最初はこの話は当初のプロットになかったはずなのですが……
事件が起きてから、何日かが経った。
土日を挟んで、来週にでもなればいよいよ審判の日が来る。
そんな中でもオレは呑気に夕方の散歩道を歩いていた。
どうもオレは放課後ばかりを過ごしている気がするな。
それはさておき、オレがこうして歩いているのはたまには外のベンチにでも座って本を読んでみようと思ったからだ。もう季節は夏になり、日差しも強くなってきたが今日は風が心地よいくらいに吹いている。
強いわけでもなく、弱いわけでもない。実に散歩日和といった感じの風なのだ。そんな日はやはり外で読書に限るだろう。そうは思わないか?
オレは座り心地の良さそうなベンチを探す。
条件はいい感じに頭上が木や屋根などによって日光が遮られており、なおかつ背中側に風が来るような場所だ。正面や横薙ぎの風は本を読む上であまり向いているとは言い難い。それでも読めないことはないが読んでいる際にストレスがないに越したことはないだろう。
そう思って、ずっと探しているが中々見つからない。見つかったとしても仲睦まじい感じのアベックたちが暑苦しい感じで座っていたりと既に先客がいるパターンがどうも多いのだ。やはり、いい場所は確保しておかないとダメか……。
仕方がなく妥協に妥協を重ね、学生寮から少し離れた日陰の方を目指す。こっちなら少し外れた場所にあるし人も少ないだろう。
そして、ようやく見つけた場所には1人の生徒が顔を伏せて座っていた。佐倉とは違った意味で地味めそうな女子。灰色の短めの髪にはアクセントとなる花の髪飾りがくっついている。ちょっとバカっぽい感じだなと思った。
そんな生徒が座っていようが、その隣には1人か2人は座れるであろう十分なスペースが空いているのだ。座らないという選択肢はないだろう。
「よっこらせっくすっと」
どっかりとベンチに腰を下ろす。
隣をちらっと見るが、まったくの無反応。ウケを狙ってわざわざ変な掛け声を選んだのに反応されないのは傷付くぞ。
さらに意識をそっちに寄せてみれば、めそめそと微かにだが泣いていることがわかる。
しかし、まあ……オレには関係のないことだな。
ひよりがオススメしていた本を開き、さっそく読み始めた。
「……ふむふむ」
やはり、あいつのチョイスはハズレがない。絶妙にオレの好みを突いているのだ。
しかも有名なものではなく、人気というわけではないが知る人ぞ知るといった感じのものが多いのもポイントが高い。
ぺら、ぺら、ぺら、ぺら……。
紙を何度捲ってから、オレは立ち上がる。
別に隣のヤツが『どこかへ行けやゴラァ!』とばかりに涙目で睨みつけられたからではない。
ただ、喉が少し乾いただけの話。
近くの自動販売機で飲み物を買い、さっきの場所に再び戻ってきた。
オレの悪戯心が、無視されたのと睨みつけられたお返しに泣いている女子に向かって水素水の缶を首筋に押し付けてやる
もちろんキンキンのキンに冷えまくったヤツだ。さぞかし冷えることだろう。
「ひゃぁっ!?」
さすがに無反応ではなかったようで、オレは少しだけ安心する。
これで反応がなかったらオレは芸人を引退していた。
「ほらよ、こんなとこで日向ぼっこするなら飲み物くらい持ったらどうなんだ?」
悪戯を成功させたことに満足しながら、先程と同じ掛け声で腰を下ろした。
「何なんですか……見ての通り傷心中なんです。鬱陶しいのでどこかに消えてください」
「おいおい……いつからこのベンチはお前のものになったんだ? 別にペンキで黄色に塗られてもいねぇぜ?」
そして、オレはユダヤ人でもなければ黒人でもない。
「………………」
また無視されてしまったな。
「こっちこそ隣でメソメソされたら鬱陶しいってもんだぜ」
「………………」
「それやるよ」
「いらないです」
「水素水を知らないのか? 水素分子が水に溶け込んだ魔法の水だぜ? 何か知らんが悪玉活性酵素とか取り除いてくれるらしいぞ。他にも心を静める効果があったり、美白効果とか疲労回復効果なんてのもある素晴らしい水だぞ? いいのかよ飲まなくて」
そう言って、オレは自分で買った水素水をごくごくと一気に煽った。
かーっ、身体中に染み渡るぜ。やっぱ科学の力ってのはすげーわ。昔はこんな飲み物はなかっただろうからな。
「……それ、市販の水素水は蓋を開けた瞬間に逃げてくから意味ないんですけど。だからただの高いだけの水」
「あ?」
「つまり騙されてるって言ったんですよ。馬鹿ですね」
「嘘を付くな嘘を。テレビで有名な芸能人が健康に良いって言ってたんだから本当に決まってる。それに200円もしたんだぞ、嘘だったら詐欺じゃねーかよ」
テレビでは大絶賛されていたし、実際に効果があったという声も多数出ているのだ。嘘なわけがないだろう。
いわば科学の結晶体とも言える飲み物だ。それを知らないとは……はっ、にわか極まれりだな!
オレはこの女子が哀れな生き物に見えてきて仕様がなかった。
「勝手に騙されててください。別に私には関係ないのですから」
「くっ……」
なんだというのだ……この圧倒的敗北感はっ。
このオレが、圧されているだと……? こんな先程まで泣いていた女子ごときに……?
それだけは我慢ならなかった。くそっ、どうしたらいいんだ。
「はっ、さてはお前……この水を買うポイントすらないんだな? だからそれを容易に買えてしまうオレを見て嫉妬してるということだな……?」
「何言ってるんですか。やっぱり馬鹿な人ですね」
「…………」
ダメだ、こいつは強敵すぎる……。
オレに敵う相手ではないのかもしれない。
しかし、一方的に負けを認めるのも癪だ。
「なら証拠を出しな、証拠を。なんで水素が蓋を開けた瞬間に逃げていく? 嘘だというなら答えてみるんだな」
「……はあ。そんなに言うなら教えてあげますよ。あなたがどれだけ馬鹿かってことをです」
「めっちゃ馬鹿って言いますやん……」
オレのナイーブなハートはすでに崩壊し始めてるんだが……。
「いいですか? まず水素というのはガラスやプラスチック容器に缶などは簡単に短時間で通過してしまうため長期の保存には向いてなく、そもそも――――であってですね――――でして――――」
先程までの泣いていた少女はどこへいったのか、立ち上がって熱く語り始めてしまった。
あ、これ長いやつだ。そう思った時にはすでに時おすし。
「――というわけなんです。わかりましたか? わかりませんよね、あなた馬鹿そうなので。泣いてる女の子に無理に話しかけてくる時点で馬鹿ですもんね」
「わかったわかった。つまり、アレだろ? 水素水を作るなら本格的なサーバーとかがないとダメだってわけだろ?」
「はああああっ……あれだけ説明して結論がそれなんですね。これだから馬鹿な人に教えるのはイヤなんですよっ」
そして、オレの渡した水素水をごくごくと飲み始める水素の人。
「でも飲んでんじゃん」
「だから何ですか」
「……何でもないです」
「……はあっ」
そんな思いっきりため息吐かれても困るんだが……。
というかこいつめっちゃ元気やな。
「で、泣くのはもういいのか」
「なんかあなたと話してたらどうでもよくなってきました……いや、どうでもいいことではないんですけど」
「どうして泣いてたんだよ」
月並みな質問だが聞いてみる。
「は? どうして私があなた何かに話さなければいけないんですか……」
「面倒臭ぇ女だな」
「めんどっ……!? そう、そうですよね……私なんて面倒な女なんです。そりゃ告白しても振られますよね。友達付き合いはいいけど恋人にするのには重い女で面倒ですよね……」
「うわっ、マジで面倒臭っ」
うわっ、マジで面倒臭っ!
思わず内と外で思っていることがシンクロしてしまった。
というか振られたから泣いてたのかこいつ。てっきり友達にでも泣かされたんかと思ってたわ。
「まあ、元気出せよ。そんな調子なら恋人の1人や2人ぐらいすぐに出来るだろ」
「恋人は1人ですよ、馬鹿じゃないんですか。やめてください」
「ふっ、甘いな……オレくらいのイケメンになれば恋人の100人くらいはいても不思議じゃねーんだ」
「そうやってすぐに大きい数字を出す人がどんな人か知ってますか?」
「どんな人なんだ?」
「馬鹿な人って言うんです」
……オレ、こいつにいったい何回馬鹿って言われればいいんだ?
「本当に馬鹿になったらどうしてくれんだ」
「どうもしません。あなたのこと知りませんので」
「あっそう……まあいいわ。オレは帰る」
もう本を読むような気分でもないし、この続きは部屋で楽しもう。
「怒ったんですか」
「そうかもな」
そう、冷たく言ってベンチから立ち去ろうとする。
そんなオレの後ろから、小さな声が聞こえてきた。
「………………ありがとうございます」
本当に微かな虫が鳴くような声だったが、耳の良いオレにはしっかりと届いていた。
なのでオレは後ろを振り返って、小馬鹿にしたような笑みを送ったのだった。
……と、まあ千尋ちゃんメイン回だったわけなんですが。
どうだったでしょうか。
完全に私の中の海斗と、よくわからないくらいに美化されて強化された千尋ちゃんが暴れだしました。でも可愛い。
次回は皆さんお待ちかねのデート回……だったらいいですね。