オーバーロード ~集う至高の御方~   作:辰の巣はせが

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第39話

「ったくよぉ! 帝都は目の前だってのに!」

 

 金髪の一部に赤毛混じり。特徴的な頭髪の戦士、ヘッケラン・ターマイトが双剣を振るう。半球状のガードから伸びた刃は、飛びかかってきたゴブリンを二匹同時に切り裂いた。

 

「帰りは良い天気で! 遅めの! 昼食は! どは!」 

 

 ヘッケランの背後方向で、数体のゴブリンを引き受けていた神官戦士……ロバーデイク・ゴルトランが、軽口の途中で一撃貰う。短剣での一撃を脇腹に突き込まれたのだが、幸いにも全身鎧を貫通するほどでは無かったらしい。すぐさま、そのゴブリンを蹴り飛ばしている。

 

「行きつけの食堂、の予定だったんですけどねぇ! と言うか、なんですか! この数は!」

 

 自分を取り囲むゴブリンを寄せ付けまいと、ロバーデイクはモーニングスターをブンブン振り回した。その彼の後ろでは、ヘッケランとの間に挟まれるように二人の女性が居て、こちらも戦闘中である。

 

「無駄口を叩かない!」

 

 ハーフエルフのイミーナが弓矢を引き絞り、ローバーデイクの後方に回ろうとしたゴブリンを射貫いた。もう一人の女性、こちらは少女と言っていい年齢だが、金髪の魔法詠唱者(マジックキャスター)……アルシェ・イーブ・リイル・フルトが、身長ほどある鉄の棒を振りかざし、魔法の矢を撃ち出している。  

 

「ゴブリンは! 集落が天災地変で駄目になったとき、総員で別の住処を探すことがある! それに、ぶつかったのかも!」

 

「って、言ってもなぁ! アルシェよぉ!」

 

 ヘッケランは呼びかけながら、手槍を持ったゴブリン二匹の間に飛び込んだ。そのまま身体をコマのように回転させて、顔面や喉を切り裂き、自身はゴブリンらが倒れるよりも速く跳んで他のゴブリンに襲いかかっている。

 

「だったら、オークとかホブゴブリンとか、オーガーやギガントバジリスクまで居るの、おかしくねぇ!?」

 

 オーガーに率いられたゴブリン集団というのは聞いたことがある。だが、そこに複数種のモンスター……しかも、ギガントバジリスク数体が含まれる状況は、あまり聞いたことがなかった。また、ロバーデイクが言ったようにモンスターの数が多い。本来、ワーカーチームのフォーサイトだけでは、逃げの一手……いや、逃げるのも難しい状況である。

 それが、こうして無駄口を叩きながら戦えているのには理由があった。

 つい先日、臨時で組むことになった二人のワーカー。女性の盾使い、かぜっちと、弓使いの男性ペロン。二人の戦闘力が突出しているので、この数の暴力を押さえ込めているのだ。現に、かぜっちらは二人でオーガーを次々に倒し、今では主にギガントバジリスクを相手取っている。

 

「姉ちゃん。数、多いね~……」

 

 黒髪の弓使いペロンが、ぼやきながら矢を放った。放たれた矢はオーガーの眉間を射貫き、後方の別オーガーの頭部に突き刺さっている。明らかにイミーナの放つ矢とは威力が違っていた。

 

「ひょっとして、俺達のせいだったり?」

 

 数日前、フォーサイトのモンスター討伐(という名目の部位収拾)に同行していたペロン達であるが、離れた場所に居たギガントバジリスクに手を出そうとして取り逃がしている。これはペロン達の手抜かりというわけではなく、戦闘中にヘッケランらが別のモンスターに襲われ、それを助けるためにギガントバジリスクを放置したのだ。

 そして今、ペロンが目を細めて遠方を確認したところ、モンスター集団の後方にギガントバジリスクが何体か居るのが見える。先日取り逃がした個体が含まれるかは不明だが、モンスター集団が来た方向と言うのが、昨日のギガントバジリスクが逃げた方向と同じなのだ。ペロンとしては、何となく微妙な気分になるのである。

 

「こんなことなら、やっつけておいた方が良かったかなぁ……無理してでもさ」

 

「済んだことで不平を言わない! いざとなったら、あんたが特殊技能(スキル)とか使って全部やっつけな!」

 

 黒髪の美人戦士……かぜっちは、両腕に備えた盾でモンスターの攻撃を防ぎ、縁や表面によって(はた)き飛ばしていた。人間女性としては平均的な体躯なのだが、オーガーの棍棒(丸太)による殴打を苦もなく受け止めている。尋常な膂力(りょりょく)ではない。

 遠距離の小型モンスターを次々に射倒すペロン。そのペロンを守るべく、縦横無尽に位置を変え、近づこうとする大型モンスターを叩く、かぜっち。二人のコンビネーションは、その周囲でモンスターの生残を許さないと言える程のものだった。しかし、二人が離れたのか、ヘッケランらフォーサイトの方で移動してしまったのか……双方の距離が離れた、その時。かぜっちらが居るのとは反対側で、フォーサイトの前にギガントバジリスクが出現する。

 

「姉ちゃん! ギガントバジリスクだ! けど、射線上にヘッケラン達が居るよ!?」

 

 素早く弓を構えたペロンが、引きつるような声をあげた。

 そう、このまま矢を放てばヘッケランらフォーサイトが巻き込まれるのだ。ペロンの技量を以ってすれば、あるいは特殊技能(スキル)を使用すれば。放った矢はヘッケランらの間を縫うようにして飛び、ギガントバジリスクを直撃するだろう。しかし、『今の状態』で完全を求めるのは冒険が過ぎた。

 

「でええい、間の悪い!」

 

 指揮官としても優れた力量を有するかぜっちだが、この状況に接し一瞬迷いを見せている。

 

(どうする? 弟を元に戻して飛ばす? 上空からなら遮蔽物なんて関係ない。でも、それをやったら私達の正体が……)

 

 前方、かぜっちの盾など届くべくもない距離で、ヘッケランがギガントバジリスクの前に立ちはだかっているのが見えていた。その背からは、チームメンバーを守るため、一歩も退かない覚悟が見て取れる。そして、そのヘッケランに向かってロバーデイクが移動しているのも同様に確認できた。彼も同じ気持ちなのだろう。

 しかし、あの二人でギガントバジリスクを防げるとは思えない。きっと蹴散らされ、その後ろに居るイミーナやアルシェも無事では済まないはずだ。

 

(ええい! もう知らん!)

 

 かぜっちは悩むことを放棄すると、正面の戦況を見据えたままペロンに叫びかける。

 

「弟! 飛んで良し!」

 

 極短い指示だったが、それだけで弟には伝わるはずだ。高所を確保し、真の姿を現した弟にとって、ギガントバジリスクなど一〇〇体居ようが問題ではない。

 だが、問題のギガントバジリスクを倒したのはペロンではなかったのである。

 どこから出現したのか、それ以前に、いつの間に近くまで来ていたのか解らない一つの影。それが、ギガントバジリスクに飛び掛かるや、手刀の一撃で首をはね飛ばしたのだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 弐式炎雷が放った分身体の一体は、帝都アーウィンタールを出て西側街道……その周辺を探索していた。そして、さほど帝都から離れていない場所で、モンスターの群れと戦う冒険者達、いやワーカー達を発見する。その中に二人、弐式分身体にとって見覚えのある者達が居た。

 

(女の両盾使いに、男の弓使い。ギルメン率が更に上昇だ! 従ってぇ、助太刀決定!)

 

 素早く判断を下すと、それまで継続していた隠形系スキルをかなぐり捨て、ギガントバジリスクに挑みかかっていく。もっとも、忍者らしく背後に回り込んでからの強襲ではあったが……。

 

「瞬殺! 弐式スラッシュ!」

 

 解説しなければならない。

 瞬殺! 弐式スラッシュとは、各種ゲームにおいて知られる忍者キャラの首はね攻撃で、ユグドラシルにもある技……その特殊技能(スキル)に対し、弐式が勝手に命名したものなのだ。聞いただけで腰が砕けるが、分身体が放ったとしても威力は相当なものとなる。もちろん、ギガントバジリスク如きの首などは、一瞬で胴体と泣き別れとなり宙を舞っていた。

 この頃になると、かぜっちらが手近のギガントバジリスクやオーガーらを駆逐しており、残った小型モンスターは逃散し始めている。

 戦闘は終わったのだ。

 

「……あ、あ~……助けてくれて、礼を言うぜ?」

 

 少し引き気味のヘッケランが、剣を鞘に収め……ずに下げるに留め、礼を述べる。その彼の周囲にはフォーサイトメンバーが集まり、彼らも口々に礼を述べていた。ただし、引き気味であるのは、ヘッケランと同様だ。

 ギガントバジリスクを倒した弐式分身体の強さに、恐れをなした……というのとは少し違う。一人や二人でギガントバジリスクを倒すというのなら、かぜっちとペロンの実例があるのだ。今引いているのは、いきなり現れた見知らぬ人物が、一人でギガントバジリスクを倒したという事実……そこから来る危険性が大きい。なぜなら、気が変わって襲いかかって来たとしたら、フォーサイトでは太刀打ちできない可能性が高いからだ。

 他人の善意を無条件で信用するな。

 それが、ワーカーが世渡りするために必要な考え方の一つである。

 一方、弐式分身体としては、フォーサイトに警戒されていることなどは興味の対象外だった。なぜなら、こちらに向けて『ペロン』と『かぜっち』と思しき男女、二人が駆けて来ているのが見えている。彼らの正体を確認するのが最優先なのだ。

 

「ちょ、ちょっと! えええ!? そこの忍者の人! もしかして、あなたは……」

 

 真っ先に駆けつけた男性……ペロンは弐式分身体を指さし、途中で言葉を無くしたまま固まっていた。そんな彼を見た弐式分身体は、両腰に拳を当て、得意げに胸を反らす。

 

「ふふふ。俺か? 俺は貴様の、よ~く知ってる奴よ」

 

「何、馬鹿なことを言ってるの、弐式さん……。普段どおりの見た目だし……」

 

 遅れて駆けつけたかぜっちが、呆れたような声で弐式分身体に話しかけた。が、その表情に安堵感が含まれているのは、弐式分身体の見間違えではない。

 

「はははっ。いや~……。……ええと? かぜっちさんとペロンさんだっけ?」

 

 笑って誤魔化しつつ、弐式分身体が確認した。冒険者組合にて『アインズ・ウール・ゴウンに関する情報求む』の問合せ依頼を貼らせた本人であるかどうか。そして、今の二人を何と呼べば良いのか。

 その意図を読み取ったのだろう、かぜっちは苦笑しつつ頷いて見せる。

 

「ええ、そうよ。弐式さんの方は、他に誰か居るの?」

 

 それは、あの場所……モモンガからのメールに答えられず、燻った心のまま弐式の誘いに応じて集まった、あの場所で、他に居たギルメンらが一緒かどうか……という問いだった。

 

「居るには居るんだけど……」

 

 弐式分身体が視線を移動させ、かぜっちが視線の向かった方を見る。そこにはフォーサイトの面々が居て、何か聞きたそうに弐式分身体らを見ていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「助けに来た人が、かぜっち達の仲間だったとは! こいつは凄い偶然だぜ!」

 

 帝都までの短い道のりを歩きながら、ヘッケランが上機嫌で話している。それを聞き、かぜっち……ぶくぶく茶釜は、弟ペロン……ペロロンチーノと顔を見合わせ苦笑した。

 弐式から聞いたところに寄ると、帝都から分身体を出し、捜索しながら移動させていたそうで、偶然というのとは少しばかり違う。この場合は、凄くタイミングが良かった……であろうか。

 

「それにしても、ペロンの弓の腕は相変わらず凄かったわね~。見てたけど、ギガントバジリスクを前から後ろまで貫通してたでしょ? 何なの、あれ? 武技?」

 

 ヘッケランの隣を歩くイミーナが、頭の後ろで腕を組みながら聞いてきた。勿論、ペロロンチーノは武技を使用できない。特殊技能(スキル)で貫通強化した矢を放っただけだ。それを詳細には話せないため、「そうそう! 武技! 凄いっしょ!?」と適当なことを言ったところ、イミーナから教えて欲しいとせがまれ、ペロロンチーノはタジタジになっている。

 

「あの馬鹿……余計なことを……」

 

 身振り手振りを交えての言い訳を始めた弟。その様子を見た茶釜が、額に手を当てた。

 

「お二人とも、変わりないようで……。安心しました……よ?」

 

 この二人の様子を見ていた弐式は、努めて朗らかに問いかける。だが、頭から安心しているのではないことは、その口調からも明らかだ。

 弐式の心配。それは、異形種となった事による、精神の変化である。見たところ、茶釜もペロロンチーノも、ユグドラシルの集合地で会ったときと変わりがない。しかし、モモンガやヘロヘロ、そして自分なども精神には変化が見られるのだ。この姉弟だけ無事と言うことは考えにくい。

 

(建やんと違って、自力で人化は出来るようだけど。さて……)

 

 まだ影響が出ていないだけで、これから異形種としての精神変調が発生するとしたら。二人がパニックを起こす前に情報を提供しておく必要があった。今はフォーサイトの面々が居るから話せないが、帝都に戻ったらヘッケラン達とは別れて、一度、ナザリック地下大墳墓に転移した方が良いだろう。

 ……などと弐式が思案していると、隣で歩く茶釜が、いつの間にか視線を向けてきていた。

 

「……なんすか? 茶……かぜっちさん?」

 

「考えてること、わかるわよ? 精神的な影響でしょ? 私も弟も、もうわかってるから……」

 

 必要最小限の言葉で茶釜は言う。声は小さくしているが、今居るメンバーではイミーナに聞き取られる可能性があった。転移後世界の現地人に怪しまれるような発言は、控えるべきだろう。しかし、今の短い会話で弐式は確認ができた。茶釜達は、異形種化による精神変調については理解できているようだ。

 

「今のところは平気。何とかしなくちゃとは思ってたけど……。弐式さん達も同じなんでしょ?」

 

「まあね? その辺は、今のところ折り合い付けてる感じ……なのかなぁ?」 

 

 異形種のままで居ると、精神の異形種化が進んでいく。異世界転移後に備わった人化能力、あるいはアイテムによって人化すると、人の心を取り戻していくのだが……。

 

(実態は異形種なもんだから、人化し続けると、それはそれでストレスとか溜まるんだよな~)

 

 適度に人化したり、異形種化したりと面倒ではある。その内、後発で合流するギルメンで、面倒だから異形種のままで居る……と考える者が出るかもしれない。個人の自由だと思うが、身体だけでなく頭の中まで完全に異形種化したとしたら。そうでない者との間に軋轢が生じるのではないだろうか。

 

(こんなことは、モモンガさんやタブラさんが考えて欲しいんだけど。もうゲームじゃなくて、衣食住に人生まで、こっちに来ちゃったからな~。無責任では居られないか~……)

 

 ユグドラシルと似通った異世界。そこで強大な力を振るいつつ暮らしていく。現実(リアル)で居た頃を思えば夢のような展開だが、当然ながら楽しいことばかりではないのである。

 

「なあ、あんた? ニシキさんって言ったっけ?」

 

 ヘッケランが弐式に話しかけてきた。話しかけるべく移動してきたのだが、弐式側では少し前から察知している。

 

「帝都じゃあ見たことないんだが、ワーカーじゃないんだろ? よそから来たのかい?」

 

「ああ、俺は冒険者でね。本来の拠点は王国のエ・ランテルさ」

 

 ヘッケランの視線は冒険者プレートに向けられていたので、身分を偽る意味がない。弐式が正直に答えたところ、ヘッケランは、わざとらしく目を丸くした。

 

「王国……リ・エスティーゼ王国から来たのか。かぜっち達を探しに?」

 

「ま、そういうこと。俺自身は、別で仲間を連れてるんで、暫くは帝都の冒険者組合で稼ぐつもりだけどな」

 

 探り合いの色も見えたが、弐式はヘッケラン達との会話を楽しみつつ、帝都へ向けて歩を進めていく。そんな中で、弐式はフォーサイトメンバーの魔法詠唱者(マジックキャスター)、アルシェという少女に目を向けた。

 

「え? 弐式さん、アルシェちゃんに興味があるんですか? いや~、俺と同士ですね! 同好の士という意味ですけど!」 

 

「うっさい、エロ鳥。そんな話と違うわ!」

 

 横から口を挟んできたペロロンチーノの言いぐさ。それが、あまりにあまりな内容なので、弐式は面下で目を剥いた。だが、彼の怒りは急速に鎮火していく。なぜなら凄く良い笑顔の茶釜が進み出て、ペロロンチーノの胸ぐらを掴んだからだ。

 

「弟~……。ちょっと向こうで、お姉ちゃんと! お話ししような~……」

 

「え? いや、冗談! 冗談だから! 姉ちゃん、勘弁してぇ~っ!」 

 

 悲鳴をあげるペロロンチーノが、茶釜によって街道外へ引きずられて行く。行く先には小さな茂みがあるので、そこで説教ないし折檻をされるのだろう。完全にペロロンチーノの自業自得であった。そのことが理解できている弐式は、何事もなかったかのようにヘッケランとの会話を再開している。

 

「それで、あのアルシェって()なんだけど」

 

「お、おう?」

 

 茂みに引きずり込まれるペロロンチーノを見ていたヘッケランは、弐式に顔を向け直した。顔が呆気に取られたままだが、会話には支障がない。弐式が気になっていたのは、アルシェが妙に機嫌が良いこと。他チームの事なので首を突っ込むべきではないだろうが、会話のネタの一つとして口に出してみたのだ。

 

「何か、良いことでもあったのか?」

 

「ああ、いや……。……今回、ギガントバジリスクやオーガーの討伐数が異様に多かったからな。高難度モンスターの収集部位が山盛りだろ? 一気に大金が入るんで嬉しいんじゃないか?」

 

 ヘッケランが説明する。ヘッケラン自身は、アルシェが何かと入り用だというぐらいしか事情を掴んでいなかったが、そこまで部外者に話すこともなかろうと、ぼかした内容での説明だ。

 ちなみに、ワーカーのフォーサイトがモンスター討伐をしても、冒険者組合では収集部位を換金してくれない。登録冒険者ではないからだ。従って、フォーサイトが収集したのは討伐証明に必要な部位だけではなく、ギガントバジリスクの角や鱗といった、高級アイテムの作成資材となる部位が大半を占める。お宝の山と言っても過言ではない。無論、フォーサイトの取り分はチーム内で分配したが、一人分の取り分にしたって一財産である。贅沢さえしなければ、数年……上手く運用すれば十年以上だって楽して生活ができるはずだ。そう、贅沢さえしなければ……。

 

(アルシェは頭が良いからな。場合によっちゃあ、潤沢な資金が入手できたからって、ワーカーを引退しちまうかも)

 

 その場合は、他の魔法詠唱者(マジックキャスター)を探さなければならないが、ヘッケランとしてはアルシェを引き留める気はなかった。ワーカーなんて危ない仕事、辞められるなら辞めた方が良いのだ。 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 帝都へ戻り、ワーカーの溜まり場たる安宿に戻った弐式達は、フォーサイトと別れている。と言っても、フォーサイトのねぐらも同じ宿であったため、別の部屋に分かれて入っただけなのだが。

 そして……。

 

「ぶくぶく茶釜様!? ペロロンチーノ様も!」

 

 真っ先に声をあげたナーベラルを筆頭に、部屋で待機していたコキュートスとルプスレギナ、三名が一斉に跪いた。

 

「う~む。部屋で待たせておいて良かった……」

 

 弐式本体は僕達よりも後方に居たが、さすがに跪いては居ない。苦笑しつつ分身体を消すと、茶釜達を出迎えている。

 

「よっ! 茶釜さんにペロロンさん! あの時ぶり! まあ、分身体で先に合流してたから妙な気分だけどな! ていうかペロロンさん、目の周りに青痰できてるぞ? ポーションとか飲めよ」

 

「え~? でも……」

 

 オドオドしているペロロンチーノは茶釜をチラ見したが、姉が溜息交じりに頷くと、アイテムボックスから赤ポーション……下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出し、がぶがぶと飲み下した。右目の青痰が見る間に消え失せていく。

 

「あ~……楽になった~……」

 

「ペロロンさんは変わらないなぁ……」

 

 空になった薬瓶を持ち、額の汗を拭うペロロンチーノを、弐式は感心するやら呆れるやらといった調子で見やる。そんな弐式に対し、跪いたままのナーベラルらを見ていた茶釜が呟くように言った。

 

「本当にNPCが動いてるのね。自分の意思を持って……」

 

「そだよ~。茶釜さんのところのアウラにマーレ。ペロロンさんのシャルティアも動いてる。是非とも会ってやって欲しいな」

 

「「うっ……」」

 

 呻いたのは茶釜だけではない。ペロロンチーノも同様だ。

 

(え? 私にとっての『理想の姉弟』なアウラ達が、本当に動いてるの? マジ? めっちゃ可愛い男の娘にしたとか、あれやこれや盛り込んでるのに!? スカートの丈、もう一センチ長くしておけば良かった!)

 

(俺の性癖の塊が……。ゲームならまだしも、実物の女の子だとヤバい事になってるんじゃ……。シャルティア……。見たいけど、会うのはおっかない……)

 

「何考えてるか、わかるんだけどさぁ。アウラ達もシャルティアも、もうギルメン何人かとは会って話をしたりしてるからな~。早いとこ腹くくって、会ってやりなよ~」

 

 自分が作成したNPCが意思を有して動いている。この点では、弐式は茶釜達と同じ立場だ。言われた茶釜達は弐式を見て、次いでナーベラルを見たが……。

 

「ナーベラル? ちょっと顔を上げてくれる?」

 

「は、はい。ぶくぶく茶釜様!」

 

 跪いたままのナーベラルが顔を上げると、茶釜は進み出て片膝を突き、ナーベラルの顔を覗き込んだ。

 

「ふえっ!? あ、あの、あのう……」

 

 至高の御方から超至近距離で見つめられたナーベラルは、頬を紅潮させて目を逸らすが、茶釜はと言うと、ニヤリと笑って後方の弐式を見上げている。

 

「弐式さん。ユグドラシルで見たときも綺麗だったけど、こうして見ると大層な美人じゃないの? 弐式さんの好み?」

 

「うっ……」

 

 今度は弐式が呻く番だ。

 モモンガやヘロヘロ、そしてタブラに建御雷。彼らにナーベラルを見られ褒められるのは良い。最初に見たり言われたりをされてから、日数が経過しているからだ。しかし、茶釜とペロロンチーノは、転移後世界でのナーベラルを見るのは今が初めてである。

 そう、弐式炎雷の目の前には今、自身の性癖の塊であるナーベラルを初めて見る人物……ユグドラシル・プレイヤーが二人も居るのだ。

 

(う、うおおおお。これは久々に恥ずかしい!)

 

 面の下で頬が熱くなるのを感じて……弐式は異形種化する。その途端、プシューッとガスでも抜けるかのように、気の焦りや羞恥心が沈静化した。モモンガが、たまにやっている事を真似たのだが、コレはコレで便利だ。ハーフゴーレム万歳である。

 

「とにかく、モモンガさん達と連絡を取り合って、皆で顔合わせしよう。で、その後でアウラ達やシャルティアと会うんだぞ? 二人とも、いいよな?」

 

 弐式が念を押すように言い含めたところ、茶釜姉弟は「はぁ~い」「わかりましたよう」と、それぞれの返事をするのだった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 エ・ランテル西区の共同墓地……と言っても、時間は少し遡る。

 弐式が分身体を出して茶釜らの捜索を開始した頃、モモンガはアルベドとクレマンティーヌを引き連れ、墓地最奥の地下神殿へと踏み込んでいた。

 

「おお、雰囲気あるな。悪の組織の隠れ家って感じだ……」

 

 暢気に感想を述べているが、本来、今のモモンガは非常に危険な状態である。例えるなら、敵ギルドの本拠地に、一〇〇レベルのプレイヤー一人とNPC。そして、四〇レベルに満たない女性を伴って乗り込んで居るようなものだからだ。

 もっとも、クレマンティーヌから聞いたカジット・デイル・バダンテールの実力からすると、モモンガ一人でも何とかなるのだろうが……。

 

(慢心駄目、絶対。そうですよね、ぷにっと萌えさん?)

 

 未だ合流を果たせていないギルドの軍師、その名を口の中で呟いていると、クレマンティーヌが前に出る。

 

「カジっちゃ~~ん! カジっちゃん、居る~っ?」

 

「その呼び方は止めんか。ズーラーノーンの名が泣くわ」

 

 くぐもった声と共に、神殿入り口の柱、その陰から一人の男が姿を現した。赤いローブにスキンヘッド。しわを刻んだ顔つきなのだが、肌には艶があり、一見した容貌に反して老人というわけではないように思える。

 

 カッ。

 

 手に持った杖で石畳を突くと、カジットはクレマンティーヌを睨めつけた。

 

「真っ昼間に押しかけおって。言っておくが儂は忙しい。用件は手短に……そこの二人は誰だ?」

 

 モモンガ達に気がついたらしい。と言うより、それまで向けていなかった興味を、モモンガとアルベドに向けたと言うべきか。

 

「んふふっ。教えてあげるぅ~」

 

 クレマンティーヌは、口を耳まで裂けるようにして笑み崩れた。

 

「この御二人はね~、私の上司で、御主人様。特に魔法詠唱者(マジックキャスター)の見た目をしている御方は、一番偉い人で神様だから。失礼のないようにね~」

 

 口調は軽いが、持ち上げ方が半端ではない。モモンガは面映ゆくなったが、アルベドは誇らしそうに何度も頷いている。カジットはと言うと……。 

 

「くははっ、神とはなっ。これは大きく出たものよ」

 

 信じられないのだろう。一笑に付したが、その笑い顔は途中で真顔となる。

 

「クレマンティーヌよ。おぬし、他人に使われているにしては随分と楽しそうだな? 前の組織……職場に居た頃は、嫌で嫌で仕方がないといった風情であったが……。何やら、事が上手く運んでいると見える。羨ましいものよ」

 

 言葉の締めくくりで気優しげな顔を見せるので、これにはクレマンティーヌも驚きを隠せない。それまでのからかうような態度が一気に鳴りを潜めた。

 

「あれ? カジッ……ちゃん?」

 

「どうかしたのか? クレマンティーヌ?」

 

 訝しげな声に、気になることでもあったのかとモモンガが聞くと、クレマンティーヌは戸惑い気味に語り出した。カジットと彼女は、秘密結社ズーラーノーンの高弟として同僚の間柄であったが、それほど親しかったわけではない。しかし、カジットがどのように振る舞っていたかぐらいは知っている。

 

「以前は……その、私が言うのも何ですけど、自分の都合ばかりで偉そうで……。今みたいな羨み方をする奴じゃなかったんです……」

 

 クレマンティーヌの記憶上のカジットならば、口で羨むことを言ったとして、態度は相手を馬鹿にするか、蔑むようなものになったはずだ。

 

「ふん。言葉だけでなく、その様に見えるような態度を取ったか?」

 

 クレマンティーヌによるモモンガへの報告。それを聞いてたカジットは、鼻を鳴らすと溜息をついた。

 

「儂もヤキが回ったということよな。……良かろう、気晴らしぐらいにはなるか。聞かせてやろう……」

 

 カジットは物陰に潜んでいた部下を下がらせると、少し進み出てモモンガらとの間合いを詰める。これは戦うためではなく、これからの会話を大きな声で行いたくないための行動だった。

 

「さて、何処から話したものか……」

 

 この地におけるカジットの目的。それは、儀式魔法『死の螺旋』を完遂することだ。しかし、必要な負のエネルギーが大きく不足している。この地において五年頑張ってみたが、一向に埒が明かなかった。

 

「抜本的な解決策もなく、ダラダラと日が過ぎて行くのみでな。いい加減で気が萎えかけていたところよ。……ま、諦めるわけには行かぬので、忙しいわけだが……」

 

「その様な事情を、私達に聞かせて良いのかね?」

 

 一通りの自分語りを聞き終えたところで、モモンガは問う。旧知の間柄であるクレマンティーヌだけならまだしも、この場には初対面であるモモンガとアルベドも居るのだ。内容から考えても、モモンガ達に聞かせて良い話ではなかったはずだ。

 しかし、カジットは苦笑し、顔の横で手の平を振って見せる。

 

「クレマンティーヌの連れ……いや、雇い主なのであろう? その女を抱き込むぐらいだから、そこら辺の偽善者ではないだろうし……。こっち寄りの存在と見た……。従って、気晴らしで愚痴を聞かせるぐらい問題ではない。そもそも、すべてを語ったわけではないしの……」

 

 とはいえ、儂も口が軽くなった。

 そう最後に呟き、カジットはクレマンティーヌではなく、モモンガを見据える。

 

「で? 改めて聞くが、儂に何用かな?」

 

「勧誘だよ」

 

 モモンガは、カジットの言い終わりに繋げるようなタイミングで言い放った。

 

「このクレマンティーヌが、エ・ランテルで知人が居るというのでね。ズーラーノーン……。裏の組織に詳しい魔法詠唱者(マジックキャスター)というのに興味があった……そんなところかな?」

 

「ほう?」

 

 少し、ほんの少しだが興味を持った様子で、カジットが片眉……眉自体は喪失しているが……を上げる。モモンガはと言うと、営業交渉をしている感覚が湧いてきたのもあり、更に言葉に熱を持たせた。

 

「どうだ? 私の下で働いてみないか? 少なくとも、この世界の中にあっては待遇は良い方になると思うぞ?」

 




 アンケート結果どおり、フォーサイトが茶釜姉弟と同行してる感じになりました。
 他のワーカーチームは、そのうち登場すると思います。



<捏造ポイント>

・瞬殺! 弐式スラッシュ
その他諸々……。

<誤字報告>
冥﨑梓さん、ARlAさん、佐藤東沙さん

ありがとうございました

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