晩期みたいな内容&今後について〕https://matryoshkaddicted.hatenablog.com/entry/2021/06/11/195940
に続く。

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  • kyampas

    自己の特異性を認めつつ中庸で有ろうとするとき
    ここには一種の矛盾が生じるが
    これは論理性に固執するが故に論理性を失うことに似ているのかもと思った。
    受け入れ難く、許容できない自己の裡から湧き上がる思考・感情・矛盾を、
    それでも区切りをつけて前を向く姿勢に勇気が出ました。
    これからも極限まで自己を探求する姿勢をインターネットの隙間から覗き見したいと思いました。