讃岐典侍日記
讃岐典侍日記 亡き人への思慕 現代語訳をお願いしたいです。 かくて、九月になりぬ。九日、御節供参らせなどして、十余日にもなりぬ。 つれづれなる昼つかた、暗部屋のかたを見やれば、御経教へさせたまふとて 、「読みし経を、よくしたためて取らせん」とおぼせられて、御おこなひのついでに、立ちておはしまして、したためさせたまひて、局におりたりしに、御経したためて持て参りて笑はれんとぞおぼしめして、あまりなるまでかしづかせたまひし御ことは、思ひ出でらるるに、御前におはしまして、「われ抱きて、障子の絵見せよ」とおほせらるれば、よろづさむる心地すれど、あさがれひの御障子の絵、御覧ぜさせ歩くに、夜の御殿の壁に、明け暮れ目なれておぼえんとおぼしたりし楽を書きて、押しつけさせたまへりし笛の譜の、押されたる跡の、壁にあるを見つけたるぞ、あはれなる。 笛の音の押されし壁の跡見れば過ぎにしことは夢とおぼゆる かなしくて袖を顔に押しあつるを、あやしげに御覧ずれば、心得させたまゐらせじとて、さりげなくもてなしつつ、「あくびをさせられて、かく目に涙の浮きたる」と申せば、「みな知りてさぶらふ」とおほせらるるに、あはれにもかたじけなくもおぼえさせたまへば、「いかに知らせたまへるぞ」と申せば、「ほもじのりもじのこと、思ひ出でたるなめり」とおほせらるるは、掘河院の御こととよく心得させたまへると思ふも、うつくしうて、あはれもはめぬる心地してぞ笑まるる。 かくて、九月も、はかなく過ぎぬ
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ベストアンサー
こうして九月になった。 九日、重陽の節句のご馳走を差し上げるなどして、十日余りになった。 退屈な昼頃、暗部屋のほうをぼんやりと見ると、 生前堀河帝が私にお経を教えなさるということで、 「私が読んだ経を、きれいに清書してお前にやろうね」 とお思いになって(「おほせられて」では?)、 勤行の機会に、わざわざ私の方へ立っていらっしゃって、 約束のお経をきちんと用意なさって、 私は局に下がっていたところ、 私なんかがお経をきちんと持って参上しては人に笑われるだろうとお思いになって、 (ご自分の方から私の局に持ってきてくださるほど) 身に余るほどまで大事にしてくださったことは、 今でもこんなにはっきりと思い出される、 ちょうどそんなときに、鳥羽天皇が仏様の御前にいらっしゃって、 「ぼくを抱っこして、障子の絵を見せて!」 とおっしゃったので、思い出も夢も何もかもさめる気がするけれど、 朝餉の間の御障子の絵を、ご覧に入れながら歩きまわるうちに、 夜の御殿の壁に、 生前の堀河天皇が朝晩見慣れて覚えようとお思いになった曲を書いて、 貼っていらっしゃった笛の譜面が貼りつけられた跡が、 壁にあるのを見つけたのが、しみじみと悲しい。 笛の楽譜が貼られた壁の跡を見ると、過ぎてしまった昔のことは、夢だったのかと思われる。 悲しくて袖を顔に押し当てて涙を拭くのを、 鳥羽天皇が不思議そうにご覧になるので、 私が亡き父帝のことを思い出して泣いているのだということを幼い鳥羽天皇にわからせ申し上げないでおこうと思って、 何でもないように振る舞いながら、 「あくびをついしてしまって(「せられて」でしょ?)、 このように目に涙が浮かんだわ」 と申し上げると、鳥羽天皇は、 「みーんな知ってますよ」 とおっしゃるので、 いじらしくもまたもったいなくも私と父帝のことをお思いになっているので、 「どのようにご存じですの?」と申し上げると、 「「ほ」の字「り」の字のつく人のことを、思い出していたらしいね?」 とおっしゃるのは、掘河院の御こととちゃんとわかっていらっしゃると思うと、 おかわいらしくて、悲しみもさめた(「さめぬる」でしょ?)気持ちがして、 ふとにっこりしてしまうよ。 こうして、九月も、何事もなく過ぎた。
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質問者からのお礼コメント
ありがとうございます。
お礼日時:2018/4/16 23:47