退職代行が流行する日本社会の闇

「退職代行」という、「会社を辞めること」を代行してもらうサービスが流行している。

しかし、「辞めること」は労働者に保証されている権利であり、無料で簡単にできることにお金を払うのは、おかしいことのように思える。

元経営者のホリエモン(堀江貴文)も、YouTube動画において、「退職代行サービスを使うならバックレろ」というようなことを言っている。

ホリエモンは、「会社いかなきゃいいだけじゃん」と主張しているが、共演している奥井奈々さんは、「5万円で辞められるならコスパいいかな」と述べている。

今回は、「退職代行」が流行しているという日本社会の問題について、詳しく解説していきたい。

「辞める」に関しては、労働者が有利

「辞めること」に関しては、労働者側が有利であることは、もっと周知されていい。

管理職でもない一般労働者が、いきなり仕事を放り出して辞めたとしても、何らかの罰則を食らうことはまずないだろう。

最初に、労働者側にとって都合の悪い情報を言うなら、「民法第627条」では、解約の申し入れをしてから、2週間経つことで雇用が終了することになっている。そのため、「辞めるなら、2週間前に通知しなければならない」というのが、一般的な常識だ。

では、「2週間経たずに、辞表を送りつけたその日から辞めた場合どうなるのか?」だが、「どうもならない」。

いきなり辞めると、そのことで起こった損失について、「企業側から損害賠償を請求されるのではないか?」と恐れる人もいるかもしれない。もちろん裁判を起こすこと自体は誰でも可能なのでありえなくはないのだが、会社を辞めたことによって損害賠償が認められるケースは、なかなか考えにくい。

「雇用契約」の場合、民事上の裁判や、企業間の裁判と比べて、損害賠償が認められるハードルが非常に高くなる。雇用している労働者のミスに対して、企業が簡単に損害賠償できるならば、労働者があまりにも不利だからだ。仮に労働者が大きなミスをしても、監督した側の責任が重く見られ、労働者の過失は軽く見られやすい。

社員の失態に対して、企業が損害賠償を請求して認められるケースは、ごく稀であり、仮にあったとしても、賠償金は低めに見積もられる。

また、損害賠償をする際、企業側は、社員が辞めたことによって発生した損害を、明確で客観的な形で証明する必要があるが、それが難しい。

重要な取引を途中で放棄してわかりやすい損害が出たりとか、意図的に会社の不利になるようなことをして逃げた場合はまだしも、「いきなり辞められたので、後処理に苦労した」程度のことであれば、損害賠償はまず認められないだろう。

また、裁判になったとき、労働者側は、「会社から追い詰められていたので、連絡を断たざるをえなかった」「パワハラ上司のプレッシャーが怖くて、電話に出られなかった」などと言えば、簡単に被害者になることができる。

「プロシード元従業員事件」という、業務の引き継ぎをせず急に辞めた社員に対して、会社が損賠賠償を請求した事件がある。一方で、裁判を起こされた従業員側も反訴した。この事件においては、法的根拠を欠いた損賠賠償をしたことで、会社側の賠償請求が棄却され、逆に、反訴した従業員側に対して慰謝料を支払うことが命じられた。

むやみに従業員側に賠償請求すると、むしろ会社側に慰謝料の支払いが命じられる。当然ながら、このような裁判が起こると、会社側の評判や信用を著しく落とすことになる。(旧株式会社プロシードは裁判後に社名を変更している。)

労働法は、非人道的な働かせ方が横行していた時代に、働く人を守るために作られたという背景があり、「無理やり働かされない権利」を重く見ている。そのため、「従業員を辞めにくくさせる」会社の正当性が認められることは稀だ。また、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する(憲法22条)」など、憲法にも書かれているように、労働者が会社を辞めたいときに辞めたとして、それに対して罰則が下されるというのはよっぽどのことがなければありえない。

そして、もし万が一、会社が裁判をして損害賠償が認められた場合でも、会社側からすれば、絶対に採算がとれない。労働者から回収できる金額よりも、弁護士費用や人件費のほうが遥かに上回るだろう。下手に裁判をしても、反訴されて逆に慰謝料を請求させる場合もあるし、裁判になっただけで会社の評判は悪くなる。ネット炎上や、労基からの是正勧告に繋がるリスクもあり、まともな経営判断をするならば、労働者が急に辞めて迷惑したからといって、損害賠償をできるわけがない。

POINT

  • 雇用し、指示する側の企業が、社員の過失に対して損害賠償をしても、認められにくい
  • 社員が急に辞退して手間取ったとしても、発生した損失を客観的に証明するのは難しい
  • 社員側は、会社から追い詰められていたので逃げるしかなかったと言い訳できる
  • 法的根拠を欠いた賠償請求を起こした場合、反訴されて逆に慰謝料の請求が認められた判例がある
  • 「無理やり働かされない権利」「辞めたいときに辞められる権利」は、労働法では重く見られやすい
  • 仮に裁判で勝てたとしても、必要経費や信用を失うリスクなどを考えると、企業側は絶対に割に合わない

などの諸々の理由から、「辞表を送りつけてあとは一切連絡に出ない」という辞め方をしても、普通に辞められるし、会社から賠償請求される可能性は非常に低いと言える。

 

日本の会社は、内向きになり、道理に合わないことをしがち

会社側は、従業員が急にバックレるようなやり方をしても、それに対して何かできるような、正当性も合理性もない。

もちろん、やろうと思えば、裁判を起こすこと自体はできるが、まともな経営判断をするなら、損害賠償なんて絶対にできないだろう。

しかし問題は、「企業がまともな判断をするとは限らない」ことである。

「日本型雇用」と言われるような日本の雇用システムにおいては、企業は、内向き(ドメスティック)になりやすい傾向があり、コンプライアンスとか関係なく、自分たちの会社のルールを重視しがちだ。

その結果、辞めようとする社員に対して、退職届けを送り返したり、鬼電して詰めようとしたり、住所に押しかけたり、訴訟をちらつかせようとしてきたりする。法的な正当性や、コンプライアンスを意識しているなら絶対にやるべきではないことだが、往々にして日本企業はそういうことをするのだ。

これは、そういうことをする企業が間違いなく悪いのだが、「日本型雇用」と言われる、「経済的合理性」よりも、「運命共同体意識」で結びつかざるを得ない雇用システムも関係している。

(「日本型雇用」については、別記事で詳しく解説しているので、気になる方は以下をどうぞ)

「日本型雇用」は、内向きになるがゆえに、社員に対して過度に暴力的になるので、「退職代行」という「外側」の人たちに仲介してもらうのは、それなりに合理的ではある。

 

企業側にも事情はある

上で述べてきたように、労働者が「辞めにくい」と感じたり、辞めることに大きなプレッシャーを感じてしまう場合は、企業側が悪い。

しかし、辞めにくい環境を意図的に作ろうとする企業にも、それなりに事情はある。

というのも、「日本型雇用」は、「社員が辞めにくいからこそ、企業が社員を育てることができる」システムだからだ。

  • 社員が会社を辞めにくい
  • 企業は社員を育てていくことができる

というのが、交換条件のように機能しているのが「日本型雇用」だ。

「辞めにくい」からこそ、「社員を育てる」という投資ができるのだ。

だが、今の日本は、かつてほどは「社員が会社を辞めにくい」社会ではなくなりつつある。

そんな中、これまでの「日本型雇用」でやっていこうとする企業の立場からすると、「何も知らない新卒に給料を払って育ててきたのに、育ったすぐあとに別の企業に転職される」というのは、理不尽に感じるだろう。

これについては、「転職サービスは悪なのか?そのビジネスモデルを検討する【転職仲介業の闇】」で詳しく解説している。

転職サービスは悪なのか?そのビジネスモデルを検討する【転職仲介業の闇】

 

人を転職させて(人材を移動させて)その手数料を得るビジネスは、「優秀な人はより良い環境で働けるようにするべき」「企業の不当な搾取から労働者を開放するべき」という「公正さ」を掲げて、人材の流動性を高めようとする。

たしかに、「日本型雇用」のやり方は、十分に「公正」であるとは言えない。しかし、「辞めれないけれど、育ててもらえる」というお互いに利益のある関係が成り立っていたことも確かだ。

企業側の立場で考えるなら、人材の流動性から利益を得る仲介業者に煽られて、せっかく育てた社員が辞めていくのは、理不尽に感じるだろう。

企業は、明文化・ルール化するわけではなくとも、社員の一体感を高めたり、責任感を持たせるような形で、「辞めにくい空気」を作ろうとする。

これは、ブラック企業のみならず、ホワイト企業でもそうなのだ。特に労働環境が悪いような企業でなくても、お世話になった上司に報告するなどが気まずいからという理由で「退職代行」を使う人もいる。

企業側からすると、採用や社員の育成には大きなコストがかかっているし、ちゃんと育てた社員に辞められる損失は大きい。そのため、まともな企業であっても、「辞めにくい空気」を作ろうとしている場合が多い。

「日本企業は退職を切り出しにくい」ものなので、「退職代行」というサービスが流行するのも、わからないことではない。

 

「退職代行」を使う人はバカなのか?

まず、労働者には、会社を一方的に辞める権利がある。そのため、辞表を郵送やFAXで一方的に送りつけて、その後の連絡を拒否するような辞め方をしても、会社は何もできないだろう。

流石に、何の連絡もなしにバックレるのは困るだろうから、辞めるのであれば「辞表」は送ったほうがいい。電話する必要はなく、郵送で大丈夫なので、せめて「辞表」は送ったほうが、トラブルは少なくて済むだろう。

退職は、辞表を送るだけで、無料でできる。

「退職代行」は、使わなくてもいいサービスだ。

ホリエモンのように、「無料でできることにわざわざ金出すなんでバカじゃねえの?」と考える人もいるだろう。

だが、責任感のある真面目な人ほど、こんな辞め方でいいのかと悩んでしまう。うじうじ悩んだり、あとのことが心配になるくらいならば、「退職代行」に頼って辞めるときのストレスを軽減し、次の仕事の準備や、転職先探しに全力を注ぐほうが合理的だ。

そのため、退職代行を使う人はバカとも言えない。

3万から5万円程度の金額で、「辞めるときのストレスを外注できる」「安心して辞められる」ならば、コストに対しての効用はそれほど悪くないだろう。

「退職代行」は、ちゃんとした需要があり、流行るべくして流行っているサービスであるように思う。

もっとも、「退職代行」が流行する社会は、なかなかに闇が深い。労働者に権利意識がちゃんと根付いていれば、誰も退職代行なんて使わずに、正々堂々と辞めるだろう。ただし、それをやりにくくさせている「日本型雇用」も、それなりに重要な役割を果たしてきた制度ではあるので、問題は複雑だ。

 

「退職代行」は、基本的には使う必要のないサービスなのだが、もし辞職を切り出すことにストレスや不安を感じているなら、「退職代行」に頼って、「辞めたあとどうするか?」を全力で考えたほうがずっといい。

「退職代行」のより詳しいメリット・デメリットについては、「退職代行は使う必要がないのか?メリットとデメリットを解説」で詳しく解説しているので、こちらも参考にしてほしい。

退職代行は使う必要がないのか?メリットとデメリットを解説

 

 

以上、「退職代行が流行する日本社会の闇」について解説してきた。

当サイト「経済ノート」では、日本企業や転職など、経済を中心に様々なニュースを解説しているので、気になる人は他の記事も読んでいってほしい。

 

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